高校教師になったらToLoveるな毎日を過ごすことになりました。 作:くるぶし戦線
2月のある晴れた朝のことだった。
俺は駅までの道を全力で走っていた。リクルートスーツを着た学生が全力で走っている姿は誰が見ても変だろうが、人の目を気にするなんて余裕、その時の俺にはなかった。寝坊して面接に遅れそうだったからだ。
教員採用試験に落ち、もう来月には卒業だというのにまだ就職先が決まっていなかった俺はがけっぷちに立たされていた。そんな中、神様が授けてくれた隣町の一般企業が新規採用を行っているというチャンス、俺は絶対に逃すわけにはいかなかった。
それなのに……。
当日、目覚まし時計が奇跡的なタイミングで昇天(電池切れ)し、俺はさらなるがけっぷちへと立たされている。ちくしょう!目覚まししか確認せずに
「わーい、まだ朝の5時だー。こんな清々しい朝は散歩にでも出かけようかな~」
とか言っていた朝8時時点の俺をしばき倒したいところだが、あいにく俺にタイムスリップは出来ない。だからこうやって駅までの道を走っているのだ。
頼む神様、せめて、せめて面接は受けさせてぇ!
「はぁ……はぁ……なんとか間に合った……」
5分後、俺は駅のホームに立っていた。良かった…正直絶対間に合わないと思った。まさか普段なら20分はかかる道を5分ちょっとで来れるなんて……。神様ありがとう。そして俺の両足、ありがとう。
間もなくホームに入ってきた電車に乗り込む。行き先が違う電車に乗るとかいう初歩的なミスはしない。こちとら周りの友人たちが次々と車やバイクを買っていく中、最後まで徒歩と電車という地球にやさしいスタイルを大学4年間貫いたんや!……まあ、地球に優しいっていうより財布に優しかったからなんだけどね。ほら、俺の財布は万年氷河期だから。
電車の中で、身なりを直しながら、昨日考えた面接の受け答えを頭の中で繰り返す。えっと、好きな偉人はアウストラロピテクス、好きな土器は縄文土器で、好きなタイプは澤○希と……。いや、ちょっと狙い過ぎか……いやでも正直に好きなタイプが佐々○希とか言ったら引かれないだろうか。いやでも澤でいって入社後に澤似の女の子とか紹介されたらどうしよう……。
そうこうしているうちに隣町に電車が到着した。ここ、彩南町は俺の住んでいる街よりだいぶ発展していて、今みたいな通勤ラッシュを少し過ぎたような時間でも、多くの人がホームで電車を待っていた。俺は朝の全力疾走でほとんどのHPを削られ、大きめのおばちゃんに押しのけられる形で電車を降りた。疲れた……もう帰って寝たい……。
いや、面接行かないと駄目だろ!俺は自分で自分の頬をはたく。
ただでさえがけっぷちなのにこの採用試験まで落ちたら、もうほんとに後がないから。2時間ドラマの1時間40分くらいで船越○一郎に追いつめられる犯人並みのがけっぷちっぷりだから。
改札をくぐり、バスターミナルへと下りる。ここから目的地の会社が入るビルまで行けるバスが発車するのだ。バス乗り場にはまだバスは来ていないようで、何人かの人が並んで待っていた。腕時計を確認すると面接開始まであと30分。次に来るバスに乗ればぎりぎり間に合う計算になる。
「何とか間に合いそうだな……」
自然と安堵のため息がこぼれる。
「ん?」
俺の独り言が聞こえたのか前に居たお爺さんがくるっとこちらを向いた。70歳くらいだろうか。背筋こそ曲がり杖をついているが、スーツを着たそのお爺さんにはどこか独特の雰囲気が漂っていた。
「なんじゃ、学生さんか?」
俺のリクルートスーツを見てそう思ったのだろう。お爺さんがニヤニヤと笑いながら訊ねてくる。
「はい、大学生っす」
「そうかそうか、今日は面接かの?」
「そうなんですよ。というかよくわかりましたね」
「君のそのカッコとさっきから時計を何度も見たり、目をつぶって考え事をしているようなしぐさでな。まぁ簡単な推理じゃわい」
なにこのお爺さん。コ○ン君なの?黒ずくめの組織の怪しい薬でよぼよぼにされたの?
「見た目は老人。頭脳は大人」とかいう若々しさを全面にだした売り込みをしてるの?
俺が驚いているとお爺さんはフォフォフォとバルタン星人のような笑い声をあげ、
「まぁ、頑張りなさい。応援してるよ」
と肩を叩いてくれた。
「はい!ありがとうございます!」
そうしているうちにバスが来た。俺たちの列の少し先で止まり、プシューという音とともにドアが開く。そして列に並んでいた人たちが次々と乗り込んでいく。
「来たみたいですね」
「……」
声をかけるが、お爺さんは前を向いたまま返事がない。あれ?何?私とはバスが来るまでの付き合いだったの?そんなの酷いじゃない!
