剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
「うぅぅう……」
教会の地下に設けられた秘密部屋のベッドに横たわりながらうめき声をあげる我らがヘスティア・ファミリアの主神ヘスティア様。
昨晩、ご近所付き合いがあるこの界隈で薬売りをしているミアハ・ファミリアの主神であるミアハ様によって彼女が送り届けられたのは、夜がふけて大分経った頃だった。かなりの酒量だったのか、歩くこともままならずベルが抱えてベッドに寝かせたほどだ。残念なことにヘスティア様に記憶はないだろう。
「はあ、まったく」
苦しそうに呻く彼女の顔を湿ったタオルで拭う。一度それを水で濡らし絞ってから額に乗せておく。とりあえず酒が抜けていないので体温が高いし、汗をかいたままでは不快だろう。いや、体温が高いのはヘスティア様が子供のような身体をしているからかもしれないが。
「本当は今日あたりに更新をしておきたかったのですが、世話のかかる神様だ」
ミアハ様にこっそり聞いたが、なんでもベルが少女と手を繋いで歩いているところを目撃し、ショックを受けてのやけ酒だったらしい。恐らくその少女はリリだろう。
そこからその小さな身体のどこに入るのか疑問なほど酒を飲み、酔っ払ってミアハ様の押し車に乗せられ帰ってきた。
「うぅ、ベルくぅん」
「どんな夢を見ているのか」
こうやって看病をしていると、故郷にいた時のことを思い出す。ベルが熱を出しても老師は農作業などをしなければならない身だ。なにせ老師はその老体一つで自身とベルの食い扶持を稼いでいた。
ベルが病気にかかると、私との修練を早く切り上げ私にベルの看病をさせた。着替えさせたり、身体を拭いてやったり、食事を食べさせてやったりと我ながら甲斐甲斐しく看病をした物だった。
私は病気にかかって苦しくても剣の修練を休んだことはなかった。動けないほど辛かったわけでもないし、ベッドで寝ているくらいなら剣を振るっていたかったからだ。それ程重い病に罹らなかったということもある。
だからベッドで寝ているベルがいたく苦しんでいるように思えてしまい、世話を焼いていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「神様見ててくれてありがとう、アゼル」
「構いませんよ」
そうこうしている内にベルが地下室へと帰ってきた。ヘスティア様の看病を買って出てくれたベルは、今日はダンジョンに行けないことをバベルで待っているリリに伝えに行かなければならなかった。
今思ったらリリと面識のある私が変わりに伝言を伝えればよかったのではないだろうか。過ぎたことは変えられないので考えないことにした。
「では、私は行ってきますね」
「うん、いってらっしゃい。いつ帰ってくる?」
「今日から少し籠ろうと思うので、明後日くらいには」
面倒事をベルに押し付けているようだが、決してそうではない。
ミアハ様に二人きりにさせてやってくれと言われた結果だ。誤解とはいえショックを受けたヘスティア様のためにも、二人にさせてあげるのが一番早い解決策と思ったのだろう。私より適任であることに違いはない。
「わ、分かった」
「ヘスティア様の事頼みましたよ」
そう言って、私は壁に立てかけてあった刀を腰に差しオッタルの置いていったプロテクターとヘスティア様に頂いた籠手を右手と左手に装着し、地下室から地上へと出た。
「まずは携帯食料を買いに行かなくては」
思いつきのように籠ろうと思ったので用意など一切していなかったのであった。
「おや」
「おはようございますアゼル様」
「昨日振りですねリリ」
適当な店で腹が膨れるだけの携帯食料を買い、水とともにバッグに詰めてダンジョンへとむかう途中。当然ながらバベルの広場を通らないといけないのだが、そこに見知った人物がいたので声をかけてみる。
