IS ‐もののふ少女伝-   作:お倉坊主

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閃の軌跡Ⅱが今から楽しみでwktkしている今日この頃。6月には碧evoもあるし、今年は色々と期待できそうです。
Ⅱで設定が出揃ったら閃の軌跡の二次を書くのも面白いかなと思っていたり。まあ、それより早くこっちを更新しろよと言う話なんですけどね。


第十九話 金の策謀 銀の歪み

 休みが明けて月曜日。本日も一年一組の皆は元気が有り余っておる様で、朝から取り留めのない噂話で盛り上がっておった。昨晩、鉄仙の扱いを巡って千冬殿と少しばかり揉めたため、疲れ気味で大人しく席に座っておる私の耳にも、その話すは自然と耳に飛び込んでくる。

 曰く、学園に世紀末覇者が現れた。

 曰く、一年の学生寮を局地地震が襲った。

 そんな眉唾な話がどこから湧いてきたかは知らないが、兎にも角にも年頃の少女が噂話を好むのはIS学園でも変わらぬらしい。彼女らは勝手な想像を膨らませて際限なく話を大きくさせていく。

 とはいえ、一週間もすれば立ち消えてしまうような些細なものだ。放っておいても何も害はあるまい。それに何より……

 

「私には、関係のないことであるしな」

「え?」

「む?」

 

 と、隣の席の一夏坊と何となしに話しておったら妙な反応をされた。

 一体何だと言うのだ。反対側の箒も眉間を押さえておるし、斯様な残念なものを見る目を向けられる覚えもないぞ。

 

「いや、関係ないっていうか、むしろ大本……」

「時間だ。囀っていないで黙って席に着け」

 

 物言いたげであった一夏坊が何か言い切る前に、教室の扉を勢いよく開けて入ってくる千冬殿と、その後に続く真耶。有無を言わせぬ宣告に噂話で盛り上がっておった者たちは慌てて己の席に着き、一夏坊も口を噤まざるを得なかった。

 何を言おうとしたのか気になる所ではあるが、仕方あるまい。後になっても忘れずにおれば聞くことにするとしよう。

 

「皆さん、おはようございます。今日から個別用ISスーツの申し込みが開始となります。事前に配布した資料に添付されている申込書に記入の上、私か織斑先生に提出してくださいね。期限は来週末までなので忘れたらダメですよ?」

 

 真耶からHR前の連絡事項を聞き、そういえばそんな話もあったなと思い出す。私は既に自前のものを持っておるので気にしていなかったが、専用機持ちを除く生徒からすれば重大な事なのであろう。真面目な顔で耳を傾け返事をしておった。

 それにしても不思議なものよな。元は宇宙空間での活動を想定したパイロットスーツの下に着こむアンダースーツのようなものであったのに、競技が運用の主体となってからはそのアンダースーツがパイロットスーツと同義になるとは。

 ヘルメットなりで全身を覆う本来のパイロットスーツが競技に不要なのは自明だが、それでも現在のISスーツを和気藹々と選ぶ少女たちを見ていると、まるで下着を真剣に吟味しているように私の目には映ってしまう。現代には勝負下着という概念もあるようだし、もしかしたらあまり不思議な事ではないのであろうか?

 ちなみに私のスーツは下がスパッツ型のものである。どこの誰が現在の水着染みたスーツを考案したかは知らぬが、あれを着るのは些か抵抗がある。例え自身が女であることを受け入れていても、だ。

 

「それと、今日から授業でも本格的な実戦訓練が始まります。皆さんのスーツが届くまでは今まで通り学校から貸し出されるものを使用しますから、忘れない様に注意してくださいね」

「連絡事項は以上だ。何か質問があれば後で遠慮なく聞くように。それでは山田先生、HRを始めましょう」

「は、はい」

 

 至極どうでもいい事を考えていると、真耶の顔に緊張の色が浮かぶのが見て取れた。その理由を推察して、ふと少し前に聞いた頼まれごとを思い出した。

 ああ、そういえばドイツから転入生が来るとヴェルナーが言っておったな。名は確かラウラ・ボーデヴィッヒ。千冬殿の教えを受けた軍の少佐殿ともなれば、真耶も若干は緊張するか。

 そう納得はしたが、微妙に引っ掛かりも覚えてはいた。現役時代は私と千冬殿で散々扱いてやった真耶が、果たしてその程度で今の今まで気の乱れを引きずるものであろうか、と。

 

「ええとですね、実は今日から転校生が一組に加わるんです。なんと二人も!」

 

 突然の告知に教室がザワリとする。一夏坊も「え?」と間抜けに口を開けておる始末である。事前に知っていたのは此処では私くらいであろうし、他の皆が驚くのも致し方ない。

 だが、私も驚きはせずとも怪訝な顔をせざるを得なかった。転校生が二人? 近頃妙な動きをしておると言うフランスがドイツに便乗して送り込んできた者であろうか?

