IS-虹の向こう側-   作:望夢

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とにかく息抜きで書いたので軽く受け流す感じで読んで下さい。最後の方だけが物語に関わる部分なのですっ飛ばしも可。
 
一応最後の方はBEYOND THE TIME聞きながらだとちょっぴり良いかも。私は涙駄々漏れで泣きながら書いてたのでワケわかんないかもしれませんが、その時は感じて下さい。皆さんもニュータイプでしょうから。


第12話-BEYOND THE TIME-

 

 織斑一夏を鍛える為、ドイツに滞在中のおれは特にこれといった事をするわけでもなく、一夏に対してMSのパイロットとしての基礎を叩き込んでいた。

 

 形はMSとはいえISなのだから、ISの基礎を教える方が良いのではないかと思われるが、おれはISのパイロットではないのだから無理だ。それに、PICで宙に浮かび、重力を気にしないで飛べるISは、宇宙空間を駆けるMSと大差はない。多少地球の重力に引かれるだけだが、差し障りはない。

 

 故にMSのことを教えるだけでも十分なのだ。

 

 それにISは1度も戦争に使われたことのない兵器であり、その戦闘技術も学ぶべきないところはないとは言わないが、今のところ有用だと思うのは瞬時加速程度だけだ。17年も戦争で使われてきたMSとは技術進化の速度が違いすぎるのだ。

 

 さらに言えば、被弾覚悟の戦法の取れるISと、ビームやミサイル、砲弾の直撃でも受ければ即死も有り得るMSでは戦い方が違う。

 

 一発でも被弾すると即死という極度の緊張感が、人の内に眠る可能性を開花させる。戦場で生まれるニュータイプの多くはそういう経験をしてきた。アムロにしろ、カミーユにしろ、おれにしろ。

 

 だからISの様な甘い戦い方は認めない。ISのシールドとて絶対ではないのだ。現にサザビーやギラ・ドーガ サイコミュ試験型のビーム兵器はISのエネルギーシールドを貫く威力を持っている。さすがに一撃で絶対防御を貫通は出来ないが、絶対防御を発動できなくなるまで攻撃すればその限りではない。

 

 だから一夏にはISの戦い方ではなく、敵の攻撃は絶対に避ける必要があるMSの戦い方を教えたのだ。その方がISのエネルギーを無駄に消費することもなく、生存率だって上がるからだ。

 

 かといって四六時中一夏を扱き倒すわけじゃない。根気を詰めても参るだけだ。適度な休みも必要である。

 

 ベルリンの街を観光がてら歩いてみる。

 

 宇宙世紀ではネオ・ジオンのコロニー落としによって地図から消えた街だ。

 

 逃がしきれなかった人々の苦痛が渦巻いていた街をこうしてゆっくりと歩くのも不思議な気分だ。

 

 モンド・グロッソも閉幕して、その活気さも落ち着いているが、確かに人の営みの温かさというものを感じると、ハマーンやシャアを止めるために戦った自分は間違っていなかったと思う。

 

 確かに軍上層部や政府も腐ってはいたけれど、だからといって、人の営みはそこにあるのだ。地球に居続けるのが特権階級の人間でも同じことだ。

 

 この温かさが次の時代へと続いていくその先に希望を見ていたからこそ、アムロの申し出を受けてロンド・ベルに入った。

 

 たとえ宇宙世紀の未来に戦争がなくならないかもしれなくとも、ラプラスの箱が開かれた『おれたち』の宇宙世紀は人と人とが分かり合うことができる未来に続いていることを信じたい。

 

「ん?」

 

 ふと目に入った映画館のポスター。νガンダムの描かれているそれは『逆襲のシャア』と題名が書かれたポスターだった。

 

「すみません。『逆襲のシャア』はまだ上映しています?」

 

 つい気になってしまい、チケット売り場まで行って受け付けに訊いてみてしまった。

 

「ええ。まだやってますよ。もうそろそろ本日最初の上映になりますが」

 

「じゃあ、大人一枚で」

 

 代金を支払って、渡されたチケットと売店でパンフレットを買ってみた。内容は以前束に見せてもらってわかっていても、映画のパンフレットは内容が気になってしまって買ってしまうものだろう。

 

「地球を取り巻いた謎のオーロラ記念上映……ね」

 

 パンフレットの見開きにはそう書いてあった。

 

 上映が始まるまでまだ猶予があるため、軽めに調べてみたのだが、おれがこの世界にやって来た半年前と、三年前に2度に渡って宇宙に虹色に輝くオーロラが現れたのだとか。

 

 原因は不明だとされているが、恐らくそれはサイコフレームの光だ。

 

 時期的に虹色の光を発するなんてことをやらかしたのはアクシズ・ショックの時と、ガランシェールを宇宙に戻す時と、コロニーレーザーを防いだ時だ。

 

 ガランシェールを引っ張りあげた時は規模が小さかったが、コロニーレーザーを防いだ時はかなりの規模でサイコフィールドを張ったはずだ。

 

 いずれにせよ、サイコフレームの光が過去にも起きていたという事実。それに淡い期待を僅かにでも感じてしまったのは、後悔があるからだろう。

 

 アクシズを押し返す時、最後の最後でおれの量産型νガンダムもサイコフレームの光に弾かれてしまったのだ。もう少しおれのニュータイプとしての力が強ければ、最後まで残れていただろうに。そうすれば或いは。

 

 この身は後悔だらけだ。後悔してもしたりない程だ。それが全て定められた運命だとは思いたくはないけれど、おれの居た宇宙世紀も、アニメと同じように歴史は流れていった。

 

 大きく変わっているのは、ハマーンと一騎討ちしたのがジュドーではなくおれだったことくらいだ。

 

