IS-虹の向こう側-   作:望夢

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感想でもちらりと指摘されたので、Zの回想なしで頑張ってみましたがこれで限界でした。

ガンダム部分を書いてモチベーション上げた勢いでIS部分を書いている自分が居るのが悪いのですが。なら別々に書けば良いんじゃないかと思われますが、それだとエタる可能性しか見えないので、またガンダムの回想を挟んだ時は読みすっ飛ばして構いませんのでお付き合いください。

意外とZガンダムを見ていない読者の方もいらっしゃるのにちょっと驚きつつ、もし良かったら一度は見ていただきたい。ニュータイプに関して深く描かれていると個人的には好きなガンダムです。1st、Z、ZZ、CCA、UCは本当にニュータイプってなんなのかを考えさせられるシリーズであると思います。F91以降も好きですが、ニュータイプの定義が変わってしまっていて、そこはかとなく虚しいものです。長文失礼。


第29話ー優しさの怒りー

 

「申し訳御座いません、閣下。閣下御自ら送迎頂ける。恐悦至極に御座います」

 

「なに、気にするな。星の屑に奮戦した戦士を労わんでどうするか」

 

「ありがたき御言葉。このユキ・アカリ、胸を打たれます。このご恩は必ずや」

 

「うむ。その折りは貴公の力も宛にさせてもらおう」

 

「はっ! (わたくし)で良ければ何時でも馳せ参じましょう」

 

 おれは今、デラーズ閣下の運転する車で病院をあとにした。

 

 ISには生命維持機能があるとはいえ、重傷には間違いなかった傷を応急手当だけでは不十分であるとして、デラーズ閣下の伝手で信頼できる医者に本格的な治療を依頼したのが一週間前だ。

 

 篠ノ之博士の協力者であり、男性IS搭乗者とあっては一般病院は使えない。下手に足が着くのは避けたかったのだ。

 

 ならばドイツのハマーンに連絡をするのも手だったが、機体性能差とはいえ墜とされたと告白するのはプライドが許せなかった。

 

 またリック・ドムⅡも大破状態の為に通信機能も使えず、自己修復で回復したメーラーで一応の無事だけは束博士には伝わっていることを願いたい。

 

 胸の傷は生治療によって傷痕が残る程度には回復した。ただ腕に関しては充分自然治癒が可能であったため、経過に任せる事になった。

 

 とはいえ全治に3ヶ月は痛い。

 

「戦士にも休息は必要だということだ」

 

「わかりますが。ですが私が居なければ博士の計画は動きません」

 

 最終的な人類を宇宙へ巣立たせる計画だが、その為の輪郭すらまだ定まっていない。家賃代わりに彼女の依頼を請け負ってはいるが、博士自身も本当にやりたいことは別にある。ただISが本来の使われ方をしていない、そして彼女もまた人の可能性を信じているから、それを穢れる事を嫌うのだろう。本質がシャアと似ている。それこそ行き過ぎれば地球潰しだってやってみせるだろう。

 

 だからおれが居る。間違った方向に逸らない様に。

 

「人を導くか。腹に一物を抱える者は、そう簡単ではないぞ?」

 

 デラーズ閣下の御言葉には重みがあった。かつてそれをして、裏切られた事があるから言える事だ。

 

「承知しております。しかし彼女の志しは純粋です。その想いに狂いがあるとするならば、それは時代の所為でありましょう」

 

「時代か。この世界も変わらんものよ」

 

 スペースノイドが自治権を要求しても、地球に住む人々は植民地同然に搾取できる環境が手元から離れるのを嫌って、強権を振りかざし、その切実なる芽を刈り取っていった。

 

 彼女もまたそうだ。ISは宇宙開発を加速させる画期的なものだっただろうし、使っている身としても、そういった視点でみれば確かにISがあれば宇宙へ巣立つ時も近づいただろう。

 

 だがそれを否定したのは宇宙を見ていない者たちだ。

 

 目の前の利益を啜り、私腹を肥やし、未来を閉ざした政治家達だ。

 

