IS-虹の向こう側-   作:望夢

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IS本編がおまけ程度でまったく進まないのにガンダムの回想だけが思い浮かんで来てしまう。一応Z編は手元の手本が映画しか持ってないので映画基準に進めていく感じになります。

0083編は良いとしてもあと最低ZZ編もあるから先も長そうだ。でも番外で別の小説に纏めると続きが書けなさそうだからこのままのスタイルで続けていくようになると思います。ご容赦ください。


第25話ー悲しみのカミーユー

 

「まさか引き渡して数日で壊すなんて思わなかったよ」

 

「面目ない。少し発破を掛けすぎた」

 

 束博士と共に大破したリック・ドムⅡを整備していた。リック・ドムⅡは慣れ親しんだ機体だけあって、サザビーを整備するよりも簡単だった。身体が整備する手順を覚えているからだった。

 

 さすがに目を瞑ってとはいかないが、会話しながら程度には出来る。

 

 しかしながら、やはりクロエは現時点でおれを超えるセンスを持っている。おれが優勢に立てるのは一重に経験の差でしかない。

 

 あのセンスを上手く開花させていけばあるいはカミーユすら超えるニュータイプになれるだろう。

 

 自身のニュータイプとしての力はお世辞にも高いとは言えないだろう。最近は衰えすら覚えている。グリプス戦役の頃が自身のニュータイプとしての全盛期だっただろう。今はそれの6割程度と言ったところか。

 

 完全にニュータイプとしての力を失ってしまう前に次代のニュータイプを見出だそうと躍起になっている自覚はある。身体は若返っても、ニュータイプとしての自分は若返ることはなかったようだ。いや、もし若返ることがあるのならば、それはそれこそ全て若返るしかないのだろう。大人ではなく、子供の自分に戻れば或いは。

 

 いや。いくらなんでもそこまでは望みはしない。それは最早おれではなくなってしまう。

 

 ニュータイプの力が、宇宙に進出した人間の意識の拡大、認識力の増大によって開花するとした説もあった。故にこそ、生か死かという過酷な環境で目紛るしく戦わなければならないMSのパイロットにニュータイプが多かったのも頷ける。認識力の増大は敵の二手三手先を読む力ともなろう。

 

 おれ自身も、アムロも、戦いの中でその力を目覚めさせていった。資質を持とうとも、あのカミーユでさえ戦いの中でニュータイプの力を開花させていった。

 

「おわっ!? な、なにいったい!? ああ、数値がズレた……」

 

 急に背中から束博士に抱き締められ、驚いてタイプミスをしてしまう。修正はしたが危ないので止めて貰いたい。

 

「昨日は寂しかったなぁって…」

 

 寂しいとは。あなたも良い大人だろうに。

 

「ニュータイプは良いよね。こうして触れ合いだけでも互いの本質まで理解し会えるんでしょ?」

 

「でもそれは人が築く境界線を素通りしてしまう。互いに解り会えても、見られたくない物もあるさ」

 

 本来歩み寄って少しずつ解りあっていく人間という生き物が、その段階を飛ばしていきなり心で解り会うなんて危険すぎることなんだ。

 

 それをしてしまえるのがニュータイプ同士の共感というものだった。

 

 ただそれは、出逢うはずのない者たちを出逢わせもする。

 

 アムロとララァが惹かれ合い、共感した様に。

 

 おれもその時その場に居たからあの感覚はわかる。

 

 あれこそがニュータイプという存在の本質なのだと。

 

 でもそれは時として悲劇を生むこともあった。

 

「ニュータイプは、博士が思うほど万能でもなければエスパーというわけじゃない」

 

「私にはそんなことないように思うなぁ」

 

 ならば何故ニュータイプ同士で戦うような事が出来るのか。何時だって。

 

 でもそれは仕方がないことだ。ニュータイプも人間なんだから。人は人で有る限り、どう解り会えても争ってしまう事を止められないのだろう。

 

 それはシャアとアムロにも言えた。グリプス戦役で、彼らは解り会えたはずなのに、結局は敵対した。

 

 そしておれ自身も、結局はハマーンやシャアの敵となった。

 

 同じ未来を視ていた者同士でさえ、その主義主張の違いから対立してしまうのだ。そんな存在が、万能であるものか。

 

「……苦しいんだけど」

 