 ハマーンとはある意味積極的に関わったが故の違いなのだろう。だがその他については時代が流れるままに身を任せていた。

 

 一年戦争では戦うことに必死だった。デラーズ紛争では生きるのに必死だった。グリプス戦役ではようやく夢を持ち始めたばかりだった。第一次ネオ・ジオン戦争では自分の想いをぶつけ合うのに全力だった。第二次ネオ・ジオン抗争ではシャアを止めるべく奮闘した。ラプラス事変では箱に振り回されながらもある意味で未来に希望を託せただろう。

 

 例え世界が定められていたとしても、そこに生きて選んで来た自分の道すらも、定められたものとは思いたくはない。それだけは言える。未来は人が作るものなら、過去も人が作るものだ。物語なんて言わせはしない。確かにおれは宇宙世紀に生きて、いくつもの奇跡を目の当たりにしてきたのだから。

 

 朝一番の上映の所為か、館内はがらがらだった。だがこういう伽藍堂の方が周りを気にせずに丁度良い。

 

 座席は後ろの方の真ん中辺り。丁度よくスクリーンの見れる場所だった。

 

 物語りが始まった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 フィフス・ルナの核エンジンに火が入る。

 

 加速するフィフス・ルナに向かうジェガン隊。それを追うギラ・ドーガの部隊。

 

 この時のおれはアムロのリ・ガズィの道を開くために、量産型νガンダムで一個中隊程度のギラ・ドーガを引き留めていた。

 

 フィン・ファンネルの納入が間に合わなかった量産型νガンダムはインコムとビームライフル、ビームガンで後続のジェガン部隊が到着するまで戦線を支えた。

 

 指揮も高く、練度もそこそこだったが、ハマーンとの戦い以来、さらにニュータイプとして過敏になって、サイコフレームが敵の意識を受信して反応速度が上がっていたおれには、苦労はするがやれないことはない程度だった。

 

 νガンダムはアムロが基礎設計をしてグラナダのアナハイムに勤めていた経験があり、リック・ディアスやZガンダムの設計に携わったおれが本設計した機体だ。

 

 80%程度の性能に下がろうとも基礎ポテンシャルが高い量産型νガンダムならやれることだった。

 

 後続のジェガン部隊にあとを任せてアムロのもとに向かうと、リ・ガズィとサザビーがビームサーベルで斬り合っていた。

 

「人が人に罰を与えようなどと…。間違っている!」

 

「この私、シャア・アズナブルが粛清しようというのだよ。アムロ!」

 

「エゴだよそれは!」

 

「地球が保たん時が来ているのだ!」

 

「シャア!!」

 

 アムロとシャアの間に入るのは無粋だったかも知れないが、おれにもシャアに言ってやらないとならないことが山程あった。

 

「ユキか! それが貴様とアムロの新しいガンダムだな。良い出来だ。これで奴との勝負にも期待が持てる!」

 

「そんなことのために地球を潰そうっていうのか! ニュータイプの未来を作ろうと言った男がなんで!?」

 

「いくら可能性を見い出そうとも、結局は大きなものの流れの中に呑まれてしまう。だからその流れを絶つ意味があるのだよ!」

 

「そんな程度で絶望して、逃げ出して。恥ずかしくないのか! お前の夢を追い続けるおれはバカじゃないか!!」

 

 心の内の憤りをビームサーベルに乗せてぶつける。

 

「ララァが見せてくれた世界を作ろうと言ったのはお前なんだぞ! そのお前がおれだけじゃなくララァすらも利用するのか、この軟弱ものが!!」

 

「くうっ!? やるようになった!」

 

 かち合ったビームサーベルを一瞬だけ消し、勢いを支えるものを無くしたサザビーが前のめりになるところに回し蹴りを叩き込む。一歩間違えればこちらが斬られる危険な技だが、これくらい出来なくてエースパイロットの相手は出来ない。

 

『大佐、なんでビーム砲を使わないんです!』

 

「そっちに行くぞ、ユキ!」

 

「見えているさ。邪魔をしてくれて!」

 

 シャアにはまだまだ言い足りないが、それはアムロも同じだろう。

 

 サザビーを援護する為にビームライフルを撃ってくるヤクト・ドーガの攻撃を躱して、アムロと相手をチェンジする。

 

『こいつ、ガンダムがなんだってんだ!』

 

「そんな動きで!」

 

 アムロとの戦いで傷ついているヤクト・ドーガの動きは鈍い。ビームライフルとシールドのメガ粒子砲で弾幕を張ってくるが、牽制のメガ粒子砲は無視しては本命のビームライフルのビームはビームサーベルで斬り払う。

 

『ビームを斬った!?』

 

「これで墜ちろ!!」

 

 狙い澄ましたビームライフルを向けたところに、別方向からのビームがビームライフルを撃ち抜いた。

 

「っ、あああ!!」

 

 爆発する前には手放したが、タイミングが一瞬遅く、シールドで防御したが近距離の凄まじい爆発に、機体が吹き飛ばされる。

 

「私も忘れてもらっては困るな!」

 

 どうやらシャアのサザビーから放たれたファンネルがビームライフルを撃ち抜いたらしい。アムロと戦いながらよくもやるよ!

