特殊船団護送艦隊 船団護衛戦記 第四次北インド洋海戦   作:かませ犬XVI

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第七話 第二次航空攻撃隊

 結局、敵第一次攻撃隊を迎撃した事で発生した空戦は、戦闘機の数で大きく勝る我軍の圧勝だった。低高度侵入機二十機を含め、敵航空機を最低でも三十五機以上撃墜。五機以上の爆雷撃機を任務放棄に追い込み、敵編隊は崩壊。散開の末、蜘蛛の子を散らす様に逃げ帰って行ったそうである。

 それに対し、我軍戦闘機隊の被害は、被撃墜が一機、被弾損傷からの海面不時着が二機、そして被弾撤退が四機。計七機の喪失だけだった。

 この被害状況を確認するや否や、すぐさま敵の第二次攻撃隊に備え、戦闘機隊の再編成が行われ始める。

 燃料の心許ない機、弾薬不足の機など、継戦能力を失った機が相次いで退避していくのと入れ替わりに、それぞれの空母に残る烈風が、交代要員として編隊に加わるべく飛来する。

 俄かに騒がしくなる空。とはいえ、空を見上げて目に映るのは、全てが友軍戦闘機。一空戦をこなした直後にも拘わらず、長閑な空だった。

 

 因みに、不時着二機のパイロット救出には、初春達駆逐艦の内の誰かではなく、結局球磨が出向く事になった。

 理由は、単純ながらも深刻な話。初春達駆逐艦の燃料が既に厳しい。これに尽きた。

 元々、ボンベイからシンガポールまでの航路自体が、彼女達の燃料事情を考えると長過ぎる。それに加え、対潜哨戒ローテーションのために頻繁に加速を繰り返す彼女達は、ただでさえ余裕が無い。

 だのに今回、船団は、敵の待ち伏せに正面から引っ掛かる事態を避けるため、四百キロも航路を北にずらしている。これで余裕などあるわけもなく、少しでも燃料を節約するため、初春達を動かすわけにはいかなかったのだ。

 

 

「来ました! 敵航空機大編隊! 方位一七○、高度二万三千フィート、七十機以上!」

 

 クウェート出発十日目、午前十一時五十六分。

 第一次攻撃隊の襲来から遅れる事、約一時間二十分。敵の第二次攻撃隊が、ようやっと姿を現した。

 高度は、二万三千フィート。メートルに直すと、およそ七千メートル。かなり高い。加えて、その機数。第一次攻撃隊が約七十機だった事を考えると、第二次攻撃隊は全機纏まって突っ込んで来ているようだった。

 

「中空担当は上昇、高空担当と合流して下さい。第七、第九、両特殊航空隊は、戦闘機隊の増援をお願いします」

「大鷹、了解」

 

 敵の高度と数を聞いて、迷わず祥鳳が指示を出す。高空担当として配置されていた烈風の数は、大体三十機。これでは、敵戦闘機の数と同等程度であろう。とてもではないが、七十機を超える敵航空機大編隊を止める力は無い。

 そして、中空担当の戦闘機を増援に送ると言っても、すぐさま高度を跳ね上げられるわけでもなく、到着までには少し時間が掛かるだろう。それまでを、三十機で足止めしておかなければならない。

 空母の数で優るこちらは、空中を舞う航空機の頭数で言えば負けてはいない。増援さえ到着すれば、いずれは数の暴力で以て敵を押し潰す事が出来るだろう。従って、明らかに不利、とまでは言えない。しかし、第一次攻撃隊の時と比べると、正直あまり状況は芳しくない。あの数で一点突破された場合、防衛線を潜り抜けて来る敵機が少なからず出て来るだろう。迎撃機を分散配備した際のデメリットである、一点突破に弱いという点。そこを、一発で見抜かれてしまったようだった。

