閑話 二 大逃走! シュラバヤ沖海戦1
逆転しない裁判ー前編
明石と大神のデートから数日後の深夜のことである。
有明鎮守府のブリーフィングルームには艦娘たち全員が集合していた。
ちなみに大神は、今夜は有明鎮守府にいない。
大淀→永井→米田経由で上奏した、訪欧した大神の慰労会を太正会の男性陣で行う為である。
政財界のトップと共に、料理と酒を楽しみ、今頃はホテルで眠っていることだろう。
無論、本当の理由は違う。
大神の訪欧から今におけるまで、過度に大神に接した艦娘への魔女裁判を行うためである。
欧州艦娘を交えて淑女協定を改めて話し合うためと一応大神には言ってはいる(大神は勿論薄々実情を気付いている)が、本当のところは飛び交うであろう罵倒や汚い言葉を大神に聞かれて嫌われたくないからである。
なら、そんなことするなよと誰もが思うだろうが、嫉妬心を止められないのもまた艦娘のサガ。
今回の裁判は以下のメンバーで行われる。
被告人:明石(数日前の大神とのデート)
曙 (大神に素手で全身を洗ってもらった)
榛名(大神に媚薬を盛った)
鳳翔(シベリア鉄道での大神との日々)
川内(シベリア鉄道での日々、大神を騙して『結婚しよう』といわせた大逆罪)
裁判官:その他全員
弁護人:その他全員
傍聴人:その他全員
どう考えても、全うな裁判形式ではない。
吊るし上げ、処刑会議と言ったほうが等しいが気にしてはいけない。
いつもは大神が作戦を説明する壇上に進行役の大淀が上がる。
「それでは、皆さん。始めたいと思います。先ずは……明石さんから行います」
両腕を扶桑姉妹に抱えられて壇上に運ばれる明石、勿論大いに不満そうだ。
「ちょっと、私の場合は大神さんと約束どおりデートしただけよ!? 何の問題があるの?」
「だって、前の日の夕食で話してたときは秋葉原で電子部品とかを見て、その後は大神さんの二刀を補修できる刀匠が居ないか下町を何件か回ってみるつもりって言ってたじゃない! あまり良い私服もないから、制服のままで行くつもりだって。それがなんでブティックで良い服を買ってもらったりしてるのよ! ネット上にも上げられてたから嘘は効かないわよ!」
進行役の筈の大淀が明石にツッコミを入れる。
なるほど、お出かけ程度のデートの筈が完全ガチのデートになっていたら多少むかつきもするか。
「いや、だって大神さんが買ってくれるって言うし……そんな寒そうな格好で居るよりはって。それにそんな格好の私をあまり人の目に晒したくないって言うから……うーん、そんなにいつもの私って酷い格好ですか?」
少し落ち込んだ明石の呟きに艦娘たちに衝撃が走る。
ちょっと待て、どういう意味だそれ。
最近工廠に戻り始めた明石の制服は物によっては若干色落ちして交換するべきものもある。
でも、明石のスカートはそもそも腰の横のラインが素で見える大胆な、エロい構造でもあるのだ。
もし、後者を指して大神が男の人の目に晒したくないと言うのなら、まさかまさかまさかまさか。
それ以上考えると嫌な推測になりそうなので艦娘たちは考えるのをやめた。
「しょうがないわね! 明石さんもこれに懲りたら外出するときは格好に気を使いなさい!」
「はーい、分かりましたー」
本件は、万が一にも明石に後者の可能性があることに気づかせてはならない。
絶対に自覚させてはならないのだ。
そう考えた叢雲が早急に話を締めようとする。
それは他の艦娘にとっても同じ考えだった。
「結論を言い渡します! 明石は今後外出するときは格好にちゃんと気を配る事! また、他の艦娘についても、わざと寒そうな格好などをして大神さんの気を引いて服を買ってもらうことは禁止します! いいですね!?」