 

「下がるぞユキ! これ以上付き合う必要はない」

 

「でもフィフスは…!」

 

「ブライトからも帰還命令が出てる。レーザー攻撃に巻き込まれるぞ」

 

「くっ、わかったよ。アムロ」

 

 引き際を見切るアムロに従って、おれも撤退する。追撃がなかったのは、シャアも引き際を間違えないからだ。それにガンダムに乗っていないアムロと戦う気はないのだろう。

 

「くそ! シャアに手玉に取られてるみたいだ。みすみす見ているだけだったなんて」

 

 ラー・カイラムに帰艦したおれは抑えきれない憤りを壁を殴り付けて八つ当たりする。ジクジクと拳が痛むが、ラサから逃げ遅れた人々の痛みに比べたら軽いものだ。

 

「落ち着けユキ。まだ全部が終わったわけじゃない」

 

「それはそうだろうけどさ」

 

 チベットに落下したフィフス・ルナは宇宙からもその光景は見えていた。地球を寒冷化する作戦。

 

 これまで3つのコロニーが落ちた地球は、大気中に舞い上がった塵が太陽光を減らし、年々寒くなる一方だった。そこに新たにフィフス・ルナを投下し、地球の寒冷化は進むが、完全に寒冷化させるにはまだもう一手足りない。

 

「アムロ、やっぱりνガンダムは」

 

「量産型はお前向けに調整されているんだし、サイコミュにももう癖は出ているんだ。おれの方は気にするな。月に行ってガンダムを持ってくるよ」

 

 リ・ガズィではシャアのサザビー相手には性能不足だったのは見てわかった。あれがνガンダムであったなら、シャアも止められたはずだ。

 

 なぜνガンダムの完成が遅れて、量産型のνガンダムが先に完成して運用されているのかというと、アムロのνガンダムはその素体が重力下試験に送ったところ、ネオ・ジオン残党軍との戦闘で大破した為、完成が遅れているのだ。

 

 おれの使う量産型νガンダムは、とにかく完成と実践配備を急いだので、重力下試験をやらなかったのが吉と出て、アムロのνガンダムよりも早く完成したのだ。

 

 しかし装備面の配備が遅れているのもあり、フィン・ファンネルはアムロのνガンダムの物と同時に届く手筈になっている。

 

「この二年間、全部のコロニーを調査したんだぞ。なのに何故シャアが軍を用意しているのがわからなかったんだ」

 

「地球連邦政府は地球から宇宙を支配している。これを嫌っているスペースノイドは山程居るからな。ロンド・ベルが調査に行けば、一般人がガードしちまうのさ」

 

 ブライトが語る悲しい実情。ハマーンが一度治めかけた地球圏は、ハマーンの死後、連邦政府が強行的に再びその実権を握ったが、その所為で今まで以上にスペースノイドは連邦政府嫌いが加速していた。

 

「コロニーの人達はわかってないんだよ。地球を潰しても、そこで生き続ける人は居る。やがてその人たちは地球を潰して自分達を苦しめたスペースノイドを怨む。怨み辛みが溜まってそれは第二のジオンやティターンズを生む土壌になるんだ」

 

「そんな憎しみの連鎖が重なっては、やがて全部が滅びるか」

 

「そうさせないためにも、俺たちロンド・ベルだけでもシャアを叩くわけだ」

 

「ああ」

 

「うん」

 

 アムロもブライト艦長も、おれも、シャアとは浅はかならぬ関わりがある。

 

 アムロはライバルとして、ブライト艦長も一年戦争では狙い狙われた指揮官。そしてエゥーゴ時代には戦友として戦った。

 

 おれも、シャアとは戦友で、同じ夢を見た者同士だった。だから赦せないんだ。

 

 確かにシャアの気持ちはわかる。折角見い出だした希望が押し潰されて、絶望する気持ちもわかる。でもだからって地球に居続ける人々を粛清するのは違うはずだ。

 

 もう一度、シャアと話をする必要がある。

 

「第2波はないはずだ。上手くすれば、スウィートウォーターに入る前のシャアを叩ける」

 

「とりあえず留守は守るよ。おれのガンダムの装備も」

 

「間に合うように手配はするさ。行ってくる」

 

 そう言って、アムロはνガンダムを受け取りに月に向かう。

 

「やはり戦い難いか、シャアとは」

 

「戦い難いとは違いますよ。シャアのことはアムロくらいには知ってるつもりです。だからおれもアムロもシャアが赦せないんだ」

 

「裏切られたから、か?」

 

「それもありますけど。アムロはまだシャアを信じているからシャアのしていることが赦せない。でもおれは決めかねているのがその差なのかもしれない」

 

「決めかねている?」

 

「シャアに失望すれば良いのか、シャアを信じれば良いのか迷っているんです。決められない自分のイライラをぶつけてる。ガキなんですよ。でも、地球に住む人々を粛清するのは間違っているって確信がある。地球に住む人々の抹殺をしたかったハマーンを止めたおれだから、シャアが相手でも止めなくちゃならない」

 

「難儀だな。アムロも、お前も」

 

「難儀で済めば良いんですがね。今回の戦い、何故だかとてつもなく厭な予感が拭えない」

 

 そう、ララァが死んだ時のような厭な予感が胸のなかを渦巻いていた。

 

「アムロはああ言ったけど、第2波はあると思います」

 

「そう思うか?」

 

「向こうも立派な艦隊とはいえ頭数は少ないから確実に艦隊を逃がす為に殿を出して陽動する手も考えられます。まぁ、一年戦争でおれとシャアで考えた部隊戦術のひとつですけど」

 

「なるほど。台所事情が厳しいのは向こうも同じだと?」

 

「そう考えます」

 

「わかった。第3警戒体制でシャアの艦隊を追おう」

 

「ガンダムの整備に入りますからしばらくはデッキに居ますよ」

 

「任せる」

 

 ブリッジに戻るブライトを見送りながら、おれもガンダムの整備に加わる。

 

「ビームライフルを失ったのが痛いな。スプレーガンは自衛用だし」

 

「リ・ガズィのビームライフルでも使いますかい?」

 

「そうするしかないでしょう」

 

