【GE作者合同投稿企画】アニメ化ですよ、神喰さん!   作:GE二次作者一同

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題名・作者名:六花・ソーマ=サン

投稿作品名:GOD EATER 六花に捧ぐ者

登場キャラ:防衛班(第二・第三部隊)、楠リッカ、百田ゲン、オリ主

ジャンル:GE2、シリアス、オリジナルアラガミあり、オリジナル神機あり、独自解釈


六花 (作:ソーマ=サン)

 

 

 

 近接系統のバスター・ロング・ショートブレード、射撃系統のブラスト・アサルト・スナイパー。これら単体のみの旧型神機は便宜上第1世代と呼ばれ、それに倣って極東支部に当初偏った遠近両用の新型神機は第2世代、近年判明した血の力を効率的に運用可能な第3世代と3つに分類される。

 ならば、アラガミ発生当初に光明を見出し、人類を湧かせた神機は何と呼ばれるべきだろうか。開発を容易にする為、あらゆる地域の伝統ある技術に則した様々な試験的神機は何と命名されるべきだろうか。

 真の第1世代? それとも試作型? 或いは第0世代?

 そのどれもが適切であるが、しかし、()()ではない。

()の神機は“第8世代”。原初にして全神機の目指すべき到達点であり、至極当然そう呼ばれて(しか)るべき逸品である。

 

 ────『世界的神機整備士との対談』より抜粋

 

 

 ◇

 

 

「“第8世代”って知ってる?」

 

 機械油の付いた頬は相も変わらず。整備時に履く厚手のグローブをカウンターの上に脱ぎ置いて、ハーフトップからすっと伸びる細い腕で頬杖をつき、逆の腕では肘をつき、そちら側の手で(つま)むように冷やしカレーの空き缶を持った楠リッカ。丸椅子に軽く尻を突き出すように座った彼女はそんな問を、俺──雨狗(あまいぬ)ヨシツネに掛けてきた。

 俺のゴッドイーター起用から早3年。資源に余裕が出来た事で従来のエレベーターの向かい側、エントランス横に更にエレベーターが新設され、上階に生まれたフェンリル極東支部のラウンジ。所属する者等の憩いの場であるここは、齢9つにして調理師免許を取得し、配給品や食材を組み合わせて絶品料理を提供してくれる天才児──千倉ムツミの聖域である。1度彼女の味を知ってしまえばちょっとした遠征でも地獄に早変わりするため適度な距離感を保ちながらの計画的付き合いが吉。

 そんな気の休まるカウンターで週に一度の料理を待つ手前、俺はリッカの質問に答えていた。

 

「いや、知らん。第3世代までしか現状なかったと思うんやけど……?」

 

 首を(かし)げてリッカを見る。

 両方の肩紐を下ろした作業着の腰元には、工具入れを吊るしている。そうして(はだ)けた上半身は女性らしい華奢な肉付き。だが整備士という事で多少の力仕事も受け持つのだろう、引き締まった腹部は蠱惑的に(くび)れを作り、キュッと(すぼ)まった小さな(へそ)は、微かに覗く腰骨と相俟り色気に溢れる。ハーフトップに包まれた胸に於いても鎖骨に近い位置で薄ら谷間を形成し、誰とは言わないが3年前からの成長が見て取れた。首を通して乗った作業用ゴーグルがけしからん、という事も付け足しておく。

 

「ちょっと、どこ見てるの」

 

「リッカのこと」

 

 視線に敏感なのか、責めるように頬を膨らました彼女に笑って返す。

 その揺れた髪色は何と表せば良いのだろうか。灰色のような、それにしては茶色掛かり、しかも仄かに紫も混じっている不思議な色合い。それをポニーテールにして結んでいた。

 それに似た色を最近見た事がある。確か、16歳にしては発育が非常によろしかった少女であった筈だ。ハルオミのお陰か、女性として特徴的な部位に嘗てより目が勝手に行くようになってしまったが、今更詮無きこと。

 折合いをつけ、記憶を(さかのぼ)れば、思い出されるのはつい先日までお世話になっていたフェンリル極致化技術開発局──通称フライア、のシエルいう人形のような少女。彼女はフライアの特殊部隊、ブラッドに所属していて、俺と同じく神機使い。だが俺と違うのは、そのブラッド隊員は総じて新型神機に適正を持ち、P66偏食因子に起因する『血の力』なるものを扱うという点だ。神機としても神機使いとしても第3世代となる者達である。俺とユウとで丁度第1世代と第2世代の境目であったことを考えると、次世代のゴッドイーターが生まれるまでの期間が大分短くなっているように思う。

 考えながら、リッカの質問に返ってみると、俺の知る限りではブラッド隊員の使う神機こそが最新機という印象だった。そして果たしてそれは、真実だった。

 

「もう……。それで、ヨシツネくんの言う通りだよ。第8世代って言うのは今ある第3世代から4・5・6・7って順繰りに付けられた名前じゃなくて、最初期の神機のことなんだ。聞いたことがあると思うけど、ゲンさんが使ってたピストル型神機とか、ヨシツネくんの神機なんかは完全に第8世代の派生系だよ」

 

「あぁそうなんや、基礎はショートとばかり思いよった」

 

 俺が扱うのは、バックラー等の防御機構が一切存在しない超攻撃型の旧型神機ツインブレード。俺が適合するまで使い手のいなかった二振で1つの特異な神機で、適合直後はショートブレードのナイフを鋭利にしたようなフォルムであり、そこからショートブレードを(もと)にするものと考えていた。だが、その予想は見事破られ第8世代の遺産である事が今日、判明した。

 こうして自分の愛用する神機の深いところがリッカとの会話でふとした拍子に知れるため、その突発性もあって子どものように興奮してしまう。

 知識を満たした充足感に、自然と表情筋が笑みを(かたど)った。

 それに、

 

「それにゲンさんもか……」

 

 神機使いの相談役だった頼れる親父分の百田ゲン。今は外部居住区に引越し暮らしているが、そのゲンさんも嘗てはゴッドイーターとして極東支部を守るため、日夜アラガミと血で血を洗う生存競争を繰り広げ、ピストル型神機を用いて対アラガミ装甲の十分存在しない時代に休む間もなく脅威に抗い続けた英雄だ。風の噂で『鬼』とも呼ばれていたようだが、生を勝ち取った彼を『英雄』と呼ばずして他に誰をそう呼べばいいのやら。ゴッドイーターでさえ治り切らない大怪我を受けた事により引退となってしまったが、出来る事なら肩を並べて一緒に戦場に立ちたかったものだ。

 

「でも何で第()? 順繰りでないにしても中途半端やろ」

 

 カタンと静かに置かれたナポリタンに、ムツキちゃんに礼を告げてフォークを刺す。

 低コストで大量生産可能なもやしがパスタ麺と8対2程度の割合でたっぷり入れられ、ジャイアントコーンの大きな粒や細く切った筋の固い小松菜、薄く切られた繊維質なカボチャが華やかな色彩を奏で、視覚的にも量的にも満足出来る極東で独自進化したパスタ料理。ヘルシーであり、女性職員にも人気の品だ。

 それを(つつ)きながら、耳を傾ける。

 

「『8』って数字は横に倒すと『∞』になるでしょ? 本当に最初の最初はフェンリルの神機開発も手探りだったから、世界各地の武器製法を手当たり次第組み込んで試作したみたいなんだ。あらゆる方法で作れるならそれに越したことはない、っていうのは分かるし、それこそアラガミに対して()()の対抗策を得ることが出来るんだから」

 

「それで期待も込めて『8』っつー数字使ってんのか。洒落が混じってんのな」

 

 面白い事を考えるものだとナポリタンを頬ぼりながら1人納得するように2、3頷く。

 

「焦ってばっかじゃダメって分かってて、息抜きも兼ねてたんだと思うよ。……今の私みたいに」

 

 溜め息を吐いて力なく笑う。いつも天真爛漫な彼女としては珍しい影の差した表情だ。

 冷やしカレーの空き缶を置き、項垂(うなだ)れるようにカウンター上で腕を組んで顔を(うず)めた。

 

「リンクサポートデバイス開発の事か?」

 

 思い当たる事にそう問えば、くぐもって小さく「うん」とリッカ。

 

「神機使いとして俺の意見聞いとく?」

 

 その提案にも首肯した。

 

「ほんじゃ俺の意見な」

 

 前置きをして、喋り出す。パスタにフォークを刺し、くるくる回しながら話し出す。

 

