剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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一週間後と言ったな(ry
はい、というわけで更新です。


彼を想う

 リュー・リオンにとってシル・フローヴァは同僚であると共に命の恩人だ。それに加えてどこか幼さを残す無邪気な少女を彼女は放っておけない。シルの言葉に何度も励まされ、彼女の温もりに何度も救われてきた。

 シルという少女は、リューにとって自分と同じくらい大切な存在である。それと同時に清廉潔白、生真面目な彼女の弱点でもある。

 

「それで、アゼルさんとはどうなったの?」

 

 つまるところ、リューはシルの頼みごとが断れない。

 

「どうもなにも、何もありません」

「リューってば、私に嘘を吐けると思ってるのかな?」

「……なんのことですか」

 

 努めて誤魔化そうとするリューにシルはにこにこ笑いかける。ネタは上がっていると言わんばかりの笑みだ。

 実際は18階層から帰ってきてからリューとアゼルはまだ一度も会っていないし、シルは18階層で起こった出来事の詳細は知らない。だが長年リューと共に過ごしてきた彼女にはリューの細かい挙動で色々分かってしまう。

 そもそも戦士として一流であったリューはちょっとしたことでは動揺しない。そんな彼女が仕事中考え事をしていたり、ぼーっとしていたりすればシルでなくとも分かるというものだ。

 

「リュー、シルに尋問されるくらいなら今げろった方が絶対楽ニャ」

「そうニャそうニャ、きりきり吐くニャ。あの剣馬鹿とどこまでいったニャ?」

 

 会話にアーニャとクロエまで加わり更にリューの形勢が悪くなる。言っていることも一理あるのでリューは狼狽えた。

 

「い、言えません」

 

 しかし、それでもリューは口を割らない。割れないと言うべきか。なにせ、リューとアゼルの間にある絆は酷く歪であり口外するようなことではない。二人の関係を説明するにはアゼルの吸血能力を説明する必要もある上、そうなるとリューが何度かアゼルに噛まれていることすら話すことになる。

 そんな話をしたら恥ずかしさで死にかねない。異常性癖者と思われてもおかしくない。

 

 実際はお互い邪な思いはない、とリューは思っている。大切に想っている愛しい人がいてその人を死なせたくないために血を分け与えている。それは、彼女にとってその身を傷付け仲間を守ることと同義である。

 

「んふふー、でも『言えない』ってことは何かあるってことだよねー」

 

 シルは満面の笑みを浮かべながらリューに顔を寄せる。その表情は、私気になります、と書かれているのではないかと思えるほど分かりやすかった。一歩後退しかけたリューは、なんとか堪えた。

 

「こればかりは、シルになんと言われようと喋りません」

 

 それはきっぱりとした拒絶であった。声色は普段通り凛としたものだし、別段怒っているような雰囲気もなかった。しかし、リューがシルの頼みを断った。

 そんなリューの態度に他の面々は驚いた。普段であればこの後なし崩し的にリューがシルに喋ってしまうということになるのだが、今回はその限りではなかった。

 

「そっか」

「すみません」

「ううん、リューが謝ることじゃないよ。私はむしろ少し嬉しいよ」

 

 そう言ってシルはリューを優しく抱きしめた。

 

「リューにも、大切な人ができたんだね」

「――はい」

 

 認めざるを得ない、今のリューにとってアゼルはシルと同じくらい大切な存在だ。しかもそれがリューが苦手としている異性である。シルに勘ぐるなという方が無理な話題だ。

 リュー自身、振り払わないどころか自分から手を握りたいと思える異性ができたこと自体驚きだった。

 

「じゃあ、絶対に手放しちゃだめだよ?」

「はい」

 

 それはかつての仲間であったアリーゼが言ったことだ。もちろん、ただ単に恩人の言葉であるから従っているわけではない。リュー自身が望んでアゼルと共にいたいと心から思ったからこそ、アゼルの手を握った。

 握ったその手を離さないために、彼の手から剣を取り上げようと決心した。

 

「じゃあ、これからはガンガンアタックしないとね!」

「はい?」

「うーん、でも最近アゼルさんお店来てないなあ」

「あの、シル?」

「あ、でも来て欲しいってヘルメス様経由で伝えたんだから、そろそろ来るよね」

 

 自分の思っていない方向に話が進み始めてリューはシルを止めようとする。しかし、そんなことでシルが止まるわけもなく彼女は続ける。

 

「いい、リュー? アゼルさんってあんなに強いんだよ?」

「そ、それは分かっています。ですが」

 

