IS-虹の向こう側- 作:望夢
ちなみにこのハマーン様はZZでジュドーに向けていた諸々を主人公に向けていて、主人公はそれを受け入れ共感しながらも敵対したことになっています。
ハマーンに連れられてやって来たのは、モンドグロッソが開催されているベルリンから少し離れた別荘地だった。自然も多く、世俗に疲れた心を癒すのには最適だろう。
別荘と言うには少し豪華すぎる館。待機していた医者に腕の治療をさせて貰ったあと、おれは織斑 一夏とクロエと別けられて、部屋に通された。執務室なのだろう。机に山積みにされた大量の書類を捌くハマーンが居た。
「すまんな。権力の長ともなると、やらなければならないことが多くてな。座って寛いでいると良い」
「わかっているさ。そうさせてもらうよ」
アクシズに拾われた時に何度か見た光景だ。それに自分だってロンド・ベルではMS隊の隊長として同じような事をしていたのだ。彼女の苦労も少しばかりはわかる。
だが手持ち沙汰になるとなにか暇を潰せないかと辺りを見渡すのは当然か。
するとコーヒーメーカーを見つけて立ち上がった。備え付けの冷蔵庫には水のペットボトルが入っている。
やることもないからコーヒーを淹れてみるのもありだろうと思って、二人分のコーヒーを準備する。コーヒーを淹れ終わる頃には一段落しているのはなんとなくだがわかる。
「コーヒーか。お前のは甘過ぎる」
「書類仕事で頭を使うんだから、甘いのも悪くないだろ?」
「フンッ」
コーヒーの香りで視線を寄越して文句に聞こえる事を言うハマーンだが、それが文句でないことは知っている。
落ち着いてコーヒーを飲むのも、随分と久し振りのように思う。
コーヒーを飲み干したのを頃合いに、話を切り出した。
「ハマーン、おれをどうするつもりだ」
「お前が欲しいと言えば、素直に降るか?」
「お前の考えていること次第によるよ」
互いに言葉は出尽くしているから、口から出る言葉は短かった。
世界が違うのだからそうは思いたくはないが、ハマーンがまだアースノイドに対して抹殺しようとするのならば、おれはハマーンの味方にはなれない。シャアを止める為に、いや、ハマーンを止めたからこそ、シャアを止める為にロンド・ベルで戦ったのだ。
確かに地球に残った連邦の高官達は腐っていて日和っていて、ハマーンやシャアの言い分もわかるし、かつてジオンの一兵として連邦と戦ったおれが言えた義理じゃないけど、それでもニュータイプの未来の為だからと、アースノイドを抹殺するのは違うことだ。
「私を止めたお前のことだ。シャアとも戦ってみせたのだろう?」
「ああ。アムロに誘われた形だったけど、ロンド・ベルに所属してシャアと戦ったよ」
「では話しは簡単だろう? この世界はアースノイドとスペースノイドの争いがない代わりに、男女という垣根で啀み合っている。くだらないとは思わないか」
確かにくだらないと言えるのかもしれない。宇宙世紀でも、男尊女卑の風潮は少なからずないとはいえなかった。一年戦争を経て人口が減り、実力社会になっても旧世紀から続いているその風潮は拭いされなかった。それにもっと大きな争いがあったから、気にする余裕すらなかっただろう。
だが男が女を卑しくしていたものが、ISという女性にしか扱えない絶対的な力の登場で覆されて立場が変わっただけだ。いや、一部では酷い例もあるが、それは今語るべきではない。
地球と宇宙というもっとスケールの大きな争いを経験している身としては、この世界の対立というのはくだらないことだと思ってしまうのも仕方がない。
「だがこんなことを続けていけば、人類は衰退し、人の革新など夢のまた夢だ。ならばどうすれば良い?」
「女尊男卑なんていう考えが気にならなくなるほどのことを世界に指し示せば良い。でもそんなこと」
出来るはずがない。そう思っても、ハマーンは嗤っている。
「ニュータイプか……」
「そういうことだ」
宇宙世紀では宇宙で生活するために進化した新人類。人の革新とまで言われた存在。
だがこの世界では、ニュータイプというのは空想上の物だ。そんな物を真に受けるはずがない。
「だがお前と私という存在がいて、ニュータイプが居ないと誰が言い切れる。ユキ、私と共に来い。そしてニュータイプの世界を共に作ろうではないか」
ハマーンは本気だ。いや、彼女が冗談を言うはずがない。あと一歩のところまで地球圏を治めた彼女だ。その本気加減は肌身で感じている。
ニュータイプの世界。互いに分かり合えるもの同士の世界。デラーズ・フリートの一兵として戦った結果の移ろい行く世界に、無気力だった自分に火を点けたシャアの夢。寂しさから他人を思いやることで、それによって返される想いで満たされたかった自分の新たな目標。
今でもそれは変わらない。いくつもの悲劇を見てきた。だが同じ数の奇跡を見てきた。ニュータイプは分かり合えるのだ。だから夢を捨てなかった。いつか人は分かり合える世界が来ることを信じた。
宇宙に出ることを夢見る篠ノ之 束と、ニュータイプの未来を見るハマーン、人の革新を信じる自分。
寄って合わせる事は出来ずとも、持てる力を調和と平和に使えれば、或いは。
「わかった。だがおれにも先に協力を約束した相手がいる」
