IS ‐もののふ少女伝-   作:お倉坊主

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拙作を読んでくださっている方、本当にありがとうございます。
相変わらず更新速度は鈍足の極みですが、今後もお付き合いいただけると幸いです。

……と言った側から申し訳ないのですが、最近本当に忙しくなってきたので、もしかしたら一か月以上更新できなくなるかもしれません。特に7月の末と8月の初めが不味いです。
筆を折る気は更々ないので、そこらへんはご安心を。
それにしても本当に暇な時間が欲しいです。高校生の時は売るほどあったのになぁ……


第十二話 波乱の再会

「――こんな時期に転校生? 本当なのか?」

「噂だけど信憑性は高いみたいだよ。なんでも、ソースは先生からの話なんだとか」

「へえ、そうなのか」

 

 朝、教室の己の席についた一夏坊に、相川からある情報が伝えられた。即ち「二組に転校生がやって来るらしい」と。疑わしげな顔をしていた一夏坊であったが、情報源が信用できると分かると納得した。

 

「でも、転入の条件ってかなり厳しいんじゃなかったか? 国からの推薦がいるとか」

 

 しかし転入の事実には納得すれど、如何にしてそれを為したかについては疑問が尽きぬ様子。大まかにとはいえ学園の概要を勉強し、その機密性及び生徒に求められる能力の高さを知った身としては当然の疑問であろう。

 それは相川も承知していたらしい。一夏坊の問いに対して、彼女は即座にその種明かしをしてみせた。

 

「中国の代表候補生なんだってさ。しかも専用機持ちの」

「なるほど、それなら転入できても不思議じゃないか。どんな奴なんだろうなぁ」

 

 再度納得し、まだ見ぬ転入生に想いを馳せる一夏坊。本人としては純粋な興味なのだろうし、周囲からしてもその様に見える。

 

「何を他の女に気を取られている。お前にそんな余裕があると思っているのか?」

「そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦まであと数週間あるとはいえ、訓練の進行具合からして十分に時間があるとは言えません。他のクラスの方を気にしている暇はなくてよ」

 

 だが残念な事に、世の中にはある病によって視野狭窄に陥り、いらぬ勘繰りをしてしまう者もおるようだ。己の席に着いた筈なのに噂に対する一夏坊の反応を見るや否や、黒いオーラを纏って側にやって来た箒とセシリアはその典型といえよう。

 ちなみに、ある病とは言うまでもなく恋の病である。基本的に悪病ではない筈なのだが、症状が重くなると大病となりかねない怖いものだ。

 

「い、いや、専用機持ちの代表候補生なら、クラス代表になってもおかしくないかな~って思ってさ。どんな奴と戦うかくらい普通気になるだろ?」

「む……そうだったのか」

「まあ、そういう事なら……」

 

 さすがの一夏坊も不穏な空気を察して自己弁護すると、一理あると判断したのか二人は邪気を収めた。一夏坊も私を含めた周囲もホッと一息である。

 双方ともに普段は良識ある行動をしているというのに、恋愛沙汰となると如何してこうも荒々しくなってしまうのか。少しは貞淑さがあっても良いものではなかろうか。

 それにしても他クラスの女子を気にした程度でこの有様とは……恐らく今日中、しかもそう時間を置かずに現れるであろう者を前にした時を思うと頭が痛いな。私としては穏便に済ましたいのだが……

 

「ああ、そうだ。椛は転入生について何か知っていないのか? 前に色々な第三世代機について調べているって言っていたし」

 

 此方がいずれ必ず起こる波乱に頭を悩ませているというのに、その波乱の渦中というか原因である本人は呑気にもそう問いかけてきた。

 嗚呼、白黒つけずとも、せめて此奴が箒らの恋慕の情に気付いてくれたらよいのに。

 そんな限りなく望み薄な願望を頭の片隅で浮かべながら、私は今の今まで閉ざしていた口を開いた。

 

「確かに存じておる。件の転入生も、其奴の専用機もな」

「え、本当か?」

「何ですって!? わ、わたくしの事は知らなかったのに、転入生については知っているなんて……!」

 

 本人からは口止めされてはいるが、もうじき現れるであろうことを考慮すれば、名を出さなければ多少は情報を漏らしても問題あるまい。そう考え正直に答えれば、何故か一夏坊よりもセシリアの方が衝撃を受けておった。

 はて? 何か彼女の気に障る事でもあっただろうか?

 

「どういう事ですの、椛さん! わたくしの事は堂々と知らないと言っておきながら、中国の方は知り得ているなんて道理に沿いませんわ!」

「お、おう……」

 

 鼻息荒く詰め寄ってくるセシリアに少しばかり身を引いてしまう。

 初対面の時の事を未だに根に持っているのか、将又異なる理由で腹を立てているのか。判別はつかぬが、まずは宥めねばなるまい。他の者もセシリアの剣幕に面喰いつつも、私が知り得ている訳が気になっているようだからな。

 

「そう声を荒げるでない。私が件の者について知り得ているのは、其奴の機体開発に携わっておった者と友人であるからだ」

「そ、そうなんですか? では、その代表候補生自身とも……」

「うむ、個人的に交流がある。たまに電話で世間話をする程度だが」

 

 セシリアの推測に是と返すと、周囲から「へえ」と感心したような声が漏れる。これでも世界を股にかけて活動していた時期もあった身、異国に友人が居ても何も珍しくはないだろうに。大げさな奴らだ。

