特殊船団護送艦隊 船団護衛戦記 第四次北インド洋海戦   作:かませ犬XVI

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第十二話 被弾と混乱

 なおも炎上の続く敵戦艦一番艦の頭上で、今度はこちらの放った第四斉射が炸裂した。山城の分と合わせて全十二発もの三式弾が相次いで花開き、夥しい数の子弾達による鋼鉄のスコールが敵艦へと襲い掛かる。

 戦果が出たのは、まず五発目。扶桑の砲弾が命中。敵艦左舷前方、一番砲塔近辺に新たな火の手。続いて九発目。山城の砲弾が命中。敵艦最後尾、水上機発艦用カタパルト付近が炎上。殆ど間を置かずに、小規模の爆発を確認。恐らくは、蜂の巣にされた水上機が爆発したのだろう。

 

「二発命中」

 

 双眼鏡でそんな敵艦の様子を確認し、扶桑は小さくそう呟いた。これで、先程の山城の命中弾と併せて三発命中だ。

 だが、安堵している様な暇は無い。主砲の装弾が完了し次第、扶桑はすぐさま第七斉射を撃ち放つ。間髪入れずに、山城も第七斉射を発砲。次なる砲弾を送り込んだ。

 三式弾に薙ぎ払われ炎上する敵艦の姿に、憐憫の情が浮かばないわけではない。軍艦の火災の怖さは、言われなくても分かっているのだから。だが、彼等は敵だ。故に、情け容赦はしない。今なお、この月夜の中を敵の第五斉射が扶桑目掛けて飛来している。それらがこちらに届く前に。扶桑が被弾をする前に。一発でも多くの砲弾を敵艦に叩き付ける。そのために、出来得る限りに攻勢を強める。

 それから少し遅れて、敵艦隊の第六斉射の発砲を確認した。今度は、四発。二隻で八発。その発砲炎を見て、扶桑は敵も既に全力射撃中である事を見て取った。

 当然だった。敵の砲は、既に扶桑を捉え、夾叉し、至近弾まで出している。もう照準修正の必要は無い。ならば、こちらと同じ様に砲の再装填が完了し次第砲撃して来るのは当たり前の事だった。

 尤も。敵戦艦は、十六インチ砲搭載艦だ。その砲弾の大きさと重量故に、次発装填に時間が掛かり、そして、その砲門の少なさ故に、四発と五発の交互でしか発砲出来ない。

 確かに、主砲の大きさでは負けている。それは事実だ。扶桑としても認める事に異論は無い。だが、時間あたりの手数の多さなら、絶対に負けない。そして、この手数の多さを活かして何としてでも敵を押し切って見せる。主砲の大きさが戦艦の強さの全てでは無い事を、見せてやろう。扶桑型戦艦は、この主砲の火力だけは自慢なのだから。

 

「こちら球磨! 祥鳳! 敵と味方の区別が付かない! もっと押し上げて欲しいくま! 機銃掃射されてるんだくま!」

「もう飛ばせる機は全て飛ばしています! 少し待って下さい!」

「こちら瑞鳳! お姉ちゃん、まずい! 雷撃機が消えた! こっちの隊を下げて良い?」

「上は任せて。何とかする!」

 

 第八斉射のための装弾完了を待つ間、扶桑は無線の向こうで飛び交う祥鳳達の怒鳴り合いを聞いていた。

 戦況は、正直あまり良くはない。おそらく五分と五分だろう。空は敵のファイタースイープを捌き切ったあたり、不利だとは思えないが、しかし戦線の押し上げには失敗している以上、有利と言う事も出来ない。膠着状態とでも言った方が正しいのだろう。そして、その戦闘機同士の鍔迫り合いに妨害され、敵第三次攻撃隊を見失っている。所在不明の敵雷撃機の行動次第では、球磨達の行動に支障が出ても可笑しくは無かった。

 それに、扶桑達戦艦同士のこの対決も、まだまだ優劣は付け難い。確かにこちらは既に三発もの命中弾を出してはいるが、敵も既に扶桑を照準の中心に据えている。既に至近弾は貰っているし、恐らく、今飛来中の敵の第五、第六斉射の中から命中弾を貰う事は避けられないだろう。双方のこれからの命中率や被害状況次第では、今の戦況など簡単に引っ繰り返る。

 余裕は無く、予断を許さない今の状況に、扶桑は、中々上手くはいかないものだと内心で感想を結んだ。

 

