やはりおれのダンジョン探索はまちがっている。   作:しろゆき

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【やはり俺の青春ラブコメは間違っている】の11巻開始前からの分岐です。
原作と同じように進行していく予定です。
独自解釈が多少あります。
それではよろしくお願いします。


第1話

バレンタインデー。

それは製菓会社の陰謀によって作り上げられたイベントであり、日本独自の学生だけではなく、社会人になっても行われている認知性の高いイベントである。

イベントの内容は誰もが知っている通り、女の子が好きな男の子にチョコ渡すという物なのだが、今では形骸化していて、友達に渡す友チョコや逆チョコ、ホモチョコ等も存在し、只の仲の良い人やお世話になっている人にチョコ渡して仲良く食べる日になりつつある。

だがそんなイベントでも青春真っ盛りな学生にとっては一大イベントであり、2月に入って一週間も経過したこの時期の学生の会話は半分はこの話題なのではないだろうか。

やれ今年は貰えるかだの、やれ誰に渡すかだの、やれ俺は期待してねーしだのと毎年聞いたことある会話が教室内を飛びかっている。それしか毎年言うことがないのだろうか?

むしろ俺ぐらいにもなればこの時期であれば、その人間の顔を見ただけでそいつが次何を言いだすか当てる事まで可能だ、テンプレだからな。まあそんなことをできる相手もいないんだけどな。

 

「やっべー。まじバレンタインとか超ヤバいでしょー!」

 

聞き覚えのある男の声が朝の教室に響く。別に怒鳴っている訳ではないのだが、やはりクラスの中心人物ともなると日常会話であってもクラス中に届く声を出せないとダメなのだろう。なにそのスキル、超いらねぇ。

ふと視線をそちらに向けるとやはりそちらには我がクラスの中心人物である葉山、戸部と大岡と大和が会話を繰り広げていた。

 

「ちなみに隼人くんは去年何個チョコ貰ったの?二桁?もしかして三桁⁉︎ 」

 

「いやー隼人くんはチョコとか受け取らないから!一杯貰えるのに全部断るとか隼人マジヤバイわー!」

 

「えー勿体無いわー。俺とか今年も義理チョコ少しだけとかになりそうで嫌だわー、チョコ食べてー!」

 

「それぐらいが普通なんだよ大岡、気にするなって」

 

普通ってなんだよ。俺にとっての普通は小町からのチョコ1個ってのが普通なんですが?え、みんな家族以外にも貰えてるの?俺普通じゃないの?リア充爆発しろ。

そんなことを考えている内にHRが始まる。

バレンタイン。今年も俺には全く関係ないな。

 

 

 

「おはようございますせんぱーい。聞きたいんですけど甘い物って好きですかー?」

 

授業も終わり社畜精神をいつものように発揮して部室に入るや否や、何故か部室に最近入り浸り、紅茶を飲みながら寛いでいる総武高校の生徒会長である一色いろはに問い掛けられる。いやそもそも何でいるの?近頃来すぎだからね本当に。

 

「……何の用だ。生徒会はいいのか、生徒会は」

 

「卒業後はありますけど、生徒会は今はそんなに忙しくはないんですよね。むしろ受験で先生達がドタバタしてる分、わたしたちはヒマですかねー。ってそんなのはいいんですよ!先輩はチョコって好きですか⁈」

 

おい、さっきと質問変わっちゃってんじゃねーか。

何なの、この時期にチョコの質問とかやめろよ。期待しちゃうだろ、下駄箱と机の中を三度見ぐらいして笑われちゃうだろ。いや誰も俺のことなんて見てないか。

 

「甘い物は基本的になんでも好きだよ。人生は辛いからな、辛い分甘い物で中和したいんだよ」

 

「もしかしてつらいとからいをかけたのかしら?相変わらずわかりにくいことを言う男ねあなたは」

 

