【GE作者合同投稿企画】アニメ化ですよ、神喰さん!   作:GE二次作者一同

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題名・作者名:黄昏に染まる世界の中で・白いカラス天狗

投稿作品名:GE初参加

登場キャラ:防衛班

ジャンル:シリアス、残酷な描写


黄昏に染まる世界の中で (作:白いカラス天狗)

 

 神機使いとは、壁である。

 アラガミから街を、人を、希望を守るための防壁なのだ。どんなに敵が強かろうと多かろうと、決して崩れてはならない、敗北は許されない。少なくともこの部隊ではゴッドイーターとはそういうものだと認識されている。いや、『そうあるべき』だと求められているのかもしれない。

 

 街を囲んで守るのは外壁、そして侵入したアラガミから人々を守る内壁こそが自分たち『防衛班』であるのだから。

 

 

 

 

 それなのに何故、自分はこんなところにいるのだろうかと一人の神機使いは自問する。見渡す限りに広がる廃墟、荒廃した旧市街地であった。ここは防衛班がいるべきところではない。

 

 

「…………貧乏くじ引いた」

 

 

 尋常ならざる脚力で家々の屋根を荒々しく跳ぶ。

 巨大な刃と銃を合わせたような武器を担いで、軽々と数メートルはありそうな距離を跳び越える。それは人間ではありえない動きだった。だがこの人間なら可能である、オラクル細胞が大抵の無理をやり通すのだから。

 

 

『ーーーー!!』

 

 

 背後から破滅的な存在が迫っていた。

 ギトギトの油をたぎらせたスクラップ寸前の機械のような、不快極まりない音が響く。物のような存在感、だが確かにそれは生物の『声』である。砂にまみれた廃墟を踏み潰しながら鋼鉄の巨体が近づいてきている。

 どうやら、あまり長くは逃げられなさそうだ。

 

 

『すでに第一部隊に救援を要請しました。ですが彼らは今、エイジス島での任務中です。到着までもう少しだけ持ちこたえてください!』

 

 

 無茶を言うな、と思う。

 耳に付けたイヤホンからは焦ったような女性の声が聴こえているが、焦りたいのはこっちの方だ。彼女が悪いのではない、自分の運がなかった。たかがオウガテイルやザイゴートの掃討任務で化け物に遭遇してしまったのだ。

 

 そう納得しようとするが舌打ちをせずにはいられない、楽なミッションが台無しである。しかもこれ以上逃げれば『コイツ』は外壁に到達してしまう、それもいただけない。

 

 

「もういい、ここで迎え撃つ」

『む、無茶ですっ。お一人では危険すぎます!!』

「やるしかない」

『駄目です、あなたとは相性が…………ジャックさん?』

 

 

 機械の不調ということで通信を切断する。

 オペレーターであるヒバリの声が砂嵐の向こうに消えた。ほぼ同時に神機が悲鳴のように警告を発した、オラクル細胞の繋がりを通して『死』の前兆を脳に直接伝えてくる。それに従ってシールドを展開しつつ、背後へと振り返る。瞬間、何もない空間を喰い破って炎の雨が降り注いだ。

 

 

「っ、このぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 視界が白に染まる。

 世界の中心が光で埋め尽くされたかのような、破滅的な爆炎と粉砕音。シールドを構える手が風圧に押され、踏ん張っていた両足が浮き上がりそうになる。時間にして数秒にも満たない、それなのに永遠に続くかのような爆発だった。

 

 ようやく収まった頃には皮膚と髪の焦げる匂いが充満していた。痛みはあるが自分の身体を見る限り、大したダメージは負っていないようで、ほっと胸を撫で下ろす。そして通信機のスイッチを一瞬だけオンにした。

 

 

「コード『knave(ジャック)』よりアナグラへ。ミッション変更を申請する。オウガテイル及びザイゴートの掃討から、より優先度の高い個体へと。そのアラガミは…………」

 

 

 小柄な神機使いを巨大な影が見下ろしていた。

 戦車のキャタピラが手足のように地面を踏みしめる。近づかれただけで、内に秘められた膨大な熱量が汗をじわじわと蒸発させる。そこにあるのは悪魔を模したような漆黒の外皮、身体中に備え付けられた殺人のための兵器たち。

