IS-虹の向こう側- 作:望夢
ジャブロー攻略が空振りに終わったエゥーゴは、カラバのハヤト・コバヤシの導きでニューケネディ空港のシャトルを使い、MSとパイロットを宇宙に帰す事になった。
「んっ……あれ……、ここは?」
気づいたらベットの上に横になっていた。
「気づいたか?」
シャアの声が聞こえて、身体を起こそうとするが頭に鈍痛を感じて止めた。
「無理をするな」
「おれは……」
「コックピットで気絶していた。……あまり感じ取るな」
「時々憎々しく思うよ」
本質を見たまま理解してしまう洞察力の他に、離れていても他人の存在を感じ取れてしまう感応力。
ジャブローの核爆発で逃げることの出来なかった人々の死を感じてしまったのだ。それを受け止めきれずに防衛本能が働いたのだ。
助かったと気を抜いた瞬間での出来事だったから心を守るのを忘れてしまったのだ。
だからニュータイプは万能じゃないんだ。察せてしまうから、多くの生命の消え方だってわかってしまうんだ。
でも、この力があるから未来を信じ続ける事が出来ると思いたい。
「頭痛薬ちょうだいよ……」
「ああ。起きれるか?」
「無理に決まってるでしょ」
起きるのに力を入れるだけだって痛かったんだ。ヘタな二日酔いの頭痛より酷かった。
「起こすぞ」
「ありがとう」
背中と頭に手を添えて身体を起こして貰いながら薬を飲む。
「……こんなところに居て良かったの? いぅっ」
「予定も決まった。あとは空港に着くまで手空きだよ。……相当か?」
「引っ越し中ったって、最低限の人員は必要だろう。時間ギリギリまで収容したって1000は逃げ遅れた。……カミーユは?」
「心配ない。いつも通りだ」
それを聞いて安心した。良い意味でまだ鈍い感覚が人の死に触れすぎたら後戻りが出来なくなってしまう。その体たらくを晒しているのがコレだ。
「なら良かった……。着いたら起こして、もう一眠りする」
「わかった。ゆっくり休め」
温かくなったシャアの手を頭に感じながら眼を閉じる。無辜の魂がせめて刻の先に辿り着ける事を祈りながら。
一眠りしたら頭痛は収まっていた。
ニューケネディ空港はエゥーゴの支援組織のカラバによって押さえておいてくれた。彼らの拠点として機能していた。
「カラバの規模がこれ程とは」
「当然と言いたいですが。ここはもう使えません」
「ジャブローから逃げてきたガルダを降ろしたからでしょう。連邦も、ガルダは使いたい。ガルダ構想の要を2機もエゥーゴに取られてしまったのだから」
MS空母として大型巡航機のガルダ級を中心に各地に部隊を可及的速やかに送り込む防衛構想だ。
オーストラリアやアフリカはまだジオン残党の勢いが強いと聞く。さらにカラバを始め地球にはエゥーゴの支援組織も立ち上がりつつある。
それらを鎮圧目的に、地球のどこからどこへでも部隊を派遣する構想なのだ。
「取り返しに来ると?」
「十分に有り得るでしょうね。だから先にスードリーのMSをシャトルとアウドムラに移動させます」
「わかりました。シャトルのパイロットがひとり足りないので」
「用意させます」
「頼みます」
ハヤト館長、クワトロ大尉とは一時別れ、おれはスードリーの格納庫に向かった。
「大丈夫ですか? ユキさん」
「ああ、大丈夫。先にスードリーからアウドムラにMSを移すよ」
「アウドムラに? シャトルじゃなくてですか?」
「シャトルに積み込みは終わっているんでしょ? レコーダーの処理はロベルト中尉に任せて。そのままシャトルに行って」
「了解しました」
「アポリー中尉は?」
「ここに居ますよ!」
カミーユの背中を押して作業を言いつけてアポリー中尉を呼ぶと、ネモのコックピットから顔を出してくれる。
「シャトルのパイロットがひとり足りないそうで。座ってもらえませんか?」
「自分がですか?」
「パイロットも宇宙に上げなくちゃならない。アポリー中尉なら出来ると思いましたけど?」
「ニュータイプのカンですか?」
「それでも良いです」
「でも、あんな古いのやったことないぞ」
「良いじゃないかアポリー。昔取った杵柄だろ?」
「人の話を聞いちゃいない。……やれば良いんでしょ?」