 

「流石、椛博士ってところか……セシリアはともかく、外国の代表候補生と知り合いなんて俺には想像がつかねえな」

「何を言っておるか。お主とも無関係な奴ではないぞ」

「へ?」

 

 私の言葉に一夏坊が虚を突かれたような顔を見せる。同時に私自身も、内心で臍を噛んだ。

 つい口を挟んでしまったが、余計な一言だったか。これでは名を聞き出す口実を与えてしまったようなものだ。周りの者らも目の色を変えておるし、言い逃れは出来ぬようだ。これでは約束を反故にする羽目となりかねぬ。

 顔には浮かべずに焦りを感じる。そのような私の心中など知る由もなく、一夏坊は発言の真意を確かめてくる。

 

「なあ、それってどういう……」

「――ちょっと椛。人が黙っておいてと言った事を漏らそうとするなんて、どういう了見よ」

 

 しかし、それは遮られた。突如、割って入ってきた溌剌とした声によって。

 おお、丁度良い所に。おかげで不義理を働かずに済んだ。

 

「すまぬな。つい口が滑った」

「ふーん……ま、別にいいわよ。何にせよ、こうしてあたし自身が出向いたからには関係ないしね」

 

 声の主は教室の入り口に居た。扉に背をもたれ、不敵な笑みを湛えながら私相手に堂々と言葉を交わす姿に大半の者は言葉も出ない様子である。斯様な空気が硬直した状態からいち早く脱したのは、皆とは別種の衝撃を受けていた一夏坊であった。

 

「お前……鈴か?」

「そうよ、一夏。久しぶりね。アンタには山ほど言いたい事があるけど……先に用事を済ませちゃうか」

 

 半ば呆然として確認する一夏坊に彼女は悠然と返事をする。そして尚も声を失うクラスメイトらに向き直ると、その啖呵を切った。

 

「二組の代表にならせてもらったから、挨拶ついでに宣戦布告をしに来させてもらったわ――中国代表候補生、凰 鈴音よ。クラス対抗戦ではウチが勝たせてもらうから、よろしく」

 

 一組の皆からしたら鼻持ちならぬ事を、しかし傲慢ではなく、さも当然のように言ってのけた彼女――鈴音の登場に、クラス内で緊張の波が広がる。対抗戦で優勝するには避けて通れぬ相手、その中に他とは頭一つ抜けた強敵が現れたのだと、全員が認識せざるを得なくなった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、何カッコつけているんだ? 全然似合ってないぞ」

「なぁっ!? な、何を言ってくれているのよアンタは! 他に何か言う事とかあるでしょうが!」

「…………だから言ったであろうが。小細工は効かぬと」

 

 しかしながら、その緊迫を察せずぶち壊しにするのが一夏坊である。本人からすれば素直に述べたのであろう感想に、気取っていた鈴音はいとも容易く化けの皮を剥がされた。

 まったく、慣れぬ事をしようとするからそうなるのだ。飾らずとも普通に旧友に会いに来ればよいものを……折角の宣戦布告も生温かい目で見られて無駄になってしまっておるぞ。阿呆め。

 

「あ、今ちょっと笑っていたでしょ椛! こっそりとほくそ笑んでいるんじゃないわよ!」

「はて、これは異な事。旧友との再会に笑みを浮かべて何が悪いのか。そうは思わぬか一夏坊?」

「いや、そこで俺に振るなよ! 下手したら俺まで鈴に――」

「アンタら……! 覚悟はできているんでしょうね……!」

「言わんこっちゃない、俺まで巻き込まれているじゃねえか! どうしてくれんだ椛!?」

 

 一度口が回りはじめれば、そこからは昔と同じ調子で会話は弾む。もはや他の者らは除け者にする勢いで中学の頃のような雰囲気が形成されていった。残念ながら完成には一人ばかり足らないが。

 それはともかく一夏坊、何を焦る必要がある。確かに頭に血の上った鈴音は厄介だが、私が何の対策もなく彼奴を弄るとでも思っておるのか?

 

「対抗戦まで我慢してあげようと思っていたけど、もう堪忍ならないわ! この場でギッタギタに……」

「おい、そこを退け」

「何よ!? いま大事な――」

 

 バシン!

 勢いよく振り向いた鈴音の頭に鉄槌が下された。

 

 うむ、狙い通りだ。千冬殿はSHRの二分ほど前に来るのが習慣だからな。

 

「教師に対してその物言い、代表候補生になって頭が高くなったな、凰。折角だ、就業前に私が特別に授業をしてやろうか? 担任にはこちらから話を通しておこう」

「や、やだな~千冬さん。そんな手間をかける訳には……」

「だったら早くそこを退け、邪魔だ。あと学校では織斑先生と呼べ」

「はひっ!」

 

 阿修羅を目の前にした途端、借りてきた猫のように大人しくなった鈴音は返事をするも、その声は完全に裏返っていた。数分前まであった強者としての威厳など、もはや欠片も存在しない。そこに居るのは鬼教師に怯えるただの一生徒であった。

 

「二人とも! 昼休みになったら食堂に来なさいよね! 逃げたら許さないわよ!」

「さっさと戻れと言っている」

「りょ、了解!」

 