 

「よし、入ってこい」

「失礼します」

「はっ」

 

 咄嗟に思い浮かべたその推測は、大筋では的中していた。しかしながら根本的な部分では間違っていた。というか斜め上過ぎて想像だにしていなかった。まさか斯様な事が起こるとは、私は思いもしていなかったのである。

 入ってきたのは対照的な金髪と銀髪の生徒。問題は、その金髪の方が男子の格好をしている事であった。

 

 

 

 

 

「初めまして、シャルル・デュノアといいます。僕と同じ境遇の人がいると聞いてフランスから……」

 

 シャルルというらしい金髪の転校生が自己紹介し、教室が黄色い悲鳴で包まれる。世にも珍しい男性のIS操縦者、その二人目である。騒ぐのも無理ないことであった。だが、私はその中で一人頭を抱えかねない心情に陥っていた。何よりも、壇上で涼しい顔をして貴公子然の転校生に物申したかった。

 

 ――いや、お主……女であろう?

 

 本当に男性操縦者であるならば、驚きはすれども喜んで迎え入れる所ではある。一夏坊と比較調査すれば、男でありながらISを起動せしめた因子の特定に非常に有用である。それに一夏坊の精神衛生的にも好影響を与える存在となってくれていたであろう。

 だが女である。皆が新たな男性操縦者の登場に浮き立っていても女である。より具体的に言うならば男装女である。大事な事なので三回云々とかネタ抜きで女である。

 胸は何か特殊な器具を使って潰しているのであろう。一目では分からない。問題は他の点だ。骨格、歩き方、その他諸々。一般人相手であれば中性的と無理を通せば誤魔化せられるであろうが、その手の者には一発で見破られてしまうような粗末な男装である。果たして騙す気があるのか疑問に思ってしまう。

 フランスは、デュノア社はいったい何を考えているのやら。中途半端な偽装を施したものを送り込んで何をするつもりなのか甚だ疑問である。これ以上、私に心労を掛けないので欲しいのだが……

 

「あー、静かにしろ。もう一人の挨拶が終わっていない」

 

 周囲の喧騒が耳に入らないほど陰鬱な気分になりかけておると、面倒くさげな千冬殿の言葉が響く。

 そうだ、まだ彼女がいたのであった。ヴェルナー殿に頼まれた以上は確と面倒を見なければなるまい。今は不自然なフランスの動向を頭から追い出し、彼女の自己紹介を見届けるとしようぞ。

 

「ラウラ、挨拶しろ」

「了解しました」

 

 が、千冬殿の言葉を受けて敬礼する小柄な銀髪の少女を見て、表情が固まったのを自覚した。

 

「ドイツ軍より出向したラウラ・ボーデヴィッヒだ。現在時刻〇八二〇を以てIS学園一年一組への着任を報告する。以上」

「「「「…………」」」」

 

 静寂、静寂である。先ほどまで姦しかった教室は一気に静まり返っていた。斯様な軍隊色丸出しの自己紹介をされれば無理なからぬ事ではあるのだが。

 そもそも格好と雰囲気からしていけない。背丈は同年代からすれば小さい方だが、左目の無骨な黒眼帯と身体から発せられる冷たい気配が相俟って周囲に緊張を強いていた。

 ヴェルナー殿、もはや世間知らずとかいう程度を越えておるぞ……いや、軍人意識が強いだけであるならば、まだ何とかなるか?

 想定を遥かに超えた事態に挫けかけるが、前向きにとらえる事で持ち直す。そうだ、例え根っからの軍人であったとしても悪い奴とは限らぬ。見るからに人の言う事を素直に聞くとは思えぬ目をしておるが、根気よく付き合えば心を開くに違いあるまい。

 思わず伏せていた目を再び彼女へと向ける。ほれ、外面だけならば可愛げのある娘……

 

「……そうか、貴様が…………」

「な、何だよ?」

「……別に、何でもない」

 

 ……何か一夏坊を滅茶苦茶睨みつけておった。絶対に何か抱えている類の目である。

 どうやら此度の転校生も面倒な事となりそうだ。私は耐え切れずに深々と溜息をつくのであった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「それでは本日より射撃、格闘を含めた実戦訓練を開始する。各位、厳重に注意した上で臨むように」

 