 今の世、女尊男卑の流れを作る引き金を引いたのがそう言った男たちだったとは皮肉な話だ。最も、それで増長して関係のない女が威張り、関係のない男まで被害を被る今の世も間違っていると解れ。

 

 でなければ人類は衰退し、いずれは……。

 

「やはり肝を舐めた様だな」

 

「え?」

 

「戦士として戦場を見る眼から、政治屋として世界を見る眼をしている。話せ、その様になったわけを」

 

「……私は、エゥーゴに流れ、そして連邦軍としてジオンとも戦いました」

 

 独白の様に、小さくて怯える幼子の様な声で言葉を口にした。

 

「ネオ・ジオンか……」

 

「はい。ザビ家再興。しかしそれではスペースノイドの真の独立という大義とは離れてしまうもの。あの時のハマーンは地球に居残る人々を抹殺しようとした。それでは連邦と変わりません。強権をもって弱者を虐げるやり方はしちゃいけなかった」

 

 今まで虐げられていた側が、力を持ったからと言ってそれをやり返してしまってはいけない。

 

 それは歴史を繰り返してしまう事になってしまう。強権を振るって、地球圏を統一しても、反感を育てる土壌を作って、それはやがて反抗勢力を産み出す。

 

 ティターンズとエゥーゴの様に。

 

 そんな戦いの歴史を繰り返したら人類は革新どころではなくなってしまう。

 

 だからハマーンを討った。同じニュータイプの未来を夢見た同士は、せめてこの手でと。

 

「シャアだって、地球を潰して強制的に人類を宇宙へ巣立たせ、アースノイドという垣根を壊して人類をすべてスペースノイドに移そうとした。でも、それでも人は地球に生きて、いずれはかつてのジオンとなる。それを解っていながら業を背負うだなんて結局バカなやり方しかしないからっ」

 

 だからシャアとも戦ってみせた。でなければハマーンを討った理由がなくなってしまう。それは討たれてくれていった彼女に対する侮辱以外の何物にもならない。

 

 でも、袖付きは違った。あれはもう、スペースノイドの独立とかそういうものではなかった。

 

 ラプラスの箱が袖付きの手に渡って開示されていたら、フル・フロンタルのいうコロニー共栄圏は作れただろう。

 

 だがそれをよしとしない連邦はまた武力をもってスペースノイドを虐げるだろう。ラプラスの箱をコロニーレーザーで焼こうとした事がその証左だ。

 

 それに袖付きには、連邦軍と真っ向から戦える力なんてなかったんだから。

 

 本当に戦う意味を持って戦う大人たちは、星屑の中に散った。

 

 スペースノイドの為と、ティターンズを赦せんと立ち上がった者たちでさえ、結局は地球に帰化してしまった。

 

 シャアが地球に住む人々を見限るのもわかる。

 

 ジュドーの様に地球圏を見限れなかったのは、可能性を見てしまったからだろう。刻の果ての、人類の未来を。

 

 おれもそのひとりだ。でもなんとかやってこれたのは、導いてくれる人が居たからだろう。

 

 ララァも、カミーユも、ハマーンも、シャア、アムロ。――仲間たちが路を間違えないように背中を押してくれていたからだろう。

 

「人はまだ戸口に立っているだけで、その扉を開くのを怖がって。変わってしまうことの不明瞭に怯えて尻込みしてしまう。だから我慢できない人の暴挙を許してしまう。人類がニュータイプを受け入れてくれれば、悲しい事なんて起きることもなくなるのに……」

 

 人類がニュータイプなれば悲しい擦れ違いだってなくなる。競いはしても争う事はなくなるだろう。

 

 だってニュータイプは戦いの最中でも、互いに解り合うことだって出来るのだから。

 

「ジオン・ズム・ダイクンのニュータイプ思想か。かなり毒されるのも、ニュータイプ故か」

 

「自覚はあります。でも、あの感覚を感じられてしまうのは……。口では説明しきれないのです。御許しを」

 

「別に咎めているわけではない。儂には解らぬが、お前は魂に従って生きてきた。それは人として自由な事だ」

 

「自由……ですか?」

 

「重力に魂を引かれていない物の見方というものだ」

 

