IS-虹の向こう側- 作:望夢
ガンダム、大地に立つ
宇宙世紀0079 1月3日
この日、地球からもっとも遠いコロニー都市、サイド3はかねてより準備を進めていた地球連邦軍との戦争を開始した。
開戦から僅か一週間で地球連邦軍側に立つ三つのサイドを壊滅させ、さらにコロニー自体を巨大な質量弾とするコロニー落としを敢行。地球連邦軍の中枢である南米ジャブローを一気に壊滅させる予定だったが、連邦軍の決死の阻止行動によりコロニーは大気圏突入中に崩壊。その破片がオーストラリア大陸からシドニーという存在を消し去った。
その後、再度のコロニー落としを敢行する為にジオン軍はサイド5ルウムに進行。それを迎え撃つのはティアンム艦隊とレビル艦隊と、ジオン軍との戦力比は1対3と圧倒的であったが、ミノフスキー粒子とMSによる有視界戦闘という新戦術の前に連邦軍は宇宙艦艇の8割りを失う大敗を帰した。
赤い彗星の背中をただひたすら追い掛けていた自分も、その戦場でジオンの勝利を目にしていた。
コロニー落としと、ルウム戦役での大敗を盾にジオンは連邦軍に対して降伏を迫る。二度の大敗と破竹の勢いで戦果を上げたジオン軍に対して連邦軍では降伏へと意見が傾いていたと聞く。
これで戦争は終わると思っていた。
だが捕虜になっていたレビル将軍が救出され、ジオン本国の内情を見てきた彼は「ジオンに兵なし」と演説を行った事で戦争は今も続いている。
そして時は過ぎ、戦争が膠着状態となって8ヶ月あまりが過ぎた宇宙世紀0079年 9月――。
「ジャブローから上がってくる艦艇でありますか?」
「うむ。距離が遠くて詳細は不明だが、今までのマゼラン級やサラミス級とも異なった船である事は間違いない」
ムサイ級巡洋艦ファルメルの艦橋。MS部隊の副隊長という身分を預かる自分はMSの整備が終わり、その報告がてらブリッジに上がってみれば、艦長であるドレン大尉からジャブローから打ち上げられた艦艇の存在を知る。
「連邦軍の新造艦か。行き先はルナツーで間違いないだろうが、少し気になるな」
そう呟くのは赤い軍服を着こなしマスクで素顔を隠すこの隊の隊長であるシャア・アズナブル少佐だった。
「それに同調してか、ルナツーからも複数の艦艇の発進が見受けられます」
「ほう。艦隊の再建すらままならぬだろうに、迎えの艦を出すほどのものか」
先のルウム戦役により、宇宙艦艇の8割りを損失した連邦軍は制宙権を悉く失い、今はもうルナツーとサイド7だけが連邦軍の宇宙における活動拠点となっている。
さらにルナツーへ圧力をかけるために通商破壊作戦が継続的に行われ、ルナツーは強固な籠城の構えを取った。
そのルナツーから艦艇が発進する。タイミングから見てもジャブローから打ち上げられた艦の迎えと護衛の可能性は大だ。
「ふむ。ユキ中尉は出られそうかな?」
腕を組み、次の動きを思案していたシャア少佐に呼ばれ返事を返す。
「はっ。機体の整備は万全、いつでも発進できます」
「よし。ならせっかく顔を出してくれたのだ。中尉にはモグラ叩きをして貰おうか」
「了解しました。380秒で出撃準備を整えます」
「わかった。ファルメルは前進、連邦軍の新造艦の動きをトレースしろ」
「了解。ファルメル前進! 新造艦の尻尾を掴むぞ」
ドレン大尉の声を背にブリッジを出て格納庫へと向かう。MSのパイロットならノーマルスーツを着用すべきだろう。しかし時間が惜しい時はこうして制服のままMSに乗る。シャア少佐もノーマルスーツを着ることはほとんどないから多分大丈夫。それに少佐曰く、ノーマルスーツを着ていないから必ず戻ってくるという意気込みの意味合いもあるらしい。
MSデッキにはザクⅡF型が3機、そしてシャア少佐の赤いザクⅡS型が並び、そしてそんなザクⅡとは少々足の形状が異なるザクがある。
ランドセルを強化し脚部にスラスターを増設、空間戦闘力を強化した高機動型ザクⅡ Rー1型。蒼に塗られたこの機体が自分の機体だ。
ザクの起動を進めているとブリッジから通信が入る。相手はシャア少佐だった。
『中尉。新造艦はどうやらサイド7へ向かうらしい』
「サイド7? あそこは確か」
サイド7、ルナツーが近い事で唯一連邦側で壊滅を免れたコロニーサイドである。噂では連邦軍がジオンのザクⅡに対抗する為の新型MSの開発が行われていると言われている場所だ。
