高校教師になったらToLoveるな毎日を過ごすことになりました。   作:くるぶし戦線

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5話 担任

 朝の記憶を頼りにテニスコートの方へ向かうと、自動販売機が並んでいるのが見えた。小銭を入れ、適当にボタンを押す。出てきたスポーツドリンクを飲みながら、テニスコートの方に目を向けると、女子生徒たちがまだ練習をしていた。

 朝来た時からやってたから……大体3時間くらいか。こんな暑い中よく頑張るなぁ…。

練習しているところをぼんやりと見ていると、

「あっ!!」

と高い声が聞こえてきた。どうやら打ち損ねてしまったようだ。テニスコート周りの出入り口を出たボールは俺の足元に転がってきた。

 

「すいませーん!大丈夫ですか!?」

すぐにテニスウェアを着た生徒たちが2人走ってくる。

「大丈夫だよ、…ほら」

「あ、ありがとうございまーす……あれ?」

ボールを女子生徒の足元に転がし返す。受け取った茶髪の彼女はお礼を言った後、俺の顔を見て、不思議そうに首を傾げた。

「ねぇ、春菜。あんな先生いたっけ?」

春菜、と呼ばれた後ろの子も俺の顔をちらっと見て

「さぁ…?」

と首を傾げた。これは、名前を知ってもらういい機会かもしれない。どうせ、4月になったら生徒に覚えてもらわないといけないし。

「いや、実は4月からここで働くことになってるんだ」

「えっ!そうなんですか?」

「へー、結構かっこいいじゃん♪先生、名前は?何の教科の先生なの?」

少し警戒していた様子の2人も、俺が教師であるとわかると途端に興味がわいたのか質問を返してきた。

 

「おーい!里紗ぁ、春菜ぁ!なにしてるのー?」

そこにもう一人眼鏡をかけた女の子が走ってきた。同じテニス部の子のようだ。

「あっ!未央、あのね、この人新しい先生なんだって!」

「へぇ!そうなんだぁ!…じゃなくて、先生が集合だって!みんな集まってるよ!」

「げ!やば……じゃあ、先生また今度いろいろ教えてね!」

茶髪の子はそう言ってテニスコートのほうへ走っていく。ショートカットのおとなしそうな子の方も俺にぺこりとお辞儀をすると茶髪の子にならってテニスコートのほうに戻っていた。自販機の前には再び俺だけが残された。名前言えなかったな……。まぁ機会なんていくらでもあるだろ。また今度会えたら言おうっと。

 俺はそう決めると、スポーツドリンクの残りを飲みほし、彩南高校を後にした。それにしても、あんなに不味いスポーツドリンクが売ってあるとは…。恐るべし彩南高校。

 

2日後、国枝先生に言われた通りに出勤し、職員室のドアを開けるとすでにたくさんの先生が仕事をしていた。みんなの顔が一斉に俺に向く。

 

「初めまして、後藤大輔です。4月からお世話になります。よろしくお願いします!」

 そう言って頭を下げると、パラパラと拍手がおこった。そしていかつい感じの年輩の先生が話しかけてくる。

「君が後藤先生か。俺は生徒指導課の吉田。話は国枝先生から聞いてるから。新卒で緊張することも多いだろうけど、うちは若い先生も多いから早く馴染めるといいな、ガハハハハ」

そう言って豪快に俺の肩を叩く。国枝先生…言ってくれてたんだ。周りの拍手をしてくれてる先生方の中から国枝先生を探す。……いた。椅子に座りながらパラパラと手を叩いている。視線は完全にパソコンに向いているが……。

吉田先生やその周りの先生達に頭を下げながら、国枝先生の席に向かう。

「く、国枝先生!」

「…なんでしょうか」

「あ、あの、なんか俺のこと言ってくださってたみたいでありがとうございます!」

そう言って、頭を下げると

「…君のことを校長から任されてますから…当然のことをしただけです」

国枝先生は俺から顔を背け、ぼそぼそとした声でそう答えた。……まだまだ仲良くなるのは難しそうだ。

「じゃあそろそろ会議を始めたいんですが」

教頭先生らしい中年の先生の一言で、みんなぞろぞろと席に戻っていく。俺の席ってもうあるんだろうか?そう思いチラッと国枝先生の方を見ると、

「君の席はここですから…」

俺の視線に気づいてくれた国枝先生が真新しいデスクを指さした。国枝先生の隣の席を。

「あ、ありがとうございます…」

いや、席があるのは凄く嬉しいんだけど……国枝先生はいいんだろうか?俺が隣で。好かれてはないけど大事にはしてくれてるのかな…と俺は勝手に思っておくことにした。

 

「では、そろそろ春休みの定例会議を始めたいと思います」

大体の先生が席に座ったのを見た教頭先生の一言で会議は始まった。

内容は、春休み中の生徒指導、入学式前の打ち合わせの日程など、あまり新任の俺が参加できそうな内容ではなかった。どうして国枝先生は今日来るように言ったんだろうか…?会議の日は先生が集まるから、俺が挨拶できるようにとか……?

