特殊船団護送艦隊 船団護衛戦記 第四次北インド洋海戦   作:かませ犬XVI

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第六話 一番槍を交えて

 インド洋北部 ベンガル湾 セイロン島(スリランカ)東北東五百キロ 戦艦扶桑艦橋

 

「こちら瑞鳳索敵隊一番機。来ました。敵航空機大編隊。方位一七○、推定敵機数、五十機。高度一万フィート」

 

 クウェート出発十日目、午前十時二十九分。

 船団から分離した扶桑達迎撃艦隊は、現在船団南方三十キロの地点にまで南下して来ていた。その更に南方百キロの地点には、空母七隻から飛び立った総勢百機以上もの烈風が、高度を三つに分けて待ち伏せしている。そのまた更に向こう側を彩雲に監視させ始めてから、約十五分。遂に彩雲から、敵空母からの攻撃隊発見の知らせがもたらされた。

 敵機は、約五十機。空母二隻から飛んで来る攻撃隊の数としては、中程度、といったところであろうか。そして、敵機の数の少なさ、更には、攻撃にやって来るまでの所要時間から考えて、第一次、第二次の二回に分け、波状攻撃を仕掛けてくる可能性が高いだろう。

 波状攻撃。そう聞くと手強い作戦のようにも聞こえるが、言ってしまえば、ようは戦力の逐次投入である。最近赤城達がやっていたように、全ての稼働機を一纏めにして三百機以上で一斉に突っ込んで来られるよりかは、数が少ない分だけ対処も楽である。

 戦闘の基本は、各個撃破。二回に分けての波状攻撃を目論んでいるというのなら、こちらは第二次攻撃隊が飛んで来るより前に、第一次攻撃隊を仕留める。それが基本方針である。

 

「大淀より、船団各艦。陣を崩さないで下さい。無断の転進は禁止です」

「祥鳳より、護衛航空艦隊各艦。手筈通りに御願いします」

 

 既に迎撃の準備を整え終えているこちらは、もうやる事も少なく、慌てる者も居ない。奇襲でもされたのならさておき、来ると分かっている敵を手ぐすね引いて待ち構えている今の扶桑達には、一部心の余裕すらある。後は、戦況の動きに合わせて対処法を適宜修正し、適応させていくだけであった。

 

「第四特殊護衛隊、右対空戦闘用意」

 

 敵機は、右から来る。ならば、あらかじめ全ての砲を右に向けて待ち構えるべき。扶桑は、この時点で全ての砲を右へと向けるよう指示を出した。

 

「了解、姉さま」

 

 間髪入れずに、妹からも返事が来る。と同時に、扶桑型戦艦二隻、砲塔十二基計二十四門の主砲全てが、一斉に右に向けて旋回を始める。

 

「第二特殊船団護衛艦隊、右対空戦闘用意くま」

 

 数秒遅れて、球磨からも右砲戦用意が発令される。この命令を受け、球磨から加古まで、分離した巡洋艦の全ても同様に、一斉に全ての火砲を右へと指向した。

 南の空を睨む、大小数十門もの砲の群れ。そしてこのうち、扶桑型の十四インチ砲二十四門、古鷹型の八インチ砲十二門、計三十六門は、全て初弾に零式通常弾を装填している。信管は時限式。つまりは対空炸裂弾である。起爆するのは、対空炸裂弾の命中が見込める最大射程、十キロ。

 烈風の防衛線を突破してきた敵編隊を、全艦同時一斉射による多数の空中炸裂弾で迎え撃つ。そういう手筈だった。

 無論、主砲に対空炸裂弾の存在しない球磨達軽巡でも、高角砲なら搭載している。そして、その射程も十キロは超えている。従って、彼女達も、主砲を撃つ機会こそ無いかも知れないが、最初の一斉射から参加する予定であった。

 これで駄目ならば、後は、皆が搭載する高角砲と、対空機関砲の防空射撃、そして、船団上空に僅かに残った最終防衛ラインの烈風達に全てを賭ける事となる。

 

 

「第一防衛ラインに敵編隊接近! 全機、各自持ち場を死守して下さい! 戦闘開始です!」

 

 敵が遂に防衛ラインに突っ込んで来たのだろう。祥鳳から、戦闘機達への迎撃命令が下される。

 高度一万フィートという事は、その対処にあたるのは、三つに分けた烈風部隊の内、最も数の多い中央の編隊だ。これで、高度一万フィートの空域に、敵味方合わせて百機近くの航空機が入り乱れ空戦を繰り広げる事となる。

 頭数で言えば、ほぼ互角。一人一殺が求められる計算だ。ただし、敵は数に鈍重な爆撃機と攻撃機を含み、更に戦闘機部隊はそれを護衛する必要がある。戦闘機の数だけで言えば、こちらの圧勝。恐らく、倍以上の数的有利である。その数的有利を維持できている間に、何とか敵をすりつぶしてくれればいいのだが。

