特殊船団護送艦隊 船団護衛戦記 第四次北インド洋海戦   作:かませ犬XVI

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第二話 本土を目指して

 その次の日、予定通り朝五時に抜錨、クウェート湾を出港した特殊船団護送艦隊は、睦月達第一特殊船団護衛艦隊を筆頭とし、巡航速度15ノットにてペルシャ湾を東進。予めホルムズ海峡に備えて複縦陣を作りながら、一路、アラビア海を目指した。

 その後、一日と半分近い時間を掛け、船団はペルシャ湾を横断。海峡近くで船団前に姿を現したオマーン海軍哨戒艇に先導されながら、定められた航行レーンへと進路を取った。途中、入れ替わりでペルシャ湾に入ろうとするイギリス海軍主体の欧州連合艦隊とすれ違い、リヴェンジ級戦艦ロイヤル・オークと挨拶を交わす等あったものの、これといった問題も起こらず、船団は無事にホルムズ海峡を通過。アラビア海への出入り口、オマーン湾へと船先を進めた。

 

 それから、更に十二時間が経過。一夜明け、出発してから三日目となった。なおもオマーン湾を進む船団の次の目標は、まずはインド西部にあるボンベイ軍港である。そこで改めて、全艦艇に燃料を補給、満タンにした後、一気に増速。タンカー達の巡航速度である18ノットに合わせてインドの最南端を回り込み、ベンガル湾に入る事無くインド洋を横断。マラッカ海峡を通過し、海空両自衛隊の一大根拠地と化したシンガポールまで速力を維持したまま突っ切る。これが、今後の予定である。

 そのための準備として、まず大淀は、全七十三隻での複縦陣という非常に細長い艦隊に対し、今の内に陣形を解除、輪形陣を取るよう指示を出す。

 タンカーと補給艦、輸送艦を中心に、その周囲を戦艦三隻、護衛空母七隻、巡洋艦十隻で囲み、その周囲を更に駆逐艦二十二隻で取り囲む。同時に、この辺りから段々と制海権が怪しくなってくる事から、各護衛空母に対し、中距離対潜哨戒仕様の九七艦攻と、遠距離偵察用の彩雲の発艦を指示する。

 このオマーン湾を抜ければ、もうそこから先に制海権は無い。人類と深海棲艦インド洋艦隊が制海権を争い、激突を繰り返す戦場となる。次々に空へと上がり偵察に向かい始める友軍機達を見上げながら、大淀は、今度も何事も無ければいいけど、と息を漏らした。

 

 

 出発五日目。輪形陣を整えてから二日と半日。大淀率いる輸送船団は、順調にアラビア海を渡り切り、予定通りボンベイへと辿り着いた。道中、偵察に向かった彩雲が浮上航行中の敵潜を発見、九七艦攻を呼び寄せて爆雷を撒くという事件があったものの、船団からはかなり距離があった事もあり、船団自体には何事も無かった。爆雷戦の戦果は不明、恐らく取り逃がしたというのは不満の残る結果だが、一先ず船団の航行予定が遅れずに済んだ点を考慮すると、次第点だと言えるのだろう。

 時刻は、現地時間で既に午後六時を過ぎている。日も大分傾き、もうそろそろ日が暮れようと言う夕暮れ時である。懸念した敵潜の増援、それによる群狼戦術と出くわす事も無く、日が出ている内に港に辿り着けた事は僥倖と喜ぶべきか。出迎えに出て来てくれたハント級駆逐艦――イギリス海軍建造の駆逐艦だが、インド海軍に貸与されている――の誘導に従い、湾の中へと退避させて貰う。

 今夜はここで補給がてら小休憩を挟ませて貰い、明日の朝から、シンガポールまでノンストップの約四千五百キロもの長旅が始まる。それは言い換えれば、今夜一晩の内に船団所属艦艇の半数以上の艦艇の補給を終わらせるという事になるが、補給するのは燃料のみであるし、残念ながら、あまりここに長居するわけにもいかない。