 捨て台詞を残し脱兎の如く駆けていく鈴音。うむ、やはり飾らぬままでいる方が彼奴らしいな。余計な気取りはあの娘には似合わぬ。

 それにしても、友人との語らいは楽しきものだ。気心の知れた者らと再び共に過ごすことが出来るなど望外の事態である。意図せずとも、それを引き起こす原因となった一夏坊には感謝せねばなるまい。

 

「はっはっは、愉快、愉快。お主の周りは一段と賑やかになっていくな、一夏坊よ」

「俺にとってはあまり笑い事じゃないんだけどな……っていうか、鈴ってIS操縦者だったのか。全然知らなかったぞ」

「…………はっ! 一夏さん、さっきの方はどなたですの!? いったい何の関係が!?」

「そ、そうだ! えらく親しそうだったが、知り合いなのか!?」

 

 呵々大笑する私と一夏坊の言で意識を取り戻したのか、今まで呆けていた箒とセシリアが一夏坊に詰め寄る。その形相、本能的に恋敵の登場を予感したのか鬼気迫るものがある。

 しかし間が悪い。千冬殿が既にいる場で騒ぎを起こすのは悪手であるぞ?

 

「黙れ、小娘共」

 

 バシンバシンバシン!

 

「SHRを始める。早く席に着け」

「「はい……」」

「あの、俺は席に着いていたんですけど……」

「黙れ」

「……はい」

 

 哀れ一夏坊、ただその場に居ただけで巻き込まれてしまうとは。流石に不憫であるから、機会があれば千冬殿に諫言しておこう。

 さて、何時までも余計な事を考えていては千冬殿に気取られる。今日も真面目に勉学に励むとしようか。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「本日はISの通信機能について解説する……が、その前に最低限の知識を確認しておく。夜竹、ISによる二種類の通信形態の名称を答えろ」

 

 一限目、千冬姉が担当する授業で開始早々に生徒に向けての質問が飛ぶ。運悪く当てられてしまった夜竹さんは肩を震わせた。誰だって鬼教官から指名を喰らったら怖い。

 頑張れ夜竹さん。不幸中の幸い、質問自体は俺でもわかるくらい簡単だぞ。

 

「は、はい。開放回線通信(オープン・チャンネル)個人間秘匿通信(シークレット・チャンネル)です」

「そうだ。基本的にはオープン・チャンネル、個人間や長距離を介する際にはシークレット・チャンネルを用いるのが常識となっている。まさか、この中にそんな事も理解していない奴はいないだろう?」

 

 俺に向けて鋭い視線を飛ばしてくる千冬姉。出席簿までもが飛んできては敵わない。慌てて首を縦に振る事で理解していると意思表示する。

 いくら知識不足でも、流石にこれくらいは既に覚えている。でなければノートを貸してくれた椛に申し訳が立たない。あと、そのノートの解読に協力してくれた箒にも。

 

「ふん、まあいいだろう。では詳細な説明に入っていくとするが、オープン・チャンネルに関しては普通の無線通信と大して変わらん。よってこちらは省き、主にシークレット・チャンネルについて詳しく話していくとする」

 

 整然と話す千冬姉の言葉を、俺も含めて皆が一字一句聞き漏らさないように耳を傾ける。いつ何時質問されるか分からないのだ。話半分に聞いていると痛い目に合うと、この場に居る誰もが学んでいる筈だった。

 

「個人間秘匿通信の名の通り、シークレット・チャンネルは秘匿性に優れた通信形態だ。従来の技術では傍受する事は叶わず、現在最も優れた機密情報伝達手段として知られている。

――では、その通信はいったいどのような仕組みで行われているのか。篠ノ之妹、答えてみろ」

 

 そう、誰もが知っている筈なのだが……

 

「むむむ……さっきの女はいったい……いや、どんな関係だったとしても私のアドバンテージは……」

「おい、篠ノ之妹。答えは?」

「うん、そうだ。私の優位は揺るがない……ならば今日の放課後も特訓を……」

「……ふん!」

「ぐふぅっ!?」

 

 ……知っていると思っていたんだけどなぁ。

 

「もういい。織斑、代わりにお前が答えろ」

「えっ!? あ、はい」

 

 振り下ろされた鉄槌により机に撃沈した箒を一顧だにせず、新たな生贄を選別する千冬姉。不幸な事に、目を付けられたのは俺だった。授業に集中していなかった箒を恨みたくもなるが、今はそんな事を考えている暇もない。

 えーと……確かIS同士で情報を共有する機能があって、その名前が……

 

「……コアネットワークを使って通信を行っている……でいいですか?」

「簡潔すぎるが、まあいいだろう。概論としてはそんな所だ」

 

 一先ずは窮地を乗り切り、安堵の息を吐く。千冬姉の授業は心臓に悪い。

 

「コアネットワークとはコアに内蔵された機能、IS間におけるデータ通信ネットワークの事だ。広大な宇宙空間で相互位置確認、情報共有を行うために搭載されている。シークレット・チャンネルはその利用方法の一つだ」

 

 ふむ、なるほど。元は宇宙開発のために作られたんだから、そういう機能もあって当然って訳か。地図も何もない宇宙空間で迷子になったりでもしたら大変な事になりそうだが、位置確認ができればその心配もない。

 

「現時点で知っておくべき基礎知識はこれくらいだ。次に、もう少し専門的な説明をしておこう。プライベート・チャンネルを利用する際には一般的に『頭の右後方部を意識する』と言われているが、かなり曖昧なイメージで分かりにくいだろう? 遠慮はいらん。そう思う者は手を挙げてみろ」