 そんなこと、アゼルの本気の剣を二度もその目に焼き付けているリューが誰よりも分かっている。感情すら映し出すほど純粋で洗練された剣技、死の恐怖をねじ伏せ死地へと踏み込む胆力、自らの勝利を疑わないその自信。どれを取ってもアゼル・バーナムは強い。

 

「強い人はモテます。これは世界の真理です。つまりアゼルさんはモテモテです。うかうかしてたら他の人に取られちゃいます」

「と、取られるも何も、アゼルは私のものでは……」

「ダメ! ダメだよリュー! そんな弱気じゃダメ!」

 

 芝居がかった仕草でシルは拳を掲げて高らかに言った。

 

「恋は戦争! 先手必勝なんだよ!」

「おお、シルがなんかかっこいいニャ!」

 

 そんなシルにアーニャだけが好感触を持った。他の面々は真面目な顔で恋などと言い出すシルに呆れていた。リューはそんな中、自分の感情を理解しようとしていた。

 

――恋

 

 リューはそれを経験したことがない。そもそも異性と触れ合うことが今までなかった彼女に恋をする機会などあまりなかった。仲間の男性冒険者を好ましく思ったことはあれど、それは仲間としてであり異性としてではなかった。

 リューの知る恋は物語で読んだものや、目の前のシルから聞いた話くらいだ。

 

 街を歩けば行き交う人々の中に恋人たちを見かけることは多々ある。彼等は時には手を繋ぎ、時には腕を組み語らいながら歩いている。リューとしてはよく往来で異性と触れ合い、あまつさえそれを他人に見せつけるようなことができるな、と思っている。しかし、これはそもそもエルフという種族が奥ゆかしい種族だからそんな感想を持つのだろう。

 

 リューは考えてみた。

 アゼルはヒューマンであり、リューとはまったく違う価値観を持っている。みだらに女性に触れたりはしないが、手を繋いだり腕を組んだりすることに抵抗があるとは思えない。

 

 リューは想像してみた。

 買い出しのために街を歩き、アゼルが誰かと腕を組みながら歩いているのを見かけたとしたら。

 

(――それは嫌だ)

 

 認めないなどと大それたことは言わない。そもそもアゼルの行動を縛る権利など誰にもない。だがその光景を想像した時真っ先にリューの頭に浮かんだのは拒絶だった。そんな光景は見たくないと心が強く否定した。

 

 そこにいるべきは自分だなどと言うつもりは彼女にはなかった。だが、そこにいたいという想いが芽生えた。自分がただ一人触れることを許したアゼルと手を繋ぎ、腕を組み歩いてみたいと。

 その感情を恋や愛というのなら、ああ確かに、誰かにアゼルの隣を譲りたいなどとは思わない。

 

 しかし、アゼルを無理矢理握り振り向かせるのは何か違うとリューは思った。そんな強引なやり方でいいはずがない。恋愛の経験など彼女にはなかったが、それでもアゼルに対してそのようなことはしたくなかった。アゼルがリューの行動を受け入れたとはいえ、もう既に彼から強引に剣の道を断念させようとしているのだ。

 だが――

 

「誰にも」

 

 その続きを口にしてしまう前に、リューは我に返った。

 

「リュー?」

「な、なんでもありません」

 

 ぼーっとして聞こえないほど小さな声で何事かを呟いたリューにシルが首を傾げた。

 リューは即座に誤魔化した。誰にもアゼルを渡したくないと思ったことなど、誰に言えようか。渡すもなにも、最初からリューのアゼルではないし、アゼルは誰のものでもないだろう。

 体温が上がっていることにリューは気が付いた。

 

 見たことも、そもそもいるかも分からない誰かに、彼女は確かにこの時嫉妬してしまった。その事実が度し難いほどに彼女は恥ずかしかった。

 

(私らしくない……いや)

 

 らしくない、と言えるほど彼女は異性を想ったことがなかっただけだったのかもしれない。

 

(私は――アゼルに私だけを見ていてほしい)

 

 彼女はその感情を自覚した。

 自分にとってアゼルは特別であり無二の存在だ。そんなアゼルにとっての特別な存在、無二の存在になりたいと彼女は願った。

 

(私は、アゼルのことが――)

「こら、お前等! くっちゃべってないで仕事しなっ!!」

 

 考え事をしていて黙っているリューの周りで好き勝手アゼルについて話していたシル達は、ミアの怒声によって再び夜の営業の準備へと戻っていった。それは何時も通りのありふれた日常、特別でありながら特別ではない安寧。