 場所を移して第二グラウンド。記念すべき第一回の実戦訓練は一組と二組の合同授業と相成ったようで、単純に二倍の声量となった千冬殿への返事は軽く空気を揺らした。元気がいいようで大変よろしい。

 整然と並ぶその一団に紛れつつ、チラリと視線を目下の問題である人物の元へと向ける。少し離れた所で一夏坊やセシリア、鈴音と共にいるデュノアは真面目な顔つきで千冬殿の言葉に耳を傾けている。現状では何か不穏な動きをする兆しは見えない。

 あちらに関しては今しばらく静観を保つしかあるまい。一夏坊に直接危害が及ぶ事態にでもなれば話は別だが、私個人が勝手に動いては治まるものも治まらぬものになりかねぬ。注意対象として気に掛けておくに留める事とする。

 結論を下し、視線を外す。続いて反対側へと移して行き……それが目に映った途端、口元が引き攣った。

 直立不動、まさにその言葉通りの態勢で佇むボーデヴィッヒの周囲では、まるで見えざる壁でもあるかのように他の生徒が一歩離れ不自然な空間を形成していた。そして本人はそれを露ほども気に掛けていない。

 いかん。ヴェルナー殿に頼まれた以上、私には彼女に人並みの学生生活を送らせる義務があるというのに、あの調子では相当難易度が高いようであるぞ。接触せぬ事には為人がわからぬが、決して人当たりの良い性格ではあるまい。初っ端から世話が焼けるのは確定事項であろう。

 

「今日は初回だからな、専用機持ちに実演をしてもらってから訓練に移るとしよう。凰、それとオルコット、前へ出ろ」

 

 これからの苦労を想像し頭痛で眉間を押さえていると、どうやら話が進んでいたようだ。急に呼ばれて虚を突かれた様な二人であったが、急かされぬうちに指示に従い前に出る。

 

「はあ、鈴さんと対戦する分には構いませんが……」

「なんか普段の訓練でも散々やりあっているからマンネリ感がするわね。ま、織斑先生がやれって言うなら従いますけど」

「誰がお前ら二人でやれと言った? 対戦相手は……ああ、来たな」

「え?」

「な、何ですの?」

 

 千冬殿が空へと目を向ける。釣られるようにその場の全ての目が同じ方向へと向けられ、かなりの速度で飛来する一機のISを見た。ISはグラウンドの直上に達すると、速度を保ったまま急降下へと移行する。

 誰かが「あっ」と声を漏らした。そのスピードが先月の訓練で一夏坊やセシリアが披露した急降下を超えるものであったが故に、操縦者の安否を心配して漏れ出たものであろう。怪我はせずとも、失敗すれば一夏坊よりも派手に地面と激突する事になりかねぬのだから。

 しかし、心配は杞憂に終わる。PIC、スラスター、バーニア、凡そISの機動機構全てを駆使した無駄のない動きでIS『ラファール・リヴァイブ』の操縦者――真耶は見事に千冬殿の横に着地してみせた。

 

「お待たせしました、織斑先生! 模擬戦の準備が整い……あ、あれ? 皆さんどうかしましたか?」

「す、凄いよ山ちゃん! 伊達に教師をやっている訳じゃなかったんだね!」

「何時も落ち着きが無かったから大丈夫なのかと思っていたけど、やる時はやるんだね! 見直したよマヤマヤ!」

「え、えへへ、それ程でも……って、山ちゃん? マヤマヤ?」

「諸君、静粛に。山田先生もあまり生徒から変な渾名を付けられない様に」

 

 喝采を浴びて満更でもない様子の真耶であったが、妙な渾名を付けられていたことに加えて千冬殿に釘を刺されたことにより、すぐさましょげた顔になってしまった。彼女らしいと言えば彼女らしいが。

 私としては渾名くらい構わぬのではないかと思っておるので残念である。取っ付きにくい担任と組ませておるのであれば、バランスもとれて丁度良いであろうに。

 

「えーと……もしかして対戦相手って……」

「わたくしたち二人を山田先生が相手取るという事でしょうか……?」

「何を当たり前のことを言っている。さっさと始めるぞ」

「いえ、流石にそれは……」

 

 二対一と聞いて遠慮気味な様子を見せるセシリアと鈴音。だが、私からすれば見積もりが甘いと言わざるを得ない。単純な数の差で勝負は決まるものではないと、彼女たちは未だ理解しておらぬようだ。

 

「心配するな。お前たちならすぐに負ける」

「「むっ……」」

 

 プライドを刺激されたのであろう。千冬殿の言葉を受けて、二人は打って変わって好戦的な目つきへと変わる。真耶が「あ、煽らないでくださいよ~」と抗議の声を上げていたが、千冬殿はどこ吹く風といった様子である。