「頼みます」
スードリーからアウドムラに移るのにネモに乗り込んでついでに向かう。
「オートバランサーが働かない? マニュアルで。……あとで調整しないとな」
もう今は宇宙には帰れないと確信があればこそ、少しでも多くの物資をアウドムラに積み込もうとしていた。
「おいユキ、発射まで時間はないんだぞ」
「カミーユは地球体験をする必要はあるし、1機もMSは無駄にできないんだから。百式でも運んで」
「百式も宇宙に返すのだがな」
「その前に敵が来るってば」
「わかるのか?」
「5つ、でも9? ゲタに乗ってるよ。もう直に来る」
一眠りしたから軽くなった頭で近づいてくる敵の気配を感じる。アウドムラにはMSが必要になるし、シャトルの護衛だってしなきゃならないんだ。
「ハイザックの整備は……まだそうか」
「アポリーのリックディアスを残してある。使ってくれ!」
「わかった」
クワトロ大尉の言うままにリックディアスに向かう様、カミーユにも声をかける。
「カミーユ、敵も来てるから急いで」
「ユキさんか? わかりました。一応は10機近くありますけど」
「ジムは構わない。でもネモは持ってくよ。エゥーゴの新型なんだから」
「頭も腕もないのもありましたけど?」
「そういうのは捨てて良い。腕の1本とか頭くらいのヤツは回収するよ」
ついでに武器と弾薬も持っていけるだけ回収する。貴重な物資をわざわざティターンズや連邦軍に渡す必要はない。
とにかく損傷が軽いMSから順次運び込まないとならない。無傷のネモは既にシャトルの格納庫に運ぶよう手配はしておいた。
エゥーゴのNo.1が政治、No.2がパイロットをやるなら、No.3は中間管理職紛いの事をする。代わって欲しいものだ。
「どうかしたの? カミーユ」
「い、いえ……。クワトロ大尉ですけど」
「クワトロ大尉がどうかしたの?」
「ジオンのシャアなんでしょう? やっぱり」
「どうしてそう思うの?」
「カイ・シデンさんが言っていたのを聞いてしまったんです。クワトロ大尉はシャア・アズナブルだと」
カイ・シデン。確か一年戦争でホワイトベースに乗っていたと記憶している。ハヤト館長も元ホワイトベースのクルーだ。
ブライト艦長もそうだが、因果なものだ。
かつて敵対していた者が手を取り合って戦っているのだ。昨日の敵は今日の友とは言うが、大人の世界はそう簡単なものじゃない。
「クワトロ大尉がシャアだとして。カミーユはどうする?」
「どうするって。ただ、クワトロ大尉で居るなんて卑怯ですよ。あなたもそうですよ。ジオンの蒼き鷹に赤い彗星。名乗った方がスッキリします」
カミーユの言いたいこともわかる。大人の責任をほっぽり出して、自分の居心地の良い場所に甘んじているのが気に入らないんだ。
それはカミーユの両親の焼き増しだからだ。
「今のおれは、ただのアカリ・ユキだ。クワトロ大尉もそうだ。それ以上でも、それ以下でもない」
そう、ジオンの蒼き鷹は死んだ。今さら蒸し返しても、かえってエゥーゴを混乱させてしまう。
その名を名乗るのは、今ではない。
「ッ!! 歯ァ喰い縛れ! そんな大人、修正してやる!!」
避けることも出来たが、敢えてカミーユのその拳を引き受けた。
これが若さというものか。まだカミーユには、それを察する程、大人の世界を知っちゃいないんだ。
「どんな事情があるか知らないけど、どんな事情があるか知らないけどっ」
「殴って気がすんだならMk-ⅡでMSを運べ! 時間はないんだから」
「くっ」
駆け走るカミーユの背中を見送って、唇から垂れる血を拭う。
「憎まれ役すまない」
「わかってるなら代わってよ。まったく」
クワトロ大尉に手を借りて立ち上がる。そんなおれたちをハヤト館長が納得のいかない顔で見ていた。
「お認めになっても良かったのでは?」
「今はエゥーゴも組織が形となったばかりです。そこへ赤い彗星や蒼き鷹がやってくればエゥーゴは分解してしまいます」
それだけじゃない。一度逃げたした男がもう一度立つにはまだ世間の目は冷たいし、今立ってもジオン残党を勢い付かせて、対ティターンズ戦なんて状況じゃなくなってしまうかもしれない。