 主砲の再装填が完了。そして、すぐさま第八斉射を発砲。装薬の爆発する衝撃が艦に心地良い振動を齎し、砲口が吐き出す火球と黒煙が空を黒く染める。

 だが、発砲が間に合った事に安堵している様な暇は無かった。視界を塞ぐ黒煙が晴れるよりも前に、空を切り裂く唸りを連れて、敵の第五斉射による巨弾が扶桑の上へと降り注いだ。

 まず、七時方向三十メートル、次いで一時方向五メートルの至近弾。これ続く第三発目が、遂に扶桑に直接牙を突き立てた。

 

 腹に重く響く、強烈で暴力的な衝撃。半日前の航空機の体当たりなど比較にならない大きな爆発音が至近距離で轟き、直撃弾を貰った事を知らせてくる。

 そして、やはり喰らったか、と思った直後に、更にもう一回。その衝撃が意味する事はただ一つ。二発目の直撃弾だった。今回飛んで来た砲弾は、各五発、計十発。その内の二発が、扶桑を捉えたのだ。

 爆発の衝撃と付近に降り注ぐ砲弾が産み出す海水の奔流が船体を襲い、船が大きく揺れる。その激しい揺れに、振り落とされぬよう思わず椅子の肘かけを握り締めながら、扶桑は息を潜め、そして思わず耳を澄ませた。

 不幸中の幸いとして、恐れていたような、破滅を臭わす連鎖的で壊滅的な爆発音だけはしていない。弾薬庫の誘爆だけはしていない。だが、それでも十六インチもの巨砲を喰らって、無事で済むわけが無い。早く、被害状況を確認しなければ。

 

「そんな! 扶桑さんが被弾!」

「姉様! ご無事ですか!? 姉様!」

 

 電気は点いたままだ。停電は起きていない。電源は生きている。それから、瑞鳳や山城の声を吐き出す艦隊無線も生きている。

 早く返事をすべきなのだろうが、その前に艦内の状況を把握しなければ。扶桑は艦内無線に手を伸ばし、被害状況の確認と報告を命じた。

 しかし、直後に返って来た被害報告は、やはり十六インチ砲の威力を示す深刻なものであった。

 右舷中央部に、把握不能の大火災。副砲が数基、文字通り消し飛んだ。第四砲塔が故障し、旋回不能な上に揚弾薬機も停止。甲板に風穴が開き、大きくめくれ上がっている。そして、煙突が下から三分の一の高さ付近で大きく右にひしゃげ、穿たれた風穴からはボイラーの排煙が逃げ出している。煙突にあった探照灯は全滅。後部艦橋は砲弾の破片に貫かれて破損甚大、加えて黒煙に巻かれて何も見えない。更に、右舷側艦首は至近弾が装甲に亀裂を生じさせ浸水が発生。

 ざっと纏めただけでもこの被害。扶桑もいるこの主艦橋が無事なのが不思議なくらいの大損害だった。

 被害状況から察するに、被弾したのは右舷中央、副砲群付近だろう。そしてもう一発は、恐らく煙突を直撃。薄っぺらい煙突を貫通してから左舷側で起爆し、その爆風で煙突を右に捻じ曲げた、といったところか。

 この損害だ。中破したのは間違いない。だが、まだ大破ではない。被害状況の報告はなおも続くが、他に甚大と言えそうな被害は無い。特に、船としての航行に必要な機能は依然として健在だった。ならば、まだだ。まだ戦える。何の為に主砲が六基もあると思っているのか。一基失おうとも、まだ五基十門が残っている。これでもまだ、砲門数で言えば敵より優っているのだ。

 

 装弾完了。動かない第四砲塔を除く、まだ健在な五砲塔から攻撃準備完了の報告が上がる。折り返し、攻撃続行の命令を下す。まだ戦闘は終わっていない。攻撃出来るのならば攻撃を続けるだけだった。

 山城の放つ砲声がまだ余韻を響かせる中、扶桑の生き残りの砲も続いて火を噴く。これで第九斉射。今までは扶桑が先に砲撃しその後に山城が続く形であったが、今の被弾でそのサイクルが崩れた。それは、扶桑が数秒とはいえ時間を無駄にしたという証拠でもあった。

 

「こちら扶桑。戦闘続行可能。まだやれるわ」

 

 第四砲塔が動かないとか、その手の細かな報告は必要無い。戦闘中に無線を混乱させるような真似は出来ない。まだ落伍はしない。それさえ判れば良いだろう。そう思い、扶桑は短くそう報告を上げた。

