IS ‐もののふ少女伝-   作:お倉坊主

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 初めましてお倉坊主と申します。
 読み専だったのに気が付いたら自分の妄想を文章にしてしまっていたので投稿させていただきます。

 稚拙な文章ですが、皆さんの暇つぶし程度になればと思っています。
 それではどうぞ。


第一話 二代目篠ノ之、没す

 慶長五年九月十五日、徳川と石田の両陣営は関ヶ原で激突し、勝鬨は前者から上がる事となった。長きにわたった動乱の時代は終わりを告げ、世は次代の平穏へと歩み始めた。

 

 時代の節目、まさにそれである。

 

 これから先の世は徳川の治世が待っている。それがいつまで続くかは知らぬが、少なくとも今までよりは良き時代となる筈だ。散発する戦、略奪を行う下郎ども、明日のことさえ見通せぬ未来……それらを恐れ、不安に思わなくとも済むようになるであろう。

 叶うことならば見てみたい。幾人もの屍の上に築かれたものが如何様なものであるか確かめてみたい。

 

 だが、それを為すことは最早叶わぬ願いのようだ。

 天下分け目の戦いから年が明け、春が過ぎて初夏のにおいが漂い始めた頃、儂――篠ノ之(しののの) 紅霖(こうりん)は今際の時を迎えていた。

 

 

 

「ガハッゴホッ……どうやら……もう、逝く時が来たようだな」

 

 儂は渇いた喉を震わせ、床に臥す自分のそばに控えている家族に向かい、喘ぎ喘ぎ言葉を紡いだ。

 

「…………うっさい、糞親父。逝くならさっさと逝っちゃえ」

 

 生意気ながらも心優しき愛娘、(りん)はいつも通りの儂への憎まれ口を叩く。だが、その声は普段と比べて幾分と小さく、瞳は零れ落ちそうな涙で潤んでいた。

 ……それにしても死に際の父に送る言葉が憎まれ口とは如何なものか。相も変わらず不器用な事だ。夫に愛想を尽かされても知らぬぞ。

 

「グスッ……ヒック……じいさまぁ…………」

「よしよし、いい子だから涙を拭こうな。あまり泣いていると爺様が困ってしまうよ」

 

 その夫――つまり儂の義理の息子である玄蔵(げんぞう)はさめざめと泣く幼い孫娘の美祢(みね)をあやしている。

 致し方の無きこととはいえ、孫を泣かしてしまうのは心苦しい。そんなにも悲しき顔をされては罪悪感さえしてこようというものだ。

 

 ……むう、目が霞んできたな。もはや表情を見る事さえ儘ならぬ。どうやら本格的に体が駄目になってきているようだ。

 まあ、自らの身に刻々と近づく終わりを感じても特に恐怖は感じぬ。強いて言えば「もう終わってしまうのか」と少し残念に思うくらいか。もう少し美祢と戯れていたかったのだがのう……

 

 と、ぼんやりとしていたら昔の記憶が蘇ってきた。

 これが走馬灯というやつか。死に際に見るとは聞いていたが、まさか本当にあるとはな。

 思い出すことを抗する理由も無いが故、流れに任せてみるとしようか。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 ……思い返せば波乱に満ちた人生であったが、その原点というか原因はやはりあの人外の強さと傍若無人さを誇る母、篠ノ之 紅宵(こうしょう)から生まれた事であろう。

 

 ――母は浮浪児であったという。別にそれ自体は特筆するようなことではない。いたるところで戦が起こり、支配者が突如変わることなど珍しくもない下剋上の時代、親を失った童など其処ら中にいた。

 そのような者は大抵乞食に身をやつすのだが、母は一味違った。生まれ持った武術の才を用いて野党狩りをする事で食い扶持を稼いでいたのだ。

 

 ちなみにその頃は寂れた襤褸(ぼろ)の神社に住み着いていたのだが、野党狩りをしているうちに近くの村人に感謝され、お礼代わりにと住処を真っ当な神社に修理してもらったのが現在の我が家らしい。なかなか数奇な道を辿っている家である。

 

 そして野党の他に落ち武者なり、不当な搾取をしようとするどこぞの大名の兵卒どもを伸しているうちに我流の武術を編み出し、いつの間にやら戦巫女と呼ばれるようになってしまったのが我が母である。

 ……聞いた話では千に届こうかという兵を一人で悉く打ち倒したという。儂でもさすがにそこまでは出来ぬ。精々八百が限度である。うむ、やはりまともな母ではない。

 

