「やった~、初めて来たよ~、憧れの聖地! あっきはば~ら♪」
改札口を通り抜け、秋雲は人混みの中をクルクル舞いながら喜びを露にする。
曜日は日曜日、鎮守府も一部を除いて休みのとき。
場所は東京、オタクの聖地、秋葉原。
最新のお絵かき事情や、流行のジャンルの実態調査など、ネットからしばらく離れてしまった秋雲が絵師として、時代の流れについていくための実地調査の場所として選んだのは、当然この場所であった。
というか、ここしか存在しない。
「たいちょ――じゃなかった、大神さん! 今日は一日宜しくね!」
「ああ、こちらこそ、ここは初めてだからね。秋雲くん、宜しく」
続いて改札口を出た大神の腕を取り、腕を組んで喜びを露にする秋雲。
そう、しかも今日は大神と二人きりの外出。
他の護衛の男性も、艦娘の姿もここには居ない、文字通り二人っきりだ!
理由は単純。
外出に際して同行する人を選ぶとき、他の艦娘だと二人で居ても、二人まとめて声をかけられるだけで意味がないだろうと、男性を選ぶ事になったのだが、それはそれで秋雲が選べる男性は一人しか居なかったのだ。
『――-!? ごめんなさい、今は、無理――なの!!』
自分でも気づいていなかったのだが、今現在、大神以外の男性と至近で接し続ける事に、秋雲は拒否反応を示したのだ。
慌てて呼び出された明石の診断は軽いPTSD、原因は舞鶴での扱いによる物であるだろうとの事。
そんなに重いものでもないから、夏コミ、人の大群と交わす頃には収まっているだろうけど、1、2週間は無理だろうというのが見立てであった。
「ふっふっふっ~、僥倖、僥倖」
でも、ある意味、秋雲にとっては幸運としか言うしかない。
警備府の艦娘も、有明鎮守府も、結局未だ誰一人成し得た事のない、大神との二人っきりでの外出デート。
それに連れ出すことに成功したからだ。
今日一日は、大神は秋雲のもの。
そう考えると、秋雲は唇の端がニヤけてしまうのを止められない。
ここはリア充の街じゃないから、カップル専用のものはそうないが、二人で時を過ごす場所もチェック済みだ。
「で、今日は何処を回るんだい?」
「うん、先ずは、ヨドバシカメラでデジタル機器の新品をチェックして――」
あらかじめリサーチした秋雲がつらつらと予定を話していくが、当然お分かりのように大神は太正時代の人間。
ある程度は分かったつもりだったのだが、デジタル機器がどうとか、タブレットがどうとか特殊言語を羅列して言われても理解が乏しい。
まあ、ほんの半年前までは、スチームパンク全開の世界に居たのだから無理もない。
『まだまだ勉強が足りないぞ、大神! 今日は詳しい秋雲くんに付いて行って勉強しないと!』
そう気合を入れなおす大神。
護衛半分の気持ちも勿論あるが、今日は、この世界について学びなおす! と、気合を入れなおしている。
「よーっし、大神さーん、いっくよ~」
「ああ、秋雲くん、こちらこそ宜しく。いろいろ教えて欲しいな」
「!!?? もっちろん! この秋雲さんに任せて!!」
大神の言葉に満面の笑みで腕を取り微笑む秋雲。
が、その光景を見ていたのは一般人だけではない。
秋雲、否、オータムクラウドのファンもそこに居たのだ。
『緊急警報! 緊急警報! 秋葉原駅にてオータムクラウド先生、いや秋雲ちゃんが男と居るところを発見したでござる!』
『何ー!?』
『なんだってー!?』
悲鳴のようなツイートに男性ファンの大勢が反応する。
『そりゃー、あれだけ可愛かったら、男の人が放って置かないって』
『でも、艦娘でしょ? 普通の人が近づけるかな?』
『誰、もしかしたら、大神大佐じゃない!?』
女性ファンは逆の反応を示す。
というか、最後の発言の人、正解。
『――とにかく、二人を追うでこざる! もしかしたら秋雲ちゃんが悪い男に引っかかったかもしれない、そんなの見ていられないでござる!!』
そうこうしている内に秋雲たちは駅を離れ移動していく。
彼もまた、そんな二人を追って移動しようとする。
『報告宜しく!』
『俺も秋葉原に行く!』
彼を応援しようとする男性ファン。
『えー、無粋じゃない?』
『やめたら?』
「でも、マジ大神大佐に会えるかもしれないんでしょ? 行った方が良いかな!?』
逆に女性ファンは一部を除いて、乗り気ではない。
幼い女の子のプライベートを暴くことに乗り気ではなかった(一部除く)。
そうして、ヨドバシカメラでのパソコン機器確認に始まって、
「ええっ!? 艦娘のフィギュアなんてあるのかい?」
「あれー、知らなかったの~。ねー、大神さん、あたしのフィギュア買ってみない? いろいろしてもいいよ~? 触ったり、舐めたり、……かけたり」
「ん? 秋雲くん最後なんて言った?」
「ええっ!? そんなの、二回も言わせないでよ! 大神さんのえっち!!」
「なんでさ!?」
K-BOOKSでのグッズコーナー探索に続き、
