IS-虹の向こう側-   作:望夢

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タイトルはめっちゃ適当。


第32話ー距離をせばめてー

 

「ではな、ユキ・アカリ! 再びハマーン様を裏切る様な事があれば、我が忠義の剣がキサマの首を貰うぞっ」

 

「心配するなと言っても聞かないだろうが。蒼き鷹の名に賭けてそれは起こらないと誓おう」

 

「ふん。口ほどではどうとも言える。忘れるな!」

 

 そんな捨て台詞の様な言葉を残し、光に包まれ、装甲を纏って飛び立っていったマシュマー。おれがハマーンにくれてやったガンダムMk-Ⅱ2号機だった。

 

 ガンダムMk-Ⅱ2号機のコアには通常のISコアが使われていたはずだが、サイコミュの類を使えば男でも動かす事が出来るだろうという話はハマーンにもしている。恐らくはそう言うものだろう。

 

 去り行く紺のガンダムMk-Ⅱを見届け、振り返って口を開く。

 

「わざわざ御足労を掛けてしまったな。すまない、クラリッサ」

 

「いえ。そういう命令ですので。それに、少佐のご無事を見ることが出来て安堵しております」

 

「たかが火傷だがな」

 

 とはいえ、端からみれば包帯に巻かれた右腕を吊るしている姿は痛々しいものに見えるのだろう。

 

「しょ、少佐……」

 

「お前も来てくれたのか。嬉しいよ、ボーデヴィッヒ」

 

 クラリッサの背後に隠れながらおずおずと顔を出すボーデヴィッヒの姿は庇護欲を刺激させられる。

 

 ちょいちょいと手招きすると、クラリッサの顔を見上げ、それにクラリッサが頷くと、早足で駆け寄ってくる銀髪の頭に手を置いて撫で回す。

 

「んっ……少佐ぁ……」

 

 トロンと蕩ける様な表情を浮かべながら、ボーデヴィッヒが擦り寄ってくる。

 

 束博士みたいに邪心も、クロエの様な信奉もなく、純粋な甘えに此方の表情も緩んでしまう。

 

 いつまでも撫でていたいが、二人を閣下に紹介しなくてはならないため、名残惜しくも手を離す。

 

「あっ……」

 

 とても寂しそうな止めないで欲しいという顔を浮かべながら零すボーデヴィッヒの頭をもう一度軽く撫でて手を引く。

 

「少佐…?」

 

「紹介したい人が居る。嫌でもおれはまだ二ヶ月動けない。時間はいくらでもある。お前が良いなら、また撫でさせてくれ」

 

「はい……お願い、します……」

 

 少し頬を朱くしながら口にするボーデヴィッヒの姿を慈しむ様に見据える。一人っ子だったおれは、妹が居るならこういった娘が良いと心の中で思い浮かべてしまうのは、ボーデヴィッヒの純粋さと、身体的にも近しいからだろう。なにせいつも周りはおれよりも皆大人の姿だった。あのカミーユですらおれよりも大人びていた身体だった。

 

 身長が急激に伸びた96年頃ならリディと同じくらいの身長はあっても、バナージには兄弟心よりも先達としての心構えを持っていたからそんな風には思う暇もなかった。

 

 してクラリッサよ。微笑ましく此方を見るのは構わないが、その鼻から垂れている血をどうにかした方が良いと思うぞ。

 

「問題ありません。これは(わたくし)の愛が溢れているだけでありますので」

 

「左様か」

 

 頼りになるのは間違いないとは思うのだが、時々クラリッサがわからなくなる。

 

 取り敢えずあまり深くは言わずに、二人を連れてデラーズ閣下のご自宅へ戻る。

 

「ユキ・アカリ、只今戻りました」

 

「うむ。して、その二人が貴公の護衛か」

 

「はっ、ドイツ軍IS部隊隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉とその部下のラウラ・ボーデヴィッヒ大尉であります」

 

 リビングにてプラモデルを作っておられたデラーズ閣下に、クラリッサとボーデヴィッヒの二人の簡単な紹介をする。

 

「ご紹介に預かりました、クラリッサ・ハルフォーフ大尉であります!」

 