 

 千冬姉の問いかけに俺は迷いなく手を挙げる。分からないことがあったら正直に質問するべし。ここに入学してから学んだことだ。

 後ろを一瞥すると、思ったよりも挙がっている手の数は多かった。ちらほらと十人近くはいる。どうやら、あの訳の分からない説明を理解していないのは俺だけではないらしい。普通、頭の右後ろ側なんて言われてもわからないよな、うん。

 

「こんなものか。今は理解できなくとも、一度でも経験すれば使えるようにはなる。不安に思う必要はない――が、今は座学の時間だ。少しでも理論を理解する事で、いち早く使用方法を習得するための糧にしろ。

 さて、肝心のプライベート・チャンネルの理論だが、まずはその大前提としてコアネットワークの構成について知らねばならん。オルコット、コアネットワークを形成するうえで欠かせない媒介物質を答えろ」

 

 やばい、何か小難しい話になってきたぞ。質問の答えなんてさっぱりわからん。

 でもセシリアの事だ。きっと自信満々に答えるんだろうな。まあ、代表候補生なんだから俺よりも勉強は出来て当たり前……

 

「くっ……あの馴れ馴れしいほどの親しさ、確実にわたくしよりも距離が近い……しかも代表候補生で専用機持ちだなんて、このままではわたくしの立場が……!」

「…………シッ!」

「かはぁっ!?」

 

 おお、チョークが額にジャストミート。さすが千冬姉、凄いコントロールだ。

 それにしても箒とセシリアが授業に集中していないなんて珍しい。どうかしたのか?

 

「篠ノ之妹といい、オルコットといい……授業中に考え事とは良い御身分だな。しばらく反省していろ。織斑、尻拭いとして質問にはお前が答えろ」

「はっ!? な、何で俺が尻拭いを――」

「黙れ。答えろ」

「……ハイ」

 

 理不尽に対して反抗を試みるも、更なる理不尽によって封殺されてしまった。今の千冬姉に逆らったら不味い。完全に不機嫌モードだ。些細な事で鉄拳が振り下ろされるおっかない状態だ。

 ……とは言っても、答えなんて分からないしな……隣の椛に助けを求める暇もないし、ここは自分で答えるしかない。考えるんだ、俺。取り敢えずは宇宙空間でも使えるものを思い浮かべてみろ。

 

「じ、人工衛星みたいに電波を――」

「違うな。そんなものでは完全な秘匿性を有する事など、到底できはしない」

 

 言い切る前に斬って捨てられた。

 なんてこった。これでもない頭を振り絞って出した答えだったのに。

 

「コアネットワークの形成を媒介するのは、俗にIS粒子と呼ばれる特殊粒子だ。ISはこれが持つ特性を利用する事で、如何なる距離でもほぼタイムラグの存在しない、加えて既存の技術ではクラッキング不可能な情報伝達や通信を可能としている」

「……織斑先生、質問いいですか?」

「何だ」

「IS粒子って何でしょうか?」

 

 また訳の分からない単語が出てきたので早めに質問する。分からないことがあったら正直に質問するのが云々。

 

「ふむ、利用されている部分だけならともかく、IS粒子自体の話となると物理学の領域になってくる。私の授業で習わなかった点については一般教養の先生に聞けと普段ならば言う所だが……」

 

 千冬姉がチラリと視線を向ける。俺の隣、世界的に高名な博士に。

 

「ここにちょうど専門家がいるんだ。私の代わりに生徒の質問に答えてもらうとしようか」

「……織斑教諭、私は教壇には立たぬと予め申し上げていた筈だが?」

「つれない事を言うな。それに、これはあくまで純粋な質問だ。学者として友人として、答えてやっても別に不利益はないだろう」

「しかしだな……」

 

 渋る椛。その顔には明らかに「面倒くさい」と書かれていた。千冬姉の説得にも反応が鈍い。

 ……っていうか、これって二人とも面倒事を押し付け合っているだけだよな。そんなに説明するのが面倒くさいのか、そのIS粒子って奴は。

 

「やれやれ、そこまで言うのなら仕方ない。引き受けてくれたら、学園長から頂いた日本酒を分けてやろうかとも考えていたのだがな」

「……待て、銘は何だ?」

「最高級大吟醸、菊h」

「乗ったぁ!!」

 

 そんな小規模な争いは、千冬姉が椛を物で釣る事であっさりと終焉した。

 いや、簡単に釣られすぎだろ。どれだけ酒が好きなんだよ、お前は。クラスの皆も何とも言えない表情になっているじゃねえか。たぶん、頭の中にあった椛のイメージが木端微塵になっているぞ。

 

「んんっ! それでは、ここからは私が説明しよう。もののついでに教える事だ、ノートは取らなくても構わぬ」

 

 心中で突っ込みまくる俺を意にも介さず、千冬姉の代わりに教壇に上がる椛。その姿は未成年飲酒の常習犯の割には堂々とし過ぎていた。羽織と髪紐を翻して此方を向くと、咳を一つして解説に入る。

 ……ん? よく見れば髪紐が普段の質素なものに比べて洒落ているな。黒と白の糸で編み込まれた、どことなく高価そうなものだ。女っ気の欠片もないこいつにしてはかなり珍しい。

 おっと、そんな事を気にしている場合じゃない。難しそうなんだから話をしっかり聞かないとな。

 

「さて、『IS粒子とは何か?』という問いに正直に答えるとするならば、光子の亜種であり、相転移直前の位相欠陥を用いて重粒子を蒸発させずに質量崩壊させると電子と共に放出される原初粒子と言えるのだが……まあ、いきなりこのような事を言われてもわかるまい」

 

 全員が一様に頷く。俺もさっぱりわからん。念仏か?

