IS-虹の向こう側- 作:望夢
あと勘違いしないで欲しい。ユキはホモじゃない。シャアが好きなだけなんだ。
ハマーンから依頼されたニュータイプ研究所襲撃。
表向きには人体実験研究所の強制査察ということらしい。
軍部が動くのは再三に渡る任意での査察を拒んでいるからだそうな。圧力をかけて向こうを折るつもりだったらしいが、非人道的な研究をしているとわかって強行する事になったのだ。
普通の人体実験研究所ならハマーンが出てくることはないのだが、調べている内にニュータイプの研究をしているとわかって、ハマーンが出ざる得なくなったのだとか。
ただいくらハマーンでもISの方は間に合わず、中途半端な機体で出るくらいなら、完成している機体を持つおれを出すほうが、万が一にニュータイプとの戦いになっても対抗は出来る。
まぁ、ハマーンも力を示す必要があるのだろう。
ただジロジロ見られるのはあまり良い気はしない。
「作戦を説明する。目標は非人道的な研究を行っている非合法研究所だ。目標の研究所自体には大した戦力はないが、防衛に無人型のパワードスーツが多数展開している。また今作戦には情報部からエージェントが参加する。ミス・アカリ、自己紹介を願えますか?」
作戦を説明していたクラリッサ・ハルフォーフ大尉に呼ばれた為、座っていたイスから立ち上がる。
「紹介に預かったユキ・アカリだ。階級はハルフォーフ大尉より上の少佐をしているが、私のことは気にせずに諸君ら本来の指揮系統で動いてくれ」
つけ毛をして髪の毛を伸ばした今のおれは、見かけ的には普通に年頃の少女だろう。声も少し低めだと思えばあまり違和感はないだろう。男らしさがない自分が嘆かわしい。ハマーンめ、あとで覚えておけ…。
自己紹介を終えてイスに座り直すが、やはり注目されるのは肩が重い。それを察してか、ハルフォーフ大尉がわざとらしい咳払いをして先を進めた。
「目標は森林内にカモフラージュして置かれている。我々の仕事は特殊部隊の突入支援だ。防衛戦力を速やかに排除。その後は制圧支援にも回る」
ハルフォーフ大尉の言葉に返事を返すのは、まだまだ若い少女と言って差し支えのない者達だ。彼女らはこのドイツの守りの要。ISの軍部隊の一員たちだ。
軍人としての教育は受けているだろうが、まだ年端も行かない子どもに大人の穢い仕事をさせる。それがISが世に出て国を守る要となった弊害を見せられているようで、おれの心中はあまり良いものではなかった。
「敵に大した戦力がなかろうと油断はするな。慢心は己の足許を掬うぞ」
そこに釘を刺すように言うハルフォーフ大尉の言葉で、少し楽勝ムードがちらついた場の空気が引き締まる。やはりそういう雰囲気は若い証拠か。ハルフォーフ大尉も、ブライト艦長に近い物を感じる。具体的には子どものお守りで頭を抱えてそうな感じで。
「大尉。少し良いだろうか?」
「ええ、どうぞ」
作戦内容を伝え終わったハルフォーフ大尉に断りを入れて立ち上がる。
「「「「「ッ―――!?」」」」」
突然身を震わせる彼女たち。見ればハルフォーフ大尉も少し冷や汗を掻いている。少し強くし過ぎたか。
「今諸君らが感じた物を戦場でも忘れないことだ。でなければこれを忘れた者から死ぬことになる。……私からは以上だ。すまないな大尉、時間を取らせた」
「い、いえ。では各自解散。機体の調整を忘れるなよ」
ハルフォーフ大尉の解散の声で蟻の子を散らすように退出していく少女たちを見て苦笑いを浮かべる。嫌われてしまっただろうな。
「申し訳ありません、少佐。不躾な者達ばかりで」
「なに。若いだけさ。あんな若い子を戦場に出さなければならないとは、末期だな」
「失礼ながら、少佐もあまり変わらないと思いますが」
「キャリアの違いさ。戦場を知らないと見た」
「そうですね。あってもテロリストの拿捕や災害救助などですから」
