スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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レフィーヤさんと共闘するお話。


Chapter03『共闘の仕方』

 ベル達が落ちた怪物(モンスター)の体内は薄紅色の肉壁が薄っすら光っていた。

 そこは生暖かい熱気と異臭が漂う悍ましい赤い世界。

 底に溜まる薄い紫がかった液体……溶解液は脛程あり、ベルのグリーブとレフィーヤの戦闘衣はじわりじわりと溶け出しており、溶解液が泡立ち煙を上げている。

 

 この溶解液が肉と骨を一瞬で溶かしてしまうほど強力でなかったことは不幸中の幸いだろう。

 しかし、まるで高熱の油に両足をつけているように熱く、じわりじわりと肌を蝕んでいくような感覚は恐怖を煽ってくる。

「っ……ベルさん、スズ―――――スクハさんご無事ですかっ!?」

 何とか足から着地することが出来たレフィーヤは溶解液による痛みに顔をしかめながらも、非常だからこそ年配であり先輩である自分がしっかりしなければとぐっと唇を噛み痛みを堪えながらベルとスズの安否の確認を行った。

「僕は大丈夫です!! それよりスクハがっ!!」

『……大丈夫、ではないけれど……すぐにどうにかなる問題ではないのだから……そのまま私に触れずに……状況を把握し対処しなさい……。そうしなければ……全滅するわよ……』

 

 そこには慌ててスクハに駆け寄ろうとするベルと、それを制しするスクハの姿があった。

 そのスクハの下半身は消化液より上までせりあがっている薄紅色の肉塊に太腿付近まで飲み込まれ、両手もその肉塊から生えた無数の触手にからめとられ身動き一つとれなくなっている。

 

「でもっ!!」

 

『……でも、の前に状況を……把握しなさい……。上で様子を窺っている怪物は

『スズ・クラネル』を生きたま……ま、取り込んで……一段上のランクにシフトする気でいると思っていいわ……。このペースだと……そうね……。この怪物と一体化まで約半日……。

『私』の保護が途絶えて『スズ・クラネル』が反転するまで1日……といったところ……かしら……。少なくとも……『スズ・クラネル』を取り込むこと……に、集中しているこの怪物の邪魔をしなけば……考える時間は十分にあるわ……』

 

 虚ろな瞳で上を見上げたまま、弱弱しい声でスクハがそう答えた。

 スクハの目線の先、人型の上半身が天井にさかさまで生えている。その体は様々な植物が編み込まれて出来ており両腕は細い一本の触手だった。

 頭部にあたる球体は目玉そのもので、目玉の付け根には獅子の鬣のような冠が目玉を囲うように垂れ下がっている。

 そんな見たことも聞いたことも無い様な異形の怪物(モンスター)の単眼が三人を見下ろしていた。

 

「極彩色の怪物(モンスター)……」

「あれを倒せばいいの!?」

『……落ち着きなさい……脳筋白兎……。相手のポテンシャルはおそら……く、Lv4級……。

黒いミノタウロス……程の相手とは……言わないけれど……考えなしに攻めれ……ば、貴方も骸になる……わよ……』

 スクハの言葉にベルとレフィーヤはここでようやく溶解液の中に冒険者だったモノと思われる無数の骸と武具が沈んでいるのに気が付いた。

 中には頭蓋が衝撃でわられた骸も転がっており相手の攻撃力の高さが窺える

 

『……レフィーヤ……遭遇経験は……?』

「極彩色の怪物(モンスター)で間違いないですが、このタイプの怪物(モンスター)と遭遇したことはありません。ですが極彩色の怪物(モンスター)であるからには魔力に反応するはずです」

『……そう……。精霊も大好物、といったところ……かしらね……。こんな奇妙奇天烈な知人を……持った覚えは……ないのだけれど……っ』

 スクハが明らかに辛そうに顔をしかめ、冷や汗が薄い紫がかった消化液に落ち煙を上げる。

 肉塊に呑まれているスクハの下半身の状況はわからないが、消化液に浸かっているだけでこの痛みだ。

 生きたまま体を取り込まれているスクハは身心共に自分達よりも辛いに決まっている。

 スクハの今の状況は自力で脱出できる状態ではなく【魔法】も撃てないと仮定した場合、最速で彼女を救出するにはどうすればいいかを考える。

 

 