 空戦は、航空機達の仕事。彼女達が仕事をしてくれている限り、扶桑達に出番は無い。あってはならない。それは理解しているのだが、主砲を空に向けたとはいえ、味方が奮闘している今なお特にする事が無いという事実が、扶桑には少し、もどかしかった。

 

「高度三百フィートに敵編隊。約二十機。接近中」

「低空担当、出番です」

 

 空戦が始まってから、五分も経たない内だった。ふと別の彩雲から、低高度侵入機の報告が来る。それに対し、すぐさま祥鳳から指示が飛ぶ。

 五十機の本隊でこちらの戦闘機部隊を惹き付け、大立ち回りを演じて盛大に足止めし、その間に海面近くをすり抜ける。そういう作戦だったのであろう。

 だが、そう簡単に突破されるほど、こちらとて甘くはない。一体何の為に、烈風達を低中高の三つの高度に分けたのか。それは、この手の陽動作戦に対処するため。網の目を抜けようとする敵を逃がさないためだった。

 

 先の大戦において、空母赤城以下主力大型空母を四隻も撃沈された、悪夢のミッドウェー海戦。この時、日本の航空部隊は敵低高度侵入機に気を取られ、高高度からの急降下爆撃機部隊を見落とした。そのあまりに手酷い被害からの戦訓だった。

 低高度で惹き付け、高高度から叩く。あるいは、高高度に惹き付け、低高度から忍び寄る。そのどちらをやられても対処するための苦肉の策が、この高度別に戦闘機隊を三つに分ける方法だった。

 この方法は、敵機が全高度にバラけて飛んで来ない限り、何処かの部隊がほぼ必ず遊兵と化してしまう大きなデメリットがある。しかし、今回のように陽動を受ける度に、そのデメリットを打ち消して余りあるメリットがあると感じる。

 誰だって、爆撃など受けたくない。ましてやそれが、面倒臭がらずに対策を打っていれば防げる攻撃だったならばなおさらである。

 

「こちら瑞鳳四番機。被弾した。エンジン不調、出力低下。帰還する」

「こちら瑞鳳。母艦まで飛べそうですか?」

「やってみます」

「こちら初春じゃ。戦闘機諸君、トンボ釣りの用意は出来ておる。不時着の際はマーカーを忘れるでないぞ」

「感謝します」

 

 戦闘機の数で勝るとはいえ、やはり無傷とはいかない。二機一組のエレメント、四機一組のフライト等、被害軽減の為に編隊も組み、それによる集団戦闘等も実施してはいるものの、どうしても被弾損傷する機が出るのは最早覚悟の上である。

 既に、空戦が始まってから早幾分。時速五百から七百という超高速で乱舞する戦闘機達の戦闘は、極めて展開が早く、目まぐるしく戦局が動く。この数分で、どれだけの敵機を落とし、どれだけの友軍機が離脱したのか。

 その報告が何も無いのは、誰も正確には状況を把握しておらず、また、把握するだけの時間も無いからだろう。どのフライトも、自分の僚機が無事か否かは把握しているだろうが、別のフライトの事まで考える余裕はあるまい。

 別回線で航空指揮を行う祥鳳達はさておき、今は半ば蚊帳の外にある扶桑達は、戦闘が落ち着くまでただただ待つしかなかった。

 

「こちらシンガポール地方隊、旗艦、神通です。特殊船団護送艦隊、聴こえますか?」

「こちら大淀。良好です」

 

 そんな時、ふと、在シンガポール水雷戦隊からの通信が艦隊に舞い込んで来る。船団が交戦中である事を知り、シンガポール地方隊が迎えを寄越してくれたのだろう。

 尤も、頼みの綱の空母龍驤をトラックに盗られ、重巡以上の艦艇が一隻も居ないため、あまり強力な艦隊であるとは言い難いのだが。しかし、敵水上艦部隊には敵わなくとも、潜水艦隊による待ち伏せ攻撃が懸念される今、寄越された駆逐艦達も貴重な戦力である事に代わりはなかった。

 水上艦隊で気を惹いて艦隊をおびき寄せ、本命の潜水艦隊が待ち伏せる。潜水艦恐怖症の海上自衛隊が、これを想定していないわけがなかった。

 

「私達は現在、マラッカ海峡を通過。アンダマン海入り口です。この後、アンダマン・ニコバル諸島周辺海域にて待機予定です。付近の哨戒はお任せ下さい」

「お願いします」

「そちらの状況は?」

「現在、敵機動部隊の攻撃隊と接触、護衛航空艦隊がこれと交戦中です。敵機の数から考えて、じきに第二次攻撃隊も来ると思います」

「被害は?」

「現在特にありません。持ち堪えています」

「了解です。何かあれば、連絡を」

「ええ。感謝します」

 