 果たして閣下の仰る通りなのだろうか。無意識の内に、地球が滅びるのをよしとしない考えが巡ってしまうのは、重力に魂を引かれている者の見方ではないのかと思ってしまう。それはやはり自分の根っ子がアースノイドであるという事の証明ではないのか。

 

「わぷっ、…か、閣下?」

 

 いきなり頭をくしゃくしゃに撫でられた。無骨で大きな手が撫で慣れている動きをする。優しい手つきだ。子を宥めるには良かろう。

 

「そう難しく囚われるな。ここはもう、宇宙世紀ではない。柵を抱えながら人が生きる世だ。その柵を無くし、人類を宇宙へ巣立たせるという者が過去に縛られていては、未来を行こうとする者は着いて来ぬ」

 

「……感銘を受けました。その御言葉、肝に銘じます」

 

「フッフッフッ、漢の顔になったな。それでこそ蒼き鷹なり」

 

「恐縮です。これからも御教授願いたく」

 

「うむ。儂で善ければ、この知識、巧く役立てよう」

 

「はっ、ありがとうございます」

 

 車の中なので敬礼は略し、頭を垂れる。この人を惹き付ける空気。経験を重ねた熟練でも手に入らない人間としての魅力というものは相変わらず御変わりない御様子。故にこそ、我らは閣下にこの命を預ける事が出来たのだ。

 

「昼食は外で済ませる。シャルを拾うついでだ、荷は降ろして来るが良い。部屋は先の物を使え」

 

「了解致しました」

 

「うむ。…シャルは何処か?」

 

 車から降りて再度一礼し、玄関へと向かうと丁度開いた扉からシャルルが姿を現した。

 

「はーいっ、お帰りなさい、おじさん。あっ…」

 

「また暫く世話になる。昼食は外食になる、身支度をして閣下の所へ」

 

「あ、うん。よろしくね」

 

「こちらこそ」

 

 シャルルにも一礼して借りていた二階の部屋に向かう。

   

 博士は天才だが、こういう人身御供は嫌うだろう。

 

 宇宙世紀では、自分はジオンの蒼き鷹という何処にでも居るようなエースパイロットの肩書きしかなかった。

 

 だが今は篠ノ之 束博士の協力者で、男性IS搭乗者。

 

 この肩書きを正しく使えれば、世界に無視できない言葉を発信することも出来るだろう。

 

 だから人身御供になったとしても、それを甘んじるだけはしない。やれるのならば指導者の様に世界でも組織でも率いることもあるはずだ。

 

 人が一人では世界に呑み込まれてしまうならば、呑み込まれないために徒党を組み、組織として声を世界に発信するのだ。

 

 ジオン、デラーズ・フリート、エゥーゴを通して学んだ事だ。

 

 人類を宇宙へ巣立たせるという博士の夢を、それをするための組織を立ち上げたなら、間違いなく回ってくるだろうお鉢を取りこぼさず確りと抱えるための知識を、ハマーンとデラーズ閣下から学び取り入れる。

 

 それがいずれ来るだろう人身御供の役割だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうだったかな?」

 

「ええ。大変美味でありました」

 

 小さな町の食事処だったが、味はとても良かった。人の真心、心の温かさを感じられる美味しさがあった。

 

「しかしながらこの様な異国の地で日本食を食せるとは思いませんでした」

 

「儂の行きつけの店だ。静かで風流のある店で繊細な味の日本食を食す。中々の贅沢であろう」

 

「御納得です。私も久しく忘れていたものでした」

 

 両親共に日系人だったおれは、日本文化というものに慣れ親しんで育った。質素ながら風情があり、素材の味をそのまま楽しむ日本食というのは結構好きなものだった。

 

 だが一年戦争が始まってから日本食なんぞ食べている暇もなく、十数年が過ぎてしまった。

 

 サバの味噌煮定食は上手かった。骨まで食べれる軟かさに、味噌の染み込んだ身が白米の食を進める。じゃがいもとワカメの味噌汁は薄味だったが、味噌煮のしょっぱさとバランスが取れていて気にならなかった。

 

 デラーズ閣下が舌鼓を打ち、通い詰めるのもわかるというもの。それほどに美味であった。

 