「同じ整備士じゃない以上突っ込んだ助言とか出来んけど、それでも極東には伊達に生き残っとらん俺達ゴッドイーターがおる。やから、大船に乗ったつもりで時間なんか気にせんと悠々寄り道しながら大切に作ってくれた方が、一神機使いとして有難い。急造の半端物より十全に機能してくれる方が背中を預けられるし、何より焦り過ぎてリッカに体を壊して欲しくない。何も1人だけの体やないんやから、大事にな」

 

 同期のユウは遠征中で現在極東にはいないが、それでもリンドウさんやコウタ、技術者にしても榊博士やソーマさんがいる。第3世代のブラッドもそうだ。頼るべき者は周りに大勢いる。

 励ますように頭を撫でる。柔らかな髪がされるがままに形を変え、心地好く俺の手を包み込んだ。

 

「そうなの、かな……?」

 

 今にも泣き出しそうな表情で顔を上げた。

 余程為す手が見当たらない行き詰まった状況なのだろう。潤んだ瞳が保護欲を誘い、同時に嗜虐心をも意図せず誘う。だが今必要なのは励まし。無上の信頼。

 

「何(がら)にもなく弱気になってんだ。俺が信用ならん訳じゃないやろ? ほら、笑い?」

 

 釣られて笑って貰えるようにニッと口角を上げ、リッカの頬を指で(つつ)いて上げさせる。機械油を被って尚、ぷにっとした弾力を保つ彼女の頬。指の腹で柔らかさを堪能しながら笑い掛ける。

 そうして漸く笑ったのを確認すると、フォークに巻きとったナポリタンをその口元に差し出した。

 

「……ありがと……」

 

「そうそう、冷やしカレーだけやと腹減るから飯もちゃんと食っときな」

 

 素直にパクリと食いつくリッカに、再び頭を撫でる。

 ナポリタン横に置かれたコップの中で、積まれた氷がその曲面に、音を立てて(もた)れ付いた。

 

 

 

「──で話変わるけど、隻腕の神機使いの話したん覚えとる?」

 

「うん、覚えてるよ。ヨシツネくんがゴッドイーターを目指した理由だよね?」

 

 昼食を(たい)らげラウンジの窓に面したカウンターに移動して、俺は引き続いてリッカとの会話を楽しんでいた。

 

「そうそうその話。昔助けられてそれが切っ掛けでゴッドイーターになった、って話な」

 

「今時珍しいよね」

 

「まぁ確かに」

 

 俺がゴッドイーターを志願した理由は、幼い頃にアラガミに襲われていたところを助けられたからだ。もっと言うならその神機使いの戦いぶりが眩しかったからだ。重量を感じさせない軽やかな太刀筋。それでいて鋭利。しかし柔らか。

 自分の命が危険に晒されているにも関わらず、見惚れた。絶望に溢れた世界で、俺にとって自らが輝ける未来を見た気がした。

 幸い、才能があった。定めた事から逃げないへこたれない根性があった。その性質は前フェンリル極東支部長ヨハネス・フォン・シックザールの目に止まり、そして今の俺が在る。

 

 この御時世、純粋に神機使いを目指す者は数少ない。アラガミ討伐が危険と隣り合わせであるのが原因の1つに勿論あるが、他にも適応性を見出(みいだ)されて適合試験を受けたとしても、万一失敗した時はアラガミとしての殺処分。人としての生は終えられず、また遺体も残らないという点にある。大多数は、荒廃した世界で人としての死を望むのだ。

 何を(くだ)らない倫理観に(すが)っているのか、と思う者もいるかもしれない。斯く言う俺も、どちらかと言えばそう割り切って切り捨てる(たち)だ。が、十人十色。人が違えば思考も違う。尻込みしてしまうのも納得出来るというものだ。

 

「ま、珍しさ云々(うんぬん)は横に置いといて、今のリッカの話聞いてその恩人の神機が気に掛かってな」

 

「どういう風に?」

 

「何か、あの人の神機は細長かった。ロングブレードかと思ったけど、一般の幅広やなくてそれこそ榊博士のとこに置いてあった刀みたいに。ボルグカムランの素材から出来るのよりも、より刀らしかった」

 

 黒刀。使い手の白髪混じりの頭と対比される、シユウとヴァジュラの体色を混ぜ合わせたが如き青黒さ。それは、シユウの翼を細長く鍛え伸ばし、ヴァジュラの朱色のマントが(つば)として機能する、防御機構の存在しない電光石火・一撃必殺を旨とする攻勢特化。

 

「見慣れないから?」

 

「ああ、それに、俺の恩人が今も生きとるならゲンさんくらいの歳になる」

 

 予想の裏付けに年齢もある。第8世代の事を聞かなければ特に引っ掛かりなくスルーしていた重大な要素だろう。

 ゴッドイーターとして活動するのは10代半ばから30代前後の者が大半。40代となると稀で、50代になると殆どいない。俺が命を救われた当時、恩人は既に中年期に差し掛かっていたように思うためかなりのレアケースと言っていいだろう。偏食因子も第1世代とはまた違っているだろうから、本当に最初期の神機とのみ適正を持つ筈だ。

 

「それなら第8世代の可能性は高いかもね」

 

「やろ?」

 

 同意を示すも、内心1つ理解し難い点がある。

 データベースに情報が載っていないのだ。あの戦い振りからして活躍していなかったという事はないだろう。ならば、その経歴が掲載されていても不思議ではないと思うのだ。現に、ゲンさんのものはあった。リンドウさんやソーマさん、お笑い草だが俺やユウのものまで最近の顔写真付きで。だが、恩人についてはそれらしい情報は一切なかった。殉職したとしてもそれまでの功績の大小で但し書きがある程だと言うのに。

 

「ちょっとゲンさんとこに遊びに行ってくるわ」

 

「分かった。私も気分転換終わったしもう一度デバイス弄ってみる」

 

 思い立ったが吉日とカウンターの座席から立ち上がると、リッカも作業に戻るために両手にグローブをはめ出した。

 

「程々にな」

 

「うん」

 

 そう言って立ち上がる。リッカからは先程のしょぼくれた気配は消えていた。

 

 

 ◇

 

 

「こんちはー、ゲンさん遊びに来ましたー」

 

 木造のドアをノックする。

 舗装も何もない剥き出しの地面。砂埃が突風によって容易く舞うそんな乾燥した道沿いに、ゲンさんの家は建てられている。

 外観は木造平屋。そう言えば聞こえはいいが、その実、密集した外部居住区の家々は人1人が住むのに困らない程度のものが大多数で、この家も例に漏れずに小規模。だが俺にとっては懐古の念を(いだ)かせ、昔──ゴッドイーター起用以前に戻ったようでラウンジと同じくらいに落ち着く場でもある。

 そんな愛着のある家の扉をノックした。

 少しだけ待つと(かす)かに軋みを上げて開かれた。

 

「ん? あぁ、ヨシツネか。相談役はもう廃業したんだが、どうした?」

 

 顔を出したのは灰白い髪を撫で付けた家主のゲンさん。見慣れた着流しと軍服を掛け合わせたようなものではなく、黒を基調とした服で身を包んでいた。

 

「ちょっと聞きたい事があって来たんすけど……、それ、喪服っすか?」

 

 同世代と思われる恩人について尋ねようとして、やはり普段との格好の違いが目に止まる。漂わせる厳かな雰囲気とどこか落ち込んだ様子が、それを喪服のように見せさせた。

 

「ああ、最後の戦友の命日が今日でな。昔、お前も話していただろ、命を助けられた神機使いがいるって。そいつの命日だ」

 

「あぁ……、俺も一緒にいいっすか?」

 

「そうだな、同じ神機使いとして頼む」

 

 

 

 

 

「3年前は時期尚早と思って何も話さなかったが、奴について少し、聞いて行くか?」

 

 簡素な手作りの仏壇で線香を上げ、手を合わせて祈ってからゲンさんは振り返った。俺は頷いて返事とする。

 今日は恩人について少しでも情報を得たくて来たのだ。渡りに船とそれに乗った。

 

「奴は俺と同期の神機使い。当時の最新機であるピストル型神機に適正があった俺は、射撃型ということもあって近接型のあいつとよく組んだんだ」

 

 過去を思い出し、3年前から歳を経て皺の多くなった目尻に一層皺を寄せる。

 

「へぇ、俺とユウみたいな関係っすね」

 

