IS-虹の向こう側-   作:望夢

26 / 42
とりま一年戦争の回想は終わります。もう少し深くやった方が良いのかも知れないですが、話が進みませんので自重してます。


第23話ービギニングー

 

「オーバーホール?」

 

「っそ。君の機体も長らく本格的な整備をしてないからね。いくらMSに詳しい君でもISの部分も使ってるからには、そろそろ1度バラさないとね」

 

 確かにおれのISサザビーは万全の整備はしていると言っても、それはこのサザビーに使われているMSの技術的な点だ。

 

 細かな部品はさておき使われている技術の8割はMSの物とはいえども、コアやエネルギー伝達系はISの技術が使われている。言わば機体の心臓部はIS由来の技術に頼っているのだ。

 

 付け焼き刃の拙い知識とMSに携わってきた技術者の腕で何とかしてきてはいるが、やはり専門家……ましてや生みの親の手に敵う物ではない。

 

「わかった。その間はMk-Ⅱを使うとしよう」

 

 Mk-Ⅱも決して悪い機体ではない。ポテンシャルの高さは基礎技術の高さを表している。さすがは初代ガンダムを造り上げた連邦製の機体と言えよう。

 

 その機体の技術のお陰で、以後に造られたMSは少なくない技術革新を得た。Zガンダムから始まる後のガンダムタイプのみならず、連邦、エゥーゴ、ティターンズ、ネオ・ジオン、ありとあらゆる組織のMSはムーバーブル・フレームが基本構造となったのだから。

 

 一説には既にガンダムGP01の頃にはその技術が使われていたらしいが、定かではない。

 

「いや。君には新しい機体を用意しておいたよ。……気に入るかどうかはわからないけど」

 

「新しい機体?」

 

「うん。Mk-Ⅱはまだ人目には見せたくないんだ」

 

 そう言う束博士の顔は何を考えているか読み取れなかったが、悪い事を考えているようには感じなかった。

 

 既に一夏にはエゥーゴとティターンズの二つのカラーリングのMk-Ⅱを見せてはいるが、一夏がISを使えると言う特殊な事例上、一夏の他にはハマーンが知るのみだ。

 

 つまるところ一応の秘匿性は保たれていると言っても良いだろう。

 

 ちなみにMk-Ⅱは全てで3機製造し、内1機はハマーンへの手土産にくれてやった。

 

 ハマーンもMSのIS化には着手しているようだが、それが芳しくないとボヤいていたのを思い出してのことだった。

 

 MSのIS化は束博士が端を発しているが、その技術を習得して自身で造り上げたのがガンダムMk-Ⅱだ。

 

 ISコアという核心部分は博士の手でしか未だ用意出来ないが、それ以外は全て自分で手掛けた。

 

 サザビーのデータを渡すのは無理でも、Mk-Ⅱはおれが造り上げた機体故にその扱いは好きにして良いと博士にも言質は取っている。

 

 あのハマーンのことだ。おれがMk-Ⅱを与えずともMSのIS化はしていただろうが、なにより情けないISに乗って万が一の事などあってはならない。

 

 ペイルライダーなどという獣が彷徨いている以上、その牙をハマーンにも向けないとも限らない。

 

 絶対にないとは思いながら、おれはもう彼女を喪いたくないという想いから余計な手塩を送ってしまったのだ。

 

 少なくとも良い顔はされなかったが。

 

「まーたなにか考えてるでしょ?」

 

「ふぇっ!? や、いや、なにも」

 

「ウソつき。心ここに有らずって顔してたよ」

 

 頬を膨らませて少々不機嫌そうな博士に言われて反射的に自分の頬を撫でてしまう。そんな顔をしていた覚えはないのだけれども、博士にはそう見えていたらしい。

 

「またハマーン・カーンの事でも考えていたんでしょ? どうせ」

 

「うっ、まぁ、そう。うん…」

 

 女性は鋭いと言うが、それは束博士もそうであるらしい。最近妙に考えていることを言い当てられてしまう。主にハマーンの事を考えている時は今のところ外した事はない。そんなにわかりやすい顔をおれがしているとでもいうのか?

