剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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更新が遅れた理由
1.色々忙しかった
2.前から考えていた展開がダメな気がした
3.その結果三回ほど書き直した
くらいです。


果たしてその感情は

「いいかい、その子と今後関わるならちゃんとその子から事情を聞いておくんだよ? ヘファイストスとは神友だけど、ファミリア間で問題なんて起きたらそういうのは関係ないんだからね」

「分かってますよヘスティア様。なので行っていいですか?」

「まだだめだよ、その子の名前を聞いてない。機会があれば僕の方からも少し調べておくから」

 

 朝食を食べ終わり、さていざバベルに行き鈴音さんを探そうと出かけようとした所にヘスティア様が昨日私が話した事について言及してきた。ヘスティア様は最近一日の終わりにその日の報告を強請ってくるようになったので、昨日は鈴音さんの話をして、仲間がいると戦い方が変わりますね、という話をした。

 その時私はつい興奮して、早く明日にならないか、とこぼして今日も鈴音さんに会おうと思っている事をヘスティア様に言ってしまったのだった。

 

「忍穂鈴音さんです。はい、教えました。いいですか? いいですよね!」

「君は何をそんなに急いでいるんだい? まさかその子に惚れたとかじゃないだろうね? ファミリア間での結婚は難しいよ?」

「そんなことはどうでもいいので、行ってきます!」

「ちょ、もう行っちゃったよ……ベル君もアゼル君も落ち着きがないなあ。というかどうでもでいいって、アゼル君らしいけど、もう少しそういうことにも興味を……いや、でもベル君がそういうことに興味津々だから二人でバランスが取れていると言えば取れているような……」

 

 その後時間が押していることに気付いて急いでバイトの支度をするヘスティア様がいた事など、私は知らない。

 

 

■■■■

 

 

「あ、アゼルさん」

「はあっ、はあっ。お、はようございます。ここに居てくれて助かりました」

「なんでそんな疲れてるんですか?」

「気に、しないでください」

 

 運良く、彼女は昨日と同じようにバベルの広場にいた。キョロキョロと周りを見渡しながら、誰かに声をかけるべきかどうか悩んでいるところに私が走ってきた。居ても立ってもいられず、ついかなり本気で走ってしまった。

 

「そ、その」

「鈴音さん、言いたいことは分かります」

「はい?」

「私のお願いを聞いていただければ、これからも必要なときにダンジョンへの同行を許可します」

「お願い、ですか?」

「ええ、私も少し物足りないモンスターで満足することができ、尚且つ鈴音さんの同行を必要とするお願いがあるのです」

 

 息を整えながら背筋を伸ばす。

 思ってみれば、誰かに師事することは老師以来のことである。それが例え初歩を教えてもらう相手でも、ちゃんと礼をもって接するのは当然のことだ。

 

「私に、刀の扱い方を教えていただけないでしょうか?」

 

 

 

 

 

 刀と言っても、色々と種類がある。

 

「これが、一般的な打刀」

「ふむ」

「こっちが脇差し、これが小太刀」

「一緒じゃないんですか?」

「脇差しは小さい刀、小太刀は小さい太刀。あっちにある60C(セルチ)くらいのが太刀」

 

 そう言って鈴音さんは壁にかけられている太刀を指さした。

 

「使い方の違いと携帯の仕方に違いがあった。刀は刃を上にして差す。太刀は刃が下。太刀は騎乗している時に使うものだったから刃を上にして携帯すると馬に当たって邪魔だったのが理由」

「なるほど」

「でもダンジョンでは馬なんて乗らないから、刀と太刀の違いはちょっと曖昧。反りの大きさとかで変わる。その上の大きいのが大太刀とか野太刀っていう、太刀の大きいの」

 

 太刀の上に、違いを分かりやすくするためか野太刀がかけてあった。90Cほどの長大な刀剣だ。

 

「それにしても、バベルの上にこんな場所があったとは」

「駆け出しの人はあんまり知らない、かも?」

 