「こんなところでどうしたんですか?」
「いえ、突然ベル様が行けなくなってしまったのですることがなくなってしまいまして。少しぼーっとしてました」
「それなら」
私と一緒にどうですか、と言おうと思ったが非戦闘員が増えるとカバーするのに一苦労するのを思い出して止めた。しかし、その続きが気になったのかリリは私を見上げている。流石に、探索に誘おうと思ったが邪魔だから止めた、などと言えるわけもない。
「それなら」
「?」
何か気の利いた、且つ違和感のないセリフはないものかと辺りを見渡し空いているベンチが目に入る。
そういえば彼女はベルからナイフを盗もうとした容疑者であった。そのことを問いただすつもりはまったくないが、少しくらい話を聞いてもらおう。
「それなら、私と少し話でもしましょう」
「ダンジョンに行かれるのでは?」
「これから数日は籠もるので少しくらい変わりませんよ」
「お一人でですか?」
「ええ、一人の方が気楽ですから」
なんでもない風にそう答えた私にリリはため息を吐きながら呆れていた。
近くにあるベンチまで二人で移動して座る。バベルの広場は朝だというのにダンジョンに向かう冒険者やバベルにある店に行く店員などで行き交う人が多い。
「で、なんの話ですか?」
「そうですね……ベルの話でもしましょう」
「ベル様のですか?」
「リリは、英雄譚などは好きですか?」
私の突然の質問にリリは目をパチクリさせながら訝しげに私を見た。いい歳にもなって英雄譚か、とでも言いたそうな目だった。いえ、好きなのはベルなんですがね。
「突然ですね……まあ、嫌いではないです」
「ベルはすごく好きなんですよね。頼んでもいないのに読み聞かされて、私もいつの間にか覚えてしまったくらいです」
「ベル様らしいですね」
老師が自ら作った英雄譚の絵本の数々は故郷の知り合いの元に置いてきた。しかし、それは紛れも無くベル・クラネルという少年の心の一部だ。その物語の一つ一つはベルの中で生き続けている。
「ベルはいつもいつも、あの英雄のように強くなりたい、あの英雄のように姫を助けて結婚したいなどと絵空事を言っていました。老師、ベルの祖父の教育の影響を多大に受けていたのでしょう」
「ベル様……」
「そして、それは今も変わっていないんですよ。口には出さないようになりましたが、そもそもダンジョンに潜る理由が出会いを求めてというなかなか愉快な目的ですから。そういう意味ではベルは成功していると思います」
「ベル様ぁ……」
頭を抱えながら嘆くリリ。
「特に悪に打ち勝って誰かを救うというストーリーが一番好きでしてね。一度聞かれたんです、何故彼らはあんなにも強いのか、と」
彼らは強いから強い、などという意味のない答えを返す訳にもいかず、私はその時ばかりは少し考えた。子供の疑問というのは、時に何かと熟考を必要とする。
「結局私は答えが分からず、こう言ったんです。それは彼らの宿命のようなものだと。英雄譚では英雄は必ず勝ち何かを救う、物語上彼らは負けてはならないというひどくつまらない理由で」
「本当につまらない理由ですね」
「でも、今ではあながち間違っていないのではないかと思っていますよ」
英雄の存在は、願いの塊である。誰かが彼らを願ったから、彼らは力を得たのではないか。誰かが救いを望んだから、彼らはその力を振るうのではないか。人々の願いと望みを背負ったその存在を、その物語を宿命と言わずなんと言えばいいのか。
「そして救われる方も宿命のようなものだと思うようになりました。英雄に関わったら何が何でも救われる。救いを望んでしまったら救われる」
「なかなか乱暴な因果関係ですね」
「どんな壁があろうと英雄はそれを何度でも砕き、目的を達成してしまうんです」