 肉塊に飲み込まれた中身がどうなっているかわからないので無理に引き千切るのは得策ではない。

 既に足が同化していれば最悪足ごと千切れてしまい出血多量で死に至る可能性がある。

 何よりも上で様子を窺っている人型の本体らしきものがそれを阻止するのでかえって時間が掛かるだろう。

 ならば、スクハの救出よりも先にこの怪物(モンスター)を倒すべきだ。

 魔石を壊せば怪物(モンスター)は灰になるし、既に同化が始まっていても同化している部分が魔力を帯びた『ドロップアイテム』として残り断面にならないかもしれない。

 少なくとも出血多量で死に至ることはなく、野営地、それがダメなら【ディアンケヒト・ファミリア】のホームで治療を行なえる。

 怪物(モンスター)との同化するといったケースは今まで一度も確認されていないのでなんともいえないが、同化した部分を切断して義足をつけてもらうことならば可能だ。

 無駄に考え四苦八苦するよりも一刻も早く同化が進む前にこの怪物(モンスター)を倒すのが先決であるとレフィーヤは瞬時に判断して割り切る(、、、、)

 

 

「ベルさん! 私が隙を見て【魔法】を撃ちます! ベルさんは壁を傷つけてみてください! ただし相手がどんな攻撃手段を持っているかわかりませんので自分の身を第一に考えてください!」

「わかりました! スクハ待ってて! すぐに助けるからっ!!」

 レフィーヤが杖を構え、ベルがヘスティア・ナイフを抜くと地中の番人(トラップ・モンスター)は二人を障害と見なして腕の触手で襲い掛かってくる。

 

 容赦のない地中の番人(トラップ・モンスター)の触手による猛攻。

 それをレフィーヤは焦る気持ちを押さえつけて、冷静に相手の動きを観察しながら避けていく。

 一方ベルはというと、触手の猛攻の中を真っ直ぐ突っ切ることで攻撃を避けている。

 走りながらも身をひるがえすことでシャツと肉を裂かれながらも前進し、背後から後頭部を狙われても身を低くして見えていない筈の攻撃すら避けてしまう。

 そしてベルはあっという間に壁際に辿り着きナイフを肉壁に走らせていた。

 

 ナイフは肉壁を裂くが地中の番人(トラップ・モンスター)は怯みもせず攻撃の手を休めることはない。

 肉壁を攻撃してもダメージはないと見た方がいい。

 そしてここまで観察してわかったことは、地中の番人(トラップ・モンスター)の触手は必ず巨大な目玉の目線の先に来るということだ。

 おそらくベルはその目線を無意識のうちに感じ取ることで、まるで未来予測でもしているかのように相手の攻撃が始まる瞬間に回避行動を取っているのだろう。

 相変わらず『レスクヴァの里』の住人は規格外の潜在能力(ポテンシャル)を秘めているなとレフィーヤは思うと同時に、大切な友人であり後輩である二人にみっともないところを見せられないなと焦っていた気持ちも逆に少しずつ落ち着いてくる。

 

「壁は効果が薄いようです! それと触手は必ず目玉が向いている位置に来ます! それを踏まえてベルさんは詠唱中の私を触手から守れそうですか!?」

「武器のリーチがあればなんとか受け流せると思うんですけど……【ファイアボルト】ッ!!」

 ベルは受け答えながら【ファイアボルト】を本体目掛けて6連射(、、、)するが触手により全て撃ち落とされてしまう。

 当たり前のように一つのトリガーで【魔法】の連射までしてのけたベルの無茶苦茶に、レフィーヤは『あの里だから仕方ない』と軽く苦笑しつつも間を空けずに次の指示を出す。

「でしたら冒険者達の遺品を少し貸していただきましょう。ミスリル以上だと思われる物が溶けずに残っています。使い手の弔い合戦の為ならこの武器達も許してくれるはずです」

「武器……これならっ!!」

 触手が炎を振り払い再び猛攻を続けてくる。それに対してベルは溶解液に沈んでいた大斧と大盾を拾い、迫り来る触手による連撃を正面から受けるのではなく横に衝撃を与えて逸らし続ける。

 しかし、今は上手く攻撃をいなせていても慣れない武器でいつまでも格上相手の攻撃を防ぎきることなんて不可能だ。

 体格に見合っていない大斧と大盾は必要以上にベルの体力を消費させてしまうだろう。

 

 

「【解き放つ一条の光、聖木(せいぼく)弓幹(ゆがら)】」

 

 

 だからレフィーヤは即座に【魔法】の詠唱に移った。

 魔力に過剰に反応する極彩色の怪物(モンスター)は当然その標的をレフィーヤに変えるが、レフィーヤはベルが迎撃しやすい様に【平行詠唱】をしながら動き、標的が一つに絞られたことにより触手はより単調な攻撃となったことでベルの負担は大きく減る。