 アストナージと相談しながらガンダムの整備を進める。消耗パーツ類はジェガンとも共通規格の物も多いので問題ないが、この量産型νガンダムも納入を急いだ機体である為にやはり武装周りの供給が間に合ってないのだ。新しいライフルもアムロ待ちということだ。

 

 だがおれの予想通りにネオ・ジオンから数隻の艦が反転、MS部隊も展開してきた。

 

『お前の言う通りになったな』

 

「でも月とサイド1の中間で仕掛けてくる意味がわからない 。もう少しサイド1に近くても良いのに」

 

 近くには暗礁宙域もあるから、それに紛れて殿部隊は逃げることもやり易いからだろうか。

 

『総員第一戦闘配備! MS隊も順次発進してくれ』

 

「了解した。ユキ・アカリ、ガンダム、発進する!」

 

 カタパルトで発進する量産型νガンダム。アムロが不在でMS部隊を預かる手前、先陣くらい切らないと。

 

『敵は下駄履きのMSの模様。主砲斉射約30秒、各機注意されたし』

 

「MS部隊は左右に展開! 正面はガンダムで抑える!」

 

 ジェガン隊に指示を出しながら俺も敵のMS部隊を迎え撃つ。

 

「艦隊はやらせないさ。行け!」

 

 インコムユニットを展開し、四方八方からビームを撃ち込んでギラ・ドーガを3機仕止める。

 

 準サイコミュとはいえオールレンジ攻撃ができるのだから、一機でも十分正面は支えられる。

 

「ジェガン隊を抜けた奴がいる!? 中々に手練れが居る。一個小隊は艦隊の直掩に下がれ!」

 

 ビームライフルで牽制し、インコムのオールレンジ攻撃がギラ・ドーガの四肢を撃ち抜く。そのまま追撃のビームが胴体を貫いてギラ・ドーガは爆散した。

 

「チィッ、身動きが出来ない」

 

 今すぐにでも艦隊の援護に向かいたいが、一個小隊を回した為、おれまで下がると前線の方の抑えが減る。

 

 故におれのガンダムは前線で釘付けになってしまっていた。

 

「クソッ、艦隊の方に手練れが回っていたか!」

 

 ラー・カイラムの近くで、青いギラ・ドーガに苦戦しているケーラのジェガンを気にかけながらも目の前のギラ・ドーガをビームライフルで撃ち抜く。

 

 だがそんなケーラのジェガンを援護する様にビームが青いギラ・ドーガの目の前を遮った。

 

「アムロか!?」

 

 センサー範囲外からの狙撃。ビームが飛んでくる方向からアムロの気配を感じた。

 

 そして見えてくるのは白いガンダムの姿。

 

「アムロのνガンダムが間に合ったか」

 

 また1機のギラ・ドーガを撃ち落としたところで、ネオ・ジオン側が後退信号を上げた。

 

「なんとか捌けたか」

 

 引くのならば深追いはしない。ラー・カイラムも艦首にダメージを受けているし、戦闘宙域内に民間シャトルも紛れている様だし、追撃はないだろう。

 

 しかし民間シャトルにアデナウアー・パラヤ参謀次官が乗っていて、ロンド・ベルは参謀次官殿の特命の為にサイド1のロンデニオンに向かうことになった。

 

「とんぼ返り、ご苦労様」

 

 ロッカールームでノーマルスーツから整備用のつなぎに着替えているアムロに声をかけた。

 

「ああ。一応ビームライフルの方はνガンダムの予備を持ってきた」

 

「悪いね。それよりガンダムはどう? やれそう」

 

 重力下試験をやらなかったとはいえ、それ以外のテスト項目はクリアした量産型νガンダムとは違って、突貫工事で組み上げたようなもののνガンダムだ。胸騒ぎと合わせて少し心配にはなる。

 

「とりあえずはな。このあと調整に入る予定なんだが」

 

「わかってる。手伝うよ」

 

「悪いな、疲れているのに」

 

「お互い様でしょ」

 

「そう言って貰えると助かる。それで、サイコフレームは大丈夫か」

 

「うん。ちょっと過敏さが増すけど、代わりに攻撃の来る場所がハッキリするから良い感じかな。なにか心配?」

 

「初めての本格的なサイコミュに触れるからな」

 

「ララァを感じるの、まだ怖い?」

 

「別に、そういうわけじゃないさ。ただユキは」

 

「心配しないでよ。おれは大丈夫だから」

 

 ハマーンとの戦いで、ニュータイプとしてより強い力を得たおれだったが、ララァに並ぶ最大の理解者の喪失というものは心に堪えるものがあった。

 

 第一次ネオ・ジオン戦争後は一線を退いて、アナハイムでMSの設計技師として過ごしていたおれを引っ張り上げたアムロなりに、おれを気にかけてくれているんだろう。

 

「てかおればっか気にしてると、チェーンがあとでコワいぞ?」

 

「茶化すな」

 

「良いじゃないさ。守るものがある人間っていうのは強い」

 

 そんなアムロが少し羨ましい。今のおれには夢しか守るものがないから。分かり合って、支えあって、守りたかった女性は皆、刻の彼方の向こう側に逝ってしまった。

 

 志を同じくし、熱き血潮を流した戦友たちも星屑の彼方に散った。

 

 傍にあったものはもうどこにもなく、シャアの夢に縋って生きているだけの自分。でもかまわない。

 

 ララァが見せてくれた刻の彼方。ニュータイプの辿り着く未来が其処にあることをおれは信じる。

 

「あ、ユキ」

 

「え? なに、ふあっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 考え事をして進んでいた所為で注意力が散漫していたらしい。誰かとぶつかってしまった。

