IS-虹の向こう側-   作:望夢

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第1話-虹の向こうの側の出逢い-

 

 その日、少女はひとつの流星を視た。

 

 宇宙に広がる虹色の海を観察していた時だった。

 

 虹色の海の中から、地球に落ちる一筋の流れ星。

 

 宇宙に出ることを夢見た少女は胸に湧く躍動を抑えられずに、飛び出した。

 

 ただの流れ星に見えたそれは、隕石などではなかった。

 

 明らかに人の胴体の形をしていたのだ。虹色の光に包まれ、翠色の礫に包まれていながらも、先が千切れ飛んだ四肢を残した胴体は落ちてきた。

 

 そこから発せられる光がなんなのか、少女には理解できた。今も、彼女が首から下げている金属が淡く虹色の光を放っていた。

 

 彼女は全力をあげて宇宙から降ってくる流れ星の姿を隠蔽した。

 

 人類が未だ手の届かない宇宙からの贈り物を自分のものにするために、彼女は自身の全力を尽くした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ぅっ……、ここは…」

 

 気がついたら、知らない天井だった。

 

 数度瞬きをした所で違和感に気づいた。

 

「重力がある? しかもこの重さは地球の重力か……」

 

 仕事柄、宇宙での無重力生活に慣れきってしまったが、ユニコーンを追って、地球に降りた時に感じた地球の重力のそれと同じ重力だった。それを懐かしいと思って安心してしまうくらいには、やっぱり自分の根っこはアースノイドなのだと改めて思い知る。

 

「そういえば、ユニコーンとバンシィはどうなったんだ……?」

 

 多少気だるいと感じながらも、寝ていたベッドを抜け出す。辺りはコンクリートが打ちっぱなしの壁に囲まれていた。他には小さな棚があるくらいで、生活感の一切ない無機質な部屋だった。ネェル・アーガマの医務室でないのは確かだ。

 

「やあ、起きたかい? いやぁよかったよかった。脳波が弱すぎて死んじゃってるんじゃないかと思ったけど、生きててよかったねー」

 

 そう言いながら現れたのは、一言で表すならば不思議の国のアリスを彷彿させる青いゴシックドレスに機械の兎の耳を着けた女性だった。年はまだ10代後半から20代前半といったところだろう。

 

 世間一般的に美人と言える女性はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 

 自分に備わる貧相なニュータイプ能力で感じるのは、無邪気過ぎる、まるで子どものようだと思うくらいだ。

 

「ああ、まぁ、うん。ありがとう。君が俺を助けてくれたんだろ?」

 

「んふふー。ちょーっと重かったけど、助けた甲斐がありそうで何よりだよ」

 

「ちゃんとした礼はまたあとでするから、出来れば電話か何かを借りたいんだけど」

 

 自分の無事を一刻も早く伝える必要がある。地球に落ちたのを知らず、宇宙を意味なく探し回っている可能性だって有り得るからだ。

 

「あー、それね。無意味だと思うよ?」

 

「どういうことだ?」

 

 目の前の彼女がふざけているような感じは受けない。ただ事実を言ったまでに過ぎないと言うような言葉だった。

 

「先ず、篠ノ之 束。私の名前なんだけど、この名前に聞き覚えは?」

 

「篠ノ之 束……?」

 

 言われた名前を記憶の中から掘り起こしてみるが、自分の頭の記憶の中には、そんな名前は記憶していなかった。

 

「ごめん。聞いたことない。有名人なのか?」

 

「じゃあ、今が西暦の時代って聞いたら、信じる?」

 

「西暦? そんなバカな。西暦はもう96年前に終ったはずだ」

 

「そう、でもこっちはまだ西暦の時代なんだ。スペースコロニーも、MSも、スペースノイドとアースノイドも、ニュータイプも無い世界なんだよ」

 

 彼女の口から語られたものは信じられない物だった。30年も常識としていたものが、すべて否定されるのだ。生半可なことで受け入れられるはずがない。

 

 だが生半可でないことを体験済みの自分はすんなりと受け入れられた。

 

「ひとつ聞いてもいいか?」

 

「ん? なんだい?」

 

「MSが無いと言うなら、何故MSを知っている」

 

「それについて答えるとすると、受け入れられるか微妙だけど、ニュータイプの君になら良いのかな?」

 