 場所はバベルのダンジョンに向かう地下とは反対の方向、4階にあるヘファイストス・ファミリアの店の一つだ。バベルの4階より上には商業系ファミリアの店が設置されており、街と何も変わらず武器などの購入ができるようになっていた。

 刀の扱い方を知るならまずは自分に合った刀を探すことから始める、と鈴音さんが言ったのでやってきた次第だ。材質によって重心の違いや振った時の感触などが違い、やはりより自分にあった得物を持ったほうが良いのは当然のことだろう。

 

「はぁ……綺麗」

 

 鈴音さんが刀を一本手に取り、刃を少しだけ鞘から抜く。美しい銀の光が刃から反射して、彼女はその光に見惚れていた。次に表面をなぞるように触り、吐息を漏らした。

 もう少し刃を抜き、光に掲げて浮き出る刃紋を眺める。私もつられて上を向き、その模様を見た。少し波打ちながら刃の先から手物まで伸びる色の違う二層は、見ているだけで刃物の切れ味を想像させる程だった。

 

「鈴音さん」

「は、はい」

 

 私に呼ばれ、彼女は刃を鞘に戻して私の方に振り向いた。

 

「もしかして鈴音さんって」

 

 刀を鑑賞する彼女の目は少し恍惚としていた。刃を触る手も、まるで壊れ物に触れるかのように慎重な触り方であったし、吐息を漏らした時など恋する乙女かと思わせるほどだった。

 そのことから導かれる結論は。

 

「刃物が好きなんですか?」

「お恥ずかしながら……」

 

 頬を赤く染めながら鈴音さんは俯いた。やはり女性らしくない、というより世間体が良くないと言うべきか、一般的な趣味ではないということは理解しているらしい。まあ、戦闘が大好きな戦闘狂が多い冒険者に比べればそう異常な趣味ではないように思える。

 

「いえいえ、私も刃物大好きですから」

「ほ、本当ですか!」

「ええ、それはもう」

 

 なにせ剣を持っている時が一番落ち着くと言っても過言ではないくらいだ。

 

「いいですよね刃物、特に反りとか」

「いやあ、私は斬れれば良いという感じなので」

「それは勿体無いです! ほら、見てください」

「いや、あの」

 

 そこから鈴音さんの刀のどこが美しいか、どこにどのような違いが出てくるかなど詳しい説明を聞かされた。

 特にここオラリオでは珍しい鉱物がたくさん取れるので刀の刃紋や反り方など、色々な違いが出てくるらしい。その上モンスターのドロップアイテムを元にして作った刀などは従来の刀とはまったく別の特徴的な刃紋などを出すようで、それはもう熱く語ってくれた。

 

「一応言っておきますけど、お金はあまりないですからね」

「あ」

 

 結局、その事実に気付いて4階より上の未熟な鍛冶師達が自分を売り出すために設けている、より手頃な価格で武器が手に入る店へと移動したのは一時間も過ぎてのことだった。

 

 

「す、すみません。つい」

「いえいえ、私もためになりましから」

 

 場所は移って6階に設けられている東方の装備が多く並んでいる店。

 4階に売っていた見た目も美しく、おそらく性能も一級品であろう刀達とは違い、そこに置いてあったのは平凡と言っていいような刀ばかりだった。価格帯を考えれば当然のことなのだが、その平凡な装備の中で自分と合った物を探し、そして専属の鍛冶師として契約を結ぶという流れがあるらしい。

 

「いやあ、今までは特に考えずに剣を持っていたので、こうやってじっくり見るのは初めてな気がします」

「ちゃんと選ばないと」

 

 私は斬ることに関してだけはスキルによる恩恵があるので、あまり選ばずにいたが確かに手足の長さや身体の捌き方など、癖に合った一本を選んだことはなかった。どうせ後々高いものを買うのだから今は何でもいいだろう、と思って面倒臭がったのもあったが。

 しかし、今は面倒臭がっている場合ではない。

 

 斬りたい相手が出来た。

 そのためなら、武器を選り好みし自分の動きに合った武器というものがどのような物なのか把握しておくのは必要なことだろう。

 

