IS-虹の向こう側-   作:望夢

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長らくお待たせ様。Gジェネジェネシスのお陰でモチベが上がったので書き上げてみました。


第35話ー誘うものー

 

 デラーズ閣下のもとでの静養も二ヶ月を過ぎる。

 

 二ヶ月目を迎えた頃に束博士がやって来たお陰で、当初よりも早く怪我は完治した。

 

 ほぼ治っていた火傷はナノマシンを使った促進治療で無理な負担なく完治した。

 

 その礼も兼ねて、おれは束博士を連れて街に出た。怪我は完治したとはいえ、護衛の役目は切れていないクラリッサとラウラが人影から此方を護衛してくれているのがわかる。

 

「ちょっと鬱陶しいね」

 

「わかるのか?」

 

「これでも世界から逃げ隠れし続けてる束さんですよ? これくらい露骨ならわかるよ」

 

「そう言えばそうだったな」

 

 余りに自由過ぎる彼女を見ていると、とても世界中からその身柄を付け狙われているご仁には見えない。

 

 最も、自由人の彼女でも隠れる方法はしている。いつもの薄紫の髪は茶髪になっていて、機械のウサギの耳もなく、しかも長い後ろ髪はサイドアップで纏められている。

 

 それだけで雰囲気が篠ノ之束だと誰がわかると言うものか。出掛けることを提案したおれが言うのもアレだろうが、この姿を見たとき一瞬彼女だとは気づかなかった。

 

「しかし、変わるんだな。おれも、一目見た時は博士だと気づかなかった」

 

「まぁね。……ユキは、どっちの私が好みかな?」

 

「それは……」

 

 難しいというか、意地悪な質問だ。今の彼女は世を忍ぶ仮の姿であって、こちらが好みだと言えば平手打ちのひとつは覚悟して良い。

 

 だがいつもの彼女は贔屓目に見ても不健康に近い。最低限の身嗜みはしていても、髪の毛の枝毛はボサボサ、白衣はヨレヨレ、寝不足なのか常に目元に薄く隈を作っている。

 

 対する今の姿は、髪の毛の手入れもちゃんとしていて、目元の隈もなく、服装もタイトスカートにスーツと、ピシッと決めていて、張りのある姿がデキる女性を演出している。これで中身は天真爛漫自由人の束博士のままなのだから、そのギャップに撃沈する男がどれ程居るものか。

 

 現に彼女は通りを歩く男どもの視線を釘付けにしている。

 

 これでおれが96年頃の、成長して大人となった姿ならばカップルぐらいには見られただろうが、悲しきかな。79頃から94年までこの姿から変わらなかった自分が隣に居ては、カップルではなく弟か妹とのショッピングに見えるだろう。

 

 それでもこちらに羨望の視線が感じられる辺り、今の彼女は人様から見て美人なのは疑いようがない。いや、普段も残念さは漂わせていても美人は美人か。願わくば、その残念さがクロエに伝染しないことを切に祈る。

 

「見慣れている何時もは別として、今の健康的な姿は好ましいと思う」

 

「そっか……。やっぱりだらしのない女の子って嫌い?」

 

「嫌いかどうかはわからないな。博士みたいな女性は初めてだから。でも無理に取り繕われているより、だらしがなかろうが着飾っていないありのままでぶつかってくる博士は好きだ」

 

 着飾りというのは面倒なものだ。普段の自分とは別の自分でいるのだから疲れる上にボロが出る。なまじニュータイプであるからそういう本質も見れてしまう分に余計だ。

 

 それに彼女の様に私生活がだらしがない女性、というより彼女の様に大人なのに天真爛漫な女性と関わりを持ったことがないから、距離感が掴めずにここまで無遠慮に接する相手になったのだろう。

 

「それは普段通りの私が好きってことでFA?」

 

「そうだな……。そうかもしれない…かな? 純粋に夢に向かってひた走る博士の姿勢は、おれは好きだ」

 

 少し狙いすぎな台詞だったか。でも、その真っ直ぐな姿が好きなのは本当だ。

 

 博士は他人に冷たい孤高の天才と世俗は評価するが、それは間違いだ。

 

 彼女も人間だ。人間は、一人で生きていけるわけがない。己を理解してくれる相手を求めてしまう。ひとりは寂しいものなのだ。だから人は繋がりを持ちたくなる。それが柵になっていくとわかっていても。

 

「フフフ、そっかぁ……。ユキはやっぱり私の憧れるニュータイプだ」

 