 しかし、艦内では依然としてあちこちで連絡が飛び交っている。特に、火災の消火が捗らないから何とかしろという、応急修理要員達の悲鳴は深刻な問題だった。

 敵の砲弾は、副砲等の上部装備を叩き割って扶桑の船体に喰い込み、内部の主装甲で食い止められた時点で起爆した。その大爆発が産み出した破壊力は凄まじく、付近にあったはずの消火水用のパイプは軒並み消滅。無事に残っている場所からバケツリレーで水を持っていく必要があった。おかげで、消火用の水が足りない。また、14インチ砲対応でありながら16インチ砲に耐え切った装甲も、最早ボロボロだ。もう防御力は期待出来ない。もしももう一発同じ場所に被弾すれば、今度こそ装甲を抜かれる。そうなれば、仮の今のままの状態で放置すればほぼ確実に弾薬庫が吹っ飛ぶ。

 扶桑は、第四砲塔に見切りをつけて総員退避、それから今の時点での弾薬庫の注水処分を命じた。後々の修理が面倒な事になるが、火災の熱や敵の砲撃で誘爆の末に轟沈するよりはマシだ。背に腹は代えられなかった。

 

 現在の敵味方の距離、二万六千六百。まだ前の被弾による火災にすらもろくに対処出来ていない中、敵の第六斉射が追い討ちをかけるべく扶桑の周囲へと降って来る。

 十一時方向、三十メートル。八時方向、三十メートル。四時方向、二十メートル。あちこちで天高く打ち上げられた海水が弧を描いて降り注ぎ、風穴の空いた船体に打ち付ける。

 そして、その中に交じってまたしても大きな爆発音。それと共に、再び艦が大きく揺れる。三発目の被弾だった。

 今度は、何処に。艦内無線がなおの事混乱する。だが、報告はすぐに上がって来た。艦尾だ。水上機発艦用のカタパルトやレール、レール上の水上偵察機、そして回収用のクレーンが消し飛んだ。それだけではない。艦尾付近に括りつけていたはずの応急舵が砕けた。また、砲弾の破壊力は艦上部のみならず喫水線付近にまで及び、舷側に亀裂が走り、波に洗われる度に浸水も発生しているようだった。

 だが、それだけだ。確かに艦尾の上部はボロボロにされたが、被害はそれだけにとどまった。最も近い第六砲塔にも影響は無い。そして、喫水線よりも下、船底にあるスクリューや水中にある舵にも幸い異常は見られない。この損害ならば、まだ許容範囲内であった。

 

「こちら扶桑。更に被弾するも戦闘続行可能」

 

 中破した船体に鞭打って、第十斉射を撃ち放つ。その耳慣れた砲声を聞きながら、扶桑は小さく深呼吸した。

 防御力に難のある自身の欠点は、よく理解している。そしてその欠点は、いかにかつてと次元違いの技術を誇る今の日本であっても、そうそう埋められる穴ではない事も、理解している。

 そんな状態で、格上である十六インチ砲を三発も被弾。しかし、現時点で扶桑が失ったのは、一発目でやられた第四砲塔、二発目でやられた後部艦橋だけだ。まだ、主砲は五基生存。無線も電探も艦内連絡網も、そして機関に弾薬庫、燃料タンク等も生き残っている。三発も貰っておきながらまだこの被害で済んでいるのは、これでも運が良い方なのだろう。

 だが、まだだ。まだ止まるわけにはいかない。落伍するわけにはいかない。最低でも敵一番艦を無力化し、二対一の状況を作り出すまでは。敵にここを突破されるわけにはいかないのだから。

 砲撃による黒煙が流れ、視界が開けていく。そこから敵の様子を窺いながら、扶桑は、この幸運が今しばらく続く事を切に願った。

 長くも短い一分を経て、久し振りに見る敵戦艦一番艦の姿は、もう手に負えないぐらいの大火災に包まれていた。こちらの第五斉射、第六斉射の中から更に命中弾が出たのだろう。一番砲塔付近から艦尾に至るまで、至る所に紅色の火炎が散見出来、立ち昇る黒煙が星空に尾を引いている。その黒煙に巻かれてよく見えないが、よくよく見ると艦橋からも火の手が上がっており、もう敵一番艦の上部構造はボロボロなのだろうと推定は出来た。

 だが、その身のあちこちを炎に焼かれながらも、敵一番艦が落伍する気配は無い。速度を維持し、変わらず砲はこちらを向き、そして二番艦と共に砲口からは火球を吐き出している。