 道中で艦載機が敵潜に見付かった以上、敵側もこちらに空母機動部隊――戦略輸送船団が居る事に感づいているだろう。色々呼び寄せられていても可笑しくは無い。現有戦力以上の増援を望めない大淀達にとって、時間とは敵の味方である。

 それに、政治的な理由もある。このボンベイ港は、あくまで日本政府がインド政府に頼み込み、インド政府の好意で何とか間借りしただけの状態である。そんな港に大艦隊を率いたまま我が物顔で長時間居座るわけにもいかない。それに、あまり此処にタンカー船団が居座っていると、敵空母機動部隊による大規模な空襲すら誘発しかねない。港で原油満載のタンカーが撃沈された際の被害が洒落にならないのは勿論の事、日本船団のせいで他国の港町が襲われましたなどという悪しき前例を作るわけにはいかなかった。

 

「補給部隊は艦隊各艦に燃料補給を。駆逐艦から順に御願いします」

 

 日本出発前から既に打ち合わせを済ませていた為、指示は最低限度で良い。時間が無い事は皆も解っている。皆速やかに行動に移り、日が落ちて夜の帳が下りた後も、夜を徹しての補給作業を急ぐ。

 ふと見ると、補給艦達の喫水線が大分下がっている。武器弾薬に関しては殆ど使わなかったため特に減ってはいないだろうが、燃料に関してはそうはいかない。シンガポールからクウェートまでの片道約七千キロもの道のりは、駆逐艦達は勿論、巡洋艦達の搭載可能燃料から見てもあまりに長過ぎる。故に、往路での補給分を合わせると、何事もなくても補給艦の搭載燃料の大半を持って行かれてしまう。予備の燃料が少なくなるのは不安でもあるのだが、元々このボンベイでの補給が、彼女達補給艦に与えられた本輸送任務中最後の仕事の予定である。

 何かあった際に最大戦速で逃げて貰わねばならない事を考えると、いっそここで使い切ってしまうのも一つの手ではある。もし仮に燃料が足りなくなりシンガポールに辿り着けなくなったとしても、日本政府とスリランカ政府の協定の結果、最悪の場合にはコロンボ港に逃げ込んで泣き付くという最終手段も選択肢として用意してあるのだから。

 

「大淀よ、聴こえるかの? こちら第三特殊船団護衛艦隊、旗艦初春以下六艦、補給完了じゃ」

 

 無線機から、指揮下の艦隊の状況報告が入る。

 

「了解。明朝に出港する予定に変更はありません。それまで投錨し休息を」

「承知した」

「こちら第一特殊船団護衛艦隊、睦月以下十二艦、補給、終わったよ」

「了解。今の内に休んでおいて下さい」

「はぁい」

「こちら第一特殊護衛隊、大和以下全五艦、補給、完了致しました」

「了解です」

 

 睦月達に続いて、今度は戦艦大和からの報告が入る。大和以下五艦、という話だが、大和の航続距離を考えると、クウェートで満タンにした分だけで数値上は日本にまで帰り着ける。後でシンガポールでまた補給する予定がある事もあり、本来大和に対する補給は此処では予定されていない。実際は大和は何もしておらず、吹雪型駆逐艦四隻の補給が終わったのだろう。

 吹雪達四隻は、本来タンカー達の護衛というよりも大和専属の護衛としてこの船団に編入されて来た。そのため、睦月や初春、そして大和自身と違い、彼女達の本任務中の直属の上司は大淀ではなく大和である。実際には、大和から引き剥がして睦月達と一緒に船団全体の護衛に回って貰ったが、とにかく名目上はそう言う事になっている。吹雪が直接報告して来ないのは、その名目上の上司である大和の顔を立てた、というところだろうか。