「あの歳だ。その程度でも良い気はするがな」
話を切り上げたところで、視界の隅に小さな光るものが見えた。
「あの子は…」
「あ、ああ、はい。ボーデヴィッヒ大尉ですね」
「あの歳で大尉か。スゴいものだな」
ブリーフィングルームの隅で小さくなって座っている幼い少女に目が行った。
見た感じはカミーユよりも幼く、同じ銀髪だからだろうか、束のところに残してきたクロエを彷彿させる。ただハルフォーフ大尉の腫れ物を扱うような声が気になって近寄ってみる。
「君は行かないのか?」
「……私には、居場所がありませんから」
声をかけられてハッとしてこちらを見上げた少女は、左目を眼帯で隠していたが、紅い右目は酷く濁っていた。その眼をおれは知っていた。かつて自分がしていた眼だ。
「居場所がないなら、なぜここにいる?」
「行くところがありませんから……」
「そうか。でも世界はそんなに捨てたものじゃないと思うけどね」
「え…?」
「希望を見つければ、這い上がれるさ。今は辛くても耐える時だ。泥水を啜ってでも生きていけば、その先にいつか希望を見い出だせる」
目の前の少女にかつての自分を重ねてしまったから、伝えずにはいられなかった。
デラーズ・フリートの一員として星の屑を完遂したが、結局はスペースノイドを弾圧する過激な連中のプロパガンダに使われて、ティターンズを生んだ。
そんな世界に絶望して脱け殻だった自分の前にシャアは現れて、希望をくれた。
自分がそうであったから、この娘にも同じように希望が出来ることを願いたい。
「そんなこと……」
「あると信じて戦うことだ。そうすれば手に入れられるものもある」
おれにとってはハマーンであり、シャア、アムロ、ララァに託された未来がそれだ。
「二時間後には出撃になる。機体の調整をしておきなさい。居場所がないなら、おれが引っ張って行ってやる」
「……失望しますよ」
「言える自覚があるなら平気だ。あとは這い上がるだけだ」
座っている彼女を強引に引っ張って立たせると、背中を押した。
彼女はおれを一度振り返ると、気の進まなそうな重い足取りで部屋を出ていった。
「少佐…」
「すまないな。ああいうのは多少強引でも立たせないと、そのまま腐り落ちてしまうのさ」
「優しい声も出るんですね」
意外だと言いたげに言うハルフォーフ大尉に、おれは軽く笑ってみせた。
「私がそんな鉄みたいに見えたか?」
「失言でした。忘れてください」
まぁ、無理もない。ハマーンの息の掛かった人間だ。そしてハマーンが外で見せる顔も知っているから、そう思われても仕方がない。
「構わないな、大尉」
「寧ろ感謝致します。最近は部屋の外にもあまり出ませんから」
「織斑千冬が居てもか?」
「ええ。彼女は心を閉ざしていますから」
織斑 千冬の人間性を詳しく知っているわけではないが、彼女ならばあの様子の少女をみたら声くらい掛けそうなものだが。まぁ、想像しても仕方がないか。
◇◇◇◇◇
ドイツ軍IS部隊、シュヴァルツェア・ハーゼと特殊部隊と共に作戦領域に入ったおれは、ハルフォーフ大尉とボーデヴィッヒ大尉を連れて草むらに隠れながら、研究所をハイパーセンサーで拡大して探っていた。
「慌ただしいな」
展開しているのはパワードスーツが6機程だったのが、今はその3倍程度には展開している。周囲を森に囲まれていて、地下に研究所を構えているタイプだ。地表にもいくつかカモフラージュされて建物があるが、それはダミーだ。木々に隠れて展開するパワードスーツはすべて無人だ。
サイコフレームを通じて向こう側の意識を感じているが、地下の気配が慌ただしく動いている。
「始めるぞ」
「しかし少佐、まだ特殊部隊との時間合わせが」
「騒がしくなっている。連中が逃げる前に退路を塞ぐ必要がある。シュヴァルツェア・ハーゼ隊は西と東に別れて敵の注意を引かせろ。特殊部隊には敵後方の退路を塞げさせた方がいい」