「私はニュータイプじゃないから、こうでしか君と解り会えないんだもん」

 

 重ね合わせた手から伝わる温もり。人が、誰しもが持つ温かさ。彼女が持つサイコフレームがそれを増幅して感じさせてくれる。

 

 ニュータイプでなくとも……。否、ニュータイプなどは関係無い。人であるからこそ、こんなにも温かな心を持つことが出来るのだ。

 

 この温かさを、あるいはカミーユの両親が持っていれば、カミーユはああもならずに。否、そもそもガンダムを盗み出す事さえなかっただろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 グリーンノアを離脱したアーガマの艦内ではカミーユがブレックス准将と話をしていた。ニュータイプのアムロ・レイの再来と喜ぶ。

 

 その場にはアーガマの艦長、ヘンケンとシャア……クワトロ大尉までと、このアーガマの首脳が揃って缶詰になってしまった為に、おれはアーガマのブリッジにて敵の動きを見守っていた。

 

「間違いないんですね?」

 

「グリーンノアから発進する艦艇、複数あります。アーガマの追尾コースですが」

 

「このコースじゃ攻撃をする物ではないですよ」

 

「見ればわかるさ。子供じゃないんだから」

 

 グリーンノアから発進したティターンズの艦隊は確かにアーガマの航跡を追尾しているが、大きく迂回して平行コースを辿るように増速し展開している。

 

「総員第2戦闘配置でスタンバイ! ブレックス准将へ内線繋いで!」

 

 艦長席の受話器を取ってブレックス准将が出るのを待つ。

 

『私だ。クワトロ・バジーナ大尉だ』

 

「クワトロ大尉か。敵の追尾が掛かった。詳しくはあとででも。とにかくブレックス准将とヘンケン艦長をブリッジに上げてちょうだい」

 

『了解した。それまで船は頼む』

 

「やってみせるさ」

 

 受話器を置いて艦長席に腰を据える。此処にいる方がブリッジの様子全体がわかるからだ。

 

 見た目はまだ十代前半から半ばといった子供が艦長席に座るなど子供の遊びに見えてしまうだろうが、そうは感じさせない雰囲気と威厳があった。

 

 なにしろエゥーゴのメインスタッフとして席を置き、さらにNo.2のエースパイロットをしているのだから。その能力は飾りのマスコットではない事を既に大人たちは肌身で感じている。

 

「おう、待たせたなボウズ!」

 

「ヘンケン艦長! ご自分の船なら安易に艦長席を開けないで頂きたい! せめて代わりを立ててくれないと」

 

 詫びれもなくブリッジに入ってきたヘンケン艦長に振り向きながら咎める様に声を上げる。

 

「まぁまぁ、アカリ大尉。キャプテンを連れ出したのは私だ。そう責めんでやってくれ」

 

 そんなおれをやんわりと宥めるのはブレックス准将だ。エゥーゴの代表、このアーガマを預かる准将がそういうのならばおれはこれ以上ヘンケン艦長を責められない。

 

 ブレックス准将に同調し、ティターンズの非道を許せないという(わたくし)の情で集まった寄り合い所帯の義勇軍の様なエゥーゴは慢性的な人手不足で、その役目を出来る者が出来る事をしている。

 

 例えばヘンケンが不在で、またはクワトロ大尉が所要で、その穴埋めが出来てしまう自分が居ることで、なし崩し的にも部隊が問題なく運用出来てしまうのも一因か。

 

 それを許す自由な気風がエゥーゴに、もっと言えばこのアーガマにはあった。

 

「MS戦もあります。自分はデッキに降ります」

 

「ご苦労さん、ボウズ!」

 

「わっぷ。っもう! からかわないでください!」

 

 ヘンケン艦長と艦長席を換わってブリッジの入り口に向かうのに擦れ違った時に、労いと共に頭をくしゃりと撫でられて後ろを押される。

 

 悪い気はしないが、やっぱり成人はしている身にとっては、子供扱いも大概にして欲しいものもある。

 

「キャプテンは少々、アカリ大尉に構いすぎだな」

 

「精一杯背伸びをして無理に大人ぶっているのを見ると、放って置けませんで」

 

「過保護も良いが、過ぎれば良い芽も腐ってしまうぞ」

 

