IS-虹の向こう側-   作:望夢

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ここ2週間急に仕事が忙しくなって執筆時間がまったく取れなかった……。朝3:00起きとか4:00とかキツいっすわ。でも悲しいけど、コレ仕事なのよね。


第30話ー再会の風ー

 

 デラーズ閣下のもとでの静養生活も一ヶ月を過ぎようとしていた。

 

 片田舎での強盗騒ぎとはいえ、ISが動いたのだからそれなりに報道される覚悟はしていたが、不思議なことにその様な報道は一切なされていない。いや、十中八九デラーズ閣下の手が回っているのだろう。

 

 仕方がなかったとはいえ、閣下に余計な手間を掛けさせてしまった。

 

「ユキ…?」

 

「どうした? シャルル」

 

 ユニコーンのシステムチェックをしていると、部屋にシャルルが顔を覗かせてくる。時計はもう日を跨いだ深夜だった。

 

「今日も……良い?」

 

「少し待っていてくれ。すぐに済ませる」

 

「うん。……ごめんね」

 

「いや。おれにも責任の一端はある」

 

「そんなこと、ないよ。ユキは……守ってくれただけ」

 

 あの日からシャルルはほぼ毎日おれと床を共にしている。

 

 一人で寝ていると、夢見が悪いらしい。

 

 無理もない。同性の男から辱しめを受けそうになったのだ。悪夢になって然るべきであろう。

 

 あの時、強盗犯の足ではなく頭を撃ち抜いていたら。シャルルはこうもならなかっただろう。その結果、シャルルに避けられようとも。

 

「やっぱり、迷惑かな…?」

 

「そうなら、こうはならない」

 

「うん。ありがとう」

 

 一人で寝るにはゆったりと出来るベッドでも、二人でとなると詰め寄って眠らないと床に転げ落ちてしまう。

 

 とはいえ、この世界に来てから一人で寝ることの方が少ない。大抵は誰かと一緒に眠っているから今更だ。

 

「礼は良い。……眠れそうか?」

 

「うん……。でも、もう少しギュって、して欲しい……かな?」

 

 こうして甘えられるのも随分と慣れてきた。そして甘やかすことも。

 

 今まで甘えてきて、甘やかされて来たから、どの様に要望に答えれば良いのかはわからずともわかる。

 

 同性同士だから恥ずかしくもなく甘えられる。その感性は自分にもわかる。見掛けも、そして心もまだ幼かった一年戦争や、グリプス戦役でも、自分は無意識に甘えていたから。

 

 頼れる大人たちに甘えてきた。路を指し示して貰っていた。

 

 だからというわけじゃないが、シャルルが甘えたいなら、それを甘んじて受け入れよう。それが少しでもシャルルが安心して眠れるようになるなら。

 

 それがおれの贖罪だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの日からもう一月経つのに、僕はユキの優しさに甘えて、一人で寝ることをしない様になっていた。

 

 最初は本当に夢でも襲われる怖い思いをしてユキの所に逃げ込んでたけど、今は本当にユキに甘えて一緒に寝ている。

 

 なんと言えば良いのかな。ユキと一緒に寝ていると、とても安心するんだ。

 

 まるで、お母さんに抱き締められているように温かいんだ。

 

 おじさんはとても優しい人で、僕にたくさんの愛情をくれて、育ててくれた。

 

 でもおじさんは見た目通り言葉でと言うより背中で語る人だから、ユキみたいに優しく包み込んでくれる愛情とはちょっと違う。

 

 だからなのかな。ユキにいっぱい甘えちゃうのは。

 

 あまり良くないってわかってるけど、夜になるとついユキの部屋に足を運んでしまう。しっかりしないとダメなんだと思っても、そんな僕でさえ、ユキは何も言わないで優しく受け入れてくれる。

 

 僕たちは男同士で良かったかもしれない。もしどっちかが異性だったら、僕は後戻り出来ない程にユキに甘え込んでしまっていたと思うから。

 

「ではこの場合、貴公はどう考える」

 

「後方からの奇襲に際しては、やはり本隊の予備兵力を抽出し、迎撃に当たらせた方が得策かと」

 

