IS-虹の向こう側- 作:望夢
そして本編は進まないと色々ダメじゃないか。
助けられたあと、大きな屋敷に連れられてようやく落ち着いた。
いきなり拐われて、助けられたと思ったらわけのわからない内に連れてこられて。目の前で、人だって死んだ。
ようやく現実が追い付いて来て、助かったことにとても安心した。現実を受け入れるのに時間が掛かったのは、やっぱりそれまでが非現実的でアニメみたいだったからだ。
捕まっていた俺を颯爽と現れて助けてくれたISの大きさのサザビー。それを纏っていたのが男だったことも、現実を受け入れるまでに時間が掛かったことを手伝った。
て言うか、人殺ししておいてラブロマンス出来るこの人たちはなんなんだ。ハマーン・カーンって、偶々同じ名前だったら、この
いや、そんな事は置いておこう。問題は俺はこれからどうなるのかだ。
「身構えることもないさ。ただ今日あったことを忘れて、また静かに暮らせばいい。君はそういう環境に居るのだから」
サザビーのパイロット。ユキの顔は、まるで幸せなものを見るかのようだった。
「忘れろって。人が死んだのをそう簡単に忘れられるわけないだろ」
「そんなものかねぇ。自分に関係ないことなんだからとっとと忘れるに限るだろうに。でないと死者に魂を引っ張られるぞ」
「魂を引っ張られるって、ニュータイプみたいな事を言って誤魔化すなよ。俺は真面目に――!?」
その時、俺は言葉を続けられなかった。
気づいたら宇宙の中に居て、幾つもの光が点いては消えていった。
迫り来るMS――ジムやボールを迎え撃つザクやドムの中に異彩を放つ機体があった。
紺色に四肢を塗装されたザク。そのザクの動きはハッキリと違っていた。他のザクが一機のジムを落とす間に、3機のジムをバズーカで撃ち落として、2機のボールを蹴り砕いていた。
(ぐあああああっ)
(マリアあああああ!!!!)
(ジオンめ……!!)
(こ、これが、ジオンの蒼き鷹か…!?)
(い、いやだ、死にたく――っ)
「っっ――!?」
鮮明に感じ取れる連邦軍のパイロットの最後。その中心には紺色のザクが居る。
「あ、ああ……っ!?」
そのザクがバズーカを此方に向けてくる。現実味などないのに、凄まじいプレッシャーに苛まれて、確実に自分は死ぬという恐怖が襲い掛かる。
バズーカが撃ち込まれて、それは俺の身体を擦り抜けると、後ろには連邦の軍艦――サラミスが居て、ブリッジを潰されて行き足が乱れた所にエンジンに回り込んでそこに紺色のザクはシュツルムファウストを撃ち込んだ。エンジンに直撃を受けたサラミスは大爆発を起こして沈んだ。
多くの人が死んだ。何が起こったかわからないまま死んだ人も多い。でも、その多くは怒りと憎しみを生んで死んだ。
募った怒りと憎しみは大きな光となって宇宙を焼いた。
ソロモンで焼かれたジオンの兵士達の怒り、ソーラ・レイで焼かれた連邦の兵士達の憎しみ。
それが宇宙に広がって、終わらない殺し合いが続く。
停戦命令が出ているのに攻撃してくる連邦軍。死にたくない一心で抵抗するジオン軍。
その中で紺色のドムがジオンを助けに現れて連邦のMSを一掃した。それに激怒しながらジムやボールが集まってくる。
エルメスが光に包まれて、ガンダムとジオングが互いに撃ち合って。それがいつの間にかサザビーとνガンダムがビームサーベルで斬り合いながらファンネルを撃ち合っていた。
「わかるか? 互いに殺しているのに、人の死に囚われたら終わりの見えない争いしか続かないんだよ」
「今のはなんなんだ。お前、ホントになんなんだよ……」
気づいたら宇宙の中から元の部屋の風景だった。ただユキが俺の手に触れていた。
「覚えておく死は、己の心に刻み込むものだ。自分の許容を間違えるな。でないと魂は耐えられないんだよ」
ユキの言葉と同時に、ジ・Oに突撃したZガンダムの姿が見えた。その中で魂を壊してしまったひとりの少年の存在も感じた。
「わかったら忘れろ。良いな」