 

「そういう訳なら相手してもらいますよ、山田先生」

「手加減は致しませんわよ!」

「うう、二人とも目が怖いです……」

 

 他の生徒を巻き込まぬよう一定距離まで離れた後に、模擬戦は開始された。皆が一様に空を見上げ勝敗の行く末を見守る中で、私はそれに興味が惹かれなかった。結果など判りきっていたからだ。

 セシリアと鈴音は碌にチーム戦など経験したことが無い筈だ。故にコンビネーションなど望むべくもなく、真耶にいい様に振り回されたあげく互いに足を引っ張り合い自滅するのがオチであろう。千冬殿もそれが分かっているのか、デュノアにラファールの機体説明などさせて時間を潰しておった。

 ふと、視界に私と同じように退屈しておる者が目に入った。ボーデヴィッヒである。デュノアの説明に彼女の周りにいた者たちはこれ幸いと其方に集っており、彼女はただ一人で静かに佇んでいた。

 ……初対面を早くに済ませておくに越した事はない、か。今ならば視線は空の模擬戦とデュノアの説明に集まっておる。妙に騒ぎ立てられることもあるまい。

 判断を下し、足を運ぶ。近づくうちに彼女も気づいたのであろう。冷たい光を宿す紅い瞳が此方に向けられ、微かに見開かれたのが見て取れた。

 

「初めましてであるな、ラウラ・ボーデヴィッヒ。隣、よろしいか?」

「構いませんが……何か本官にご用でしょうか? ドクトル篠ノ之」

 

 返ってきた言葉は非友好的なものと言う訳ではなかったが、代わりに物凄く堅かった。

 というか、こちらを視界に収めた途端に敬礼をすべきか否か迷うような動作をしておったぞ。そのような態度でいられては敵わぬ。何を誤解しておるかは知らぬが、早々に斯様な真似は不要であると告げよう。

 

「簡単に挨拶でもしておこうと思ったのだが……まあ、なんだ。その堅苦しい口調はどうにかならぬのか? 私はお主の上官と言う訳でもあるまいに」

「シュヘンベルグ管理官よりドクトルの話は伺っています。上官のご友人であるならば、それ相応の態度で応じるのが筋というもの。それ以前に、貴方ほどの方相手なら丁重に接するのが常識的ではないかと」

「斯様な気遣いは要らぬ。この場においては私とお主は一生徒同士、立場に差異など存在せぬ。敬語も結構だ」

 

 私の言葉にボーデヴィッヒは迷いの色を浮かべる。だが、すぐさま本人が言う事を優先した方が良いと判断したのか、僅かばかり沈黙しただけで口を開くのに時間はかからなかった。

 

「……了解した。今後は留意する」

「うむ、よろしい。これからよろしく頼む、ボーデヴィッヒ」

「光栄だ、ドクトル」

 

 手を差し伸べれば特に抵抗もなく握手を交わしてくれた。思ったよりも気難しくはないのかもしれぬ。

 掴みは悪くない。このまま世間話でもしていれば意外と早くに心を開いてくれるのではないかと期待し、試しに話を振ってみる事とする。

 

「早速だがどうだ、この学園は? 忌憚のない意見を聞きたい」

「正直、期待外れだ」

 

 だが残念、彼女は口を真一文字に引き結んだまま、そこから更に機嫌を悪くさせた。

 

「上官の指示に従う程度の能はあるようだが、あまりにも危機感がなさすぎる。今こそ実習の場だから多少気を引き締めているものの、日常に置いて安穏とし過ぎている。あれでは優秀な教官たちの教導も無駄になるというものだ」

「手厳しいな。別に此処は士官学校と言う訳ではないのだが」

「一般生徒は百歩譲って良しとしよう。だが――」

 

 ボーデヴィッヒの視線が上空に向けられる。それを追い見上げてみれば、セシリアと鈴音の即席タッグが予想に違わず、真耶にいい様に翻弄されているのが目に入る。ブルー・ティアーズのビット、甲龍の衝撃砲、それぞれの攻撃は真耶の巧妙な位置取りによって阻害しあい、ただ一つの決定打さえ命中した様子はない。

 弄ばれる二人の表情は険しく、互いに厳しい視線を送りあっている事から連携が取れているかは怪しいものだ。そのような有様で状況が好転する訳もなく……結局、接近するよう誘導されたあげく纏めて撃墜された。

 ボーデヴィッヒの眉間にはっきりと皺が刻まれる。開いた口から出てきた言葉は苦々しげであった。

 

「仮にも代表候補生があの様とは、情けないにもほどがある。いったい何にうつつを抜かしていればああなるのだ?」

「…………」

 