 

「そりゃあ君が何を考えていても君の勝手だけど。女の子の前で他の女の事を考えちゃう男はモテないよ?」

 

「肝に銘じておきます」

 

 確かにそう言われてしまうとぐうの音も出ない。なにより自分は博士の好意で身を置かせて貰っている身だ。彼女の機嫌を損ねてしまう事には極力注意を払わなければならない。

 

「はい。これが君の新しい機体さ。ちょうど出来たてホヤホヤの新品だよ」

 

 格納庫の照明で照らし出されたその機影に息を呑んだ。

 

 懐かしくもあり、そして幾度もの雪辱を共にした機体だった。

 

「リック・ドム……ツヴァイか」

 

 その名を絞り出す様に紡ぐ。

 

 リック・ドムⅡは一年戦争で最後に乗っていた機体だった。

 

 ララァを守れなかった悲しさ。ア・バオア・クーで終戦を迎えた悔しさは今でも鮮明に覚えている。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうして!! どうしてララァが死ななくちゃならないっ!!」

 

 エルメスが撃墜され、キシリア閣下の座するグワジンに帰投したおれは、先に帰投していたシャアに詰め寄った。

 

 片や大佐、片や大尉。上官不敬で独房行きだが構いやしなかった。

 

 それ程までに深い悲しみと行き場のない怒りに心が逆巻いていた。

 

「すまない……」

 

 ただ小さく呟くシャアの姿が、憧れていた大きな背中ではなく、今にも消えてしまいそうな小さな物に見えた時。おれの中の感情がスッと冷めていった。

 

 自分と同じ悲しみを抱えているこの人に当たり散らしてどうするのかと。

 

「っ、くそおおおおおおおおおおおおあああああ―――――!!!!!」

 

 やり場のない感情だけがすぐぶり返して、壁を殴り付けた。

 

「ぅっ、ぅぅっ、ら、らぁ……ララァ……、うわああああああああああ!!!!」

 

 ララァはおれにとって、ようやく出逢えた仲間だった。欠けていたピース。生き別れた半身。

 

 ニュータイプという人の革新。その領域に足を踏み入れた者同士の共感でしか分かり合えない繋がりがあった。

 

 たとえララァがシャアの事を愛していても構わなかった。ただ一緒に居られて他愛もない会話をするだけで心が満たされていた自分にはそれだけで良かったのに。

 

 よりにもよって、それを奪ったのが同じニュータイプだなんて思いたくなかった。

 

 ぽっかりと胸に穴が空いてしまった様な喪失感。

 

 だが戦局はおれやシャアに悲しむ時間さえ満足に与えては暮れなかった。

 

 コロニーを巨大な砲に見立てたソーラ・レイによって連邦軍の1/3を壊滅せしめても、彼らは決戦を挑んできた。

 

 先のガンダムとの戦いで脚部を損傷したリック・ドムⅡに、リック・ドムの脚部を接合して決戦に挑んだ。

 

「修理状況、どんな感じですか?」

 

「大尉殿。正直このMSで出られるのは整備兵としてお勧めいたしません。万が一大尉殿に何かあっては」

 

「決戦だもの。1機でも今は動けるMSが要る。出られるか出られないかで」

 

 やっつけ仕事の突貫工事も良いところだった。

 

 リック・ドムⅡは当時まだ生産が始まったばかりの機種で、親衛隊や一部のエースパイロット、特殊部隊に配備され始めた機体だった。

 

 そんな機体を修理しようとしてもパーツが足りず、結局はリック・ドムの脚を接合する事になったのだが、性能の違う脚によって機体バランスはめちゃくちゃだった。

 

 それでも出なければならなかった。

 

「くっ、多少もたつくけど、いけない訳じゃない!」

 