「まさか。アレはそう易々折れる目をしていませんよ。だからこそ准将もお認めなのでしょう?」

 

「確かにな」

 

 アカリ・ユキ。その名を名乗る少年大尉がジオンの蒼き鷹ではないかという噂は最早暗黙の了解の様なものだった。

 

 かつてジオン公国軍のエースパイロットとして連邦軍と戦った人間がエゥーゴの一員としてティターンズと戦っている。

 

 エゥーゴも連邦軍の派生組織だ。少なからずジオンに身内を奪われた者も居る。

 

 実際ユキの罪状を追求し、排すべきとする声もあったが、それをブレックスは抑えたのだ。

 

「カミーユ君もそうだが。私はニュータイプがこの混迷とした情勢で何を示してくれるのか見てみたいのだよ」

 

「准将は、彼もニュータイプであると?」

 

「ア・バオア・クーで瞬く間に3隻のサラミスを沈め、数十機のMSが蒼き鷹ただ一人に討たれた。ニュータイプでないとするなら、それはどうやって成されたか説明しようがないと思わないかね?」

 

 ブリッジにてブレックス准将とヘンケン艦長がそんな会話をしているなど露知らず、MSデッキに出るためにノーマルスーツを着る必要があるからロッカールームに入ると、そこにはパイロット用のノーマルスーツを着るカミーユの姿があった。

 

「レコア少尉」

 

「なんでしょうか?」

 

「パイロット用しかなかったのですか?」

 

「ええ。取り敢えずは」

 

 まぁ、仕方ない。民間人の少年を戦いに出すほどパイロットが居ないわけじゃない。

 

「これで僕もパイロットに見えますかね?」

 

「妙な正義感を持つものじゃないわよ?」

 

「でも、僕は」

 

「レコア少尉の言う通りだよ。心配しないで良い。アーガマにもちゃんとパイロットは居るんだから」

 

 アーガマの気風に当てられてか、そうあまり深くは考えなかった判断が、少年を悲劇の場へと召し上げてしまう事になるなんて、この時のおれは気づくことが出来なかった。

 

 アーガマを追尾するティターンズの艦隊からMSが発進し、緊張感が高まる中、先頭を進むティターンズ最後のガンダムMk-Ⅱが白旗を上げてアーガマに着艦した。

 

「ガンダムが白旗? 随分と思い切った」

 

 ガンダム伝説を肌身で感じてきた自身も納得の行くカードだった。あのガンダムが白旗を上げるという意味はそれ程に本気なのだと相手の心境を思わされた。それが如何に卑怯で外道だったとしても。

 

 ティターンズの特使であるエマ・シーン中尉を先導するクワトロ大尉の後ろに着いて、何時でも撃てるように備えておいた。

 

 そしてアーガマ首脳陣、ブレックス准将とヘンケン艦長、クワトロ大尉におれ自身も含めた4人がエマ中尉を迎えた。

 

「バスク・オム大佐からの親書へのお返答は、即答でお願い致します」

 

「厳しいな」

 

 姿だけは子供であるおれを見て訝しげな視線を向けてきたが、この艦長室に集まる面子を前にしても物怖じすることなく己の任務に忠実な強かな女性を前に、ブレックス准将は苦笑いを浮かべながら親書を受け取った。

 

 しかしそのブレックス准将の目が文章を追っていくと同時に苦笑いに砕けていた顔が憤慨を浮かべ、身体が慄く様子に、エマ中尉だけでなくヘンケン艦長やクワトロ大尉、無論おれ自身も唯ならぬ様子に身構えた。

 

「なんと破廉恥な!!」

 

「え?」

 

 我慢の限界と、ブレックス准将は憤慨を口にしながら親書を後ろのヘンケン艦長へと回す。

 

「中尉は手紙の内容を知っているのかね!?」

 

「い、いいえ…」

 

「だからそんな涼しい顔をして居られる!!」

 

 親書を流し読みしたヘンケン艦長も顔を険しくさせ、次に親書を読んだクワトロ大尉も唸る。そして最後に親書を読んだおれもブレックス准将の心中と同じであった。

 

「こんなものっ……、こんなことだから宇宙に敵を作ると何故わからない!」

 

 我慢ならずに吐き出すと、ブレックス准将がおれを見ながら頷く。

 