「あぁ、その通りだ。言わば当時の新型神機使いの俺と、刀型の旧型神機使いのあいつ。(まさ)しくユウとお前のような間柄だった」

 

 率直に口に出した感想に、ゲンさんの言葉が熱を持った。『刀型』という言い回しに『第8世代』という言葉が脳裏を(よぎ)る。

 

「奴は凄まじく強かった。連戦連勝。撤退すらない無敗だ。生き残ったのだから当たり前のことだが無敗だった。相手になるようなアラガミの影は一切なく、順風満帆そのもの。積み上げた功績から『鬼神』と呼ばれ、生活は苦しくとも障壁になるようなアラガミなんぞ存在しない。極東の危うい平和は、奴によって生み出されていたようなものだった」

 

 手振りを交え、如何に恩人が強かったかを熱弁する。

 だが、

 

「そんな折だ、あいつが腕を失ったのは」

 

 トーンが落ちた。

 茶飲み茶碗に入れた水を舐め、もう使われなくなった己の腕輪を軽く撫でた。

 

「不幸中の幸いだったのは、それが腕輪を嵌めた側ではなかった、という事だ。だが神機使いにとって致命的な欠損であるのは言うまでもない。それからは死に場所を求めるように我武者羅に戦っていた。お前が助けられたのも、その時だろう」

 

 俺を見据え、忘れ形見を見るように黒い瞳に感情を浮かばせる。

 俺が抱く想いとは異なる。それは怪我を負い引退を余儀なくされ、隣に立てなくなった事に対してか。その結果、無茶を止められなかった事に対してか。

 正確には分からないが、自責の念に駆られている。それだけは明確に判断出来た。

 

「そういう事を繰り返して、ある日、消息を断った。その場に偵察部隊が急行してみれば血痕と折れた仲間の神機、そしてアラガミの足跡だけが残されていたらしい」

 

 乾いた口内を潤すために水を飲むゲンさん。それを待って、(かね)てからの疑問を投げ掛けた。

 

「少し、いいっすか?」

 

「あぁ、何だ?」

 

「それだけ貢献して、データベースに情報がないのは、その理由は何ですか?」

 

 茶飲みに落とした視線。水面を通して更に奥、得体の知れない影に対して突如として憎悪が籠る。それは丁度アラガミに家族を奪われた者が向ける眼差しと酷似していて、

 

「……第一種接触禁忌種──スサノオ」

 

 疑問に囁くような答えが返った。耳を疑うように思わず「え?」と声が漏れる。

 けれどそれは、決して聞き間違いなどではなく。

 

「スサノオだ。奴が人類の忌むべきアラガミ、その原種となったからだ」

 

何人(なんぴと)をも穿つ鋭い眼力。

 如何に同僚であろうとアラガミとなったからには滅すべし。歴戦の勇士の風格が顔を出した。

 

 

 ◇

 

『──ヨシツネさん!! 速やかに支部に戻ってください!! 第一種接触禁忌種が確認されました!!』

 

 外部居住区から極東支部へ。その出撃ゲートを前に、イヤーカフを模した通信機からの音声が鼓膜を震わした。

 俺には関心を寄せたアラガミを惹き付ける何かがあるのだろう。コンゴウ討伐後のハガンコウゴウ然り、シユウ討伐後のセクメト然り。

 そして今回の──

 

「スサノオっすか?」

 

 カッターシャツの(えり)に付いたフェンリルバッチと見紛うマイク。それを口元に寄せ、オペレーターのヒバリさんにそう尋ねた。

 

『えっ!? あ、はいっ、そうです!!』

 

 驚いたような気配が伝わってくる。

 予想は事実で、目標はスサノオ。

 最近はそうでもなかったが自分の特性は非常に厄介な代物だろう。気紛れに覚えた興味が、己だけでなく他人をも危険に晒す。周囲が真実を知れば疫病神と言われても仕方のない性質だ。

 それでも、誰も(うしな)う事なく今の今まで来られたのなら、これからも変わらず同じ方法で、現れたアラガミが被害を及ぼす前に倒し続けるだけ。改めて意気込む必要もない。

 

「了解っす。今保管庫なんで準備して直ぐ出ます」

 

 

 

 

 

 その後、大凡の戦況を確認して通信を終えると、丁度出撃ゲートに隣接した神機保管庫に神機が上がってくるところだった。捕食防止用のカバーが付けられ、二振が纏めて()り上がってくる。

 そのカバーを腕輪認証により外せば、旧型神機ツインブレードが姿を見せた。フライアで飾られていたステンドグラスを髣髴(ほうふつ)とさせる、鮮やかなバラ窓のような円形の特異な神機。俺の愛機──六花だ。

 

「さて、軽く捻ってくるか」

 

 ガンホルスターにも似た帯剣機能を有するショルダーホルスターに、その左の一振をカバーから取り出し刺し上げるように背中に収める。

 そうして残りも取り出そうと握ったところで、

 

「あ、間に合った!! ヨシツネくん、出るみたいだね」

 

 エレベーターが音を立てて開かれた。

 

「おぅ、リッカか。ちょっくら行ってくるわ」

 

 現れたのはリッカだった。今し方まで作業をしていた証拠に作業場の熱気によりかいた汗で前髪を額に張り付かせ、頬には真新しい機械油をつけていた。

 彼女は俺の神機の整備担当という事で、今回のように出撃の度に有り難くも無事を願って声を掛けてくれる。そんな彼女に大丈夫だと返すように右手を翻した。

 軽快な風切り音を伴い、薄暗い照明を受けて円形の(やいば)が煌めく。淡い藍色の軌跡が流麗な道筋を(かたど)り、完璧な円を虚空に(えが)く。(さなが)ら魔法陣を思わせる幾何学模様の如く、妖精でも呼び寄せるのではないかと思わせる幻想的な花弁の反射光を咲き誇らせた。野生ではもう存在し得ないクレマチスの花々が、重苦しい色合いの保管庫内部で満開になる。

 

「無理、しないでね?」

 

「あぁ、余裕余裕」

 

 体を解すようにぐるんぐるんと腕を回す。釣られて神機に当たる光が変化して、風に揺られるように影が歪んだ。

 しかし、どれほど激しく振ろうと6枚の花弁は散りはしない。未曾有の()に遭遇しようとも、その刃が欠ける事は決してない。

 今まで喰らった()の数だけ鍛えられ、今まで吸った断末魔の数だけ嚠喨(りゅうりょう)たる音色を奏する。その鋭利さすら薄ら寒く、感情を持つかも分からぬアラガミに対し、根源的な、背筋を凍らす恐怖を(そそ)る。

 

「ふふ、頼もしいなぁ。接触禁忌種相手にそんな軽口叩けるのは第1部隊を経験した人だけだよ」

 

「まぁしぶとさはリンドウさん譲りやしな、また元気に帰ってくるわ。ゴッドイーターの意地にかけて」

 

 口元に手を当て笑うリッカに、大口を叩いて返す。

 

「絶対だよ?」

 

「当然」

 

 ニヒルな笑みを浮かべ、俺は出撃ゲートを抜けていった。

 

 ◇

 

 

「第7部隊所属雨狗ヨシツネ、来ました!!」

 

 荒廃した大地。天高く頂く太陽からの光をその身に浴び禍々しく輝くアラガミを相手に、防衛班である第3部隊は(かろ)うじて防戦一方でありながらも踏み(とど)まっていた。

 

「おぉ!? やっと来たかヨシツネ!? ヘルプ!! 超ヘルプ!!??──」

 

 危なげに回避しているシュンの悲鳴。紫色(しいろ)のスサノオの注目を一身に受け、バックラーの展開速度を超えて迫る凶刃をロングブレードで弾きながら、転がるように只管(ひたすら)避ける。前転後転側転。殆ど砂を被るような形で避け続ける。

 

「──おい聞こえてんだろ!!?? ヘルッ、ヘルプッ!!」

 

 そんな響く悲鳴をBGMに、俺は援護射撃をしながらも余裕の見えるジーナさんに問い掛けた。

 

「あのスサノオの特性は?」

 

「確認出来た限りだと攻撃方法は近接だけよ。ただ恐ろしく堅く、速いわ」

 

