IS-虹の向こう側-   作:望夢

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ちょっと筆が乗ったので書き上げられました。


第38話ーニュータイプたちとー

 

 貨物シャトルにνガンダムを固定させたユキはエアロックを抜けて船内のコックピットに顔を出した。そこにはトレードマークである機械のウサギの耳を外し、ノーマルスーツを着込んでいる篠ノ之束の姿があった。

 

「おかーえり!」

 

 穏やかで明るい笑顔で出迎えられて悪い気がする人間は居ない。

 

「ただいま」

 

 そんな彼女に、ユキも表情を和らげながら返した。

 

「それにしても、中々アイツらもやってくれるね」

 

 既に今回の経緯をνガンダムを固定する合間に話していたユキは、束からタブレットを受け取りデータに目を通す。

 

「今はまだ実践評価試験の段階だと思いたいけどね」

 

 真剣な表情でタブレットのデータを頭に叩き込んでいく。

 

 自分が戦ったガンダムタイプのIS。青いガンダムと赤いガンダムは、ガンダムF90という機体だった。

 

 宇宙世紀0096年が宇宙世紀人生最後の年ならば、ガンダムF90はその後の時代に生まれたガンダムだった。見覚えがなくても無理はなかった。

 

 そして青いガンダムのパイロットの言う通り、青いF90にはアムロの、赤いF90にはシャアの戦闘データから作られたパイロットを補助する擬似人格コンピューターが備わっている。

 

 ユニコーンのシールドを破壊しただろうヴェスバーと呼ばれる武装の脅威も再確認出来た。貫通力の高いビームと破壊力のあるビームを撃ち分けられるというのは画期的だ。

 

「ユニコーンの戦闘記録とユキの話を聞く限りなら、青いF90にはバイオコンピューターとバイオセンサーは使われてるだろうね」

 

 質量のある残像現象を引き起こした青いF90のことをそう評価する束。

 

 本来のF90では起こり得ないMEPE現象。恐らくV装備時に最大稼働状態を発動させる事が出来るのだろうと予測する。MEPEは実際戦術の幅を広げるものの、機体の身を削って行われる副産物だ。切り札とみて良いとも思っていた。

 

 それだけに、束はユキに悟られぬ様握り拳を作る。

 

 自分の持てる技術は宇宙世紀0093年代迄のMS技術。それもまだ未成熟でISとして造ったサザビーも戦闘に特化させたMS型ISにはスペックで劣る部分もある。それはユキが造ったIS型のガンダムMk-Ⅱとの性能比較で物語っている。

 

 ビーム兵器の収束技術はガンダムMk-Ⅱが上、ムーバーブルフレームもガンダムMk-Ⅱの方が洗礼されていて、フィールドモーター技術でも負けている。

 

 それでも戦えているのは単にユキの技量がずば抜けているからだ。 

 

 しかしF90を擁する敵はさらに数十年先のMS技術を持っていることになる。

 

 出所不明のユニコーンは解析からMS型ISである事がわかっている。ニュータイプのユキにユニコーンの組み合わせは鬼に金棒なのもわかっている。

 

 だからといってそんな機体にユキの命を任せるのは束の癪に触った。

 

 自分が造った機体に乗って、勝ち続けて欲しい。ニュータイプでない自分が彼と共に居続ける為にもMS技術を深めるのは急務だった。

 

 悔しいのだ。天才を自負する自分が自分の領分で負け、自分のニュータイプである彼に満足の行く戦いをさせてあげられないのが。

 

「軌道計算、降下地点は大西洋、周回軌道に乗せて約6時間。空気は保つか」

 

 端末を叩くユキを横目で見る束。端末のタイピング速読こそ束が上であっても、降下軌道計算はユキ程の早さはない。

 

 束が決して遅いというわけではない。ただ、ユキが手慣れているだけだ。

 

 バリュートを使ったMSでのジャブロー降下。百式とZガンダムを追ってのキリマンジャロへの降下。ユニコーンを追っての地球降下。

 

 経験があればこそ手慣れてもくるだけだ。

 

「ねぇ、ユキ。外に出ようよ」

 

「外に? 今回は危ないぞ」

 

 小惑星基地の爆発により、周囲はアステロイドとデブリで入り組んでいる。地球から上がってきたシャトルもユキの細心の操縦によってアステロイドの奥まで入ってこれたのだ。

 

 ISで動くにしても動き難い事に変わりはない。

 

「なんでさ? MSならこれくらいへっちゃらでしょ? せっかくユキのガンダムも持ってきたのに」

 