それを気にして、殴られるだけで済むなら安いものだ。
もっとも、ブレックス准将がいらっしゃる間は、この男に立つ気はないだろう。だからカミーユにも卑怯ものと言われてしまうんだ。
それでも支えて行くってララァと約束したから、その為なら若者の反感だって引き受けるさ。
「警報? 思ったより早すぎる」
「動けるMSで迎撃に出る! ハヤト館長」
「わかっている。出てくれ」
「了解した」
警報でスイッチが入れば私情を切り替えて軍人として事に当たらねばならない。それを弁えてるから次の行動も速い。
「ビームランチャーは使えるか。カミーユは遊撃、おれとロベルト中尉はシャトルの護衛に着く。クワトロ大尉は!?」
「アウドムラの守りにも着かなければならん。直掩にまわる!」
「了解!」
『リックディアス、ロベルト機出るぞ!』
カミーユとロベルト中尉に指示を飛ばしながら機体のOSを急ピッチで調整する。
「カミーユは敵の迎撃だ! 遅いぞ!!」
「そうやって大人振って」
「気に入らないなら後で何発でも殴られてやるから速く行け! アポリー中尉やレコア少尉が死ぬぞ!!」
「わかってますよ! Mk-Ⅱ、行きます!!」
カミーユのMk-Ⅱを送り出して、ビームランチャーを装備する。
『すまない、ユキ』
「仕方ないさ。経験していくしかない」
大人の機微と言うのが、まだカミーユにはわからないんだ。
『百式、出るぞ!』
「リックディアスはアカリ・ユキで発進する!!」
アウドムラから出撃し、連邦軍のハイザックを迎撃する。
「ゲタにもパイロットが。実質4対13、ひとり頭4機か。忙しいぞ」
頭部バルカンでベースジャバーを撃ち落とし、ビームランチャーでハイザックを撃ち抜く。
「ええいっ、数頼みでごちゃごちゃと!!」
前後と頭上から迫る敵に、リックディアスの右手にビームランチャーを握り、左手にもビームピストルを握らせ、背中のビームピストルとバルカンも合わせた三方向に同時攻撃で敵を撃墜する。
「ノルマは果たしたけど……。カミーユ!」
見ればハイザックとビームサーベルで切り結ぶカミーユのガンダムMk-Ⅱの後方から可変MSが迫っていた。
「ちいぃっ、邪魔するな!!」
目の前に躍り出るハイザックに蹴りを入れて、ビームピストルを撃ち込んで撃破する。
「こう煩わしくされたら援護がっ。避けろロベルト! 後ろだっ」
『なっ、なんだ!?』
ロベルトのリックディアスが、可変MSとの小競り合いで敵機を一瞬見失ったらしい。端から見えていても、本人には見えていないのが稀に良くあることだが。
『ロベルトさん!!』
可変MSのビームライフルにロベルトのリックディアスが撃ち抜かれた。
(あとを頼むぞ、アポリー!!)
「ロベルト中尉っ!! ……ぐぅぅっ、貴様らがああああああ!!!!」
なおも絡んでくるハイザックとベースジャバーにビームピストルとバルカンを撃ち込んで撃破する。
また奪われた。志を共にする戦友を、仲間を、またあいつらが奪った。
「そうやってやるから、スペースノイドが怒るんだよ!!」
脳裏に過ぎ去る星の屑に殉じた漢たちの無念も込めて、ビームサーベルでハイザックをメッタ斬りにして解体する。
「シャトルは上がったか……」
以前はその光景を座して見ているしか出来なかった。星の屑の為に殉じてくれた漢たちの心境が思い浮かばれる。
「天に天祐を委ねるだけではっ」
可変MSがシャトルを追って飛んでいく。クワトロ大尉がカミーユのガンダムMk-Ⅱを百式の肩に乗せて飛び上がっていく。
機体を滑走路に横たわらせて、暗雲の更に向こう側を狙う。
『アカリ大尉、何をしている! 死にたいのか!?』
ハヤト館長の怒声が響く。まだ敵が去ったわけではない。ハイザックが向かってくるが、アウドムラからネモ隊が牽制してくれる。
「ジーク・ジオン……!」
この地で散った同志の魂を乗せて、引き金を引いた。
『見事な物だ。あの高度を当てるとはな』
雲の中から降りてくる百式のクワトロ大尉にそう言われながら機体を立たせる。
「おだてたって……」
『……ロベルトの事は残念だった。その魂が宇宙に還ることを願おう』
「あぁ。……アウドムラが離陸する。着艦を」
