特殊船団護送艦隊 船団護衛戦記 第四次北インド洋海戦   作:かませ犬XVI

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第五話 敵艦見ゆ

「敵艦隊発見! 繰り返す、敵艦隊発見! 方位、一六○、距離、三百五十から四百!」

 

 防衛戦の準備を済ませてから、何分が経っただろうか。敵の偵察機を送り狼した、彩雲からの報告。待ちに待った敵艦隊発見の知らせが、無線機から伝えられた。

 

「戦艦二、空母二、駆逐艦多数の輪形陣! 方位○四五から○六○方面に向かって北上中! 推定速力、25ノット以上! 上空に艦載機部隊、相次ぎ発艦中!」

「了解。ただちに帰還して下さい」

「了解、帰還する!」

 

 敵の陣容は、戦艦と空母の交じる、中規模機動部隊。空母は二隻。思ったよりは少ない。だが速力は、この船団より7ノットは優速。恐らく、最も鈍足な戦艦に合わせた最大戦速である。そして場所は、この船団の南南東三百五十キロ。既に、この船団の当初の予定航路より更に北の位置である。やはり、船団を見失って探しに来ていたようだ。

 そして、肝心の敵艦隊の動向。敵は、こちらの船団目掛けて迫りつつあった。

 船団は、未だに敵索敵機による接触は受けていない。精確な場所はばれていない筈なのだ。にも拘わらず、敵艦隊は次々と艦載機を発艦させ、さらには北東に針路を取り、距離を詰めて来ている。

 こちらがそう遠くに離れてはいない事を、予想したのだろうか。敵がどんな判断を下したかは分からないが、いずれにしても、その決断は正しい。船団は既に、敵艦載機の攻撃可能半径の中に居る。間違い無く襲って来るだろう。

 加えて、恐らく敵の狙いは、艦載機の攻撃で護衛戦力を削ぎ、そこに戦艦で突入して船団丸ごと一網打尽にする事だろう。そして、双方の距離と速度差を考えると、もはや猶予は殆ど無い。最短で十時間程で、船団は敵戦艦の艦砲射程に入ってしまう。

 アンダマン海まで逃げ切るのは到底不可能。このまま逃げ続けるだけでは、敵戦艦が船団に横から突入してくるだろう。

 

「大淀より、船団護送艦隊。これより艦隊を二分、応戦します。第四特殊護衛隊、第三特殊船団護衛艦隊、第七特殊航空隊は、艦隊より分離。南下し敵艦隊の拘束を。第二特殊船団護衛艦隊からも増援を派遣して下さい」

「扶桑、了解」

「初春、了解」

「祥鳳、了解」

「球磨、了解くま。球磨より、第二特殊船団護衛艦隊。球磨、北上、大井、古鷹、加古で南下するくま。多摩、後は宜しくだくま」

「多摩、了解にゃ」

 

 大淀も、逃げ切れないと判断したのだろう。早速迎撃命令が下される。

 分離する戦力は、戦艦が扶桑、山城の二隻。空母が祥鳳、瑞鳳の二隻。巡洋艦が球磨、北上、大井、古鷹、加古の五隻。駆逐艦が初春、子日、若葉、初霜、有明、夕暮の六隻。合計十五隻。

 敵の陣容が彩雲からの報告通りなら、恐らく敵とは頭数の上で同等であろう。互いに、数の暴力は通用しない。ただ、技術と戦術の優った方が勝つ。まさに、艦隊決戦にはおあつらえ向きの機会である。

 

「迎撃艦隊の旗艦は、祥鳳さん、御願いします」

「拝命します。大鷹、後は宜しくお願いしますね」

「はい、分かりました。祥鳳さんも、御武運を」

 

 迎撃艦隊十五隻の指揮を執る旗艦には、祥鳳が任命された。

 航空母艦である彼女は、基本的に海戦中前に出る事は無く、する事といえばもっぱら発艦した航空機部隊の指揮だけである。前線を張り、敵を押し留め、直接敵との砲戦を行う扶桑達戦艦と比べると、相対的に安全な位置に居る。だからこそ、艦隊全体の指揮を執る余裕もある。そう言う事なのだろう。

 艦隊の旗艦という地位に、思うところが無いわけではない。しかし、敵戦艦との激しい砲戦の最中に、艦隊全体の指揮を執るだけの余裕があるかというと、それはない。また、砲撃するという事は敵からも砲撃されるという事であり、艦に損害が出る可能性、特に、アンテナ等の無線設備を損壊する可能性は高い。

 艦隊の旗艦が戦闘中に指示を出せなくなりました、では話にならない事は、扶桑自身言われなくても解る。戦艦は迫る敵艦隊との戦闘にのみ集中し、壁として航路を塞いで足止めし、時間を稼いで防衛線を死守する事。これが、今、扶桑に求められている役割だった。

 勿論、足止めのみならず、可能であればさっさと返り討ちにしても構わない。というのは、誰も言わないが命令の内である。

 

「大淀よりレオ隊。敵空母機動部隊を発見。攻撃を要請します。座標は――」

「扶桑姉様」

 

 大淀が、スリランカの戦闘爆撃機部隊に対して爆撃を要請している。

 その無線の最中、個別の別回線で以て、扶桑の姉妹艦、山城からの連絡が入ってきた。

 

「姉様。また、出番ですね」

 

 どこか高揚した様子の、山城の声。既にやる気十二分らしい妹の声色に、扶桑は軽く口許を綻ばせ、「そうね」と応答を返した。

 