「しかし、ここに置いてあるのはどれも同じような……」

「ちゃんと違う。これとこれは材質が違うし、重心も若干こっちのほうが手元に近い」

「言われてみれば」

 

 詳しく聞いた所、鈴音さんが刃物に触れ始めたのは六歳の時だったらしい。それから何本も何本も刀を見て、触り、鑑賞することによって刀に関してだけはかなりの観察眼を養ってきたと言っていた。

 

「うーん、これは若干長いですね」

「こっちのがいいと、思う」

 

 そう言って鈴音さんと私はその店を物色し始めた。刀のコーナーはなかなか広かったので二手に別れて、鈴音さんのオススメを選んできてもらうことにした。

 

 

 

 

「おい、あんた」

「はい」

 

 少し店の奥のほうに足を踏み込んだ私に一人の男が話しかけてきた。もしかして店員しか立ち入ってはいけない場所だったのだろうか、と一瞬思ったが普通に品物が置いてある。

 

「あの女とはあんまりつるまない方がいいぜ」

「鈴音さんと、ですか?」

 

 予想外の一言に少し驚きながらも確認を取る。

 

「ああ、あの女ファミリアじゃいんちき鍛冶師って言われてる」

「いんちき?」

 

 話を聞いてみると、なんでも鈴音さんが刀を打っていた頃彼女の作品はどれもこれも素晴らしい出来だったらしい。打った刀の数々の中にはレベル3の上級鍛冶師が製作した第二等級武装に匹敵するものもあったらしい。しかし、彼女は未だレベル1の鍛冶師に過ぎなかったのだ。

 そんなありえない事をしてしまった彼女に対して、誰が言い始めたのか分からないがある噂が流れ始めた。

 

 忍穂鈴音は誰かに武器を打ってもらってそれをあたかも自分の物のように売っている、という根も葉もない噂だ。

 しかし、レベル1で第三等級以上の物を打つより現実味があったのか、その噂はまたたく間にファミリア内に広まった。

 

「それで、鍛冶をしなくなったのか」

「自分じゃ何も打てないってのが専らの噂だ」

「さて、私は鍛冶については詳しくないのでなんとも言えませんが」

「とにかく忠告はしたぞ」

「ええ、情報ありがとうございます」

 

 そう言って男はそそくさと戻っていった。本当に私に鈴音さんの話をしに来ただけだったようだ。

 それにしても、彼女に聞かずに彼女の事情をある程度把握してしまった。流石にどのようにして業物を打っていたのかまでは分からなかったが、そもそもそういった個人の製法やスキルに関しては聞かないことがマナーだ。

 彼女は謂わば鍛冶師達の面汚しのような扱いを受けているのだろう。人に武具を打たせるなど矜持もクソもない。

 

「はあ……鈴音さん、気付いてますから」

「あぅ」

 

 後ろを振り向かずに呼びかけると、棚の後ろから鈴音さんが出てくる。手には何本かの刀を持っていて、大方私の元へと戻ってきた時にさっきの話を聞いていたのだろう。気まずそうな顔をして、彼女はとぼとぼと私の所へと歩いてきた。

 

「あの、私」

「鈴音さん」

「……はい」

「私は別になんとも思っていませんよ」

「ほ、本当?」

「ええ、いんちきかどうかは置いておいて、鈴音さんの刀に対する想いを私は知りましたから」

「あり、がと」

 

 今日だけで鈴音さんから刀に関する多くのことを聞いた。それを話していた鈴音さんは活き活きとしていて、人に刀を打たせるような人間には見えなかった。

 私の言ったことが意外だったのか、少し涙目になりながら鈴音さんは感謝を述べた。

 

「いえいえ、言ってはなんですが私もなかなかのいんちき剣士ですから」

「?」

 

 私は何を言おうとしているのか分からず鈴音さんは首を可愛く傾げた。

 仮に彼女がレベル1にしてレベル3の鍛冶師と同等の刀を打つというなら、私の剣は謂わばレベルという枠組みを飛び越えた斬撃だ。どれほどレベルの高いモンスターであろうと、私が斬れると信じれば斬れる。そして、おそらくオッタルより強いモンスターは早々出てこないから全部斬れるだろう。