 左右で出力の違う脚部を使っているから加速性は落ちるし、右に少々傾くわ、出力の弱い右脚が絡む機動を取ると引っ張られる感覚はあったが、有象無象相手なら対した問題はなかった。

 

「木馬は、ガンダムはどこだあああああ!!!!」

 

 バズーカを放ち、ジムを撃墜。

 

「棺桶が邪魔をするなああああ!!」

 

 迫り来るボールを脚で蹴り砕く。

 

 Sフィールドの侵入を試みるMSを優先して撃破していく。ボールやパブリク、セイバーフィッシュはほぼ無視してジムやジム・コマンド、ジム改といったMSをバズーカで撃墜していく。

 

『あの青いリック・ドム、相当やるぞ。何処の部隊のやつだ?』

 

『青いMSって、まさか青い巨星のランバ・ラル大尉の?』

 

『いや、ランバ・ラル大尉は地球で白い奴にやられたって聞いたぞ』

 

『じゃあもしかして蒼き鷹のユキ・アカリ大尉じゃ?』

 

『ルウム戦役で戦艦5隻を沈めたっていうあの!?』

 

『ホンモノ!? うわぁ、あとでサイン欲しいな。僕あの人のファンなんだ! すっごく可愛い人で、写真集なんかプレミア付いて滅多に手に入らないくらい人気なんだ』

 

 戦場であるというのに、辺りの敵を蹴散らしていたらそんな腑抜けた会話が耳に入ってきた。

 

「喋っている暇があるなら手を動かせ! 目の前に敵が押し寄せているのが見えるだろうが!!」

 

 弾倉が空になったバズーカを捨て、近くで撃墜したジムの持っていた盾とマシンガンを拝借して敵陣に斬り込む。

 

『待ってください大尉! お一人では――』

 

「蒼き鷹なんて。伊達や酔狂で呼ばれちゃいない!!」

 

 敵のボールを踏み台にして加速し、マシンガンで最寄りに近づいてくるジムを撃ち抜いていく。

 

「おれが引き付けている間にラインを立て直せ! まだ斥候の一部に過ぎないんだぞ!!」

 

『『『『『りょ、了解!!』』』』』』

 

 返ってくる返事はどれもこれも若々しい。自身とそう変わりもしない、もしくはもっと若くさえ感じた。

 

 学徒動員兵。まだ学舎に居るはずの少年兵さえ担ぎ出さないとならないほど今のジオンにはMSのパイロットが不足しているという証左だった。

 

『大尉!! 前方2時よりサラミス3隻が近づきます!』

 

「今さらサラミス3隻程度で狼狽えるな! 沈めれば良いだけだろ!!」

 

 図らずも前線の兵達を何時の間にか指揮して戦っていた。名が売れているパイロットというのはそれだけで自身の実力以上の事を常に期待されてしまうとは良くも言うものだ。

 

 武装を肩に懸架していたビームバズーカに切り換えてサラミスへと近づく。

 

 迎撃しようと直掩のジムが群がってくるが、ヒートサーベルを抜き放ち、擦れ違い様にコックピットのある胴体を横に真っ二つに切り裂く。 

 

「沈めええええっ!!」

 

 圧縮された高出力のメガ粒子の光が船体を一撃で貫き、宇宙に光の花を3つ咲かせた。

 

『サラミス3隻をあっという間に。あれがエースなんだ』

 

『勝てる。アカリ大尉が居てくれれば、俺たちは勝てるぞ!』

 

 今さらサラミス3隻を沈めた程度で心が揺れ動くほど素人でもないし、自慢にもならない。だが、この場にいる少年たちはそうでもなかった。

 

 たった数ヵ月前の自身を思い出して内心苦笑いしつつも次の目標を探す。

 

 連邦軍はNフィールドを主戦場とし、Sフィールドからの侵入は予想していたよりも少なかった。しかし連邦は数の少なさにカマ掛けて一転突破を図っていた。

 