「お、同じく、ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉であります」

 

「うむ。儂の名はエギーユ・デラーズと言う。我が忠勇なる同志の護衛に感謝する」

 

 デラーズ閣下の名を聞くと、クラリッサの視線が少し鋭さを帯びる。

 

「エギーユ・デラーズ。まさかデラーズ・フリート総司令、あのデラーズ閣下であるのでしょうか?」

 

 クラリッサはガンダムという作品に対して非常に知識が深い。デラーズ閣下の名を聞き、それは我々デラーズ・フリートの行った作戦に対しても思考を巡らせただろう。でなければこの様な見定める様な視線もするまい。

 

「いかにも。儂はデラーズ・フリートの総司令、エギーユ・デラーズである」

 

 それに対してデラーズ閣下はお変わりなく胸を張り、クラリッサにご自身の事を定義された。

 

 今でこそ、おれはコロニー落としに非を唱えるが、デラーズ・フリート、ジオンの蒼き鷹としての自分は、デラーズ・フリートの作戦に異を唱える事はない。

 

 あれは、スペースノイドの悲願を踏み躙り、さりとて再び宇宙に目を向けることをしなかった連邦に対する鉄槌であるという自負がある。

 

 一年戦争後、スペースノイドに対して連邦が融和政策への舵を切っていたならば、我々とて星の屑作戦を決行する事もなかったのだから。

 

「貴方は、この世界でいったい何を為さるおつもりですか?」

 

 それを知るからこそ、体制の側に立つ軍人として、デラーズ閣下を見定めるつもりなのだろう。

 

「儂はもはやただの老いぼれよ。これからの時代を築くのは、貴公等若者の仕事だ」

 

 そう仰りながら、閣下はおれに視線を向けられた。

 

 今までずっと、誰かに導いて貰っていた自分だからこそ、不安という物は拭えない。しかし、何時の時代も、世界に異を唱えて物事を動かした先達を間近で見てきた自分にだからこそ、出来ることがあると思いたい。

 

「この世界に関わるつもりはないと?」

 

「そうなる時は、この世界がもはや手遅れとなった時であろう」

 

 今はまだ、風潮でしかなくとも世界は確実に女尊男卑の道筋を歩んでしまっている。そしてそれが行き過ぎた秩序を築いてしまった時、閣下は御自ら立ち上がる事を示唆なされた。

 

「願わくば、その様なことのない世の中を築いて貰いたい」

 

 旧態依然とした老人が世作りをしても、それは何ら変わることのない旧暦を繰り返す事になるだけだ。

 

 新しい時代を築けるのは、そんな習わしに異を唱え、新しい風を吹かせる事の出来る若い力と意思だ。

 

 シャアがカミーユにそれを望んでいた様に、おれもクロエや一夏にそれを望んでいる。

 

 自分達大人には見えないものを視る目を、子供たちには持って欲しい。その為にも、自分達大人は、子供たちに指し示さねばならない。自分達の行いを見せ、そして子供たちの視線だからこそ見ることの出来る新しい見地を生むために。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はぁ……」

 

 重い溜め息をまた一つ。最近はこんなことが多い。

 

 溜め息ばかりで物事が手につかない。以前ならこんなことが起こることなんてなかったのに。

 

 その理由は自身でも理解している。

 

「ユキ……」

 

 私の夢を笑わず、共に歩んでくれるニュータイプ。

 

 怪我を負っていても元気そうな姿に安堵しつつも、ハマーン・カーンに言われっぱなしなのは悔しかった。

 

 ちーちゃんに並び立つ程の腕の持ち主が撃墜されたのは、機体の所為と言われて、私は反論出来なかった。だって機体の所為でなければ、それは彼の所為なのか?