『わかっている。カミーユもな!』
『あっ、はい!』
まだ残っているハイザックとベースジャバーを牽制して追い払いながら、アウドムラに着艦してニューケネディ空港をあとにする。
「ユキさん…!」
「なんだ? カミーユ」
機体から降りると、カミーユに呼び止められた。
「……すみません。僕がもっと動けていれば、ロベルト中尉は死なずに」
「クッ――」
カミーユが次の言葉を言う前に、その口をひっぱたく。
「なんでぶたれたかわかるか?」
「そ、それは……」
「次に同じことを言ってみろ! アウドムラから蹴り落としてやるっ」
呆けるカミーユを置いて、おれはMSデッキから上がる。通路から見える小さくなっていく空港に向けて、おれは静かに敬礼を送った。
「カミーユ君」
「クワトロ大尉……」
「何故ぶたれたかは、わかったかな?」
「い、いいえ。それはやっぱり、僕が不甲斐ないから」
「違うな。戦争はひとりでするものではないからだよ」
大人であっても、まだ自制心が感情を抑えられない若さと言うものに苦笑いしつつ、カミーユに語りかけた。
「自分ひとりの力で戦局が変わるほど、戦争というものは甘いものではない。自分ひとりの力で戦っていると思うなら、それはロベルト中尉も浮かばれん」
「僕は……、そんなつもりじゃ」
仕方のないことだ。これも経験を積まなければ見えてこない。いや、本来であれば見えるべきものではない。そういうものを見えてしまえる程、私たちは死に触れすぎてしまっている。
「わかれとは言わんよ。だが今は感傷に浸っている暇はない。これだけの同志が居れば、まだ戦える。補給と整備をするとしよう」
クワトロ大尉の言うことはわかる。でももっとガンダムを動かせていれば ロベルト中尉だって助けられたかもしれないと思わずにはいられない。
「泣いているんだ。悲しくないわけ、ないよな」
心で泣いているユキさんの気配を感じて、そう、ふと口にしていた。
◇◇◇◇◇
「ぅっ……、ぁっ…………」
ぼやけている視界が、徐々に鮮明になっていく。
確かおれは任務が終わった後に……。
「また……命を拾われたのか」
3度目か、今回で。
思えば十数年戦争に明け暮れてそれしか死ぬ思いをしなかったのは運が良いのかなんなのか。
「くぅぅぅ……、っは、ハァーッ。……ダメだな」
身動きしようとすれば胸がクロス状に痛みを発する上に、右腕も感覚がなかった。
「二人居るのか?」
家の中に感じる気配は二つだった。パイロットスーツも着替えさせられていたし、いや。助けてもらったんだ、文句を言う権利はない。
「リック・ドムⅡとユニコーンは……」
ベッドの近くのテーブルに待機状態のリック・ドムⅡ……ジオンエンブレムの彫られたドックタグとユニコーンの横顔の画かれたプレートが目に入った。それが取り上げられてないだけで有り難い。
「ユニコーン……」
あの時、確かに感じた。あれはララァだった、アムロだった、シャアだった。でもその他にも……。
「フッ、お前もシャアと一緒か。いや、もとからシャアだったな、フル・フロンタルも」
シャアを模して造られた強化人間とはいうが、その無意識の魂は間違いなくシャアのものだった。確かに時の果てはあった。でもそれは踏み外してしまった先の未来だ。迷子にならなければ、人はちゃんとした未来に辿り着ける。
こんなのだから託される側にいつもなってしまうんだろうな。色々と。
皆、早って行ってしまうから。
「結局は、おれも魂を重力に引かれたままというわけか」
「それでも、貴公は立派なジオン公国の兵士であろう」
「え……?」
独り言を呟いていたら、まさかその声を聞かれてたとも思わないで間抜けな声を返してしまった。
いや、それだけじゃない。なにしろその声が深く心に突き刺さるものだったからだ。
深みのあり、そして力強く人を惹き付けるこの声を1日たりとも忘れようものか。
「ま、さか。……しかし、まことに」
「うむ」
今目の前に居る御方に、おれは声を震わせていた。仕方のないことだ。だって、目の前に居る御方は……っ。
「エギーユ……デラーズ閣下っ」
「健勝の様だな。アカリよ」
「……私はっ、私は……っ、閣下……っっ」