「今度も、頑張りましょう」

 

 続けて、そう言葉を紡ぐ。

 本当は、海戦など起こらないに越した事は無いのだが、それでもいざ降って湧いた出番が回って来ると、扶桑の中の、戦艦としての血が騒ぎ出す。

 水上戦の華、艦隊決戦。それも、戦艦同士が直接放火を交える、大砲屋なら誰しもが夢にまで見る理想の晴れ舞台。それがこれから起こるやも知れず、さらにそれに主役として参加出来るかも知れないとなると、気分が高揚しないわけは無い。

 勿論、祥鳳達が敵艦載機部隊を撃退した時点で、敵が決戦を諦め退いてしまうという可能性も無きにしも非ずなのだが、その時はその時である。

 

「こちら祥鳳です。迎撃艦隊は、速度を25ノットに統一。また、針路を方位一三五に変更。船団の右舷百キロを同航、壁になります」

 

 分離した迎撃艦隊の臨時艦隊長となった祥鳳から、早速命令が下される。内容は、針路と速度の変更。これで、敵とほぼ同速になり、また、船団の右側を距離を取りつつも遅れる事無く同航出来る。こうして船団を左側に庇いながら、同時に幅寄せするように追い縋って来るであろう敵艦隊を右同航戦で迎え撃つ。そういう腹積もりなのだろうと、扶桑はあたりを付けた。

 いくら敵艦隊が二十五ノット以上で接近しているとしても、自軍と彼軍の間には三百五十キロもの距離があり、更にはこちらも、十八ノットで一直線に真東に逃亡を続けている。これで敵戦艦が船団に追い付くには、敵から見て方位○四五方面に速度を落とす事無く航行し続けるのが一番である。そして、それ以外にあまり有効な方法は無い。

 仮にその他の、もっと時間の掛かる大回りの航路を辿れば、船団はその間にテンディグリー海峡にさらに接近し、上手くいけば、アンダマン海に逃げ込める。そうなれば、シンガポールから出撃してくる在シンガポール水雷戦隊が船団に合流し、さらには、シンガポール空港で待機している航空自衛隊の戦闘爆撃機も爆弾を抱えて援護に来る。

 マラッカ海峡の制海権は揺るぎ無いものとなっているため、マラッカ周辺にまで逃れられれば、もうタンカー達の護衛も必要無くなる。シンガポールで待つよう指示を下した後は、特殊船団護送艦隊全戦力で反転、迎撃に移る事すら選択肢に入る。そうなれば、最早敵とて船団攻撃どころではなくなるだろう。

 扶桑達船団護送艦隊に敵への対処の時間が無いのと同様に、敵にもあまり時間の猶予は残されていないのだ。

 敵の通る航路と、その修正可能範囲は、大体予想出来る。そして、敵の航路が予想出来るのであれば、接敵するためにはその航路上で待ち構えるのが最も確実。その航路に向かう針路を取れという祥鳳の指示は、無難かつ堅実なものであると言えた。

 

「こちら祥鳳。迎撃艦隊各艦、針路変更用意、てっ!」

 

 祥鳳からの合図に従い、舵を一気に右に回す。面舵四十五度。これで、後は待ち構えていれば、敵戦艦の方から接触しにくるはずである。

 と同時に、扶桑は、自身の機関に出力増大を指示。指定された速度二十五ノットを達成するべく、ボイラーが出力を増し、タービンが唸りを上げて回転数を増していく。結果、徐々に指す数値の上がっていく速度計にちらと目をやり、扶桑は、問題無く出力を上げ続ける自身の缶と機関に、再び小さく口許を綻ばせた。

 二十五ノット。扶桑の今の最大戦速であり、そして機関限界一歩手前の速力である。こんな速度を、これから敵との砲戦を終えるその時まで、ずっと維持し続けるのだ。

 それは、在りし日の扶桑なら、無理であると判断したであろう命令だった。特に、扶桑にとって最初で最後の砲戦となったあのスリガオ海峡突入時には、二十五ノットはおろか、二十三ノットですら厳しかったのだから。

 だが、今は違う。かつては望んでも手に入らなかった、上質な燃料と、機械油。それに、手元に届く精巧で頑丈な機械部品の数々。それらに支えられた今の扶桑なら、多少の無茶をしてもそうそう故障しないし、ボイラーの産み出すエネルギーを、少ないロスでスクリューに伝達する事が出来る。

 おかげで、最高速度のまま終日突っ走る事が出来るし、だからこそ、十八ノットのまま数日間走り続けるという、快速を求められるこの船団に護衛として参加する事も出来るのだ。

 艦娘として召喚されて以降、初めて二十五ノットで日本海を走り回った時の感動は、今でも忘れられない。針路変更を終えて舵をもとに戻しながら、扶桑は、順調に速度を上げ続ける自身の半身に、笑みが零れるのを堪えられなかった。




敵の勝利条件
 大淀率いる護衛艦隊を突破の後、タンカー船団の撃滅

船団の勝利条件
 タンカーの無傷のマラッカ突破 敵撃滅の必要無し 最悪時間さえ稼げれば任務達成


船団側がどうも余裕そうで有利に見えるのはそもそも勝利条件が違うからです
戦闘の主導は攻撃側が握り易いのは確かですが、攻守で言えば守勢側の方が有利なのは世の常。待ち構えるか、待ち構えてる敵陣に殴り込むかで言えば、前者の方が簡単ですからね。

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