秋雲が自分の復活に対するおめでとうの言葉を聞く前、大神はスタッフとホールの外で列の誘導・整理を行っていた。
9時30分くらいに、東123ホールの全てのシャッターが開いた途端、サークル入場者の人の波が発生し目当てのシャッターサークルめがけて突撃していく。
その中でも狙う人が一番多いのは秋雲の居るオータムクラウド。
あっという間に人がごった返そうとするのをとどめて大神たちは待機列を形成していく。
数分後、待機列が形成される頃には列は東1ホールから3ホールまで延び折り返そうとしていた。
サークル入場者だけでこの状況である。
一般入場者が来たらどのような事になってしまうだろうか、と冷や汗を流す大神。
そんな大神にスタッフから声がかけられる。
「大神さん、オータムクラウドさんの限定数は何冊ですか?」
「限定数ですか? 確か最初は4と秋雲くんは言ってましたが」
「2にすることはできませんか? オータムクラウドさんの搬入量だと一般参加者まで本が持ちそうにありません」
「分かりました、確認します」
大神さんって、大神大佐?
本当に?
でも、あの服本物じゃない?
と列から声が聞こえるのを一旦無視して秋雲に連絡を取る大神。
『秋雲くん、ちょっといいかい?』
『大神さん……なに?』
聞こえてくる秋雲の声は涙声だ。
『秋雲くん、どうしたんだい? もしかして、俺が居ない間に何かされ――』
『そういうんじゃないから大丈夫。人が一杯来てくれて、それが嬉しくて。で、用件は何?』
『領布するものの限定数についてなんだけど』
『大神さんとこにも確認が来てたんだ、ゴメン! 2にするからみんなにそう伝えてもらえる?』
『分かった』
連絡を終え、スタッフに2にすることを伝える大神。
そしてオータムクラウドの待機列に対し呼びかけを始める。
「皆さん、おはようございます! オータムクラウドにようこそ!」
その声に女性陣からの黄色い歓声と、男性陣のおはようございますという声が返ってくる。
「オータムクラウドの領布物は2点です! 全艦娘直筆メッセージ付きイラストマニュアル:1000円と、秋雲本:500円の2点となります! また、限定数は2です! なお、おまけとして紙袋が付いてきます!!」
「大神さんは買えないんですかー!?」
「自分は非売品です!!」
「一晩だけでも!!」
「自分を大切にしてください!!」
大神ファンと思わしき人間から出てくる質問に回答すると、笑い声が起きる。
『こらー、"私の"大神さんに手を出すなー! 買っちゃダメー!!』
通信で聞こえていたらしく秋雲がお冠になっている声が聞こえてくる。
その声に対してもクスクスと笑い声が聞こえてくる。
『いつ、"あなたの"隊長になったのかしら、秋雲?』
『え"っ、いや、不知火姉さん、これは言葉のあやで……キャー!』
『二人とももうすぐ二日目開催だよ』
『隊長、失礼しました、ご健勝を』
『そちらもね』
そして、待機列に対して再度呼びかける。
「今日も暑くなります。水分補給などには気をつけてください! それではもうしばらくお待ちください!!」
「大神さん! 大神さんとは何かできないんですか?」
先ほどの大神ファンが再度尋ねてくる。
本気で大神と何か接触したいらしい。
「自分とですか?」
「はい、大神さんと、是非!!」
どうしたものかと少しの間考える大神だったが、
『握手くらいなら時間もかからないしいいんじゃない、隊長?』
と長波から提案される。
『握手か、それくらいなら良いか、ありがとう長波くん』
「分かりました、自分でよければですが、握手なら」
「本当ですか!? お願いします!!」
大神が答えた途端、餓えた狼のように飛び掛って手を差し出す女性ファン。
足柄と仲良く慣れそうである。
「海の戦い、頑張って下さい!」
「ええ、深海棲艦から、必ず取り戻して見せます!!」
そして握手を交わすと、感激のあまり涙を流し女性ファンは崩れ落ちそうになる。
そんな女性ファンを抱きとめ、立たせ直す大神。
「コミケはまだ始まる直前です、身体にお気をつけください」
「は、はいっ!」
もう夢にも上る心地な女性ファンから離れる大神。