その御顔を再び拝見出来るなんて思いもしなかった。
エギーユ・デラーズ閣下。デラーズ・フリートの総司令で在らせられた御方だ。
ア・バオア・クー陥落後、この命救われ、お預けした方でもある。
そして、御守り出来ていれば、あるいは世界はもっと違う形で変わって行っただろうに。
少なくとも、ティターンズの様な連中をのさばらせる様な事もなかったはずだ。
それが出来るだけの統制と戦力があった。シーマ中佐の裏切りさえなければっ。
「うぐっ、閣下、私はっ」
「無理をするな。傷に障る」
「しかしっ、私は……っ」
起き上がろうとするのをデラーズ閣下に止めさせられてしまった。
シーマ中佐に討たれたデラーズ閣下が何故御存命で在らせられるか、いや、その様な事は後でも良い。それ以上におれは閣下に赦しを乞わねばならなかったのだ。
「生き恥を晒しっ、閣下も御守り出来ずっ、私は、私はっ」
星の屑成就の為に、コロニー防衛に出てしまったが為に、グワデンを留守にしてしまったが為に、デラーズ閣下は。
「良い。星の屑完遂、見事なり。貴公の任務は終わったのだ。もう良い」
「っ、ぅっ、……くっ、私はっ」
ジオンの武官として、咽び泣く事は恥じであろう。しかし、今この時だけはジオンの兵として涙を堪えずにはいられなかったのだ。
◇◇◇◇◇
しばらく経ち、ようやく落ち着けた所で、私はデラーズ閣下に近状をお話しした。
「そうか。篠ノ之博士の所に」
「はい。この命を救われました。その恩義に報いるため、私は今、彼女の命で動いております」
簡潔には話したものの、やはりデラーズ閣下の前でエゥーゴや連邦に属して戦っていたとは口にするのも憚られる。
「しかしながら閣下。閣下はどのようにして」
「そうだな。貴公にも話さなければなるまいな」
デラーズ閣下が亡くなられた時、当然サイコフレームなんて代物はなかった。だがハマーンの様にニュータイプでもないデラーズ閣下が何故宇宙世紀の出来事を覚えたまま転生なされたのか、興味は行き着くものだ。
「3年前、地球を虹が覆ったのだ」
「3年前でありますか。それは」
「うむ。アクシズの落下と、それを防ぐ光の幕。アクシズ・ショックだ」
確かその光はこちら側でも見えたとハマーンは言っていたな。
「その光を見た時だ。我が魂に刻まれし記憶が甦ったのだ」
「まさか、そんな事が」
「一時期取り上げられたこともある。前世らしきものが見えたと」
「らしきもの? それはまた」
曖昧な表現だ。わざと濁された可能性もあるが。オカルトを真に受ける世間はないということなのか。
「どの様な基準でかはわからぬが、儂の様にハッキリとした前世を持った者もまた多い。未練の成せた技か、あるいは」
デラーズ閣下はスペースノイドの事を真摯に想い、一年戦争が終結し、戦後復興の為に毟り取られるコロニーの実状を憂い決起された御方だ。
志し半ばで斃れられ、その未練と無念は計り知れないものだろう。
「閣下は、ハマーン・カーンを御存知でしょうか?」
「うむ。アクシズの摂政であろう。確か今はドイツで諜報局の長であると同志から聞いておる」
ドイツ軍にも同志が居たことに気づかなかったのは盲点だが、その事を知っているなら自分達の計画を閣下にお話ししても構わないだろう。
「閣下。私は束博士とハマーンとの共同で、再び地球の人々を宇宙へ巣立たせる計画を進めています」
「ほう…」
興味を抱いて先を促す視線を受け取り、その続きを口にする。
「それが博士の夢であり、恩義を返せるものと」
「しかしその道。茨で済むとも思うまい」
自分達の世界を省みれば、デラーズ閣下の御言葉もわかる。しかしそれを座していては誰も彼女の夢を叶える事など出来はしないと確信がある。
「覚悟はあります。たとえ私が至れずとも、礎となることも出来ましょう」
まだISが登場して十と余年。宇宙開発を加速させども、宇宙世紀の様に地球圏をスペースコロニーが取り囲む光景を見ることは恐らく叶わないだろう。
だがその為の地盤を築く事くらいは出来るはずだ。時代を作るのは難しい。でも知っている、志を持つ多くの同志が居れば時代を動かすことも出来ると。
それは人の歴史が証明し、自身も肌身で感じて来た物だ。
