特殊船団護送艦隊 船団護衛戦記 第四次北インド洋海戦   作:かませ犬XVI

4 / 13
第三話 暗雲

 日が高く昇った、午前七時。船団護送艦隊全七十三隻は、西インドボンベイを出港した。ハント級駆逐艦からの見送りに帽振りで答え、進路は南南東、インド亜大陸に沿って航行を開始する。

 陣形は、これまでと同じ、最優先護衛対象であるタンカー二十五隻を中心に据えた輪形陣。速度は、タンカー達の巡航速度に合わせて18ノット。巡航速度の遅い睦月達や扶桑達には少々辛い速度だが、速度があればそれだけ素早くインド洋を脱出出来る。機関担当の妖精たちには、何とか頑張ってもらうしかない。

 尤も、かつてとは石油精製技術が次元違いである今、各所から供給される燃料の質もまた先の大戦時代とは比べ物にならない。妖精たち曰く、燃料の質を原因とした機関の不調はほぼ無く、多少の無理ならば十分可能らしいのだが。

 なお、インド沿岸とは言え此処は既に何時深海棲艦に襲われてもおかしくは無い危険海域なため、祥鳳以下空母達には最初から哨戒機を飛ばしてもらっている。敵インド洋艦隊は、敵太平洋中枢艦隊と比べると相対的には貧弱なのだが、それでも強大な勢力を誇っている。敵がいる“かも知れない”ではなく、敵がいる“はずだ”という心構えで行動しなければ、一瞬で喉元を喰い千切られかねなかった。

 

 現在時刻、午後七時。大淀率いる船団は、今はボンベイから南に三百七十キロ、インドのゴア州沖四十キロの地点を航行していた。

 哨戒から帰った九七艦攻が空母神鷹に着艦し、エレベータまでタキシング。乗員の妖精がコックピットから飛び降りる。これ以上暗くなると着艦が困難になるため、今日の哨戒飛行はこれが最後。夜間は、インドで空港を間借りした海上航空両自衛隊の航空隊と、船団構成艦による電探、目視、そして船団の最も外周を航行する駆逐艦達のパッシブソナーによる索敵が要となる。

 本当は、着艦誘導灯を使えば夜間であろうとも発着艦する事は可能なのだが、どうしても昼間に比べ事故率が上がる上、被発見率まで上がってしまう。加えて、夜間哨戒は確実性も低く、リスクがリターンを上回らない。一度の事故で甲板を損傷、航空機運用力を失いかねない空母が、そんな危ない橋を渡るわけにはいかない。それ故、夜は大人しく闇に紛れるのが、空母艦娘達の常識だった。

 

「皆ぁ、出撃準備は良いかにゃあん?」

「ええ。いつでも大丈夫ですわ」

「良い」

「行けるっぴょん」

「バッチリだよ」

「行けるよ」

「それじゃあ、大淀ぉ、行って来るねぇ。皆ぁ、はりきって参りましょお!」

 

 ふと、無線機越しになんとも姦しい会話が聞こえて来る。睦月が水無月までの五隻を連れ、増速散開、対潜哨戒に出向いて行ったのだ。

 現在の海上自衛隊が配備する新鋭の巡洋艦――球磨より巨大なくせに駆逐艦と言い張っているらしい――と違い、睦月達の装備するパッシブソナーは、高速航行時には正直使い物にならない。本来なら10ノット以下、精々12ノット、最大限譲歩しても15ノット程度の速度で使用するようなソナーを装備しているため、それより更に高速の船団の巡航速度18ノットでソナーを使っても、雑音だらけで全く使い物にならない。しかし、だからといってソナーの為に巡航速度を落とせば、それだけ危険海域であるインド洋に長く留まる破目となる。無論、潜水艦による通商破壊も警戒している以上、ソナーを諦めると言う選択肢は有り得ない。