 苛立たしげな声に私は言葉を返さない。国の抑止力を担う者としてならば彼女の言う事は間違っていないのに加え、何よりも問いに対する答えを口にするのは流石に憚られた。

 ……色恋に励んでいたと言えば、間違いなく怒髪天を突くであろうしなぁ。

 撃墜された二人が喧々諤々と言い争うのを眺めながら苦笑を浮かべる。確かに軍人である彼女からすれば、今の世界を正しく認識しているであろう者からすれば、この学園の生活は(ぬる)いと感じるかもしれぬ。世界最強の兵器を担う者としての自覚が足りないと。

 

「まったく、この国の平和ボケがうつったのではないだろうな」

「くく、そうかもしれぬな……だが、平和ボケするのも悪くない」

「なに……?」

 

 しかしながら私自身この温さを好んでいる以上、彼女の言を良しとすることは出来ぬ。

 

「兵器を用いるものとして彼女らを見るのであれば、お主の言う事は正しかろう。だが、物事というものは何においても一面のみでは語れぬものだ。視点一つで是は非に、非は是へと移ろう。ならば彼女たちのあの様も良き事と言えるのではなかろうか」

「言葉遊びだ。代表候補生としての本分を果たせていないことには変わりない」

「頑なよのう……まあ良い。一先ずは学園での生活に慣れるのに専念するがよい。お主が何と思おうと、此処で少なからぬ時を過ごすのに違いはないのだからな。良し悪しを考えるのは、それからでも遅くあるまい」

「私の考えは変わらないぞ」

「女心と秋の空、どう転ぶかは分からぬぞ。心得ておくがよい、若いの」

 

 波風立てない程度に物申してみれば、ボーデヴィッヒの表情は分かりやすいくらいに変わる。背丈の都合で此方を見上げる形になる顔には、怪訝そうな色がありありと浮かんでいた。同時に、困惑したような色も。

 私の言葉を理解しかねているのか、それ以前に慣用句の意味を把握していなかったのか。どちらにしても、彼女と私の価値観は異なっておるという事は伝わったのであろう。私に向けられる敬意に少なからず疑念が混じるのを察せられた。

 

「貴方は――」

「よし、それでは実習を開始する。専用機持ちが中心となり八グループに分かれろ。変に騒いで手間を掛けさせるなよ。篠ノ之姉、お前は一旦こちらに来い!」

 

 ボーデヴィッヒが何か口にしようとし、それに千冬殿の号令が重なる。気を逸したに加え、それぞれに指示も下った事から、この場は此れまでという事になろう。

 

「さて、畏れ多い担任殿の指示だ。各々、動いてゆくとしようか。くれぐれも生徒に要らぬ重圧を掛けぬようにな」

「……了解。善処する」

 

 釘をさす訳ではないが、一応は言付けてからボーデヴィッヒの元から離れる。出席番号から決まったのか、すれ違う彼女の班に割り振られたらしき生徒たちの顔は緊張で固まっていた。

 まあ、ボーデヴィッヒも分別は弁えていよう。いい加減な事はしまい。

 大凡の人柄は把握したが故に、あまり心配はせずに千冬殿の元へと向かう。近づいていく先の担任殿は私がやって来た先を確認すると、僅かに眉を吊り上げた。

 

「何を話していた?」

「世間話を少々。手応えは悪くはなかったぞ」

「……そうか。では、今後もそちらはお前に任せるとしよう。私では逆効果だろうしな」

「違いない」

 

 互いに軽く笑みを浮かべる。叶う事ならば、このまま語らっていたい所ではあるのだが、生憎と今は授業中。咳払い一つで千冬殿は雰囲気を入れ替え、教師として私に指示を下した。

 

「篠ノ之姉、お前の専用機は確かまだ調整中だったな。実習には使用できそうか?」

「昨夜、再度の調整を施したところだ。確認はしておらぬが、多少はマシになっていよう。最悪、PICのみでも動けはする。内容にもよるが、初回の実習には十分だと思われる」

「安心しろ。今回は歩行を中心として基本的な動作だけにする予定だ。まあ、どこかの誰かが発破をかけたおかげで熱心な今年の生徒には、些か物足りないかもしれないがな」

「心にもない事を。その歩行一つとっても、織斑教諭にかかれば奥義にまで昇華せしめる奥深きものであろうに」

 

 一般的にはPICでの動作が基本であるのに加え、機体の構造自体が歩行に適していない事も儘あるが故に忘れられがちであるが、歩行というのもISの機動技術の一端を担う重要な要素である。特に近接戦闘を主体とするならば、決して無視できぬ必須事項と言えよう。