「随分と、肝を舐めた様だな」
「苦湯を飲まされて来ただけです。歴史を変えることは出来ませんでした」
ひとりで足掻いた所で世界の波は変わることはなかった。だがひとつの経験を乗り越えてきた人間の強かさを世界に示す事も出来るはずだ。
「その暁には、是非閣下にも御助力頂ければ、我々は後顧の憂いなく前へと進むことも出来ましょう」
「儂は二度スペースコロニーを地球へ落とした軍属ぞ」
「それは私も同義で御座います。過去を刻み、前へと進まなければ、この世界の人類もいずれは」
お節介かもしれないが、この世界はスペースノイドとアースノイド以前に、男女で啀み合っている。
そんな事では未来を作ることが出来なくなってしまう。人類の未来の閉息。それは博士とて望むものでも、ましてや自身も望みはしない結末だ。
それを変え、人類を宇宙へ巣立たせる為ならば人身御供すらやってみせよう。
「話はわかった。今世の実状を看過出来ぬ同志もまた多い。大きな力はないが、同志たちに話を通してみよう」
「感謝致します。閣下の御力添えがあれば、私も心強く思います」
「うむ。だが先ずは傷を癒せ。すべてはそれからだ」
「はっ、ありがとうございます。人類の明日のために」
「うむ。人類の明日のために」
「「ジーク・ジオン!」」
◇◇◇◇◇
話疲れてしまったおれはデラーズ閣下の許しを得て一眠り着いた。
「目が覚めた? お腹すいてない?」
金髪の柔らかな笑顔を向けながら歩み寄ってきた……少年。少女の様に見えるが、少年であるとわかった。
「ああ。少しは。……デラーズ閣下は?」
ふと感じると、デラーズ閣下の気配がないことに気づいて問う。
「おじさんはお出かけしたよ。夜も遅くなるって」
「そうか」
もしや同志との協議に赴かれたのか。そこまで急ぐ事もないとは思うが、閣下の御考えあってのこと、おれが口を挟む様な事ではないな。
「君がおれを手当てしてくれたんだろう? 改めて礼を言わせてほしい。お陰で命拾いをした。ありがとう」
「フフ、困った時はお互い様だよ。ちょっとビックリしちゃったけど」
「だろうな」
パイロットスーツの中だって血塗れだったはずだ。見たところカミーユと同じ年頃か。軍属でもなければあの様な光景は見慣れないだろう。
「君は、その……。どうしておじさんと?」
「聞いていたのか?」
「ご、ごめんなさいっ。盗み聞きするつもりはなくて」
「別に構わないさ。秘密にする様な会話でもなかった」
とは言え事情も知らない少年相手だからそう言えるものがある。雰囲気からも、目の前の少年は普通の子供なのだろう。
「デラーズ閣下には、昔世話になったのさ。……私の尊敬する御方だ」
「そ、そうなんだ……」
思い雰囲気に会話が続かなくなった。無理もない。まだ互いに素知らぬ者同士なのだから。
「ユキ・アカリだ。よろしく」
「あ、えっと。シャルルって……言います」
右手が動かないので左手で失礼して握手を交わす。少し顔に陰りのあるシャルルと、姓名を名乗らなかった事に関係している様だが、まだ初対面だ。余計な詮索はしない。
居た堪れない空気をぶち壊したのは、空腹に耐えかねた自身の腹の虫の音だった。
「お、お腹空いてたんだよね? 待ってて、用意してくるから」
「……お願いします」
恥ずかしさに頬が熱くなるのがわかる。良いタイミングだが最悪であるとも言える。
「食べれそう?」
シャルルが用意してくれたのはどうやらトマトスープの様だ。一応内臓を悪くしたわけではないから食べれるだろう。
「いただくよ」
とはいえ右腕は動かない。ビームに焼かれた所為で酷い火傷を負っているらしい。左腕は問題ないが、これではベッドで横たわったまま食事は出来ない。
とにかく身体を起こしてみるが、動こうとするだけで胸の傷が痛む。声は漏らさなかったが、顔は顰めてしまったのがいけなかった。
「無理しなくて良いよ。支えてあげるから」
「すまない」
背中に腕を回されて身体を起こすのを支えられる。
人はひとりで出来ないことでも、それを支えてくれる人が居れば出来るようになる。良くも悪くも、それが人という生き物なのだ。
to be continued…