そう言い残してユキは部屋を出ていった。
「…………」
言いたい事はわかった。でも納得出来るかと言われたら頷く事は出来ない。確かに俺は拐われた被害者だから、拐った男たちが悪い奴じゃないとは言えないけど。
「だからって、人の死がなんともないなんて思えるかよ」
◇◇◇◇◇
「随分と入れ込んでいる様じゃないか。あの少年をカミーユ・ビダンやバナージ・リンクスと重ねるか」
織斑 一夏を通した部屋から奴が出てきた所に声を掛けた。その顔はやや険しかった。
「否定はしないよ。あの子は純粋過ぎる。だからこそ、こんなつまらない事を引き摺る」
「確かに、つまらんことだな」
どの口が言うのかと意味を込めた。一年戦争から17年が経っていようとも、お前もシャアと同じで死人を引き摺っているだろう。私が気に食わん唯一の部分。亡霊の分際で、いつまで付き纏う気だ。
「中々忘れられるものでもないんだよ。ララァの死は、おれたちが受け止めるには大きすぎる出来事だった」
その時、私はその場に居なかった故に、刻を見るという事を知らない。だからシャアやお前が感じた物は知らん。だからな、私の前でソレを出すな。シャアと同じ物を目指している所為か、お前もシャアに似てきているぞ。
「だとしても、人類の抹殺はしないし。やらせはしないよ」
そう言いながらユキは初めて私の眼を見て良い放った。僅かばかりのプレッシャー。歯止めのつもりなのだろう。私が知るものよりもより強くなった。
「それでこそだ、ユキ・アカリ。お前はそうでなければならない」
誰も止めることの出来なかった私を止め、互いに共感しあい、人類をニュータイプへと導くとする未来を目指す事をさせたのだ。
カミーユ・ビダンと同じように私の心の中を覗き、可哀想などという同情ではなく、私の本心すら見抜きそれすら受け入れてみせた末恐ろしい男だ。
だからこそ、私を受け入れる器足るに相応しい。
「それじゃあおれは部屋に戻るから。余計な茶々は入れるなよ、ハマーン」
「私を俗物と同じに扱うな。それにああいう手合いは興味もない」
過ぎ去る背中を見届けながら、私も部屋に戻る事にした。強化人間の娘と良い、織斑 一夏という少年と良い、相変わらず面倒事を背負い込むのが好きだとみえる。アレさえなければ今頃は地球圏をネオ・ジオンが制し、奴は私の隣に居ただろうに。シャアめ、余計な事を吹き込んでくれた。だが今という時だけは少しだけ感謝してやろう。
死して生まれ落ちた世界で、こうして奴と同じ未来を目指し、隣を歩くことが出来る。その根源たる奴の夢を作った貴様にな。
◇◇◇◇◇
「大丈夫か? クロエ」
「マスター、ええ。問題ありません」
ハマーン・カーンという女性に一方的に敗れた私に、声を掛けてくださるマスター。
私の様子を察してか、マスターは苦笑いを浮かべていた。
「余り落ち込むなよ。ハマーンの強さは知ってる。ハマーンに墜とされたというのは余り気にするな」
「はい。ですが……」
返事を返すも、戦いにしか能がない私が戦いで負ける。そんな私に価値などあるのだろうか。
「あるさ。クロエが居るから背中を気にせず戦えるんだ」
マスターの手が、私の頭に乗せられた。温かくて、優しい手。私を闇から救いだしてくれた大きな手。
「私は、マスターに必要ですか?」
「ああ。背中を任せられるってのは、前にその分集中出来るから楽になるからな。だから自分を無価値なんて思う必要なんてないんだぞ?」
「はい、マスター」
マスターの手を取って、頬に擦り付ける。とても気持ちが良い。マスターの手と言葉で、沈んでいた私の気持ちも湧き上がってきた。なんて現金。そんな私をマスターは優しくしてくれる。
ああマスター、もっと触れていたい。話をしていたい。傍に居て欲しい。私はわがままなのです。マスターの優しさだけでは飽きたらないのです。マスターの温かさだけでは満たされないのです。
私は、マスターの愛の全てが欲しい。
to be continued…