妙高型姉妹の部屋、そこでは昨晩夜通し続いた足柄の演説に付き合わされた妙高達がパジャマにタオルケット一枚でウンウン魘されて床に寝転んでいた。
と言うか、完徹して、それでもハイテンション全開な足柄が明らかにあたまおかしいのだが。
既に朝食の時間は始まっている、今起きねば訓練にまで響いてしまうであろうことは確実だ。
「足柄、やめるんです。それ以上は隊長に迷惑が……」
「足柄……今度一晩呑みに付き合うから、隊長に粗相は……」
「す、すみません、隊長さん! 足柄姉さんの事、許してください!」
それでも、妙高たちは魘されてなかなか目を覚まそうとしない。
揃いも揃って足柄の事を心配しているのは姉妹の仲がよいことを示しているのだろうが、ある意味不穏当な、容赦のない発言でもある。
「でしたら、足柄さんを止めてください、皆さん! 朝潮ちゃんがピンチなんです!!」
部屋に飛び込んできた榛名は、妙高たちのうなり声を聞いて思わず声を荒げる。
姉妹の唸り声にも上げられる足柄が大小問わずレギオンの如く増加する、何のホラー映画かというのだ。
比較的艦娘の扱いに寛容だった呉だからこそ以前起きた、若年仕官の連続襲撃事件。
あの惨劇を繰り返させるわけには行かない。
まして、ここでは被害者となり得る人物は一人しか存在しない。
相手が相手だけに何かあったら足柄もただではすまないのだ。
その上汚染されるのは有明鎮守府きっての、大神へ忠誠を誓った忠犬とも言える朝潮。
「接近戦も行えるようになりたいのです!」
そう言い放った純粋な子が、
「強くなって、隊長のお役に立てるのであれば!!」
そう迷いもなく言い放つ初心な艦娘が、足柄同様に、
「「私の想いを受け取って~!」」
と言うようになる。
一体、何の悪夢かというのだ。
「……なんだと、私たちが寝ているわずかな間にそんな事が!?」
「朝潮ちゃん、なんて事なの……」
榛名の声にようやく起きた妙高たち。
起きるのに遅れた僅かな時間の間に、剣道場で起きたことを榛名から聞いて愕然とする。
「足柄姉さんの、弟子入り志望者!?」
その聞きなれない台詞に自分で言っててクラクラする羽黒。
まさか『あの』足柄に同調しようとするばかりか、目標としようとする人物が現れようとは。
朝潮は、本当に自分が目標としようとする人物を分かっているのだろうか。
その結果自分がどうなってしまうのか分かっているのだろうか。
『朝潮くん、足柄くん、どうしたんだい?』
『隊長、すいません。胸が苦しくって……』
『朝潮ちゃんの胸が苦しくって切なくって仕方がないみたいなんです、隊長背中をさすってあげてくださいな』
『分かった、朝潮くん、しつれ――』
『かかりましたね、隊長!』
『よくやったわ、朝潮!』
そう考える妙高たち姉妹の脳裏に、襲撃され気を失った大神を夜闇に引きずり込む朝潮たち二人の姿が浮かぶ。
月のない晩ばかりとは思うなよ、そう言わんばかりに微笑む背丈の違う足柄が二人、そこには存在した。
「緊急事態だ!」
制服に慌てて着替えた妙高たちが部屋を飛び出るまでそう時間はかからなかった。
だが、事態に気づいた妙高たちが食堂に駆けつけたところ足柄たちは既に食堂を後にしていた。
周りを見渡しても、足柄らしき姿は見えない。
朝潮らしき姿を探しても、目に入るのは同型の駆逐艦が朝潮の奇行に目を背けようとした会話だけだ。
「ええい、足柄たちはどこに行ったのだ!?」
声を荒げた那智の怒声が食堂に大きく響く。
「那智さん、食事中です。もう少しお静かにしてください!」
もちろん那智は、食事中の食堂で大声をあげた事を間宮に怒られた。
その頃、朝潮と足柄は有明鎮守府の埠頭近くへと移動していた。
残念ながら東京湾は波が穏やかであり、よくある映画の初頭のように大きな波がしぶきを上げることはない。