 しかし、リューは自分の中に芽生えた感情に気が付き悟った。自分はその日常を捨てなければいけない。もう、捨てることを選択してしまった。暗闇の中から引き上げてくれた恩人の手を振りほどき、再び闘争へと身を投じることを彼女は選んだ。

 正義を、己を貫き通すということの代償を彼女は知った。

 

 人の手は余りにも小さいから、その手をすり抜けて様々なものが落ちていってしまう。どうしてもその手に持っていたいものがあるのなら、他のものを諦めて集中しなければいけない。

 

(リュー・リオン、自覚しなさい。貴女が今最も欲していものは何だ)

 

 最後の確認として、彼女は己に問いかけた。

 

――それは己の安寧ではない。

――それは己の日常ではない。

 

 

 

(彼を一人にしたくない)

 

 

 

 今まで抱いたことのない感情を、もしかしたら時が経てば薄れてしまい忘れてしまうかもしれない。十年後にふとアゼルの事を思い出し、自分が抱いた感情が偽りだったと思う時がくるかもしれない。

 しかし、今は違う。

 

 

 

(彼の戦う姿を見ていたい)

 

 

 

 傷付いて欲しくないと思う一方で、彼女はアゼルの戦う姿に最も惹かれる。優しく語りかけられるより、真剣に、それこそ鋭さを感じさせるほど真剣な彼が好きだ。戦士として、剣士として別け隔てなく自分以外のすべてを平等に見る姿に憧れ惹かれた。

 それは決して正しいとは言えない。アゼルの考え方は条件さえ整ってしまえば生みの親でも斬り殺すということも是としてしまう。

 だから、彼女はアゼルの剣に彼女の思う正義を分かち合って欲しいと願った。

 

 

 

(彼の隣にいたい)

 

 

 

 今の彼女にとってその感情こそが真実。

 寝ても覚めても考えることは愛しい剣士の剣戟で、ふとした瞬間思い出すのは彼の声と温もりだった。それはまるで呪いのように彼女の心を蝕む。

 

 言葉にしてしまえば簡単なことだ。ずっと一緒にいてあげればいいだけのことだ。しかし、それがどれだけ困難なことか彼女は知っている。

 自らを傷付けながら成長していくアゼルに待つのは破滅しかない。怪物を斬り、人を斬り、神を斬り、大切な者を斬り、そして最後には自分を斬ってしまう。

 

 目的ははっきりしている。その方法も決めた。想いに不足などないと断言できる。未だかつてこれほどまでに誰かを想ったことなど彼女にはなかった。

 後は、強くなるだけだ。

 

 自分はなんて不孝者かと彼女は己を叱責した。

 救われた恩を返せたなど一生思えないだろうに、彼女は今自分のためだけに生きようとしている。再び剣を取り、正義を掲げ、今度こそ大切な誰かを救おうと走り始めようとしている。

 だが、もう止められない。もう、止まらない。

 

 

■■■■

 

 

「いらっしゃいませー!!」

 

 何時にも増して活気のある声で私は迎えられた。

 

「こんばんはシルさん。なんだか元気ですね、ベルは来てませんよ?」

「それは大変残念ではありますが、今日はそれ以上に嬉しいことがあったのです!」

「それは?」

 

 今朝方アポロン・ファミリアより受け取った招待状をヘスティア様に見せ、ハナとの戦闘によってどれほど【ステイタス】が成長したのかを確認するために更新を行った。結果、ヘスティア様に加えて私まで驚くほど成長していた。

 流石にダンジョン探索をした時ほどの成長とまではいかなかったが、それでもたった一度の戦闘で上がる数値ではなかった。

 流石は『早熟』という効果を持つ《スキル》が二つ宿っているだけはある、とヘスティア様は溜息混じりで私に文句を漏らした。

 

「アゼルさんが来てくれたことです!」

「……浮気ですか?」

「なっ!? ち、違いますよ!! それは、勿論アゼルさんのことは嫌いじゃないですけど、私はもう心に決めた人がいるんです! もうっ、変な事言わないでください!」

「シルさんの方が最初に変な事を言ったと私は思いますが」

「うっ」

 

 まるで狙ったように肩を跳ねさせ、その後お盆で顔を隠しながら上目遣いでこちらを伺ってくるシルさんは通常運転だ。恐らく狙っているのだろうし、大半の男性はそれで毒気を抜かれるだろう。