 憤慨する自分達に置いてけぼりで混乱するエマ中尉に親書を手渡す。その内容を理解したエマ中尉は目を見開きながら手を震わせ絶句していた。

 

「カミーユ・ビダンと共に2機のガンダムMk-Ⅱを返さない場合には……」

 

「カミーユの両親を殺すと言っている」

 

「一軍の指揮官が思い付く事ではない」

 

 カミーユがガンダムMk-Ⅱに乗るところを見た兵士は何人も居たし、エマ自身もそう証言したが、それがカミーユであると断言した覚えもないし、そもそもエマはカミーユの名すら知らなかった。ただカミーユが施設のカメラに映っていて、その後ガンダムMk-Ⅱ三号機が強奪された。そんな状況証拠でカミーユを犯人に捏ち上げたが、現にカミーユはアーガマに乗っていて、ガンダムMk-Ⅱが共にあるだけで攻撃材料には十分なのだ。

 

「まさか、バスク大佐がこの様なことを……」

 

「中尉が見た通り、それはバスクの直筆だ」

 

「そうですがっ……、これは軍隊のやることではありません……っ」

 

 信じられないというエマ中尉にヘンケン艦長が現実を突き付ける。

 

 確かにこんなもの、ブレックス准将の言葉ままに一軍の指揮官が思い付いて良いものではない暴挙、否、蛮行とも言える。

 

「ティターンズは私兵だよ!」

 

「……私は、地球連邦軍で、バスクの私兵になった覚えはありません」

 

「バスクなどではない。もっと大きな――地球の重力に魂を縛られた人々の私兵なのだよ!」

 

 ブレックス准将の言わんとすることはわかる。

 

 ティターンズはジオン残党狩りを目的にバスクが組織したものだが、それを影から支配しているのがジャミトフ・ハイマン准将であることは周知の事実である。

 

 だがティターンズがジャミトフの野心を実現するだけの組織でないとブレックス准将は言いたいのだ。

 

 一年戦争を、そしてデラーズ紛争を経て増長した連邦はコロニーへの締め付けを以前に増して行っていったのだった。

 

 それが地球の大地に齧り付く人間たち――地球を汚染し続ける人々がコロニーへの搾取をよしとして曲解して行ったのだ。

 

 ジャミトフやバスクがティターンズを維持しているのではない。地球を汚染し、宇宙の事など気にも留めずに居る地球の人々の怠慢が、スペースノイドへ強権を振りかざすティターンズの横暴を許すのだと言いたいのだ。

 

「しかし、これは単なる脅しかもしれません」

 

「ジオン残党と一緒に扱うエゥーゴにガンダムが白旗上げてやって来させた。本気だよ。そう感じる」

 

 希望的観測を示したクワトロ大尉ではあれど、おれの放った言葉に黙ってしまった。

 

 勘繰りすぎかも知れないが、最新鋭のMSを、しかも連邦軍の勝利の象徴とも言えるガンダムを特使に寄越すのだ。本気でないならハイザックやジムだって構いやしないはずだ。

 

 そして艦長室の通信機が鳴った時、この部屋に居る全員の不安が現実の物となった。

 

『正体不明のカプセルを発見しました! 中に、人が居ます!!』

 

「なんだと!? 映像を回せ!!」

 

 ディスプレイに映るのは、漆黒の宇宙の中に溶け消えてしまいそうな小さなカプセルだ。たった一枚のガラスで隔たれた空間の中に、一人の女性の姿が見える。

 

「カミーユ――!?」

 

 反射的に感じて艦長室を飛び出す。

 

「おい、ユキ!!」

 

「カミーユを止めなくちゃならないよ!!」

 

 背中から制止するシャアの声を振り切ってMSデッキに降りていく。

 

「三号機が動いてる!? 待てカミーユ!!」

 

 声を届けようと張り上げても、カミーユの乗るガンダムMk-Ⅱはアーガマから飛び立って行ってしまった。

 

「アストナージ! おれのザクを出せ!!」

 

「待ってください! まだ補給が」

 

「ならMk-Ⅱの二号機だ!! リックディアスのバズーカを使う!」

 

 ガンダムMk-Ⅱ二号機に取り付いて、コックピットの中に入ると機体に火を入れる。OSを急ピッチで調整しつつリックディアスのクレイバズーカを持たせる。推進材は消費されているが、一戦交える程度の余裕はある。

 

「アカリ・ユキ。ガンダムMk-Ⅱ二号機、発進する!!」

 

 カミーユのガンダムMk-Ⅱ三号機を追って、おれは機体を発艦させた。

 

 カミーユの焦り、それを感じる方向を辿って機体を駆る。

 

「狙ってる…? カミーユじゃない。まさかっ」

 

 目視では見えないカミーユの様子を意識を集中して感じ取る。

 

 母を目前にして困惑する感情が伝わってくる。

 

(カミーユ! 逃げなさいっ! カミーユ!!)