呆れたように息を吐いて雪ノ下雪乃は言う。

口語であればわからないと思ったのだが、雪ノ下からしたら詰まらない言葉遊びだったようだ。本当につらいとからいって振り仮名つかないと読めないよね。まあ前後の文章で大体わかるけど。

 

「……やっぱりチョコ作ろうかな」

 

何故か由比ヶ浜が決心をするように小声で呟く。

部室がそこ迄広くないので丸聞こえなのだが、もしかして由比ヶ浜さん今チョコを作るって言った?そんなことすれば言葉遊びではなく本当に辛くて辛いチョコが出来上ってしまい材料が勿体無いので是非やめて頂きたい。

 

「……由比ヶ浜。今の時代は中身よりも見た目だ。ラッピングに全力を注ぐことをお勧めする。チョコは市販の物にしとけ」

 

「なんかヒドくない⁈」

 

「私も同意見よ由比ヶ浜さん」

 

「ゆきのんまで⁉︎」

 

雪ノ下にまで辛辣に扱われたのがショックだったのが、由比ヶ浜が雪ノ下に抱きつく。雪ノ下も本気で嫌がる訳ではなく、もうされるがままである。はいはいゆるゆりゆるゆり。

 

「…ちなみに、結衣先輩って料理できない系なんですか?」

 

「…あれは料理とは言わん。食材を木炭に変える能力だ。いずれレベル2になって食材が毒薬に変わる。ちなみに雪ノ下がマンツーマンで教えてたのにも関わらずクッキーが木炭に仕上がったぞ」

 

一色が俺に近づいて小声で話しかけてきたので俺も小声で返す。

俺のネタになのか由比ヶ浜の料理スキルになのかはわからないが一色がドン引きしているのがわかる。だがむしろこれでもだいぶ優しく言ってるつもりなんだけどな。

 

「そうだ!だったらみんなでお菓子作りしようよ!あたしも少しは上手になったんだよ!」

 

由比ヶ浜が突拍子もないイベントを提案する。楽しそうに言ってるとこ悪いけど、そのみんなでってのに俺は入ってないよね?毒味役とか絶対無理だからね、お腹壊しちゃう。

 

「………それはみんなでお菓子作りではなく、私が由比ヶ浜さんにお菓子作りを教えるというのが正しいのではないかしら」

 

「甘いな。由比ヶ浜は教えた通りになんてお菓子は作れん。正しくは由比ヶ浜が材料をムダにするのをみんなで止めれたら止めようだ」

 

「お二人共酷くないですか…?」

 

一色が笑顔を引きつらせながら言うが、俺と雪ノ下からしたらお前は由比ヶ浜の料理というのを目の当たりにしてないからそんな風に言えるんだ。

もしこの由比ヶ浜のお菓子作り企画がまかり通るったら一色が味見役してみればいい。俺たちが普段食べてるお菓子がどれだけ美味しい物なのかがわかるはずだ。

 

「ちなみに、わたしはお菓子作りが得意なので期待してて下さいね先輩」

 

一色が顔を近づけいつものようにあざとスマイルを浮かべ俺に言う。

期待って何だよ、もしかして俺にチョコくれるの?いやコイツのことだからホワイトデーは100倍で返して下さいとか言って領収書渡してきたり、もしくは期待させるだけさせて当日に期待してたんですかキモいです先輩という感じで罵ってくる可能性もある。怖い!さすがいろはす超怖い!

 

「…期待ってなんだよ。むしろお前アレだろ、わたしお菓子作り好きなんですーって言って、形が歪なお菓子渡して男心擽ったりとかするタイプだろ。悪いが俺にあざとアピールはきかんからな」

 

「へぇー、歪な形のお菓子で男心がくすぐられるんですか。まあそれは関係ないんですけど、先輩に渡すギリチョコは葉山先輩に渡すチョコの失敗作を入れるつもりなので、思う存分形が歪なチョコで悶えて下さいね!」

 

「はいはいあざといあざとい」

 

どうやら冗談ではなく本当に一色は俺にチョコをくれるようだ。やったよ戸部とその他とその他!これで俺も普通の仲間入りだよ!でもなんでだろう、あざとすぎて逆に後が怖いんですけど。

 

「……ヒッキー、いろはちゃんにデレデレしすぎだし」

 

見ると由比ヶ浜が拗ねたように頬を膨らませている。その仕草は子供や小動物を連想させて、正直少し可愛いと感じてしまう。どうしたの?いろはすのあざとさが移ったの?