 手短に済ませ、彼女は曲射型レーザーを叩き込む。

(くだん)のアラガミは両手の神機が何時(いつ)か見た黒刀に限りなく近い。尾は二股で、旧型以前の第8世代と(おぼ)しき片刃の槍型神機が二振。

 通常のスサノオが3つの神機を遠距離攻撃も織り交ぜて扱う事を考えると、4つの神機というのは接近戦に於いてそれだけ手数が多く、相手をするのが厳しそうだ。が、その代わり、近接攻撃のみという事から高火力の遠距離型神機を揃えれば完封出来そうな気配はある。だが、これもまたブラストのような重量級では絶えず繰り出される鋭い斬撃や突きを()なし続ける事は不可能だろう。(たと)え今とっているシュンが囮、ジーナさんが援護射撃兼ダメージ蓄積要員という作戦であっても、フレンドリーファイア発生率が高いブラスト専用技能──オラクルリザーブ済みの高威力・広範囲バレットでは、先に前衛の神機使いが潰れてしまいそうで望むところではない。代表的な極東のブラスト使いがエリック先輩以外に誤射姫カノンさんしか挙げられないのが困り所な訳ではあるが。

 

(……にしても厄介な……)

 

 スサノオの原種は放たれたレーザーを腕の神機で払い除けた。多くのアラガミが()す力任せの剛剣ではなく、流れに身を(ゆだ)ねる柔剣。レーザーの到達点に刃を平行にして置くだけで、最高の弾速を誇るレーザーを達人の如く切り裂いた。

 そうすればアラガミらしい剛剣で以て逃げ惑うシュンを再び追い回す。

 2種の太刀筋を織り交ぜるが故に、癖の掴み所が判り難い。

 

 そんなスサノオは、従来の個体に見られるものと違って顔の部分にはヴィーナスと同じく人の上半身がある。その人型は俺の記憶の中の恩人を長髪にして幾らか若返らせたような見た目であり、どうにも視覚的なコアになっている臭かった。

 燐光を放つ双眸。瞬きなく獲物となっているシュンを捉え、ジーナさんの放ったバレットが近付いた際にはまるで視認するように顔を向ける。

 統合して、人の技術・性質が宿っている事は明白だ。ゲンさんの言葉通り、恩人がアラガミに身を落としていると断定して良いだろう。命を救ってくれた恩人なだけに、今の零落した姿目にしてしまっては流石の俺も我慢ならなかった。

 

「これは倒さざるを得んな……」

 

「っ!? ちょっと!? 待ちなさいっ!!??」

 

 スサノオ原種。相手が相手だ。援護をするにもその対象がシュン1人であるからこそ、ある程度の余裕を持っての対応が可能だった。そこにもう1人追加となればカバーし切れないかもしれないという危惧が生まれるのも当然の事。

 だが、静止を振り切り疾走する。

 生還率100%。幾十の禁忌種と、時に一対複数で相対しようとその度に勝利を収めて来たのはこの俺だ。絶対に敗北しない自負がある。裏打ちされた実績がある。(わざ)とジーナさんの手間を増やすような真似はしない。

 軽やかな足音を立て土を踏みしめ肉薄する。

 

「ヨシツネぇっ!!」

 

「んぅっ!!??」

 

 素っ頓狂な呻きが漏れた。

 上手く注意を引き付けるシュンを囮として、挟み討つ簡易陣形を取ろうと接敵した俺。あわよくばスサノオがシュンを狙う隙に初撃を与えようともした俺に、何を思ったか当の本人はこちらに向かって全力の回避行動。泣きそうになりながら、ともすれば火事場の馬鹿力と言うべき神速の反射神経を奇跡的に発揮した。

 死角を食い潰す神機の三振。それを地面擦れ擦れに倒れ込み(くぐ)り抜け、シュンは飛ぶように(つまず)いて俺の元へと跳び込んで来た。

 当然の如く、

 

態々(わざわざ)そっちで引き付けとんのにこっち来んな!!??」

 獲物を追う形で黒刀と同色の槍型神機が横薙に振るわれる。

 俺自身が回避に移る間もない豪速で迫るそれに、『足掻き』と差し込み(すく)うように円形の神機を突き出した。広さを活かして右手一本で刃の腹を滑らせ、その刹那、反対側を蹴り上げ頭を越える上方へ軌道をずらす。

 しかし、尾が2本ある事を忘れてはならない。スサノオ原種の上体は振り向くようにこちらに視線が固定され、慣性を得ていなかった片割れが足を止めた俺を目掛けて振り下ろされた。

 斬ッ!! そんな処刑台の鎌のような凶悪な音を発し襲い来る。

 

「なろっ!!」

 

 左腕で背中に備えたもう一振を抜刀。慣れた手付きで逆手で柄を掴み取り、順手に直す事なく奇妙な片足立ちで構え対する。

 先の力任せに弾くのではない。『柳に風』と己の体をアラガミの振り下ろしの勢いに任せて避難させる。

 

「ぐっ……!!」

 

 ガツンッと、全身を襲う強烈な衝撃。左腕を痺れさせる斬撃が神機の刃1枚を隔てて体に伝わる。それに抵抗する事なく、寧ろ斬り分かれ飛ばされるように案山子(かかし)の体勢で気持ち右手に片足で跳んだ。

 装甲車に跳ね飛ばされるような吹っ飛び。直撃はしないまでも視界は目(まぐ)るしく天地逆転を繰り返す。

 しかし、それだけで逃げ切るには矢張りベースが遣り手の神機使いだっただけに通用しない。

 一瞬という極短い時間。空中に四肢を投げ出され浮かぶ俺に向け、両腕の刀型神機が、保険として横薙を繰り出した尾の1本が空気を裂く。

 的確に。首と胸、そしてもし仕留め損なっても機動力を失うように足へ。都合三振が人の弱点を熟知した()振りで急襲する。

 

「ふんっ……!!」

 

 伸び切った四肢を無理矢理引き付け、表面積を極力小さく努める。そうすれば粗方(かば)うのに左の一振で事足りる。後は動きの制限されていない右腕で、首と胸とに予防線を。忍が刀を収めるように背に回し、他の隙に対してはジーナさんの援護射撃に期待した。

 

「い゛っ……!!??」

 

 連続して2度の震動が胸を中心に前後から襲来。噛み締めた歯の合間から息が強制的に叩き出された。

 だが首を狙っていた筈の一撃は大きく()れ、凶暴な風切り音を発して体の直ぐ横を去っていく。

 流石は極東支部随一のスナイパー、ジーナ・ディキンソン。神速に相応しい神機を見極め、狙い撃つ事に成功したのだろう。

 リッカと胸の成長具合を比べて悪かった。謝罪を内心囁きつつ、体感時間で(ようや)く俺は『返り討ち』としても差し(つか)えない原種の猛攻から解き放たれた。数度大地を跳ね転がり、止まった(あかつき)には全身砂(まみ)れ。左腕の薄皮やカッターシャツの(そで)、ジーンズの膝部分は、食いしん坊の愛機に触れた事で捕食され、大した消耗もないのにこの場の誰よりもボロボロな見た目で仰向けになっていた。

 

「ヨシツネ、来てくれてサンキュー!! 愛してる!!」

 

「どの口がそれを言うか!!?? いきなし人を身代わりにしといて!!」

 

 ガバッと上体を起こして非難する。幸いにも原種との距離が取れ、心的余裕の生まれたシュンが抱き付かんばかりの勢いで駆けて来た。

 お調子者なシュンのこと。この程度ではへこたれず、口にしただけで何の意味も持たないだろうが、どうしても言わずにはいられなかった。俺も俺でシュンを囮にしようと画策したのは事実だが、実害が及びかけておいてお互い様と割り切れはしなかった。自業自得とも思いたくない。

 

「てかタツミさんとかカレルとかはどうした」

 

「こっち向かってる。カレルは寝込んで戦力になんねー」

 

「なるほど……」

 

「だから俺達で何とかしねぇとな!!」

 

 第2部隊とは別行動。ロングブレードを肩に(かつ)ぎ声を張る。

 歳の上では2つ程先輩である筈なのだが、仕草からは第2部隊のタツミさん達が持つような威厳を感じられない。実力は生き残り続けている事から折り紙付きなため文句はないが、その内生意気な新入りが入って来た時に舐められそうで気の毒である。

 

「せやな。ま、仕切り直しか」

 

 

 ◆

 

 

 楠リッカは技術者だ。

 神機整備をメインに受け持ち、神機の状態を見ただけでその所有者の戦闘スタイルが判断出来る程の豊富な知識量と経験を誇る、同年代では誰よりも神機に精通している技術者だ。それはフェンリルの整備班に正式採用以前の学生時代から、既に整備士の父の補助として現場を経験し、今もその道を歩んでいる結果である。