 

 さっきのトマホーク攻撃もその一つなのだろう。辺り一面は焼き尽くされ草木一本残っていない。アレ一発でまだ腕が痺れているのに、あんな殺戮兵器を全身に備えているなど頭がどうかしている。オーバーキルにも程がある。ジャックは乾いた笑みを漏らしながら、その『接触禁忌種』と向かい合った。

 

 

「そのアラガミはテスカトリポカ、第二種接触禁忌種です。では皆さん、もし無事にアナグラに帰れたら何かおごってくださいね。…………多分死んだな、私」

 

 

 背中まで伸びた黒い髪、そして金色の瞳が揺らぐ。

 フード付きのフェンリル制服に身を包む小柄な少女、彼女こそ防衛班唯一の新型神機使い。『名無しのジャック』とあだ名される、極東支部新入りの少女であった。

 

 この戦いに勝ち目があるのかは分からない、そんなものは問題ではない。自分たちはゴッドイーターなのだから神を喰らい、人を護るのが仕事である。

 

 というのは建前で、ジャックには実のところ、どうでもいい。ただ向こうが殺しに来るから殺すだけ、そしてそれがお仕事だから成し遂げるだけ。

 

 

 

 どこまでも人間くさい回答が、この少女にとっての戦う理由である。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 数ヶ月前のこと。

 

 

「いやいや、あり得ねえよ。そんなショボい報酬の任務を受けたところで大赤字だ」

「だよなぁ、バッカバカしいぜ」

 

 

 フェンリル極東支部、またの名をアナグラ。

 自販機の隣にあるベンチに二人の神機使い達がふんぞり返っていた。艶のある金髪をした飄々とした青年と、どこか少年のような雰囲気を残した帽子の青年。防衛班所属のカレル・シュナイダーと小川シュンである。ケラケラと笑いながら、彼らは軽口を叩き合う。

 

 

「何の話をしてるのかな、儲かる任務なら私も混ぜてくれない?」

「おう、新入り」

「なんだ、名無しちゃんじゃねえか」

 

 

 少女へと笑いかける二人。

 彼らに話しかけてきたのは黒い髪を背中まで流し、どこか猫を思わせる金色の瞳をした少女だった。とても小柄な部類に入るようで、青年たちよりも大分背が低い。どこかミステリアスな雰囲気が、フード付きのフェンリル制服とよくマッチしている。

 

 

「金になる話じゃねえよ。民間の資源発掘会社からの依頼でな。外壁の外で資源を回収している間、アラガミから守って欲しいんだと」

「そんでまあ、肝心の報酬が『現物支給』ときてんだよ。アホみたいだろ、神機使いはそんなに安くねえっての」

「要はボランティアみたいなモンだ。これを成功させれば、それなりの人間が飯にありつけるわけだからな。孤児院の経営者がこの企業の社長らしいし。まあ、放っておいても物好きな第一部隊が引き受けるだろうが」

 

 

 アラガミ防壁の外で作業をするには、神機使いの護衛かスタングレネードの携帯が必要になる。資源があるような場所はアラガミが根城にしているような地帯しか残っていないのだ、そんな危険を犯してまで人間たちは限りある資源を回収しなければ、明日を生きられない。

 

 

「論外だね、それじゃあ私はこれにて失礼するよ」

「……意外だな、お前はこの手の任務に喜んで参加するかと思ったが。孤児院やらはお前と縁がありそうだしな」

「そーだよなぁ。お前もゴッドイーターになる前は資源漁って暮らしてたんだろ?」

 

「ここと同じだよ、お仕事だからそうしてただけ。それじゃあねー、お二人さん」

 

 

 ひらひらと手を振って自室に帰る。

 特に気にすることもなくカレルとシュンは会話を再開する。どこかチグハグな少女に小さな違和感を覚えながらも、それ以上の興味を持てない二人は踏み込むことをしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ…………ぐぅぅ、冗談じゃないよ」

 

 