 

 迎撃しやすくなったとはいえ、LV2のベルがLV4級の攻撃をまともにまともに受ければ即死なことに変わりはない。

 それなのにベルは、そんなことは日常茶飯事だと言わんばかりに攻撃を恐れて臆することなかった。

 それはLV3のレフィーヤも同じでベルが触手の迎撃を失敗すれば、まだ不慣れな【平行詠唱】では攻撃を全て回避することはできず触手の餌食になってしまうことだろう。

 

 それでも自然と互いに互いを信じることができた。

 ベルはレフィーヤが【魔法】で地中の番人(トラップ・モンスター)を仕留めてくれると信じ、余力を一切残す気はなく触手の衝撃を殺しきれず両手両足の筋肉が悲鳴を上げても、歯を食いしばり咆哮を上げて攻撃を反らし続ける。

 レフィーヤはベルなら必ず守り切ってくれると信じて、この一撃に大量の魔力を注ぎ込む。

 

 

「【汝、弓の名手なり。狙撃せよ】」

 

 

 凌いでもらった時間はほんの十数秒。

 ベルが命懸けで稼いでくれたこの時間を無駄にしない為に最後の一句を唱えて勝負を決めようとした瞬間、突然激しい猛攻を繰り広げていた触手の動きがピタリと止まる。 

 そして最後の一句を唱えきる前に地中の番人(トラップ・モンスター)の冠が青く発光した。

 

 

『ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛アアアアァァァアアアアアアア―――――――!!』

 

 

 その瞬間、発光した器官から殺人的な高周波が発せられる。

 バッドバッドやセイレーンなどが使う冒険者の動きを拘束する特殊能力『怪音波』と部類は同じだがその威力は段違いだった。

 上級冒険者であるベルとレフィーヤがその一回の『怪音波』で平衡感覚を失い膝を折ってしまうほどの出力。

 恐怖心をあおり動きを封じる『咆哮(ハウル)』と違い心の持ち様でどうにかなるものではない、単純な【ステイタス】差と対処法がものをいう【状態異常攻撃】だ。

 そのせいで完全にベルとレフィーヤは動けなくなっていた。完全に動けない状態は一瞬。その後は辛くても動くことだけなら精神論でなんとかなるだろう。

 だが格上である地中の番人(トラップ・モンスター)にとってその一瞬はどちらかを仕留めるにはお釣りがくるほどの時間だった。

 

 

 

 

『【雷よ、邪悪を払う盾と……なれ……。第四の……唄アス……ピダ・ソルガ】装填……。

 『偽絶対防御雷壁(スヴェル)』構……築……ッ!!』

 

 

 

 スクハの叫び声と共にボチャリとナニかが落ちる音が響き、巨大な大盾が盾裏から金色の放出しながら飛んできた。

 大盾が地中の番人(トラップ・モンスター)の間に割って入る。

 

 

『……『偽絶対防御雷壁(スヴェル)』展開……。

 【雷よ……邪悪を払……う盾と、なれ……。第四の唄……アスピダ・ソルガ】……』

 

 

 大盾が金色に輝き、ベル達と地中の番人(トラップ・モンスター)の本体を隔てる壁となって肉塊全体に広がった。

 光の壁は触手が叩きつけられる度にひび割れていき、4度目の攻撃で完全に砕け散って合体前の盾と鞘に戻ってしまう。

 それでも何とかスクハのおかげで体勢を立て直す時間がとれた。

 

 スクハにお礼を言いたい。また無茶したんじゃないかと心配で状況を確認したい。

 だけどそれで振出しに戻ってはまた無茶をされてしまう。だからベルは無事を確認する前にやるべきことをやらなければならない。

「【ファイアボルト】!!」

 まだ『怪音波』のせいで狙いが上手く定まらないので数撃てば当たると炎雷を12発『怪音波』発生源である冠目掛けて乱射した。

 光の壁となった『偽絶対防御雷壁(スヴェル)』により視界を遮られていた地中の番人(トラップ・モンスター)にとってそれは完全に不意打ちだった。

 12発の内8発もが冠に命中。『怪音波』発生器官を炎上させて一番厄介な攻撃を封じる。

 その直後に【英雄願望(アルゴノゥト)】による蓄力(チャージ)を開始する。

 

 リンリンと鳴り始めるチャイムの音に引き寄せられるように2本の触手が再び襲い掛かってくるが、同時に自分目掛けて振るってくれたのは好都合だった。

「こんのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 ベルは大斧を両手でしっかりと握りしめ、僅か3秒間の【英雄願望(アルゴノゥト)】の蓄力(チャージ)を即座に使い迫り来る2本の触手を同時に薙ぎ払い切断する。