 それ故、彼女達は快速で以て船団より少し前に飛び出し、少し距離を取ったところで10ノットに減速。船団が追い付くまでの間ソナーで聴き耳を立てる、という哨戒方法を、三交代制で行っていた。

 

 しかし、このどう考えても面倒臭さ全開の哨戒方法は、彼女達に多数の手間を強要すると同時に、当初から心許無い搭載燃料の消費も激しいという、最悪の問題点すら抱えている。特に、増速散開、減速哨戒、そして次の哨戒を担当する艦に追い抜かれながら散開を解除し輪形陣に再び加わるという艦隊機動は、複雑かつ、同時に十隻以上の艦が蠢くとても危険な物で、絶えず衝突の恐れがある。

 暗い夜であっても特に問題無くこの哨戒方法が行えているのは、彼女達が内地で泣き出す者が出るほど繰り返し訓練された結果であり、そうでなければ、たちどころに重大事故を引き起こしているだろう。事実、この対潜哨戒法に加わっているのは普段からこの戦略輸送船団の護衛を務める睦月達及び初春達の十八隻だけで、今回臨時で加わった吹雪達には参加させていない。それほどまでに危険と隣り合わせであり、そして面倒臭い動きなのであった。

 

 

 

 インド洋北部 セイロン島(スリランカ)南部 マタラ沖五十キロ 巡洋艦大淀艦橋

 

 クウェート出発九日目、午前三時三十分。

 泣く子も黙る丑三つ時。怪談の冒頭としても有名なその時刻が過ぎ、次第に夜明けが近付いて来る。この時刻は、日本で言えば依然として真夜中である事に変わりは無いのだが、赤道に近いこの海域では、もう二時間もすれば既に朝日が昇っている。天気予報によれば、本日の天候は晴れ。快晴とは言えぬ雲が多めの空模様だが、風も大した事は無く、降雨確率もほぼゼロ。絶好の航海日和と言える天気なのだそうだ。

 出来る事なら、あと数日、マラッカを抜けるまで晴れが続けばいいのだが。そう思いながら、大淀は、机の上に広げた海図を眺めた。

 

 今日は、今までインド亜大陸やセイロン島という陸地沿いを辿って来た航路が陸地を離れ、海洋の真ん中を突っ切り始める日となる。ベンガル湾を無視し、アンダマン海まで直線距離で約千五百キロ。その間、寄港する場所は無い。反対に座礁する危険も無いのだが、それは言い換えれば船体に甚大な損害を被った場合、沈没するしかないと言う事でもある。陸からの距離を考えれば、アラビア海を横断するよりも危険度は高い。ある意味、この日本クウェート間航路最大の難所である。

 此処さえ抜ければ、後はマラッカ海峡を含め、横須賀までの航行する予定の航路は全て人類側の、日本海上自衛隊の制海権下にある。それまで、何事も無ければいいのだが。

 

「こちら若葉。右舷側遠距離、感一。敵潜発見」

 

 だが、そう思う大淀の願いは、残念ながら届かなかった。

 今まで沈黙していた無線が唐突に告げる、敵潜水艦探知の報告。そろそろ空母達に、今日の対潜哨戒飛行を始めて貰おうかという矢先の出来事だった。

 恐らく、若葉のパッシブソナーに引っ掛かったのだろう。駆逐艦のソナーに引っ掛かる程度となると、敵との距離は、かなり近い。既に魚雷の射程圏内に捉えられている可能性も高い。いや、魚雷の射程が五キロ程度はある事を考えると、既に射程圏内に居ると考えた方が良い。

 よりによって、こんな時間に。否、こんな時間だからこそ、この至近距離にまで近付かれたのだ。

 出来れば誤報であって欲しい。だが、そんな誤報を出すほど彼女達駆逐艦の練度は低くない。それは、彼女達と共に船団護衛を繰り返して来た大淀自身が良く知っている。

 そして、この潜水艦が味方である可能性も無い。今、この辺りの海域に友軍の潜水艦は居ない。もし居るのであれば、友軍誤射を避けるために必ず事前通告がある。それが無い以上、潜水艦を見付けたらそれは敵潜で間違い無い。