「「「はーい」」」
叢雲の意図に気付いた大淀も吊るし上げを区切って話を締める事とした。
勿論、この件は他の艦娘にも言える事であるので全員に釘を刺すことも忘れない。
「やったー、それじゃ私は殆ど無罪放免ですね~。あ、終わったから裁判官側に座ってもいいですよね?」
「……ええ、いいですよ」
本当ならもう少し文句をいいたかったが、明石が自覚してしまう事に比べれば遥かにましだ。
そう思い、大淀は次の被告の話へと話を進める。
「次は……曙ちゃんね」
次に両腕を扶桑姉妹に抱えられて壇上に運ばれるのは曙だ、顔を真っ赤にしている。
「な、な、なんで、私が、クソ隊長の事でこんな場に立たせられてるのよ!?」
「ダウトだよー、曙ちゃん。もう曙ちゃんがご主人様の事を『大神さん』って『一郎さん』って呼んだ事はバレバレだよ~。いや~、乙女だね~」
「なっ、なんのことかしら? 私はそんな風には喋ってないわよ! だって、この間の歓迎会の時だってそんな風には呼んで……」
「ふーん、それじゃこれを聞いてもそう言っていられるかな~」
決して認めようとしない曙を前に、漣がICレコーダーを再生する。
『私、大神さんの事が……一郎さんのことが……』
「んなっ!? 何これー!!」
「曙ちゃんのね・ご・と。これでも認めないなら、その先も――」
それは死刑宣告だ。
「やめてーっ! 認める、認めるから、再生しないでー!!」
とうとう音を上げる曙であった。
「コホン。この発言自体もツッコまないといけないような気もしますが、それは一旦置いておきましょう。議題は曙ちゃんが大神さんに『素手』で『全身』を洗ってもらったことについてです」
「曙ちゃん、いつもは素手じゃなくてスポンジで体を洗っていたよね? なんで大神さんには素手で洗ってもらったのかな?」
潮の目から光が失われつつある、怖い。
「いや、あの、その、だって……怖かったんだもん!!」
言いあぐんでいた曙だったが、やがて、涙を滲ませながら叫んだ。
「腕に、足に巻付いた触手がどんどん身体の方に登っていって、ブラも外されて、ショーツも下ろされて、このままじゃ私犯されるって、大神さんの目の前で穢されると思ったんだもん!」
「曙ちゃん?」
「前は諦めてた! 好きな男の人なんて出来る訳ないって、だから大丈夫だと思ってた。でも、違う、今は違うの! 大神さんに、好きな男の人以外にそんな事されるなんて絶対にイヤだもん!!だから思い出す事も嫌だったの! 全部大好きな大神さんに上書きしてもらいたくて……だから……だから、ふぇぇ、ふぇぇーん!!」
火車に汚されかけた嫌悪感を思い出したのか、曙が泣き出し始めた。
人目を憚らず、ガチ泣きする曙。
ブリーフィングルームの雰囲気が曙に同情的なものに成る。
確かに嫌だ、好きな男性以外にそんな事を無理やりされるのは。
もう、艦娘全員の感情は一致していた。
「ごめんなさい、曙ちゃん。怖い事を思い出させて。みんなももういいわよね、曙ちゃんについては無罪放免としましょう」
「「「異議ありません」」」
「ごめんなさい、曙ちゃん」
「曙ちゃん、今度間宮さんでおやつおごるね」
漣たちが泣き続ける曙を慰めようとしていた。
「そういえば、雲龍さんは大丈夫かしら?」
「私は上半身は服の上からでしたし、気持ち悪かったけど曙ほどには恐怖はなかったわ。深海から私を助けてくれた大神さんが、助けてくれない訳がないって、信じてたもの」
「じゃあ、この件はこれでいいわね」
そうして、次の対象を運ぼうとする扶桑姉妹。
ここまではどちらかと言うと、羨ましさ半分で選ばれた対象。
だが、ここからは違う。
完全な処刑対象者と成る。
まずは裁判から、処刑はそのあと。