 ベルの役目は相手を倒すことではない。

 如何にレフィーヤの【魔法】を無事発動させるかだ。

 これで厄介な『怪音波』に続き唯一の攻撃手段である触手を奪った。

 

「レフィーヤさん!!」

「【妖精の射手。穿(うが)て、必中の矢! アルクス・レイ】!!」

 レフィーヤもこのチャンスを逃さず既に詠唱を終えている。

 杖から放たれる光の砲撃が本体に直撃し、地中の番人(トラップ・モンスター)は悲痛の叫び声をあげた。

 

 それでも地中の番人(トラップ・モンスター)は耐えきった。

 悲痛の叫びを上げ皮膚が焼けようとも、捕えた獲物を外に出さないことに特化した地中の番人(トラップ・モンスター)の【魔法耐性】はずば抜けていたのだ。

 ここでレフィーヤとベルは相手が防御特化であることをようやく悟る。

 

 だが相手にはもう攻撃手段が残されていない。

 LV5級の砲撃【アルクス・レイ】も効いていない訳ではない。

 レフィーヤはすぐさま次を放とうと杖を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 すると、突如地中の番人(トラップ・モンスター)の肉壁と本体が蠢き黒い色に変色し始めた。

 本体の形も植物が編み込まれたような異形の形から、両腕は取れたままなもののしっかりとした人影(、、)にぐにゃぐにゃと黒い肉塊が蠢きながら変質していく。

 出来上がりつつあるのは腕のない人の上半身を模った黒い影。

 頭部から垂れ下がる長い髪の毛がうねうねと蠢いていることから触手の数が髪の毛の数に増えたと考えた方がいいだろう。

 2本ならまだ捌けた。だがあの数は無理だ。変化しきる前に、動き出す前に倒さなければここで全滅する。

 間に合うかはわからないし、【英雄願望(アルゴノゥト)】の反動で体力をかなり消耗してしまっているがやるだけやってみるしかない。

 ベルはレフィーヤの詠唱に合わせて攻撃が出来るよう再び【英雄願望(アルゴノゥト)】の蓄力(チャージ)を開始する。

 

 

 

『……たった……あれだけ……の、力で……変異するなんて……』

 

 

 

 そんな中、弱々しいスクハの声が聞こえた。

 ベルとレフィーヤは詠唱と蓄力(チャージ)を継続しながらも慌ててスクハの安否の確認をすると、おぼつかない足取りで目が虚ろになってしまっているが、無事に肉塊からは抜け出して変化していく本体を見上げている。

 おそらくスクハが【魔法】を唱えた時に鳴った音は肉塊から抜け出し溶解液に着地した音だったのだろう。

 

「スクハ、大丈夫!?」

『……大丈夫では……ない、わね……。正直『スズ・クラネル』が発狂しない……よう、抑え込むのが……精一杯なのだけれど……『私』の一部を食らって……変異しているのだから……そうも……言ってられないわね……』

 スクハが両手を真っ直ぐ変異し途中の本体に向けて構える。

 

 

 

 

 

 

――――――――――これは大ポカをした、『私』の責任だから――――――――――――

 

 

 

 

 

 スクハから疲れの色を含めた表情が消えた。

『【天と地にあまねく精霊(どうほう)達よ。我の声を聞きたまえ。我の声に応えたまえ。我はレスクヴァの血族なり】』

 そして静かな声が肉塊の中で木霊する。

 スクハの足元に溶解液越しからでもはっきりと見えるほどマジックサークルが眩い輝きを放つ。

 

 

天空(そら)よりも眩しき輝きよ。

 雷より速き閃光よ。全ての精霊(どうほう)達の想いを胸に我雷光の戦鎚を振り下ろさん】

 

 

 それは、またベルの知らない詠唱文だった。

 

 

【詠え。唄え。謡え。我食される覚悟あり。我(いくさ)をする覚悟あり。我九歩下がる覚悟あり】

 

 

 この状況で出すのだからスクハのとっておきだということはわかる。

 なおかつ、漆黒のミノタウロス戦などの命の危機でも使わなかったことからこの【魔法】の詠唱中は身動きが一切取れないのだろう。

 

 

【粉砕せよ。粉砕せよ。粉砕せよ。滅びの定めに終焉を。我が愛しき存在(もの)に祝福を。

 我、ここに新たな運命(さだめ)を開闢する存在(もの)なり】

 

 