 Eフィールドに程近いこの場所は主戦場からは少し離れていて、こうして少年たちは浮き足だっていられるほどの静けさはあった。

 

「補給の必要な機体は一時後退。他の者で腕に自信のあるものは着いてこい。これより我らは主戦場への援護に向かう」

 

 ア・バオア・クーを背中に、U字型に戦場が食い込んでいく。一進一退ではあれでもゲルググやリック・ドムといった性能の高い機体には少年兵が多く、ベテラン兵は使い慣れたザクを使っているため、連邦との機体の性能差に徐々にじり貧になりつつあるのが見て取れた。

 

 だがそれだけではない。連邦の艦隊を牽引する大きな力を感じる。

 

 いくつかなの強い意識。自分に近い物を感じる。

 

 その意識の中心点にあるのは白い戦艦だった。

 

 ホワイトベース――。

 

 ジオンが木馬と呼んでいたこの船を取り逃がしてから全てが狂い始めた。

 

 ランバ・ラル大尉も、あの有名な黒い三連星さえガンダムと木馬の前に倒れた。

 

 そしてソロモンではおれがガンダムを取り逃がしていなければドズル閣下も討たれずに済んだだろうに。

 

「貴様らが、貴様らさえ居なければ……っ」

 

 敵の気勢を削ぐには木馬を落とすのが得策だが、周りの艦艇の合間を縫って急襲するのは片道キップも良いところだ。

 

 MS一機で敵の旗艦を落とせるのならば易い物だと思うが。

 

「違うな。艦隊を引っ張ってはいても率いている配置じゃない。旗艦は別か」

 

 見れば数隻のマゼラン級の姿もあり、そこが艦隊の中心になっている。

 

『大尉。俺たちはなにをすれば……』

 

「目の前の敵を叩けば良い。敵の隊列の後方から攻め込む!」

 

 図らずも敵の背後を突く事になったが、たったの12機。パイロットも未熟の1個中隊のMSでは嫌がらせが関の山だ。

 

 これが熟練兵なら敵の艦隊を背後から奇襲して引っ掻き回すことも出来るのだが、経験乏しい彼等に無理はさせられない。

 

「道を開ける! 全機続け!!」

 

『『『『『了解!!』』』』』

 

 少年たちの乗るゲルググを率いて、おれは連邦軍の艦隊に奇襲を仕掛ける。

 

『大尉! 敵のMSが来ます!』

 

「エレメントを組んで互いを守り合え! 雑魚は私が片付ける!!」

 

 対艦用にビームバズーカは使いたい為、腰に懸架していたMMPー80 90mmマシンガンを装備し、向かってくるジムを撃ち落とす。

 

(クソッ、なんなんだよこのドムは!!)

 

(一瞬で3機も……。コイツは、エースだ……!)

 

(ここまで来て、死ねるかあああ!!)

 

「纏わりつくなっ!!」

 

 向かってくるジムの放つビームを回避し、懐に飛び込んだ所でマシンガンをコックピットに向けて接射。3発程撃ち込んでパイロットだけを殺す。

 

 取りつかれた味方を助けようと他のジムが近寄ってくるが、パイロットを殺した機体を近づいてきたジムに蹴り飛ばして、マシンガン下部のグレネードを撃ち込む。

 

 蹴り飛ばされた機体を受け止めてしまったジムは、着弾したグレネードによって僚機の爆発に呑み込まれて共に爆発した。

 

 さらに近づいてくる6機のジムにもヒートサーベルでコックピットを一突きし、横凪ぎに両断し、頭部を蹴り砕いて体勢を乱した所に胴体にマシンガンを10発程撃ち込んだら爆発した。

 

『大尉後ろ!!』

 

「喚くな。見えているから」

 

 後ろも見ずに、腰に懸架していたシュツルム・ファウストを抜き、その場で宙返りして突っ込んで来るジムに火薬満載の弾頭を御見舞いする。

 

 突っ込んできたジムは慌てて回避運動に入ろうとしていたが、その前にシュツルム・ファウストの直撃を喰らって爆散していった。

 