 なんとしてでも、扶桑達だけで喰い止める必要がある。扶桑達の後ろには、まだ船団上空で旋回している最後の烈風部隊が待機しているものの、彼等は言わば最後の砦の予備戦力。彼等まで投入しては、もう戦闘機の後がなくなる。余裕が無くなる。そうなっては、第三次攻撃隊が送られてきた時に、後手に回る破目になるだろう。彼等にまで出番を用意してはならなかった。

 遂に、主砲が火を吹く時が来てしまったらしい。扶桑は、今の状況をそう分析した。

 

「高空担当は、敵爆雷撃機に攻撃を集中。戦闘機に構わず、喰らい付いて下さい」

 

 敵編隊に対する数的有利がとれない以上、形振り構わず最優先撃滅目標の撃破に全力を注ぐしかない。祥鳳から、敵攻撃機への攻撃集中が指示される。

 しかしそれは、敵戦闘機を引き剥がしたり、活動を妨害したりする事なく攻撃機にのみ集中するという事であり、敵戦が完全にノーマークで動き回れるという事を意味する。最終目標である船団護衛のためには仕方がないとはいえ、烈風隊に大きな損害が出る事も許容するという意味の指示だった。

 

「大淀より、直衛隊各機。三十キロ南下し、迎撃艦隊の上空に向かって下さい。彼女達を飛び越し船団本隊に向かって来る機をお願いします」

 

 続けて、今度は大淀が虎の子の予備戦力に動員を掛けた。使いたくはないが、動かさないわけにはいかないという事だろう。

 扶桑達から船団までの距離は、僅か三十キロ。航空機達にとっては、例え腹部にお荷物を抱えていようとも五分と掛からずに通過できる距離でしかない。扶桑達が突破された事を確認してから向かわせるのでは遅過ぎるのだ。

 

「こちらレオ隊。特殊船団護送艦隊、無事ですか?」

「こちら大淀。現在敵第二次攻撃隊と接触、交戦中です。そちらは?」

「レーダーにゴースト。敵艦隊を捕捉。すぐにも攻撃可能です。攻撃目標は敵航空母艦から変更無しで宜しいか?」

「ええ、敵空母をお願いします」

「了解」

 

 途中、F-35部隊からの連絡が舞い込んでくる。前回の無線連絡から、実に三時間。敵艦隊をようやっと見付けてくれたようだった。

 どうせなら、敵の第二次攻撃隊が発艦する前に攻撃して欲しかったというのが本音なのだが、そう上手くいくはずもない。

 インドやスリランカの空海両自衛隊合同航空部隊は、あくまで基地や空港を間借りしているだけに過ぎない。そして、自分の基地では無い以上、あまり量も、豪勢な装備品も持ち込めない。哨戒機の数が足りないのは勿論の事、早期警戒管制機のような最高軍事機密の塊を、持って来れるはずはなかった。

 また、そもそも日本の主要敵は、あの米海軍からハワイ諸島を強奪し、真珠湾に居座る敵太平洋中枢艦隊である。インド洋に割く余力など、事実上無かったも同然。陸上航空機による支援など、在るだけでもまだマシな方なのだ。

 むしろ、ろくな誘導も無く、こちらの船団からのあやふやな位置通報だけで、よく敵艦隊を見付けたものである。

 

「こちら祥鳳です。迎撃艦隊各艦に通達。敵編隊は、現在南方五十キロに接近中。中空担当機も合流し十機以上の敵機を削るも、なおも健在。突貫して来ます」

 

 ライトニングⅡが敵空母を捕捉したという吉報の後は、祥鳳からは逆に凶報がもたらされる。

 敵編隊は、彩雲からの報告によれば実に七十機以上。その内のせいぜい十機を落としたところで、まだ六十機は残っている。そして、部隊のたかが七分の一を失った程度では、攻撃が中止される事はまず無い。にも拘らず、既に防衛ラインから五十キロも侵攻されている。迎撃が上手くいっていないのは明らかだった。

 