 MSを知っていることもそうだが、こうもニュータイプという言葉を口にする人間を果たして信用できるのかどうかと、疑問に思う。

 

 ニュータイプという言葉は、軍人か研究者辺りが口にするもので、目の前のコスプレ女子がどのようにしてニュータイプという言葉を知ったのか気になる。そして自分のことをさも当然のようにニュータイプ扱いした。

 

 最悪ニタ研に拾われた可能性も考慮しないとならなくなった現状に頭を抱えたくなる。

 

「とりあえず、君をニュータイプ扱いするところの疑問から解消した方が良いみたいだね。まぁ、着いてきてよ。それを今から説明するから」

 

 此方の懸念を嘲笑うようにクルリと踵を返して、今にもスキップしそうなほどに浮き足だって歩く彼女の後を着いていく。

 

 しばらく歩いてみるが、恐ろしい程に静かすぎるところに一つの確信が頭の中を締める。

 

「あのさぁ。もしかしなくてもこの施設って、おれたちしか居なかったりする?」

 

 そう言うと、彼女はまたクルリと此方に身体を向けながら満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「ご名答! ニュータイプって、やっぱりなんでもわかっちゃうんだね!」

 

「……わかるものかよ。なんでもわかるんだったら、ニュータイプ同士で争ったりなんぞするもんか」

 

 別にバカにされたわけでもないのに、ニュータイプが万能人間みたいな感じで言われるのが嫌だった。

 

 本当にニュータイプが万能人間だったら、起きなくてよかった悲劇なんでいくらでもあっただろうに。

 

 脳裏を過ぎ去ったのは、戦争という中で散った何人もの少女の姿だった。ニュータイプを人工的に産み出した存在。強化人間という存在としてニュータイプと同質の力を持った少女たち。

 

「さぁ、着いたよ」

 

「っ、これは……」

 

 足を踏み入れた部屋は見上げる程に天井が高かった。

 

 そこにあったのは機械の巨人だ。二つの目を持ち、2本の角を持つMS。数々の戦場で伝説を打ち立ててきた存在。

 

「量産型νガンダム……」

 

 RX-94 量産型νガンダム。

 

 それが五体満足の姿で立っていた。

 

「そう、RX-94 量産型νガンダム。それもフィン・ファンネルを搭載して戦っていた貴方はニュータイプなのは誤魔化せない事実」

 

「なるほどね。それは誤魔化せないな」

 

 参ったと言わんばかりに手を上げる。だが、それでニュータイプを知っているという証左にはならない。

 

「そんな君に、これをお見せしよう」

 

 そう言いながら彼女が手元の端末を弄ると、空間投影ディスプレイなのだろう、それに映像が流される。

 

「こ、これは……!?」

 

 おれはそれを見せられて声が出なかった。そして同時に3年前の記憶が生々しく甦った。

 

 地球に向かって加速するフィフス・ルナ。

 

 その落下を阻止しようと戦うジェガン隊と、阻止妨害のために展開するギラ・ドーガ部隊。

 

 結局互いに言葉を発せずに、『逆襲のシャア』と命題された映画を視聴し終わった後にようやく声が出た。

 

「つまりこう言いたいわけだ。この世界にはガンダムがアニメとして存在していて、ファンネルを扱えるパイロットのおれは少なからずニュータイプだと」

 

「そう! 君は世界の壁を越えてしまったわけだよ」

 

 認めたくは無いけども、認めなくてはならないのが現実だ。さすがに自分が生きた宇宙世紀が創作物の世界であると見せられて、動揺がないわけではない。だが衝動に任せて叫んだところでなにも変わりはしない。

 

 世界を越える。そんな非現実を出来てしまった原因のひとつは、サイコフレームだろうことは確信がある。

 

「お前がおれをこの世界に連れてきたのか?」

 

 量産型νガンダムを見上げる。だがユニコーンでもあるまいし、MSが答える訳がない。

 

「ところで、君はこれからこの世界で暮らすわけだけども」

 

「ああ、そっか。そうだよな」

 

 やっぱりまだ実感がわかないんだろう。νガンダムが目の前にあるからだろう。

 

 束は先ずこの世界について話してくれた。

 

 IS-インフィニット・ストラトス-という彼女が造り出した女性にしか動かせないパワードスーツの存在が、女尊男卑の風潮が世界に広まったこと。そのISが世界に知られ世界を変えることの切っ掛けになった白騎士事件。ISを造り出した彼女自身の事も。