 だが倒しても直ぐ様他の敵が群がってくる。

 

「さすがは、数だけは来る!」

 

 2機のジムが連携して迫ってくるが、後方のゲルググからの援護射撃の前に貫かれていく。

 

「だが、数頼みじゃ!」

 

 さらに後続から続く3機のジムをマシンガンで撃ち、2機を墜とすが内一機はシールドでマシンガンを防御し、果敢にもビームサーベルを抜いて接近戦を仕掛けて来た。

 

「出来るのも居るらしいけどっ」

 

 ヒートサーベルで降り下ろされるジムの腕を切り飛ばし、柄を手の中で転がして逆手に持ち替えてコックピットを一突きする。

 

 ヒートサーベルを背中に戻し、マシンガンのマガジンを交換しつつ迫ってきたジムを足蹴にやり過ごす。

 

『ドムでああも動けるなんて』

 

『まるで踊っている様に見えるよ』

 

「感心する暇があるなら前に集中しろ! 敵の真っ只中に居るんだ―――っ!?」

 

 続く言葉を放とうとした時、猛烈なプレッシャーが身体を襲った。

 

『ひ、被弾し、うわああああ――――ザッ』

 

『し、白いのッ――が』

 

『い、いやだ! か、母さん!!』

 

 一瞬で3機のゲルググをやられた。

 

 少年たちの最後を感じながらも、おれはこのプレッシャーの気配を感じ取った。

 

「ガンダム!!」

 

 頭上から迫る白い機影。しかし存在感はジム等とは比べ物にならなかった。 

 

『白い奴がっ、ガンダムって……!』

 

『ケニーとモリガンが……』

 

『クソッタレ!! よくもマーシィを、弟をやりやがったな!!』

 

 親い者の死に、少年たちの統制が乱れてしまう。だがガンダムはそんなことをお構いなしにビームライフルの銃口を向けてくる。

 

「これ以上はっ」

 

 対艦用のビームバズーカを出力を対MS用に絞ってガンダムに撃ち放つ。

 

『大尉!』

 

「お前たちはドロワまで退け! ガンダムは私が抑える」

 

 正直指揮をしながらガンダムを相手に出来る程の腕は自分にはない。

 

 幾度も苦酸を舐めさせられ、顔に泥を塗られた相手。

 

「そのパイロットがニュータイプで……ララァを殺したっ」

 

 シャアがガンダムを追って地球に降りたあと、おれはドレン大尉のキャメルパロール隊に配属された。

 

 そのキャメルパロールもガンダムと木馬に破れ、生き残った僚機を連れ、シャアのザンジバルに身を寄せた。

 

 その後に立ち寄ったサイド6にて、アムロ・レイと初めて出逢った。

 

 あの自身と年齢の変わらない少年がガンダムのパイロットと知ったのは、ララァの意識に牽かれて刻を見た時だった。

 

 本当に守るべきものもなく、故郷さえないあの少年がジオン失墜の切っ掛けを作り、あまつさえ最愛の女性を、多くの戦友を、恩師を奪った。

 

「ガンダムゥゥゥゥッ!!」

 

 憎しみと怒りを込めてトリガーを引く。

 

 だがガンダムは軽やかに此方の攻撃を避けていく。

 

 ヒートサーベルを抜いて、ビームバズーカで牽制しつつ迫撃する。

 

「くっ、この感じ……、シャアじゃないもう一人のっ」

 

「ユキ・アカリ! キサマを倒すジオンの蒼き鷹の名だ! 冥土の土産に覚えていけっ」

 

 言葉がはっきりと聞こえてくる。通信の類いじゃない。ニュータイプだからこそ成せるものだった。

 

 相手の存在を離れていても感じ取り、そして互いに理解出来る力。

 

 ララァに出逢ってこの力をそう感じる様になった。

 

 でもそれは戦場では強力な武器になり、そして余計なものでもあった。

 

