IS-虹の向こう側-   作:望夢

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タイトルはああだけどC.D.Aとは関係無いです。


第15話-若き彗星の決意-

 

 合同作戦を終えて帰還したおれは、酷い頭痛に悩まされて医務室で横になっていた。

 

 理由はわかっている。サイコフレームの共振を起こしたからだ。だがそうでもなければあの赤いISに追従するのは難しかっただろう。サイコフレームの量が多いと有利になるというチェーンの言葉を思い出した。

 

 作戦は失敗と言ってよい結果だった。研究所の実態は闇の中。結局ニュータイプの研究の確たる証拠を掴めなかった。ハマーンが用意した資料だけでも、人体実験をしていたという証拠はあるが、物理的な証拠があればなお良かった。

 

「フル・フロンタル……」

 

 だが今のおれの気掛かりはやはり、あの赤いISに乗っていたフル・フロンタルだ。

 

 声は、以前映画館でハンカチをくれた女性のものだった。

 

 だがあの感じた黒い焔は、間違いなくフル・フロンタルの抱えていた虚無だ。

 

 フル・フロンタルについては、おれにも良くはわからない。シャアの人類に対する怨念のようなものというのはわかる。

 

「あまり頼りたくはないが…」

 

 ネット回線に接続して、『フル・フロンタル』で検索を掛ける。

 

「やはりシャアの人類に対する絶望の残留思念か。しかしサイド3の急進派がシャアの替え玉を造るか。結局は今のジオンも落ちぶれてしまったということか」

 

 スペースノイドの自治権獲得の為に立ったジオン。

 

 だが今のジオンにはかつてのその初心はなかった。その初心を持った男たちは皆、星の屑に殉じたのだ。

 

 その気運があったエゥーゴも、結局は連邦の腐敗という大きな流れの中に呑まれていった。

 

 ハマーンは、自分達を冷たい宇宙に追いやったアースノイドを恨んでいたし。

 

 シャアはアムロとの決着と、人類をニュータイプにするためにアクシズを落とそうとしていた。

 

 フル・フロンタルは変わることのない人々を見限っていた。サイド共栄圏は確かにそれはスペースノイドの独立を目指す言葉に聞こえるが、それは地球とコロニーの立場を入れ替えるだけのもので、結局は腐敗という大きな流れがすべてを終わらせるだろう。ある意味での人類の滅びを望んでいた。

 

 だがフル・フロンタルはシャアの怨念ならば、その虚無の大きさは、人類の可能性を信じる裏返しだ。希望を否定する熱い絶望の波というものが奴にはあった。

 

 だが今は、それすらも感じない。

 

 本当の意味での虚無。冷たすぎる。まったく熱を感じなかった。そんな存在が何を思われて行動をしているのかわからないが。

 

「刺し違えてでも止めないとな」

 

 それがシャアの意志を継ぐおれの役目だ。あの絶望だけを抱えた亡霊を野放しには出来ない。

 

 そんなことを考えていると、医務室に人が二人入ってきた。

 

「少佐。お加減は如何ですか?」

 

「ハルフォーフ大尉か。ああ、問題ない。少し疲れただけさ」

 

 やって来たのはハルフォーフ大尉と、その後ろに居るのはボーデヴィッヒ大尉だった。

 

「どうした、ボーデヴィッヒ大尉。私を笑いに来たか?」

 

「い、いえ、そんなことは……」

 

「ざまぁない。こんな姿じゃな」

 

 冷却シートを頭に貼り付けて横になっているのだ。あれだけ彼女に言った手前は、この姿は情けない。

 

「あの赤いIS。あれは何者ですか? フル・フロンタルという言葉が聞こえました。まるでひとつの演目でも見ている気分でした」

 

「ハルフォーフ大尉は、ガンダムを知っているか」

 

「嗜む程度には」

 

 ハルフォーフ大尉の眼光は鋭くおれを見ている。おれとフル・フロンタルの間に遊びがないのを、彼女は感じているようだ。戦場に出ている人間の勘というものは、時としてニュータイプの様に恐いものがある。

 

 言葉巧みに言い逃れが出来る舌があれば良かったが、生憎俺にはそんな舌がない。

 

「これを聞けば、後戻りは出来ないどころか、精神異常者と言われるだろう。それでも良いのなら話そう」

 

「お願いします」

 

 ハルフォーフ大尉の目は本気だった。まだうら若い女性にしては意志の強いものを持っているようだ。

 

「ボーデヴィッヒ大尉は少し席を外してくれ。余人に聞かせるにはつまらない話だからな」

 

「……いえ。私も聞きたいと思います」

 

「興味本意で聞く話でもないぞ」

 

「私は知りたい。なぜあなたがあんなにも強いのかを」

 

 おれを見つめるボーデヴィッヒ大尉の目には、不安に揺れながらも、不確かな希望を見つけたいという想いが見てとれた。

 

 おれはこの手の子どもには弱いのだろうか。純粋で真っ直ぐ。クロエやバナージを思い出して、その目は嘗ての自分を重ねる。

 

「わかった。聞いても面白くもない、ひとりの男の話をしよう」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ユキ・アカリ――。

 

 不思議な人だ。落ちこぼれた私に声を掛けるだけでなく、強引に私を連れ出した上官。

 