「帰り際に銀行に寄るぞ」

 

「申し訳御座いません。代金は」

 

「よい。気にするな」

 

「しかし」

 

「儂にはこれくらいしか出来ん」

 

「……ありがたく」

 

 外食に自身も加えてしまったから手持ちがなくなってしまったのかと。しかし気遣いは却って失礼になってしまったかもしれない。

 

 閣下にとってはもうジオンの士官ではないのだろう雰囲気が伝わってくる。ひとりの人として、今を生きている。

 

 だが自分にとってはデラーズ・フリートの総司令であり、ジオンの軍人であるデラーズ閣下という漢のままで時が止まっているから、閣下に食事を奢って貰う事が畏れ多く思ってしまう。

 

「お前はどうする」

 

「外で待ちます。シャルル、おれは良い。閣下と」

 

「フッ、儂はそこまで老い込む程ではないぞ。シャル、ユキに着いていていてやれ」

 

「うん。わかったよ」

 

「ありがとうございます」

 

 片腕が使えない自身を気遣ってくれるデラーズ閣下に一礼して、銀行の前にある公園のベンチに座って閣下を御待ちする。

 

「シャルルは閣下とはどういう関係なんだ?」

 

「……おじさんは、僕を育ててくれた人なんだ。なんの価値もない僕を」

 

「……捨てられた。とは少し違うか」

 

「どうなんだろうね」

 

 シャルルの言葉からは、両親の気配を感じる。ただ捨てられたという様には感じなかった。

 

「泥棒猫の子だって、殴られもしたよ」

 

 不躾だった。シャルルは俯いて重い言葉を口にしてくれた。

 

 どういう背景や事情があるにしろ、その言葉を言われたシャルルの心中を計り知ることはできない。

 

「すまない。酷なことを訊いた」

 

「ううん、良いんだ。僕も話したかったから」

 

「そうか……」

 

 会話が続かない……。流行なんて気にしてないから話題もない。いったい何を話せば会話が弾むのか。

 

 互いの事をまったく話してないから距離感もわからないし、悪い意味じゃないが、普通の同世代の子供と話した事がないから会話の内容すら浮かばない。ましてや自分は宇宙世紀出身で、シャルルはこの世界の出身。出身が違えば違うほどに会話の内容選びが大変だ。

 

 クロエやラウラは此方を慕ってくれているし、一夏には教える立場だから遠慮しなくて良かった。

 

 だがシャルルはまだフラットの関係だ。それに一物抱えているだろう事情はあるのは察せられる。それも手伝って距離感が掴めない。

 

「ユキは、おじさんとは何処で知り合ったの?」

 

 つまりシャルルからの質問を待つ形となった。

 

「……閣下とは海で出逢った」

 

 宇宙世紀絡みの事情もシャルルは知らない様子。だから宇宙で出逢ったとは濁して海とした。

 

「死に場所を探していたおれに、閣下は生きる指標を授けてくれた」

 

 敗戦したジオン。アムロにも勝てず、戦争にも負け、多くの者がアクシズへ落ち延びる最中地球圏に残ったのは死に場所を探していたからだ。

 

 連邦軍の輸送部隊を襲う最中での無鉄砲な戦い方が閣下の耳に入り、閣下はおれにこう言われた。

 

『既に亡き命と思うのならば、その命、儂が預かる。若人が新たな時代を作るのだ。今は辛かろうとそれに耐え、生きて得ることの出来る栄光をその手に掴み取れ』

 

 その御言葉に、戦う芯を失っていた自身がどれ程救われたか。

 

「死に場所って……」

 

「……詮無い話だ。忘れてくれ」

 

 やはり言葉選びが大変だ。軍人であるならある程度は話は簡単だが、シャルルは一般男児だ。そんな子に死に場所を探していたなんて言葉は馴染みがあるわけがないだろう。

 

「んっ? なんだこの感じ。稚拙な悪意を感じる」

 

「どうかしたの?」

 

 ベンチから立ち上がって悪意の出本を探す。

 

 自身に向けられた物ではないが、浅はかな悪意でもあまり良いものではない。

 

 悪意がより強くなった時、銀行から銃声が聞こえた。

 