 ISはパワードスーツ。ならば、人の身に出来てISに出来ぬ事など有りはせぬ。縦横無尽に走り回る程度の事をやってのけなければ操縦に習熟したとは言えまい。生徒諸君は此れから其れを千冬殿に叩き込まれることになるのであろう。

 

「一々口答えしなくてよろしい。起動できるならさっさと用意しろ」

「御意に」

 

 これ以上は授業の時間を潰す訳にはいかぬと言う訳か、千冬殿に急かされる。手を出されぬうちに素直に従うとしようか。

 ――想起するは一振りの太刀。それを静かに抜き放つ。

 

「来たれ、曙」

 

 己が相棒へと呼びかける。同時に我が身を光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「……で、結局はまたエラーが起きたのね」

「ぬうう……頑固者め。いい加減に馴染んでもよかろうに、何故ここまで時間がかかるのだ」

 

 というのが少し前の話。今現在に置いて、私は昼飯の弁当を口に運びながら唸り声を上げていた。理由は目の前の友人が語る事が全てである。

 ……一挙に解決するとは思っておらぬが、まさか起動時間が十五分に伸びたのみとは。先月から幾度となく修正を繰り返しているというのに、斯様な微々たる進展しか望めぬとなると流石に来るものがあるのう。

 根本的な解決には程遠く、それはいったい何時になるか見当もつかぬ現状に深く溜息をついた。

 

「やはり太陽炉を組み込んだが故の弊害か。既存のシステムと衝突を起こし、それがエラーの原因となっておるのであろう。解消するには漸次の最適化と、コア自体の太陽炉との適合を待たなくてはなるまい」

「…………あの」

「む、如何したか?」

「私にそんな話をしていいの……というか」

 

 思考を纏める意味もあって改善策を言葉にしていると、遠慮がちに口を挟まれる。

 

「何で、私の教室にまで来てお昼を食べているの……?」

 

 机を挟んで対面する形で昼食を共にしておった友人、簪はそう疑問を述べた。

 

「何を言っておる。友の元に昼飯を食いに来る程度、疑問に思う事でもあるまい」

「今まで昼休みに来るような事はなかったと思うのだけれど」

「少しばかりやらかしたせいで教室に居辛いのだ。言わせるでない」

「逆に私が注目されて居辛くなってきているのはどうしてくれるの……」

 

 衆目の集まる中でエラーの嵐に包まれたというのは流石に恥ずかしいもので、気のせいとは分かってはいるのだが、どうにも視線を感じて簪のいる四組に逃げ込んできた次第である。普段であれば一夏坊を隠れ蓑に使う所ではあるが、生憎と彼は同じ境遇――少なくとも今は――の転校生の世話に忙しいようだ。同席して和やかな雰囲気にする自信がない故に、こうして別クラスの友人の元に来ている。

 もっとも、それが簪には迷惑を掛ける事になってしまったようだが。一夏坊ほどではないが、私も人の注目を集めるには事欠かない存在であるらしく、同じ机を囲う簪にも周囲から視線が注がれていた。元来、大人しい性格の彼女には随分と堪える状況なのであろう。

 これは自身の特異性を失念していた私の責であろう。何か詫びを入れる必要があるか。

 

「すまぬな。今度、美味い甘味でも馳走する故、この場は我慢して頂きたい」

「……お団子」

「ふむ?」

「この前食べたお団子。アレが良い」

「くく、承知した。今週中には用意しておくとしよう」

 

 気恥ずかしさの為か、此方を直視せずに明後日の方を見て対価を述べる簪の頬は、夕刻でもないのに仄かに朱に染まっていた。全く以て可愛らしいものである。

 ついつい笑みを隠し切れぬ私に気付いた簪が憮然とした表情を浮かべる。小さく咳払いした彼女は無理矢理に話を戻した。

 

「そ、それは兎も角……私に博士の専用機の話なんてしていいの? 聞いた限りだと、何か新しい技術がたくさん使われているみたいだし……」

「構わん構わん。一度露見した以上、いずれ公開するものの話だ。必要以上に隠しても意味など無し、適度に洩らしてゆくのが道理というものよ。まあ、流石に主動力の製造法までは明かせぬがな」

「は、はあ……」

 

 何やら心配げな簪に気軽に言ってのけると、なんとも微妙な反応を返される。

 はて、この場合は私が気軽過ぎるのか、簪が心配性すぎるか、どちらなのであろうか? 将又どちらも極端すぎるのか。この場に第三者が居らぬ以上は分からぬ事である。

 

「でも、新型の話をそう気軽にするのはやっぱり……」

 