 そう、シャトルにはユキの量産型νガンダムも乗せられていた。

 

 νガンダムを手に入れられた事は予想外だったが、せっかくのチャンス。2機のガンダムで宇宙に出る。今の束のやりたい事は正にそれだ。

 

 束の操縦技術も悪くない事をユキは知っているが、それはシミュレーターでの話であり、実機で宇宙に出た事は一度もないのだ。

 

 とはいえ、彼女の目が本気なのを見ると反論する事が出来なかった。溜め息をひとつ吐き、了承する事がユキに出来る唯一の抵抗だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 推進材の補給が終わったνガンダムにはユキが乗り、量産型νガンダムには束が乗っていた。

 

 それは束が組んだMSのシミュレーターでは量産型νガンダムを使っていたことと、ワンオフであるνガンダムのピーキーさを束では扱えないとユキの見解からだった。

 

 アムロに合わせて調整されているνガンダムの反応速度は、同等のキャリアを積んできたユキからして敏感すぎて恐いくらいの反応をする為、ある程度性能がデチューンされている量産型νガンダムの方が扱いやすい。それでもユキに合わせて調整されている量産型νガンダムの反応速度も同じ設定のシミュレーターで扱った束をして、遊びが無さすぎて動かすのに神経を使うと言わしめた程である。

 

 先にシャトルのハンガーロックを解除したνガンダムが、脚部のアポジモーターを僅に噴かし、直立のままシャトルから離れAMBACとアホジモーターで振り向く。

 

 そして量産型νガンダムの肩に手を着き、接触回線が開く。

 

『今やった様にロックを解除したらほんの少しアホジを噴かしてゆっくり離脱するんだ。ペダルを踏み込みすぎるとアステロイドにぶつかるから注意して』

 

「わかったよ」

 

 コンソールに触れ、機体を固定するハンガーロックを解除する。アームレイカーに触れると、ただの機械のレバーのはずなのに確かな重みを感じた。

 

 一人で実機に乗ることは初めてだし、なによりガンダムだ。その重みを束はユキの口から語られている。その怨嗟を。

 

 愛する人を殺され、同胞や恩師を奪い、軍人としての矜持を奪ったのは他でもない。ガンダムだ。

 

 そのガンダムに乗って戦う彼の心境を束はまだ知らない。

 

 それでも17年という青春を捧げた一人のパイロットの人生がこの操縦桿には込められているのだと知った。

 

『どうした束。なにかトラブルか?』

 

「ううん。なんでもない」

 

 機体が動く様子がないとユキに気遣われ、束は首を振って重い操縦桿を動かす。アホジモーターから僅かな推進材が噴き、機体を押し上げる。

 

『よし、アステロイド帯を抜ける。着いてこい』

 

「了解」

 

 MSのパイロットとしてルーキーである束は素直にユキの指示に従いながら機体を動かす。それは天才をして逆立ちしても敵わないベテランパイロットであるユキの言葉の正しさを理解しているからだ。

 

 パシュ、パシュと、アホジモーターの僅かな推力だけでアステロイドの合間を縫うように進んでいく。それでも束からすればすべての神経を総動員して機体が岩にぶつからない様にと気を揉みながら進むのに対して、ユキのνガンダムは進行方向に背中を向けながらほぼ束の駆る量産型νガンダムをいつでも助けられる距離を保ち進んでいく。

 

 後ろにも目がある様にスルリとνガンダムは後ろ向きでアステロイド帯を進む。然り気無く見せられる技量の違いに悔しさすら込み上げず圧巻された。

 

『良い調子だ。初めてにしては中々動いてるよ』

 

「それ、は、どうっ、も!」

 

 ユキの感心の言葉に返す余裕すら束にはなかった。普段こうも余裕がない事がない束だったが。失敗が重大に繋がりかねない実機の操作は想像以上に束の神経を容赦なく削っていた。

 

「あ、ちょっと、待って!」

 

『大丈夫だ。直ぐに戻る』

 

 少し機体の操作にも慣れた束の目の前でνガンダムは初めて背を向け、スラスターを噴かして増速する。

 

 止める間もなく、νガンダムは先に進んでしまう。それもほぼ全速に近いだろう早さで。今の自分がすれば必ず衝突する様な速さに着いていける筈もなく、束は置いていかれてしまった。

 

 というかアホジモーターの推力でほぼ直角に連続で軌道を変えてアステロイドの合間を抜けるゲッター機動紛いの動きが出来るかと束は思った。

 