「知っているよ。篠ノ之 束のことだろう? お前は私とあの小娘に新しい世界を作れと思っているのだろう?」
流石はハマーン。こちらの考えていることはお見通しのようだ。
「互いに今すぐ協力しとろは言わない。お前も博士も我意が強い人間だ。だが共同歩調は取れるはずだ」
「その為に、お前が間に入るか。気に食わん話だな」
「ハマーン……」
「だが、お前に免じて邪魔をしないことは約束しよう。そちらの小娘にも言いつけておけよ」
「ありがとう。ハマーン」
「フンッ」
無理に話を合わせろとは言わない。束とハマーンはそれぞれ我の強い女性だ。人類の未来を見ているとは言っても、今は大まかな括りでしかない。そこに至る道も様々に変わることだろう。
だから今はこれくらいの証言をハマーンから得られただけでも御の字だ。しかし同時に、束とハマーンという間で調整して立ち回らなければいけなくなった自分の胃が擦り切れないか心配だ。
内心でこれから降りかかる苦労を想像して溜め息を吐くと、空のマグカップを差し出された。
「何を呆けている。私にこうも言わせたのだ。もう一杯寄越せ」
「わかりましたよ」
早速顎で使われるが、下手に出ることもなくあくまでも対等な立場で返事をして二杯目のコーヒーを淹れる。互いに対等であるからこうも拗れることのない関係で居られるのだ。指導者に対するわけでもなく、ただのハマーン・カーンという個人として接する方が、彼女と付き合っていけるのだ。
◇◇◇◇◇
モンドグロッソが閉幕して、彼はようやく帰ってきた。そしてまた女を引っ掻けてきた。
ハマーン・カーン――。
宇宙世紀というものを知っている人間は一度は聞く名前だ。彼と同じ本物のニュータイプで、指導者としても特に優秀。私は天才だけど、それは技術屋という括りで、ハマーン・カーンみたいに指導者の才はない。ていうか、他の雑多な他人を導くなんてめんどくさいことは私は嫌だね。
そんな彼女とドイツで会って来たという彼の顔は生き生きしていた。彼の他に宇宙世紀の人間が居るとは思わなかった。しかも死人。偽者なんじゃないかと思ったけど、オールドタイプのいっくんが感じるほどのプレッシャーを放っているらしいから多分本物のかもしれない。
それでハマーンと話をしてきたらしいけど、その内容がとんでもない。人の未来の為にハマーンと協力するって話し。
信じていいのか。あのハマーン・カーンを。利用されているんじゃないのかと思っても、彼はハマーンを信じていて疑わないと、クロエちゃんは言っている。
ネオ・ジオンの指導者だけあって、今はドイツで諜報部の長をしているらしいけど、まぁ、使いようによってはこっちの用事も捗るからいいのかな。
「博士。あまりハマーンを利用するだとか考えない方が良いぞ。まだ互いに邪魔はしない程度の調整しかしてないんだから。下手を打つとティターンズやシャアと同じ轍を踏むぞ」
量産型νガンダムのコックピットの中で注意するように言う彼。その言葉は重々しい。実際に見てきた重みを感じる。
「ハマーンは利用するのは良いが、されるのを嫌う。プライドが高いからな。だから利用するんじゃなくて、協力するのでトントンなのさ」
「ふーん。わかってるんだね、ハマーンのこと」
「まぁね。ある意味で互いに本音をぶつけ合った。アムロとシャアみたいなもんかな」
そう語る彼を見て、なんか面白くないと感じる。
なんでだろう。なんでこう、むしゃくしゃしてくるんだろう。せっかく宇宙に居るのに。蒼かった宇宙が影を射していた。
「どうかしたか?」
「……なんでもない」
彼の言葉にそっぽを向く。宇宙にまで来てむしゃくしゃするのにむしゃくしゃして、その繰り返しになる。なんで私がこうもむしゃくしゃしないとならないんだかわからない。どれもこれもニュータイプが悪いんだ。絶対そうだ。言葉もなくて心だけで分かり合うなんて、そんなんだから私がむしゃくしゃするんだ。やっぱりニュータイプってズルい!
◇◇◇◇◇
「フッ。小娘風情がよくも言う」
宇宙から聞こえてきた思念に、鼻で笑う。ちっぽけな独占欲程度で奴が捕まるわけがない。互いに理解しながら言葉を尽くしても手に入らなかった奴だ。そう易々と堕ちるわけがない。アレも中々の我意は持っている。ただ他人に向けられる優しさの中に普段は隠れているが。
「出来ればもっと早く、手を取りたかったよ」
だが私には腐りきった地球に居座るウジ虫どもを信じる気にはなれなかった。ある意味で、私はシャアと同じだったということだ。それは奴も同じだっただろう。だからといって抹殺しても、それは新しい憎しみを生んで戦いの連鎖は止まらず、血に満ちた未来にニュータイプの時代はないと奴は私に論じた。
アクシズで戦うシャアとアムロ・レイと同じように、人類に絶望している私と絶望の中にも希望を信じていたユキ。
ただ私たちは決着を着けたから、今は蟠りもなく居られる。戦士として負け、人として穏やかに看取られたからこそ、私は奴と事を構える気は起きなかった。柵から解放されたこの世界であるからこそ、ようやくその手に手が届いたのだ。貴様と私とではそもそもの重さが違う事を知るが良い。
「フフフ、精々誑し込むがいいさ」
そう嘲笑いながら、ハマーンは宇宙に想いを馳せた。
見上げた星空は蒼く、星々の輝きに満ちていた。
to be continued…