 脳裏にリリを助ける為に無茶をして限界を超えた【ヴィング・ソルガ】と【ミョルニル・チャリオット】で数日動けなくなったスクハの姿が浮かぶ。

 止めないとまたあんな状況になってしまうかもしれない。もしかしたらそれよりも酷い状況になってしまうかもしれない。

 

 

『安心しなさい。『私』も消えたりしないし、『スズ・クラネル』も寝たきりになったりしない。だけどこれはタブーをタブーで帳消しにしようとしてるだけ。そんな『私』のことを笑っても構わない。だけどベル、もしも『スズ・クラネル』が人でなくなっても……今まで通り接してあげて』

「スクハまっ」

「ベルさん! 人でも精霊でもスズさんとスクハさんは何も変わりません! 大切な人は何があっても大切な人のままです!! スクハさんに合わせますよ!!」

 レフィーヤはぐっと唇を噛みしめて、ベルと自分自身にそう言い聞かせた。

 スズが完全な人工精霊になっても関係ない。アイズの素性がどんなものでも関係ない。自分達の関係は今のままだと強く想い願う。

 

 

 

 

 

 

 

『【ミョルニル・レスク・ラグナ(黄昏の一撃)】』

 

 

 

 

 

 

 それは精霊レスクヴァが黒龍を完全消滅させる為に作り上げた【粉砕属性】の集大成。

 込められた魔力量までの物質を魂魄含めて完全粉砕する【レスクヴァの魔法】。

 金色の閃光に合わせ、ベルとレフィーヤも準備していた20秒蓄力(チャージ)した【英雄願望(アルゴノゥト)】による【ファイアボルト】とありったけの魔力を込めた【アルクス・レイ】を放つ。

 金色の閃光に白き閃光と大雷炎が混ざり合い、変異を終えようとしていた地中の番人(トラップ・モンスター)を完全消滅させ、水晶の生える天井を貫き、計10階層もの天井を貫いた。

 安全確認を行わずに放たれたこの一撃で幸いにも人的被害はなかった。

 

 

 綺麗に消滅したことにより岩盤の崩壊もなく、縦穴からクリスタルの生えた天井とぽっかりと空いた穴を見上げる時間はあった。

 地中の番人(トラップ・モンスター)を失った縦穴には、冒険者の骸と亡骸、同じく地中の番人(トラップ・モンスター)の犠牲になったのであろう怪物(モンスター)のドロップアイテムが転がっている。

 遺品や遺骨を回収して供養したいところではあるが、体力的にも時間的にもそんな余裕はない。

 アイズ達は今の閃光と轟音に気付いてくれたと思うのだが、それは『闇派閥(イヴィルス)』の残党も同じなのでなるべく早く森に身を隠す必要があるだろう。

 

「スクハ、本当に大丈夫なの!? 生きてるよね!? 怪我はないよね!?」

『……大丈夫、よ……。『私』のまま、意識はあるわ……。肉塊から抜け出す時に『雷甲鈴(らこりん)』を、落としたから……。鞘と盾……剣も、多分そこらへんにあるわ……』

「スクハさんの傷の具合は私が確認します。ベルさんはアイテムの回収を。その後すぐに動けるようでしたら、少し辛いと思いますがベルさんの足の治療は森に退避してからにさせてください……」

「僕は大丈夫です。レフィーヤさんは?」

「私も移動する分には問題ありません。それにしても極彩色の怪物(モンスター)の変化は一体……あ、すみません。すぐに傷の具合を見ますからっ!!」

 レフィーヤがスクハのロングコートをたくし上げて肉塊に呑まれていた両足や触手に絡まれていた両腕を確かめる。

 

「グリーブは溶けてボロボロになってしまいましたね……。すみません、キャンプに帰ったらベルさんとスズさん……スクハさんの代えのブーツを上げます。なかったらリヴィラに行って買ってきますから。でもよかった。手足に異常はなさそうですね」

 レフィーヤはスクハの両手両足が無傷なことにほっと安堵の息をつくのだった。

 




少し消化不良気味ですがオーバーキルなヴェネンテス(地中の番人(トラップ・モンスター))戦でした。
ヴェネンテスの変異についてはおそらく次回に少しと、エピローグ付近で触れていく予定です。

【ミョルニル・チャリオット】ではなく、お母様こと【レスクヴァの魔法】を選んだ理由はあるものの後の章でストレートに表現するか遠まわしにいつもの小出しで出していくかは迷うところではありますね。
この辺りはいつもながらその日の筆の調子によるかと思います。

そんなこんなで今回も駆け足気味なものの、地味に拾えるパーツがある回でした。
次回、『闇派閥(イヴィルス)』の残党登場予定です。

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