「……嫌われちゃったかなぁ」

 

 置いていかれるだけでそこまで思ってしまうくらいには寂しさを感じていた。

 

 宇宙進出を目指していても束は地球生まれの地球育ち。アースノイドである彼女には宇宙は未知の世界で、それこそ広大な砂漠に置いてけぼりにされた気分だった。

 

 νガンダムが進んだ方向を向きながら束はヘルメットを脱ぎ、ノーマルスーツの胸元からサイコフレームを取り出して握り締めた。

 

「お願い。私を導いて…」

 

 シャアにとってのララァの様に。ユキにとってのシャアの様に。束にとってのユキは道標だった。少しでも追いつこうと、サイコフレームに想いを込める。

 

 サイコフレームから淡く蒼い光が漏れ始める。

 

 それは束の身体を包み、コックピットの中に溢れていく。

 

「っ、なに?」

 

 ふとなにかを束は感じた。

 

「これは……」

 

 気づけば束は宇宙に浮いていた。

 

「っっ!?」

 

 驚いて慌ててヘルメットを被ろうとするが、ヘルメットは見当たらず、そもそも今の彼女はノーマルスーツではなく普段の青いドレス姿だった。

 

「ここは……」

 

 果てしなく広大な宇宙で、光が過ぎ去って行く。

 

 そして聞こえてくる歌声。星の海を越えて、光の幕を越え、すべてが混ざりあって虹となった光の先で、束は花畑の上に立っていた。

 

「あの子はまだ、戦っているのね」

 

「……ララァ、スン…」

 

 女性の声に振り向いた先に佇む褐色肌に黄色いワンピースに身を包む少女が居た。

 

「あの子は私たちの手を離れて歩み始めた。でもあの子には支えてくれる存在が必要なの」

 

「支える? あの子ってユキのことでしょ?」

 

 ニュータイプであり、優れたパイロットであるはずの彼に支えが必要なのか。

 

 確かに時々精神的に不安定になっている時はあるものの、普段の彼を見ればその必要もない様に思えてしまう。

 

「アイツは他人に隠しているだけで強い人間じゃない。シャアだけに自分の弱さを見せる」

 

「…アムロ…、レイ」

 

 癖のある茶髪に青い上着と白のスラックスを履く男性が現れた。

 

 どこか遠くを見詰める目は悲しげになにかを見据えていた。

 

「夢を託したつもりで、彼には呪いを遺してしまった。もう子供ではなくとも、帰る場所が彼には必要だ。でなければ後戻り出来ないところまで彼は来てしまう」

 

「シャア、アズナブル……」

 

 金髪のオールバックに赤い制服に身を包む男は険しい顔を浮かべていた。

 

「私たちにはもはや見守るだけしか出来ない」

 

「大佐の願いに縛られているあの子は、今さら他の願いを持つことはとても難しいでしょうけど」

 

「一人では潰えてしまうだろう事も二人でなら。二人でダメならより多くの人となら出来るはずだ。人の想いは奇跡を起こす事だって出来る」

 

 彼らの言葉が束の胸に響いてくる。しかし、束が感じるものは沸々と沸き上がる怒りだった。

 

「だったら……、なんで」

 

 自分でもここまでの怒りを感じるのは久方の事だ。それこそISを学会でバカにされた時以来かもしれない。

 

「どうして、彼の傍に居てあげないの!! 共感して、希望をあげて! それを奪って!! また与えて! なのに置いてけぼりにしてあげく夢を呪いだなんて、彼の事をバカにするのもいい加減にしろっ!!」

 

 一気にまくし立て、肩で息をする束の言葉を黙って彼らは受け止めた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、っ、んとに、なにがニュータイプだ。なにが人類の革新だ! 揃いも揃って彼を傷つけてばっかりでっ」

 

 互いにわかり合えるニュータイプなら、自分以上に彼を理解している者たちが揃いも揃って彼に救いを見せるだけ見せて傷つけて置いてけぼりにした事を束は怒っていた。いや、泣いていた。それは慣れない感情の爆発もそうだが、宇宙世紀の話をする時に見せる彼の涙を見てきたからだ。

 

 彼の夢を呪いにするだなんて言われて、それでは彼が惨めすぎる。

 

「ユキは本気で信じてる。貴方が託したニュータイプを未来を、アンタが見せたニュータイプの世界を!!」

 

 シャアに、そしてララァには敵意に近い感情を束は向けていた。

 