『中尉も知っての通りだ。噂のV作戦…。あの艦はその為のMS運用艦だと私は考えている』
「如何なさいますか?」
この高機動型ザクⅡならば新造艦の足にも追い付けるだろう。サラミスを2隻叩くよりも連邦軍の新造艦を攻撃する方が意味がある。
『いや、当初の予定通り中尉はサラミス級を叩いてくれ。能力が未知数の相手に無駄な消耗は控えたい』
実はこのファルメル、ルナツーと地球との直線上の通商破壊作戦を終えたばかりで、弾薬や物資に底が見え始めたが故の帰還途中であった。
そういう事情から、確実に落とせる方をシャア少佐は選ぶと言っている。
対空砲火の嵐、艦隊陣列の真ん中を突っ切る訳でもなく、たった2隻のサラミス級に遅れを取る機体ではないとカタログスペックは物語っている。あとはパイロットの力量次第だ。
「了解しました。ユキ・アカリ、ザク、発進する!」
カタパルトで射出される高機動型ザクⅡ。武装は対艦ライフルと120mmザクマシンガン、ヒートホークとオプションの対艦ライフル以外は至って標準の装備である。
しかし異なるのは、この高機動型ザクは両肩にシールドを装備している点だ。標準装備ではショルダースパイクとシールドという組み合わせだが、シールドに予備弾倉を懸架する都合上、両肩をシールドに変え、予備弾倉を持ち運ぶ事で継戦能力を上げているのである。
ミノフスキー粒子で長距離レーダーは使えないが、ファルメルからのデータリンクで敵艦の場所は把握している。
推進材の青い炎を燃やしながら高機動型ザクは宇宙を駆ける。
「悪手だよ。自分から位置を教えてくれた」
サラミスからの長距離艦砲射撃が始まる。直撃すれば一撃でザクを撃墜する攻撃も、当たらなければどうという事はない。
こちらを迎撃する為に迎撃機が上がってくる。
機種はお馴染みのセイバーフィッシュ。数は6。
MSに乗っていても脅威と感じる数だ。実際ルウム戦役で多数のセイバーフィッシュ相手に自分も死にかけた記憶がある。
あれから八ヶ月。ラル大尉やマツナガ大尉、シャア少佐、時にはドズル閣下にもMSの手解きを受けさせて頂いてきた。
青き巨星、白狼、赤い彗星といった名だたるエースたちに師事を受けて、今さらセイバーフィッシュ程度に遅れは取れない。
ザクマシンガンのセーフティを解除。武装の射程の違いから、先制はセイバーフィッシュのミサイル攻撃から始まる。
しかしミノフスキー粒子散布領域では誘導兵器の誘導性はほぼ無力化される。
ミサイルの合間を縫う様に機体を滑り込ませて第一波をやり過ごす。
「そこだ!」
直線の機動力ならばMSよりも戦闘機の方が勝っている。ドッグファイトではなく一撃離脱戦法によって翻弄され、撃墜されるMSも少なくはない。それを知った連邦軍はMSに対する一撃離脱戦法を戦闘機のパイロットたちに徹底させた。
しかし攻撃を避ける技量があるのなら、6機が相手でも1機ずつ相手にすれば1対1を6回するだけだ。
だがそんな事をしていたら日が暮れてしまう。故に一撃必殺。一発も外さない気概でトリガーを引く。
3発程度の一射。それが次々とセイバーフィッシュの胴体に突き刺さり爆発を起こして宇宙の塵となる。
あっという間に6機のセイバーフィッシュを片付け、対艦ライフルに持ち換えながら、直掩を失ったサラミスへと接近する。
サラミスに対して直上に回り込む。対空砲や単装砲がそれを阻止しようと弾幕を展開するが、脚部に追加されたスラスターの推力で機体を直角に近い軌道で回避させる事で、偏差射撃を狂わせる。
対艦ライフルを放ち、対空砲を黙らせる。船体の向きを変えて主砲で迎撃を試みようとするサラミスだが、MSと比べて艦の動きは遅すぎる。
サラミスの甲板に着地し、ヒートホークで艦橋を切り裂き、甲板を蹴って離脱しつつ、艦橋を飛び越えて見えたエンジン部分に対艦ライフルを数発撃ち込めば、貫通した徹甲弾に内部を食い破られたエンジンは盛大な爆発を引き起こして自身の船体を呑み込んだ。
僚艦が撃沈されて残ったサラミスがこちらを近づけまいと弾幕を張るが、既に対空砲は黙らせている為、同じ方法で二隻目を撃沈する。
「なんて他愛もない。鎧袖一触ってこういうことか」