「うむ。陣を崩さず敵を退けようというのならばそれもよし。だがその奇襲に合わせ敵の前線が上がった場合はどうする」

 

「……遺憾ではありますが、左右を固める部隊から前線へ増援を送り、陣形を縮め、薄くなった防御の層を厚くします」

 

「しかしそれでは部隊間の身動きに支障を来すであろう。歩兵運用であれば対処は出来るが、動きの鈍い艦隊運用では通用せんぞ」

 

「確かに。では陣形を縮めずに現状を維持。奇襲部隊の数にもよりますが、後方の部隊もこれの迎撃に当たらせ即時殲滅、または撃退し、戦力を前線へ集中し敵を撃滅します」

 

「力押しもまた戦術。それを否定はせんが、時を誤れば多くの同胞の命を脅かしもするぞ?」

 

「承知しております。……やはり私には一武人として戦場を駆け馳せる能しかありません」

 

「艦隊はMS程自由には動けん。戦場という荒波を往く巨鯨が如し。それを操ればこそ将としての眼力も生まれよう」

 

「荒波を往く巨鯨……。私にはまだ遠き路、何卒御教授を」

 

「うむ。精進あるのみ。その根気で見事物にしてみせよ」

 

「はっ! このユキ・アカリ、必ずやデラーズ閣下の御期待に応えてみせます」

 

 とても難しい話をしているユキとおじさん。僕にはユキがおじさんに何かを教わっている程度しかわからない。

 

 取り敢えず僕に出来るのはユキとおじさんの邪魔をしないようにお昼でも作ろうかな。

 

 ピンポーン♪

 

 そんなことを考えていたら呼び鈴が鳴った。

 

「御客人ですか?」

 

「いや。その予定はないが」

 

 ユキとおじさんが険しい顔つきになる。まぁ、確かにウチは近所でも歩いて20分はかかるし、ユキの事情が事情だから警戒するのもわかるけど、二人とも顔が恐いよ。

 

「僕が出てくるよ」

 

 そう言って僕は玄関に向かう。ユキとおじさんの顔を見せたらお客さんが腰を抜かしちゃいそうだしね。

 

「どちら様ですか?」

 

 ドアを少しだけ開けて隙間から外を見ると、結構身体つきの良い男の人が立っていた。上着のポケットにバラを差した男の人だった。

 

「おお、突然すまない。ここにユキ・アカリという男が居るはずなのだが」

 

 胸ポケットのバラを除けば取り敢えず普通の人かな? 少なくともテレビ関係の人じゃなさそう。

 

「……要件はわかりましたけど、何方かわからないと僕も対処出来ません」

 

 ユキの知り合いの人なら良いかもしれないけど、違った場合もあるかもしれない。

 

 男でISを動かせる事を隠しているんだもん。おじさんみたいに親身になる人ばかりでもないはず。

 

「うーむ、名乗りたいのは山々だが、私は今とある御方の密命を受けて動いていて名を明かせん。だが! このバラに誓い決して君に不利益な事はしないと約束しよう」

 

 そう言いながら胸ポケットから取り出したバラにキスをした。

 

 悪い人には見えないけど、良いのかなぁ……。

 

「遅いから様子を見に来てみれば。シャルル、そいつは通して構わないぞ」

 

 背中からユキの声が聞こえて、僕はドアを開けてバラの男の人を迎い入れた。

 

「おれを捜してなんとする?」

 

 まるで見抜く様に鋭い視線を送る。何時ものユキとは全く違う恐い顔をしていた。

 

「ハマーン様の命で、貴様のISを持ってきた。感謝して敬うが良い! このマシュマー・セロ直々に貴様の機体を持ってきてやったのだからな」

 

 むんすとドヤ顔で胸を張るマシュマーさんから何かを受け取ったユキ。

 

「ハマーンの命令で来たお前が威張るものでもないだろうに。というか居たんだな。気が付かなんだ」

 

「フッ、貴様がハマーン様のもとに居る間、私はハマーン様の命で奔走しているからな!」

 