作戦に口を出す予定はなかったのだが、状況が変わった。当初は奇襲を仕掛けて隙を突く算段だったが、相手側が気づいて逃げ仕度をしているのならば、強襲に切り替えた方が良い。
「正面は私が引き受けよう。援護はいらん」
「え?」
ISサザビーを展開し、瞬時加速で一気に前に躍り出る。
バーニアの熱に気づいたパワードスーツがこちらに気づくが、AI制御の咄嗟の反応の鈍さは、所詮は機械だ。
「行け、ファンネル!」
速攻を掛ける必要がある。出し惜しみをせずに、全身の火器をすべて使う。
「チィッ、少し煩わせるな!」
形は以前にも戦っているパワードスーツだが、耐ビームコーティングでもされているのか。ビームの通りが悪い。ファンネルの攻撃が若干通りにくい。だが若干だ。熱源の大きい部位、動力を壊せば問題ない。
関節を撃ち抜いて腕が脱落すれば弱い内装から攻めれば問題なく撃ち抜ける。
十数秒で正面に展開している8機をスクラップに変えて施設内に強行する。
地面がスライドして昇降機に載ったパワードスーツがバズーカを放ってくる。
バズーカの弾頭が弾けて鉛弾を拡散してぶちまけた。
「散弾ではなぁ!!」
宇宙空間なら脅威的だが、大気圏内では空気抵抗が激しくて弾速は遅いのだ。
アポジモーターを噴かしてバレルロールしながら回避し、そのまま擦れ違い様にビームサーベルで胴体を斜めに真っ二つに切り裂く。
建物の外壁が割れて新手のパワードスーツが出てくるが、視界に捉える事もなくビームショットライフルで撃ち抜く。
「圧倒的じゃないか。ハマーン・カーン。名前だけじゃなくて、本物のMSまで拵え始めたとでもいうのか……。まるで本物の赤い彗星じゃないか」
随分と驚いてくれるハルフォーフ大尉だが、やはり機械相手は歯応えがない。
「なに? ……なんだと!?」
「なにがあった、ハルフォーフ大尉」
「少佐! 後方の特殊部隊が全滅しました。ISが4接機近中! しかしこの速度は……、ありえない!」
サザビーのセンサーでも捉え始めた。敵を示す赤い点が、真っ直ぐこちらに向かってくる。
「先頭の1機は、後続の3倍のスピードだと!? 後ろの連中も決して遅いわけじゃないというのに!」
また新たなパワードスーツを始末したが、その爆煙を割ってビームが撃ち込まれた。
「このビーム、メガ粒子か…?」
そのビームに撃ち返す為にビームショットライフルを向ける。
「このプレッシャー、並大抵じゃない!」
ビームショットライフルを撃ち込むが、手応えはない。さらに撃ち返されたビームが機体を掠める。
「当てられた!? 中々やる!」
狭苦しい森の中を抜けて空に出る。
「ハルフォーフ大尉は引き続き作戦を続行しろ。こいつは私が抑える!」
空に出て見えてきた敵のIS。その速さに納得の行く形だった。
背中に背負う羽のようなブースター。他のISには見ない脚部のアポジモーター、上腕下部にもアポジモーターがあって、機動性の高さを窺える。
「こいつ、赤い彗星とでも言いたいのか…!」
サザビーやガンダムMk-Ⅱのように全身装甲を備えているIS。袖と胸には黒と金で装飾され、頭には一本の角と一つ目のモノアイ。その姿、その挙動があるMSを思い出させる。
「シナンジュを真似て、赤い彗星を気取るか!!」
胸の中に沸き上がった憤り、赤い彗星が穢されたように感じるおれは、ビームサーベルを抜いて瞬時加速で、赤いISに突撃する。
「気取ってはいないさ」
「なんだと!?」
こちらのビームサーベルを、ビームライフルを握っていない左手に握ったビームサーベルで受け止めた敵の赤いISから聞こえてくる声。それは女性のものだった。それは当たり前だろうが。
「その声、先日映画館で」