「そんな便利な存在じゃないさ、ニュータイプだって。それにニュータイプでなくとも、言葉を交わせば互いに理解することは出来る。ニュータイプだからってそれを怠るのは傲慢だ。心理を理解したところでその人自身のすべてが解ったわけじゃない。だから心を土足で踏み入れられた気分になる時もある」

 

 互いを受け入れ合えるならそれで良い。でもそうでなければ悲劇を生みもする。それがカミーユとハマーンだった。人にだって誰しも踏み入られたくない事はある。

 

「……私は、ユキにだったら良いかな。私のこと、ユキに知っていて貰いたいから」

 

「博士……」

 

 腕を絡めてもたれ掛かってくる博士。

 

 近くにあったベンチにまで流されて、座らせられるように腰を落とす。

 

 いつも以上に積極的な博士の様子に、どう受け止めたものかと考えてしまう。

 

 女性と恋愛というものをしたことがない自分は、彼女の言葉をどう受け取れば正解なのかの基準がない。だからこうして言葉に詰まってしまう。

 

「す、少し待とう。博士、今日は少し変じゃないか?」

 

「変じゃないよ? ただ自分の気持ちに素直になってるだけだもん」

 

「自分の気持ちって……」

 

 肩に頭を乗せて此方を上目で見詰めてくる博士の目には、いつもに増して蜜がある。 

 

 彼女はいつもスキンシップとしてはとても男には刺激の強い接触をしてくる。

 

 しかし公衆の面前というものに羞恥心を覚えて欲しい。とことん他人には無関心な彼女であってもだ。

 

「別に他の有象無象の事なんて気にするだけムダじゃない?」

 

 そう指摘したとしてもこれである。彼女は本当に他人がどうでもよい、意識すらしていない。

 

 彼女にとって、彼女の世界の中に居る人間以外は本当に興味などないのだろう。

 

「だからユキも気にしないで、自分に素直になっても良いんじゃないかな? むしろバッチこーい♪」 

 

 自分に素直になる。どう素直になれというのか。思うことをそのまま口に出せるほど、自分は子供ではない。

 

 これでも自分は彼女には素直に物を申しているつもりではある。戦うために数々の要望を聞いて貰っている。

 

「そういう素直とはちょっと違うかなぁ」

 

 彼女が求める素直という表現。彼女自身が体現する素直という言葉。子供の様な純粋さは眩しく見えてしまう。

 

 だから尚更だ。

 

 おれは、彼女の好意を受け取れる様な存在じゃない。

 

「ユキ……?」

 

 彼女の肩を押して、もたれ掛かる彼女の身体を離す。

 

「……博士の気持ちは嬉しい。でもおれは」

 

 未だにララァの事を忘れる事が出来ずにいる自分が、他の女性を愛せるのか?

 

 前を向いて、託された想いを胸に進む事を選んでも、自分は未だにララァとシャアを忘れられない。アムロが居たら情けない奴と殴られるだろう。カミーユにだって修正を食らうだろう。

 

 もう、誰の手を借りる事は出来ない。刻の彼方へ往った者たちの声を、この宇宙では聞く事は出来ない。

 

 ひとりぼっちの寂しさを誰かに埋めて欲しくて、でもそれを彼女に求めたくない。

 

「……博士?」

 

 背に腕を回され、温もりを感じる胸に抱かれていた。

 

 でもそれはいつもの彼女の様にスキンシップとは違う相手を気遣う様な軟らかな抱擁だった。

 

「束さんはね、君を独り占めしたいんだ」

 

 グッと、彼女の腕に力が籠る。

 

「ニュータイプだから興味を持った。最初はそれだけだった。でもそれだけじゃない」

 

 思いの丈を綴る様に言葉を紡ぐ彼女に、耳を傾けることしか出来なかった。

 

「君は私の夢を笑わなかった。私の夢を肯定してくれた。私の心を、想いを。認めてくれた」

 

 ほとりと流れてくる雫。頬を伝うそれは自分の物じゃなかった。

 

「嬉しかった。今まで私の夢を真剣に聞いてくれた人なんて居なかったから。私を、一人の人として扱ってくれる君だから」

 

 それは彼女の素直な言葉だった。彼女の特別性は常軌を逸していて、そんな彼女を特別扱いするなというのは無理な話だ。

 

「一緒に居る事が楽しくて。独り占めしたいだなんて思って。君が他の女の事を考えていたりするとモヤモヤするんだ。君と一緒に居るだけでドキドキする。ずっと抱き締めていたい。離れたくない」

 

 痛みを感じる程に力が強くなる。胸に押し当てられて息苦しささえ感じる。

 