 

「こちら大淀。全艦対潜戦闘用意」

「了解、対潜戦闘用意」

 

 潜水艦を一隻でも見掛けたら、近くに最低でもあと二隻は居ると思え。海自での対潜訓練中、大淀は常にそう言われ続けて来た。先の大戦において、ドイツ海軍やアメリカ海軍が多用し、商船狩りに猛威をふるった群狼戦術を警戒しての事だ。

 そして、深海棲艦もまた、この群狼戦術を情け容赦無く使って来る。酷い時には、十隻以上で一斉に包囲し襲い掛かって来るのだ。もしかしたら、既に船団の予測航路には、敵潜水艦が大量に集っているのかも知れない。故に大淀は、この時点で船団船体に対潜戦闘の用意を発令した。

 

「初霜、ついて来い。対処に向かう」

「初霜、了解」

 

 初春型三番艦、若葉が、相方たる四番艦初霜にそう呼び掛ける。直後、彼女達が一気に右に転舵し、船団から分離。爆雷での攻撃を仕掛けるべく、敵潜探知地点へと急行していく。

 

「アスディック、用意……てっ」

 

 初霜の声が、無線から聴こえる。直後、大淀も搭載しているパッシブソナーが、彼女の放ったピン、という探針音を聴き取った。それから、大体四秒後、もう一度ピン、と、反射音が聴こえて来る。

 音波が水中を進む速度は、秒速約千五百メートル。大淀自身がアスディックを放ったわけではないため誤差は大きいが、船団と敵潜との距離はおおよそ三千メートルと少々といったところだろうか。この距離でよく待ち伏せする敵潜を探知したものである。敵が深度でも変更したのだろうか。

 

「敵、発射管注水音。雷撃警戒」

「分かった」

 

 数十秒の後、初霜が新たな報告をし、若葉がそれに応える。魚雷発射管注水という事は、敵は潜航による逃亡ではなく反撃、もしくは攻撃を選んだという事。間違い無く雷撃してくる。これは、敵潜の若葉達に対する反撃か。それとも、当初の目標であろうこの船団のタンカー達を狙うのか。

 どちらを狙う気か、分からない。こちらには、巨艦を誇るが故に舵の利き難い大和や超大型タンカー達が居る。幾ら三千メートルもの距離があるといっても、放たれた魚雷が船団に到達するまで、二分そこそこしかない。雷跡視認後に舵を切ったのでは多分間に合わない。相手が撃つと同時に転舵するべきだろう。

 

「おい! 避けなくて良いのか!?」

 

 と、そんな時、無線から怒鳴り声が飛んで来る。声の主は、男。艦娘ではない。そして、海自の輸送艦や補給艦が割り込んで来るとも考え難い。となると、残るはタンカーの内のどれか。

 非常に不味い事態だ。攻撃され慣れていないタンカー船団に動揺が広がっている。もしあの巨体で暴走されては、近くに居る艦船――特に、輪形陣の内側に居る護衛空母や巡洋艦が沈められかねない。20ノット近い速度で排水量数十万トンの巨鑑に体当たりされては、数千トンの船体ではまず耐え切れない。それに、船団解散からの単艦独行は、潜水艦にとって格好の的である。船団の壊滅が確定するような末期的状況に陥らない限り、解散は出来ない。何とか鎮めなければならなかった。

 

「こちら大淀。落ち着いて下さい。まだです。勝手な転舵はしないで下さい」

「だが――」

「敵潜、魚雷発射! 発射数二!」

「全艦、取舵一杯!」

 

 大淀の説得に、なおも反論しようとするタンカーの無線手。しかし、それに初霜の報告が重なり、その内容に、大淀も続けざまに指示を出さざるを得なかった。

 