そんな俺の疑問は割とすぐ解決することになる。

 

「えーっと、では今日の本題のクラス担任を決めたいと思います。今年は転出された先生が多いので学年団を3年以外は組織し直しということで行きたいと思います。まずは1年A組から…」

次々とクラスと担任をすることになったらしい先生の名前が呼ばれていく。ある程度は春休みになる前から決まっていたんだろう。まぁ新任の俺に回ってくる役ではないだろうな…。そんなことを考えながら、教頭先生の発表を聞き流す。

「えー、次は2年の担任を…まずは…あぁ、2年A組が決まってないんですね…」

途端に職員室に重い空気が流れる。何か決まらない理由があるんだろうか…?

「B組は国枝先生、C組は花村先生ということなんですけど…どうしましょうか?」

そう尋ねる教頭先生だが誰も目を合わせようとしない。

「皆さんA組は敬遠されてるみたいですけど…何かあるんですか…?」

不思議に思い、隣の国枝先生に小声で尋ねる。

「あぁ…少し生徒のことで問題があるんです……ふむ…」

そう小声で答える国枝先生の目が俺を見てキラリと光った気がした。そしてそのまま腕を真っ直ぐ上げる。

「教頭先生」

「ん?国枝先生、何か考えが?」

「はい、2‐Aですが後藤先生に担任していただいてはどうかと」

「!?本気ですか…?」

途端に職員室全体がざわつく。俺は国枝先生の言っている意味がわからなかった。ゴトウセンセイニタンニン……?担任ってなんだっけ?

しばらくしてやっと頭が正常運転しだした俺はおもわず立ち上がって叫ぶ。

「く、国枝先生!無理ですって!」

「?どうしてですか…?」

「どうしてって…2‐Aは問題があると国枝先生が…!」

「あぁ、あれは嘘です。大丈夫、2‐Aには何の問題もありません」

「いや、それならこんな雰囲気にならないでしょう!?」

2‐Aには何の問題もないと聞いて一斉に顔を伏せる先生方。とても問題がないようには思えない。

「しかしですね…新任の後藤先生に担任は…」

「もし、荷が思いようなら後で副担任を付ければいいのでは?骨川先生も近いうちに復帰できるとのことですし」

「それはそうですが…」

「それなら誰か他の先生が担当してくださるのでしょうか…?」

国枝先生の言葉に再び静かになる職員室。……はぁ、俺に決まりそうだな。

「うーん…」

「教頭先生」

腕を組んで悩む教頭先生に声をかける。

「?なんですか後藤先生?」

「あの…もし、自分に担任をやらせていただけるなら…精一杯頑張ります」

俺の答えが意外だったのか驚いて俺を見つめる教頭先生。いろいろ心配だけど、国枝先生が俺を推してくれるのには、何か理由があるんだろう。それに教師になるのが夢だったくせに担任を嫌がっていたら、俺を教師にさせてくれた近藤さんや校長にも失礼な気がする。

だから…。

 

「ですから…僕にやらせていただけないでしょうか?」

 

結局、はっきりとした反対意見は出ず、俺は2‐Aを担任するということになった。みんな自分が担任を避けることで精一杯だったんだろう。そこまで避けられる2‐A…。物凄く不安だが、もう後戻りはできない。苦しいようなら途中で副担任も入れてもらえるらしいし…。

 

「後藤先生…」

会議が終わり先生方が部活を見に行ったり、各々の仕事をし始めたころ、俺は国枝先生に話しかけられた。

「?何でしょうか」

「あの…相談もせずに推薦してしまってすみませんでした…」

そう言って頭を下げる国枝先生。

「あぁ、確かにびっくりしましたが何か国枝先生の考えがあったんでしょう?」

「それは…そうですが」

「なら、僕はそれを信じただけです」

俺はそう言って、国枝先生に笑いかける。国枝先生とは出会ってまだ日が浅いし、仲良くはないけど…。この人が俺にとってめちゃくちゃ不利なことはしない気がする。なんとなくだけど…。

「そうですか……一緒に頑張りましょう…」

国枝先生もそう言ってぎこちなく、ぎこちなくだが笑い返してくれた。

「おぉ…」

「なんですか?」

「いえ、なんでもないです」

口が裂けても「国枝先生も笑ったりするんですね」なんて言えない。そんなことすれば2度と俺に対して笑ってくれない気がする。

「そうですか……担任になったからには始業式までに沢山仕事がありますから毎日出勤してくださいね」

「はい!毎に…え?毎日ですか?」

「もちろん。後藤先生はもう彩南高校の職員ですから…」

「……わかりました…」

毎日出勤という言葉に、頭痛を覚えながらもやっと国枝先生と少し打ち解けられた気がして俺は明日からが楽しみだと感じていた。


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