そうして、呼びかけの場所を変えようとするが、オータムクラウドの列に並んだ人間から男女を問わず多くの手が伸びてくる。
「もしかして、自分との、握手の希望でしょうか?」
オータムクラウドの領布物に大神との握手が増えた瞬間である。
もしかしたらやってしまっただろうか、と大神は思ったが今となっては元の木阿弥である。
ちなみに大神に抱きとめられたファンはツイッターで大神と握手できたことを拡散。
オークラ先生のところで本を買うとオークラ先生他艦娘が見れて、大神さんと握手もできる。
そんな情報が一瞬でコミケ中に広まろうとしていた。
そして、コミケ二日目の開催アナウンスが為される。
拍手でコミケの開催を歓迎する人々。
と同時に、マナーを無視し走ってでも希望のサークルへと向かう人間が何人か現れた。
スタッフの注意の声にも耳を貸す様子は無い。
しかたがないかと、大神は剣気を練ると、
「喝!!」
と走っている相手に向けて剣気を飛ばした。
剣気に当てられ、恐れ、歩き出す人たち。
その一部始終を見ていた待機列の人間が大神に拍手する。
「スタッフにスカウトしたいな」
近くのスタッフがそう呟いていた。
オータムクラウドのスペースでは、秋雲たちが来た人への対応を必死にしていた。
売り子は夕雲、巻雲、長波、陽炎、舞風。
領布物の補充を行うのが不知火。
黒潮は開いたダンボールなどの整理を行っている。
秋雲はスペースの端で、「ありがとうございましたー」と来てくれた人全員にお礼を言っている。
当初は尋ねてくる人との対応をしようかと思ったのだけど、とにかくそんな暇が無い。
時折不知火と、黒潮の手伝いもしないと回らない。
そんな様子はスペースに来た人間にとっても眼福極まりない。
本物の駆逐艦娘がチョコチョコと慌しく動く姿は、仕草一つとっても愛らしい。
叶うならば一秒でもこの光景を見ていたい、写真に収めたい、持ち帰りたいくらいだ。
だが、そんなことはもちろんマナー違反。
心の中で涙を流して、秋雲の笑顔を心に焼き付けてスペースを去っていく。
老若男女を問わず。
とにかくすさまじい勢いで領布物が消えてなくなっている。
このペースだと、11時に秋雲本がなくなって、全ての領布物も12時過ぎにはなくなりそうだ。
長波の提案で始める事となった大神との握手を除いて。
あっちの方もこっちの完売と合わせて終わらせた方がいいかなと思う秋雲。
12時までのお手伝いとして大神を呼んだのだから、それ以上拘束するのは流石に悪い。
「ただでさえ、12時を過ぎたら完売してしまうサークルが多くなるのに、それ以上となると、大神さんのサークル巡りに差支えが出ちゃうもんね」
身体を大きく伸ばしてぬるくなった麦茶を一口飲む秋雲。
「それは大丈夫よ、秋雲ちゃん」
「わっ! びっくりした。どうしたの南さん?」
知り合いの牧村南が秋雲の背後から語りかけていた。
「うふふ、秋雲ちゃん。昨日の前日搬入のとき、大神さん達が12時過ぎからサークル巡りするって話しをしていたでしょ?」
「うん、してたかな。それがどうしたの?」
「それでね、大神さんが巡るまでは撤収しないようにしてるサークルが結構いるみたいなの。だから、大丈夫」
「そうなんだ……」
それはありがたい話だ。
大神のサークル巡りに自分も付き合ってもいいかな~と思う秋雲。
「秋雲、領布物の補充が追いつきません! 手伝ってください!!」
「あ、ゴメン! 不知火姉さん!!」
「Hey! 秋雲~、飲み物の差し入れに来たヨ~。あれ、隊長は?」
不知火の悲鳴に終われて本の出し入れなどを行っていると、金剛型の制服で金剛がスペースに現れた。
人気の高い金剛だけあって周囲の視線が金剛に集中する。
「隊長は外で列整理してる。私達は大丈夫だから、その飲み物は隊長に持っていって~」
「了解~、外に行けばいいんダネ~」
軽くスキップしながら大神の元へと向かう金剛。
そして、人々と握手をする大神に嫉妬して、
「隊長~、握手より私にはハグをお願いするネ~」
と発言し、大神とスタッフたちを困惑させるのだった。
えらく懐かしい言葉を使った。