「陣形を崩さないで下さい!」

 

 艦隊が陣形を保ったまま転進する事は、大淀達戦闘艦は勿論、海自の補給艦達もお手の物である。戦闘中の混乱の中でも陣形を保つよう訓練されているのだから、寧ろ出来ない方がおかしい。しかし、民間船であるタンカーは、そうはいかない。一応、海自主導の艦隊機動の演習はこなしているようだが、それも所詮は付け焼き刃に過ぎない。大淀達ベテラン勢と比べてしまうと、練度は最早悲惨の一言。だからこそ、最後に一言、そう付け加えるしか無かった。

 彼等が少しは落ち着いてくれればいいのだけど。そう思いつつ、船団の中を見遣る。旋回の遅れる船、旋回し過ぎる船が出ないように、そして出てしまった場合に速やかに進路修正の指示を出せるように、二十五隻のタンカーを見張る。

 

「魚雷回避成功。敵の狙いは私だ」

 

 だが、雷撃の知らせから一分程の永くも短い時間が過ぎ去った後、無線が若葉からの報告を吐き出した。

 船体が余りに大き過ぎ、そして積み荷を満載して重量が凄まじいタンカーは、慣性の大きさゆえに大和よりも機動性が悪い。そのタンカー達に、まだ転舵の影響が出る前の事だった。

 

「舵戻して下さい!」

 

 敵の狙いは、タンカー達ではなく若葉への迎撃だった。敵に狙われていないのならば、タンカー達がするのはただ一つ。下手に陸地に寄って逃げ場を失うよりも、若葉達が敵潜の頭上を抑えようとしている今の内に、少しでも遠くへ逃げ去る事。元々三千メートル超えの超長距離雷撃なんて命中率はたかが知れているが、それでも零ではない。その万が一で、代替の効かない大型タンカーを喰われるわけにはいかないのだ。

 

「敵潜より電文! “1A1”! 続いて再度魚雷発射です! 発射数二!」

「了解」

 

 敵が、第二波の雷撃を放って来た。発射数は、さっきと同じ二本。この距離で船団に攻撃するにしては、発射数が少な過ぎる。今度も、狙いは恐らく若葉だろう。

 

「こちら若葉。回避成功。今度も狙いは私だ」

 

 三十秒ほど後、読み通り、またしても若葉から回避の無線が入った。

 

「敵潜、ベント弁開きました。急速潜航中です。若葉、十一時方向、五百メートル、深度、推定二十五メートル」

「了解した。爆雷投射用意」

 

 敵との距離を詰めながら、若葉が攻撃開始の宣告をする。

 

「爆雷発射。取舵一杯、装填中」

 

 何にしても、あの潜水艦は彼女達だけで何とかなる。此処は彼女達だけに任せ、大淀は大淀の仕事をしなければならない。

 もう、無事にマラッカを抜けられるとは思えなくなった。今回接敵したのは、果たしてウルフパックの先遣艦か。それとも、航路確認のためのただの偵察か。いずれにしても、敵に見付かった。こんなセイロン島の目と鼻の先で海中に潜む敵に出くわした以上、最早待ち伏せされているのは疑いようも無い。そうでなければ、こんな哨戒網の真っ只中に、船団が通るまさにその時にピンポイントで敵が居るわけが無い。そして、敵潜は意味不明の電文も放った。“1A1”が何の意味の電文なのかは知らないが、明らかに事前に取り決められた座標、もしくは符牒である。潜航直前に、こちらの動きを報告されたのだ。

 既に、この電文を受け取った敵艦隊は動き出しているだろう。じきに、潜水艦にしろ、水上艦にしろ、あちこちからワラワラと集まって来るのは想像に難くない。

 インドネシアの友軍勢力圏下まで、直線距離でおおよそ千五百キロ。その長い航路を、増援無しで切り抜けなければならない。

 