 そんな彼女をしてどうにも気になる少年がいた。

 齢18の旧型神機使い。彼が神機使いとなって約3年、無事とは言わないまでも今日まで大きな怪我もなく生き延びている。

 神機が神機なだけに戦闘スタイルは自ずと絞られてしまうが、それを踏まえても彼は酷く生き急ぐような戦績を収めている。入隊直後の殆ど未強化の神機でハガンコンゴウを討伐し、傷の癒えたところでシユウ、シユウ堕天種と同時にセクメトを相手取り、後に「蒼穹の月」と呼ばれる事件では複数のプリティヴィ・マータとディアウス・ピターと対峙(たいじ)し生還している。

 彼が治癒能力の高いゴッドイーターでなかったなら、唯でさえ褐色の肌に絶えない生傷により命を落としていたのは確実だった。

 彼女から見た雨狗ヨシツネという人物は、その印象の根本は、嘗てから変わる事なく今に至って心配の種となっていた。

 

「はぁ……」

 

 溜め息が漏れる。

 十数分前に送り出した後ろ姿に、いつになく胸騒ぎを感じていた。

 別段、彼がスサノオの相手をするのは今回が初めてだった、というのではない。両手を使っても余りある回数(ほふ)っている。

 けれど、何故か、

 

「不安だよ……」

 

 殆ど何にも手を付けられない程に、心は嵐が吹き荒れるように(ざわ)めいていた。

 

 

 ◆

 

 

 熱気に小さな蜃気楼が立ち上り、紫色の4脚が揺らいでいる。

 大分弾き飛ばされたのか、スサノオとの距離が100mは優にある。しかも余程の高速で転がったのだろう、追撃が更に加えられる事がなかったのは幸いだった。

 ジーナさんも狙撃手として場所を変えて立ち回っているようで、起伏の殆どない荒野の数少ない障害物に、俺達の仕切り直しの意志を汲み取って姿を隠したようだ。

 

「作戦は特攻。俺が斬り込み隊長すっから、シュンは緊急時の盾を意識。異論は?」

 

「ない。今更するまでもねぇし、いつも通りってな」

 

「了解」

 

 シュンの返事にそう返す。

 激しく地面を弾んだにも関わらず、変わらず俺の両手には2つの円形窓(オルクス)が握られている。

 1つは直径1m50cm程の水色・空色・藍色等の青系統の右手用神機。モザイク調のステンドグラスのようで、見る者により浮かび上がる模様が変わってくる不思議な一振。

 もう1つは直径1m30cm程のひと周り小さな赤系統の左手用神機。蜘蛛の巣状に無機材質が区切られ、(さなが)ら悪夢祓いの、魔除の御守りのような一振。

 それらに纏わりつくようにして、神機のコアから黒い繊維が零れ出した。

 

 少しだけ、ブラッドについて話をしよう。

 前にも言ったように、フライアの特殊部隊ブラッドは第3世代の神機使いだ。神機に於いても第3世代だがそれは置いておくとして、彼等には前世代の神機使いにはないある特性を有している。

 ご存知の通り、『血の力』と呼ばれるものがそれに当たる。その中の1つに、『喚起』と命名された非戦闘用の能力がある。他のゴッドイーター、それも第3世代だけでなく第1・第2世代の区別もなく潜在能力を、『血の力』を覚醒させるトリガー的な能力だ。

 フライアで生活していた中で俺はその恩恵に授かる事が出来た。つまり、第1世代でありながら『血の力』に目覚める事が出来たという事だ。

 

「行くぞ」

 

 立ち上がった俺から赤黒いオーラが吹き荒れる。

 粘性の高い繊維質が順調に被覆圏を拡大し、区切りに沿って神機が()()()(あたか)も龍の如く、捕食形態の神機に刃の()が生える。

 

 俺の顕現した『血の力』──『血族』。

 効果は2つ。

 

「おぉっ!! 来た来た!! 相変わらずすっげー!!」

 

 1つが効果範囲内の神機使いの強制解放。

 シュンからは橙に近い気迫が放出される。バーストLv.2に分類される解放状態。ブラッド隊員のジュリウスの『血の力』に良く似ていて、しかしそれよりも他人に対しては効果の薄い戦闘用補助能力。

 

「おぅし、六花。腹一杯食えよぉ」

 

 6つの(アギト)(こうべ)を垂れて地を這いながら、時折ちょっかいを出すようにシュンの神機を(かじ)ろうとする。

 

「おォいっ!!?? こら、しっしっ!! 食べようとするな!!」

 

「やべ、立花可愛い……」

 

 もう1つが高適合者の神機暴走の誘発。

 普通暴走なんぞしてしまえば身を滅ぼすのが常であるが、それを御する程の、神機と対話出来る程の適合率を持つ事が暴走化の条件となっていると考えられるため、今のところアラガミ化した神機使いは周りにいない。無論、危険である事は百も承知で、この力の使い所は絞っているので悪しからず。

 

 

「ほら立花、飯は向こうやぞ」

 

 アラガミは捕食により知識を得る。それが言語能力にも言えるのか分からないが、愛機は意志に応えて鎌首を(もた)げた。

 そうした中でもスサノオ原種は動かない。普通の神機とは違うと本能的に理解したのだろう。そのまま怖気付いて動きを鈍らせてくれれば良いのだが──。

 

「オォォオオオオッッ────!!!!」

 

「うぉ!?」

 

「っ!?」

 

 思考を押し潰す突然の咆哮。

 大気が震え、アラガミを中心に(ひび)が走る。

 

「来るぞ!!??」

 

 4つの脚が地を穿つ。ミシンのように高速で、しかしカムラン種のぎこちなさが皆無な駿馬(しゅんめ)の走り。地鳴りが響く。

(たてがみ)の如く、翼の如く広がる毛髪が紫電を帯び、黒々とした体躯に白光のラインが(ほとばし)る。紫色(しいろ)のラインが塗り潰される。

 

「もしかして活性化した!?」

 

「はぁっ!? まともに攻撃しとらんのに何でや!!??」

 

 不可解な現象だった。

 俺は(おろ)か第2部隊が交戦し始めてからもそう時間は経っていない筈。その間に怒りを買う程の攻勢に移った瞬間は全く記憶していない。結合崩壊とも無縁の状態で、どうして活性化したのか分からない。

 

「オォオオッ!!」

 

 鬼気迫る。燐光放つ(まなこ)は相も変わらず、捕食者の風格で俺達を獲物として見据えていた。

 

「シュン!! バースト化維持!! 隙を見付けて食らい付け!!」

 

 都合6つの首を持つ神機を引き摺るようにして、地面を蹴る。力のベクトルを前進する事だけに解放し、疾走する。景色が矢のように過ぎ去る事を知覚するのに、スサノオ原種と激突するのに時を数える暇は存在しなかった。

 

(気に喰わん!!)

 

 フラストレーションの全てを眼前の的に全力でぶつける。秘かに抱いていた『恩人の介錯を』などと言う驕りは消え失せていた。

 

「硬化!!」

 

 振り下ろしに真っ向から敵対して、神機を振るう。遠心力を得て速度は勿論、瞬間的な威力も獲得した愛機が言葉に反応して凄まじい速度で収縮する。音を置き去りにして一振三枚三日月刃の神機が現れた。

 

「らァッ!!」

 

 青い軌跡が陽光に閃く。万物を断つ切り上げが、渾身の力を以て繰り出された。

 アラガミの得意とする負けず劣らずの剛剣。黒刀と接触し、互いに食らい合うように火花を散らす。

 原種の手数は単純に俺の2倍。膠着(こうちゃく)した所に見舞って来ない訳がない。

 刀を滑らし身をくねらし尾を振るう。鞭の(しな)り、またミシン針のように、右方・上方から横薙と地に縫い止める連続した突きが放たれた。風切り音と打凸(だとつ)音。

 しかし、バーストLv.3に達している俺にとっては身を捻った隙は大きかった。一瞬の空白。前転して股の間を潜り抜け、背後を取る。過ぎ様に軟化した左の一振で前脚の1本に齧り付き捕食してバースト化の継続を、そして右の一振で腹を裂くように刃を立てた。

 

「くっそ……!!」

 

 硬い。ガリガリと表面を削るだけに留まり、深く刃が通ってくれない。

 

「グォオオ……!?」

 