 

「女の人の声……? カミーユって……、お母さん……?」

 

 女性の必死な声を感じ取った時、カミーユのガンダムMk-Ⅱ三号機の姿を見つけた。

 

「っ!? 見るなカミーユ!!」

 

 反射的に叫んでいた。

 

 カミーユのガンダムMk-Ⅱが、カプセルを掴もうとした手の中にあったカプセルが弾け飛んだ。

 

 近くに居たハイザックが放ったマシンガンの銃弾によるものだった。

 

 さっきまで感じていた人の意識が、漆黒の宇宙の中に消えていった。

 

「うう、うあああ、うああああ――――うわああああああああああああああ!!!!!」

 

「うっ、ぐっ、あううっ……心が、痛いっ」

 

 カミーユの意識にダイレクトに同調させていたから、カミーユの感じている深い悲しみが。目の前で母親を殺された絶望を、鋭敏化した感覚でそのまま受け止めてしまったのだ。

 

 それは自分が体験した事じゃないのに、今まさに目の前で自身に降り掛かって起きたことのように感じられた。

 

 だが感傷に現を抜かしている暇はない。

 

 悲しみを振り払って、カミーユのガンダムMk-Ⅱに機体を寄せる。

 

『こいつが! こいつだ! こいつが殺ったんだ!! 母さんを!』

 

 カプセルを撃ったハイザックに組付くカミーユのガンダムMk-Ⅱは背面から押さえ込んだ機体に拳を振るった。怒りをそのままぶつける様は痛々しかった。

 

『この声は先日グリーンノアでっ。カミーユとかって、女の名前の……。あんな子供に!!』

 

 バーニアを噴かし、Mk-Ⅱの拘束から脱け出そうとするハイザックだが、背中からバルカンを受けて前のめりにバランスを崩した。

 

 だが直ぐ様立て直してショルダータックルをMk-Ⅱに見舞った。

 

 MSは動かせても、MS同士の格闘戦などしたことのないカミーユは押されてしまう。

 

『ジェリド! カミーユ! 離れなさい!』

 

「Mk-Ⅱの一号機? エマ・シーン中尉か。……カミーユ!」

 

『止めるんです!!』

 

『邪魔するなっ』

 

「落ち着けカミーユ!」

 

 母親を目の前で殺された少年に落ち着けったって土台無理な話でも、単機で敵の中に突っ込ませるわけにもいかない。

 

「アーガマから停戦信号? 静観するのか。いやそれしかないか今は」

 

 状況が混乱しすぎている。下手に事を交える前に足並みを揃える必要があるとわかっている。

 

『ビームサーベル!? ああっ!?』

 

 カミーユのガンダムMk-Ⅱがビームサーベルを抜いた腕の勢いに、取り付いたエマ中尉のガンダムMk-Ⅱ一号機が流されていくのを受け止める。

 

「ケガはないか中尉!」

 

『私は問題ありませんが。カミーユ君が』

 

「わかってる! なに!? 艦砲だと? ……リックディアスが盗まれただって!?」

 

『あれをティターンズに渡すわけには行かん! 最悪撃ち落としででも止めてくれ』

 

「今こっちだって取り込み中だよ!!」

 

 アーガマからの緊急通信で、クワトロ大尉からリックディアスが何者かに盗まれたとの連絡が入る。

 

 状況がメチャメチャすぎて泣き言のひとつやふたつ言いたくもなる。

 

「エマ中尉!」

 

『は、はい! なんでしょうか?』

 

「カミーユの回収を任せたい。おれよりも女性のあなたの方が言うことを聞き入れやすいだろうし」

 

『私にあの子の母親をやれと仰るのですか?』

 