 どうだ悔しいか? って感じで胸を張るマシュマーさんを、ユキはかわいそうなものを見る哀愁のある目で見ていた。

 

 部外者の僕でもユキの目を見て察してしまった。

 

 この人、除け者にされてるんだなぁ……。

 

「っと、ハマーンからか。――どうしたハマーン」

 

「ハマーン『様』とお呼びしろ! ハマーン『様』と!」

 

 投影ディスプレイに桃色髪の女の子が映り、フレンドリーに話し掛けるユキにマシュマーさんが噛みつく。

 

『良いマシュマー。……ジオンの蒼き鷹が無様なものだな』

 

「不甲斐ないものと笑うならば、いっそ笑ってくれ。そっちの方が気が楽になるよ」

 

 やれやれと言いたげに肩を竦めて首を振るユキに、女の子は嘲笑った。

 

『フッ、ありもしないプライドを気にして無駄口を叩ける元気があるなら心配は要らんな』

 

「これでも一応男のつもりだ」

 

『どの口が言う』

 

「言わせろよ」

 

 他人が立ち入れない雰囲気を出すユキと、ハマーンと呼ばれた女の子。

 

 おじさんと話している時のキリッとした顔とも、僕に向ける優しい顔ともまた違った軟らかい笑みを浮かべて話すユキ。ハマーンと呼ばれた女の子も、マシュマーさんにはちょっと恐いと思うキリッとした顔に対して、ユキには少しだけ軟らかに笑っていた。

 

 恋人さん……。とは違うのかな。

 

「っと、束博士からもか。…ハマーン」

 

『構わん。それと飼い主の躾くらいしておけ。煩くて敵わん』

 

「埋め合わせはするよ」

 

 ほんの少し疲れたという様子で言うハマーンさん。それにユキは苦笑いを浮かべて返した。

 

『おっそーいっ。彼女からの着信が来たらすぐに出るのがモテる男の子なんだぞ!』

 

 新しくディスプレイが現れて、そこにはISを深く知らない僕でもわかるすごい人が映っていた。

 

『ねぇ、いつ帰ってくるの? 今日? 明日? 明後日? 明明後日?』

 

「待て待て待て。落ち着け博士。少し恐いから」

 

『だってぇ!!』

 

 一言毎にディスプレイが近づきながら顔をアップにされたら凄まれるみたいで確かに恐いよね。

 

 それにしても、ISの生みの親の篠ノ之博士とも知り合いだなんて、ユキって本当に何者なんだろう。

 

『喚くな騒々しい。情けないISを使わすからこうなる』

 

『なんだってぇっ!? ISすらまともに造れないでよく言えるよね』

 

「止めないか。もとは墜とされたおれに責がある」

 

 篠ノ之博士とハマーンさんが口論になりそうな所に、ユキが割って入った。

 

『お前の素質を理解せずに適当にISを与える無様を指摘してやっただけだ』

 

『そもそもISをあげることも出来ないそっちに言われたくないよ。ハマーン・カーン』

 

『高機動戦闘を得意とする者に態々重MSのISを渡す様な真似をしたのは何処ぞの兎だったかな? 篠ノ之 束』

 

 険悪に睨み合う二人の雰囲気に空気が固まる。画面越しなのに空気がピリピリしている。

 

「騒がしいな。何かあったか?」

 

 中々戻ってこないどころか、篠ノ之博士とハマーンさんの口論が気になったのか。おじさんもリビングからやって来た。

 

「申し訳ございません、デラーズ閣下」

 

「デラーズ…? もしやあのエギーユ・デラーズか!」

 

「閣下と御呼びしろマシュマー。デラーズ閣下に無礼だぞ」

 

 敬礼しながらおじさんに謝るユキ。マシュマーさんが驚いた様子でおじさんの名前を口にした。……おじさんって、そんなに有名な人なのかな。

 

『ほう。風の噂には聞いていたが、貴殿もか。エギーユ・デラーズ』

 

『うそ…。エギーユ・デラーズって、デラーズ・フリートの』

 

 おじさんの名前を聞いて、あの篠ノ之博士が目を見開いていた。

 