 そこへ悲鳴が漏れた。今し方付けた見た目からして大した事のない傷とは別の傷。シュンが上手く捕食したのか、或いはジーナさんによるものか。

 背後に回って残心しつつ振り返れば、スサノオ原種は頭を弾かれたように仰け反っていた。

 ジーナさんの狙撃による。捕食形態で脚を削っても何の反応も示さず、それより小さな目(くら)まし程度の威力で悲鳴を上げる。存外、人だった頃の感覚も覚えているらしい。

 ならば、

 

「シュン!! スタングレネード!!」

 

「OK!!」

 

 音と閃光のダブルパンチは如何程か。

 目(ざと)く視認していたのか怯んだのを見逃さず、完全に前脚を捕食し千切る。

 ガクンと体勢が崩れた。立て直すために刀型神機を突き立て支えにし、目に見えて分かる隙に、滅多斬りするようにコンボを繋げる。そうして俺の掛け声に反応するとロングブレードの遠心力に任せて離脱して、腕を腰元のポーチへと伸ばしていた。

 その最中(さなか)だ。何かがバチリと弾けるような音が耳に届いたのは。

 

「ヨシツネッ!!??」

 

 そしてジーナさんの必死な叫び声が聞こえたのも、その音が生じたのと同時だった。

 

 

 ◆

 

 

 不安にリッカの胸は高鳴っていた。

 何か彼が無茶をしたのではないかと、苦しげに胸を抑えて作業場の隅で(うずくま)っていた。

 彼の神機は六花という。彼女と同じ名前であり、それは彼女が初めてあの円形窓(オルクス)を見た時に、そのステンドグラスのようなモザイク調の中にクレマチスという6枚花弁の植物を見(いだ)した事に由来する。

 自分と同じ名を彼が付けるのに気恥ずかしさがあった。しかし、それ以上に自分の整備した神機を褒めてくれることが照れ臭く思いながらも嬉しくあった。

 同じ名を授かった事に意味があるのだろう。ゴッドイーター同士の感応現象のように、リッカは六花とリンクする感覚が屡々(しばしば)あった。

 今、六花が悲鳴を上げている感覚がある。彼が窮地に陥った確信がある。

 自分が彼と同じ神機使いであったなら、そうでなくとも同じ戦場に立つことが出来たなら。その想いが彼女にリンクサポートデバイス開発の原動力になる。

 彼が百田ゲンのところに顔を出している間に掴み掛けた何かを形にするため、彼女は苦痛を耐えて立ち上がった。

 

 

 ◆

 

 

「──かはっ……げほっごほっ……!?」

 

 血が混じって肺から空気が吐き出される。

 

(一体何が、起きた……!?)

 

 咄嗟に前方に晒した神機を掻い潜り、全身に鋭い衝撃が駆け巡った。そして一瞬ブラックアウトして目が覚めれば、

 

「オォオオ……」

 

 息が掛かりそうな至近距離に若かりし頃の恩人の顔があった。青白い肌に紫一色の瞳と毛髪。俺の感覚が間違っていないなら、重力は頭上に向かって働いていた。見上げた先に地面が存在する。

 

「ウォオオッ──!!!!」

 

「ぐぅっ!!??」

 

 咆哮が放たれた。人型の口からではなくその胸が左右に()(ぴら)き、牙を剥いて咆哮した。体が、だらんと下がった両腕が枯れ葉のように無抵抗に(なび)く。空気中の塵がナイフのように肌を裂き、左足が焼けるような痛みを訴えている。異物感があり、蝕まれている感覚。加えて四肢が痺れ、寒く、重い。意識に、(もや)が掛かる。

 

(あかんやつや、コレ……)

 

 ホールド化とヴェノム化の二重状態異常。過去の経験から導き出した身体の不具合要因に、抗いたくとも抗えないもどかしさがどうしようもなく湧き上がる。ぎらめく大口に対しての焦燥感もそうだ。

 体の自由が利く。それがどれ程アラガミとの闘争に於いて掛け替えのないものであるのかを最認識させられる。

 反撃の術と言える二振の愛機は手元にない。元の円形となって離れた位置で地面に突き刺さっている。完全な無手だ。

 

「くそっ、たれ……!!」

 

 諦めたくはない。が、現状食われるのを待つだけの憐れな子羊と相成っている。

 時折視界の隅を(かす)めるシュンの勇士。然れどその神機では傷付く危険性が殆どないと学んだのか、或いは獲物が文字通り目の前にぶら下がっているからか、俺を貫く尾を切ろうと奮闘しているシュンを、原種は唯の槍型神機1本で(あしら)っていた。

 ジーナさんの回復バレットや状態異常回復バレットも届く間もなく切り払われていた。

 万事休す。手助けに来たというのに情けない醜態。

 だがそれを悔いるのはアラガミを倒した後だ。醜くとも生にしがみつく。それがこの時代を生きる者の生き様で、そして美徳だ。

 

「離せ、よ……!!」

 

 朦朧とした意識で神機を蹴る。先端に行く程刀身が狭くなった槍型神機。僅かに天に傾けられ、それは自分で傷口を広げ侵食速度を速めるだけに(とど)まった。

 スサノオ原種は(いや)らしく嗤う。アラガミらしい巨大な(アギト)を開いたまま、人型の顔が愉快に歪む。

 俺は空を見下ろす。やけに近くに太陽があった。赤とも橙とも捉えられる火の塊。徐々に大きくなっているように見えるそれに、原種も気付き目を向けた。

 プロミネンス。“太陽”から炎の渦がのたうつ。内側が透けて見え、青白い炎が宿っている。

 

「ヨシツネ、何とか耐えろ!!──」

 

 何とかって何だ!?、そんな風に胸の内で聞き返す間もなく答えが返った。

 

「──第2部隊がっ、カノンが来た!!」

 

「っ!?」

 

 息を飲む。朧げだった意識が一気に覚醒した。

 カノンさんが来たと言う事はあの“太陽”は充填玉で間違いない。原理はよく理解出来ていないが、滞空時間・重力によって威力が増減する特殊なバレットを改良した代物であった筈だ。中型種なら一撃で粉砕する超凶悪広範囲の特殊中の特殊バレット。

 人の体はオラクル細胞で構成されては勿論いない。そのためバレットを食らって受けるダメージはアラガミ程酷くはない。が、決して0ではないのだ。認識弾を使うと消費オラクルポイントが跳ね上がるため、誤射姫カノンさんはこともあろうかフレンドリーファイア度外視のバレットとなっているので、余計に恐ろしい。

 

「おらっ!! くそっ、離せ!!」

 

 ガンガンガンと蹴り付ける。傷口が広がっていくのも厭わない。激痛に悲鳴が漏れそうになるのも(こら)え、躊躇(とまど)いなく神機を蹴る。ゲンさんの時代と違い、回復錠やエリキシル錠があれば、繋がってさえいればこの程度の傷は直ぐ全快する。

 そうして暴れる俺を、先に胃に収めようと更に尾を持ち上げた。丸呑みにするように、見せ付けるようにして宙吊りに。

 

 スサノオ原種。

 シュンとの攻撃により1本失った前脚の代わりに、腕の神機を杖にしている。また1本の尾は俺を吊り下げるのに使い、攻撃に利用出来るのは残りの槍型・刀型神機それぞれ1本だけである。機動力も衰え攻めやすさは最初と比べて段違いだ。

 

「うぉおおおおっ!!!!」

 

 ブレンダン先輩の雄叫び。バスターブレートによる大気を破る音が鼓膜を打つ。

 明らかな威力を持つ側面からの急襲、それも神機を自由に扱えない側からの襲撃に、原種が取れる手段は少なかった。

 

「う、ぉわぁぁああああ!!??」

 

 接敵からの袈裟懸け(まが)いの大振り。刀型神機の腹に狙いを定め、横回転に振るわれた大型の近接神機。俺の()()でゴゥンッ!!と金属同士が力任せに()ち合う轟音が鳴り響いた。

 ブレンダン先輩と入れ替わるように、矢の如く俺は宙を飛ぶ。

 原種の取った行動は、可動域の広い槍型神機での防御だった。シュンが忍耐強く尾の片割れを相手したお陰で自ずとその場にアラガミを釘付けにする事が出来た。結果としてこうして解放される事が出来た。

 如何に些細な反撃であろうと塵も積もれば山となる。そうでなくとも煩わしいと思わせる程度には集中を乱せる。その証明となっただろう。

 剣戟が展開される。

 俺は再び地面を跳ね、抱かれるように止められた。

 