「お前さえ、お前さえ居なければララァは!!」

 

「ラ、ラァ……。君もララァを…」

 

「ララァだけだ。ララァしか居なかった! この胸の苦しさを理解してくれて、受け止めてくれた。なのにお前がおれからララァを奪った!!」

 

「っ、ぐぅぅっ」

 

 ガンダムが両腕で担いでいたバズーカの片方をヒートサーベルで切り裂き、ビームサーベルを抜こうとした所を蹴り飛ばして阻止する。

 

「一緒に居たいだけだったのに。一緒に居られるだけで良かったのにっ。それをお前が惑わせたばかりか、奪っていった。他人を本気で愛した事のないお前が全てを奪って行ったんだよ!!」

 

 追撃にビームバズーカを放つが、ガンダムは間一髪で回避行動を取り、反撃してくる。

 

「僕だって殺すつもりはなかった! でも仕方ないじゃないかっ。ララァを戦いに引き込んだ君たちが!」

 

「彼女は自分の意思で戦いを選んだ。守るものの為に。真摯の想いを、他人を愛するから。その為に戦っていたのにっ。どうして何もない空っぽの様なお前にララァが討たれなくちゃならなかったんだ!!」

 

 互いにやり場のない悲しみをぶつけるしかなかった。

 

 戦争なのだから、殺し殺されの事に一々議論していたら人の一生を使っても答えは出ないだろう。

 

 だがそんな事で感情を処理できる程、自分は大人じゃなかった。

 

「お前を倒してドズル閣下やララァの手向けにする!」

 

「チクショウ、こんな所でやられるわけにはっ」

 

 確かにガンダムは手強い。しかしたったの二ヶ月程しかパイロットをしていない相手には負けているなんて思いたくなかった。

 

「もっとだ! もっと速く!!」

 

「スカート付きでこんなに動けるなんてっ」

 

 ガンダムがバズーカを撃ってくるが、バズーカの弾速に捕まるほど、このリック・ドムⅡはのろまな機体ではない。

 

 ビームライフルの追撃が来ても、Gで身体がバラバラになりそうなのを堪えて右へ左へ、上へ下へと回避しながらガンダムに肉薄する。

 

「もらったあああああっ!!!!」

 

「やられる!?」

 

 ヒートサーベルを振り被り、ガンダムの胴体を引き裂こうとした時だった。

 

「な、なにっ!?」

 

 ガクンと機体が振動と共に動きを一瞬止めた。

 

「オーバーヒート……ッ」

 

 ガンダムとの戦闘で無理矢理パワーを出していたリック・ドムの脚部のエンジンがオーバーヒートでセーフティが掛かり、機体がパワーダウンしたのだ。

 

「このおっ」

 

「ぐっ、がああああああ!!!!」

 

 ガンダムは二発のビームを放ち、左足を一発が撃ち抜き、もう一発は機体の右の脇腹を抉り取っていった。

 

「殺すなって……ララァ……」

 

「あっ、が……ぐぅ……」

 

 コックピットの機材や内装が弾け飛び、ノーマルスーツのあちこちに突き刺さった。なかでも脇腹の一際大きな破片が深々と皮膚を喰い破って、コックピットの中に血が浮かんでいた。

 

「ラ、ラァ……」

 

(殺し会うのが……ニュータイプじゃないでしょう?)

 

 負けた悔しさ以上に、ララァに守られてしまった自身の不甲斐なさが悔しかった。

 

「で…も……、ラ、ラァ……」

 

 傷の痛みと戦闘での疲れが激しい気怠さと睡魔となって意識を刈り取る。それを踏み止まってララァへと言葉を向ける。

 

「おれ…、ララァと……いっしょに…、いた、かった……」  

 

 必死になって震える手をララァへと伸ばした。

 

(やさしい子。私はもう、あなたと共には居られないけれど)

 

 ララァの手が、おれの手を包み込んでくれた。温かくて、優しかった。とても安心する柔らかな手の温もりを感じた。

 