 

「別にデレデレなんかしてないだろ。むしろうんざりしてるぞ俺は」

 

「あら、その割には鼻の下が伸びきってみっともない顔になっているわよ比企谷君。いえ…みっともない顔は元からだったかしら、相変わらず酷い顔ね」

 

俺を罵る時に楽しそうにいきいきした笑顔を浮かべるのやめてくれませんか雪ノ下さん。俺は眼は腐っているが顔のパーツ自体は良いはずだから酷い顔な筈がないんだ!そうだよね…?

 

「でもお菓子作り楽しそうですね!わたしも参加してもいいですかー?」

 

「あら、何を言っているの一色さん。由比ヶ浜さんがみんなでと言ったのだからあなたも入っているに決まっているじゃない。今更許可なんて必要ないわよ」

 

一色の発言に雪ノ下はさも当然でしょ?といった感じで答える。まあ一色の場合わざわざ許可なんかしなくても勝手に着いてきそうなイメージがあるけどな。

見ると何故か一色が何かが意外だったのか口を少し開けて惚けている。

 

「どうした一色」

 

「あ、いえ、ちょっと意外だったというか。……そっか、わたしもこの輪の中に入ってていいんだ…」

 

「ん?今なんて言った?後半聞こえなかったんだけど」

 

「なーんでもないですよせーんぱい!気にしないで下さい!それじゃあお菓子作りいつやりましょうか⁈わたし的には明日とか予定空いてますよ!」

 

どこか照れたような、そしていつもの計算されたあざとい笑顔ではなく、もしかすると彼女の素を思わせる笑顔で一色が言う。

 

「明日かー、あたしは大丈夫だよ!ゆきのんはどう?よかったらゆきのん家でやろうよ!」

 

「…そうね、特に予定がある訳でもないから問題ないわ」

 

どうやら由比ヶ浜発案のお菓子作り企画は、明日雪ノ下の家で決行することになったようだ。

雪ノ下さん最近由比ヶ浜さんに本当に甘くないですか。甘やかしてばかりいるとダメな子になっちゃいますよ。

 

「ま、精々楽しんで来いよ」

 

由比ヶ浜の料理スキルに不安を感じるが、雪ノ下が一緒にいるのなら大丈夫だろ、多分。大丈夫かなぁ?

手に持った本に視線を戻そうとしたところで一色が不満気に声を上げる。

 

「いやいや、何他人事みたいなリアクションしてるんですか先輩。先輩も行くに決まってるじゃないですか」

 

「は?いや俺はお菓子作りに興味ないし、そもそも料理とかできないから居ても意味ないだろ」

 

俺は専業主夫になる為にいずれは家事スキルを手に入れなければならないが、だがそれは急務ではない。だから今の時点で俺に料理に対する関心はほぼないと言っていいだろう。一人暮らしでも始めればいずれ覚えるさ。

だが俺の言葉に納得いかないのか、一色が顰めっ面で頬を膨らませる。本当に不機嫌な表情まであざといな。プロ意識でも持ってんの?