「そこまでじゃないが、中尉の抱擁力と言うのをアテにしたい」

 

『私はティターンズですよ? そうまでしてエゥーゴは人手が足りないのですね』

 

「あなたにはティターンズは似合わないでしょう。今は猫の手も借りたい」

 

 ティターンズとして活動してきたエマ中尉にカミーユを任せるのは危険だと思われるが、彼女の考え方は真っ当な軍人として、常識的な見方を出来る人だ。でなければ自分の所属を今一度口にして確認を取るような事だってしないはずだ。

 

『……わかりました。カミーユ君の回収は必ず』

 

「ありがとうございます」

 

 エマ中尉の説得を終え、共にカミーユのガンダムMk-Ⅱを追うが、別のものがこちらに向かってくる気配を感じ取る。

 

「何か来る……? ティターンズの別動隊か?」

 

『別動隊? あれは、ライラ大尉のガルバルディ!』

 

「出来る動きだ。だが!」

 

 バズーカを放ち、赤いガルバルディの編隊の気勢を止める。

 

「エマ中尉、行ってくれ!」

 

『でも!』

 

「この程度で墜ちてはやれないさ!」

 

 3機のガルバルディβに囲まれつつも、バズーカで牽制してエマ中尉の背中を押す。いきなり味方を撃てとは言えないんだ。だったらこちらで引き付けるしかなかろうて!

 

「まだ慣れないけど」

 

 ハイザックよりも遊びがないガンダムMk-Ⅱだが、その遊びのなさが却って自身の手足のように動かし易い。インターフェース周りはハイザックで熟知しているし、基本は同じなら戦場でも慣らして行くしかない。

 

 それに4年のブランクを抱えてるとは言ったって、グラナダではリックディアスの開発の為に図面を引いてテスト試乗も何回はしているし、MSのコックピットで青春を過ごした自身にとっては勝手知ったるゆりかごの中に居るようなものだ。

 

「この動きは宇宙慣れしている。スペースノイドか!」

 

 自分と同じように宇宙での動かし方をわかっている相手と言うのは正直手強くやりにくい相手ではあった。

 

「しかし、迂闊すぎる!」

 

 3機で囲んで逸る1機を見つけてバズーカを撃ち込む。

 

「所詮は連邦に組して増長しているからこうなる!」

 

 連携が崩れた所に横を擦れ違いながらビームサーベルでガルバルディβを切り裂く。

 

 しかし僚機をやられて気を引き締めた二機のガルバルディは強かに此方を攻め立ててくる。

 

「くっ、腕は確かならティターンズに組するなんて!」

 

 スペースノイドならばティターンズの蛮行を許せないはずなのに。あるいはエゥーゴをジオンと同じく扱うものだからか。同じ連邦軍でも平気で撃ち合えるのか。

 

(お前は、親に銃を向けるのか!!)

 

(母さんが死んだんだぞ!!)

 

「くっ、カミーユ! エマはカミーユを捕まえないかっ」

 

 肉親同士で銃を向け会うなんてしちゃいけない事をさせないためにエマ中尉をカミーユのもとに向かわせたのに、怒りで前しか見れないカミーユとまだ遠慮しているエマ中尉が抑えられなかったと納得出来るはずがない。

 

「クワトロ大尉のリックディアスの反応が消えた!?」

 

(ばっかやろおおおおおお!!!!)

 

「カミーユ……。敵は退いてくれるか」

 

 ティターンズ艦隊から帰還信号が上がったのを見て戦場が落ち着いていくが、あとに残ったのは深い悲しみだった。

 

 目の前で母親を殺されて、父親も星屑に消えていった。そのふたつの死は、子供にとって受け入れきれるものではなかった。

 

『お前ら待てよ!! そんな事をやるから、みんな死んじゃうんだろっ!!』

 

 悲痛を怒声と共に吐き出す少年の姿に、やりきれのなさと後悔だけが胸に募るだけだった。 

 

 戦闘を終えたアーガマに、エマ中尉のガンダムMk-Ⅱ一号機とカミーユのガンダムMk-Ⅱ三号機を連れ立って降りる。

 

「銃を向けなくて良い」

 

 エマ中尉の一号機のハッチが開いて兵が銃を向けるが、それを制して一号機のコックピットに取り付く。

 

「約束通りカミーユを連れ帰って頂いて感謝致します」

 

