IS-虹の向こう側- 作:望夢
ガンダムによってメインカメラを損傷してしまった高機動型ザクの修理のため、ユキはその後のルナツー会戦と低軌道会戦に出撃する事は叶わなかった。
シャアに代わり部隊を預かったユキは帰還したソロモンにてジオン公国崩壊の足音を聞くことになった。
ガルマ・ザビ大佐の戦死は瞬く間にジオン公国中を駆け巡った。
ギレン・ザビ総帥による国葬が大々的に執り行われ、ガルマ様を溺愛していなさったドズル中将閣下の命により、ソロモン勤務の兵士も喪に服した。
「ラル大尉!」
「おお、ユキか。要件なら手短に頼むぞ? これから出撃だからな」
忙しなく部下に指示を飛ばしていたランバ・ラル大尉を見つけたユキはラル大尉の名を呼び引き留めた。
「私も部隊に加えてください。シャア少佐の失態を挽回するチャンスを、どうか!」
惚れ惚れするほどの90度のお辞儀で頭を下げて頼み込むユキ。
敬愛する上司であるシャアが、ガルマ様を守れなかった責で軍を逐われた。
いくらエースパイロットとしてドズル中将の覚えの良いユキであっても過ぎてしまった事実を弁明出来る様な材料はない。
そしてガンダムと木馬をサイド7で討てなかった自らを責めながら、ラル大尉がガルマ様の仇討ち部隊として地球に降りると知り、ラル大尉と共にガンダムと木馬を討てば、その功績で昇進するのを辞退する代わりにシャアを原隊復帰させられないかと考えてのことだった。
「中尉。貴官にはシャア少佐に代わってルナツー方面のパトロールの任務があるだろう」
「しかし…」
「シャア少佐が抜けた穴を埋められるのは貴官だけだとドズル閣下も期待を掛けているということだ。そう急ぐな。急いでは事を仕損じるともいう」
「ラル大尉…」
肩に手を置かれ、落ち着き赦す様に言葉を述べるラル大尉にユキは気勢を削がれてしまった。
「……それに、シャア少佐だが。キシリア様に拾われたという噂もある」
「キシリア様に?」
耳打ちする様に、小声でその噂を伝えられ安堵した。
所属は違ってもまた再び戦場で出逢える期待を胸に、ユキは地球から戻ってきたドレン大尉の指揮するキャメルパトロール艦隊のMS隊隊長を命ぜられ、ジャブローから空に上がる補給便の通称破壊に努めた。
そんな最中、恩師であるランバ・ラルがガンダムに敗れ戦死したと耳にする。
恩師の死に悲しむ間も無く、オデッサ陥落の報を聞きつけ、衛星軌道に脱出してきた同胞を救助した。
それから程なく、衛星軌道上にていつも通りのパトロールの任務にあたっていたキャメルパトロール艦隊にシャアからの通信が入った。
「お久し振りです、シャア少佐! と、今は大佐であられましたな」
「相変わらずだな、ドレン。中尉も健勝の様だな」
「お変わりない様子でなによりです、シャア大佐」
3ヶ月程ぶりに話したシャアの変わらなさにホッと一息吐いたユキであったが、シャアが今再び地球から宇宙に上がった木馬を追跡中であり、キャメルパトロール艦隊の位置からならば木馬の頭を抑えられるという事だ。
ドレン大尉はシャアが少佐となってから付き合いの長い副官だ。
そしてユキもまた、敬愛する上司の援助要請とあれば皆まで言わずとも頷く。
キャメルパトロール艦隊は進路を変更し、ホワイトベースの予定航路上に陣を張る。
ムサイからリック・ドムが発進する最中、ユキも高機動型ザクの中で出撃準備に勤しんでいた。
『中尉。木馬はMSを発進させた様だ。長距観測だが、数は4機らしい』
「4機ですか。その中に白いヤツは?」
MSの数で言えば此方は倍の数の有利がある。しかしその中にガンダムが居ればその数の優位でさえ引っくり返されかねない。ランバ・ラルだけでなく、風に聞いた黒い三連星ですら敗れた。
ガンダムのパイロットがニュータイプなのではないかと噂される程の戦果に、しかしだからなんだとユキはそんな根も葉もない噂を頭から追いやる。
『わからん。有視界戦闘領域に入らなければ判別は難しいからな』
いずれにせよ、木馬の後方からシャアも来るのだ。ユキはその時に恥を掻かぬよう、そして恩師の仇討ちをさせてもらう腹積もりだった。
『進路クリア、発進どうぞ!』
「ユキ・アカリ、ザク、発進する!」
カタパルトレールで射出され、180度旋回。リック・ドムよりも身軽な此方は直ぐ様9機のリック・ドムの編隊に追い付く。
「各機、そのままで聞け。これより我が隊は敵MS隊との戦闘に入る。クワメルとキャメルの隊は右へ、敵MS部隊に食らい付く。スワメルの隊は左へ、敵MS部隊を無視して木馬へ迎え!」
MS部隊に指示を飛ばし、機体の姿勢を安定させ射撃姿勢を取る。
この10ヶ月あまり使い続けた対艦ライフルを構える。
ガンダムにカメラを壊されてから丁度良かったこともあり、新たに新調した高精度カメラと対艦ライフルのスコープが連動し、長距離狙撃を可能とする。
「敵は4……。1機は逸るか…。全機、作戦開始!!」
スコープの先で煌めく閃光。木馬のMS部隊からビームが飛んでくるが、距離が遠く、そんなビームに当たるような腕のパイロットは居ない。
部隊が左右に別れ、リック・ドム部隊が攻撃を始める。
「戦闘機が2機。支援型が2……ガンダムが居ない?」