「こちら球磨。扶桑、応答願うくま」

「こちら扶桑。何かしら?」

 

 そんな時、無線越しに球磨から呼び掛けられた。

 

「対空砲の一斉射、合図は宜しくだくま。第二特殊船団護衛艦隊分遣艦隊はそちらに従うくま」

 

 内容は、敵編隊が迎撃艦隊から十キロに差し掛かった時の、一斉対空砲火の合図の要請だった。

 数十門もの砲が一斉に口火を切る、対空砲撃開始の大号令。それを誰が発するのかは、事前に取り決められたマニュアルには記載されていない。それ以前に、もし敵艦隊と接触した時、誰が分離して迎撃に向かい、誰が予備戦力として船団に残るのか。それすらも、事前には何も決められていない。

 これは、現れた敵艦隊の規模と陣容に合わせて柔軟に迎撃艦隊を編成するを行うため、敢えて白紙のままにしてある事でもあった。従って、もし敵艦隊の陣容が今回のそれよりも遥かに強大だった場合、特に予備を残さず、今回は予備に回った大和を含め、全ての戦艦、巡洋艦で迎撃に回る事すらも想定されている。それ故に、誰が号令を掛けるのかも、臨時編成された迎撃艦隊の中で決めねばならなかった。

 

「私で良いのですか?」

 

 扶桑としては、この迎撃艦隊の旗艦を任された祥鳳にこそその権限があると判断していたが、球磨が名指しで指定してきたのは、扶桑だった。

 

「電探の数も位置も性能も、戦艦が最高だくま。それで駄目なら、誰がやってもどの道駄目だと思うくま」

「――私は良いのですが――」

 

 一旦、返事を保留する。現在の指揮系統で言えば、扶桑の直属の上官は大淀から臨時で祥鳳に変更されている。何か返事をする前に、まずは許可を貰う必要があった。

 

「こちら扶桑。祥鳳、聞こえますか?」

「こちら祥鳳です。聴いていました。扶桑さん、お願いします。すみません、私達だけでは追い返せそうにありません」

 

 祥鳳に声を掛けると、扶桑が問いを発するよりも前に、呆気無い程にあっさりと許可が下りた。

 

「解りました。御引き受けします」

 

 祥鳳からも、号令を任された。それを受け、扶桑は自らに要請された号令役の了承の意を無線に吹き込む。これで、一斉射の号令を発するのは扶桑に決まった事になる。

 ここで、ちら、と、艦橋の外に目をやる。外は午前中から相変わらずの、長閑に晴れ渡ったいい天気である。雲も少なく、波風もそう強くない。絶好の砲戦日和であり、そして絶好の爆撃日和とも言える。ざっと周囲を見回してもスコールを引き起こしそうな雲など何処にも見えず、今日も昨日と同じように、日没まで晴れ渡ったままなのであろう。

 こちらから敵航空機大編隊を視認し易い一方で、逆に向こうもこちらを見付け攻撃するのに何の障害も無い。天気が崩れたり、雲に隠されて敵を見失う事など有り得ないだろう。敵味方どちらにとっても、今日は実に戦い易い日だった。




1フィート=約30センチ
一万フィート=高度約3000メートル 二万フィート=高度約6000メートル
三万三千フィート=高度約一万メートル ←現代旅客機の巡航高度

戦闘機隊の低中高三段配置
 本作中において、敵航空機隊の奇襲を避けるべく採用された戦闘機隊の防空配備。
  高度三千フィート(900メートル)の低空隊
  高度一万五千フィート(4500メートル)の中空隊
  高度二万三千フィート(7000メートル)の高空隊
 の三つに分けられる。比率はそれぞれ2:5:3。
 利点は同時多発的に全高度から突っ込んで来られても手薄になる空域が少ない点。
 欠点は全戦力を一纏めにしての一点突破、特に高高度一点突破に弱い点。
 言うまでも無く、重力に従い高度を落とすより、高度を上げる方が難しいため。

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