 

「うむ、では要点だけを押さえていくとしよう。まずIS粒子という名称だが、これは俗語のようなものだ。ISが登場してから脚光を浴びるようになったので、そう呼ばれているに過ぎん。

 しかし他にも意思伝達性粒子やら多機能高エネルギー粒子やら色々とあるが、正式名はどうも曖昧でな。現在の学会でも最も知名度が高いIS粒子の名で通っている」

 

 物質一つにそんなに名前がつくものなのか。学の無い俺としては、一番覚えやすい名前で定着してくれてありがたいとしか感じないけど。それにしても御大層な名前が多いな。

 

「今挙げた名称で察した者もおるだろうが、IS粒子は非常に多様な効力を持ち合わせる。その中でも特に重要なもの、先ほど話していたコアネットワークに深く関わっているのが、粒子を介した相互感応だ」

 

 はあ、相互感応か。それって確かあれだよな、何かテレパシー的な現象の事だよな。そんなことが出来るなんて凄いなぁ…………って、ええっ!?

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 相互感応って、そんなテレパシー紛いな事が本当に……」

「ほう、なかなか的を得た表現だ。コア同士がIS粒子によって相互感応する機能を利用している以上、確かにプライベート・チャンネルは機械的なテレパシーとも言えるな」

「…………」

 

 言葉が出ない。気が狂ったのかと椛を見るが、至って平常だ。千冬姉も一切動じていない。

 え? 何? テレパシーってアニメとかの中だけの話じゃないのか? 本当に?

 

 ――本当の事さ~♪――

 

「あ、ごめんなさい。携帯をマナーモードにし忘れてました」

「今度からは気をつけろよ、相川」

 

 ……本当の事らしい。

 

「ISのコアに備わる相互感応を制御、そして操縦者の意思に沿って発信する機能。これによってコアネットワークの構築やプライベート・チャンネルは可能となっておるのだ。此処までに何か質問がある者は?」

「はい。IS粒子の名称が定着したのがISの登場後だという事は、それ以前にも存在自体は確認されていたんですか?」

 

 クラスのしっかり者、鷹月さんが手を挙げて質問する。それに対して椛は大仰に頷いた。

 

「然り。IS粒子の存在が予期されたのは二次大戦期、ドイツ枢軸から米国に亡命した科学者、イオリア・シュヘンベルグ博士によるものであった。

 シュヘンベルグ博士はかのアインシュタインと並び称されるほどの天才にして、宇宙物理学を中心に手広く研究を行っていたそうだ。そして、その数多の研究の一つにおいてIS粒子の存在を理論的に証明してみせたのだ」

 

 次第に身振り手振りを交えて解説しだす椛。何やら気分が乗ってきたらしい。先ほどの面倒くさげな雰囲気など何処へやらである。

 

「人の意思を伝達する粒子……当時は誰も信じなかった。

 ――だが、今は違う! 細々とした研究の末に粒子に反応する部位を脳の右後方部、つまり小脳において発見し、同時にそこから発せられる微弱な脳波の存在さえも見出した。そして十年前のISの登場がその有用性を示し、誰もが認めるに足るものとしたのだ! 

 夢幻だ、机上の空論だと言われていた先人の遺物が、数十年の時を経て世間が認めざるを得ない確固たるものとなったのだ。幼く、浅学な身ながらも、あの時は高揚したものよ……」

 

 ……こりゃ、完全に熱をあげているぞ。椛って普段は冷静で大人なんだけど、意外と子供っぽい所もあるんだよな。武勇伝やロマン溢れる話が好きだったり、しょうもない悪戯をしたりとか。

 ともかく、これじゃあ椛の独白だ。皆は軽く引き始めているし、幼馴染のよしみで軌道修正してやるか。いつも世話になってばかりだしな。

 

「なあ、椛。さっきはIS粒子には色々な効果があるって言っていたけど、それについてはどうなっているんだ?」

「よくぞ聞いてくれた!!」

 

 あ、ヤバい。地雷踏んだな。

 

「質量操作、推進力、媒体を介した瞬時の熱変換。相互感応以外にもIS粒子には、人類の発展に寄与する効力が数多ある。その効力を如何に引き出し、実用可能なものとしてゆくか――それこそが、私の科学者としての研究課題なのだ!」

「へ、へえ……じゃあ、まだ実験中って事なんだな」

「うむ。各々の効力を引き出す方策については目処がついておるのだが、如何せん粒子の絶対量が少ないのが問題だ。IS粒子は大気中、宇宙空間にも存在はするのだが、採集するとなると非常に困難が伴う。しかも苦労に比して得られるのは微々たるものでしかない。周辺の粒子をそのまま利用する相互感応はともかく、他の効力については実用化に至らないのが実情だ。