「銀行からだと!? 閣下!!」

 

「あっ、まって!」

 

 銃声が銀行から聞こえた時、既に足は駆け出していた。

 

「シャルルは避難しろ! 危険だ」

 

 あとを追ってきそうなシャルルを言葉で制して銀行に駆け寄る。

 

 入り口から雪崩れ出る人の波に逆らって中に紛れ込む。

 

「騒ぐな! 金さえ手に入れば解放してやる」

 

 銀行強盗か。これは面倒なことに出くわしてしまった。

 

 銃を持っているのは二人。どちらも拳銃だが、一般人からすれば充分な脅威だ。実行犯は恐らく3人か。一人が銀行員と共に奥の方に行くのが見える。ということは逃走用車両に待機する4人目の可能性も有り得る。

 

「強盗?」

 

「らしいな。って……!?」

 

 背中からシャルルの声が聞こえて僅かに振り向いて背中をみれば、置いてきたはずのシャルルが其処にいた。

 

「バカ、何で来たっ」

 

「だ、だって、心配だし。おじさんだって」

 

 気持ちはわかるが、相手は銃を持っているのだ。そんな所に一般人が立ち入るものじゃない。

 

「そこのお前たち、何をしてる! 早く他の奴等と」

 

「いや待て。そこの嬢ちゃんたちには逃げる時の人質になってもらう」

 

 おれもそうだが、シャルルも背格好は子女に見える華奢な身体と顔つきだ。その所為で女と扱われたらしい。

 

「(閣下…)」

 

 逃げ遅れた利用客の最前列に、デラーズ閣下の御姿はあった。

 

 怯えている利用客たちを背に庇うように立つその御姿は、自身の知るジオンの将に足る威厳のある存在感を放っていた。

 

 そんなデラーズ閣下が此方の視線に気付き、一頷きされた。

 

 つまりは好きにやれと言うことだ。

 

 あまり使いたくはないが、自分にはこの矮小なる賊を鎮圧する力がある。

 

 すまないユニコーン。だがこれは人の命を守る為だ。

 

「オラ、ぼさっとしてねぇでこっちに来い!」

 

「い、イヤだ! 離して!」

 

 状況介入に際しての身の振りについて思考を割いていると、業を煮やした強盗犯の一人が近寄ってきてシャルルの腕を掴んでいた。

 

「ユキ!」

 

「はっ!」

 

 デラーズ閣下の一声にスイッチを切り換え、行動に移す。

 

 シャルルに意識の向いている強盗犯の手の拳銃を蹴り上げる。 

 

 そして懐から拳銃を抜いてシャルルの腕を掴む強盗犯の足を撃つ。

 

「ぎやああああああっっ、足が、足があああああ!! ぎゃぶっ」

 

「んのアマぁぁあああ!!」

 

「ひっ」

 

 騒ぎ立てる強盗犯を足蹴にシャルルを引き離すと、もう一人の強盗犯が拳銃を撃ってくる。シャルルが悲鳴を上げてしがみ付いてくる。無理もない。銃を向けられる経験など先ずするものでもない。

 

「心配するな」

 

 おれはシャルルに安心できるよう優しく声を掛ける。デラーズ閣下の様にはいかないかもしれないが、シャルルの頭を撫でてやる。

 

 少しクセはあるが指通りの良いサラサラの髪の毛の撫で心地はとても良かった。

 

「なにがあっても、守ってみせるさ」

 

 強盗犯から放たれた銃弾は、右手に展開されたユニコーンのシールドによって弾かれた。ガンダリウム合金のシールドが、拳銃の豆鉄砲ごときでびくともするわけがない。

 

「ユキ…?」

 

「……行けるな、ユニコーン!」

 

 全身を光が包んで純白の装甲が身を包む。

 

「ISだと!?」

 

 強盗犯が目を見開くのが見える。まぁ、そうだろう。こんな所にISを持った人間が居るとは思いもしなかっただろう。

 

「武器を捨て投降しろ。私はドイツ軍諜報局所属、ユキ・アカリ少佐である。もう一度言う、武器を捨て投降しろ。さもなくば武力行使によって貴様らを鎮圧する用意がある」

 