「い、いいえ……」

 

 歯切れの悪い返事を返すエマ中尉の手を引いてコックピットから出るように促す。

 

「心配要りませんよ。中尉はティターンズではない、違いますか?」

 

「そう言いたいけれど、言葉のままには行きませんでしょう?」

 

 確かにエマ中尉の言うように、クルー達の視線は疑心になっている。ティターンズは地球出身のエリートで構成されているという関係上、コテコテの地球至上主義者の集まりだと皆が思っている。

 

 投降すると見せ掛けたスパイではないかと疑ってしまうのは止むを得ないものだ。

 

「カミーユを降ろしたら共に来てください。着替えは女性スタッフを付けますから」

 

「捕虜の扱いにしては優しすぎませんこと?」

 

「言ったでしょう? 猫の手も借りたいと」

 

 エマ中尉を連れたまま、Mk-Ⅱ三号機のコックピットに取り付く。

 

「非常開放スイッチは何処に?」

 

「あっ、はい。こちらです」

 

「ありがとうございます」

 

 外部から三号機のコックピットを開けて中に入る。

 

「カミーユ……。良く帰ってきたよ」

 

「くっ……。ユキさん、どうして、こんな……っ」

 

 深い悲しみに沈む傷ついた少年を慰める言葉なんて、何も出なかった。

 

「カミーユ……」

 

「最初から、こうなるんじゃないかって考えなかったから、母さんが。親父までっ。あんなの人の死に方じゃないですよ!」

 

 ガンダムを盗んで、それが両親の死に繋がった。

 

 カミーユ自身、こんなに深刻な事に発展するとまでは考えも及びもしなかっただろう。

 

「親父もお袋も技術者で、Mk-Ⅱを造ったんだから何処かでティターンズも手を出さないだなんて思っていたからっ」

 

「そのまま吐き出して良い。溜め込むと良くない」

 

 気の回らない慰めにもならない言葉だ。

 

「アカリ大尉。クワトロ大尉がお呼びですよ」

 

「あ、ああ。すみませんレコア少尉、カミーユとエマ中尉を頼みます」

 

「え? あ、ちょっと!」

 

 渡りに船、居た堪れなくなって役目もないから逃げるようにカミーユをレコア少尉に押し付けてMSデッキをあとにする。不甲斐なく生き恥を晒す男だから、傷ついた少年の親代わりにもなれやしなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「良し。動いてくれよ」

 

 整備を終えたリック・ドムⅡに火を入れる。幾つものディスプレイが現れては消えて、機体に整備プログラムが走っていく。パワーゲインもボーダーを突破しニュートラルに移行。全システム、オールグリーン。

 

「起動試験終了。…お疲れ様」

 

「束博士も」

 

 徹夜で完徹した甲斐あって、リック・ドムⅡはわずか1日で修理が完了した。大破状態から1日で仕上げたのだから上出来だろう。

 

「ぬわぁん、もう疲れたも~ん。束さん電池切れぇ」

 

「フフ。寝る前に食事にするか」

 

「の前におふろぉ」

 

「はいはい。食事は用意しておくから。って、ちょっと!」

 

 そう言って別れようとした所に、束博士に腕を掴まれて背中に負ぶさってきた

 

「う~ん、身体洗うのめんどっちだから洗ってぇ」

 

「それくらい自分で。……ハァ、仕方ないな」

 

 リック・ドムⅡを壊して修理に付き合わせたのは自分だ。付き合ってくれた彼女のそれくらいの我が儘は聞くべきなのだろう。

 

 束博士を背負ってバスルームに向かった。

 

 白衣と絵本から出てきたお姫様の様なドレスを脱がして、スラリとしながらも女性的な肉付きをした身体は蠱惑的で、胸に実る大きさはそんじょそこらの男だったら襲われたって文句は言えないが、そういう雰囲気じゃないし、一応は自制出来る年齢の自覚があるから気にしないでいられる。

 

 いっそのこと欲に素直なら楽なんだろうが。

 

「ん~っ、気持ち良いにゃぁ……」

 

 桃色の髪の毛を洗い始めれば、子供みたいに顔を緩ませる束博士に欲情よりも父性を抱いてしまうのは、おれは枯れているのだろうか?

 

 

 

 

to be continued… 


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