 

 

「母上、その技はどのようにして為しているのですか?」

「うむ、それはな……なんというか、こう……シュバってやる感じだ」

「…………」

「そ、そのような目で見るな! ちゃんと教えれば良いのであろう、教えれば!」

 

 そのような母から生まれた儂は当然の如く武術を教わり始めた……が、どうも母は感覚的に武を振るっていたらしく教えるのがかなり下手であった。おかげで苦労したものである。まあ、その苦労があったからこそ娘には手際よく教え込むことが出来たのだが。

 

 

 

「紅霖、紅霖はいるか!」

「そのように声を荒げずとも聞こえているぞ、母上。で、如何なる要件なので?」

「うむ、お前も生き残る術はおおかた身に着いたからな、そろそろ旅に出そうと思ったのだ」

「はい?」

「そーれ、行ってこい!」

「ぬおぉぉ!?」

 

 歳が十三になろうかという時だっただろうか。母にいきなり蹴りだされて(本当に蹴りだされた。というか空高く蹴り飛ばされた)旅に出た。恐らく若いうちに苦労を知っておけと言うことだったのであろうが、急に放り出された身としては勘弁してほしいものであった。

 幸いその頃には既に大概の武術は仕込まれていたので身を守るには事欠かぬ。旅をする分には何も問題はなかった。

 だが、野草を採り、獣を狩って日々の糧とし、たまに襲い来る賊を相手するだけの旅は果たして価値があるだろうか? 否、それではただの物見遊山に過ぎぬ。蹴りだされて出た旅とはいえ、何も為さずに帰る事は御免こうむる。

 

 

 

「何奴だ!?」

「我が名は篠ノ之 紅霖、流浪せし一介の武士(もののふ)なり!」

 

 故に、儂は大名のもとを渡り歩く剣客となった。武を磨くため、そして乱世に生きる人の姿を知るために。

 経験した戦はいずれも熾烈を極めた。雑兵は相手にならなかったが、時折出てくる武将は他とは一線を画す猛者ばかりであった。特に徳川のところにおった本田 忠勝とやらは正に化物であったな。あれは母といい勝負かもしれぬ。

 

 

 

「お、お主! 一体何をしているのだ!?」

「ふわぁ~……むみゃむみゃ……あ、おはようございます」

「うむ、おはよう……って、普通に挨拶するな!」

「えー、朝起きたら挨拶するのは常識ですよ」

 

 戦場を求めて津々浦々を流浪し、それなりに名が知られるようになった頃、もうしばらくしたら故郷に帰ろうかと思っていた矢先に一人の女性、静代(しずよ)との衝撃的な出会いがあった。

 ……野宿をしていた時に、朝目覚めたら隣で寝ていたのだ。あれは正に衝撃的であった。

 行く当てがないという彼女は何が気に入ったのか、旅をする儂の後ろに勝手についてくるようになった。初めは飯をたかる彼女を鬱陶しくも感じたが、どこか抜けていて愛嬌があるところが憎むに憎めず、結局はなし崩し的に旅の供として認めてしまっていた。

 

 

 

「やっと帰って来たか。まったくどこをほっつき歩い……て……?」

「母上、今帰ったぞ」

「あら、この方が紅霖さんのお母様なのですね。初めまして静代と申します」

「……何をいっちょう前に女連れて帰ってきておるのだ、この馬鹿息子がぁぁ!」

「ゲフゥ!?」

「あらあら、過激な親子ですね」

 

 そんな静代を連れて故郷に帰った儂を迎えたのは母の跳び膝蹴りであった。なかなか帰ってこなくて寂しく思っていたのに、いざ帰ってきたと思ったら女をはべらしていたのが頭に来たらしい。理不尽である。

 かくして、行きの時より一人加えて儂は帰郷を果たした。歳はもう二十になっていた。

 

 

 

「なあ、静代」

「はい、何ですか?」

「結婚せんか?」

「いいですよ」

 

 しばらく後に儂と静代は結婚した。いい加減身を固めなければいかぬ歳になったのもあったが、何よりも母が早く孫の顔を見たいとごねたのが大きな理由である。歳を重ねても母は相変わらずであった。

 結婚するとはいえ、帰郷してから静代とは家族同然の暮らしをしていたが故に周囲の反応は今更かというようなもので、儂も静代も特に感慨はなかったためか、婚儀は随分とあっさりとしていた。