 

「あの話を聞くと、鈴音さんの打った刀が見たくなってきますね」

「ここには、普通のしか置いてないと思うけど」

「普通のを打とうと思えば打てるんですね」

「うん、でも……いい場所に置かせてもらえなくて」

「まあ、印象は最悪でしょうからね」

 

 一度いんちきのレッテルを貼られた彼女の作品は例え普通の物であっても売り場の隅などに追いやられてしまったのだろう。彼女に連れられ、店のかなり奥のほうまで歩くとそれは置いてあった。

 

「これ、です」

 

 刀についた埃を払って、彼女は私に一本の刀を手渡した。

 黒塗りの鞘に、黒の柄巻。どこからどう見ても普通の刀である。

 

 受け取って少し刃を抜いて状態を見る。揺らめく炎のような刃紋が浮かび上がり、この階で見たどの刀よりも、それは美しい光を映しだした。

 

「これは」

 

 柄をしっかりと持ち、握り心地を確かめる。柄一つもっても、柄巻の巻き加減や素材など千差万別である。何度か力を入れて握ったり、逆に力を入れずに持ってみたりと繰り返す。

 

「いいですね」

「えと、ありがとう」

「何がいんちきですか。この階で見たどの刀より惹かれる一振りですよ」

「そ、そこまで?」

「はい、もうこれを買うしかないってくらいです」

「ええっ!?」

 

 即決した私に驚き鈴音さんが素っ頓狂な声を上げたが、私は気にせずのその一振りをレジまで持って行って買おうと移動をし始めた。

 しかし、そもそも幾らなのか見ていなかったので一応値札を見てみた。

 

「安っ」

「うぅ……安くすれば売れるかな、と思って」

「そう単純な話ではないでしょうに」

 

 値札に付いていた数字は四八〇〇ヴァリス。私の手持ちは一〇〇〇〇ヴァリスなので余裕で買える値段だ。

 

「まあ、私にとっては好都合です。それにこれから鈴音さんにはダンジョンに付いてきてもらうので、お返しは出来ますよ」

 

 

■■■■

 

 

「いやあ、確かにダンジョンの真上に店があると楽ですね」

 

 そう言ってアゼルは現れたキラーアントに一足で接近し腰に差してある鞘から刀を抜刀、勢いを殺さずに逆袈裟に頭を斬り一刀両断した。鈴音が取りやすいようにその死体を蹴って仰向けにすると、彼女が魔石を取り出すのを待った。

 

「覚えるの、早い」

「まだ基本しか教えてもらってないじゃないですか」

 

 鈴音がしゃがみながらキラーアントの胸部を自分の持っているナイフで抉る横でアゼルは再び素振りを始める。

 柄を両手で握り、左拳が頭より上に来るまで上げ、そこから素直に下に振り下ろす。振り下ろした瞬間握る力を少し強め、絞るように柄を握る。

 鈴音に基本の型を教えてもらったアゼルはそれを何度も繰り返し練習していた。しかし、ダンジョンでそれが役立つかと言われると、若干役に立たない場面のほうが多いと言えるだろう。

 なにせダンジョンにいるモンスターの多くは異形なのだ。人型の戦闘を予想して作られた型をそのままそのようなモンスターに転用できるかと言うと、答えは当然否である。

 

「まだ少し握りが固い」

「そうですか?」

「ゆで玉子を握るくらいで、いい」

 

 指摘された所を意識しながらアゼルがまた素振りをする。魔石を取り終わった鈴音はそれを眺めていた。集中しているアゼルは気付いていないが、その表情はどこかうっとりとしていた。

 

 完成している、それが鈴音の感想であった。

 刃として、刀として、アゼル・バーナムという人間が持つと何かが完成したのだ。それは、彼女が見惚れてしまう程に美しい光景だった。

 ましてや握られているのは自分が打った刀なのだ。刀は持ち手を得て初めてその真価を発揮する。その使い手がどのように振るかによって、なまくら刀にも業物にもなる。刀とその使い手を見てきた鈴音にはそのことが良く分かっていた。

