艦これ大戦 ~檄!提督華撃団!~   作:藤津明

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第四話 2 いっちゃ、やだ

数日後、大神の姿は駅上にあった。

着替え等を旅行鞄につめて。

 

艦娘たちはほぼ全員が大神を見送りに着ている。

調査のためだし、そんなに長くはならない筈だ、必要ないよと大神が気楽に構えても、艦娘が言って聞かなかった。

それは響の為でもあった。

 

「大神さん、危険なんだよ」

「そんなことないって、731といっても陸軍と海軍で違うし時代が違う、偶然の一致だよ」

 

「大神さんは自分のことに無頓着すぎる」

「君たち艦娘の方がよっぽど重要じゃないか。君たちの代わりになるのなら、俺くらい」

 

「深海棲艦が現れたらどうするの?」

「司令もだいぶ回復してきたし、そもそも警備府の近海の深海棲艦は一掃したからね。再掃討が必要になる前には帰ってくるよ」

 

心配する響が大神と顔を合わせるたび、彼を翻意させようと話しかけるが一向に効果はなかった。

 

「もう、大神さんなんか知らない」

 

しまいには云うことを聞いてくれず、警戒しない大神に響は拗ねてしまったのだ。

このまま喧嘩別れさせるのは不味いのではないか、そう思った艦娘たちが響を連れ出す名目として見送りに来たのだ。

 

「もう、みんな。そこまで盛大にしなくても良いのに。ただの出張のようなものだって」

 

そう苦笑いする大神。

確かに、響の心配のしすぎなのかもしれない。

 

「それじゃ、みんな。しばらくの間警備府を頼むよ」

 

そう身を翻そうとする大神。

 

大神に対し拗ねていた響は言葉をかけることなく大神を見送ろうとした。

けど、命令書の文面が一抹の不安をずっと響に与えていた。

 

身を翻す大神の姿をみて、瞬時、何故か、響には猛烈に嫌な予感がした。

 

ここで別れたら、もう二度と『隊長』と会えなくなる。

 

大神さんに会えなくなる。

 

そう考えたら響は自然と歩を進め、大神の服の端を握っていた。

 

大神が行ってしまわぬよう、離れてしまわないよう。

 

「響くん?」

「……やだ」

 

困惑する大神に、搾り出すような響の声が届く。

 

「いっちゃ、やだ」

「えーと、手を離してくれないかな? 響くん」

 

こんなのただのわがままだ。軍に属する艦娘がして良いことじゃない。

大神さんを困らせちゃだめだ。

けど――その手を離せなかった。

 

離したくなかった。

 

「おおがみさん……」

「分かった、響くん。約束するよ、必ず戻ってくるって。そうしたら、またたい焼きを食べに行こう」

 

大神は目線を響のそれと合わせると、瞳を覗き込む。

そして、響の手を取ると指きりをして約束をするのであった。

 

ようやく頷き手を離す響。

 

と、列車の出発の合図がなる。

 

「それじゃ行ってくるよ、みんな」

 

その声を最後に大神は警備府を後にした。

 

 

 

 

 

駅から特急に乗り、更に新幹線へと乗り換え大神は東京へと向かう。

ワゴン販売で購入した弁当とお茶を昼食に取り、移り変わる景色に何気なく目をやる。

列車の振動は少なく、車窓から見える景色は色合いも豊かだ。

ここまで快適な電車の旅は経験したことがない。

 

徐々に僅かな眠気が大神を遅い、ゆらりと力なく頭が揺れていく。

 

それは、大神が警備府に着任したときのようで。

 

だから、心のどこかで思ってしまったのかもしれない。

 

もしかして、

 

もしかしたら全て夢で、目が覚めれば、帝劇に戻ってしまうのではないか――と。

 

そう頭を過ぎった大神の脳裏に、少女の姿が浮かぶ。

 

『やだ――』

 

自分の服の裾を掴み制止する少女。

 

『いっちゃ、やだ――』

 

行かないでと懇願する涙目の少女、響の姿が。

 

「――!」

 

先程まで感じていた眠気は瞬時に霧散し、大神の意識は覚醒する。

何を馬鹿なことを考えていたんだと、頭を軽く二度振る。

 

「響くん――、そうだな。約束したんだもんな」

 

自らを戒めるように大神は軽く頭を叩くと、眠気覚ましにコーヒーを頼むのであった。

 

 

 

場所は変わって警備府の食堂、6駆が一つのテーブルを囲んで食後のお喋りに勤しんでいた。

 

「――」

「――響ちゃん?」

 

元々口数が少ないとは言え、響が急に黙ってしまうのを見て暁が声をかける。

 

「響ちゃん、どうしたの?」

「――ううん、なんでもない」

 

暁たちの方に向き直ると、響は普段どおり話を始める。

胸のうちにあった嫌な予感は、まだなくならない。

でも、それは少し小さくなっていた。

 

 

 

そして、大神を乗せた新幹線は東京駅に到着し、大神は自らの知る東京駅とは全く異なる地下迷路に悪戦苦闘しながら、待ち合わせ場所である丸の内南口改札前へと辿り着いた。

海軍の軍服を着た大神の姿は目立つらしく、傍を通る人たちの視線が大神へと向けられる。

 

「やり辛いなあ」

 