 肉の焦げる匂いが鼻をつく。

 おそるおそる視線を下ろすと、左腕が素敵なバーベキューと化していた。真っ赤にただれた皮膚と吹き出す血はとてもジューシーに違いない。震える手で回復錠を飲み込む。するとオラクル細胞が補充され、そんな重傷さえもたちまちに再生していく。やれやれとジャックは遺跡に手をついた。

 

 ここは先程の廃墟からアナグラへと近づいた場所。フェンリルからは『贖罪の街』と呼ばれているところである。傷を負ったジャックはその教会に身を隠していた。

 

 

「痛っ、流石は並のゴッドイーターだと接触自体が禁じられる『禁忌種』だけはある。ここまで通常のクアドリガと次元が違うとは思わなかった」

 

 

 見ると神機の銃身にはヒビが入っている。

 テスカトリポカにやられたのだが、本当に悪夢のような火力だった。正面側面、そして背後へと全方位に放たれるミサイルに加えて、近づく者をミンチにする両腕のキャタピラが凶悪過ぎた。

 リンクエイドが望めない今、あんなものを真正直に相手していられない。だが、奇襲をかけようにも装甲が固すぎる。おまけに一度、こちらの場所を察知されると頭上にミサイルを『転送』してくるのだから手に負えない。

 

 

「空間を越えてくる意味が分からない。ユーフォーでも補食したんじゃないの、アイツは?」

 

 

 あんなものを正面から受けたら神機のタワーシールドでさえ焼け落ちる。まして、ノーマルのシールドで防ぐのは厳しいなんてものではない。ザラザラした床に手を付いてジャックは途方に暮れていた。

 

 ゴトンゴトンと、教会の外から獲物を探す化け物の足音が遠ざかっていくのが聞こえる。スタングレネードをばら撒いて何とか逃げ切れたらしい。悔しいが、あれは自分一人で倒せる相手ではない。まあ、時間は稼いだ。これで防壁に到着する前に第一部隊が間に合うだろう。ジャックは通信のスイッチを入れる。

 

 

「あーあー、こちら『knave(ジャック)』。ヒバリさん、聞こえてる?」

『じ、ジャックさんっ、ご無事ですか!?』

「なんとかね。それと時間は稼いだよ、これなら極東最強の部隊が到着するまでは持つでしょう。近くには外部居住区もないし、ここならアイツが暴れていても平気なはずだよね」

「あ…………それが救難信号が出ているんです。資源集めの民間企業がそのあたりで活動をしているらしく、小型のアラガミに囲まれて動けないとのことです」

 

 

 バカじゃないのか。

 恐らくこの間の業者だろう、ジャックは頭を抱えた。別段、見捨てても評価には響かないだろう。フェンリルからの許可を得ていない活動なのだ。逆に助けても少しの給与が増えるだけで、そんなものは命懸けの報酬にはつりあわない。

 

 ジャックは世界のために戦っているわけではない。本心から誰かを守りたいわけでもない。ただ、ゴミ山を漁ったりアラガミに怯えながら暮らすより、ゴッドイーターになった方がマシだからここにいるに過ぎないのだ。

 

 

「この世界はみんなが幸せになれるように、出来てないんだよね。だから人は人を平気で見捨てるんだ、『カルネアデスの板』のように…………私だって見捨てられた一人だった」

『そう、ですね。無理に助けろとはいいません。民間人よりもゴッドイーターの安否の方がフェンリルとしても重要です』

「フェンリルとしては、ね」

 

 

 ジャックは目を閉じた。

 残り少ないスタングレネード、これだけではどうしようもないだろう。ちなみにジャックの神機は全てオウガテイルから作られたパーツを使っている。すなわち刃は『尾刀』、銃身は『尾弩』、溶けかけているシールドは『尾盾』であった。

 扱いが簡単なので愛用していたが、流石に『禁忌種』を相手にするのは分が悪いらしい。やはり元にしたアラガミとしての格の差が大きすぎた。多少無理をしてでもヴァジュラ系列やクアドリガ系列を作るべきだったかもしれない。

 

 