 

 そんなこと有り得ない。有り得るはずがない。だって彼の強さは私自身が肌身で感じているからだ。

 

 ちーちゃんに及ばずとも、私自身、それなりにISを動かす事は出来る。そんな私が全く歯が立たなかった彼の落ち度であるはずがない。

 

 リック・ドムⅡだって、今の世界のISの中では上位の性能を持っている。重MSだから装甲防御力に関しては上から数えて五指に入れる。

 

 でも、それを難なく突破するISの存在を想定していなかった私の考量不足が、彼の身に降りかかってしまった。

 

 他の目があったから、ちゃんと伝えられなかった。

 

 本当は今すぐにでも彼に直接謝りたい。その無事を触れて確かめたい。それほどに彼の存在は私の中で大きな物になっている。

 

 だからこんなにも溜め息ばかり吐いてしまう。

 

 たった一月だけ離れ離れになっているだけなのに、こんなにもそわそわして落ち着かないなんて。以前の私なら有り得ない事だった。

 

 それもまた彼の所為だ。彼が私だけを見ていてくれるなら、こんな気持ちにだってならないのに。

 

「お会いになればよろしいのではないでしょうか?」

 

 そんな悶々していた私に、クロエちゃんがそう言ってきた。

 

「クロちゃん?」

 

「私も、マスターにお会いしたいです」

 

 瞳を閉じて、彼の事を想い描いているのだろう。ニュータイプ同士は繋がり会う事が出来るのに、そう思うのだろうか?

 

「私は束様やマスターの思われる様なニュータイプではありません。ほんの少しだけ、機微を感じ取れるだけですから。マスターの事を感じ取る事は出来ません」

 

 そういうクロエちゃんの顔は陰りが差して、何かを悔しく思っている様に見えた。

 

 本当の意味でのニュータイプなら、互いに感じられると言うことなのだろうか。それでもオールドタイプの私からしたら、クロエちゃんの力は羨ましく思う。だって、近くにさえ居れば彼と繋がり会う事が出来るのだから。

 

 たとえサイコフレームを持っていても、私には彼が手を差し伸べてくれなければ、繋がり会う事が出来ないのだから。

 

 とはいえ、クロエちゃんの言葉を聞くまで会いに行こうという思考が思い浮かばなかった自分の間抜けさに、すっかりモグラ生活に染まりきってしまっていることを嘆く。

 

「そうだ。会いに行けば良いんだ」

 

 どうせ今のままじゃ作業なんて手につかない。だったらこの状態を落ち着けさせる為にも、彼に会いに行けば良いんだ。

 

「クロちゃん、フライングアーマーとブースターの準備、お願いね」

 

「かしこまりました。束様」

 

 この一ヶ月程、クロエちゃんには宇宙にお使いをして貰っているから、その為の準備は任せられる。

 

 私はその間に荷物を纏めて、この隠れ家のシステムに厳重なプロテクトを施して、さらに人工衛星にハッキングを仕掛ける。この辺りの事も大分手慣れてきたから片手間にでも出来る。

 

 取り敢えずシャワーは浴びよう。汗臭いと恥ずかしいし。あとは服も着替えよう。ヨレヨレだと外でもだらしがないと思われてしまいたくない。とは言っても、寝間着姿の彼もだらしないからお相子かな? 下着は……カワイイので良いかな? それともオトナっぽいのが良い? ちょっと悩む。変に着飾らない方がウケが良い感じになるかな。

 

 そんなことを気にしたことなんてないからわからないことを考えながら、私は身仕度を進めていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アムロ・レイの決死の行動によってスードリの追撃を一時免れたアウドムラは、アムロ・レイと、そのアムロを連れ出したカツ・コバヤシを収容し、進路をヒッコリーへと向けていた。

 

 そんなアウドムラの格納庫の中で、一つの再開が幕を開けていた。

 

「アムロ・レイ……」

 

「君は……」

 

「わかるだろう、お前には……」

 

 もし人を視線で殺せるのならば、おれは今、アムロ・レイを殺していただろう。

 

 直接話したわけじゃない。一年戦争時のサイド6で出逢ったとは言っても、遠目に見ただけだ。でもそのあと直ぐに起こったソロモン防衛戦やア・バオア・クー防衛戦で、おれはこの目の前の男に破れ続けた雪辱がある。

 

 そして、そんなおれの不甲斐なさが、同胞や恩師ばかりか、愛する女性を奪い、ジオンの蒼き鷹の矜持すら打ち砕いていった。

 