 ここ数年はそこで躓いておったのだが、最近になってようやく活路が開けてきた。なに、単純な話よ。採集する事が難しいのなら、自らの手で作り出してしまえばよいのだ。粒子の発生にはトポロジカル・ディフェクト、またの名を位相欠陥という現象の活性化が必要なのだが、これを作るには高重力、高エネルギー下の環境が不可欠であり…………」

 

 も、もう流石に何を言っているのか分からないぞ……これ、誰か分かっている人はいるのか? うん、居なさそうだ。後ろを見てもチンプンカンプンという顔しか並んでいない。

 

「その環境に最も合致しておる地、それは木――」

「いい加減にしろ、馬鹿者が」

 

 振り下ろされる出席簿、半歩ずれる事でそれから逃れる幼馴染。教育的指導が不発に終わった千冬姉は舌打ちをした。

 

「何をするのだ。良い所だったというのに」

「お前が一人で盛り上がっていただけだろう。大まかな部分については話し終えたのだから、これ以上授業の時間を削ってくれるな。それに、下手したら重要機密扱いになる可能性もある情報を簡単に洩らそうとするな」

「数年もすれば公表するというのに、神経質な事よ」

 

 眼前で交わされる会話に、聞いている側は思わず身を固くする。

 訳が分からないと思っていたら、そんなおっかない事を喋ろうとしていたのかよ……もしかしたら、とんでもない話を聞いてしまうところだったんじゃないか? 心臓に悪いからやめて欲しい、ホントに。

 そんな俺たちの気持ちなど知る由もなく、椛は報酬の酒について千冬姉と二言三言交わすと、満足気な顔をして自分の席に戻っていった。どうやら無事にお望みの品を貰えることになったらしい。

 ……今夜は酒盛りでもするんだろうな。

 

「随分と時間を喰ってしまったが、蛇足についてはこれで終わりとする。授業を本筋に戻す……が」

 

 じろりと睨みを利かせるその先には、さっき反省しろと言い渡されたはずの友人二人。何を考えているのか、唸ったり独り言をブツブツ呟いたりと忙しそうだ。

 

「先に色馬鹿を現実に連れ戻してくれる――!」

 

 火を噴く出席簿、上がる悲鳴、何故か俺に向けられる非難の目。

 ……訳が分からん。分からんが、取り敢えず昼休みは苦労する事になりそうなのはよく分かった。あ、そういや鈴からも食堂に呼び出しを受けているんだった。

 もう一人の幼馴染との再会は何だか荒れそうだ。漠然とそう感じて、思わず溜息をついた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「来たわね、一夏、椛。遅いじゃない、待ちくたびれたわよ!」

 

 昼休み、呼び出しに従って食堂へと行けば、その入り口に仁王立ちで待ち構える友の姿(ラーメンが乗ったトレイ付)。堂々とはしているのだが、通行人の邪魔にならぬよう端に寄っているためか恰好がついていない。

 周囲への配慮の結果そうなったのだから、そこを指摘するのは酷というものだ。私と一夏坊、付いて来た箒とセシリアを含めたクラスメイト達も見て見ぬ振りをすることにした。

 

「そりゃ悪かったな……取り敢えず、どこか席を取っておいてくれよ。飯買ったら行くからさ。というか、お前も俺たちが来てから買えばよかったのに。ラーメン伸びるぞ」

「そう言ってやるな、一夏坊。鈴音も久方ぶりの再会に気が逸っていたのだろうよ」

「ふ、二人ともうるさい! ああもう、席で待っているから早くしなさいよ!」

 

 手に持つ昼食と顔から湯気を立ち昇らせ、鈴音は大股に奥の方へと向かってしまった。この程度の事で恥じ入ってしまうとは、相変わらず初心な奴だ。鈴音に限った事でもないが。

 まあ、鈴音をこれ以上待たせるのも忍びない。皆は早々に昼食を買い求める事にした。一夏坊は日替わり定食、箒はきつねうどん、セシリアは洋食ランチである。ちなみに私は弁当だ。普段は教室で食っておるのでな。

 

 さて、鈴音は何処に行ったのかと見回すと……いた。如何なる手を使ったのか、テーブルを三つほど占拠し、その中央に腕組みをして待ちかねていた。律儀にも未だラーメンに手を付けた様子はない。

 三つのテーブルも十人近くの大所帯となれば丁度良い。中央のテーブルに私と一夏坊ら、左右にクラスメイト達へと別れて着席。食前に手を合わせ、各々に昼食を口に運び始める。

 ――どうやら口以外に耳も働かせておるようだが。

 

「しっかし本当に久しぶりだな、鈴。何時こっちに帰って来たんだ? おばさんと親父さんは元気か? 代表候補生になんて何時なったんだよ?」

「一度にそんなに質問するんじゃないわよ。丸一年ぶりだからって焦る事ないでしょうに……そ、それとも何? 質問攻めにしたくなるくらいあたしが居なくなって寂しかったっていう訳?」

「いや、やっぱ付き合いが長い奴の空白期間って気になるだろ」

「……あっそう」

 

 少々の期待を込めた問いかけの淡白な答えに、鈴音はむくれてそっぽを向いた。それを見て首を傾げる一夏坊に、私も眉間を押さえてしまう。鈍さもここまで来ると残酷に思えてくる。

 

「一夏、そろそろ説明しろ。そいつとはいったいどういう関係なんだ」

「そうですわ! もしやお付き合いなさっているのではと授業中悶々とさせられたからには、この場ではっきりして頂かなければ収まりがつきませんわ!」

 