「はぁ、しょうがないよね」

 

 

 どこか諦めたようにジャックはため息をつく。

 こんな時、彼ならどうしただろうか。不意に少女の頭には『あのゴッドイーター』の姿が浮かんだ。いつものようにゴミ山を漁り、その日暮らしをしていた自分。アラガミに襲われて喰われかけた自分。そんな少女を助け、そしてゴッドイーターへと導いてくれた恩人。

 未知のアラガミに襲われて帰らぬ人となった彼なら、こんな時にどうするだろうか。

 

 

「…………リンドウさん」

 

 

 気がつくとその人の名前を呼んでいた。そして空を見上げる。困った時、ジャックはいつもこうしている。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「ギアッ、ガァァァァァ!!!?」

「助けっ、イヤダガガがァぁァァ!!」

 

 

 人間をすり潰す音が響いていた。

 外部居住区から遠く離れた地域、そこで活動していた民間人たちが突如として現れたアラガミに喰われていく。テスカトリポカは前足にあたるキャタピラで人間たちを押し潰し液状にしてから吸収していた。まるで機械が油を欲しているかのように、人々の血肉を吸い上げる。

 

 

「お、おいっ、資源を放り出して逃げるなっ。ふざけんなよ、お前らぁぁっ!!!」

 

 

 そこで目立っていたのは幼い子供たちだった。

 重いリュックを投げ出して、蜘蛛の子を散らすように廃墟や遺跡の影へと身を隠していく。そんな幼子たちへと狂ったように叫ぶ男は、孤児院を経営している社長である。彼は身寄りのない子供たちを集めて、こういった危険な荒稼ぎに参加させていた。そんな男性も次の瞬間には、降ってきたミサイルにより黒焦げのステーキと化した。

 

 

「っ、おかーさん、おとーさん…………」

 

 

 まるで戦争だった。

 たった一体、たった一晩、たった一撃で街を更地にするとまで言われるテスカトリポカ。ただの民間人に抗う術などあるわけもない。頼みのスタングレネードも効果は一瞬、その一瞬で戦車やミサイルの射程圏外へ逃げるなど不可能だ。あっという間に使い果たして蹂躙されていく。

 

 

「みーちゃん、早くこっち!!」

「なお君っ!」

 

 

 幸運だったのだろう。

 二人の少年少女が遺跡に逃げ込むことに成功した。身を寄せあって崩れた本棚の間へと隠れる。しかしアラガミは外をうろついている、まだ外の悲鳴は収まらない。

 

 そして数分後、いや数秒後だろうか。外から聴こえていた悲鳴はなくなった、もう自分たち以外は誰も生きていないのだ。その事実を認識した瞬間から震えが止まらない。黒い悪魔は生き残りがいないかどうか、付近の建物を小突いて回っている。壁の崩れる音が近づいていた。

 もうダメなのだろう、もう助からないと少年少女はへたりこむ。神様は残酷だったのだ。自分たちを見下ろす影に気づいたのは、そんな瞬間だった。

 

 

 

 

 

「あー、生き残りの二人を発見。大きな怪我はしていないみたい。ヒバリさん、第一部隊の到着にはどれくらいかかる?」

「「えっ?」」

 

 

 ぽかんと座り込む二人。

 そんな少年少女を見下ろしていたのは、小柄な黒髪少女だった。大人の身長くらいありそうな武器を担いでいる、そして狼を模した銀色の紋章を縫い付けた服を着ていた。かつて二人は一度だけ見たことがあった、アラガミを退治することができる唯一の存在を。

 

 

「ふふん。この私、ジャックちゃんが来たからにはもう平気だから安心しなよ。君たちはふんぞり返っているがいい」

 

 

 人類の守護者、ゴッドイーター。

 どこか軽薄そうな少女、ジャックなんていう偽名にしか聞こえない名前を名乗る風変わりな少女が二人へと優しく微笑んでいた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 まるで祈りを捧げるようだった。

 女神か何かように自分へと両手を合わせている少年少女を見て、ジャックは苦笑する。「ここで待っててね」と伝えてから建物の外へと駆け出した。

 