手応えを感じず、流れ作業で6機の戦闘機と二隻の巡洋艦を沈める。一機のMSの戦果としては申し分ない大戦果だが、心踊る戦場を知ってしまっている手前、今一食い足りない気分だった。
◇◇◇◇◇
ルナツー部隊の犠牲を払ってサイド7へ入港した新造艦を監視していたファルメルだったが、動きに変化を見せない連邦軍に対して3機のザクを偵察へと向かわせる。
そして連邦軍のMSを前にジーンが暴走。結果、2機のザクⅡを失う形となった。
2機のザクを失ったにしては戦果が薄いとして、V作戦の何らかの情報を持ち帰る為にシャア少佐は空間騎兵でのサイド7潜入作戦を決行。高機動型ザクの整備もあった自分は留守を任され、ノーマルスーツの一団を見送った。
そしておれはその戦場で初めて対峙したのだ。
後の白い悪魔と呼ばれる機体――ガンダムと。
「一撃でザクを墜とした……? なんてやつだ……」
その光景を見た時。背筋が凍る思いだった。正直生きた心地がしなかった。
戦艦並のビーム砲がMSの機動力を持って襲ってくるなんて悪夢も良い所だった。
『ムサイまで撤退する! 援護出来るか!?』
「了解しました! しかし――」
何時もとは声室が固いシャア少佐の声に返しつ つも、おれは愛機の高機動型ザクを駆る。
「やられてばかりは!」
マシンガンで白いMSを撃つも、120mm弾が弾けて爆煙を生むだけで、其処には無傷のMSの姿があった。
「なんてMS! 直撃しているのになんともないの か!?」
恐怖だった。こちらの攻撃の通じないMSなど恐怖でしかなかった。
『無理をするな! そのMSは普通ではない!』
シャア少佐の言葉を聞くまでもなく、肌身で感じていた。
じっとりとパイロットスーツの中に汗が滲みる。
白いヤツがこちらを狙ってくるが、瞬時に機体を翻して回避行動に移る。一拍遅れてビームが通り去る。
「でもこれなら!」
どのみちシャア少佐の撤退を援護するには、白いヤツを抑えなければならなかった。この高機動型ザクの推力ならば多少は離れても十分合流できると確信があるからだった。
「素人か? 間合いが甘すぎる!」
確かに凄まじい攻撃力と防御力でも、その動 き、挙動が全くの素人然としていた。
脚部スラスターで通常のザク以上に細かな軌道変更が可能であるこの高機動型ザクの性能ならば勝てる。そう確信を抱きながら白いヤツへ急接近する。
ビームライフルを向けてきても、撃つまでに一瞬の間がある。しかもフェイントに対しても素直に軌道を追って銃口が動くのを見て確信する。
「自動照準程度で……このザクが捕まるもんかよ!」
ヒートホークを抜き、白いヤツの上方から急降下し、背後に回って急速反転からの急上昇しつつ切り上げを放つ。
「なんと!?」
しかし白いヤツはヒートホークをビームサーベルを抜いて受け止めた。シャア少佐ですら破った必殺の一撃を受け止められた衝撃を隠すことなどできなかった。
白いヤツのパワーに押されて、機体が後退する。
「圧倒された!?」
ザクを軽々しく押し出したパワーに戦慄を隠せない。攻撃力と防御力だけでなく、純粋な機体出力からこの白いMSはザクを圧倒していると技術者畑の頭が警告を発していた。
「しかし、その大振りじゃ当たってやれない な!」
白いヤツが仕返しにとビームサーベルを降り下ろして来るが、ザクを瞬時に斬撃の軌道から脇に滑り込ませて退避させる。
「手土産に、破片のひとつも貰っていく!」
白いヤツの肩をザクの手で掴み、機体を押さえつけて思いっきりヒートホークを降り下ろす。
だが白いヤツは頭のバルカン砲を放ってザクのカメラを破壊したのだった。
「メインカメラを!? くそっ」
サブカメラに切り替わる間を待つまでもなく勘のままに機体を急速離脱させた。
『こちらは後退した! 離脱してくれ、中尉』
「了解しました。カメラをやられましたので、離脱します」
モニターが切り替わり、若干のノイズの走る光景で遠ざかる白いMSを睨み付ける。
「連邦軍の新型MS……あんなものが量産されたら ジオンは」
ちらりと脳裏を過ぎ去る嫌な妄想だった。
だがそれを一抹に感じさせるほどの性能を見せ つけられた。パイロットは素人のはずだ。動きを見ればそれがわかった。なのに倒せなかったその性能を脅威と言わずなんとする。
そんな苦い苦汁を舐め、ガンダムとの初戦は戦術的な敗北と相成った。
to be continued…