 

「それにしても、コックピット周りにしかサイコフレームが使われていない量産型νガンダムでコロニーレーザーを防ごうだなんて、キミってもしかしなくてもバカ?」

 

「バカで結構だ。全部が全部子供に任せっぱなしなんて、大人としてダメだろ」

 

 戦争しかしてなかった自分でも、最低限大人でいたい自覚はある。

 

「それで、君はおれをどうしたい?」

 

 世の中ただ飯食らいほど高いものはない。彼女程の頭脳があればガンダムの解析は簡単なはずだ。そこにおれを生かすメリットは少ないだろう。

 

「人の革新の為に協力してって言ったら、君は笑う?」

 

 束の視線がおれを貫く。その瞳に意思の強さを感じた。彼女は本気だとニュータイプでなくともわかる力強さがあった。

 

「笑わないよ。かつて君のように本気で人の革新を信じた男を知ってる。君は彼と同じ、真っ直ぐな目をしている」

 

「それって」

 

「赤い彗星。シャアは最後まで人の革新を信じていた男だった。アクシズを落とそうとしたのだって、核の冬という極限の環境に人を置くことで、人類に革新を促すためだった。まぁ、アムロの言う通り、シャアは急ぎすぎてたんだよ」

 

「赤い彗星と同列に扱われるのは光栄なのかな?」

 

「まぁ、ジオンからしたら光栄じゃないかい?」

 

 微妙な苦笑いを浮かべる束に先を促す。

 

「私はね、宇宙に出たいんだ。あの果てしない星の海に」

 

「宇宙か……」

 

 生粋のアースノイドなら、宇宙に憧れる心はわかる。俺も宇宙に居る間は心が安らぐ。

 

「行くか、宇宙に」

 

「え?」

 

「こいつを修理したんだ。こいつを宇宙に飛ばすくらい出来るだろ?」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 おれの提案から決まった宇宙行き。しかし準備に2週間かかった。

 

 彼女は世界中から追われる身の上らしい。故に隠れて過ごしているらしい。ISに必ず必要なコアは467個があるだけで、以後はコアを造っていないかららしい。

 

 世界中の国や企業が彼女を捕まえようと血眼になって草の根を別けて探しているらしい。

 

 だが、量産型νガンダムを一から製造する辺り、彼女の常識外れな天才具合がわかる。

 

 おれが元々乗っていたνガンダムはサイコフレームの塊になってしまったらしい。あとどういうわけか身体が若返っていたのはさすがにもうなんと言ったら良いのかわからなくなった。33歳だった肉体が16歳、一年戦争を駆け抜けた頃に戻っていたのだ。

 

 まぁ、身体が若返ったのは腰痛とかに悩んでいたから良しとしよう。

 

 大型のロケットブースターを二基装備した量産型νガンダムは大気圏を離脱。地球の引力圏を離脱し、月の引力圏に入ったところで、ブースターを切り離した。

 

「ふぅ…。宇宙は良いな……」

 

 全面モニター一面には黒い宇宙が広がり、星々の光が宝石のように輝いていた。心が溶け出すように宇宙の穏やかさに身を任せた。

 

「君には宇宙はどう見えているの?」

 

 サブシートに座る束が訪ねてくる。

 

「ニュータイプ的に言うなら、蒼く見えるな。蒼い宇宙に煌めく星々。自分がどこまでも広がっていく感じかな。足場がなくて怖いけど、それ以上に身を預けてしまいたくなる穏やかさに包まれてるような感じ」

 

「そっか、やっぱりニュータイプってのは良いね。私は星がキレイだとくらいしか感じないや」

 

 ニュータイプとして感じた宇宙を語ってみたが、それが余計に彼女を落ち込ませてしまったらしい。

 

「心を空っぽにして、何も考えないで、感じるままに感じてみてくれ」

 

 束の手に自分の手を重ねて、自分が視ているものを彼女に伝える。

 

「スゴい……これが、ニュータイプが視る宇宙」

 

 目の前がサブシートで覆われている所為で前があまり見えないが、声から聞く限りだとお気に召したようであった。

 

 そのまま空気が限界近くになるまで宇宙を漂ったあとは、フライングアーマーを使って地球に戻った。

 

 

 

 

to be continued…


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