 もはやなんの力もない私に期待を寄せる人間など居ない。そんな私に希望を見つけろと期待を掛ける。

 

 現金な私はその口車に乗って、久し振りに出撃した。

 

 そこで目の当たりにしたのは、IS同士の戦いと言うには生温い戦いだった。

 

 まるで重力を感じていないように空を駆ける二機の赤いIS。

 

 その姿は宇宙を駆ける彗星のような人を惹き付ける輝きがあった。

 

 そう思うと、途端に舞台は青い空ではなく、蒼い宇宙で戦う赤いISと蒼いISの視点に変わった。

 

 星々の煌めきの中で激突する二機のIS。一つ目で赤く一本の角を持った赤いISは雰囲気は酷似している。だが、もう一機の少佐のISはガラリと雰囲気が変わっていた。

 

 細い四肢に二つ目と二本の白い角。蒼く彩られたISはそれが少佐の真のISだとわかる。

 

 二機のISから溢れる光が、私に他のヴィジョンを視させた。

 

 大きな隕石を押し返そうとする一機のIS。それは少佐の蒼いISと雰囲気を同じとしたISだった。懸命にその白いISに手を伸ばす少佐のIS。その二機(ふたり)の手が重なった時、虹色の光が宇宙を覆った。温かく、優しい光。そして込み上げてくる切なさに、いつの間にか私は涙を流していた。

 

 宇宙要塞の中で、その壮絶な戦いに幕を降ろした白亜の戦艦が映る。

 

 人の生み出した憎しみの光の渦に、多くの人の心と命が熔けていく。

 

 宇宙の中を駆けまわる、イギリスが開発に全力を注いでいるという自律砲台に似た砲台がビームを放ちながら、白いISを追い詰める。その中心には緑色のとんがり帽子のような兵器があった。赤いISと白い戦闘機が交差した。そして白い光に包まれる。

 

 先程の白い戦闘機が、巨大な二本足のある兵器に特攻する。先程の白いISがその戦いの終止符を打った。

 

 地球に巨大な空が降ってきた。それは宇宙の民の怒りと悲しみを乗せた一撃だった。だがそれが地球の人々の怒りと悲しみを生む一撃となった。

 

 そして事の始まり。宇宙の民と地球の人々との争いの狼煙となった、新たな時代の幕開けに起こったテロ。

 

 気づけば戦いは終わっていた。溢れていた涙はなくなっていた。

 

 落ちこぼれて、悔しくても、辛くても流れることのなかった涙。そんな私に涙を流させる程に悲しい刻の中。

 

 少佐の話を聞いて、私はそれがひとつの宇宙の体験だったのだと確信した。

 

 あんなにも悲しみに満ちている世界の中で希望を見失わないその姿を、私は悲しく思って、また涙を流した。その心を尊く想う。

 

 私にも、そんな心の強さがあればと羨望した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 少佐が私たちに語ったひとつの宇宙世紀の話。私がサブカルチャーに染まっていたことが吉と出た。真面目な人間なら妄想だと笑い飛ばしていたことだろう。

 

 ハッキリ言って、少佐が言うフル・フロンタルが相手では普通のIS乗りなど赤子の手を捻るほど容易いだろう。

 

 あのシャア・アズナブル、アムロ・レイ、ララァ・スンに託された存在か。

 

 羨ましいと少しでも思う私は、不謹慎なのだろう。

 

「今のフル・フロンタルは迷いのないシャアと同じだ。望まれれば平気で地球すら潰す。そんな奴を野放しにはしない。刺し違えてでも必ずおれが連れていく」

 

 そんな覚悟を言う少佐は、とても強く見えながらも、死人に魂を引かれている様にも思えてならない。

 

「勝手に方針を決めて貰っては困るな。お前が居なくなった時は、シャアに代わって私が地球を潰してやろうか」

 

 そんな物騒なことを言って医務室に入ってきたのは、このドイツの裏を取り仕切っているという情報部の長、ハマーン・カーン。

 

「覚悟を言ったまでさ」

 

 恐いと思うほど固かった声だった少佐は、途端に柔らかな声になった。

 

「余計なことを話してくれた」

 

「理解者は多いに越したことはないだろ」

 

「その物言い。シャアの様になっても知らんぞ」

 

「心得ておくよ。お前を敵にまわしたくない」

 

「フンッ。女を侍らせてよくも言うよ」

 

 私は夢でも見ているのか。あの冷徹の魔女とも言われているハマーン・カーンが――。

 

「余計な邪推は身を滅ぼすぞ、小娘」

 

 底冷えしそうな程に鋭い眼差しを向けられて、私は思考を途中放棄した。

 

「シャアの亡霊と対峙したそうだな」

 

「ああ。恐ろしかったよ。あれはこの世に野放しには出来ない」

 

「そうか。だがあまり気負うな。でなければカミーユ・ビダンの様になるぞ」

 

「その時はお前が引き留めてくれるから、不安はないさ」

 

「安心するといい。その時は遠慮なく見捨ててやるさ」

 

「フッ。手厳しいな」

 

 なんというか、私たちが場違いのようで早く退出したいけれど、ハマーン・カーンが入り口に陣取っていて逃げ場がない。早くこの重圧から解放されたい。

 

 この状況で少佐の膝で眠れるボーデヴィッヒ大尉が羨ましいです。

 

 

 

 

to be continued…


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