駅の人通りは多く、その過半の視線を向けられて大神は困惑する。

余裕を持って辿り着けたのは良いが、指定の時間まで未だ30分はある。

どうしたものかと考える大神だったが、そんな大神に背後から声がかけられる。

 

「大神様ですね」

 

振り返る大神の目に映ったのは、中肉中背の男。何処かで聞いたような声。

軍服は着用していないが、遣いの者だろうか。

 

「はい、自分が大神です。失礼ですが貴方は?」

「失礼しました、自分は花小路家の者です。大神様を迎えに参りました」

 

恭しく大神に一礼を取ってみせる男、それは堂に入っていた。

だが自分を迎えに来るのであれば、731研究部隊の者の筈。

 

「人違いではないでしょうか、自分は軍務中ですので」

「いえ、大神少尉。貴方様で間違いありません。これをご覧ください」

 

男は懐から書状を取り出し、大神に見せる。

そこには大神に対する花小路頼恒邸への出頭命令、海軍大臣 山口和豊の名で出されていた。

 

「花小路伯爵、山口閣下……」

 

二人とも自分の知る、よく知っている人物だ。

彼らが居なければ、自分が帝國華撃団で隊長をすることも、巴里華撃団の隊長をすることもなかっただろう。

 

「二人ともここにいるというのですか?」

「質問の意味がよく分かりませんが、花小路様なら邸宅に居られます」

 

一瞬躊躇う大神だったが、命令書は間違いなく本物。

発行された日付もこちらの方が近日だ。恐らく新規の命令が発行されたのだろう。

 

「分かりました、案内宜しくお願いいたします」

 

そして、大神を乗せた車は東京駅を速やかに離れる。

数十分後、軍用の車が東京駅を訪れるが、無論そこには大神の姿はなかった。

しばしの間大神の姿を探し、やがて、携帯で警備府へと通信を行う。

 

 

 

その頃司令は龍田を秘書に仕事を終え、カウンターバーで艦娘と共にグラスを空けていた。

飲み足りないとばかりにグラスに継ぎ足そうとするが、龍田が押し留める。

 

「もう、司令。飲み過ぎは身体に良くありませんよ」

「よいではないか、こういうときくらい。最近大神にべったりな艦娘がこっちに来てくれたんじゃし」

「ち、ちがっ――」

「そうよ、なんで隊長なんかと――」

 

慌てて否定する瑞鶴と満潮だったが、その声を司令室の電話が押し留める。

龍田が応対するが、相手は相当怒っているようだ。

 

「早く、司令を出せ――」

 

酒に酔ったまま対応するわけにもいかないと冷水を飲み、司令は受話器を取る。

がなり立てる相手をのらりくらりと交わしながら話す司令だったが、

 

「――なんじゃと、大神が東京駅で消息を絶ったじゃって?」

「え――」

 

それは響の声か、明石の声か。

 

「司令なにをいってるの?」

「消息を絶ったってどういうことなんですか?」

 

あの真面目な大神が任務を放棄することなんてありえない。

途中で何かあったのだろうか、艦娘たちの心に不安が広がる。

その間も相手と話を続ける司令。だが、

 

「実験の素材をどうしてくれるだって? お前たち、大神をどうするつもりだったんじゃ!」

 

珍しく声を張り上げる司令官の声が遠くなっていく。

気が遠くなっていく。

 

大神さんが人体実験に――

 

大神さんが――

 

おおがみさん――

 

いっちゃ、やだ――

 

響は意識を失いクタリと倒れこむ。

グラスが倒れ、氷がカウンターバー内に散らばった。

 

「響ちゃん? 響ちゃん!!」

 

 

 

 

 

大神を乗せた車は、やがて高級住宅街の一角へと異動する。

 

「到着いたしました」

 

止まった車から身を下ろす大神、目の前の邸宅へと視線をやる。

到着した邸宅、それは自らの記憶の片隅に残るものと寸分違わぬ物だった。

いや、正確には寸分たがわぬように保存されていた。

 

「お入りくださいませ」

 

自分の記憶が正しければ、この先には――

 

男が開けたドアの中も記憶の違わぬ。

逸る心を留め、邸宅内へと大神は歩を進める。

 

――まさか――

 

それは半ば確信にも似た予感。

 

自分を必死に律し、留めていた足が徐々に早くなっていく。

 

「大神様?」

 

――まさか、まさか――

 

歩みは早足へと変わり、そしてほとんど走るような速さとなる。

靴音が大きく廊下に響く、マナー違反だと分かっているが大神には止められない。

 

「おーい、大神。そんなに慌てるなってー」

 

先程まで恭しい態度を取っていた男が急に崩れた態度を取る。

聞きなれた、親友の声にも振り返る余裕が今の大神にはない。

 

そして、一つの大部屋――かつて、自らが帝國華撃団の辞令を受けた部屋へと辿り着く。

 

「失礼します!」

 

声を放つとほとんど同時に大神は、その扉を開ける。

 

 

そこには――

 

 

「まったく、ずいぶん待たせてくれたじゃねーか。ハラハラさせやがって、大神よぉ」

「米田司令!!」

 

万感の想いを乗せ、大神はその名を呼んだ。




ヤバイ、そのつもりはなかったのに響暴走、超独走。
何故だ。

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