はあっと雪ノ下が大仰に溜息をついて呆れた表情をしたあと俺に話しかける。

 

「比企谷君、あなたまだ理解してないのかしら。由比ヶ浜さんがみんなと言ったのよ。不本意ではあるけれども、そのみんなにはあなたも含まれているの。そもそも料理が出来ないなんて言い訳が通用すると思っているの?発案者が誰なのかをもう一度思い返してみなさい」

 

「ちょっと待ってゆきのん!最後の理由がおかしいよ!」

 

由比ヶ浜が悲痛な叫びを上げて雪ノ下に抱きつく、確かに由比ヶ浜が参加するのに作れないからは理由にはならないな。凄まじい説得力だ。

一頻り二人の世界を繰り広げると二人とも柔和な笑顔でこちらを向き直して言う。

 

「ヒッキーも一緒やるんだからね」

 

「そうね、味見役は必要なものね。全員でやりましょう」

 

二人の優しい言葉に思わず顔を背ける。思わず二人の笑顔に動揺してしまったが、これが彼女たちの優しさなのだ。

そして俺はその優しさに心地よさを感じている。そんな気持ちを悟らせまいと悪態をつくように俺は一言呟くように言う。

 

「…わかったよ」

 

今はまだ俺たちは本物ではないのかもしれない。本物なんてものを求めたとしても手に入る確証なんてどこにもない。

今の俺を見れば昔の俺はなんと言うだろうか。馴れ合いだ、欺瞞だ、誤魔化しだ、偽物だと罵るのかもしれない。

だけど本物なんて物は、そういった間違いを経験し、繰り返し、乗り越えて、それでも求め続けてようやく手に入る物なのではないのだろうか。

これすらももしかしたら言い訳なのかもしれない。けれど今はこの日常を踏みしめよう。毎日を噛みしめるように、考え続ける、そんな日常を送っていこう。

 

 

 

 

 

 

そう、いつも通りの日常だった。

 

そこまでは覚えている。

 

だけど、それ以降が、思い出せない。

 

 

目を覚ますとまるで知らない場所にいた。現状を理解しようとしたが、思いだせるのはそこまで。帰宅したのかどうかさえも定かではない。何処だここは?

 

「…知らない天井だ。」

 

というか岩だ。岩の天井だ。思わず憧れのネタを呟いたが当然誰からの返事もない。周りに誰もいないのだから当然なのだが、その誰もいない状況が焦りを助長させる。一度ため息を吐き、冷静に、至って冷静にと自分に言い聞かせる。

まずは状況把握だ。ぐるりと周りを見渡す。松明で灯されて見えるのは岩の壁、いくつもに枝分かれして岩の道。まるで広めの鍾乳洞のようだ。整備されているのか、とりあえず崩落する心配はなさそうだ。息も余り苦しくはないので酸素不足の心配もない。あとはここが獰猛な動物の巣だったりしない限りは一先ずは安全そうだ。

手荷物は何も持っていない。制服を着ているので下校中だと思うのだが鞄がない。鞄の中に携帯電話を入れてたのは失敗だったな。外部と連絡する手段が完全に断たれている

さて、状況判断が出来たところでこれからどう行動するかを考えよう。簡単に考えれば助けを待つか、出口を探すかの二択だな。てかその二択なら助けを待つ一択だ。間違いなく迷うだろうし、なにより動きたくない。ついでに働きたくないでござる!

 

そんなことを考えていると、遠くから足音が反響してきた。

やったね!働かなくて大正解!やっぱり俺の考えは合っていたということがこれで証明されたぜ。専業主夫に俺はなる!

合流しようと足音のほうに向かって歩き始めたところでふと違和感に気づく。足音がまるで走っている音のようだ。そして足音以外に声が聞こえる。叫び声と雄叫びの二つの声。何かに追われている…?

嫌な予感がする。逃げるべきじゃないか?何処に逃げればいい?