「うむ。いかにも儂はデラーズ・フリートを率いたエギーユ・デラーズだ。名高き篠ノ之 束女史にも我が名を知られる事を、光栄に思う。そしてハマーン・カーン殿、先のアクシズの支援にこの場を借りて感謝する」

 

『地球圏に留まり、日夜戦い続けた貴殿等に対するせめてもの餞別だ。貴殿等の奮戦あればこそ、我々も万全の準備をし、地球圏へと帰ってこれた。……結果はそこのバカの所為で散々だったがな』

 

「ハッハッハッ、此奴にしてやられたか」

 

「穿くり返すなハマーン。デラーズ閣下も御笑わらいにないでくださいませ。あの頃の私は失策続きで見せる顔もないのです」

 

 ハマーンさんにキツく睨まれるユキを、おじさんは楽しそうに笑った。笑われて睨まれる中でユキは頭痛を抑えるように額に手を当てていた。

 

「しかしそれが正しいと突き進んだ路なのだろう?」

 

「若さ故の過ちとも言えるでしょう。しかしハマーンとは言葉を尽くし、その結果であります。正しいか正しくないかではなく、正しかったと胸を張るだけです。でなければハマーンに申し訳が立ちません」

 

 おじさんの言葉に迷いのある昔を思い出すように語るユキ。その眼は何処か遠くを見ている様で、そして悲しい目をしていた。

 

『当たり前だ。あまり腑抜けていると、今度は私が勝たせてもらうぞ』

 

「望むところだと言わせて貰うよ。絶対に負けてやらない。これからも向き合う為にも」

 

 楽しげに話しているハマーンさんとユキ。でも二人の雰囲気が少し恐い。

 

『……マスター? ッ、マスター!!』

 

『きゃっ、ちょ、クロちゃん!?』

 

『マスター、マスターマスター、あぁ、マスター、良かった…。その傷を着けた相手は何処ですか? 見つけ出して八つ裂きにしてやります』

 

 ハマーンさんとユキが見詰め合っていると、篠ノ之博士の方から女の子の声が聞こえて、篠ノ之博士を押し退けて銀髪のお人形さんみたいに綺麗な女の子が映っていた。でも眼が黒と金だなんて、何かの病気なのかな?

 

『ククク、お前も一端のものを抱え込んでいる様じゃないか』

 

「茶化すな。……元気かクロエ? 見た様だけど、おれは大丈夫だ」

 

 面白い物を見たという風に笑うハマーンさんに、ユキが一言添えてから新しく映った女の子に優しく言葉をかけた。

 

『でも、私のマスターを傷物にしたのは赦せません。……やはり私も行くべきです』

 

「おれはお前に人殺しはさせんよ」

 

『相変わらず甘いな。死ぬぞ』

 

「死ぬものか。死ぬにはおれは多くを背負っている。それが終わるまでは殺されたって生きてやるさ」

 

 随分と物騒で重い雰囲気の言葉の応酬。僕だけ場違いに疎外感を覚えている。……僕はまだ、ユキの事を知らない事が多すぎるんだ。

 

『それでこそだ。……傷が癒えるまで護衛を着ける。マシュマーは待機。護衛が到着次第戻れ』

 

「はっ!」

 

『私もマスターのもとに』

 

「いや、クロエは博士の傍に居てくれ。おれの居ない間、博士を守ってくれ」

 

『了解です。マスター』

 

『ではなユキ。あとを頼むぞマシュマー』

 

「はっ! このマシュマー・セロの名に懸けて」

 

 マシュマーさんが綺麗な敬礼をしながら敬礼すると、ハマーンさんのウィンドウが閉じた。

 

「博士もすまない。心配をかけた」

 

『……悔しいけど、ハマーンの言う通りもある。だから』

 

「皆まで言わなくて良い。サザビーが戻れば、もう負けはしない」

 

『うん。信じてるよ、ユキ』

 

『マスター』

 

「あとを頼むぞ、クロエ」

 

『はい、マスター』

 

 篠ノ之博士のウィンドウも閉じて、ようやく一段落が着いた。張り詰めていた空気がなくなって肩がどっと重くなる。

 