そう、彼らの剣はすべてに勝つ。斬るでもなく、倒すでもなく、彼らは勝つ。勝利すること、そして何かを救うことが英雄を英雄たらしめる。
「で、結局何が言いたいんですか?」
話の行方が分からなくなったのか、回りくどい言い方はなしにリリが聞いてくる。
「つまり、貴方は救われる側の存在で、貴方が望むと望むまいと救われる」
「なんの、ことでしょうか」
「なんのことだと思います?」
リリも私も沈黙してしまう。隣に座るリリの様子を伺う。膝の上に手を乗せ、それをじっと見つめて微動だに動こうとしない。
「そんなこと」
沈黙を破ったのはか細い声だった。今にも消えてしまいそうな、小さな叫びだった。
「そんなこと、起こるわけないじゃないですか」
自分の心を押し殺しながら、必死に口から声を出す少女が一人いた。
「そんなこと、信じられるわけないじゃないですか。信じて、いいはずがないんです」
それは自分に戒めるような言葉だった。優しさに甘えるな、他人に期待するなと彼女は自分に言い聞かせ続ける。
「現実はそう甘くないと思いますか? 世界は人に優しくないと思いますか? 確かにそうでしょう。人生上手く行くことのほうが少なく、運が悪いとしか思えないような出来事も多々あります。しかし、それでも」
一拍置いてから私はその言葉を言う。私がベルに対する期待の表れを、ベルの目指す者への第一歩を。
「それでも、ベルは貴方を救う」
そうでなくてはならない。ベル・クラネルがベル・クラネルとして生きていくには、自分の中にある正義を貫き通すためには、すべてを覆し運さえも味方にして救わなければならない。
「救われる人間というのは、勝手に救われるものですよ」
「……私は、そんなこと信じません」
他人の言った事、その上不確定なことを断言するように言われた彼女はそれを断固として拒否した。しかし、それこそが意味のなかった行動だと私も、そして彼女も理解するだろう。
信じずともベル・クラネルはその身を挺して誰かを救う。
「じゃあ、何か賭けましょう」
「賭け?」
「貴方が救われたのなら、私の勝ち。貴方が救われなかったら、貴方の勝ちだ」
「どっちともリリの負けのように聞こえます」
「確かにそうですね」
「もう、いいです」
彼女はベンチから立ち上がり歩いて行こうとしてしまう。しかし立ち止まり私の方に振り向いた。
「アゼル様、貴方も救われる側の人間なのですか?」
「さあ? 私には関係のない話ですから」
「関係が、ない?」
空を見上げる。青い空が広がり、その中にバベルの塔が聳え立つ。ふと、その最上階から視線を感じる。
「私はねリリ。斬ることしかできないんです。斬ることしか望めないんです」
斬りたい、そう思うことしかできない。救いたいでも、救われたいでもない。私はただ斬りたい。
「差し出された救いの手ですら私は斬ることしかできない」
老師は私を変えたかったのかもしれない。しかし、それでも私は剣を振り続けた。ただ自分と剣だけを高めるために、剣を振るい続けてしまったのだろうか。
「それでも、私の中の何かが私をベルから離してくれないんです」
きっと私はすべてを傷付ける。むき出しの刃は、自身も相手も斬り刻んでいく。好き好んで幼馴染を傷つけたいと思う人はいないだろうに。
「こういうのはきっと呪いと言うんでしょうね。こういう物も、斬れれば楽なんですけど」
感情を斬ることが出来れば、どれほど物事が楽になるだろう。しかし、果たしてそれは人間か? 感情のない剣士は最早剣士ではなく剣だ。
忘れてはいけない。
剣は己の一部かもしれないが、己は剣ではない。なってはいけない。
「もしかしたら、もう」
その言葉を途中で飲み込む。言ってしまえば本当にそうなってしまいそうな気がした。
「ではリリ、私が勝ったら夕飯奢ってもらいますね」
「私が勝ったら……私に一生関わらないでください」