思考がぐるぐる巡る。最善策かどうかは後回しだ。その場から離脱しようとしたが、一足遅かった。叫び声を上げる少年が視界に入ってきた。

今なら逃げればまだ間に合うんじゃないか?巻き込まれるのは真っ平御免だ。そう結論付け逃げ出そうとしたところで、もう一つの声の主が目に入る。目を疑う。

 

「…なんだよ、アレ…⁈」

 

思わず声が上擦る。目の前の現実を現実と受け入れられない。受け入れること脳が拒否をする。なんだコレは。

夢だと片付けられたらどれだけ楽だろうか。だが、目の前の光景を目の当たりにしてガチガチと身体が震え始める程の恐怖という感情が、これが現実だと突きつけてくる。はっ、何が理性の化物だ。所詮この程度で揺らぐ理性の何処が化物だというのか。

俺なんかより、目の前の牛の顔で人間の二倍以上の大きさの怪物のほうがよっぽど化物だ。あれはRPGとかでよく見るミノタウロスだろうか?

 

「そこの人!早く逃げて!!」

 

「っ⁉︎」

 

現実逃避した思考をミノタウロスに追われている少年の叫び声によって現実へと戻される。そうだ、何をぼーっとしているんだ俺は。

思考を切り替えその場から駆け出す。現実を受け入れろ、でないと死ぬぞ。自分にそう言い聞かせ全力で洞窟内を走る。こんなに全力で走ったのは何時振りだろうか?恐怖と緊張で額から吹き出す汗を拭い、後先も考えず只全力で走る。走る。

だが雄叫びは一向に遠くならない。むしろ自分の走った距離は疲労とは裏腹にどんどん近づいてきている気がする。え、本当に近くない?もしかして後ろにいるの?

それはやはり気のせいではなく、先ほど俺に向かって叫んだ少年がいつの間にか追いついており、気づかない内に仲良く並走しているようになっていた。

 

「…ハァ…お前なんでこっち来てんの?あんだけ道があんだから普通別の道に逃げねぇ?なに巻き込んでくれてんの?嫌がらせ?」

 

息を切らしながら少年に向かって嫌味全開で言葉をぶつける。それを聞き涙目になりながら少年は謝罪の言葉を述べる。だが謝罪されたところでこの状況が好転する訳じゃない。むしろ今は考えられる状況で2番目の悪状況だ。早く対策を打たなければ取り返しのつかないことになりかねない。俺はこの状況を引き起こした張本人を睨みつけながら観察する。少年は思った以上に幼い顔立ちをしている、恐らく俺よりも年下、もしかすると小町ぐらいの年齢かもしれない。髪は白髪で目は赤眼、おいおい何処の一方通行さんだよ、ベクトル変換でカキクケコしてくれよ。

そしてもう一つ彼には注視すべきものがあった。それは彼が腰に掛けた短剣、もしくはナイフだろうか?怖い物持ってんなコイツと思案すると同時にもう一つ思考が働く。なんでコイツはそんな物を持っている?護身用にしては大袈裟過ぎる気もするし、もしかしてコイツは最初から戦う気だった?

そう考えると少年の身なりにも注目が向く。軽装ではあるがまるで戦う為の鎧のように見えなくもない。なんなんだコイツ?怪訝な視線を送っていると突如少年の顔が青ざめ愕然としていく。

 

「そ、そんな…⁉︎」

 

なんとなくだが少年が何に絶望しているのかが表情と視線だけでわかった。それは考えられる最悪の状況。最早好転どころか打開策等思いつかぬ程の絶体絶命。少年の足が徐々に止まっていく。今足を止めれば待っているのはミノタウロスに殺される結末だけだ、なのに何故止まるのか?そんなの、答えは決まりきっている。

 

「…行き止まりか。」

 

前方に目を向ければ最早道はなかった。眼前に広がるのは只の岩の壁。前方も左右も壁に囲まれ、後ろにはミノタウロス、絶望するには充分だ。

込み上げる感情は悔しさだろうか。思わず舌打ちをする。こうなる前に手を打つべきだった。やれることはまだあったはずだ。手段は残されていたはずだ。恐怖と焦燥でまともな思考を行えなかった俺の落ち度だ。俺の責任だ。

 

 

いや、俺が悔しさを感じているのは本当にそこなのだろうか?