「あの空気によくぞ耐えたな」

 

「あははは、タイミングがわからなくて」

 

 身を引くタイミングがわからないのもそうだったけど、少しでもユキの事を知りたかったから、僕はそのまま居残ったんだ。

 

「短い間だが、世話になるぞマシュマー」

 

「ハマーン様の命だ。例え裏切り者であろうと面倒は見てやる」

 

「助かるよ。……シャルル、昼食を一人前追加出来るか?」

 

「あ、うん。マシュマーさんの分だよね? 大丈夫だよ」

 

「かたじけない。礼に皿洗いでもなんでもしよう」

 

「フフ、ありがとうございます」

 

 最初はちょっと変な人かなぁって思っちゃったけど、良い人みたいだね、マシュマーさんって。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニュー・ケネディ空港をあとにしたアウドムラ。だがスードリを無傷で残してきてしまったため、それを使って敵が追ってくるだろうとは誰もがわかっていた。

 

「ケネディ空港を襲った部隊が、スードリで追ってくるとして……」

 

「半日は掛かりますかね?」

 

 クワトロ大尉とハヤト館長が互いの考えを申し合わせる。

 

「いや、もっと速い。……近づいてくる。捕まっているよ」

 

「わかるのか?」

 

「そう感じるだけさ」

 

 何が来るとまではわからない。でも近づいて来ている物を確かに感じていた。しかもそれはそう遠くない内に追い付いてくる。

 

「ニュータイプの感じかたですか?」

 

「強い感性の持ち主ですよ」

 

「おだててもなにも出ないよ。ニュータイプだって人間なんだから」

 

 そうだ。ニュータイプだって神様じゃないんだ。でもニュータイプだからわかるものだってある。違うな。無意識で感じてるだけだ。

 

「MS部隊の発進準備をさせるよ」

 

「ああ、頼む。…ハヤト館長」

 

「総員に第二戦闘配置をさせます。よろしいですね? クワトロ大尉」

 

「このアウドムラとカラバの指揮は君のものだハヤト館長。こちらは気にせずやってくれ」

 

「ではその様に」

 

 ハヤト館長とやり取りをしているクワトロ大尉を置いて、おれはMSデッキに向かった。

 

 ハイザックは既に整備を終了させている。ネモも順次OSの再調整をしている所だった。

 

「ユキさん、どうしたんですか?」

 

 自分のハイザックの所に向かっていると、カミーユに声を掛けられた。

 

「カミーユか。Mk-Ⅱの整備は終わってるな?」

 

「はい。でもそれが――」

 

『敵部隊の反応をキャッチした! 総員、第二戦闘配置だ!』

 

 カミーユの声を遮ってハヤト館長の命令が下り、MSデッキが慌ただしくなる。

 

「そういう事だ。早くガンダムに乗れ」

 

「はいっ」

 

 パイロットロッカーへ向かうカミーユの背中を見届けながらハイザックに乗り込む。クレイバズーカとネモのビームライフルを装備して、引っ張り出したドダイ改に乗り込む。

 

 そうしている内に、MSに乗れるパイロット達が機体に乗り込んでいく。パイロットスーツに着替えたカミーユとクワトロ大尉もその中に居た。

 

「クワトロ大尉! 上と下の、両方からですって!」

 

「カミーユはデッキから応戦して、アウドムラを守れ!」

 

「はい!」

 

 クワトロ大尉がカミーユに告げて百式に乗り込むのを確認して回線を開く。

 

「自由落下での経験は?」

 

『……一年戦争の頃に、ガンダムに仕掛けて以来だ。君は?』

 

「あるわけないでしょ」

 

 百式がドダイ改の隣に乗ったのを確認して、発進させる。

 

「アカリ・ユキ、ハイザックはドダイ改で発進する!」

 

『クワトロ・バジーナ、百式も出るぞ!』

 

 ドダイ改をコントロールし、アウドムラから発進する。

 

『地球の重力に引かれる。高度は常に気を配れ』

 

「了解。……とてつもなく速いのが来る!」

 

『なに!?』

 