(あなたとは何時でもまた会えるわ、ユキ。やさしい子。私は何時だって、あなたを見守っているわ)

 

 命の産まれた海を越え、光の中を過ぎて行き、そして辿り着いた場所。ニュータイプの未来を映す刻の中で、ララァの温もりを感じた。

 

 手の中から温もりが消えていく。もう一度ララァに手を伸ばしても、この手は届く事はなかった。

 

「ララァ……」

 

 最後に一言だけララァの名を呟いた後に、おれの意識は深い眠りに誘われた。

 

 次に気付いた時には、ア・バオア・クーから撤退するデラーズ艦隊のとあるムサイの医務室の中だった。

 

 補給を終えて戻ってきた少年たちが、中破して漂うおれのリック・ドムⅡを見つけて拾ってくれたらしい。

 

 そしてア・バオア・クー宙域から撤退したジオン軍は月の裏側にある暗礁宙域にて二つの選択をした。

 

 火星と木星の間にある遠く離れたアステロイド・ベルトのアクシズへ逃げ、再起を計る者と地球圏に止まり再起を計る二つの選択を。

 

 無論多くの者はアクシズへと向かった。また年若い少年兵達の多くも軍を抜け、サイド3へと帰って行った。

 

 おれはその選択で地球圏に残ることを決めた。

 

 ララァの魂がある。ララァを感じられるこの宇宙に居たかったからだ。

 

 そして3年後。おれは再び戦場に舞い戻ることとなる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「でも、なぜ……」

 

「私は君がこの機体に何を思っているかなんてこれっぽっちも知らない」

 

 私に背中を向けて、リック・ドムⅡを見る彼の姿は、とても小さかった。いつもは大きく見える背中は、そこにはなかった。

 

「でも今の君なら問題ないでしょ?」

 

「は、博士…?」

 

 背中からぎゅっとその小さな背中を抱き締めてあげれば、こっちに顔を向けた彼の頬には涙の痕があった。

 

 またララァの事を考えていたんだろう。

 

 彼が悲しい顔をするときはララァの事を考えていることが殆んどだ。

 

 それが何よりも気に食わない。ララァ・スンはアムロ・レイとシャア・アズナブルという二人のニュータイプだけに飽きたらず、私のニュータイプですら捕らえて縛っている。

 

 彼をその呪縛から解放させるにはどうしたら良いのか、私にはさっぱりわからない。

 

 死してなお、繋がり続けるニュータイプ。そんなの卑怯だし、良い加減に成仏して貰わないと困る。

 

 彼は私と一緒に未来を生きるんだから、過去の女はさっさと思い出の中に収まっていてほしい。

 

「大丈夫だよ」

 

 ハンカチは持っていないから、白衣の袖で涙の痕を拭ってあげる。

 

「君はもう、強いニュータイプなんだから」

 

 一年戦争を戦っていた彼よりも、今の彼の方が絶対に強い。経験と言うものはウソをつかない。

 

「私と、君の技術があれば、どんな敵にだって負けないんだから」

 

 私は自分の技術をこれっぽっちも疑っちゃいない。そして彼の技術も疑わない。むしろ習っているくらいだ。MSの事も、ニュータイプの事も、私が知りたいことを彼は教えてくれる。だから私はISの事を惜しむことなく教えてる。知りたいことを教えてる。むしろ積極的に知ってほしいから頼まれなくても教えてる。

 

 だってそれは、私のことを知り尽くして欲しいから。

 

 互いに知り尽くせたとき、それは互いを理解できた事になる。それって、ニュータイプを理解出来ることにだって繋がると思うんだ。

 

 ニュータイプになるには、ニュータイプを理解できてないといけない気がするんだ。

 

 ニュータイプになりたいからニュータイプを理解する。ニュータイプを理解したいからニュータイプと接する。

 

 でも、それだけじゃない。彼のことも全部知りたい自分も居た。

 

 

 

 

to be continued…


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。