「やはり絶望と希望は引かれ合う運命のようだな、ユキ・アカリ」
「絶望と希望は……だと。その台詞は」
あり得ない。シャアの希望を継いだおれに、その言葉を言った男はもう居ない。その怨念は浄化されて、シャアが連れていったはずだ。
「フル・フロンタル……!」
「そうだとも。ユキ・アカリ、私は赤い彗星を継ぐ者だ」
「あり得ない! フル・フロンタルはもう居ない。そんなんでおれを
ビームサーベルを一瞬だけ消して、前に崩れたところに蹴りを――。
「その手は読めている」
「なに!? があああああっ!!」
赤いISはおれの考えを完全に読んで、サザビーに逆に蹴りを入れて、ビームライフルの下部のグレネードランチャーまで撃ち込んできた。
「クソッ、赤い彗星の再来がなんだ!!」
体勢を立て直してビームショットライフルを撃つが、悠々として避ける赤いISに苛立ちが募る。
「フル・フロンタルはもう居ない! やつはシャアが連れ帰ったんだ!!」
ファンネルも使って赤いISを追い立てるが、ファンネルすらも赤いISはビームライフルで撃ち抜いていく。
「認めたくないというのならば、それでも構わんよ」
「煩い! フル・フロンタルならばなぜ戦う。今度は何をするつもりだ!!」
もし目の前のフル・フロンタルが、おれの知る存在ならば、もうやつには戦う理由はないはずだ。
「愚問だな、ユキ・アカリ。私は人の総意の器だ。人が望むから、戦いもするのだよ」
「またその話に戻るのか! お前も人の心の光に触れたはずだ!!」
「そうだとも。バナージ君や、君の心の光に触れた私は、確かにその身を浄化された。シャア・アズナブルという男の絶望の中にあった希望は、という言葉を付け足さなければならないがね」
「そんなこと……。うっ!?」
フル・フロンタルがいう言葉の恐ろしさを理解するところに、赤いISから黒い焔が噴き出す。
冷たくて、寒くて、すべての熱を――希望を無くす焔だ。
「故に今の私は本当の意味で器足り得る存在だということだよ」
「そんな器に込められた願いが、正しい形で叶えられるものか!」
言葉と共にビームライフルの応酬が続くが、向こうは避けてみせるのに、こちらは僅かに被弾を重ねる。おれが嫌だと思う場所にビームを撃ち込まれて動きが制限されたところに、避けきれないビームが撃ち込まれているのだ。向こうの機動性が高過ぎてビームサーベルでビームを斬り払う暇もない。
「遅い、遅いぞサザビー! やつの反応速度を超えろ!!」
反応の遅いサザビーを叱咤しながらサイコフレームの力を使う。
おれの意思を受けたサイコフレームが、翠の光を放ちながら、サザビーの機体を頭から覆っていく。
「サイコフレームの共振か。だがその程度では」
「見える…!」
サイコフレームの力でサイコフィールドを纏ったサザビーは、今まで以上におれの手足の様に動き、赤いISの動きに追従し始めた。
「なに…!?」
普段よりも過敏に動くファンネルが、赤いISを追い詰める。
「そこ!!」
狙い済ましたビームショットライフルのビームが、赤いISの脚部のアポジモーターを掠めた。
「ええい! だが、後始末はつけさせてもらう」
「なんだと!?」
赤いISは大型のビームランチャーを量子展開して構えると、それを研究所に向けて撃った。
「くっ」
強力なビームの奔流は易々と地下に届き、そこに居た命の気配を消して行った。
巻き上がる塵と噴煙に紛れて、プレッシャーが遠退いていく。
「フル・フロンタルの亡霊……。そんなものが。あれは危険すぎる」
口から感じたままに呟かれる言葉。いったいなにがどうあって、やつが女の形をとって再びおれの前に現れたのかはわからない。
「シャア……」
この胸の中にある熱。それを確かめるように胸に手を置いた。それを託したひとりに語り掛けるように、その名を呼んだ。
to be continued…