 やはり、三式弾だけでは敵艦を沈黙させるのは不可能だ。どれだけ艦の上部構造を破壊しようとも、強固な装甲に護られた砲そのものを破壊できるわけではない。例え狙いが付かなくなろうとも、あてずっぽうでも砲が撃てる限り敵は退却しようとは思うまい。文字通り、刀折れ、矢尽きるその時まで喰い下がろうとしてくるに違いない。

 ならば、なおの事扶桑も脱落するわけにはいかない。敵にまだ、扶桑が脅威であることを示し続けなければならない。少しでも長く敵の照準を引き付け、山城の砲撃を支援するためにも。

 

 敵艦の上空で、こちらの第七斉射が炸裂する。今度は十二発中、一発が命中。当たったのは、二番砲塔から艦橋の根元付近。敵艦の火の手が更に大きくなる。

 とここで、敵艦艦橋の根元で何かが爆発した。小規模の爆炎が広がり、原型の判らない、細かな引き千切られた鉄屑が飛散して宙を舞う。爆発地点では赤々とした火炎が翻り、扶桑達の破壊した知らぬ何かを焼きつくそうとしていた。

 

 そろそろ、攻撃目標を変更すべきだろうか。敵一番艦の炎上具合を見るに、かなり手酷い損害を与える事には成功したであろうと推測は出来る。

 だが、敵が実際にどんな損害を受けているのか。その内容までは、此処から見ているだけでは判別する事が出来なかった。

 本当に、当初の目標である艦載レーダーは無力化出来ているのか。射撃管制装置の破壊には成功しているのか。砲で劣り装甲を貫通する事が出来ない以上、砲を撃つために必要な装備を薙ぎ払う事で敵の戦闘能力を奪うというこの戦術の趣旨は、理解している。だが、この戦術はその戦果確認が極めて困難であるという欠点を内包している。

 それ故に扶桑は、中々その決断を下す事が出来なかった。

 先の大戦において、霧島がワシントン、サウスダコタを相手に殴り合った第三次ソロモン海戦第二夜戦。この時、霧島が戦闘能力を残しているにも拘らず、敵艦ワシントンは霧島撃沈を信じ、攻撃を中止。その結果、体勢を立て直した霧島が逆襲したという事がある。これと同じ事を敵からされる恐れが、扶桑の脳裏をちらついていた。

 もし、敵一番艦のレーダー射撃がまだ健在なら、二番艦に照準を移した後で逆襲される事となる。そうなれば、既に扶桑が中破している友軍艦隊は一気に不利に陥る。じわじわと、だが着実に浸水も増えている扶桑は、いずれ落伍するだろう。その後は、山城一人に敵戦艦二隻を押し付ける事態となる。タンカー部隊の護衛が優先のため、増援も当分望めない。失態を犯してもカバーしてくれる者も居ない。この決断だけは間違えられなかった。




投稿が凄まじく遅れて申し訳ない。書いては消し書いては消しの難産でした。
理由は、プロット作成時に全く考えていなかった、敵艦損傷具合の判定。だって、装甲ブチ抜いて大爆発起こして吹き飛ばすわけじゃないので、見ているだけで何がどう壊れたのか、本当に壊せているのかとか判るわけないですから。
いやはや、神様目線のプロット作成時と、実際に一人称で書く時にこんな差が待ち構えているとは。迂闊でした。

勿論、全部設定考えた作者たる俺は全部知ってますよ。何発目の砲弾が何処に当たり如何炸裂し何を吹き飛ばしたのか。とか。が、扶桑達はそうもいきません。
三式弾の猛攻で対空機銃や高角砲が破損、誘爆した機銃弾が火種をあちこちにばら撒いてくれたおかげで火災は起きたが、目的の物が壊れたのかどうか判らない。そして仮に壊れたとしても、壊し切れたのかどうかも解らない。
中途半端な損傷で満足して、攻撃止めた途端に部品交換済まされて五分で復旧されました、とかじゃあ話にならないので。
敵も熟練戦艦ですし。

この敵戦艦の設定は、仮にゲームに登場するなら、戦艦ル級改二フラッグシップレベル50ってところでしょうか。
扶桑達が知るわけないですが、コイツ等はアデン湾突破海戦やイエメン解放作戦で伊仏独英などの合同艦隊と艦隊決戦やって生き残った戦艦という裏設定も有ります。
また、日本艦隊と戦うのもこれが初めてではありません。早い話が、場数踏んで慣れてます。
異様な練度の高さ、も、日本で終戦間際の雪風や初霜がやたら操艦が上手いのと似たようなもんと考えて貰えば良いかと。

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