 分からぬ事に思索を巡らせても仕方なし。「どちらでも良かろう」と結論にならぬ結論をつけ、少なくとも無用と断じる事が可能な心配と、その大本である誤解を解くこととする。

 

「そこまで案ずる必要はあるまい。曙は新たな機構を搭載しているとはいえ、とどのつまりは改修機(・・・)。第四世代機などを作り出したわけでもなし、大袈裟に騒ぐこともないであろう」

「…………改修機?」

「然り、一から組み上げた訳ではないのでな」

「な、何の機体のっ?」

 

 打鉄弐式を開発しているうちに技術屋魂でも育んだのか、簪は語尾を上げて問うてくる。改修機と聞いて新型よりは心理的な圧迫は軽減したのか、懸念より興味の方に天秤が傾いたのであろう。心なしか、目が輝いているかのようにも見えた。

 しかれど、此処で素直に教えるのも面白くない。歳を食うと如何にも若者を弄りたくなる。

 

「さて、な。己で見つけてみてはどうだ? 機体構造自体は大きくは変わっておらぬから調べてゆけば見つかるであろう。様々な機体を調べるのも良き勉学となろう」

「……意地悪」

「はっはっは、意地悪で結構!」

 

 ジト目で睨まれるが軽く受け流す。実際、勉強になるのは確かなのだ。専用機を独力で作り上げる気であるならば、必ずや糧となる。余計なお世話かもしれぬが、簪には是非とも頑張って欲しいものである。

 

 その後も情報を引き出そうとしてくる簪をのらりくらりと躱し、時折ヒントを滲ませながら昼食は進む。自作の弁当と購買のパンでは食べ終わりに差が生じそうなものだが、途中から僅かなヒントを元に考察を始めたせいか、手を合わせたのはほぼ同時であった。

 ふと、そこで簪が何か思い出したかのように「そういえば」と言った。

 

「一組にフランスとドイツの代表候補生が転校してきたと聞いたのだけど、そっちの専用機はどんな感じのものなの?」

「……お主なぁ、仮にも日本の代表候補生であるならば、普通は私の機体よりも先に其方へ興味が行くものではないのか? というか、聞いてくるのも候補生自体ではなく機体の事であるし」

 

 物のついでとばかりに聞いてきた簪に、つい苦笑いをこぼす。技術屋(こちら)に興味を持ってくれるのは嬉しい限りであるのだが、一応は代表候補生である以上は其方も蔑ろにしてほしくないものである。

 そんな私の老婆心染みた心配を余所に、簪は涼しい顔で答えてみせる。

 

「そうは言っても、私はそんな活動的な方じゃないし……」

「ふむ、候補生の内部事情はよく知らぬが、そういうものなのか?」

「人それぞれっていう感じだと思う」

 

 簪の淡々とした説明によると代表候補生と言っても色々あるらしく、活動の規模もその人自身や国からの要望などで異なってくるという。

 例えば大衆の一般的イメージである候補生は、雑誌などでモデルを務めたりするなどメディア露出の多いアイドル的なものであろう。簪によると、この様なタイプは比較的少数派の部類らしい。顔を出す以上は容姿端麗であることが望ましく――突出した実力でもあれば例外だが――、加えて性格的な向き不向きもあるそうだ。身近な人物で該当しそうなのはセシリアが思い浮かぶ。

 逆に滅多に顔を出さず、研究所などでのデータ収集に専念する者もいるという。候補生は文字通り国家代表の候補として選ばれた者たちだが、その全てが戦乙女の名を欲して邁進している訳でもない。中には技術的な興味などからこの道に入って来た変わり者もいるという事だ。恐らく、現状の簪はこれに当たる。

 とはいえ二つの事例はいずれも極端な物であり、多くの者は適度にメディア露出しつつ国家代表を目指して日々技術の向上に努めているそうだ。結局は簪の言う人それぞれという評が最も適切なのであろう。

 ……長々とした説明の末に当初の疑問を誤魔化された気もするが、此処は良しとする。

 

「まあいい。例の二人の専用機の話であったな」

「うん。博士、解説よろしく」

「お主も随分と図々しくなったのう……簡単に言ってしまえばドイツの『シュヴァルツェア・レーゲン』もフランスの『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』も距離を選ばぬ機体といった所か」

「それぞれの距離に対応可能な武装を積んでいるの?」

「ああ、固定式か換装式かの違いはあるが」

 

 実戦訓練で傍目に見た転校生たちの機体を思い浮かべる。

 ボーデヴィッヒの第三世代型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』は腕部のプラズマブレード、各所に備え付けられたワイヤーブレード、肩部の大型レールカノンというバランスの良い武装構成となっていた。それに噂に聞くAICという第三世代型兵器を組み合わせれば、一筋縄ではいかぬ厄介な手合いとなろう。

