特殊船団護送艦隊 船団護衛戦記 第四次北インド洋海戦   作:かませ犬XVI

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第十話 突撃開始

 この広大なインド洋の中で、敵艦隊がインドネシア沿岸五百キロを航行してくれた事は、船団護送艦隊にとっては追い風であった。

 インド洋という大海原の真っ只中で行う海戦に比べ、陸地から比較的近い関係上、陸上基地から発進して来る航空機部隊の援護を受けられる。おかげで、海自の対潜哨戒機が二機、入れ替わり立ち替わり敵艦隊に張り付き、その甲斐あって敵巡洋艦隊の動向はこちらに筒抜けだった。

 また、対空砲の射程外から目一杯拡大して撮ったらしい航空写真の解析から、敵艦隊の陣容も、その数も、正確に船団のもとへと報告されて来た。

 敵艦隊の総数は、十六隻。主力となる重巡リ級が十隻と、その周囲を固める軽巡ト級が六隻で構成されている。空母はおらず、航空戦力は各艦が僅かに搭載する水上偵察機のみ。速度は変わらず約三十五ノット。陣形は輪形陣。三複縦陣で進むリ級の部隊を、ト級が取り囲む形である。脇目も振らず一直線に北上を続けており、敵は現在グレート海峡の西を航行している。敵の目標はやはり、船団の予定航路であるテンディグリー海峡の封鎖であると思われた。

 なお、哨戒機の迎撃にト級から発艦してきた機銃持ちの水上偵察機が厄介な存在であったが、こちらはインドネシア空軍が援護に回してくれたスホーイSu-27戦闘機の活躍もあり、撃墜されたらしい。

 偵察と併せて、哨戒機の位置通報と誘導のもと、爆装した陸上戦闘爆撃機部隊がシンガポールやマレーシア、インドネシアの各地から集まって来てくれているが、それだけで十六隻もの巡洋艦を全て撃退するのは不可能な話であろう。基地司令部は、爆弾投下後、再度基地にて爆装して再攻撃してくれる事を約束してくれたが、その効果も正直あまり期待は出来ない。基地に帰り再び爆装して飛んで来てくれるまでに、最低二時間は掛かる事が予想される上、これから夜である。必死に回避機動をする高速の巡洋艦を相手に、夜間航空攻撃でどれだけの命中率を確保出来るのか。いくら今夜の天気が晴れであろうと、昼間のごとく上手くいくとは思えない。従って、戦果を期待出来る爆撃は、今まさに飛んで来ている一回目、そして、ギリギリ日没までに間に合いそうな近場であるインドネシアから飛んで来る第二回目の攻撃のみだった。

 

 船団護送艦隊本隊は、大淀の命令通り、大和と、大淀自身を含む、船団に居る全巡洋艦を船団前方に展開。包囲、または防衛線の迂回を目論む敵の機動を阻止するべく、単横陣を敷いて戦力を広く展開。刺し違えてでも敵を止めろという意味の死守命令と共に、海峡封鎖後、そのまま突撃を仕掛けて来るであろう敵艦隊への迎撃の構えを取っていた。

 その南方、扶桑達分離艦隊は、南から球磨と若葉率いる第三特殊船団護衛艦隊、扶桑達第四特殊護衛隊、そして祥鳳達の第七特殊航空隊の三列に分かれ、依然敵戦艦の居る南方を警戒。艦隊決戦の時に備えた。

 更に、テンディグリー海峡近辺で哨戒をしていた神通率いる在シンガポール艦隊も、敵の出現に合わせて西進。船団の突破を支援するべく、交戦の構えに入った。

 これで、付近に展開、または出来そうな友軍は、全てが動き出した事になる。ここまでして、敵を止められないのは赦されなかった。

 

 

 日が次第に沈み行き、段々と東の空が暗くなる。既に、推定日没時刻まで二時間を切っており、通常であれば、空母ももうそろそろ航空機の発艦を控えようという頃合いである。だが、敵艦隊が二つも迫り、決戦の時が近付く今、そんな悠長な事は言っていられない。敵空母からの戦闘機部隊も相変わらず空を舞い、こちらの飛ばす烈風部隊と小競り合いを繰り返す。偵察機の飛ばし合いも相変わらずであり、先程もこちらの彩雲目掛けて接近を図って来た敵戦闘機を、烈風が追い返したばかりだった。

 とはいえ、扶桑達迎撃艦隊の面々は、そんな状況を苛立つ事無く静観するにとどまっていた。

 やはり、敵の昼間の動きは、昼の戦いを不利だと見た敵の時間稼ぎだった。日没まで、もう時間が無い。今から接近し始めても、砲戦が始まるのは夜が更けた後である。そんな時になって、敵戦艦部隊が僅かに転進したのだ。無論、扶桑達の方へと接近するように。

 この後に及んで、敵が逃げる事はもうないだろう。敵は明らかに、砲戦の意思を見せて来ている。別働隊である巡洋艦隊での突撃の他にも、戦艦で扶桑達を力付くで突破し、船団の横っ腹に殴り込む事も諦めてはいなかったようだ。