 

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた……って、クェス・パラヤ?」

 

 クルーの誰かとも思ったが、誰でもなく。それはアデナウアー・パラヤ参謀次官の娘。クェス・パラヤだった。

 

「わたしを知ってる……?」

 

「ああ、いや。写真で見ただけだよ。それより大丈夫? ごめんなさい。ぶつかっちゃって」

 

「ううん。ケガとかしてないから。ただビックリしただけ」

 

「そっか。なら良かったよ。でも参謀次官殿の娘さんがなんでMSデッキに?」

 

 参謀次官の娘でも、民間人の女の子がMSデッキに来る用事があるだろうか。

 

「ああ、うん。MSが気になって見せて貰ってたの」

 

「なるほど。うん。キレイな眼をしてるね」

 

「え?」

 

「星を視れる眼。大切にね」

 

「あ、ちょっと」

 

「ごめんね。仕事があるからまた機会があったらね。それとここから先は流石に見せられない物もあるから、気をつけてね」

 

「あ、はい……」

 

「ユキ、手伝いはまたあとでも良いぞ」

 

「今行くよ、アムロ」

 

 もう少し話してみたかったけれど、今はアムロのガンダムが優先だ。

 

「気に入ったのか?」

 

「まさか。ただ素質があるから気になってね。てかおれをロリコンにする気か?」

 

「外見的には釣り合えるんじゃないか?」

 

「張っ倒すぞ、もう…。始めるぞ。チェーン、チェックリスト見せてちょうだい」

 

「あ、はい。こちらです」

 

「ありがとう」

 

 その後徹夜でνガンダムをアムロに合わせて調整し。何事もなくロンデニオンに入港出来たラー・カイラム。

 

 半舷休息ということでロンデニオンに上陸したおれは、このロンデニオンに入ってから感じるものに引き寄せられるままに歩いていると、湖の畔で一羽の白鳥に出逢った。

 

「ララァ…」

 

 白鳥が飛び立つと、その姿を目で追い掛けた先に、馬に乗って、サングラスを掛けた金髪オールバックの男が居た。

 

「シャア……」

 

「ユキか……」

 

 シャアに向かって歩く。見上げるくらい近くに来ても、シャアは逃げなかった。

 

「話がしたい。シャア」

 

「わかった」

 

 馬から降りたシャアと、隣り合って草の上に座った。

 

「ハマーンとな。戦ったよ」

 

「そうか。強かったろう」

 

「ああ。強くて、本当に強かった。彼女もまた、地球に居続ける人々の抹殺をしたがっていたよ」

 

「そうか。だから私の敵となるか」

 

「それもある。でもそれだけじゃない。ハマーンに託されたのさ。ニュータイプの世界の未来をね。だからその未来を閉ざそうとするお前のやり方は認められない。もしまだ、本当にニュータイプの未来を考えているなら、今ならまだ引き返せる」

 

「甘いな。その甘さがお前の美点だが、私は止まらんよ。人類すべてをニュータイプにするには、それを促す過酷な環境が必要なのだよ」

 

「だから地球を寒冷化させるっていうの? そんなことしたって、アースノイドがスペースノイドを怨む土壌を作るだけで、ニュータイプの覚醒どころじゃなくなるよ。憎しみが憎しみを生んで、血が流れるだけの世界になる」

 

「だから私がその業を背負うのだよ」

 

「人ひとりがそんな業を背負えるもんか」

 

 おれは立ち上がって、服に付いた埃を払う。

 

「次に会ったら敵同士だよ、シャア」

 

「そうか」

 

 シャアも立ち上がると、服の埃を払った。

 

「シャア、サングラスを外してくれないか」

 

「……わかった」

 

 サングラスを外したシャアの眼を見詰める。

 

「ありがとう。決心が着いた。さようなら、赤い彗星」

 

「さらばだ。ジオンの蒼き鷹」

 

 そのまま去る振りをして、シャアに向き直ると、その胸に飛び込んだ。

 

「出来れば導いて欲しかったよ、シャア」

 

 同じ世界を夢見た友人との決別に、一筋の涙を残して走り去った。

 

 そして戦いは一気に佳境へと向かう。

 

 シャアは連邦政府から裏取引で手にいれたアクシズを地球にぶつけることで、地球を寒冷化させる気なのだ。

 

「大丈夫か? ユキ」

 

「ああ。もう迷わない。道は開けるよ」

 

「すまない」

 

「良いって」

 

 アムロもシャアと決着を着けたがっている。シャアと話すことはない自分が、アムロをシャアのもとまで導く。

 

 それで良いんだろう。ララァ……。

 

 フィン・ファンネルを背負い、ハイパーバズーカも装備した今の量産型νガンダムは武装面はνガンダムと変わりはない。

 

 あとは今まで培ってきたMSパイロットとしてのすべてを懸ける。

 

「ユキ・アカリ、ガンダム、発進する!」

 

 閃光が生まれては消える宇宙の中で、アムロを探す。サイコフレームが戦場全体の様子を教えてくれる。

 

「見つけた!」

 

 見れば巨大なMA相手に絡まれていた。

 

「墜ちろ、墜ちろ墜ちろ!」

 

「この感じ、クェスか!」

 

 ロンデニオンでクェスがシャアの所に行ったのはアムロから聞いていたが、感じる力はニュータイプというより強化人間のそれだ。

 

 MA――α・アジールの有線式のアーム砲が此方に向けてビームの弾幕が襲ってくる。

 

「クェスならやめろ!」

 

「この声……ユキ」

 

「そのMAはサイコマシンだ。それは人の心を殺すマシンなんだ。だから早く降りて!」

 