「偶然横を通り過ぎるくらいはいいですよね?」
「そういうのもなしで」
「無理です」
「ふふ」
彼女は微かに笑った。しかし、それは今にも泣き出してしまいそうな音に聞こえた。これが私との最後の会話とでも思っているのだろう。彼女は信じていないから。これまでも、そしてこれからも一人で生きていくのだと信じている彼女は寂しそうに笑う。
だからこそ私は彼女の笑顔を見てみたいと僅かに思った。いや、見れると私の中では確信があった。
「では、行ってきますね」
「賭けが終わる前に死なないでくださいね」
「リリ、むしろ私が死んだほうが貴方の願いは叶うんですよ?」
「あ」
「まあ、私はあの人を斬る前に死ぬつもりはないので大丈夫ですよ」
そう言って、私は水と食料の入ったバッグを持ち上げてダンジョンへと向かった。
「ちょっと、多すぎませんか、ねッ!」
『キャイン』
走りながら後ろから襲いかかってきたヘルハウンドを横に避けて斬り捨てる。
『グルルルゥ』
「本当にッ!」
曲がり角を曲がると眼前にヘルハウンドの群れと遭遇する。相手がこちらに気付いて吠える前に一番近くにいた一匹に接近しその首を斬り落とす。
『ギュオオォッ!』
後ろからハード・アーマードが追ってきていた数多くのヘルハウンドやアルミラージを潰しながら転がって突貫してくる。潰されたモンスターのほとんどは魔石も潰され灰となってしまった。
「ちっ」
走りだそうとしていたのをやめて急遽反転する。転がってくるハード・アーマードを横に避けながら滑らせるように横に斬る。刃はなんの抵抗もなくその固いはずの殻に食い込み、そのままハード・アーマードを切り捨てた。
『グルァァァアア!!』
ハード・アーマードを倒した矢先、追ってきていた白黒の巨大な虎型モンスター、ライガーファングがその鋭い爪を私に狙いを定めて飛びかかってきていた。
爪の軌道を予知しながらバックステップしつつ腕を斬り落とす。前足の片方が突如なくなったライガーファングは着地に失敗し地面に転がる。
そして私はライガーファングを倒さずにその上を飛び越えた。起き上がらないように後ろ足二本も速やかに切り落としておく。
『ガルアァァア!』
後ろから熱気が押し寄せてくる。ヘルハウンドの放った炎のブレスが私を目掛けてダンジョンの廊下を埋め尽くすが倒れたライガーファングが壁となり私のいる所だけ安全地帯となる。
『ブモオオオオォッ!』
『グガアァァッ!』
倒れたライガーファングから再び前へと走る。
もう一体いたライガーファングも私に飛び掛かるが、私は姿勢を低くしてその下を走りぬけながら刀を肩で担ぐようにしてライガーファングの腹を縦一文字に斬り裂いた。
ライガーファングの下から出た瞬間そのすぐ後ろにいたミノタウロスが拳を振るうことを未来で見ていた私は、出ると同時に刀を振るいミノタウロスの腕を斬り飛ばす。邪魔だったので、走りながら突きを放ち胸部に埋まる魔石を破壊し目の前の巨体を灰へと変える。
ミノタウロスだった灰に突っ込むように走り前に進む。視界が晴れると、私に向かってくるミノタウロス達と相対する。その数四。
『ヴヴォアアアア!!』
突出して私へと向かって突進をしようとしているミノタウロスの股下をスライディングしながら、いつぞやかと同じように両の足を斬り落とす。行動不能にしてしまえば後でいくらでも殺せる。
『ヴォモァァア!!』
一匹が岩を持ち上げ、それを私に向かって投げてくる。文字通り人外の膂力で投げられたそれは当たれば一瞬で冒険者の命を奪う程の威力を秘めている。私は斬ることはできても、物理法則を捻じ曲げる事はできない。例え飛んでくる岩を斬ってもその勢いをどうこうすることはできない。
数瞬前からその飛んでくる岩の軌跡を予知していた私にとってそれを躱すことは容易ではあった。嬉しい誤算は、私が避けた岩がその先にいたもう一匹のミノタウロスにぶち当たり大ダメージを食らわせたことだ。