 そもそも私はどうにも思っていないので無駄な仕草だ。

 

「で、何故私が来ると嬉しいんですか?」

「えっへん、私は賭けに勝ったのです!」

「……はあ、よかったですね?」

 

 どうだと言わんばかりの表情でシルさんはそう言った。神々の言う『ドヤ顔』だ。結局何も分からない私は空返事しか返せなかったが、シルさんはそんなことお構いなしに私を店の中へと導く。

 

「私の勝ちだよ、リュー」

「――そのようですね」

 

 と思ったが、店内に入った矢先待っていたリューさんに私の接待をバトンタッチした。最後に私の隣まで来て、背伸びをしながら耳元で囁く。

 

「今晩リューはアゼルさんの貸し切りです」

 

 訳の分からない言葉を残して、彼女は店の奥へと消えていった。見渡すと、いつもより慌ただしく給仕係のアーニャさんやクロエさんが動き回っている気がした。全員が全員、私とリューさんを見てウィンクや親指を立てたり、終いにはガッツポーズを取って料理と酒を運んでいく。

 状況にまったく付いていけない私に、助け舟を出してくれたのはリューさんだった。

 

「アゼル、こちらに」

 

 そう言って彼女は私を連れて、普段座っている店を一望できる席ではなく、店のもっと奥へと向かう。

 

「おっと、手が滑っ――」

 

 その最中、リューさんが通りすぎた席に座っていた男性が姿勢を崩し、手をリューさんの臀部へと伸ばした。

 

 リューさんを始め、シルさんやアーニャさんと言った豊穣の女主人亭の給仕係は美人揃いである。しかし、個々の脅威度が高く下手に手を出そうとする輩はいない。

 だが、ここは酒場であり、酒場であるから酒を提供する場所だ。アルコールを摂取すると思考が鈍り、正常な状況判断ができなくなることが多々ある。故に、普段手を出さない客も酒に酔ってつい、ということがある。

 

 今回もそれが起こっただけのこと。

 

「――気を付けてください」

 

 自分でも驚くほど怒気を孕んだ声を出していた。

 伸ばされた腕を掴み、ひっぱり上げて強制的に姿勢を正させる。瞠目しながら男性客は私を見上げ、そして瞬時に怯えを顔に映し出す。

 同じ席に座っていた数人もジョッキや食器を持ったまま動けなくなっていた。

 

「酒は飲んでも飲まれるな、肝に銘じておくことです――次は、この程度じゃ済みませんよ」

 

 それは別段変な意味を含んでの言葉ではなかった。もし、次にこんなことをすれば私ではなくリューさんの蹴りが問答無用で飛んでくるだけの話だ。

 だが、彼等は何を勘違いしたのかより一層恐怖を露わにして何度も頷いた。

 

「アゼル、もう行きましょう」

「はい、リューさん」

 

 リューさんに呼ばれて男の腕を離す。彼等を一瞥することもなく、私はリューさんの後ろを歩き店の奥にある、他の客からは見えにくい席へと案内された。

 店の奥ということもあり、向い合って二人しか座れない席だ。私が片方に座ると、何故かリューさんが対面に座った。

 

「えっと……何故?」

「賭けです」

「はあ……何を賭けたんですか?」

 

 未だに要領を得ない『賭け』という言葉に、私は説明を求めた。数秒間考えた末、リューさんは僅かに頬を染めながら賭けの内容を告げた。

 

「今日中にアゼルが来店したなら、私が付きっきりで接待をすること。それが賭けの内容です。もし来なければ、アーニャ達が明日の朝の鍛錬に付き合ってくれるはずでした」

 

 何をしているのかと、私は溜息を吐きながら呆れ果てた。それはいらぬお節介と言うべきか、それとも同僚を励ます彼女達の優しさというべきか。

 こんなことをされてはどんな鈍感でも目の前にいるリューさんの心中くらい察せるだろう。

 

「リューさんとしては、どちらの方が良かったんですか?」

 

 この賭けは私が来ても来なくてもリューさんに利が生まれる。

 気を利かせて私とリューさんが二人きりになるという、現実になった状況。そして、失くなってしまった明日の朝稽古にアーニャさん達が参加してくれるという状況。

 どちらに転んでもリューさんは得をする。

 

「……私は」

 

 続きを言おうとしたリューさんは何故か口を閉ざしてしまった。数秒後、再び最初から彼女は言葉を発した。

 

「私は、貴方の来店をお待ちしていると、そう伝えたはずです」

「はい、だから来ました。少し遅くなってしまいましたが」

 