 …………まあ、こっぱずかしい言い方をすれば互いに共にいるのが当然と思っていたのだ。変わった事と言えば、子宝に恵まれるために励むようになったくらいか……ゲフンゲフン。

 

 

 

「あー! お父さんとお祖母ちゃんってばまたお酒を飲んでいる! お母さんからもうちょっと量を減らせってこの前言われたばっかりじゃない」

「ギクッ……いや、これは鍛錬の後の一服でな。こればかりは止められないというか……」

「そ、そうだぞ、燐。酒は百薬の長ともいうだろう? だから見逃しておくれ。な?」

「……さっさと片付けないと、お母さんを呼ぶわよ?」

「「ごめんなさい」」

 

 産まれてきた娘は素直ではないがしっかり者へと育っていった。それにはきっと、家計を握る事で母を蹴り落として我が家の最高権力者となった静代の影響があるのであろう。幸いなことに静代のような腹黒さは持ち合わせておらぬようであったが。

 それにしても我が妻はいつの間に儂らの財布を握っていたのだ? 情けないことだが、気が付いたら最早逆らうことが出来なくなっていたぞ。

 

 

 

「娘さんと結婚させてください」

「…………よかろう。だが、燐を不幸にしたら……」

「……したら?」

「……コロスゾ」

「き、肝に銘じておきます」

 

 時の流れというものは早いもので、とうとう娘も結婚することになった。相手の玄蔵は近隣の農村の出身で見た目は優男だが、儂の殺気をまともに受けても一歩も引かぬ気概を併せ持っていた。

 表面上は渋々という態を装っていたが、内心ではこの男ならば大丈夫であろうと信じていた。婚儀の際に花嫁姿の燐を見て、思わず静代と共に泣いてしまったのも今では良き思い出だ。

 

 

 

「はあ、私もそろそろ寿命か。若い頃は大変だったが、結構いい人生であったな」

「……普通に背筋を伸ばして歩いている人が言っても説得力がないぞ、母上」

「ただのやせ我慢だ。あと数日も持たんさ。お前もわかっているだろうに……ああ、そうだ。紅霖、酒を持ってこい」

「……何故?」

「何故とはお前にしては無粋な事を聞くな。親子水入らずで最後の酒盛りをするのに理由などいらないだろう?」

 

 母が如何に人間離れしていようとも寿命はあったらしい。生物である限りは当たり前のことなのだが、それに気付いた時は受け入れがたく感じたものだ。

 そんな儂の心情を読み取ったが故か、母は酒を酌み交わしながら自らの生涯を語った。自分がいかにして人生を歩み、何を思ってきたのか、何を為そうとしてきたのか。それを語る母の姿はとても青臭く、その人がただの『人間』であることを如実に示していた。

 翌日、母は眠るように逝った。破天荒なあの人にしてはあまりにも静かで、どこまでも穏やかな最後であった。

 

 

 

「じいさま、じいさま。また、たんれんをみせてくれましゅか?」

「うむ、構わない。可愛い孫娘のためならいくらでも見せてやるとも」

「ちょっと父さん! そんな武術ばかり見せていて美祢が暴力女になったらどうしてくれるのよ!?」

「案ずるでない。少なくともお主よりはお淑やかになるであろうよ」

「ぬわぁんですってー!?」

「かあさま、おこっちゃやーよ」

 

 孫の美祢が可愛すぎてついつい甘やかしてしまう。我ながら孫煩悩だとは思うが、美祢の願いなら何でも聞いてしまいそうだ。

 今ならば母が何故あんなにも孫を欲しがったのかがわかる。孫というのは良いものだ。

 

 

 

「……ねぇ、紅霖さん。私とあなたが出会ったのは運命だったのか、偶然だったのか、どちらだと思います?」

「いきなり妙な事を聞いてくるな……どちらも人の手では御し得ぬ、という点では似たようなものだと思うが」

「ふふ、それもそうですね。でも、私はあえて運命と言いたいです」

「ほう、その理由は?」

「簡単な事ですよ。そちらの方が風情があるじゃないですか」

 

 静代は流行り病にかかって先立った。病に体を蝕まれつつも、彼女は死ぬまで笑顔を絶やさなかった。闘争の中に生きた儂にとって、その安らぎを与えてくれる笑顔と出会えたことは救いであったと思う。