「若葉、八時方向。百五十メートル。深度、推定三十五メートル。敵潜、なおも健在、潜航中です!」

「分かった。もう一度だ」

 

 無線の向こうでは、船団から分離した若葉達の対潜戦闘がなおも続いている。一回目の爆雷攻撃は外したようだ。少し、手間取っているようにも聞こえる。

 いや、若葉達の練度は知っている。彼女達は、既に複数の敵潜を撃沈したスコア持ちだ。大淀もその場に居合わせていた以上、実力は疑うべくもない。

 だとすると、敵の回避が上手いのだろう。何しろ敵は、爆雷を落としに急行する若葉に、恐らく真正面から魚雷で迎撃を図れる能力を持っている。潜水艦は基本的に鈍重で大型の艦から狙うのが基本なため、最初から若葉に狙いを定めていたとは考え難い。敵は、迎撃に来た若葉を認識してから、艦種を見極め、魚雷に各種設定を入力し、そして発射するまでを僅かな時間で行える言わばエリートだ。並の潜水艦より間違い無く強い。

 

「敵潜、なおも潜航中。十一時方向、五十メートル。推定深度、四十五メートル」

「分かった。爆雷投下する」

 

 だが、既に頭上は彼女達が抑えた。深く潜った潜水艦に、真上から爆雷を投げ落とす駆逐艦目掛けて魚雷を撃つ術は無い。最早敵潜は、必死に逃げ惑い、隠れようとするだけの獲物である。

 そして、若葉単艦ならば見失う事も有り得るだろうが、パートナーの初霜が探知専門として付いている以上、それも無いだろう。沈めるのは、時間の問題だった。

 

「大淀からソードライオン。現在、敵潜水艦と交戦中です。敵艦隊との接敵の可能性があります。スクランブル用意を御願いします」

 

 ならば、大淀が今考えるべきは、この先の何処かで待ち伏せしている新たな敵艦隊への対処である。

 敵が潜水艦だけならば、祥鳳達の航空兵力、そして睦月や初春達の対潜爆雷だけでも対処出来る。だが、水上艦艇部隊まで待ち構えていた場合、その対処は非常に厳しいものとなる。速力で劣る大型タンカー達では、最大戦速で追い駆けて来るであろう敵部隊を振り切れないのだ。無論、追い付かれてしまった場合は、装甲が皆無の彼女達では一たまりも無い。主砲一発の被弾で確実に大爆発を引き起こすだろう。必然的に、タンカーを護るため、戦力を分離し艦隊決戦に応じるしかない。

 だが、艦隊決戦をこなし、その上でそのままマラッカまで逃げるのは、いくら戦艦混じりの大艦隊でも簡単な話ではない。故に少しでも勝率を上げるため、何より艦隊の損傷率を下げるため、大淀は海空自衛隊共同のスリランカ派遣部隊へと連絡を取った。

 

「ソードライオンから船団護送艦隊。了解した。爆装した戦闘爆撃機部隊が即応待機している。コールサインはレオ。無線は仲介する。直接連絡を取れる」

「有難う御座います」

 

 回されたのは、現代の陸上型戦闘爆撃機部隊。上から貰った資料によれば、レオ隊の構成機はF-35AライトニングⅡが四機。爆装という事は、装備しているのは恐らく二千ポンド爆弾――約九百キロ爆弾を八発。超重装甲の大型戦艦に対する攻撃力も十分で、それ以下の艦船ならば直撃すればまず大破間違い無しの大火力である。

 敵に戦艦が居れば、優先して爆撃して貰おう。もし空母混じりの場合は、その時は敵空母を優先してもらおう。飛行甲板を破壊して敵艦載機の離艦を阻止し、空を静かにするだけでも、船団の生存確率は大きく跳ね上がるのだから。

 