 敵のこの動向を聞いた時、扶桑達は素直に喜んだ。望む所である。敵が砲戦する気が有るのか無いのか判らなかった以上、扶桑達はどの道この戦艦部隊を放置するわけにはいかなかった。ならば、いたずらに時間を稼がれ大和達に負担を掛け続けるぐらいなら、最初から真正面から殴り合い、決着をつけたかった。

 

 まだ、水平線に敵の姿は見えない。しかし、夜間飛行を覚悟の上で飛び続けている彩雲達によれば、敵との距離は大凡八十キロ。既に二十キロを詰められている。今はまだ太陽の見える西の空に日が沈み、あたり一面に夜の帳が降りたその前後。その頃合いに、接触して来るだろう。

 こちらは、とうの昔に砲戦の用意は終えている。付近の海域の天気予報も知らされ、気温も、風の流れも、潮の流れまで既に分かっている。後は、実際に主砲を撃ちながら細かな調整をするだけだった。

 まず狙うは、敵艦の上部にあり、装甲化されていないレーダーや射撃管制装置。それらを三式弾で薙ぎ払い、戦闘能力を低下させた後に、敵のヴァイタルパートを徹甲弾で撃ち抜きに掛かる。これが、扶桑達の立てた戦術だった。

 これまでの交戦経験から、敵戦艦の装備する主砲の口径が殆ど十六インチである事は解っている。そして、それ相応の装甲を持っている事も。主砲の大きさで負け、攻撃力も、射程距離も負けている以上、こちらは戦法で勝つしかなかった。

 

 

 インド洋 ベンガル湾東部 特殊船団護送艦隊本隊南南東百キロ アンダマン・ニコバル諸島まで、残り百九十キロ地点 戦艦扶桑艦橋

 

 現在時刻、午後十時六分。日が沈み、欠けた月の昇るインド洋の端の海原。天気予報通り、晴れた空に雲は少なく、夜空から降り注ぐ月明かりと星明かりが辺りを優しく照らし出す。そんな幻想的な雰囲気の中、扶桑と山城は主砲を全門右へと向け、砲戦を始めるその時を待ち侘びていた。

 既に、空の戦いは激化の一途を辿っている。大鷹達から送られて来た増援の烈風達を始め、飛ばせる限りの戦闘機を夜空に上げた祥鳳達が、僅か五十キロ彼方という超至近距離の敵空母から飛来し、突っ込んで来る敵戦闘機部隊と激しい航空戦を繰り広げている。

 祥鳳が言うには、飛んで来る敵編隊に爆撃機と攻撃機の姿は無く、また戦闘機が爆装している様子も無い。これは何かを仕掛ける前のファイタースイープだと思われ、何かを企んでいる可能性が大との事だが、最早扶桑達にはどうしようもない。出来るとすれば、一刻も早く敵の戦艦を無力化し、敵の企みそのものを無意味にする事ぐらいだろうか。

 因みに、空がこの状況であるため、扶桑達が一応搭載して来た水上偵察機は発艦する予定が無い。そもそも、敵艦隊上空の直衛が厚く、水上機はおろか彩雲ですらが近付けていないのだ。そんな状態で飛ばしたところで、即刻撃墜されるのは目に見えている。とはいえ、これは敵に空母が随伴している時点で最初から予想出来ていた事でもある。水上機に弾着観測などして貰わなくとも戦える。少なくとも、日本海で行った実戦形式の戦闘訓練に於いて、双方に空母が居る状態で満足に水上機を飛ばせた試しなど無い。最早最初から諦めて切り捨てていた。

 

「敵戦艦、さらに接近。距離、四万」

 

 烈風隊の後ろに隠れながらも敵の様子を窺い続ける彩雲から、敵との距離が知らされる。

 四万メートル。キロメートルになおすと四十キロ。扶桑達の主砲の最大射程は三万五千そこそこなため、あと五千メートル程で最大射程には入る事となる。尤も、今は夜。いくら月夜で明るいといっても、昼の様にはいかない。また、最大射程ギリギリでの発砲など、昼ですら殆ど命中は期待出来ない。実際には、三万程まで引き付けてから口火を切るつもりだった。

 

「敵駆逐艦隊、分離増速! こちらに向けて進路を変更、単縦陣で突っ込んで来ます!」

「若葉、了解。第三特殊船団護衛艦隊全艦に通達。迎撃に入るぞ。扶桑達の邪魔はさせるな。射点に着く前に潰す」

「こちら球磨。先導は任せるくま」

「有り難い」

 

 艦隊無線から、仲間達の会話が聞こえる。敵の駆逐艦隊が分離増速。いよいよ以て仕掛けて来た事を受け、こちらも同様に迎撃へと出発していく。

 ちらと様子を窺えば、急速に面舵を切り、球磨を先頭に右に増速回頭していく若葉達五隻の姿が窺える。恐らく、こんなに早く突撃を開始した以上、扶桑達が敵戦艦との本格的な砲戦を始めるよりも前に、敵駆逐艦隊との壮絶な近接乱打戦を始めてしまうだろう。その戦闘の帰結次第によっては、扶桑達の砲戦に支障が出る可能性も否定は出来ない。