 確かに彼女の言うとおりだ。これを偶然などというつまらない言葉で済ますには勿体なさすぎる。たとえ陳腐であっても風情があった方が良いだろう。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 そして今、妻に続き自分もこの世を去ろうとしている。

 未練はない。後悔したことは幾度もあったが、そのたびに前を向き、この足で歩み続けてきた。その歩み続けた道の終着点にたどり着いただけのこと。嘆くことも、悲しむことも無い。後はただそれを受け入れて終わりを迎えるのみ。

 

 ―――だが、その前に一つだけ為すべきことがある。

 

「燐……」

「何? 父さん」

 

 愛するただ一人の娘に遺そう。

 古き時代に生きた者として、一人の武士として、そして父親としての、最後の言葉を。

 

「人いうものは……因果な生き物だ。平和を求めている筈であるのに争いを引き起こし、幸福を手に入れようとして不幸を招き寄せる……そして弱き者は抗う術もなく、ただ意味も無き犠牲へと成り果ててゆく……」

「……うん、小さい頃からよく話してくれていたわよね」

 

 各地を旅してまわるうちに様々なものを見た。

 罪も無き人々が蹂躙される様を見たのも一度や二度ではない。斬り伏せた賊の中には家族を生かす為に必死の思いで悪行に手を染めていた者もいた。生きる事とは何なのかと考えさせられた。

 

「たとえ抗うに足る武を持っていても……道を違えれば、それは暴力と化す」

 

 己が信義に従うものが武人。力に酔い、無闇に振るうものは畜生である。

 教え下手であるのに加え、我流であるが故に心構えを説くことなどしない母だったが、これだけは幾度も言い聞かされ骨身に染みついている。娘と孫、そして後世にわたってこれだけは忘れないで欲しいものだ。

 

「人の生とはそのような欺瞞、不条理に満ちておる……いつの日か、お主らにもそれが壁となり立ちふさがるかもしれぬ」

「そうね……でも、私はそんなのに従うのは御免よ。壁なんてぶち壊してでも自分の道を進むわ」

「はっはっは……言わずともわかっているではないか」

 

 自ら答えを示してみせた娘の成長を嬉しく思う。

 昔はただ教えられた事しか出来ぬ未熟者であったというのに……本当に、大きくなったものだ。

 

「篠ノ之 燐よ。自らの信に従い、思うが儘に歩むがいい。諦念に足を囚われ、歩みを止めそうになりし時は手を伸ばすがよい。お主にはその手を取ってくれる者がいるのだからな」

「それこそ言われなくてもわかっているわよ。私には頼りになる旦那と、最高に可愛い娘がいるんだから」

「はは、そこまで持ち上げられたら僕も頑張らないとね。義父さん、燐のことはどうぞお任せください」

「グスッ……よくわかんないけど、みねもがんばる」

「そう、か…………」

 

 ああ、これなら大丈夫だ。

 理屈も道理も介せずとも、ただそう感じることが出来る。娘はきっと母と儂のように悔いなく生きることが出来るであろう。そして孫もいずれは己の道を見つけ、前に向かって歩むようになる筈である。

 

 

 ……これで、儂の役目は終わった。

 やりきったと思うと急に眠くなってきおったな。目を開けているのが億劫になってきて、自然と瞼が閉じてゆく。五感が徐々に失せてゆき、体が冷えてゆくのがわかる。幾度も見た人の死、それが自らの身に起こっている。

 

 

 ……おう、そうだ。最後に言っておかねばならぬことがあったな。

 

 

「この世に生を受け……嬉しき事も、悲しき事もあったが……何より……お主らと、家族になれて…………楽し……かった」

「!? 父さん!」

 

 口惜しきかな、もう口が動かん。あと一言だけで構わぬというのに融通が利かぬ体だ。

 まあ、いい。こんな締まりのない終わり方もありであろう。至極真面目に生きてきたのだから最後くらい緩めても誰も文句は言うまい。

 口に出せなかった言葉は心の内でいう事にしよう。娘らに伝わるだろうか? 伝わってくれたのならば本当に思い残すことなど無い。

 そうなる事を願い、万感の思いを込めよう。人生の締めくくりの、この言葉に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慶長六年七月七日。篠ノ之 紅霖、逝去。

 戦場を駆け、武を振るったその者の死に顔は、とても満足そうな笑みを浮かべていたという。

 




 IS世界の戦国時代ってガチで無双やってると思うんです。
 千冬さんレベルの人がいっぱいいる感じで。

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