 ブライト艦長とは違って、アムロ・レイという男は、おれの何もかもを奪っていった個人的な怨恨を募らせるには十分すぎるのだ。

 

「ユキ……、ユキ・アカリと、言ったな…」

 

「っ! ……ほう、あの時名乗った名を覚えていてくれて光栄だな」

 

 思い出し、照らし合わせる様に言葉を紡ぐアムロに対して、おれは昂っていく感情を覚えた。沸々と沸き上がる8年越しの怨恨。その矛先を治められる程、浅い恨みではないのだ。

 

「おれの恩師や愛する女性(ひと)を奪った男が、よくも悠々としていられたっ」

 

 背伸びをしてまでアムロのジャケットの襟を締め上げる。だが8年という歳月の合間に大人となってしまったアムロに対して、子供のままこの日を迎えてしまっている自分は酷く滑稽に映る事だろう。

 

「キサマさえ居なければっ」

 

 散々負け続けた自身が吼えたところで負け犬の遠吠えなのはわかっているつもりだ。だが、言わずにはいられないのだ。

 

 そんなおれを、アムロは見つめてくるだけだった。

 

「何故黙ってる! 何とか言ったらどうなんだ!?」

 

「……それで、お前の気が済むのか?」

 

「っ、なんだと!」

 

「……ニュータイプは、殺しあう道具ではないと、一年戦争でララァは言った」

 

「くっ、ララァを殺したキサマが語るな!」

 

 確かにララァの言う通りだ。ニュータイプは殺しあう為に生まれたわけじゃない。ニュータイプは、人類には計り知れない広大な宇宙という環境に居ても、他人と繋がり会う事が出来る能力(ちから)を持った人々のことを言う。

 

 他人と誤解なく分かり合える力が、今という時では、敵の気配を察知したり、いち速く殺気を感じたり、物事の本質を見極める力さえ、敵の動きを先読みするという力に変わってしまっている。

 

 そんな戦いにばかり力を発揮するニュータイプであってはいけないとララァは言うのだ。

 

 だからって、ニュータイプだって人間なんだ。神様でもなけりゃ、逆恨みの怨恨を断ち切れないちっぽけな人間でしかないんだ。

 

「その辺で良いのではないか? ユキ」

 

「っ、……クワトロ、大尉」

 

 アムロに詰め寄っていた自身の頭に手を置きながら、クワトロ大尉が宥めてくる。

 

「クワトロ……大尉?」

 

「伝説の英雄に会えて光栄だよ。アムロ・レイ君」

 

 おれがシャアをクワトロ大尉と言ったので、アムロは疑う様な目をクワトロ大尉に向けた。

 

 名を変えたとて、ニュータイプ同士である彼等には互いの存在を誤魔化す事など出来ようはずがない。

 

「ユキ、カミーユ君がキミを探していたぞ?」

 

「……カミーユをダシにして、おれに引けと言うのか」

 

「わかるだろう? 今の我々は争っている場合ではないのだ」

 

「わかっているさ……っ」

 

 アムロを前にしても冷静で居るシャアを見て、ひとり喚いている自分の子供さを助長しているように感じて、激情を無理矢理圧し殺してアムロの服から手を離すと、シャアはおれの肩に手を置いて自身の脇に招き寄せた。そして置いた手で肩を一度叩かれると、心中を渦巻く激情が引いていく。それは落ち着くように肩を叩いたシャアの手が強張っているのがわかったからだ。

 

 おれ以上に因縁深いシャアが、アムロを前にして努めて冷静をしている。そうわかれば、シャアを差し置いておれだけがアムロに突っ掛かるわけにもいかないだろう。

 

 同じ悲しみを抱えているシャアが我慢しているのだから、こちらも我慢して見せなければただでさえ情けない自分という存在が今以上に失墜してしまう。

 

 そうわかっていても、やはり沸々と沸き上がり続ける怨恨を抑える為に、シャアの上着の裾を無意識に掴んでいた。

 

「……何故地球圏に戻ってきたのですか?」

 

「キミを嘲笑(わら)いに来た」

 

「っ!!」

 

「とでも言えば、キミは満足なのだろう?」

 