リック・ドム部隊と交戦を始めた木馬のMS部隊にガンダムが居ない事を認めたユキはセンサー範囲を最大にしてガンダムを探す。
しかし、何処にもガンダムの姿が見当たらない。
「今は気にしても仕方無いか」
狙いは戦闘機からだ。ビーム兵器を持った戦闘機程厄介なものはない。運動性はMSの方が上でも、あの形状はブースターを備えていて、足が速い事は見ただけでわかる。
「貰った!」
トリガーを引き、撃ち出された弾丸はしかし掠めた程度で直撃はしなかった。
「ちぃっ。見込みが甘かった」
そのまま2発撃ち込むが、狙われているとわかった戦闘機は巧みに此方の攻撃を回避していく。
「おれがこうも外す!? 読まれてるとでも」
「あのザクは……!」
「あるわけがない!!」
「蒼き鷹…!」
「ちっ、艦砲の射軸に入ったか」
精密射撃の為に控えめに動いていた高機動型ザクに向けてホワイトベースからの砲撃が飛んでくる。
さらには後方からもムサイ3艦のメガ粒子砲が宇宙を切り裂く。
「クワメルが被弾した? 全機、ラインを一時後退! クワメルの隊は母艦を援護してやれ」
命令を飛ばしながら絡んでくる戦闘機に対して引き剥がしに掛かるが、しつこく此方に食いついてくる。
「ええい! こう追いかけまわされたら攻撃が」
「ここで私が鷹を抑えていれば…!」
「空間戦闘機程度にザクが負けて堪るか!」
ランドセルに接続されているプロペラントタンクを切り離し、振り向きながら対艦ライフルでタンクを撃ち抜く。
「なっ、前が…!?」
「貰ったぁぁぁっ」
ヒートホークを抜き、タンクの爆発で生まれた爆煙の中に機体を突っ込ませながらヒートホークを振り抜く。
「きゃあああ!」
「浅かった!? 中々やる!」
ヒートホークは確かに戦闘機に傷をつけたが、それは機体の底部を浅く切りつけるだけだった。そして宇宙に大きな光が咲く。
「クワメルが
クワメルがやられたのを毒突く声量ながらその実木馬へのある種の賛辞を口にしていた。なにしろ数ヵ月前は3対1の艦隊戦に生き延びられる様な雰囲気は感じなかった。ジャブローで良い兵士を揃えたかと考える所だが、そうではないと感じる。あの船の足並みはそうした新しさを感じない。命を預け会えている雰囲気を感じる。もしジャブローでそうした良い兵士を揃えたのならば新設部隊程までではないが動きに乱れが出るはずだ。しかしそれを感じないということは、木馬はサイド7からその陣容を変えず戦い抜いたのだろう。
強い船だと思いながら、味方が沈められた事に動揺する暇もなく対艦ライフルの弾倉を交換し、その銃口を木馬へと向ける。
「くぅぅっ」
「やらせない…!」
しかし態勢を立て直してきた戦闘機に対艦ライフルを撃ち抜かれてしまう。
「クソッ、小うるさいカトンボが!」
武装をMMPー80 90mmマシンガンに持ち変えて戦闘機を撃つが、此方の攻撃がわかっているかの様に避けていく様は苛立ちすら覚える。
「ガンダムが居ないのにこの体たらくか!」
戦闘機一機に翻弄されている自身に苛立ちを覚えながらドッグファイトから抜け出せないでいた。
「スワメルもやられた!? まさか!!」
天頂方向から迫る気配。
「別方向からの奇襲だと!? 全機後退! 旗艦を守れ!!」
残ったキャメルが船体を傾けながらメガ粒子砲でガンダムに向けて弾幕を張るが、ガンダムはそれをものともせずにキャメルに向かっていく。
リック・ドムが迎撃に向かうが、直感的に間に合わないとわかってしまう。
しかしそれで諦められるわけがない。
「くっ、ドレン大尉!!」
目と鼻の先の目の前で撃沈するキャメル。
たった1隻の艦と、此方の方が倍のMSを有していて負けた。
その事実は到底受け入れられるものではなくても現実だ。
「くっ、ちぃ、ガンダムがああ!!」
怨嗟を叫ぼうとも、残存のリック・ドムに後退信号を上げる。
艦隊の仇を討ちたいのは山々だが、それでも残った部下に玉砕しろとは言えない。既にこの場での勝敗は決したのだ。
「ガンダム……っ」
後退信号を上げている為、ガンダムも此方を追ってくる様なことはなかった。
しかしガンダム1機に巡洋艦2隻と、リック・ドム4機がガンダムによって撃墜された。
ガンダムの性能も高いのだろうが、パイロットも間違いなくエースパイロットだが。
「あの感じはサイド7の時と同じだ。あの素人があんなになったのか…!」
ガンダムのパイロットがニュータイプである。ニュータイプが進化した新人類というジオン・ズム・ダイクンの言葉を鵜呑みにする気はないが、信じさせようとこの戦果が自身を苛む。
生き残ったリック・ドム3機を連れ、後方のシャアに合流する事を決める。帰る場所を失った悲しみを感じることも、戦争だからと割り切れる程、ユキは大人ではなかった。
「ドレンは死んだか……」
「…………はいっ」
ザンジバルに収容され、一応生存者の捜索はしたが、誰も生きていなかった。
「よく無事で戻った。今は休め、中尉」
「……はい」
シャアに肩を叩かれ、気遣われる形で休む様に言われた。
宛がわれた士官用の個室に入った所で、漸く抑えていた涙腺が崩壊した。
長くお世話になった上官や同僚を偲び、涙を流すことでその死を受け入れた。
to be continued…