 敵の編隊。その編隊を先導して低空から一気にこちらに上昇してきたのは、鋭角的なフォルムを持つMAだった。

 

 ブースターを切り離し、身軽になった機体が加速してこちらの脇を通り過ぎていった。

 

『MAか!?』

 

「いや、違う……MSだ!」

 

 通り過ぎていった一瞬、脚のような物があるのと、バインダーの影に腕があるのが見えた。

 

 ティターンズが積極的に可変MSを戦線に投入してきている事実に薄ら寒い物を感じる。隣にいる百式も最初は可変MSとして完成するはずだったが、ムーバーブルフレーム技術の低さに、機体強度を確保出来ず通常のMSとして完成させたという事実をもってしても、可変MSの技術ではエゥーゴは遅れを取ってしまっている。

 

 変形することで機体特性がMSからMAに変われば戦い方の幅も広がり、相手の意表も突ける。可変MSには無限の可能性があるというわけだ。

 

「後ろから?」

 

『ええいっ』

 

 反転して可変MSを追うおれたちを、後ろからベースジャバーに乗ったアクト・ザクが攻撃してくる。

 

 一瞬振り向いて互いにビームライフルを撃つ。おれのビームがアクト・ザクを撃ち抜き、百式のビームはベースジャバーに直撃し、生じた二つの爆発に巻き込まれて同乗していたもう一機のアクト・ザクも爆散していった。

 

「ザコ程度が粋がるから」

 

 アクト・ザクはマグネット・コーティングが施されたジオン生まれの機体だ。

 

 高過ぎる機動性と反応速度に並のパイロットは着いていけず、性能にリミッターが掛かっている程なのだ。

 

 とはいえ、所詮連邦の兵士には扱えなかった様だ。動きが別のMSとあまり変わりがない。

 

 スラスターを噴かしながらドダイ改から降りる。すると好機と見たか、二機のアクト・ザクを乗せてベースジャバーが突っ込んでくる。

 

 マシンガンの攻撃を盾で防ぎ、ビームライフルでアクト・ザクの頭を撃ち抜く。

 

 その撃ち抜いたアクト・ザクを擦れ違い様に蹴落としてベースジャバーに取り付きつつビームサーベルを抜き、蹴落としたアクト・ザクの隣のもう一機のアクト・ザクを横っ腹から一突きして蹴落とす。

 

『脚癖が悪いな』

 

「ほっとけ!」

 

 ベースジャバーのコントロールを奪って足にする。一度落ち着いて戦場を俯瞰する。

 

「アウドムラが被弾している? カミーユが出たのか」

 

 アウドムラの胴体から煙が見え、ドダイ改に乗ったガンダムMk-Ⅱが可変MS――ギャプランと交戦しているが、空中を自由に飛び回るギャプランを相手にカミーユのガンダムMk-Ⅱが押されている。

 

「シャアは行け! 敵は抑える」

 

『了解だ。無理はするなよ』

 

「誰だと思ってる!」

 

 腐り果てようと、ジオンの蒼き鷹とまで言われた自分が、機体も満足に扱えない連邦やティターンズの青二才相手に墜ちるものか。

 

 そんな感情を込めながらクワトロ大尉の百式をカミーユの援護に向かわせる。

 

 こちらもあとは二機のアクト・ザクのみだ。敗れる要素など有ろう筈がない。

 

「墜ちろぉぉっ」

 

 クレイバズーカから散弾を撃ち出し、直撃したベースジャバーが爆散する。

 

 足場を失って落ちていくアクト・ザク二機に向けてビームライフルで撃ち抜いて撃墜する。

 

 シャアにああ言った手前だ。MSの2機も圧倒出来ないで言えるもんじゃない。

 

 再び戦場を見渡せば、MAからMSに変形したギャプランのビーム攻撃を防いだ盾が砕け散って、体勢を崩しつつもドダイ改に着地したMk-Ⅱの姿が見えた。

 

『捕まえたよ!』

 

『ザザッ――こちらもな!』

 

『なにっ!?』

 

「頭を抑える!」

 

 クワトロ大尉がわざと広域チャンネルを開いてギャプランのパイロットの注意を引く。

 