「うるさい! みんなでわたしをいじめるんだ。だれかわたしに優しくしてよ、わたしをひとりにしないでよ!!」

 

 α・アジールから放たれたファンネルが縦横無尽に四方八方からビームを撃ってくるが、直撃コースのビームはビームサーベルで斬り払い、それ以外はアポジモーターを噴かして僅かに機体を動かすだけの最小限の回避に留める。

 

「うっ。これがクェスの感じてるものか……」

 

 どろどろして、ぎりぎりして、づきづきして、人の死を無理矢理力に変えている。

 

「ユキ、止めろ! クェスの力に呑み込まれるぞ!」

 

「ここは任せて、アムロは先に行け!」

 

 ファンネルのビームを躱しながら、シールドのビームキャノンでファンネルを撃ち落とす。

 

「シャアを止めるのがお前の役目だろ!」

 

「大佐のもとには行かせないって言ってるのに!」

 

「アムロの邪魔はさせない。例えクェスでも」

 

「すまない。引っ張られるなよ、ユキ」

 

 離脱するνガンダムのあとを追おうとするα・アジールをビームキャノンで牽制する。

 

「どうしてユキまでわたしの邪魔をするのさ!」

 

「君みたいな力の使い方を知らない子どもが、サイコマシンになんか乗っていちゃダメだからさ!」

 

 ビームサーベルをライフルに持ちかえて、残り数の少ないファンネルをすべて撃ち落とした。

 

「大佐だけがわたしに優しくしてくれるんだ。だからわたしは大佐の為に邪魔なヤツを墜とさないとならないんだよ!」

 

「その優しさは本当の優しさ? シャアはクェスの力を欲しがって、上面な優しさしか向けないよ!」

 

「なにさ! 大佐はララァもナナイも忘れるって言ったよ? 大佐の優しさは、わたしだけのものだもの、ユキにだって、もう大佐は優しくないんだから!」

 

「望んだこと!」

 

 ビームライフルで残った有線式ビーム砲も破壊する。

 

「あうっ!! 武器がもう」

 

「戦闘力は奪った。もう出てこい、クェス」

 

「クェス!」

 

「ハサウェイか!?」

 

 あらかたの武器を破壊したα・アジールに取り付く1機のジェガン。そこからブライトの息子のハサウェイの声が聞こえる。

 

「馴れ馴れしくないかコイツ?」

 

「ダメよ、ハサウェイ。その娘は危険よ!」

 

「チェーンまで。そんな機体で出てくるなんて」

 

「サイコフレームが多い方がアムロが有利になるから」

 

「だからって無謀過ぎる!」

 

 ボロボロのリ・ガズィに乗ってきたチェーンに下がる様に言っても聞く耳を立ててくれない。

 

 普段のチェーンらしくもない。サイコフレームが感情を剥き出しにするのか?

 

「あの女、あの女が居るからわたしはアムロの所に居られなかったのに!!」

 

「アムロの所に?」

 

「ダメだよクェス! そんなんだから敵ばかり作るんだ」

 

「アンタもそんなこと言う。だからアンタみたいなものを作った地球を壊さなくっちゃ、救われないんだよ!」

 

「クェス…。なに? アクシズに乗り込むのか、ブライト」

 

 ふと戦場を感じると、アクシズに強行するラー・カイラムが見えた。そこにアムロのガンダムの姿はなかった。アムロを探す。

 

「シャアとアムロは会えている。ラー・カイラムの援護に? 二人の邪魔をするのはダメだって言うのか、ララァ」

 

 ラー・カイラムは持ち堪えているからシャアとアムロの所に行こうと思う思考が逸らされた。

 

「ララァ…? ユキも大佐も、アムロだって、ララァ、ララァだ。ユキだってわたしを鬱陶しいんでしょ!」

 

「違うよクェス。ララァは違うんだよ」

 

 おれたちに根付くララァという存在は、言葉では言い表せない。

 

「ララァから離れれば、ユキはわたしに優しくしてくれるんだろ!」

 

 α・アジールの胸にメガ粒子の集まるのが見える。

 

「まだ武器があった!? うわああああ!!」

 

 武器はもうないと油断していたおれはビーム砲の直撃を貰ってしまった。機体を物凄い衝撃が襲い、意識がかき混ぜられる。

 

「ユキ! やっちゃったの、わたし。わたし…、ユキを。あああああああ!!!!」

 

「クェス! もう止めるんだ!」

 

「ハサウェイ!」

 

「くっ、軽く意識が飛んでいた……クェスは」

 

 ぼんやりする頭を振りかぶって、機体のダメージをチェック。異常はなかった。ビームの直撃を受けていたのに。

 

「守ってくれたのか…」

 

 コックピットの中に光が溢れて、ララァの気配を間近に感じる。間違いなくララァは今、ここにいる。

 

「クェス…」

 

 クェスから感じる感情の流れは、もうどうしようもなかった。

 

 ガンダムが動く。ビームライフルの銃口をα・アジールに向けて。

 

「ユキ! え? 違うわ、なんなの?」

 

「ごめんね、クェス!」

 

「ユキさん?」

 

「え? ユキが来るの? 良いわ、わたしで包んであげる」

 

 最大出力のビームが、α・アジールの頭部を撃ち抜き、クェスの命は炎の中に消えて行った。

 

「クェェェス!! どうして!? ユキさん、あなたは!!」

 

「クェスはもうマシンに呑まれていた。ああするしか、もうなかったんだよ」

 

「やっちゃいけなかったんだよ!! あなたなら出来たはずだ! どうにか、なのに!!」

 

「止めなさい、ハサウェイ!」

 

 ハサウェイのジェガンが狂った様にビームライフルを撃ってくる。

 