 何と無く避けられた様な気がして少し傷付くが、命令系統が少々複雑化してしまったのは、本来無かった大和の護衛編入が土壇場で決まったせいでもある。名目上と事実上、二つの上司の板挟みになって一番困惑したのは、恐らく四隻の旗艦を務める吹雪自身だろう。

 

「大淀、聴いてるくま? 第二特殊船団護衛艦隊、球磨以下九艦、補給終わったくま」

 

 夜も更けた真夜中。日付も代わり、出港予定時刻が刻一刻と近付いて来る中、ようやっと巡洋艦隊からの補給完了報告が大淀のもとに届けられた。

 第二特殊船団護衛艦隊とは、敵水上艦による通商破壊に対抗するため、巡洋艦を中心に結成された艦隊である。その内訳は、球磨型巡洋艦五隻、古鷹型巡洋艦二隻、青葉型巡洋艦二隻の計九隻となる。当初は、排水量や主砲の口径を始め、様々なスペックがまるで違う軽巡と重巡を一纏めにして配属するのは如何なものか、とは思ったものの、今では特に気にしていない。確かに艦種こそ違うものの、球磨でも古鷹達への指示なら出せる。また、本当に忙しくどうしようもない際は、球磨は軽巡だけの指揮に専念し、古鷹が副旗艦として重巡達の指揮を執る事も出来る。艦隊や戦隊こそ分かれていないが、不都合は感じていなかった。

 

「了解です。では、私も補給に参ります」

 

 巡洋艦としては最後に残った大淀も、補給艦の横へと近付いて行く。既に他の補給艦は、場所を空けた古鷹達に変わって第一特殊護衛航空艦隊――護衛空母達への給油を開始しており、夜が明けて明るくなる頃には既に終わっているだろう。元々かなり厳しいスケジュールなだけに現場判断での計画遅延も認められてはいるのだが、それをせずに済みそうなのは大きい。

 それにしても、と、大淀は、横付けした海自の新鋭大型補給艦を見上げて思った。

 流石は、現代の補給艦。その船体は全長も幅も高さも大淀より遥かに大きく、航空母艦加賀に匹敵するその巨体は、真横から見ると最早山のようだ。それでいて、巡航速度20ノットという軽快さを誇り、機関限界時の最高速度も長門型戦艦と同等。満載排水量の半分以上を占める搭載可能補給物資は燃料だけで一万五千トンを越え、その他にも弾薬食糧真水医薬品等、必要な物は一隻で何もかも積んでいる。そして、両舷にそれぞれ船を横付けし、補給艦一隻あたり同時に二隻、そのそれぞれに一時間で七百キロリットルもの燃料を供給出来るその能力は、いつ見ても感心する。

 先の大戦から、既に百年余り。当時の補給艦しか知らなかった大淀からすれば、一隻で何でも出来るこの大型万能補給艦は、まさに夢のような船だった。

 

 燃料タンクが、見る見る内に満たされていく。きっちり満タンまで燃料を注いで貰った大淀は、手を振る補給艦甲板要員に手を振り返しつつ、スクリューを再始動。補給艦から距離を取った。

 

「こちら第一特殊護衛航空艦隊、第七特殊航空隊、祥鳳以下二艦、補給終わりました」

 

 東の空が白み、インド亜大陸越しに朝日が拝めるようになって来た頃、今度は護衛空母部隊からの連絡が入る。

 大淀の特殊船団護送艦隊直属の空母は、全部で七隻。しかし、配属された空母の速力が大きく違うため、その空母の中で更に2グループに分かれていた。その片方が、この祥鳳率いる、祥鳳、瑞鳳所属の第七特殊航空隊。そしてもう一方が、商船改造特設空母、大鷹率いる大鷹、雲鷹、冲鷹、神鷹、海鷹の五隻が所属する第九特殊航空隊だった。

 

「了解です。出港予定時刻まで残り数時間です。準備を御願いします」

「分かりました」

 