 一瞬の動きを見切り、ビームライフルで牽制射撃。

 

 動きを乱したギャプランに百式のビームライフルの銃口が向く。

 

『墜ちろおおおっ』

 

 ライフルから放たれた数発のビームを紙一重で避けるギャプランだが、その内の一発をバインダーに直撃して表面装甲を弾け飛ばしていった。

 

「退くのか……」

 

 MAに変形したギャプランは戦闘領域から離脱していった。

 

「でも……。まだ来る」

 

『ユキ! ドダイの回収と補給急げ』

 

「了解した。一度戻る」

 

 低空から接近してくる気配を感じ取りつつも、ベースジャバーをアウドムラに向ける。

 

「下から上がってくるのか」

 

『見えた…!』

 

 アウドムラに向かって上昇してくる敵の部隊を百式がビームライフルで撃つ。

 

 放たれたビームはハイザックを乗せているベースジャバーに直撃し、 乗っていたハイザックにはこちらからビームライフルを撃ち込んで撃墜する。

 

「クワトロ大尉、先に!」

 

『おう! だがっ』

 

 ドダイ改をアウドムラに回収させつつ、更に飛び上がった百式が追撃のビームライフルを放ち、新たに上がってきたハイザックを撃ち落とす。

 

 そのままアウドムラのデッキに向かう百式を援護する為に、ビームライフルで残ったハイザックとベースジャバーを撃ち落とす。

 

「まだ来る。ロベルトをやった可変MSか!」

 

 下から一気に昇ってくる円盤型のMA形態のアッシマーに向けてビームライフルを連射して弾幕を張る。

 

「くそっ、上に行かれた!」

 

 エネルギーの切れたビームライフルからクレイバズーカに持ち替えて、ベースジャバーをアウドムラに回収させつつアウドムラの上に着艦する。

 

「下に行けと言った!!」

 

 クレイバズーカの散弾を、アッシマーの上を抑えるように撃ち放つ。

 

『ユキ、一度下がれ!』

 

「でもっ」

 

『武器がないだろう!』

 

「ちぃっ、わかったよ。ランチャーだけ取ってくる」

 

 クワトロ大尉に従って一度アウドムラの格納庫に戻る。

 

「素直に下ろさせろ!」

 

 着艦する隙を狙って攻撃をしてくる連邦軍のハイザックに向けてクレイバズーカを撃ち込む。散弾の直撃は胸部装甲を打ち砕き、剥き出しになった内装へ向けてもう一発クレイバズーカを撃ち込んで撃墜する。

 

「ビームランチャーは!?」

 

『整備、完了しています!』

 

「感謝する!」

 

 整備兵に感謝しつつ、後部ハッチからジャンプして再びアウドムラの上に昇る。

 

「(なにをする気だ!? アムロ!)」

 

「(黙ってろシャア!! 奴にはアウドムラを無傷で手に入れたいという欲がある!)」

 

「シャア? アムロって……!?」

 

 頭に直接聞こえた声に振り向けば、アウドムラのブリッジを狙っているアッシマーの背後から輸送機が体当たりをした。

 

 気になって仕方がなくアウドムラの上から降りる。

 

 丁度敵も退いていった。

 

「あれは……」

 

 ガンダムMk-Ⅱが向かい入れる様にパラシュートで空に浮く男を回収した。

 

 無意識に操縦桿を握る手に力が籠る。

 

「アムロ……っ」

 

 アムロ・レイ。

 

 8年前の一年戦争で、連邦軍の開発した初代ガンダムを操縦していたパイロット。

 

 そして、ララァを殺した男。

 

 サイド6であどけない少年兵だった姿を見たのが最初で最後だった。

 

 そして今は、ひとりの大人の男になっていた。

 

 Mk-Ⅱと百式に追い付き、コックピットを開ける。

 

 パイロットスーツを着ていない抜き身に強烈な風が当たって服や髪の毛が乱れるが、そんなの構いやしない。

 

 その男を直に見て、そして改めて認識する。

 

 間違いなく、本物のアムロ・レイであると……。

 

 

 

 

to be continued…


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