 激情と怒りと、悲しみに満ちたそれを、おれは受け止めなければならない。

 

「ッ、チェーン!?」

 

 だが受け止めるべきそれを代わりに受け止めたのはチェーンだった。

 

 チェーンの意識が、光の中に広がっていく。

 

「そんな、僕はそんなつもりは、うわあああああ!!!!」

 

 ハサウェイの悲痛な叫びが聞こえてくる。結局は、過ちを犯した悲しみだけが残った。

 

「アクシズが割れた? でも」

 

 前後に真っ二つに割れたアクシズ。だが割るために使った爆発が強すぎた。アクシズの後部は爆発で勢いが止められて、地球の引力に引かれて墜ちる。

 

「たかが石ころひとつ、ガンダムで押し出してやる」

 

「バカなことは止めろ!」

 

「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない!」

 

「アクシズの落下は始まっているんだぞ!」

 

「νガンダムは伊達じゃない!!」

 

 アムロのガンダムが落下するアクシズに取りつき、バーニアを全開にして圧倒的な質量を押し返そうとしている。たかがMSにそんなことができるはずがないのにアムロに呼応してロンド・ベルのジェガンだけでなく、どこからともなくジェガンやジムⅢが集まってきてアクシズを押し返そうと取り付いていく。果てには敵対するギラ・ドーガまでがアクシズに取り付いていく。

 

「サイコフレームが人を呼び寄せているのか……」

 

「離れろ! ガンダムの力は…!」

 

 ガンダムから発する蒼い光。その光がアクシズに取り付くMSたちを包んで優しく引き離していく。

 

「これは、サイコフレームの共振? 人の意思が集中しすぎて、オーバーロードしているのか? なのに恐怖は感じない。むしろ温かくて、安心を感じるとは……」

 

「くっ、こんなになってもまだ見ていろと言うのか、ララァ!」

 

 俺のガンダムにもサイコフレームが使われている。だから感じる。あの温かくて優しい光は、シャアとアムロの生命の光なのだと。

 

 サイコフレームから発する蒼い光はアクシズを包み、ゆっくりと地球から離れていく。

 

 シャアとアムロ、二人のニュータイプの命と引き換えに奇跡を引き起こしているのだ。

 

 その光景を見て確信がいった。胸騒ぎの正体はこれだったのだと。

 

 これがアムロとシャアとの永遠の別れになることを悟る。

 

 本当なら今すぐにでも二人のところに向かいたかった。だが、その前に黄色い幻影が立ち塞がるのだ。

 

「何故邪魔をする、ララァ!」

 

(お願い、あの二人をそっとしておいてあげて……。私はただ、あの二人を見ていたいの)

 

 ララァの微笑みに悲しげな色が見える。ララァにだってわかるはずだ、このままでは二人ともいなくなってしまう。

 

「おれは行くぞ、ララァ!」

 

 ララァの幻影を振り切って、アクシズに向かった。サイコフレームの光のなかを押し割ってνガンダムに近づくと、もうそこにはサザビーの脱出ポットとνガンダムだけしか居なかった。

 

「ユキか? ここに来ちゃいけない! 離れるんだ!」

 

「だれが!」

 

 量産型νガンダムもνガンダムの発するサイコフレームの光に包まれそうになるが、その光の波を、量産型νガンダムのコックピットから放たれる別の光、翠の光が妨げる。

 

「勝手にして! おれを置いていくなんて赦さない!」

 

 留めなく流れ溢れる涙。ヘルメットを脱ぎ捨てて叫ぶ、少しでもこの声を届けと。

 

「ニュータイプの未来を作るんだろ!! シャアもアムロも、おれを焚き付けておいて、勝手に居なくなるなんて赦さないからなぁ!!」

 

 だがサイコフレームの量の違いか、はたまたニュータイプとしての力の違いか、徐々に量産型νガンダムが後ろに押され始めた。

 

 ガンダムの腕を精一杯伸ばして、バーニアも全開に、なのにあと少しが届かない。

 

「こんなになっているのに、見てるだけか! ララァ!!」

 

 おれたちの背後の宇宙を舞うララァに怒鳴りつける。ララァの力があれば、あと少しの間を埋められる。そうすれば二人を助けられるのになにもしないララァに憤りを感じた。

 

「ララァ……そこにいるのかい?」

 

「ララァ。そうか、ユキが連れてきたのか……」

 

 アムロとシャアもララァを感じたのだろう。残り少ない生命を身体に漲らせた。

 

「辛い思いをさせたな。結局、悲しみだけを背負わせる」

 

「なんでそんなこと言うんだよ!! そんな最後みたいに……一発殴らせろ、アムロォ!!」

 

 本当にあと少しなのに、まるで宇宙と地球までの距離の様に感じる絶望的な一歩。

 

 蒼い光がより強くなる。二人の生命が消えていく。

 

「お前にはすまないと思っている。夢という名の呪いを遺してしまった……」

 

「そう思うならもう一度おれを導いてみせろよ、シャア!!」

 

 段々と量産型νガンダムから発する翠の光が、νガンダムから発する蒼い光に押し負け始めた。

 

「イヤだイヤだやだ!! 置いていかないでよ、おれを独りにしないでよ!!」

 

 かつて共に刻を視たものたちのなかで、おれだけがこの世界に置いていかれる孤独感。それがいやで必死に手を伸ばしているのに届かない。

 

 ララァの死、ハマーンの死を経て枯れ果てたと思っていた涙が終わりを知らずに流れ出す。ニュータイプとしての自分には信じたくない確信がある。それを全力で受け入れたくないから涙を流すのだ。

 

(二人をもうそっとしてあげて……。ユキ、二人はもう十分に戦ったわ……)

 