 シャルルをやんわりと身体から離しつつ、ビームマグナムの銃口を強盗犯に向ける。

 

 カートリッジは一発分しか残ってはいないが、脅しには十分だろう。それにいくらなんでも他の一般人も居る場所でビームマグナムなんぞ撃てるわけもない。この武器は強すぎる。

 

「さぁ、死にたくなければ銃を捨てろ。それとも上半身を跡形もなく蒸発させられたいか」

 

「くっ……、? へっ」

 

 何を企んでいるのか。絶対的な脅威を前にして笑うとは。

 

「むぐっ、むむむーっ!?」

 

「シャルル!?」

 

「へ、へへ、形勢逆転ってやつだ。このお嬢ちゃんを殺されたくなかったらISを解除しな!」

 

 足を撃ち抜いて蹲っていた強盗犯が、額に脂汗を掻きながらシャルルを拘束していた。まだ銃を持っていたのか、シャルルの頭に拳銃を突きつけていた。

 

「おのれ、卑怯な……っ」

 

 足を撃つだけではなく殺しておくべきだった。

 

「むぐぐ、むむーっ!!」

 

 シャルルは必死におれに何かを伝えようとしているが、口を塞がれていて言葉にならない。

 

「へへへ、嬢ちゃんイイ匂いするなぁ。お友だちに足を撃たれた礼をしてもらおうかねぇ」

 

「ぐむっ!? ぷはっ、やめて!! 僕に触らないでよっ」

 

「キサマ……っ」

 

 シャルルを取り押さえている強盗犯が、下衆な嗤いを浮かべてシャルルの身体をまさぐり始めた。

 

「ホラ、ISの嬢ちゃんよ。早く解除しねぇとお友だちが目の前で犯されちまうぜ?」

 

「ひぃっ、イヤだっ、助けてユキぃぃ!!」

 

「ッッ――」

 

 シャルルが涙を浮かべながら助けを求められた時、自分の中のナニかがキレた。

 

「さぁ、どうす――」

 

「……な…せ……」

 

 銃を構えている強盗犯にシールドを投げつける。ISという人体には成し得ない力で投げ放たれたシールドは顔面に直撃するが知った事ではない。

 

 イグニッション・ブースト、PIC最大出力――。

 

「テメェ! 自分の立場がわかっ――」

 

「離せと――言っているっ!!」

 

 腕のビームサーベルを抜き、シャルルを辱しめる男の頭上を駆け抜けつつ、ビーム刃が男の腕を肩から斬り落とす。

 

 その背後に着地し、回し蹴りを叩き込んでシャルルから引き剥がす。

 

「死ね――」

 

 強盗だけだったのならば、こちらも穏便に済ませたものを。おれの恩人に手を出し、辱しめ、涙を流させた。

 

 そこまでされて穏やかであれるほど、おれは我慢強い人間ではない。

 

 ビームマグナムを向け、半分の出力でも人間を殺すのには十分過ぎる威力がコイツにはある。

 

「ダメっ」

 

「……何故止める、シャルル」

 

 ビームマグナムの引き金を引こうとしたとき、シャルルが腕にしがみ付いてきた。危うく床を撃つところだった。

 

「僕は、大丈夫だから……だから」

 

 そう言うにはシャルルの身体は震えている。無理もない。あんな下衆の辱しめを受けそうになってしまったのだから。

 

 なのに下衆の命を心配する。なんとも優しい心の持ち主だろうか。

 

 その涙の流れた跡を拭う。そんなに厭な思いをしてまでも、その相手を心配出来るのは何故なのだろうか。

 

「ユキ…?」

 

「いや……なんでもない」

 

 シャルルの頬から手を離し、その身体を抱え上げる。

 

「わっ、ちょっと!?」

 

「無理をするな。足も震えている」

 

 とはいえ、それでも怖い思いをしたのには変わりはない。普通には歩けそうにないのは見てわかる。だからこうして抱えて運ぶだけだ。

 

「閣下、シャルルを頼みます」

 

「うむ。あとは任す」

 

「はっ!」

 