 

「あのときの私みたいだったな、あの二人」

 

 

 これが少女の答えだった。

 この世界は神に見捨てられた、そしてフェンリルにさえ見捨てられた人々がいる。かつては自分もそうだった。

 

 真っ暗な空から激しい雨が降り始めていた。壁を蹴りあげ、崩れかけた屋根を突き破って跳ぶ。そして子供たちのいた建物からできるだけ離れると銃身を構え、アラガミ弾を装填する。

 

 

「そんな人々を救うのが、ゴッドイーター。私は『あの人』みたいにはなれないのに、やっぱり憧れてるみたいだね。…………馬鹿馬鹿しい話だよ」

 

 

 がんっ、という砲撃音。

 トリガーを引いた瞬間に銃口から形成されたのはテスカトリポカと同じミサイルだった。これは『アラガミ弾』、相手の身体の一部を神機で補食することによって能力を模した『弾』を精製できるという神機の力。

 

 ここまでの戦いで得たソレを残らず吐き出す。

 どうせチームは自分だけなのだ、リンクバーストの必要がない以上は温存しておいても仕方がない。

 

 

 一発、遺跡を巻き込んで爆炎が上がる。

 二発、化け物が引き連れていた小型のアラガミが消えた。

 三発、四発、怒りを滲ませた咆哮が地面を揺るがす。

 最後の五発目を続けて叩き込む、視界が黒く染まった。

 

 

「はっ、はっ…………。ち、ちょっとは効いてくれたかな?」

 

 

 神機を担いでジャックが荒い息を整える。

 黒い破壊神は全身からボロボロと兵装を落としながら、ゆっくりと顔をこちらに向ける。黄金のドクロで形作られた悪魔の頭部、竜のような装飾を持ったソレはとんでもない威圧感があった。黒い煙が上がっていた、オーバーヒートしたのではない。怒っているのだ。

 

 

「来なよ、接触禁忌種」

 

 

 アステカ創世神話において、『煙吐く鏡』と語り継がれる神の一柱。それがテスカトリポカである。まったくもってイカれている、そんな存在の名前を付けられたアラガミがここにいる。全身が震え、次々とミサイル発射口が開かれる。ジャックはポーチから一つの錠剤を取りだし、少し迷ってから口へと放り込んだ。

 

 光とエネルギーが少女の身体から溢れ出る。飲んだのは『強制解放剤』といわれるモノ、体力と引き換えにしてゴッドイーターの身体能力を格段に高める薬剤であった。

 

 

『ーーーー!!』

 

 

 化け物が怒りをたぎらせて吠える。

 殺人キャタピラが高速に動き出す、それだけではなく内部動力がフル回転している。先程までとは何もかもがちがう。そんなアラガミへとジャックはスタングレネードを投げつけた。

 

 

「私のブレードだと、テスカトリポカの装甲を砕かない。ならば」

 

 

 光と音に眩まされ、化け物が動きを停止させる。

 その隙にジャックは真正面からテスカトリポカへと接近する、そして神機の銃口をその分厚い前面装甲へと突きつけた。

 

 そのままトリガーを引く。

 吐き出されたのは破砕系のバレット、クアドリガに極めて有効な装甲殺しのオラクル弾だった。威力は足りないが仕方ない、神属性のソレをエネルギーの続く限り叩き込む。跳ね返された弾が地面へと落ちていく、それでも幾つかが装甲へと捩じ込まれる。

 

 

「っ、ここだぁぁぁぁ!! 」

 

 

 わずかに空いた装甲の隙間。

 ヒビ割れた箇所へとブレードを差し込み、無理矢理に抉り出す。初めてテスカトリポカから悲鳴があがる。それを聞き届ける時間もなく、ジャックはバックステップを繰り返し化け物から距離を取った。そして新しいスタングレネードを取り出す、これならイケるかもしれない。

 

 

 

 ジャックの頭上の空が歪んだのは、そんなことを思い浮かべた瞬間だった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ――ああ、死んだ。

 

 