「それはララァの理屈でしょ! 二人の力があれば、ニュータイプの未来だって作れるのに、おれ独りでどうしろって言うんだよ!!」

 

 わがままなのか。二人に死んでほしくないと思うのはおれのわがままなのだろうか。

 

(独りじゃないさ…)

 

「アムロ!?」

 

 もうアムロの声では聞こえなかった。頭の中に響くアムロの声は、もう自身の声に答えられるだけの命を使い果たしたことを意味していた。

 

(私たちの本当の想いを託す)

 

「シャア…! ぅぅっ、ぐすっ、シャアあああ!!」

 

 嗚咽が止まらない。涙が止まらない。悲しみが止まらない。

 

(ユキ、優しい子。私たちの旅はここで終わってしまうけれど、あなたの旅にはまだ先があるわ)

 

「ララァ…。でも、独りで行けるわけないだろ! みんなで一緒に行きたかったのに、なんでおれだけっ……!」

 

 光が広がって、周りを星々の銀河の輝きが包んでいる。

 

 いつか視た刻の果ての希望。ニュータイプの未来。

 

 そこでアムロとシャアは笑っていた。互いになんの啀み合いのない顔で笑っていた。

 

 νガンダムの腕が、量産型νガンダムの腕を掴む。機体を通して流れ込む熱。温かな光が、悲しみに満ちる心を癒していく。

 

(いつか、この時が来ることを祈っているよ……)

 

「アムロ…?」

 

(私たちに出来なかったこと。だがお前にならできるはずだ……)

 

「シャア…?」

 

(寂しくなんてないわ。私たちはいつもあなたを見守っているから)

 

「ララァ…?」

 

 間近に感じていた三人の思念が薄れていく。魂が飛び去る時がやって来たのだ。ララァはコックピットで力尽きた二人をその腕に抱き締めた。そんなララァは嬉しさと悲しさを織り混ぜた顔を浮かべて涙を浮かべていた。

 

 ララァは待っていたのだ。二人が戦いを終えて、安らぎの世界に帰ってくる今日という時を。

 

(君のところに帰るときが来たよ、ララァ……)

 

(ララァ……。もう一度、私を受け入れてくれるのか……?)

 

 おれの中から二人の思念が消えた。この胸の内に熱く残る希望を遺して。

 

「やっと分かり合えたのに……。ズルいんだよ、二人してさぁ……。うわあああああああああ――!!!!」

 

 ガンダムのコックピットのなかで最後の別れに大声を上げて泣いた。

 

 翠の光ごと、蒼い光は量産型νガンダムを包み込んで、ゆっくりと優しくアクシズから引き離した。

 

 アクシズが光に包まれ、地球から離れていく。地球を包む蒼く虹色の光の輪。

 

 それは人の心が生み出した光だ。未来へと続く希望だった。

 

「ユキ! アムロは……」

 

「ぁぁぅっ、ブライト、アムロがっ、シャアが…っ、うあああああああああ――!!!!」

 

 ラー・カイラムに回収され、コックピットハッチを開けて入ってきたブライト艦長に、おれは留めない涙を流しながらその胸で泣いた。

 

「そうか……」

 

 ブライト艦長はそう一言いうと、おれの頭を優しく撫でてくれた。

 

 時に、宇宙世紀0093年3月12日。

 

 一年戦争から続いた二人の男の戦いが幕をとじた。

 

 ただ一人、その二人の死を胸に涙したニュータイプを遺して。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 映画が終わって、おれは声を圧し殺して泣いていた。

 

 この世界にやって来たばかりの頃は、慌ただしくてただ状況を呑み込むのに必死だったからあまりそうでもなかったが、改めて腰を落ち着けて見てしまうと、自身に起こったことと重ねざる得なかった。

 

 他の入場客が居なくなっても、しばらく立ち上がれずに俯いていた。とてもじゃないが、涙でぐしゃぐしゃの顔で表を歩ける厚顔は持っていない。しかしハンカチなんぞ持ち合わせもない。服の裾は既に両方涙で濡れて意味はない。

 

 そんなおれの目の前にハンカチが差し出されていた。

 

「良ければ使うといい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ふわりとした金髪の美女の好意に甘えてハンカチを受け取る。

 

「涙を流すことは悪いことではない。あれを視て心が揺れ動かないものは、人ではないなにかだ」

 

 そう語る女性におれは苦笑いを浮かべていた。おれのは思い出し泣きであって、純粋に映画に感動していたのとは違う。

 

 まるで女優のような美しさを持つ女性だったが、彼女はそちら側の人間なのだろうか。

 

『ガンダム』という作品は生まれてからもう長くは経つらしい。それでもなお多くのファンに愛されているという。この女性も、そんなファンの一人なのだろうか。

 

「人の心の光。そんなものが本当にあるとしたら、信じるかね」

 

「……信じますよ。人の優しさと温かさに溢れた光。それは未来へと続く希望の光だ」

 

「私達も、いつかはあんな光を見れると思うかね?」

 

「ええ。きっといつかは。人類は宇宙に出て、同じ光を見れる時代がきっと来る。おれはそう信じていますよ」

 

 おれの答えは真実の一端だ。自分の体験談に基づいた答え。

 

 それを気に入ったのか、フッと笑みをこぼして女性は静かに立ち上がった。

 

「あ、ハンカチ。新しいのを買ってお返ししますよ」

 

「いや。良い話を聞かせてくれた礼だ。そのハンカチは差し上げよう」

 

「すみません」

 

 おれは女性に一礼すると、ハンカチで目元を隠しながら早足で劇場から退室した。

 

「なるほど、あれが本物のニュータイプの感じ方というわけか」

 

 

 

 

to be continued… 


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