「ヨシツネ、大丈夫か?」

 

「あ、タツミさん、ありがとうございます」

 

 衝撃もなく優しく止められた先。見上げれば第2部隊のタツミさんの顔があった。

 

「ジーナから聞いたぞ? 俺達はチームだ。持って生まれた技能を活かすのはいいが、1人突出し過ぎると痛い目見るぞ」

 

「すんません、痛い程分かりました……」

 

 教え説くような穏やかな声音にバツが悪そうにしょぼくれる。

 太股に大きく空いた風穴は『痛い目』の代償と言っていい。慣れが最大の敵となって油断を生み、恐らく放電する毛髪による奇襲に、大した抵抗も出来ずに襲われた。

 

「気を付けるんだぞ。それで、回復錠なんかはまだ持ってるか?」

 

「うっす、エリキシル錠あります」

 

「なら少し休め、回復したら直ぐ来るんだぞ」

 

「了解っす」

 

 ぼんと軽く頭を撫でると助太刀するため駆けて行った。

 

 見送って、血の乾いた手でポーチを(まさぐ)りエリキシル錠を取り出すと、吸収効率の上昇を望んで噛み砕いて飲み込んだ。土を被ったジャリジャリとした食感と吐いた血も混じり、錠剤本来の味との相乗効果で酷く苦い。ムツミちゃんのナポリタンとの落差に涙が出そうになるが、我慢だ。

 太股にぽっかり空いた穴は侵食により黒ずんでいた。血がこびり付き、肉や骨の覗く左足には全く力が入れられない。それが泡立ちながら発熱して急速に治癒していく。完全に塞がったのを確認して恐る恐る立ってみると、何の問題もなさそうだ。

 さて、先ずは神機の回収である。

 

 

 ◆

 

 

「あ、分かったかも……」

 

 ポツリとした呟き。

 最後の一手がどうしても分からずここ最近行き詰まっていた開発が、ちょっとした偶然の産物によって道が開けた。

 

「分かった……!! うんっ、これなら出来る……!!」

 

 力強く頷く。

 3つの神機挿入口のある黒々とした機械。大量のケーブルが繋がれたそれは、リンクサポートデバイスの試作機である。

 リッカを主導として整備班の一部で行われているこの研究開発は、戦闘員を遠隔から支援する事を目的として推し進められている。この技術のメリットは、効果を発生させるにあたって偏食因子による神機の制御を必要としないため、退役神機使いの神機や使い手が休暇中の神機を有効利用出来る点にある。

 その暫定的な完成が目前に姿を見せた。辿るべき道筋が分かれば後は容易い。パズルのピースを嵌め込むように、次第にそれは組み上がっていった。

 

 

 ◆

 

 

 上空には規模を増した“太陽”が燦然と輝いている。初めて気付いた時から10倍は優に膨れ上がり、荒野でその存在を主張していた。

 その下には完全に足を止めたアラガミ。移動する事を(いさぎよ)く諦め、三脚を地面に深く突き刺し安定感を得ていた。両腕二尾を構え、シュン達と戦闘を繰り広げていた。

 

「あなた、大丈夫かしら?」

 

「大丈夫っす。心配かけました」

 

 食いしん坊が災いして刀身の殆どを埋めるように沈んだ神機を然も聖剣の如く引き抜いた俺は、眼帯により顔の左半分を覆ったジーナさんの気遣わしげな言葉に謝罪で返した。

 絶えずレーザーを打ち出し援護している彼女は(せわ)しく動きながら、視線をスサノオに向けて人一倍以上の負担を背負っている。

 オラクルリザーブをして放ったあの特殊バレットによりブラストがオーバーヒートを起こして冷却中であるらしく、カノンさんは援護射撃に参加出来ていなかった。故に、熟知しているその特殊バレットの発射時間のカウントを受け持っていた。

 

「残り10秒です!!」

 

 口元に手でメガホンを作り、彼女は声を張り上げる。

 

「ブレンダンさん、タワーシールドの用意お願いします!!」

 

「あい、了解した!!」

 

 振り上げた勢いを後ろへ向かわせ、神機に引っ張られるようにして後方へ退避。見極めた間合いから出ると、アラガミに背を向けこちらに走って来る。

 ツインブレードには防御機構が存在せず、それを知ってカノンさんは神機を回収した俺を攻撃に晒されないこの場に引き止めた。先輩頼みとなるが、一緒にこれから迫り来るバレットの猛威を(しの)ぎ切れという事だ。

 

「大事ないか?」

 

「ブレンダン先輩のお陰で平気っす」

 

 数秒もしない内に到着したブレンダン先輩。彼は地面に固定するようにタワーシールドを展開し、完璧に防御形態に移行した。そうして背後にいそいそと隠れる俺に声を掛け、感謝の念を先輩に返した。

 

「5秒です!! ジーナさんはそろそろこちらへ!! お二方は各自防御を!!」

 

 正確に時を刻む。

 すると急激に宙に浮かぶものの規模が収縮し出した。薄ら透けて見えていた青白い炎が表面の橙の炎を暴力的に(むしば)み、本格的に置き換わる。眩しい白熱電球の如く。直径50cm程の球となった。

 ジーナさんがタワーシールドの影に駆け込む。2人して支えるようにカノンさんとジーナさんはブレンダン先輩の横に密着し、神機をホルスターに仕舞って俺も覆い被さるように背中を押す。

 

「落ちます!!」

 

 無重力から解き放たれ、重力に従い“太陽”が落ちる。

 その危険性を理解していないのか、いやスサノオ原種には逃げる暇がなかったのか、焦るように腕を振るう。今までの精細さを欠く見苦しい足掻き。

 刀型神機が接触する。

 時を同じくして、鼓膜を破り兼ねん爆音と共に眩い閃光が一帯に弾けた。

 

 

 ◆

 

 

 整備班が戦地に駆け付けたのは爆発が収束した後だった。

 対アラガミ装甲上にてリンクサポートデバイスを展開する。ジーナを経由してオペレーターに伝えられたスサノオ原種の情報は、榊博士のゴーサインもあり開発完了したデバイスのテストプレイも兼ねてリッカの元にも届けられた。

 挿入口に刺さる神機は現段階で限界ギリギリの3つだ。病欠の第3部隊カレルのアサルト、元第1部隊雨宮リンドウのロングブレード、そして因縁の百田ゲンのピストル型神機。

 主に貫通力、切断力の上昇を旨とする神機構成。

 これが彼の、彼等のアラガミ討伐の一助となってくれればと、

 

「起動……!!」

 

 リッカは願って宣言した。

 

 

 ◆

 

 

 

 凄まじい音と光と熱の奔流。

 ゴッドイーターでさえそう感じるのだから、生身の人であれば論ずるまでもない。

 爆心地からはじゅうじゅうと如何にも熱そうな音を立てて煙が舞っている。いつか見た時よりも威力がとんでもなく上がっている気がする。

 

「あれを耐えるか……」

 

 近接形態に変形させたブレンダン先輩が苦々しげに口にした。

 

「嘘……!?」

 

「流石に硬すぎるわね……」

 

(くゆ)る煙の中で蠢く影がある。大きく(いびつ)な、シルエットだけを見れば巨大昆虫のような黒い影。

 スサノオ原種。

 

「オォォォオオオオオオ────!!!!」

 

 姿を見なくても分かる。怒りに打ち震えているのだ。

 白いカーテンの向こう側で、地面から空に向かって紫色(しいろ)のラインが幾つも走る。

 白ではなく紫。活性化の特性が変わっている。

 

「でも、ノーダメージって訳じゃないみたいっすね」

 

 尾の形に沿って伸びていた筈のラインは途切れ、放電していた毛髪も焼け焦げ長さが極短くなっていた。刀型神機は妖しく波紋に沿って輝き、一振は未だ健在であることが窺い知れるが。

 

「攻め時か」

 

「そうっすね」

 

 六花を抜く。

 二振の神機から硬質な音を響かせる。円形のバラ窓のような鮮やかで特異な神機を威嚇するかの如く擦り合わせる。

 自らに対する鼓舞。リンドウさんと初めて肩を並べた時のように。絶対的強者を打ち負かす励ましとして。

 

 『血の力』──『血族』。

 

 強制解放に伴い捕食形態へと変態する神機に命じ、三日月刃三枚の形状へと変化させ、維持させる。

 シュン。タツミさん。ブレンダン先輩。ジーナさん。カノンさん。

 全員が『血族』の恩恵を受け再度バースト化する。

 