「あ、あのぬいぐるみ可愛いかも、新作アニメのか~」
「秋雲くん、取って上げようか?」
「ええ、大神さん、いいよ~。こういう場所だと設定が厳しいのが普通だし~」
「大丈夫、任せてくれ!」
「……」
「よし!」
「うそ、一撃!? すっごーい!!」
SEGAゲーセンでのUFOキャッチャー取得に、
「アニメ、か……これがアニメなのか、信じられない……」
「うそ~、大神さん、アニメ見てないの!? アニメは良いよ~」
ゲーマーズの前で流されている、ラブライブサンシャインの映像のぬるぬる動きっぷりと呆然とする大神に、アニメの視聴を薦める秋雲。
そんな二人は、傍からはどう見ても年の差はあるが、お似合いカップルにしか見えなくて、
『皆の衆、秋雲ちゃんはすごい楽しそうでござる。お似合いにしか見えないでござる』
二人をずっと追いかけ呟いていた、男が涙を流しながら二人のすぐ後ろで呟こうとする。
だが、そんな不穏な動作を感じながら離れていたから見逃していた、大神が見逃す筈がない。
「お前、俺たちをずっと付けて、秋雲くんに何をしようとしている!」
「ぐぬわぁっ、離すでござる!」
大神が振り向き、男の腕をひねり上げる。
大神に腕を捻り上げられ、苦悶の表情を浮かべる男。
「ちょっと、店の前で乱暴事は――」
その声に引き付けられ、スタッフが店前へと出てくるが、秋雲の着る夕雲型の艦娘の制服に厄介事はゴメンだとばかりに押し黙る。
しかし、秋雲には、男の顔に見覚えがあった。
自分の記憶を紐解いてしばし、秋雲はその結果、思い出して問う。
「もしかして――○○さん?」
「オータムクラウド先生……いや、秋雲ちゃん。拙者のことを覚えていてくれたでござるか!?」
「やっぱり、その口調! 覚えてるよ! 昔、舞鶴の即売会に来てくれたよね?」
「感激でござる! 拙者のようなオタクを覚えてくれていたなんて――」
その秋雲と男のやり取りに、大神は痛みを感じない程度に、腕の捻りを緩める。
勿論、男が不審な行動をとろうとすれば、即座に転倒させるつもりで。
「なんで、私たちを付けてたの、○○さん?」
「いや、情けないことでござるが、秋雲ちゃんが男と出歩いているのを見て、悪い男に引っかかったかもしれないと思ったでござる。帝國の若き英雄、大神大佐なら、そんなことある訳ないに決まっているのに」
「○○さん――」
「二人の時間を邪魔して、失礼申した。大神大佐なら、オータムクラウド先生を任せられるでござる。今日、大神大佐と出会ったことは、勿論誰にも言い申さぬ!!」
そう言い残して、男はその場を立ち去ろうとする。
腕を緩め、男を解放する大神。
「大神大佐、オークラ先生を、秋雲ちゃんをよろしく頼むでござる!」
最敬礼をして秋雲のことを大神に託す男。
「ああ、秋雲くんのことは任せてくれ」
「ならば、ご忠告を。何人かの大神大佐の女性ファンがここ秋葉原に来ようとしてるでござる。拙者も否定の報を流すでござるが、秋葉原の中心街からはしばし避難の程を」
なら、叫ぶな!
そうツッコもうとして、堪える二人に辺りのざわめきが聞こえる。
大神たちが耳を済ませると、
『ねぇねぇ、大神大佐見つかった?』
『さっき、ゲーマーズの方から、大神大佐って呼ぶ声があったってさ!』
『よし、早速そっちのほうに向かうわよ!』
駅の方からそんな声が聞こえてきた。
と言うか、大神のサインをねだろうと店の奥に引っ込んだスタッフたちが出てこようとしている。
もう一刻の猶予もない。
「じゃ、またね!」
「はいでござる! オータムクラウド先生! 大神大佐!」
「「だから叫ぶな!!」」
そう言い残して大神たちはゲーマーズから逃走した。
ちなみに、大神にとってこの世界で最初の逃走である。
深海棲艦をブッタ斬る大神も、オタクたちには適わないと言ったところか。
「あ~、まだ。半分しか条件達成できてなかったのに~」
秋葉原から程よく離れたメイドカフェ(ここも秋雲のリサーチしたところ)で、机に沈み込む秋雲。
鞄の中に用意した紙袋は埋まっていない。
それは薄い本、同人誌で埋められるはずだったものだ。
「まあ、絵を描くのに必要な買い物は出来たんだろう? それならいいんじゃないかな」
「それはそうだけどさ~、あ~、薄い本買いたかった~」
「薄い、本? なんだい、それは?」
「薄い本、決まってるじゃない、それは――」
と、そこまで言って秋雲は言いよどむ。
『よく考えたら、そんなの大神さんに言える訳がない! 何しようとしてたの私は――!?』
「それは?」
「ううん、なんでもない! よく考えたらネットでも何とかなるものだった!」
必死にごまかす秋雲。
だって――、
『秋山殿――ちが、秋雲殿! ご命令の壁サークルファンネル、制覇・完了してきたでござる!』
そういう大神は流石にヤだなぁと思う秋雲であった。
タイトルは往年の名作から。
というかオタクが目立ちすぎたっぽい?