とまあ軽く落ち込んだ俺だったが、すぐにお爺さんの様子がおかしいことに気が付いた。
もうお爺さんより前に並んでいた人はみんな乗り込んだのに前に進もうとしない。ずっと少し前かがみで立ち止まったままだ。どしたんだろう、もしかして息子さんがお立ちになってるのかな……いやいや中学生じゃないんだから……。
「お爺さん?」
「う、うぅ……」
心配になり、お爺さんの肩に手を当てる。するとお爺さんは小さくうめき声をあげ、その場に倒れこんでしまった。両手は胸のあたりに当てられ、顔色もものすごく悪い。
これは……誰かが病院に連れてかないと……!!俺は周りを見渡す。みんな突然倒れこんだお爺さんを心配そうに見ているが誰もお爺さんには近づこうとしない。俺がお爺さんの連れだと思われているのか、関わるのが嫌なだけなのかわからないが……。
俺しかいないか……。
だが、お爺さんを病院に連れていけば確実に面接には間に合わないだろう。どうする。駅員さんを呼んでくるか?いや、でも……。
「お客さん、乗らないの?」
バスの運転手のおっちゃんが声をかけてくる。
「い、痛い……」
お爺さんが苦しげにうめくその声をきいたとき、俺の中で答えは決まった。煩わしそうにこちらを見てくる運転手のおっちゃんに声を返す。
「運転手さん」
「ここから一番近い病院ってどこですか?」
「…意外と駅から近くてよかったな……」
俺は長椅子に腰掛け、はぁと息を吐く。
現在時刻は午前11時30分。そしてここは駅から徒歩3分の場所に位置する総合病院だ。
あの後、運転手さんから最寄りの病院を聞いた俺はお爺さんをおぶり、病院へと走った。
現在、このドアの向こうでお爺さんは治療を受けている。幸い手術を受けなければならないというほどではないらしい。点滴を打って回復すれば、今日中にでも退院できるとのことだ。
それで、俺が何をしているのかというと……かれこれ30分スマホの画面を見つめていた。
病院についてすぐに面接を受ける予定だった会社へ電話を入れた。すると、帰ってきた答えは「とりあえず用事が終わり次第来なさい」とのことだった。もしかして特別に面接をしてくれるとか……そんなわけないよなぁ。怒られて終わりだろう。でも行かないのは社会人としてマナー違反だし……このように電話を切った後ずっと、スマホの通話履歴を見ながら悩んでいるのだった。
あぁ、やっぱり行くのが正解だったのかな……?でも、もしあの時お爺さんを置いてバスに乗ってたら……後悔しただろうなぁ。自分の選択には後悔してない。だが、この後のことを考えると、ただひたすら気が重いのだった。
1時を少し過ぎたくらいにお爺さんは治療室から出てきた。看護婦さんが一応横についているが、お爺さんは自分で歩けるくらいに回復していた。
「あ、大丈夫ですか?歩けるみたいで良かったですね」
俺が声をかけるとお爺さんはバツが悪そうな顔で俯き頭を下げてきた。
「すまんかったな……儂のせいで面接……行きそびれてしまったな」
「ちょ!?頭を上げてください!!俺がしたかったからしただけなんで気にしなくて大丈夫ですよ」
「本当にすまんかった……」
俺は頭を下げるお爺さんに慌てて頭を上げるよう言うが、お爺さんは腰を曲げたままだった。まいったな……お年寄りに頭を下げさせるような趣味は持ち合わせてないんだけどな……。俺がどうしたものかと悩んでいると、お爺さんが俺を見上げるようにして呟くように言った。
「それで…もう会社のほうには連絡したのかの……?」
「いや、連絡はしたんですけど……直接来いって……」
お爺さんに痛いところを突かれ、俺は頭をかきながら、苦笑いを浮かべた。
「そうか……なんていう会社なんじゃ?」
「?……○×エレクトロニクスってとこですけど……?」
なんで、そんなことが知りたいんだろうか?と疑問に思いながら答えると
「○×エレクトロニクスって……あの○×電工のことかの!?」
お爺さんが驚いたように訊き返してきた。あー、なんか何年か前まではそんな名前だったってパンフレットに乗ってた気がするな……。
「多分、そうだと思いますけど……ご存じなんですか?」
俺がそう、尋ねるとおじいさんはさっきまでの青ざめた顔から一転、
「青年、着いてきなさい。今度は儂が助ける番じゃ」
よニヒルな笑みを浮かべながら言った。
「さあ行くぞ!」
「行くって……○×エレクトロニクスにですか!?」
「そうじゃ!」
「ちょっと待ってください。まだ怒られるための心の準備が…あとバスの時間も調べないと…」
「そんなもんタクシーで行くぞ!若いうちから見栄張ってでも贅沢せんと、年取ってから楽しくないぞ!」
いや、この人、俺との出会いがバス停だったこと忘れてるんじゃないかな?
「タクシー!!」
お爺さんが病院を出て、片腕を上げるとすぐに目の前にタクシーが止まった。
お爺さんは素早くドアを開け、タクシーに乗り込むと、威勢よく運転手に告げる。
「運転手さん!○×エリクト……エレクトン……○×エキゾチックジャパンまで頼む!!」
「いや、全然違うんですけど。そっちにGOするつもりは全くないんですけど」
「そうじゃった。○×電工まで頼む!!」
「わ、わかりました」
なんとか運転手さんに行き先をつげ、タクシーは走りだし……かけたところで看護婦さんが慌てて走ってきた。
「金次郎さん!治療費のお支払がまだですぅ!!」
「おっと、忘れておった。すまん、5分ほど待っといてくれるかの」
お爺さんはそういうと看護婦さんに連れられて病院に戻っていった。
大丈夫なのこのお爺さん……なんかだんだん高○純次に見えてきたんだけど……。
タクシーの運転手さんがやくざに絡まれた話がクライマックスを迎えようとしたところでお爺さんは帰ってきた。タイミング悪すぎるって!!捕えられた運転手さんの奥さんと娘さんはその後どうなったの!!?教えてよ運転手さん!!
「それじゃ行くかの!!」
お爺さんの元気な声とともにタクシーは○×エレクトロニクスへ向けて走り出した。
すいません。あと2話くらいおっさんしか出てきません。