 とその時、遠く海中から、相次ぐ爆発音が轟く。若葉の二度目の爆雷攻撃が炸裂した音だ。一度目の攻撃は回避されてしまったようだが、どうやら二度目は命中したようだ。

 二隻一組での対潜戦法ハンターキラーは、敵潜を見失い難いだけでなく、敵との距離をも精確に測りやすくなる。その分、有効打を与える確率も高い。かつてのように、爆雷を撒くだけ撒いて戦果不明、実は取り逃がしていた、という事態は、そう簡単には起こらない。

 それに加え、彼女達の装備する新型爆雷は、あの大戦時に日本軍が使っていた物とは比べ物にならないほどに高性能なもの。五四式対潜弾投射機、通称ヘッジホッグは、命中すると撒いた爆雷総てが一気に起爆するが、命中しなければ炸裂しない。従来の爆雷のように海を掻き乱してノイズを撒き散らす事も無く、命中と外れを識別し易いのも極めて大きな利点だった。

 かつて米英が使い、日独の潜水艦隊に大打撃を与えた強力な対潜兵装。史実が証明するその性能は、大淀にとっても信頼に足るものだった。

 

「爆雷命中。敵潜撃沈」

 

 轟音が止んでから十数秒後、若葉が短く、そう戦闘結果を報告する。

 この短時間で、敵の残骸から漏れ出る浮遊物を確認したとは思えないが、間違いは無いだろう。あれを喰らって、無事で済む潜水艦は居ない。万が一撃沈し損ねていたとしても、良くて大破。深度五十メートル程に潜っていた潜水艦では、破壊された外殻が水圧に耐えられない。後は、このインド洋の海水が敵を海底に導いてくれるだろう。

 目前の脅威は、一先ず取り除かれた。

 

「若葉、初霜。御疲れ様でした。船団に合流して下さい」

「若葉、了解」

「初霜、了解」

 

 仕事を終えた二人に対し、一先ず船団に戻るよう指示を出す。

 睦月達、そして初春達を合わせた計十八隻の駆逐艦は、この船団護送艦隊の対潜の要。潜水艦に対する最後の砦である。これから予想される敵潜の増援との戦闘には、彼女達の存在は必要不可欠。置いて行くわけにはいかなかった。

 

 こうして、また一つ撃沈スコアを伸ばした若葉達を回収し、大淀率いる船団は無事、損害無く日本に向けての航海を再開させる事が出来た。

 しかし、敵の潜水艦と接触し、更に信号を発信されてしまった事は否定のしようが無く、船団の航海の雲行きは、既に暗雲が立ち込めていると言っても間違いではなかった。

 待ち伏せを警戒する船団護送艦隊と、待ち伏せを狙う通商破壊艦隊の駆け引き。これが、後に第四次北インド洋海戦と呼ばれる、一連の海戦の序章だった。




五四式対潜弾投射機 通称ヘッジホッグ
 対潜迫撃砲という聞き慣れない分類に該当する兵器。愛称の方が有名。
 二十四発ワンセットの爆雷を円状に撃ち込み、一発でも当たれば残り全ても連動して起爆するという高性能な爆雷。
 第二次世界大戦の大西洋の戦いにおいて、独軍潜水艦隊に大打撃を与え、連合軍の勝利に多大な貢献をした有名な対潜兵器。
 大戦後期には、米軍により日軍潜水艦隊相手にも使用されている。
 なお、大戦終結後、新たに発足した海上自衛隊にも配備、ライセンス生産され、運用された実績がある。
 その際に用いられた名称こそ、“五四式対潜弾投射機”である。
 現代の人間が艦娘を運用するなら、当然皆が思い付き、そしてもし使えるなら是が非でも使わせようとするであろう対潜兵装の決定版である。

 後に実際に海上自衛隊が使用していた事、運用勢力こそ違ったが大戦中の兵器である事から、駆逐艦の装備に入れてみた。
 フラ潜対策に是非とも本家艦これでも使いたいものである。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。