 そう諦めるのは簡単だった。

 真上に転送されたトマホーク、それは並のゴッドイーターを丸ごと消滅させるのに余りあった。咄嗟に防いだシールドは弾き飛び、神機はジャックの手を離れた。空を仰ぎながら少女は倒れている。

 

 

「……半分くらい見えない。あははっ、参ったな」

 

 

 視界が半分無くなっている。

 片目からは焼けるような痛み、きっと潰れてしまったのだろう。それに身体中がとても痛い、焼死はとても惨い死に方だと聞いたことがあるが納得だ。『奴』は近づいて来ない。さっきと変わらない場所で、吹き飛ばされたジャックを観察している。警戒しているのだろう。

 

 そして再び空間が歪んでいく。もはや近づける隙を与えずにジャックを殺すつもりなのだ。心配しなくとも、もう身体に力が入らないのに用心深いアラガミである。

 

 

「さっきの子たち、逃げ切れたらいいなぁ……」

 

 

 消え去るような声で、ジャックは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ぴちゅんっ、とミサイルの胴体を一筋の線が通過したのはその瞬間だった。そのままジャックに届くことなく爆発する。花火のように散っていく火を見ながら、少女は唖然とした顔をする。

 

 

『間一髪ってところかしら?』

「じ、ジーナ姉さん!?」

 

 

 通信から聞きなれた声が響く。そして遥かに離れたビルの屋上から神機を構えていたのは、ジーナ・ディキンソン。極東支部でも一、二を争う最高のスナイパーである。それだけではない、三つの影がジャックの元へと走り来る。

 

 

「ようっ、待たせたな。隊長の俺が来るまで持たせるとはエライぞ、新入り」

「ご苦労だった、ここからは俺たちも加勢する」

「あわわっ、大丈夫ですか。ジャックちゃん!?」

 

「タツミ隊長、ブレンダン兄、それにカノンさん、何でここに!?」

 

 

 威勢の良い赤ジャケットの青年、白銀の髪を短く刈った几帳面そうな青年、そしておおらかな雰囲気を持つピンク髪の少女がそこにいた。彼ら彼女らこそ『防衛班』、アナグラにおける第二、第三部隊の精鋭たちである。衛生兵であるカノンがジャックへと触れると、少女に力が戻ってきた。ゴッドイーター同士で行えるエネルギーの循環、『リンクエイド』である。

 

 

『サカキ博士からの許可、下りました。アラガミ防衛の待機戦力である『防衛班』を緊急により外部へと全員派遣しました。遅くなってすみません!!』

 

「帰ったら彼女に感謝しておけよ」

「ありがと、ブレンダン兄」

 

 

 ブレンダンから神機を受け取りつつ、起き上がる。その耳にヒバリからの通信が入る。それを聞いてジャックはふらふらとタツミの側へと近づいた。

 

 

「隊長も、ありが……」

「話はあとだ、ジャック。奴さんが来るぜ?」

 

 

 ニヤリと笑う防衛班隊長。

 全員が旧式の神機使いにも関わらず、広大な居住区を守り続ける者たち。いやそれだけではない、『仲間』を護るのも『壁』たる自分たちの役割なのだ。それに気づいてジャックは苦笑した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 あれから数年、今はサテライト拠点の防衛についているジャックは当時のことを思い出していた。本当に色々なことがあったものだ、その中でゴッドイーターが何なのかを学んだ気がする。

 

 

「先輩っ、また小型のアラガミが現れたそうです」

「今度は俺にやらせてくれよ、ジャックさん」

「あっ、ズルいよ、なお君!!」

「いいだろ、前はみーちゃんに譲ったんだからさ!」

 

 

 傍らには新入りのゴッドイーターである少年少女がいた。相変わらず仲のよさそうな二人を眺めながら、黒髪隻眼の少女は微笑んだ。結局のところ片目を失ったが、今もこうして生きている。

 

 

「みんな、元気かなぁ」

 

 

 清々しい朝の空気を肺一杯に吸い込む。これはゴッドイーターたちの歩んできた歴史の一幕、これからも歩み続ける未来の一端である。今日も彼ら彼女らは人類を護る『守護者』としてあり続けるだろう。

 


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