 

 しかし、アゼルが持った途端その範疇を超えた。

 

 振るわずとも、持っただけで鋭さが増したのを彼女は肌で感じとった。ダンジョンに備わった鈍い光が、彼が持っただけで美しい銀閃となって反射された。

 そして一度振るった姿を見たら、動悸が激しくなるほどに魅了されてしまった。

 

 出会いはほんの偶然であった。

 既にファミリアで募集されているバイトは噂のせいでほとんど相手にしてもらえず、かと言って接客業など彼女に出来るわけもなく、サポーターとして冒険者に付いていこうと思い立った。

 しかし、それもなかなか難しく、元来内気な彼女は異性が苦手な方だったこともあり男性が多い冒険者の中に入っていくことは出来なかった。話しかけることに戸惑っている間に冒険者達は早々とダンジョンへと行ってしまい、機会を逃す毎日を過ごしていた。

 そこに現れたのがアゼルであった。

 

 彼女がその瞬間に不思議な感覚に襲われた。

 ただ立っているだけのアゼルの雰囲気がどうしても自分に慣れ親しんだ物のように感じられたのだ。

 

 刃のような人。

 それは、ありふれた表現なのかもしれないが、彼女はそう思わずにはいられなかった。空間を斬り裂く一閃一閃が、より一層彼女にその思いを募らせる。文字通り、身体から放たれる雰囲気が鋭く冷たい金属のそれなのだ。彼女が最も愛してきた、一振りの刀のような雰囲気。

 人生で今までずっと眺めてきた刃をその身で体現するアゼルに彼女は惹かれた。どのようにしてそうなったのか、そもそもどういう意味なのか彼女は知りたくなった。刀がどのような製法で、どのような材料で出来ているのか知りたくなるような感覚と同じように。

 だから普段と違い話しかけることができた。

 

 もっと知りたい。

 もっと触れてみたい。

 それは、恋する乙女のような感情だと彼女は気付かなかった。

 

 次々と敵を切り刻んでいくアゼルを眺めていると、鈴音の道具袋の中が微かに、しかし確実にボンヤリした光を放った。何が光っているのか確認した鈴音は驚きながら一つの決心をした。

 

 人知れず、忍穂鈴音は恋に落ちた。

 

 

■■■■

 

 

「ふう、やはり試行錯誤して剣を振るうのは良いですね」

「こんなに、いいの?」

「まだ言うんですか? いいですよ、授業料として受け取ってください。この刀も本来はもっと高い値のはずですしね」

 

 地上に戻り適当な酒場に入って、その日の分配を話し合い半分ずつということにした。鈴音さんは断ったが、私としてはそれくらい有意義な時間だったのだ。私としては十分の一くらい貰えれば食べるのには困らないくらいなので、それくらいの割合でも良かったのだが。

 ちなみに豊饒の女主人に行きたいのはやまやまだが、あそこに行くとリューさんにちょっかいを出してしまい話し合いができなくなってしまうかもしれないので行くのは止めた。

 

「あ、あの」

「なんですか? やっぱり、もっと欲しいですか?」

「そ、そうじゃなくて……その」

 

 言いにくい事なのか、俯きながらチラチラと私を見て言い淀んでいる。

 もしかして私が何かしたのだろうか。別に教えてもらっている時に身体は触れたが断じてやましいことはしていない。していないが、彼女が気にしているという可能性はなくもない。

 

「何か、失礼なことでもありましたか?」

「そうでもなくて……アゼルさん、はもっと良い刀、欲しい?」

「それは、欲しいですけど」

 

 その質問はたぶん誰にしても答えは一緒だろう。

 

「あのね……私」

 

 だんだんと、彼女が何を言おうとしているのかが私にも分かってきた。

 今は休業しているが、彼女は刀鍛冶である。久しぶりに店に並ぶ刀の数々を見て打ちたくなったのだろう。

 

「誰かのために刀を打ちたいと思ったの、初めてで」

 