「だから私はなにがあっても彼と一緒に行く。ニュータイプになれなくったって、オールドタイプのままでだって! どんな辛い道であっても、絶対に彼をひとりにしない!」

 

 そしてアムロへ向けて誓う様に叫んだ。

 

「……アイツは良い仲間を見つけられたようだな」

 

 束の声を聞いて、アムロはどこか安堵した表情を浮かべていた。

 

「俺もシャアも、ララァに囚われて正しい道を選べなかった」

 

 ユキは言っていた。シャアとアムロが手を取り合って行けばニュータイプの未来を必ず作ることが出来たはずだと。

 

「人類すべてをニュータイプにするには生半可な事では成し遂げられない。その為には劇的な試練が必要になる。地球に住むのを止め、宇宙という過酷な環境が人々の革新を促すのだ」

 

「急ぎすぎても良い結果にはならない。でなければ俺やシャアの二の舞になる」

 

 シャアの言葉には共感できる。しかしアムロが忠告する様に束に言葉を向けた。

 

「私たちはあの子を見守るだけ。あの子には帰る場所がある事を伝えて」

 

「ユキに、伝える」

 

 ララァの言う言葉の意味。それを束は理解出来る。

 

 ユキはニュータイプである前に戦士だ。戦士の帰る場所――。

 

「貴女には出来るわ。これ程あの子を想っているのだから」

 

「……土足で、人の(なか)に入らないで」

 

 ニュータイプであるから知られてしまうのも無理はないと思いながら、それでもこの胸の内をずかずかと踏み荒らされたくはなかった。

 

「故に、君にも託そう。成すべきと思う事を」

 

 シャアの声とは別で、しかし同じ声がシャアの背中から束に向けられた。

 

「フル・フロンタル」

 

 シャアのクローン。赤い彗星の再来が素顔で束に向けて言葉を贈った。

 

 フル・フロンタルの身体が赤い光を放ち、束の視界を塗り潰した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「今のは……」

 

 気づけば束はまた量産型νガンダムのコックピットに座っていた。

 

「これは…」

 

 手に握るサイコフレームの他にも、束は握っていた。ネオ・ジオンの紋章の形をした金のプレートを。

 

「やって、みせるさ!」

 

 アームレイカーに置く手を強く握り、フットペダルを踏み込む。

 

 量産型νガンダムは加速し、瞬きする間もなく目の前に岩が広がる。

 

 それを量産型νガンダムはバレルロールをしながら回避し、避けた岩を蹴って加速する。

 

 開いた差を縮ませる為に、岩を蹴って加速を繰り返す。

 

『っ、束!』

 

 アステロイドを抜けた先に佇むνガンダムへ手を着き、接触回線を開く。

 

「追い、ついた…よ」

 

 正直自分でもどう動いたのか覚えていない。確かなことは無事アステロイド帯を抜けてユキのνガンダムに追いついたのがすべてだ。

 

『どうやってこんな速さで』

 

「私だって、シミュレーターで2000回以上MSを動かしてないよ。このスペシャルな束さんに不可能はないのだ。ブイブイ♪」

 

 ウィンドウに向けてピースを送る束に、ユキは深く聞くことなく受け止めた。空元気に見えてもそれを態々言う必要はない。

 

『頼もしいな。それじゃあ、これには着いて来れるかな?』

 

「行くよ。折角ガンダムに乗ったんだもの」

 

 スラスターを噴かし、戦闘機動に入るνガンダムの後を、束は量産型νガンダムを操り着いていく。

 

 推力ではνガンダムの方がどうしても上の為、置いて行かれないように必死で機体を操る。

 

 νガンダムの推進光が束の目には宇宙を突き進む彗星の様に見えた。それだけでなく、νガンダムの姿も赤いMSに見えた気がした。

 

「これが、ユキが見ていたものなんだ」

 

 わかる気がする。この彗星の光を必死で追い掛ける気持ちが。

 

 ニュータイプの未来を作ること。そんな夢が本当に叶えられるのか束にはわからない。未だ人類は地球にしか住めない生き物だ。

 

 自分の夢である宇宙進出さえ叶えられるのかわからないのだ。

 

 それでも諦めない。必ず叶えてみせる。そして彼らが出来なかったことだってやってみせる。

 

「…ねぇ、ユキ」

 

『ん? どうしたんだ、博士』

 

「私、なにがあってもユキと一緒に行くよ」

 

 そう、なにがあっても。世界に理解されないとしても自分だけは彼の味方で居たい。彼が自分の夢を笑わずに真剣に味方してくれた様に。

 

 

 

 

to be continued…


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