「この気持ちはなんなのかな? ちーちゃんとも、箒ちゃんとも感じる気持ちとは違うこの気持ちは」

 

 親友と妹、両親と、妹が懸想している親友の弟にして自分にとっても弟分が世界の全てだった。

 

 そんな世界に虹にのって現れた光は、今まで抱いたことのない感情を生んだ。

 

「これって、恋なのかな?」

 

 恋を知らない少女は問う。人を愛しても、恋を知らない少年に。

 

 抱き締められていた身体が離れ、互いに向き合う少年少女。少女は眼を閉じる。少年の背と腰を抱いて。

 

 そして少年は――

 

「……っ!?」

 

「きゃっ」

 

 少女を退け、立ち上がる。その瞳は白雲が散らばる空に向けられていた。

 

「ユキ……?」

 

 ただならぬ彼の様子に、束は恐る恐ると声を掛けた。少年の瞳は険しく、しかし困惑に揺れながら空の一点を見つめていた。

 

「……呼んでいる。ララァ…?」

 

 その瞳の先に何が居るのかを見極めようと心を研ぎ澄ませる少年を見て、少女は少年を押し倒した。

 

「あぅ、…は、はかせっ。っっ!?」

 

 少女は押し倒した少年の唇を奪う。瑞々しく幼い蜜のある唇を。

 

「……必ず、帰ってきて。約束だから…っ」

 

 不安でいっぱいの瞳を浮かべながら、少女は少年の背中を推す。彼女にはわかっている。自分では彼を止められないと。ニュータイプではない自身では、彼の感じる事を理解しきれないことを。ニュータイプとふれあい始めた自分には、かのブライトの様にニュータイプの心情を察しきれないことを。

 

「わかった。必ず戻ってくるよ」

 

 少女に手を引かれて起き上がった少年の身体が光に包まれる。

 

 量子展開される純白の装甲――一角獣(ユニコーン)に身を包んだ彼は飛び立つ。装甲がスライドし、純白の一本角は黄金の双角に別れ、翠色の光の軌跡を描きながら空へと飛び立っていった。

 

 その光は何処までも続いていく。光が目に見えなくなっても、少女の瞳には視えていた。胸の中のサイコフレームが一角獣のサイコフレームと共鳴し、彼女の瞳には見えないものを視させていた。

 

 空を越え、重力を抜け、宇宙へと到るその光が、彼女には何れ叶える夢の体現に見えた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 スードリの攻撃を退け、ヒッコリーを脱し太平洋を渡ったアウドムラはニューホンコンへ到着した。ルオ商会の協力を得て補給を受ける傍らで、ユキの姿はアムロとベルトーチカと共にあった。

 

 ミライ・ヤシマ。かつてホワイトベースの操舵手だった女性。彼女をアウドムラに乗せようとアムロが説得する合間、ユキは二人の子供と遊んでいた。

 

 ハサウェイとチェーミン。今は宇宙に居るブライトと、アムロと話しているミライの子供だ。

 

 ブライトから子供が居る事は聞いていたし、大人たちが話をしている間は暇を持て余す子供たちの相手も立派な仕事だ。何より子供たちの様子を詳しくブライトに伝えることも出来る。

 

「良い? こうやって指を通して広げるの」

 

「こう?」

 

 ユキは母から教わったあやとりを子供たちに教えていた。女の子で手先が器用なチェーミンは呑み込みも早くて楽しく学んでいるが。男の子のハサウェイは少し飽き始めているのか集中力が切れてチラチラとグライダーに視線が移っていた。

 

「まさかあんな子が蒼き鷹だなんて、言われても信じられないわね」

 

 アカリ・ユキ。そう名乗った子供がかつて一年戦争で戦ったジオンのエースだとは、ミライには本人を前にしても実感はなかった。隠す気もない偽名で、ニュータイプの素養を持っていたミライを誤魔化す事は出来なかった。

 

 とはいえ、軍人も戦いがなければただの人。子供たちと遊ぶユキの姿は見掛け相応の子供たちの兄か姉の様だった。だからミライには子供たちを心配する様な様子もなく、微笑ましく思っていた。

 

「あれで力は俺やシャアよりも強い子です。きっと…」

 

「あの時の、ジオンのニュータイプよりも。そう感じるわ」

 

「………………」

 

 ミライの言葉に、アムロは7年前の出来事を思い出していた。

 

 一年戦争で出逢った少女を。突然すぎた出逢いは、互いに解り会う事が出来ても、それは悲しく深い傷痕を遺していった。

 