 船団が日本に帰るには、マラッカ海峡を突破するしかなく、マラッカ海峡に向かうためには、アンダマン・ニコバル諸島のどこかをすり抜ける必要がある。そして、船団が通る位置が限定されているのなら、敵が船団を襲うには、その限定された付近で待ち伏せるのが一番楽。かつての大戦時、台湾南のバシー海峡で米海軍潜水艦隊が待ち伏せていたのと同じである。

 その付近を重点的に哨戒してくれるのならば、有り難い話だった。

 

「こちら雲鷹五番機。低空の爆撃機は全機始末した。繰り返す。低空の編隊は全部落とした」

「了解。損傷機は居ますか?」

「全機無傷です。敵に護衛が居なかった」

「了解しました。引き続き空域の警戒を」

「了解」

 

 続けて、低空を担当した編隊から頼もしい通信が入って来る。まだ、低空の敵機を見付けたという報告があってから数分と経っていない。にも拘らず、随分と早い。最初の一撃、あるいは、返しの二撃目だけで瞬く間に全部仕留め切ったのだろう。

 報告された敵機の数は、約二十機。奇襲部隊なだけに、数も貧弱だ。しかも、護衛の戦闘機すら付いていなかったという。たかが二十機、それも丸裸の奇襲部隊程度では、流石にほぼ同数以上の二十機以上の烈風から襲われて生き残るのは無理に等しい。突破が困難なのはおろか、最早全滅すら必然である。

 奇襲を行う予定だから護衛すら要らないという判断だったのだろうが、あまりに甘過ぎると言わざるを得なかった。

 

「こちら祥鳳。船団護送艦隊全艦に通達。敵第一次攻撃隊を撃退しました。繰り返します。敵航空機編隊を撃退しました」

「お疲れ様です」

 

 それから、程なくしての事だった。祥鳳から、敵の第一次攻撃隊の撤退が報告される。敵の本隊五十機と、その影に隠れて低空から奇襲しに来ていた二十機。計七十機よる攻撃を、難なく跳ね退けたのだ。

 その報告を聞いて、扶桑は小さく胸を撫で下ろした。まだ第二次攻撃隊が残っているとはいえ、敵の第一陣を無傷で切り抜けたのだ。空から襲い来る敵機の恐ろしさを理解している身としては、それが襲って来なかっただけでも幸運だと感じてしまう。

 しかし、安心するのはまだ早い。まだ終わってない。敵の空母には、まだ大量の艦載機が残っているはずなのだ。気を抜くわけにはいかない。第一次攻撃隊を無傷で追い返したからと言って、第二次攻撃隊も同じように撃退できるとは限らないのだから。




マーカー
 海面に不時着した際、トンボ釣り担当艦に見付けて貰うための発炎筒。
 現代では自家用車に積まれたものが有名だが、これは船舶用。海没しても使用可。
 赤い鮮やかな炎を数分にわたって噴き出し続け、場所を知らせる事が出来る。
 市販品。航空機搭乗妖精の必需品。

艦載機数
 祥鳳・瑞鳳
  偵察機・彩雲 3機 哨戒機・九七艦攻対潜哨戒カスタム 6機 制空戦闘機・烈風 28機(天井吊り下げ含む)
  修理用スペアパーツ(組み立てれば補用機) 彩雲1機 九七艦攻2機 烈風3機
   計37+6機

 大鷹・雲鷹・冲鷹・海鷹・神鷹
  偵察機・彩雲 3機 哨戒機・九七艦攻対潜哨戒カスタム 6機 制空戦闘機・烈風 24機(天井吊り下げ含む)
  修理用スペアパーツ 彩雲1機 九七艦攻2機 烈風2機
   計33+5機

   特殊護衛航空艦隊総計
    彩雲21機 九七艦攻対潜哨戒カスタム42機 烈風176機 合計239機
     (+彩雲7機 九七艦攻14機 烈風16機)

天井吊り下げ
 かつての大戦時、米海軍の空母は航空機を格納庫の床に並べるだけではなく、天井に吊り下げて搭載機数をかさ増ししていた。
 無論、天井に吊り下げたり下ろしたりという余分な手間があるため、即応性は無いに等しい。
 が、搭載機数が増えればそれだけ手数を増やせるため、航空機の損害にも強くなれる。
 米海軍のこの話を知る海上自衛隊が、これを真似しない理由は無かった。

エレメント
 ロッテ戦術と言った方が有名か。二機一組でペアを組み、絶えず近くで相互支援しながら戦う。
 零戦キラーとして名を馳せたサッチ・ウェーブもこのロッテ戦術の一つ。
 現代における戦闘機の最小戦闘単位。分隊。

フライト
 二つのエレメントを組み合わせ、四機一チームとしてまとめたもの。シュバルムの方が有名か。
 状況に応じて素早くエレメントに分かれたり、フライトに再集結したりと編隊戦闘を行う。
 現代における戦闘機の準最小戦闘単位。小隊。

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