 彼女達には、負担を掛ける。だが、援護は出来ない。敵の戦艦は、生易しい存在ではない。副砲も含めて全力で掛からねば、水底に沈むのはこちらになってしまうかも知れぬのだ。

 だから、これから起こるであろう水雷戦隊同士の対決は、彼女達だけで何とかして貰わなければならなかった。敵の戦艦を仕留めた後、余力が残ってさえいれば、扶桑達も援護には向かう。それまで、耐え抜いて貰わねばならなかった。敵の撃滅をしろとは言わない。撃退しろとも言わない。勝てずとも良い。ただし、負けて突破される事さえしなければ。扶桑達が敵の戦艦を仕留め終えるその時まで、何とか時間を稼いで欲しかった。

 

「敵駆逐艦隊先頭に、巡洋艦を確認」

「うん? やっぱり居たくま?」

「球磨、巡洋艦は頼む」

「任せるくま。球磨を甘く見ないでほしいくま」

 

 彩雲が敵駆逐艦隊の陣形を報告し、それを聞いた球磨と若葉が言葉を交わす。球磨の余裕を窺わせるような頼もしい台詞に、聞いているこちらの口元が少し緩む。

 だが実際には、そんな余裕など有りはしない。北上達他の巡洋艦を全て本隊に帰してしまったその時点で、最初から不利である事を受け入れているのだ。

 敵の陣容は、戦艦ル級二隻、空母ヲ級一隻、軽巡ホ級一隻、そして駆逐ニ級八隻。敵軽巡が一隻のみだった事は数少ない良い知らせだが、とはいえ敵の駆逐艦隊が総て纏まって突っ込んで来ているのならば、球磨達はやはり数的不利にある。

 戦艦としての誇りにかけて、敵の戦艦は扶桑達だけで何とかする。そのため、彼女達の艦載魚雷は敵護衛部隊を相手に総て使い切って構わない事になっているが、それを含めてどこまで暴れられるか。彼女達の腕を信じるしかなかった。




Q大淀まで前線に立って交戦の構えをしてるのに睦月型駆逐艦は十二隻も何処で何しよるん?
A彼女達が損傷すると船団の対潜能力が激減するので温存してあります。今も船団周囲で対潜警戒中です。
 ついでに言えば艦隊決戦能力が大幅に下がってるので正直対艦戦闘能力は使い物になりません。


睦月型対潜駆逐艦
 睦月型駆逐艦を船団護衛用に大改造したもの。自分たち以外にも巡洋艦と空母が護衛に居るのが前提で、対潜対空を重視しており、魚雷を全廃。対艦能力を棄て、対空ハリネズミにしてある。
 なお、船底のソナー類も現代知識と技術を活かしてあの手この手で増改築されており、現状、海自艦娘部隊最強の対潜部隊である。
 特殊船団護送艦隊旗艦の大淀直属。
  主砲 10cm連装高角砲二基四門 魚雷発射管無し 40mm単装対空機関砲四基四門 25mm単装対空機関砲十八基十八門 54式対潜弾投射器二基

初春型護衛駆逐艦
 初春型駆逐艦を船団護衛用に改造したもの。睦月型駆逐艦よりかなり後に船団護送艦隊に編入された事もあり、艦隊決戦についても一応頭に入れて魚雷発射管を残している。
 但し重視してある能力は睦月型同様対潜対空であり、対艦能力は同伴している前提の巡洋艦任せな面が強め。ソナー類は睦月型同様にマシマシ。
 特殊船団護送艦隊旗艦の大淀直属。
  主砲 10cm連装高角砲二基四門 五連装61cm魚雷発射管一基五門 予備魚雷五本 40mm単装対空機関砲四基四門、25mm単装対空機関砲十八基十八門 54式対潜弾投射器二基

大淀型艦隊指揮艦
 特殊船団護送艦隊の旗艦として指揮専門艦の役割を担う。空母の随伴が確定事項であるため、索敵等の航空任務はそちらに任せ、本来の水上機運用能力は全廃。
 かつて同様に水上機格納庫を艦隊司令所に改装してあり、ここから船団所属艦及び付近の友軍総てへの指示が送られる。また艦後方、本来大型カタパルトがあった位置には通信用大型アンテナが設置してある。
 特殊船団護送艦隊旗艦。海上自衛隊特殊自衛艦隊司令官直隷。
  主砲 15.5cm三連装砲二基六門 副砲 10cm連装高角砲四基八門 40mm単装対空機関砲八基八門 25mm単装対空機関砲三十五基三十五門

40mm単装対空機関砲
 ボフォース40mm機関砲。五式四十粍高射機関砲として、二次大戦時代の日本でも鹵獲品をコピーして使用。主砲級の大型高角砲と25mm対空機銃の間を埋める中間対空砲である。
 傑作対空砲として二次大戦で広く使用された、史実が実力を証明する兵器。旧式のL/60型を使用。


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