 カミーユ、そしてユキ。

 

 二人の強い力を持つニュータイプを前にして、アムロはまた再びあの様な出来事が訪れないことを祈るばかりだった。 

 

「……ララァ…?」

 

「……っ!?」

 

 ふと感じた気配。それは一瞬今思い浮かべていた意中の少女を彷彿させた。

 

 ユキの呟きと視線を追う先には青髪の少女が居た。だがそれも一瞬、記憶が沸き起こす錯覚だったのだろう。

 

 少女の姿が見えなくなれば、そんな気配も消え失せてしまった。

 

「どうかしたの? アムロ」

 

「あ、いや……。なんでもない」

 

 ベルトーチカに気遣われ、平気だと告げるアムロ。

 

 ただあの気配に後ろ髪を引かれて、もう一度見えなくなった少女の居た場所を見やる。

 

 あれはなんだったのかと考える暇もなく時間だとベルトーチカに告げられ、アムロは子供たちを戦いに巻き込みたくないと誘いを断ったミライと別れる。

 

 そしてユキも、アムロとベルトーチカと別れた。男女のデートに着いていくほど命知らずでもない。

 

「子供たちの面倒を見ていただいて、ありがとうございます」

 

「いえそんな。中々どうして、子供には好かれやすいので」

 

 アムロが座っていた席に腰掛けてユキはアイスティに口を付けた。アウドムラはハヤト艦長が指揮を執り、エゥーゴのメンバーもそれに従っている。クワトロが宇宙に帰ったため実質残ったエゥーゴメンバーの指揮はNo.3のユキに移るのだが、MSで戦いもするユキを気遣って休息を言い渡されてしまったのだ。結果暇になったユキはブライトへの土産話も兼ねてミライに会いに行くというアムロに着いてきたのだ。

 

「ベルトーチカさんと言ったかしら? アムロにも、良いお相手が見つかって良かったわ」

 

「……そうですね。ベルトーチカさんにとって、アムロは憧れでもあったようですから」

 

「貴方にも、素敵な恋人が見つかると良いわね」

 

「恋人……ですか」

 

 恋人。

 

 そう言われてもしっくりこない。いや、そもそもそんな相手が自分に見つかるのだろうか。

 

 ……居るはずがない。ララァの代わりなんて、居るはずがない。ララァだけが、おれの苦しみをわかってくれた。ララァだけが、ひとりぼっちなおれを救ってくれた。

 

 たとえララァがシャアの事を愛していたって構わなかった。ララァと傍に居られるだけで、それだけで良かったのに。

 

「恋人って、なんなんだろう……」

 

 そんな呟きも、アウドムラへのニューホンコンからの退去を命じる放送によって誰の耳にも聞こえる事はなかった。

 

 大慌てでアウドムラへと戻ったユキは、自分と同じ様に慌ててアウドムラから出ていこうとするカミーユと鉢合わせた。

 

「カミーユ、何処へ行く気の!? 」

 

「離してください! 僕は行かなくちゃならないんです!!」

 

「だから何処に――っ」

 

 アウドムラが戦闘配備になるのなら、パイロットにも待機命令が出る。アウドムラの主力でもあるカミーユを遊ばせている余裕は残念ながらなかった。

 

 だから引き留めようとするユキの脳裡にイメージが駆け抜ける。

 

 ララァの姿と重なってカミーユから感じる少女のイメージ。青髪の少女――。

 

「…フォウ……ムラサメ…?」

 

「ユキさん、フォウの事を知っているんですか?」

 

 虚ろな目でフォウの名を呟いたユキにカミーユは食い付く。カミーユに肩を掴まれて我に返ったユキはカミーユの肩を押した。

 

「その娘の事が気になっているんだね?」

 

「はい。どうしても会わなくちゃいけない気がして、それで」

 

 内心、ユキは頭を抱えた。カミーユの感じすぎる感性がなにかを訴えているのかもしれない。

 

 軍人としてはカミーユを行かせるわけにはいかない。しかし、個人としてはカミーユを送り出す事をよしと思っている。

 

「…………わかった」

 

「ユキさん…!」

 

「アウドムラの出発までは時間がある。敵も無闇に攻撃はしてこないはずだ。だから12時になる前に戻って来るように」

 

「はい! ありがとうございます!!」

 

 駆け出すカミーユを見送る。彼を送り出した代わりに自分が頑張ればどうにかなるだろうと目先の事しか考えられず、その結果が招く意味を、ニュータイプといえど知ることは出来なかった。

 

 

 

 

to be continued… 


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