 

 

この状況を作り出したのは誰だ?それは間違いなく目の前の少年であり、状況を悪化させていったのもこの少年だ。では何故今俺はこの状況に責任を感じて悔しさを感じたのか?違う、俺は責任を感じた訳じゃない。俺は普通に、只々普通に生きたかったのだ。だからこの最早生き残る手段が残されていない状況が許せなくて悔しかった。それこそ自分に責任を感じてしまう程に。

 

 

ではなんで俺は責任を感じてしまう程、死にたくないのか?

 

 

死にたくないなんて人なら当たり前だ。誰だって皆自分が可愛い。そんな当たり前のことに何故疑問を持つ?俺が生きたい理由はなんだ?

 

 

”未練があるから”

 

 

すっとその答えが浮かび上がる。あぁ、俺は昔からそうだった。どうしても欲しい物があった。それが欲しくて、それ以外がいらなくて。それ以外の物を憎んですらいた。

手に入らないことはわかっていた。そんな物が欲しいなんていうのは、傲慢で醜悪な願いだ。でも、この願いを受け入れて貰えた気がした。こんな願いを、願ってもいいのだと、望んでもいいのだと、こんな俺であっても求めていいのだと、許された気がした。

 

 

だからこそ、俺は諦めきれなくなってしまったのか。俺も随分弱くなってしまったものだ。ふと自嘲気味の笑いが溢れる。でも、それでも俺は……

 

 

”俺は、本物が欲しい”

 

 

あの時、あの部屋で言った言葉と情景が頭の中でフラッシュバックする。走馬灯を見るのには早すぎる。しかも思い出した場面が黒歴史ときたもんだ。あ、俺楽しい思い出とか特になかったわ。

 

さて、俺がしなければならないことはわかった。この現状の打破、ではどうすればいい?状況は絶望的だ、この状況を打開する為には糸口がいる。何かないのか?突破口は、何かないのか⁉︎

 

意識を集中させて周りをよく観察する。逸る感情を抑えつけ、至って冷静に。

ミノタウロスを倒す必要はない。この袋小路から抜け出せればいい。こちらに残っているカードは何がある?唾を飲み込み一度眼を閉じる。

策は二つ。これしかない。

 

俺は隣で怯えている少年を目を向ける。少年の格好を見る限り、ここに戦いに来た人間なのだろう。つまりこのミノタウロスと戦える可能性を持っているということだ。なら俺は奉仕部らしく、俺が助かる為に少年の手助けをするとしよう。

 

「おい。」

 

俺は隣の少年に声をかける。ビクっと肩を震わせて青ざめた顔をこちらに向ける。状況が状況だから仕方ないが、話掛けただけで泣きそうな顔をされるとトラウマが蘇って泣きそうになる。涙って場合によっては人を傷つけるんだよ?

 

「な、なんですか?」

 

「オドオドすんな。お前の腰に掛けてるの武器だろ?もしかしてアイツと戦えるんじゃないのか?」

 

「む!無理だよ‼︎ミノタウロスは中層のモンスターなんだ!レベル1のボクじゃ手も足も出ないよ‼︎」

 

気になる単語が幾つか出てきたが、それに触れている余裕はない。コイツの絶望も恐怖もコイツの中の常識も知ったことか。俺にとってコイツはどうでもいい存在だ。だから思う存分利用させて貰う。

 

「そうか。なら大人しく一緒に死ぬか。夢も目標も仲間も投げ捨てて、諦めて、抗いもせずここで死ぬか?」

 

再び少年は肩を震わせ、下唇を噛み締める。そうか、コイツが奮い起つポイントがさっきのセリフの中にあったのか。なら好都合だ。

 

「…俺は死にたくない。死ぬ訳にはいかない。お前はどうなんだ?」

 

「……死にたくない。」

 

俯き、呟くように吐き出したその言葉を俺は聞き逃さない。

 

「死にたくない?お前さっき言ってたじゃないか、無理だって。勝てないんだろ?なら何もせずに諦めるほうが楽じゃねぇか。大人しく全部捨てようぜ?」

 

さあ、餌は蒔いた。死にたくないんだろ?喰らい付いてこい。

 

「…嫌だ。」

 

聞こえるか聞こえないかギリギリの声量だが、確かに彼は言った。俺の甘言を否定した。はっきりと否定した。ならやることは一つだろ?その、決意を秘めた顔をとっとと上げろよ。

 

「ここで死んだら…夢も叶えられない。恩も返せない。そんなの…絶対に嫌だっ‼︎」

 

少年は顔を上げ、短剣を敵に向け奮い起つ。いい顔になった、これなら期待できるか?