 問い掛けるアムロの言葉に対してシャアの放った言葉に、アムロはバカにしているのかと言いたげな視線をシャアに向けた。

 

 それは挑発する様な声色だった。それもそうだろう。今のアムロは殻に閉じ籠っていて、以前の様な覇気をまるで感じないのだ。

 

「何故地球圏に戻ってきたんだ!」

 

 だから今の情けないアムロ・レイを挑発して、覇気に溢れていたあの頃のアムロを呼んでいるのだ。

 

「ララァの魂は、地球圏を漂っている。火星の向こうには居ないと思った」

 

「ララァ…?」

 

 シャアはそう言った。おれにはそれの意味がわかる。ララァは何時も微笑みながら見守ってくれていた。今も、強く想えばその意思を感じ取る位は出来る。

 

「エゥーゴとティターンズの決着は、宇宙で着ける事になる。君も、宇宙へ来ればいい」

 

 サイド7のグリーンノアもそうだったが、ティターンズはサイド7の基地化を進めているのも、地球からではなく宇宙で直接スペースノイドを叩きたいが為である。そしてエゥーゴの拠点が宇宙に集中している事からも、エゥーゴをジオン残党と定義して叩きたいティターンズは必然的に宇宙に上がってこなければならないのはわかる話だ。

 

 個人的な感情を抜きにしても、アムロ・レイというガンダム伝説の立役者の参戦は、抜群の効果を発揮するだろう。

 

「……行きたくはない。あの無重力帯の感覚が、怖い」

 

「くっ!!」

 

 だがそんなシャアの誘いを、アムロは断った。しかもニュータイプである人間が宇宙を怖いと言った。

 

 殴り飛ばしてやろうと身を乗り出そうとするおれを、肩に置かれたシャアの手が止める。

 

「……ララァに会うのが怖いのだろう?」

 

「はっ……!?」

 

 無意識に感じていた物を言い当てられたという顔をシャアに向けるアムロ。そのままシャアはアムロに向かって言葉を続けた。

 

「死んだ者に会えるわけがないと思っても、何処かで信じている。だから怖くなる…」

 

「シャア……」

 

 今度はおれが声を漏らす番だった。確かにシャアの言葉はこの世の真理だ。死んだ人間には、何をやっても会うことなんて出来やしない。

 

 今のシャアは、ララァの事を忘れずに、胸の内に刻み付けて前を見ている。だからアムロの様に宇宙が怖くは思わない。

 

 だが、アムロは刻の果てでララァの存在を感じることが出来てしまったままだから、まだララァの死を引き摺り続けている。

 

 ララァは、シャアにとって無条件の愛をくれる母親だった。

 

 ララァは、アムロにとって運命が導いた女性だった。

 

 なら、おれにとってのララァは、この世界で生き別れさせられてしまった魂の半身、とでも言うのだろうか。

 

 三者三様。各々にとって意味は異なろうと、ララァ・スンという女性は、おれたちにとって無くてはならない存在だった。

 

 その存在を亡くしてしまった時の苦しみは、今でも鮮明に思い出せる。

 

 その死を胸に刻んで、前を向くことが出来たシャアと、まだララァの死に引き摺られているアムロ。

 

 その差が、宇宙に居られるか居られないかの差に繋がっている。

 

「生きている間に、生きている人間のすることがある。それをすることが、死んだ者への手向けだ」

 

「喋るなっ」

 

 そうだ。だからおれはシャアの目指す物を支えたいんだ。ニュータイプの未来。刻の果てにあるその世界。互いに誤解なく分かり合えて、争いがなく、皆が幸せになれる未来を。

 

 そんなもの、作れるはずがないと笑われてしまうだろう。夢物語だと。でも、人類のすべての人々がニュータイプとなった時、そんな世界になるという確信がおれにはある。それが刻を見たおれの想いだ。

 

「自分の殻の中に閉じ籠っていることは、地球連邦政府に…、いや、ティターンズに手を貸す事になる」

 

 そうだ。ニュータイプだからこそ、やらなくてはならないことがある。悔しいが、ニュータイプの力はアムロの方が上なのだ。

 