「師匠、どうしてここまで移動してきたのでしょうか?」
「それはね!」
その事に足柄は僅かに肩を落とすも、朝潮の疑問の声に大きく身を翻してババーンとポーズを決める。
自分で言っていては全く以ってしょうがないのだが、そこは突っ込まないのが武士の情けか。
「それは――特訓のためよ!!」
「特訓?……ですか!?」
足柄の『特訓』に朝潮はワクワクしながら、身を震わせる。
やはり二人はどこかしら通じ合うところがあるのかもしれない。
「そうよ、先ずは朝潮が隊長をもっと好きになるための特訓、それをやるわよ!」
「隊長をもっとお慕いするための特訓……朝潮! がんばります!! 何をすればいいのでしょうか、師匠!?」
「そうね、先ずは一日一万回、感謝の『大好き』よ!」
足柄はいつぞや目を通した少年漫画の中身を思い出しながら、声高に叫ぶ。
女子力がどうとか言いながら、足柄の根本的な好みはどちらかと言うと男性に近い。
だから、強化! とか、修行! とか、特訓! とかが大好きなのだ。
まんまやんけとか言うな。
「朝潮、有明鎮守府での隊長との生活で、幸せになれる瞬間ってあるかしら?」
「……遠征、巡回から帰った時、隊長に褒めて貰えます、頭を撫でて貰えます! その時に幸せになれます!!」
しばし考えた後、朝潮は自分が最も幸せを覚える瞬間の事を素直に答える。
流石駆逐艦、遠征の度にそんな事をしてもらえるなんて、こんちくしょう、と足柄は心の中で思うが、自分の求めているものはその先だ。
子供扱いではなく友人扱いでもなく恋人扱い、いや恋人に、妻になりたいのだと自らを制する。
「分かったわ、朝潮! あなたは、先ず、その時の事を思い出しなさい! そして最も幸せを感じたときにこう言いなさいな! 『大神さん、大好きー!』と!!」
「そんな!? 朝潮のような駆逐艦が、尊敬する隊長の事を名前で呼ぶなんて!?」
朝潮は足柄の命令をとんでもない事だと首を縦に振らない。
しかし、まじめな朝潮がそう言うであろうことは足柄には想定済み。
「ダメよ、朝潮! 響や睦月を御覧なさいな! 『大神さん』とこれでもかってくらいに連呼してるじゃない! そのままでは何をしようと、いつまで経っても響たちには並べないわよ!!」
「!? そんな……」
足柄の言葉に衝撃を受け崩れ落ちる朝潮。
確かにそうだ、響たちは全員大神の事を『大神さん』と呼んでいる。
警備府からここに来るまでの間、隊長の膝の上を満喫していた響。
隊長と同じ布団で寝たこともあるという響。
それにも負けず、『にゃしぃ』と連呼し遠征のたび愛でられる睦月。
ついこの間、隊長にお姫様抱っこされ保健室に運び込まれた睦月。
負けられない、と朝潮の目に僅かに灯火がともる。
立ち上がると、大神の姿を思い浮かべ声に出そうとする。
「……お、お……がみ…………さん……」
しかし、いざ声に出そうとすると、声が細くなる。
顔が真っ赤になって、思うように、いつものように声が出せない。
『隊長』が『大神さん』と変わるだけのはずなのに。
対象が固体から液体に変わってしまったみたいに様変わりしてしまって、所在無い。
『朝潮くん、いつもありがとう』
そう言って自分の頭を撫でる大神の姿を思い浮かべてしまった瞬間、
「――っ!?」
朝潮はいつも司令室で大神の成すがままになったように固まってしまう。
でも、次の言葉を言わなければ。足柄の指示通りに。
強張る体を抑え次の言葉を口にしようとする朝潮。
「――だっ、だだだ……だ い す ――きっ、舌噛みましたー?」
「はぁ、先は長そうね……」
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(訂正の可能性あり)