岩を投げたモーションから既に突進へと移行しているミノタウロスに向かって接近する。突進されると面倒なのでその前に足を攻撃して走れないようにした。振るわれる腕は振るわれた瞬間に斬り落とされていく。
『ヴォオオオオ!』
後ろから五体満足の残り一体のミノタウロスが突進してくるのが分かった。レベル2相当のモンスターとは言え攻撃前に大声を出すとは頭が足りていない証拠だ。
目の前にいるミノタウロスを倒すことを諦め横へと飛ぶ。次の瞬間その尖った角を前にして突進してきたミノタウロスが同胞へと突き刺さる。悲痛の叫びと共に両腕を失くしていたミノタウロスが地へと倒れた。
『ヴォウウウッ!』
止めを刺したのは相手だというのに、私をまるで親の敵とでも言うかのように睨んでくるミノタウロス。
再び突進をするが今回は腕を振りかぶり、その巨腕で私を潰すつもりらしい。それを許すわけもなく、私は向かってくるその腕を避けながら斬り落とす。ならばと言わんばかりに逆の腕も振るうがそちらも即座に斬り落とす。
立ち尽くすかと思ったら次は蹴りを放とうとしていたので刀を横一線。両の脚を斬り、ミノタウロスはとうとう両腕両足を失くし地へと落ちた。既になんの脅威でもないその巨体に近付き頭に一刺しして絶命させる。
『ガルゥウウッ!』
やっと追い付いてきたヘルハウンドが飛びかかってくるが空中にいる間に相手を斬る。着地することもなく、地面へと激突しながら一匹が絶命する。
残りの二匹は少し離れた所で二回目のブレスを放つ。跳びながらそれを避け、ヘルハウンドの上へと身体を翻し刀を下に向ける。そこから重力に従って落ちながら刀を真下に突き刺す。ヘルハウンドの頭、そして勢い余って地面すら突き刺す。
突き刺さった刀から手を離し、急いでブレスを止め私に噛み付こうとするヘルハウンドの口を左手に嵌めている籠手で塞ぐ。がっちりと籠手を放さなくなったヘルハウンドの喉元に向かって右手を手刀にして深々と突き刺すと、目から光が失われ地面へと倒れた。
ひと通りの戦闘が終わり周りを見渡す。何体か未だに息があるモンスターがいるので、一体ずつ近付いて止め刺していく。
「ふぅ」
周りにいたモンスターから魔石を採取して一息付く。
今回は第二の目的として金稼ぎが入っている。理由としては、要求されていないが鈴音さんへの支払いだ。彼女は料金の話を一切していないので、恐らく無償で作るつもりなのだろうが私としては正当な対価は払わなければならないと思っている。それが金だということが寂しくもあるが、金ほど確かな対価はないのも事実だ。
もちろん第一の目的は【ステイタス】の熟練度上げだ。
最初からここまで苛烈な戦闘をするつもりはなかった。現在は16階層だが、私は今まで二時間ほど戦闘を続けていた。
流石の私も好き好んで集中力を要する戦闘を二時間も続けて行いたくない。いつもは戦闘をして、疲れたら他の冒険者のいる所へと移動し休憩を取るのだが、今回はそれが仇となった。
『
自分たちの戦っていたモンスター達に手が負えなくなった時に行う、逃げの手段の一つだ。近くにいる冒険者に自分たちのモンスターを擦り付けて逃げるという行為で、当然好まれたことではない。しかし命には変えられないので、度々行われる。
私が休憩を取っている時にそれが起こった。その冒険者達の一番近くにいたのは休憩中であった私だったのが運の尽き。パーティーでさえ捌ききれなかったモンスターを私一人で相手をすることになった。
当然一箇所に留まって相手をすると囲まれてしまうので、迷宮内を走り回りながら追ってくるモンスター達を相手にしていた。その過程でモンスターの数が倍に増えたが、それは気にしないことにした。
