暁は最高に上機嫌だった。
響の近い目覚めを前にして、足はスキップしており、思わずハミングを口ずさむ。
響が起きたら何を話そうか、一緒にショッピングに行こうか、などと気の早いことを考えてしまう。
後からついてくる電、雷も同様に上機嫌だし。
「響が起きたら、第6駆逐隊の再結成だね!」
「そうなのです、これで皆さんには負けないのです!」
「響が起きたら、いっぱいお世話してあげないと!」
止め処もなく響が起きた後のことについて、お喋りしている3人。
そうして、駆逐艦寮から出ると、ちょうど天龍たちが剣道場に向かっていた。
「よお、6駆。妙に元気そうじゃねーか」
「勿論よ! 響がもうすぐ目を覚ましそうなんだもん!」
「そうしたら、第6駆逐隊完全に再結成なのです!」
天龍の問いに、暁たちは満面の笑みで答える。
だが、
「そうか、お前たち知らないんだな……」
天龍の口調は苦い。
暁たちを哀れんだ目で見ている。
「何が?」
きょとんと天龍を見上げる暁たち。
「いや、響が目覚めれば分かることか」
「だから、何が?」
「オレが説明するより、響が目覚めた方が早いってことだよ、行かなくて良いのか?」
「言われなくてもそのつもりよ、電、雷、行きましょう?」
天龍の思わせぶりな説明に唇を尖らせながら、暁たちは天龍の横を通り過ぎ、艦娘用の保健室へと向かう。
天龍たちはしばらくその場に立ち止まっていたが、剣道場にいくのを取りやめ、暁たちの後を追う。
「天龍、剣の稽古するんじゃなかったっけ?」
「うるさいな、川内。優先する用ができたんだよ」
「相変わらずだねー、お人よし」
「うるさい!」
そうして、胸に一抹の不安を抱えたまま保健室にやって来た暁たち。
一瞬、扉を開けることを躊躇ってしまう。
しかし、こうして扉の前に立ち止まっていても仕方がない。
よし、と気合を入れると、勢いよく扉を開けて中に入る。
「響ー、また来たわ……よ?」
「響ちゃん、来たので……す?」
「響ー、もうすぐ目を覚ましそうだっ……て?」
が、目の前には、眠っている響に大神が覆いかぶさって不埒なことをしていた。
そう見えた。
「な、何やってるのよー! 隊長!」
「はわわ、隊長さん、響ちゃんに何をしているのです?」
「少尉さん、響が可愛いからって寝てる響にそんなことしちゃダメよ」
慌てて身を起こそうとする、大神。
だが、響が大神の首に手を回して抱きついており、すんなり起き上がることができない。
「ごっ、誤解なんだ、これは響くんが」
「誤解も六回もないわよー!」
なかなか身を起こさない大神にぷんぷんな暁。
大神に飛びついて早く起き上がるよう促す。
そうこうしている内に、大神の首に回された響の腕が離れ、響はベッドに「はう」という吐息と共に沈む。
そして、再び目を開いた響の目と暁の目が合った。
「ひ、響! おはよう!」
暁は大神を押しのけ響に向き合うと、緊張のため幾分か上ずった声をかける。
きょとんとした様子で暁の声を聞いている響。
やがて、その口が開かれる。
「……すまない。君は、誰だい?」
「え――」
凍りつく暁。
響が何を言っているのかわからない。
「暁。暁よ! 第6駆逐隊の!!」
響が出向して、出向先で沈んだって聞かされるまで一緒だったではないか。
「第6駆逐隊、ああ、私の姉妹艦の暁か。宜しく頼む」
なのに、響の口調は、暁に始めて会ったかのようだ。
クールな口調がより事務的なものに聞こえる。
「そんな、他人みたいな話し方しないでよっ! この警備府で! ずっと一緒で! 4人仲良しだったじゃない!!」
「すまない、何をいってるのかよく分からないんだ」
暁の悲しそうな表情を見ても表情を変えることなく言葉をつむぎだす響。
だが、大神には僅かに顔をゆがめているように見えた。
「ああ、やっぱりこうなってたか……」
保健室の扉の辺りに天龍たちが居た。
悲しげな表情でやはりと言わんばかりに頷いていた。
「天龍さん……ど、どういうことなのです?」
同じく、保健室の扉の辺りで暁たちを見守っていた電が天龍に尋ねる。
「ブラックダウンの前、建造による艦娘の生産が行われていたのは知ってるよな?」
響を除く全員が大きく頷く。
「建造で生み出される艦娘は二種類あったんだ、一つは今まで現れた事のない新規艦。もう一つが轟沈した艦娘なんだが……」
「轟沈した艦娘が建造で蘇った時、轟沈前の記憶は失われ、新規艦同様の振る舞いをしていたんだ」
天龍の言葉に暁の視界は暗転した。
崩れ落ちそうになる暁を大神は抱きとめる。
それでも、大神の腕の中で数回深呼吸すると、暁は瞳に大きな涙を貯めたまま天龍に歩み寄りながら問いかける。
「だから、響も、記憶がないって……ことなの?」
「ああ」
「4人で寮の同じ部屋で暮らしてたことも?」
「ああ」
「司令官にいたずらを仕掛けて、龍田さんと神通さんに怒られたことも?」
「ああ」
暁が問い、天龍が答えるたび、暁は涙ぐむ。
今にも涙が零れ落ちてしまいそうだ。
「ずっと一緒だったのに、響は、みんな、みんな、忘れてしまったの?」
「ごめんなさい。でも、分からないんだ」
響は絶望を刻む答えを答える。
が、大神には響が自分に刻み込んでいるように答えているように見えた。
電がその場に崩れ落ち、雷は天龍に縋り付く。
そして、暁は、
「ウソだ……」
涙をポロポロ流しながら、事実を信じられないとばかりに頭を振る。
「そんなの、ウソだよー!!」
「暁ちゃん!」
「暁!」
そして、泣き叫びながら保健室を飛び出していく。
「暁くん!!」
咄嗟に大神は暁の後を追って外に飛び出す。
「隊長、暁のことを頼む!!」
「ああ、天龍くんたちは電くんたちのことを!」
「分かった」
天龍たちに後事を託すと、大神は暁の後を追いかけるのだった。
6駆:天国から地獄な回
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