 シャルルをデラーズ閣下に預けて少し落ち着けた。すると目線が少し下がった。レコーダーを確認すると、どうやらNTーDが発動していたらしい。

 

 怒りに呑まれて気付きもしなかったとは。まだまだ未熟だな。

 

 強盗犯はあと一人残っているし、他の共謀者の可能性も残っている。

 

 シールドを回収し、銀行の奥に居た最後の一人も鎮圧する頃には警察隊も突入していて、強盗犯たちは現行犯で逮捕されていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ダメっ」

 

 ユキが纏うIS。純白のキレイな機体。でもそれは今、頭の一本角が割れて2本になって、全身の装甲も開いて中から赤い光を放っていた。

 

 その赤い光はまるで怒りの光に見えた。

 

 ユキがライフルを強盗犯に向ける。ISの武器だから、人間がそれに耐えられるわけはない。

 

 気づいたらその腕にしがみ付いていた。

 

「何故止める、シャルル」

 

 おじさんと話していた時とは全く違う、鋭くて冷たい声。

 

「僕は、大丈夫だから……だから」

 

 怖かったけど、でも僕はなんともないから。だから僕の為に怒ってくれているのは嬉しいけど、それで人殺しはして欲しくなかった。

 

「ユキ…?」

 

 気づいたら、機械の手が僕の目許をなぞって、頬を撫でていた。

 

 機械だから冷たいはずなのに、温かくて、優しかった。

 

「わっ、ちょっと!?」

 

「無理をするな。足が震えている」

 

 ISを纏ったままのユキに、横抱きに抱えられる。驚きながらユキの顔を見ると、機械の目のはずなのに優しく微笑んでいてくれる様に感じた。声も、おじさんと話していた穏やかな声に戻っていた。機体の裂け目の赤い光が消えていく。

 

「シャルルを頼みます」

 

「うむ。あとは任す」

 

「はっ!」

 

 敬礼して、ユキは銀行の奥に向かっていく。

 

「おじさん、ユキは……」

 

 何者なんだろうか。そのあとに言葉が続く前におじさんが言葉を口にした。

 

「純粋な男よ。アレは昔からそうだった。シャルよ、この事は他言無用だぞ?」

 

「う、うん。わかったよ」

 

 おじさんの言いたいことはわかる。だってユキは男の子だもん。男がISを動かせるなんて知られたらどんなことになるか想像も出来ない。

 

 だからこれは僕たちだけの秘密なんだ。

 

「閣下。強盗犯の鎮圧、完了致しました」

 

「ご苦労。大義であった」

 

「恐縮であります。……閣下」

 

「うむ。こちらで話しはしておく。シャルルを連れ、先に家に戻れ」

 

「はっ! 了解致しました。御先に失礼いたします」

 

 おじさんとユキはまるで軍人さんの様なやり取りをすると、まだISを纏ったままのユキが僕に近寄って手を伸ばしてきた。

 

「デラーズ閣下の御意向だ。おれたちは先に帰ろう、シャルル」

 

「う、うん……」

 

 その手を取ると、ユキはまた僕を抱え上げて、ゆっくりと空に上がっていく。

 

「恐くはないか?」

 

「うん。ユキは優しいから」

 

「……優しいものか。危うく怒りに呑まれていた」

 

 機械越しなのに、ユキが歯噛みしているのを感じ取れる。それは何かを悔いている様で、ユキの中にある何かを踏み越えてしまいそうだったのかもしれない。

 

 それでも、そうまでして僕を助けてくれて、怒ってくれて。

 

 そんな人が優しくないなんて、あるわけないじゃないか。

 

「ユキ…」

 

「ん?」

 

「ありがとう」

 

 だから僕に出来ることは、それを赦して、感謝することだった。心から。

 

「……当たり前だ。守ると誓った」

 

「フフ、男の子なんだね」

 

「悪いか……?」

 

「ううん。カッコいいよ」

 

「……茶化すな」

 

 そんなつもりはなかったんだけどね。恥ずかしがりやというか、照れ隠しが不器用だ。でも、約束を守れる男の子がカッコいいのはホントのことだよ?

 

 

 

 

 

to be continued… 


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