 今はまだ育ち始めたばかりのカミーユに背負わせるのは荷が重すぎる。だからおれたち先達が重荷を背負って、今という世の中を精算し、カミーユたち若者にその次の時代を築いて行って貰わなくてはならない。

 

 ニュータイプが危険思想だなんだ、スペースノイドがなんだと宣う連中の好き勝手にさせてはいけないと、アムロにだってわかるはずなのだ。

 

「籠の中の鳥は鑑賞される道具でしかないと、覚えておくといい」

 

 そう言い残して去っていくシャア。この場に残されたのは、おれとアムロだけだ。

 

「……自分の殻に閉じ籠りたい気持ちはわかるつもりだ」

 

 おれもそうだったからだ。雪辱を耐えた三年。星の屑を敢行しても、連邦政府は何一つ変わりはしなかった。いや、さらにスペースノイドに対する強行を行う理由を与えてしまった。

 

 でもそれは結果だ。星の屑を終えたおれは、多くの漢たちが魂を懸けた一撃を、都合の良いプロバガンダに使われてしまったことに、世界に絶望して戦うことを止めて殻に閉じ籠った。

 

「もしクワトロ大尉の……シャアの言葉を聞いても殻に閉じ籠りたいと言うのなら、おれはお前を赦さない」

 

 そう言い残して、おれもシャアのあとを追い掛ける。

 

 その殻を捨てる事が出来たのは、シャアの言葉を、ニュータイプの未来を信じているからだ。

 

 だから今は少しだけ待ってやるさ。平和ボケしているアムロ・レイが、再びニュータイプのアムロ・レイとして目覚める事を。

 

「子供扱いするなと言う割りには、端々にまだ子供さが残っているな」

 

「うっさい。アムロ・レイをボコボコにしてやらないだけ感謝しろ」

 

「そうだな。良く抑えた。偉いぞ、ユキ」

 

「っ、もう! 頭を撫で回すな! 子供扱いするなっ」

 

 アムロの気配が遠退いて、ブリッジに向かう通路で、シャアがからかってきた。

 

 頭を撫でるシャアの手を振り払って、その胸に頭突きする様に飛び込む。衝撃を受けたシャアが呻くが、気にしないで無視する。

 

「っ……、悔しいよ…。ララァの仇が、あんな情けない姿で目の前に居るのにっ」

 

「ああ……」

 

 それは涙脆い自分を見られたくないからだった。

 

「どうしていけないの? ララァの仇を討たせてよ、ララァを返してよっ。ララァは…、ララァはっ」

 

 ララァはズルい。ララァに言われたら、おれがそれを無視出来るはずがない。

 

 心の中に空いてしまった穴。空いたままであれば気づくこともなかっただろう。だが、その穴が埋まり、欠けていたピースがそろって初めて自分が何のために存在していたかをわかった時、それを失うことは不幸という言葉では表し切れない。

 

 そして再び空いてしまった穴は、何者にも埋め合わせる事は出来ず、時折影をちらつかせて脅してくる。

 

 ララァが居なくちゃ、おれに生きている価値なんてない。ララァが居たから恩師を失って、仲間を失っても戦い続けていられたのに。

 

 ララァが居ない今、ララァがしたかった事をすることで、自分を慰めているだけだ。決して、シャアの様にララァの死を乗り越えたわけじゃない。だからこんなにも情けない姿を晒す。

 

 アムロを殺せるのならば今すぐに殺してやりたい。

 

 でも、ニュータイプは殺しあう道具じゃない。

 

 それはニュータイプの力が、殺しあう為に生まれた物でない事だけじゃない。ニュータイプという存在もまた、殺しあう為に生まれたわけじゃない事をララァは言いたいのだから。

 

 ララァが言った事だから、アムロをこんなにも憎くて堪らないのに、殺すことが出来ないのだ。

 

 もしそんなことをしてしまったら、もうララァの声を聞くことが出来なくなってしまうとわかっているからだ。

 

 悔しさに咽び泣く自分を、シャアは泣き止むまで頭を撫で続けてくれた。子供をあやす様に優しい手触りだったのを、今でも覚えている。

 

 

 

 

to be continued…


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