 箒、セシリアが口を挟む。食堂への道中でも一夏坊に突っかかり一先ずは辛抱していたのが、ここに来て限界となったらしい。鬼気迫る面持ちで詰め寄って来た。

 ……しかしセシリアよ、授業中の件に関しては自業自得としか言えぬぞ。

 

「つ、付き合っているなんて、別にそういう訳じゃないけど……」

 

 セシリアの率直な問いにやや狼狽する鈴音。

 色恋に並々ならぬ関心を持つ年頃、男女の仲についての問い、紅潮した顔を見れば、誰もがこの場合の「付き合う」の意味を男女交際と捉えるであろう。だが、侮ることなかれ。その問いを受けた片割れは、中学において「鈍感王」、「朴念神」の名を欲しい儘とした猛者なのだ。

 

「ん? 買い物に付き合ったりはしただろ。幼馴染のよしみで」

「……ああ、そうだったわね。アンタはそういう奴だったわ」

「一夏坊、お主は……いや、もはや何も語るまい」

「ふ、二人とも何だよ。俺、何か悪い事を言ったか?」

 

 悪いとも。如何したらそこまで鈍くなれるのだ。「儂」も女の機微に聡いわけではなかったが、あからさまな好意や色恋沙汰の話題に気付かぬほど酷くはなかったぞ。

 苦言を呈するのさえ億劫になり、ただ呆れの視線を向ける。聞き耳を立てていたクラスメイトらも同様である。もっとも、箒にとってはそれ以前に聞き逃せぬ単語があったようだ。

 

「幼馴染だと……?」

「あー、説明しないと分からないよな。箒が引っ越したのが小四の最後だっただろ。鈴はそのすぐ後の小五の初めに入ってきたんだ。それで中二の最後に国に帰って、こうして一年ぶりに再会したって訳だ」

「……そういえば、一夏からの手紙に『中国人の新しい友達ができた』というのがあったような……そうか、お前がそうだったのか」

 

 記憶をたどると思い当たる節があったのか、箒は一つ頷いて納得した。

 昔の文の内容など、よくぞ覚えているものだ。いや、単にそれ以外、思い出に為り得ることが無かったのかもしれぬが。

 

「そういうアンタは椛の妹なのよね。双子の割に、外見以外はあまり似てなさそうだけど」

「……双子だからと言って、何でも似ている訳じゃない」

「…………」

 

 僅かに剣呑さを帯びた箒の返答に、一瞬だが箸の動きが鈍る。私以外にも何人か気付いた者はいるようだったが、特に変わった様子の無い箒の姿を見て気のせいだと断じていた。

 もっとも、真っ向からそれを見ていた鈴音は何かを察したようで、箒を恋敵に対するのとは若干違った目で見ているように感じられた。

 

「ふぅん……ま、いいわ。凰 鈴音よ。これからよろしく」

「篠ノ之 箒だ。こちらこそよろしく頼む」

 

 だが、それも束の間の事。何事もなかったかのように手を差し伸べ、箒もそれに応えて力強く握手した。

 ……必要以上に眼力と握力を込めているのを何事もないと判じてしまう辺り、私はどうやら相当に修羅場慣れしてしまっているらしい。これも一夏坊の側に居るが故の弊害か。

 

「コホン、そろそろわたくしもご挨拶させて頂いてよろしいですか。中国代表候補生、凰 鈴音さん?」

「あ、うん。え~と、確かイギリス代表候補生の……」

 

 様子を見守っていたセシリアが、いい加減待ちくたびれたのか、会話の節目を狙って割って入ってきた。鈴音も己と同学年の代表候補生は予め知っておいたらしく、記憶の中からその名を思い出そうとするが――

 

「セシリー・コルテット?」

 

 ――如何にも反応に困る名前が飛び出してきた。

 

「セシリア・オルコットです! 何ですか、その微妙に違う名前は!?」

「ゴメン。あたし、興味ない事に関しては覚えが悪くてさ」

 

 遠まわしに「眼中にない」と言われたセシリアの目元が引きつる。舐められたと思っているのだろう。それを我関せずとばかりに無視し、一時止めていた食事の手を動かしラーメンをすする鈴音。彼女にとってはこれが普通なので、悪気など欠片もない。

 

「そ、そういえば、あなたも専用機持ちだそうですわね。いずれお手合わせ願いたいものですわ」

「そうね。でも、勝つのはあたしよ。だって強いし」

 

 ふふんと鼻を鳴らされ、セシリアの額に青筋が立つ。箒もスッと目を細めた。

 ――嗚呼、やはりこうなるのか。

 嫌味のない、堂々とした物言いは彼女の美点ではあるのだが、時と場合によっては諍いを招く種となりかねないのが玉に瑕だ。特に二人のような気が強い者に対しては。

 

「……代表候補生になって、たった一年の物言いとは思えませんわね。どんな手を使ったのかは知りませんが、専用機持ちになって浮かれているのではなくて?」

「……よく吠える。それに見合う実力は持っていて欲しいものだな」

「……へえ、言ってくれるじゃない。要するに、あたしが口だけだっていうの?」

「お、おい三人とも……」

 