 それからしばらくして、残る大鷹率いる第九特殊航空隊からも、補給完了の報告が送られて来た。

 少し時間を喰ってしまったが、艦載機用の航空爆弾、航空爆雷等の危険物を積み込んでいた事を考えると、責めるわけにはいかない。哨戒機の数も戦力も足りていない今、オマーン軍はオマーン湾とホルムズ海峡の、インド軍はインド本土の防衛で手一杯であり、アラビア海全域、ましてやインド洋全域に対する対潜哨戒網を構築する事など、まず不可能。遠距離から敵潜を発見し安全に処理するには、彼女達による哨戒機運用が必要不可欠なのだ。




特殊自衛艦隊直隷、特殊船団護送艦隊組織図


・特殊船団護送艦隊
 艦娘達による船団護衛の専門艦隊。これまでの戦訓と反省から、配備された戦力はかなり強大。
 四つの艦隊を常時隷下に置いており、更に必要に応じて前線部隊から応援を引き抜いて構成される。
 なお、白露型駆逐艦全十艦の引き抜きも狙っているが、未だ実現していない。

艦隊旗艦 大淀


・第一特殊船団護衛艦隊
 艦娘として召喚された駆逐艦の中では、現状最も旧式である睦月型の全艦によって構成された駆逐艦隊。
 対潜哨戒を主に行い、対潜駆逐艦隊と言っても過言ではない。

艦隊旗艦 睦月
構成艦 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 長月 菊月 三日月 望月 夕月


・第二特殊船団護衛艦隊
 水上艦艇による通商破壊に対抗するべく結成された、巡洋艦による艦隊。軽巡と重巡を纏めて配属している。
 内部で隊が分かれていないが、特に運用上の問題が発生しなかったため放置状態である。

艦隊旗艦 球磨
構成艦 多摩 北上 大井 木曾 古鷹 加古 青葉 衣笠


・第三特殊船団護衛艦隊
 輸送船団の規模を拡大していくにつれ、第一特殊船団護衛艦隊のみでは駆逐艦が少ないと感じた上層部により配属された艦隊。
 先の大戦で船団護衛経験が比較的豊富であり、また船体が小型である初春型全艦を引き抜いて結成された。

艦隊旗艦 初春
構成艦 子日 若葉 初霜 有明 夕暮


・第一特殊護衛航空艦隊
 航空戦力による通商破壊に対抗するべく結成された、小型護衛空母群による艦隊。
 偵察機による長距離索敵網も担当しており、陸上機と協力して濃密な哨戒網を構築する。
 なお、艦隊名称が他の艦隊と同様に船団護衛艦隊に統一されておらず、地味に間違い易いのが欠点。
 赤城率いる第一特殊航空艦隊との名称差も小さく、海自内部の人間でも時折迷う。
 結成当時、日本は燃料枯渇が秒読み段階まで追い詰められており、当時の海自の混乱と焦燥具合が現れている。

艦隊旗艦 祥鳳
構成艦 瑞鳳 大鷹 雲鷹 冲鷹 神鷹 海鷹


・第一特殊護衛隊(臨時編入)
 大和型戦艦二隻により構成される護衛隊。旧海軍の第一戦隊に相当。
 しかし、大和型二隻を同一艦隊に編入すると編制が重過ぎるため、姉妹艦離れ離れである事が多い。
 今回は大和のみが編入された。

護衛隊旗艦 大和
構成艦 武蔵


・第四特殊護衛隊(臨時編入)
 扶桑型戦艦二隻により構成される護衛隊。旧海軍の第二戦隊に相当。
 金剛型四隻全艦が赤城の第一特殊航空艦隊に引き抜かれ、事実上四つしか無い戦艦による護衛隊の一翼を担う。
 旧大戦時代とは違い、ベーリング海からインド洋まで各地を引き摺り回されている。

護衛隊旗艦 扶桑
構成艦 山城

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