そのせいで二時間も戦闘を続けるはめになったのだが、何も悪いことばかりではなかった。一つはたくさんのモンスターと戦えたこと。二つ目は、忙しくて思考を放棄できたこと。
ここに来る前リリに話した内容が頭から離れなくなってしまっていた。しかし、それも長期の戦闘で疲弊した頭には浮かんでこなくなっていた。
やはり斬ることは心落ち着くとでも言うべきか、モンスターを斬っていく度に心が晴れていくように感じられた。これでいいのだと、心が納得していくのが分かった。
「はあ……どうしますかね」
溜息を吐きながら一人呟く。ここに至るまで倒してきたモンスターの魔石は手付かずなのだ。しかし、それを回収している内にまた新しいモンスターに会うのは必然であり、そんなことを続けていたら一生終わらない。かと言って諦めるには少し戸惑ってしまう量だ。
ああでもない、こうでもないと頭をひねっているとダンジョンには似つかわしくない明るい声が曲がり角の先から聞こえてきた。
「あれ、死体なくなっちゃった。死んじゃったのかなあ?」
「そうなんじゃない? もういいでしょ、帰るわよ」
「えええ……せっかく魔石も取ってきてあげたのに? ね、もうちょっと見てみようよ」
「はあ? そもそもなんで律儀に魔石を回収してるのよ」
聞き覚えのある女性の声が二つ。似通った声質ではあるが、一人は明るくもう一人は若干苛立っている。
「だってアイズがすごいって言うからどんな人か知りたくなったんだも~ん」
「そもそもアイズ、何がすごかったのよ? ただのミノタウロスの死体だったんでしょ?」
「断面が、すごく鋭かった」
「確かにな。触ったら崩れるほどの鋭い切り口など初めて見た」
そこに静かながら美しい声の女性と凛とした涼しげのある声の女性が会話に加わる。
「あれは……怖かったです」
「まあまあ。もう少し先に進もう。ここまで来たんだし、怪我でもしていたら助けてあげよう」
「ちぇ、団長がそういうなら」
もう一人女性の声と唯一の男性の声が最後に加わるのと、その集団が曲がり角に差し掛かったのは同時だった。
「え」
「これは皆さんこんにちは。いや、こんばんは?」
目の前には褐色の肌を惜しみなく露出した踊り子のような戦闘服を着ているアマゾネスの姉妹、流れるような金髪のオラリオ最強の女剣士、山吹色の髪を束ねた魔導特化冒険者、翡翠色の長髪に緑のローブを着たオラリオ最強の魔導師、そして子供のような身長でありながらファミリア一つを纏める冒険者の長である金髪の男性が一人。
オラリオで一二を争う探索系ファミリアであるロキ・ファミリアの面々であった。
「盗み聞きするつもりはなかったのですが。ティオナ、お礼を言わせてください。魔石を拾ってもらってありがとうございます」
「え、あ、うん。はい」
そう言ってティオナは肩に担いでいた袋を降ろした。予想通りかなりの量だったようで、袋はそれなりに膨れていた。
「じゃ、なくて! なんでここにいるのよ!?」
全員の思っていることをティオネさんが私に突っ込んだのは私がどれくらい魔石が取れたのかティオナに聞いている最中のこと、再起動に掛かった時間は十秒程だった。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。
なんか二話続けてシリアス(普段も軽いとは言えないが)だと心がモヤモヤする。なるべくこういう話は連続して書きたくない、と思いつつ挟むならここしかないので挟んだ結果これです。たぶんアゼルによるベル語りはこれくらいで終わり。割りとアゼルはベルの事買いかぶっているなあと書いてて思った。でも期待ってそんな物かなと思った。
原作でもヘスティア様が違和感を持つくらいベルは性格と行動理念が合致していない(と作者は読んだ)のはやっぱし祖父の影響なんだなあと思った。教育って大切。
※2015/09/14 7:13 加筆修正