 和やかとは言えずとも、至って平常通りだった場が一気に険悪となる。

 セシリアからしてみれば、苦労して代表候補生となり専用機を任せられるようになった自負があるのだろう。対して鈴音は確かに入り口で私のコネを使いはしたが、此処まで伸し上がったのは弛まぬ努力によるものだ。それを疑われては穏やかではいられない。箒は……まあ、純粋な負けん気だろう。

 

 面倒な。別に喧嘩をするのは悪くない。衝突しあう事で認め合えるようになる事もある。ただ、今この場において一触即発の事態になるのは勘弁願いたい。関係ない者に迷惑を掛け過ぎる。

 一夏坊は……駄目か。殺気立った此奴等を抑えるどころか、逆に火に油を注ぎかねぬ。仕方ない。私が口を出さざるをえないか。

 

「――お主ら、其処までにしておくがよい」

「……お前には関係ないだろう」

「も、椛さん。そうは言われても、この方の言う事には我慢なりませんわ!」

「あたしだってそうよ! 白黒つけてやらなきゃ腹の虫が治まらないわ!」

「ならば試合の場で決着をつけるがよい。この場で争うでないわ。共有の場で周囲の事を弁えずいがみ合うなど、愚行極まるぞ」

 

 そこまで言ってやって、三人は初めて視線が己らに集まり、食堂全体の空気も淀んでいるのを察したらしい。気まずそうに顔を顰め、不本意そうではあるものの、取り敢えずは口を閉じた。

 

「それでも争い足りぬというならば、せめて人目のつかぬところでやれ。人前で殺気立たれて気分など良くなる筈もない」

 

 正直な所あまり柄ではない説教を吐きながら、箸を動かし弁当の白米を口に運ぶ。炊き立てには及ばぬが、水につける時間を長くするなど一工夫すれば冷めていても悪くはない。

 だが、いくら味が良かろうとも、場の雰囲気一つで台無しになる物もあるのだ。

 

「何より――飯が不味くなる。じゃれ合いならともかく、喧嘩は控えてくれぬか?」

「……分かったわよ。一夏、クラス代表で専用機持ちなら、いつも放課後に訓練でもしているんでしょ? その二人と一緒に」

「そうだな。大抵はセシリアに相手してもらってる」

 

 いち早く落ち着きを取り戻した鈴音が一夏坊に問う。

 ちなみに一夏坊は私が口を出し始めたあたりから、己の手には負えぬと判断したのか大人しく飯を食っていた。潔いというべきなのか、いい根性をしているというべきなのか。

 

「だったら、今日からあたしも参加するわ。そこで二人とも決着をつける……それで文句ないでしょ?」

「いいでしょう。それならば後腐れもなさそうですし、楽しみにさせて……」

「ま、待て、セシリア! 相手は二組の代表、訓練に参加させてしまっては敵に一夏の手の内を晒す羽目になってしまうぞ!」

「はっ! そ、それもそうですわね……」

「ちょっと! 人が上手く纏めてあげているのに、何でそこで躊躇うのよ!?」

「あのー……それって俺の訓練の話なんだから、別に俺が決めても……」

「「「うるさいっ!!」」」

「……ハイ、スミマセンデシタ」

 

 人が喧嘩をするなと言った側から騒ぎ始める三人に思わず溜息が出る。

 まったく、落ち着きのない者らだ……が、険悪ではなくなったようだし、これ以上口を出すのは止めにしておこう。この程度で毎回制止するために働きかけていると、私が心労で倒れかねぬ。

 三人とも馬鹿ではない。後は本人らに任せても心配なかろう――そう判断を下し、箸を進めるのに専念する。

 ……しようとして、己に妙な視線が向けられている事に気付いた。

 

「お主ら、どうかしたのか? ぼんやりと此方を見おって」

「えっ!? いや、あの……」

「な、何でもないですよ。アハハ……」

 

 視線の元、相川や谷本らをはじめとしたクラスメイトらに聞いてみると、何やら微妙な返答が返ってくる。その不自然な様に首を傾げてしまう。

 むう……解せぬ。普段の私に対する要らぬ緊張とも違うようだし、視線は何やら熱を帯びておる。いったい何だというのだ。これも私が女心を理解していないという証拠なのだろうか?

 

「あ、あの! 椛博士!」

「お、おう。何用か?」

 

 やたらと緊迫した面持ちで声をかけてきた谷本に気圧される。本当に何なのだ。

 

「博士のことを、も、『椛さん』と呼んでもいいですか?」

「は……? 別に構わぬが……」

「やったぁ! ありがとうございます!」

 

 如何という事もない、むしろ有り難い申し出だったので快諾したら、何故かキャーキャーと騒ぎ始めた。呆気に取られて碌に反応も返せぬ。何が起こっておるのだ?

 

「あー、やっぱりこうなるのね。無駄にカッコいい真似をするもんだから……」

「あら、以前にも似たようなことが?」

「小学校の頃は大したことなかったけど、中学になってからは密かに姉御とか呼ばれていたぜ」

「……妙にしっくりくる呼び名だな」

 

 いがみ合っていた筈の三人と一夏坊も、何やらコソコソと話しておる。お主ら、今の今まで仲が悪そうにしていたではないか。訳が分からぬぞ。

 

 

 

 ――その後、私とクラスメイトらの距離は急速に縮まる事となる。無用の遠慮は無くなり、よく話し掛けてくれるようになったが……代わりに顔を赤らめる事が多くなりおった。

 そして千冬殿には何故か同情的な視線を送られた。解せぬ。

 


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