 先行したのは俺だった。

 揺らめく白のベールを突き破って突貫する。

 2つの尾が千切れ飛び、残っていた3脚も不自然な方向に折れ曲がり捻じ切れそうなスサノオ原種。対して傷の目立たぬ人型。これは人型がこのアラガミにとって最も重要な器官であることの裏付けだろう。

 罅割れ正常にラインが通らなくなった右の神機。事ある毎に俺を吹き飛ばしてくれやがった気に触る刀型神機。

 原種が恩人だった過去なんぞもう忘れた。その忌々しい鼻っ面を()し折ってやる。

 

「あの世で俺を生んだ事を後悔せぇ!!」

 

 俺の到達点を目測した両断するような、しかし不定の一撃。風切り音もなく、自然と空気が動く境目に刃を通す不感知の振り下ろし。

 だが残念だが、その斬撃は()()()()()()。恩人の生前、俺の目の前で披露したそれだ。喩え気紛れの(てい)で直角に曲がろうとも、軌道が分かっているなら対処出来る。

 いやに左右に揺れ動く。一定以上の速度で緩急が付き、無意識の内に距離を食らう。けれども俺に触れる事は有り得ない。

 鋭く息を吐いたなら、迸るのは青と赤の剣閃だ。

 反応点を決め、そこに引っ掛かれば神機を振るう。単純な鼠捕り。シンプル故に効果的。

 金属の擦り合う衝突音。フラットな刃と、刃と峰で形成された2つの渓谷。白刃取りするように脇腹へと絞った神機を峰の側から斬り上げる。

 渓谷に黒刀が(はま)ったところで、待機していた一方を更に振る。しっかり軌道をずらし、地に逸らした。

 

「先輩!!」

 

「あぁ、了解した!!」

 

 呼ぶだけで意思を汲み取ってくれる。先行した俺に遅れる形で接近した防衛班の近接神機使い。

 ブレンダン先輩は俺が二振により押さえ付ける黒刀に向けて縦回転斬りをお見舞いした。

 入っていた罅が大きくなり、バキンッ!!と音を立てて根元から見事に折れた。

 

「オォオオオッ!!??」

 

「一斉に掛かれェッ!!!!」

 

 これぞ好機とタツミさんの怒声が響く。

 残り最後の神機の相手は迂回して反対側に回ったシュン達に任せ、俺は指示通り人型を目指して跳び掛かった。

 余りの熱に結晶が析出した地面。(つまず)き易くなった地を、足を折り畳み跳ね上がった。

 眼下にスサノオ原種。地を這うブレンダン先輩と俺のどちらを狙うべきか迷う素振りを見せるその人型の目に宿る光は弱かった。

 

「六花ァッ!!」

 

 愛機の名を叫ぶ。力を貸せと、(たけ)り吼える。抱くように体を縮めて2つの神機を引き絞る。

 地上では上体を捻じるように振りかぶった。バスターブレードの専用技能──チャージクラッシュの構えを取った。

 

 獲物が大きく素早さに於いては俺に劣ると考えたのか、ブレンダン先輩は無視し、今まで致命的なダメージを受ける要因となり得なかったシュン達も捨て置いて、俺に焦点を合わせて腕が動き出した。

 狙い済ましたように、

 

「私も忘れないのよ」

 

 ジーナさんのレーザーが人型の顔面に襲い掛かった。

 狙いの狂った斬撃は、ただ何もない虚空を狩る。

 

 体感として、バースト化の残り時間は僅かだろう。その間にけりを付ける。

 

「フンッ!!!!」

 

 目一杯引き絞り、その反動で初速から最高値を叩き出す。青と赤。2つの剣線が、だらしなく半開きとなったアラガミの顎に真っ直ぐ引かれる。今まで硬い硬いと文句を垂れていたのが嘘のように、バターにナイフを通すが如くスルリと斬れる。

 尾を犠牲にしたとは言えカノンさんの特殊バレットを耐えておいて、元々人型の部位が他と比べてかなり柔らかな肉質だったとは考えられない。突然神機の切れ味が上がったと錯覚する。

 

「はぁああ!!!!」

 

 バスターブレードを(かつ)ぎ気張る。黒紫の気迫が神機に乗り、神殺しを可能とする覇気を醸している。

 それが、暴力の塊が行使された。ぐしゃりと半身を潰す直視し難い光景を作り出して肉を抉る。

 想像以上の惨状にも関わらず、生命力(たくま)しいアラガミは唯一となった左腕を技術も何もない力のみで振り回す。

 着地した俺とブレンダン先輩を薙ぐように、黒刀が勢い良く地を舐める。

 だがスサノオは俺達以外にもいることを失念していた。最後の左腕も遂にはタツミさんの捕食により食い千切られ、慣性に従い明後日の方向に吹っ飛んだ。

 

「さぁ、これで最後だ」

 

 三枚刃であった神機を軟化させる。刀身がコアからの黒い繊維に飲まれ、捕食形態の三つ首が左右でそれぞれ形成された。

 

「六花、食べな」

 

 告げると、6つの(あぎと)が原種を遠慮なく、跡形もなく食い散らした。

 

 

 ◇

 

 

「ヨシツネくん、お疲れ様」

 

「おぅ、リッカありがと。今回辛かったわ」

 

 全身血(みど)ろ砂(まみ)れ。リッカの手により側頭部で編み込まれ結われていた筈の黒髪も、戦闘の最後で結紐が切れてしっちゃかめっちゃかなスタイルとなっていた。着ている服も嘗てない程穴だらけである。

 

「ケガは?」

 

「大丈夫治った」

 

 神機を保管庫のカバーに収め、力(こぶ)を作って無事を示す。

 だが俺のその態度はお気に召さなかったらしい。

 

「『治った』じゃないよ!!」

 

「あたっ!? って、おぉう!!??」

 

 両手で挟むように頬を叩いたかと思うと、じんわりとした暖かさが俺の体を包み込んだ。首に回された華奢な腕に身長差から体重がかけられ、急な重心の変化に前(かが)みとなって俺もリッカを抱き締めていた。

 女の子らしく柔らかな感触。鼻腔を擽る多少汗の匂いもある彼女の香り。この感覚は、戦闘で命を落としていたなら決して経験出来ないものだった。

 

「ごめんな……」

 

 自然と口からそう溢れた。彼女は整備士としての経歴が長いだけに、主人を失った神機を多く見ている。俺の好戦的なスタイルは、その中に六花も含めさせるような無理だった。

 

「無事なら、いいよ……」

 

 嗚咽を耐え囁く。

 酷く彼女を心配させたようだった。今までも同じように、無理を押し通す度に彼女は不安で押し潰されそうだったのだろう。

 後悔先に立たず。積み重ねた不安の分だけ、今後の休暇は彼女の側で寄り添っていよう。

 

 

 ◇

 

 

「ゲンさん、これを」

 

「ん!? こいつは……!?」

 

 手渡したのはフェンリルとは違う前時代の階級バッチ。スサノオ原種のコアを回収した際に六花の中で偶然にも構築された恐らく恩人の持ち物だ。

 

「そうか、あの爆発はやつを倒したものだったか。例を言う、ありがとう。本当に、ありがとう……」

 

 例を受け取り、俺はゲンさんの家から立ち去った。男の涙は誰かに見せるものでも、誰かが見るものでもないのだから。

 

 

 ◇

 

 

「隊長、俺らにも休みくださいよー」

 

「そうですよ、妬ましくもイチャコラしといて」

 

 世界は危険で満ち溢れている。極東なんかはその最たる例だ。

 だが、人類が生存する限り、ゴッドイーターは抗い続ける。クソッタレな世界に文句を垂れながら、今日も元気にアラガミ狩りだ。

 

「ははっ、(こな)す仕事量が違ぇからな、生意気なお前らの休暇は当分先やわ」

 

 ヘリで運ばれ任地へ向かう。

 今回の殲滅対象はウロボロス。蛸に似てるよなと思いながら、ラウンジで新たに入荷したたこ焼きを想像して、到着までの時間、俺は第7部隊の隊員とたわいない会話を楽しんでいた。

 





 戦闘シーンから最後にかけては締切前夜に徹夜で書き上げ、粗が目立つ作品として仕上がったかもしれないと危惧しておりますが、読んで面白かったと思って頂けるようであれば幸いです。

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