 鈴音さんの頬に少し赤みが増す。それは飲んだ酒のせいだけではないのだろう。私の目を見て、彼女はまるで告白でもするかのように言った。

 

「私、アゼルさんの刀が打ちたい、です」

 

 セリフの最後に近付くにつれ声量もだんだんと落ちていき、最後の「です」はほとんど聞こえないほど小さな声だったが、確かに彼女はそう言った。

 何が彼女にそこまでさせるのか、私には分からなかったがやる気があるのは良い事だ。何かが切っ掛けとなって再び鍛冶をするようになれば、彼女の状況もまた何か変わるかもしれない。

 

「鈴音さん」

「は、はいっ」

 

 完全に俯きテーブルと睨めっこしている彼女に呼びかけ私に顔を向かせる。頬が笑えるくらい赤くなり、今にも湯気でも出すのではないかというような状態だった。

 

「もし宜しければ、私のために刀を一振り打ってくれませんか?」

「え、あの私が打ちたいって」

「鍛冶師から武器を打たせてくれ、なんて聞いたことないですよ。普通、打ってもらう方から頼みます」

「そう、ですよね。ちょっと、変でした」

「でも」

 

 テーブルの上に置かれた彼女の手を握って私は言った。

 

「打ちたいと言ってもらえたのは、嬉しかったですよ」

 

 それはつまり彼女は私に、彼女の打った刀を持って欲しいと思ったということ。剣士にとって、それはどんな言葉にも勝る賞賛に他ならない。

 

 これは、彼女との関係も思っていたより長い付き合いになるかもしれない。そう、思った。

 

「きゅぅ」

「ちょ」

 

 気絶するようにテーブルに彼女が突っ伏したのはそのすぐ後の話だ。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。

作者は刀剣類に詳しくありません。ある程度はネットで調べますが、間違いなどがあれば教えて下さい。

ちなみに以前考えていた展開
1.路地裏で同じファミリアの男達に襲われているところをアゼルが助ける。
却下した理由:そもそもファミリアに入る時点で主神の審査が入るだろうから、そんなゲスな人間ヘファイストス・ファミリアにはいなさそう。

2.借金をして男達に襲われそうな所をアゼルが助ける
却下した理由:オラリオの金融機関がどんなもんか正直分からない。当初の予定では金を貸したのは同じファミリアの団員でそもそも身体目当てであったが、上記の理由と同じでそんな団員いなさそう。

よくよく考えてみると、冒険者たちはそこまで屑な人間がいない。
ヴェルフに対する扱いも、鍛冶師としての矜持とかそういうものがあった気がする。
5巻でヘスティア様を攫った集団はかなり悪いように思えたが、あれはヘルメスが何もしなければ何も起こらなかった気がするし、あれも冒険者としての意地とかプライドがあったきがする。(いい人間でないのは確実なのだが)

そう考えてみると、ああいった人間を受け入れるファミリアの主神ってどんななんでしょうね。やっぱり、悪意ある人間も可愛い子供達という解釈なんでしょうか……善性のある神もいれば悪性のある神もいそうですしね。

と、色々考えた結果、ヴェルフの二番煎じかよっ、みたいな展開になってしまったが、個人的に扱いはヴェルフより少し非道いくらいで書いているつもりです。その理由は次回書きます。

長文失礼しました。
期末? 気付いたら終わってました。

※2015.07.28 19:10 刀と太刀の部分を微修正
※2015.07.30 02:09 武器の評価を修正

武器の等級について
 原作ではこの武器は何等級とは書いてありますが特にその理由が書いていないので、作者が独自解釈しました。以下要約。
1.発展アビリティ鍛冶によってなにかしら武器に強化が現れている。武器自体の出来とその強化の度合によって等級が変化。
2.特殊武装というものがあり、不壊属性であったり、外部から魔法を取り込むなどと言った効果。
3.結論。通常武装の発展アビリティ鍛冶による強化は基本アビリティに対するバフみたいな感じだと思った。特殊武装は、特殊効果抜きで等級を付ける。

という感じです。あとがき長くなってしまいましたね。

※2015/09/14 7:11 加筆修正

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