 対してデュノアの『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』は、その名から判る通り第二世代型であるリヴァイブのカスタム機である。細部の形状が異なっており、恐らくは拡張領域などにも手が加えられていよう。特殊な攻撃手段は無くとも、元の汎用性の高さを活かした戦法をとってくるに違いあるまい。此方も油断ならぬ相手だ。

 

「でもバランス型ってことは……」

「悪く言ってしまえば器用貧乏、一点特化型に押し切られることも有り得よう」

 

 しかし、大きな弱点と言えるようなものは無いとは言え、それが有利に働くかどうかは別問題である。苦手な距離が無いという事は、特別に得意な距離も無いという事。仮に相手の流れに乗せられてしまえば対応可能とは言え、いずれは限界が訪れる。そうなれば逆転は非常に困難となろう。

 

「要するに勝敗は結局、操縦者自身の技量に懸かってくると言う訳だ。故に機体だけではなく、その操縦者にも興味を向けるように」

「……誤魔化せたと思っていたのに」

「阿呆が、年季が違うのだよ」

 

 巡り巡って誤魔化されたことを再び突きつけてみれば、簪は憮然とした表情でぼやく。薄く笑みを浮かべて挑発染みた言葉を言ってやると、そのままそっぽを向いてしまった。

 やれやれ、仕方のない奴だ。彼女も候補生である以上は彼女らと対戦する機会もあるやもしれぬならば、為人程度は把握しておいても損ではないと思うのだが。いったい何が不服なのか。

 拗ねた様子の彼女を宥めつつ遠まわしにそう聞いてみると、小さい声ながら返事が返って来る。

 

「私、そんなに勝負事とか好きじゃないし……それに」

「それに?」

「…………あんまり、人付き合いは得意じゃない」

 

 ――とまあ、内向的性格であるが故の弊害であるようだった。

 確かに試合の一つや二つもすれば、国は違えど何らかの交流を持つことにはなるであろう。それをお世辞にも社交的な性格とは言えぬ簪は気後れしてしまうらしい。己では良い関係を築けないとでも思っているのであろうか。

 正直なところ、事を始める前から臆していても仕方あるまいとか、斯様な様では社会に出てから苦労するとか言いたい事は山ほどある……が、今この場に限っては不用意に勧めるのも躊躇われる。

 片や軍隊色丸出しの眼帯少女、片や後ろ暗い事があり気な男装少女、どちらも積極的に関わり合わせるのは躊躇われる。前者は性格的に難しいものがありそうであるし、後者など言わずもがなである。

 それを言うのであれば一夏坊にもデュノアには積極的に関わって欲しくない所なのだが、仮にも二人目の男子として転校してきた以上は避けられぬ事態である。あのお人好しが同じ境遇の者を放っておく訳がない。そうなれば一夏坊の周りにいる他の者たちも同様に関わりを持つのは自明。今さら引き離すには不自然であるし、何よりも頑固な奴に事態を説明するのは骨が折れる。

 ……やはり面倒事が起きる前に根を断つのが最善か。

 

「……? どうしたの、難しい顔して?」

「いや……そうだな。すぐに直せとは言わぬが、少しずつでも人と話せるようにはしておいた方が良いぞ。それでは折角の青春もつまらぬであろう」

 

 私の小言に簪は難しい顔をする。しかし、一方的に切り捨てるのもどうかと思ったのか、しばしの逡巡の後に「……なるべく頑張る」と小さく呟いた。どれほど信憑性のある言葉かは察する程度のものであるが、返すのは苦笑だけに留めておいた。今はまだ、それでよかろう。

 ただ、それは今に限った話。いずれは彼女も自らの足で外に踏み出していくのであろう。その時に妙な事に巻き込まれ傷付かれでもしたら寝覚めが悪い。今のうちに草を踏み均す程度の事はしておいても構うまい。無論、既にその道を歩んでおる若人の為にも。

 そうと決まれば早速行動に移る事にする。携帯端末を起動しメールに簡潔な文章で用件を記すと、一通り流し読みで確認して送信する。十秒に満たぬ行動であっても目の前でやった事だ、当然の如く簪に興味を示される。だが、私が詳細を明かすことはない。

 ――宛先のみでも言ってしまえば、お主は不機嫌になってしまうであろうしな。

 一応は気遣いもあって明かさなかったのだが、それで相手に納得しろと言うのも酷な話である。結果として私の財布が軽くなる用件が増えたのも、仕方のないことなのであった。

 


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