 それが彼女の答えだった。

 それを聞いて、私はなんだか嬉しかった。嬉しいついでに彼女にある申し出をした。

 

「明日の朝稽古は私が付き合いますよ」

「……ありがとうございます」

 

 そう言って彼女は微笑んだ。本当に小さな笑みではあったが、それだけで申し出て良かったと思えた。

 

「後、先程もありがとうございました」

「え、ああ。気にしないでください。私が何もしなくてもどうせ解決できていたでしょうからね」

「あの男性のため、ということですか?」

 

 少し不満そうにリューさんは先程のことなど忘れてしまったかのように酒を飲んで騒いでいる客を見た。

 

「まあ、確かにそれもありますけどね。リューさんはあまり手加減できないですから」

「それは……確かにそうかもしれませんが」

「でも、やっぱり()()()()からですよ」

 

 私の指摘が図星だったのか、彼女は少し不貞腐れた。

 あの時感じた不快感を今思い返してみると、すぐにあの行動の理由が分かった。やはり、咄嗟の行動というものには自分の感情が色濃く反映されるようだ。

 

「あんな輩に、貴女に触れてほしくなかった。私は存外独占欲というものが強いのかもしれません。ああ、いえ、すみません。リューさんはそもそも私のものでもなんでもないんですけど……まあ、なんと言いますか」

 

 自分で言っていて恥ずかしくなってきた。よく考えず、思うがままに言ってしまったため心の準備というものができていなかった。

 

「とにかく嫌だったんです。だから、彼のためでも貴女のためでもありません。強いて言うなら私のためです」

 

 そう締めくくり私は目の前に座るリューさんを見た。驚いているというか心ここにあらずというか、取り敢えず反応がない。反応を確かめるために名前を呼ぼうと口を開ける。

 

「リューさ」

「ひゅーひゅー。アゼルさん言いますねえ」

 

 そして、名前を呼び終わる前に料理と酒を持ってシルさんとアーニャさんがやってきた。シルさんはいつもより元気そうだったがアーニャさんはげんなりしている様子だった。

 リューさんも同僚の登場により我に返った。

 

「それくらい言ってくれないと私達が苦労してる甲斐がないってものです!」

「あの、もしかして」

「そうニャ……リューがお前といるからミャー達がリューの分まで働いてるニャ」

 

 いつもより疲れている理由が分かった。シルさんは何というかテンションが振りきれているのだろう。

 

「大丈夫ですか? やはり、その、私も」

 

 リューさんは料理はできないが、それ以外の接客ならできる。人が一人減るだけと言えば聞こえは良いが、それでも一人あたりの仕事量は増えざるを得ない。

 

「――大丈夫だよ、リュー」

 

 席から立って自分も仕事に戻ろうとするリューさんをシルさんは声で止めた。いつものようなただ明るいだけの声ではない、どこか慈愛に満ちていて、威厳すら感じさせるような静かな声だった。

 

「私達は大丈夫だから。リュー一人いなくなったくらいで、ダメになるような私達じゃないよ。だからアゼルさんと一緒にいても、いいんだよ」

「というわけニャ。明日のミャー達を救ったおミャーにご褒美ニャ! 寛いで行くニャ!!」

 

 それだけ言って彼女達は料理を目の前に並べ、酒を注いで戻っていった。

 結局リューさんはシルさんの言葉によって席に座ったままだ。戻っていくシルさんの後ろ姿を驚いた様子で見つめている彼女は、どこか悲痛な顔をしていた。

 私には今の会話のどこに驚き、どこに悲しむ要素があったのか理解はできなかった。しかし彼女達の関係が少しずつ、だが確実に変わってきていることは分かった。

 

 俯くこと数秒、顔を上げた彼女はもう何時も通りの表情だった。凛とした眼差しは私を見つめ、彼女の中にある揺らがぬ意志を感じさせた。

 

「では、乾杯しましょう」

「何にですか?」

「アゼルのランクアップにです」

「そう言えばランクアップしたんでした……」

 

 自分がランクアップしたという事実は人に言われないとあまり実感がない。私としては大それたことをしてきた覚えはないのだ。剣を振るい、敵を斬り、人を斬り、自分を斬る。自分としては当たり前のことで、誇るべきでも、嘆くべき生き方でもない。

 

「では、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「「乾杯」」

 

 だが、リューさんに祝わってもらえたことは嬉しかった。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

リューさん成分かっ飛ばしていきます。

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