 

 

なんて考えはMAXコーヒーより甘かった。

 

 

結論から言えば少年はミノタウロスに勇敢に立ち向かった、称賛されるべき勇気ある行動だ。だが現実は小説や漫画のように温くはなく、先ほど少年が自分で言った通り手も足も出なかった。ほとんど一瞬で少年の決意と勇気は薙ぎ払われた。素人目にもわかるぐらい実力が違いすぎる。クソっ、俺のせっかくの挑発も無意味だったってことかよ。

 

目の前の現実に目を背けたい衝動を抑えこみ、一度深呼吸をする。策の一つは完膚無きまでに潰された。今焚き付けた少年がミノタウロスを倒してくれれば万々歳だったのだが、奇跡というのはやはり現実では起きないということだろう。

 

「…もうこれしかないか…」

 

諦めを込めて溜息交じりに言葉を吐く。気は進まないが俺は思い描いていたもう一つの策に作戦を変更する。この策を行おうとしているのを彼女達が知れば、また呆れられるだろうか?だが、やはり俺にはこういうやり方しか出来ないのだ。

やる事は来まった。あとは行動するだけだ。ミノタウロスに薙ぎ払われた少年に近づき、少年の側に落ちている短剣を拾い持つ。初めてこんなのを持つが結構重いな。

 

「が…な、なにを…⁉︎」

 

血を吐き出し、地面に倒れこんだ少年は、微かに声を絞り出して俺に言う。そんな顔すんな、俺は自分の為にやるだけだ。

 

「悪いな無茶振りしちまってよ。俺も死なない為に、やれるだけやってみることにするわ。」

 

少年を一瞥しミノタウロスと向き合う。勝てるとは思っちゃいない。むしろここで死ぬかもしれないと諦めすら入っているぐらいだ。だが、それでも、やらなきゃいけない気がした。

手が震える。吐き気が込み上げる。汗が額から溢れる。口が渇く。心臓の鼓動がこれ以上はないほど早く刻まれているのが分かる。どうやら俺は思った以上に人の子だったらしい。

 

さて、そろそろ行くか。

 

覚悟を決め叫び声を上げながら俺はミノタウロスに突っ込む。勝算なんかない、破れかぶれの特攻もいいとこだ。だが策はある。要は逃げれればいいんだ、勝つ必要はない。成功する確率なんで奇跡にも近いだろう。でも0じゃない。0じゃないならやるしかないだろ。やばい、俺超カッコいい。

ミノタウロスが右腕を振り上げる。さあ来い、目に物を見せてやる。

 

ミノタウロスの動きに合わせて俺も思い描いている作戦通り動こうとした。だがその作戦は失敗に終わった。俺の作戦が駄目だった訳ではない、それ以前の問題だ。俺が動くよりも、ミノタウロスが攻撃するよりも早く、剣線がミノタウロスを引き裂いた。

まさに一瞬の出来事だった。目にも留まらぬ攻撃により血飛沫を上げながら崩れ落ちるミノタウロス。ミノタウロスの血を浴びて血塗れになる俺と少年とは対象的にミノタウロスを切り裂いた少女は返り血一つ浴びずに美しい金色に輝く髪を揺らし、凛として咲き誇っている。

 

何処かその佇まいは、

 

彼女を思い出させた。

 

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

 

それが俺たちと

 

”剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインとの出会いだった。


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