スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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上がった力を少し試すお話。


Chapter05『力の試し方』

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 スズ・クラネル

力:h189⇒194  耐久:g287⇒293 器用:g226⇒231

敏捷:h190⇒192 魔力:b748⇒792

 

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 ベルの目覚めはまた太腿の上だった。

 ただ目に映る顔がスズでもアイズでもなく、少し頬を赤らめているレフィーヤだ。

 

 憧れのエルフに膝枕。

 しかもエルフらしく恥じらいを持っていてすごく可愛い。

 美しいエルフの柔らかい素肌と甘い香りをもっと堪能していたくなって危うくベルは即堕ちするところだった。

 

 あの胸に抱きしめられてみたいなとか、さらさらの髪を撫でてあげたいなとかよこしまな欲求がついつい湧いてしまったが、【英雄願望(アルゴノゥト)】の気配を感じて慌てて発動前にキャンセルしたことでベルは正気に戻った。

 こんな夜明け前の薄暗い場所で発動なんてされたら確実に全員の目が光の先に向かうだろう。

 顔を真っ赤から真っ青に変えてベルは危険地帯から慌てて離脱する。

 

 

「本当にベルさんって恥ずかしがり屋さんで、なんだか男の子なのに可愛いですよね」

 

 

 くすくすとレフィーヤは笑っているが、ベルにとっては笑いごとではない。

 光れば即人生終了。

 特訓どころか二度とアイズとレフィーヤはベルに近づかなくなるだろう。

 よこしまな行動を少しでも実行しようかなと迷うと後押しをするように発動してしまう。

 そんな余計な機能はいらなかった。

 

(あれ、というかこれって……女の子とお付き合いしたら確実に光っちゃうよね!? ずっとキャンセルするよう意識を向けてたらデートなんて絶対楽しめないよね!?)

 

 それともあれだろうか、光っても堂々としていられるような肝の据わった男になれというのだろうか。

 そんな英雄になりたくないし笑い話になる伝説なんて残したくない。

 

 何とか【英雄願望(アルゴノゥト)】を使いこなさなければベルに男としての幸せは一生訪れないかもしれないが、さすがに【英雄願望(アルゴノゥト)】の特訓はアイズに頼むわけにはいかない。

 

 【レアスキル】うんぬんの前に女の子の前で堂々と発光とか、それも恋い焦がれる女の子の前で発光するなんて死にたくなってしまう。

 

 なので、やるなら夜遅く誰にも気づかれないように一人でしなければならない。

 なんだか卑猥に聞こえるがそれしかない。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】はベルにとって最大の武器であると同時に使い方を誤れば危機におちいってしまう諸刃の剣だ。

 

 蓄力(チャージ)に掛かる時間と撃った後の反動を考えるとそんな言い方をすればまともに思えるが、やることは股間が光らないように制御しようとしているだけなのだから、これまた情けなくて首をくくりたくなってくる。

 

「ベルさん、すみません! もしかして気を悪くさせてしまいましたか!?」

「あ、いえ! 違います!! ただ、自分が情けなくて……」

「アイズさんは第一級冒険者です。気絶しても仕方ないですよ。……私も何度か気絶させられちゃいましたし……」

 

 そこも情けないと悩んでいるところではあるが、今本気で悩んでいることはもっと情けない理由なのでそれを悩んでいたことにしておく。

 

「そういえばスズは?」

「スズさんなら、今アイズさんと特訓中ですね」

 レフィーヤの言葉に目を向けてみると、アイズの連撃をただひたすらにかわしては受け流しを繰り返しているスズの姿があった。

 

 5回どころではない、何度も何度も繰り返されている攻撃を全て直撃だけは避けている。

 当たっても鞘がかすめてコートを裂いたり、プレートメイルにかすめて装甲に傷を作っている程度だ。

 

「って、鞘でアーマーを裂いてる!?」

「アイズさんストップ! ストップです! そんな速度で当たったらスズさんが死んじゃいます!!」

「あ」

 全く当たらなかったせいで力加減を誤っていたことに気づいたアイズは顔を真っ青にさせながらその手を止めた。

 

 スズもようやく動きを止められたことで、激しく息を切らし、汗を流し、その場に崩れるように座り込んでしまう。

 

「ごめん……白猫ちゃん大丈夫?」

「……はぃ……なん……とか……」

 

 スズが全然大丈夫なように見えなくてアイズが目に見えてうろたえだしたかと思うと、突然持ってきた荷物をがさごそとあさりだし万能薬(エリクサー)らしき回復薬(ポーション)を取り出す。

 

「……疲れ……た……だけ……なの……で……」

 

 必死に笑顔を作って断ろうとしているスズにアイズはジャバジャバと万能薬(エリクサー)を惜しげもなく頭から掛けた。

 天然な第一級冒険者はやることが違う。

 レフィーヤも苦笑していることから、普通はしない行為なのだろう。

 アイズはただの天然ではなく、第一級の天然である。

 昨日から思っていたことをベルは確信した。

 

「……ごめんね」

「そんな……謝らないでください。万能薬(エリクサー)をまた使わせてしまって、私の方こそすみません。おかげで体も楽になりました。アイズさん、ありがとうございますッ!」

「私のせいだから、気にしないで」

 スズの笑顔にアイズは眉を顰めながらそう言って恐る恐るスズの頭に手を伸ばし、リボンの加護で頭から万能薬(エリクサー)を被ったにも関わらずセットした髪が崩れていないスズの頭を撫でた。

 それをいつものようにスズは受け入れて、スズが気持ちよさそうに頭を撫でられる様子にアイズは次第にほっくりとしていき、そのまま5分くらい撫で続けているがまだ止まらない。

 

「アイズさん。特訓! 特訓中です!」

 

 レフィーヤの言葉に「あ」とアイズが再び正気に戻された。

 アイズは物足りなさそうな顔をしながらもスズを撫でる手を止めてベルの特訓に戻る。

 

 調子がいい時は5回とまた回避スコアが伸びているものの、平均するとやはり避けられる攻撃回数は3回くらいだ。

 それなのに気絶する回数もなんだか増えている気がするので、ベルは自分が成長しているのかアイズがちょうどよく手加減してくれている時だけ避けられているのか判断がつかなくて少し困っていた。

 

 それでも、回避と受け流しを同時に出来るようになってきたのに加え、アイズの攻め方も参考になるところが多い。

 見て実際に食らって体に覚えさせる作業はスズからも叩き込まれていたので、説明なしでも『今の自分はあそこが悪かった』ことや『アイズが行ったあの動きは自分の戦い方に加えられる』などをダウンさせられた後になんとなく気付くことが出来ているので、少しずつではあるがマシになっている筈だ。

 

 だが、なかなかに視野を広く持ち死角をなくすようにするのは難しい。

 上手くいったと思った次の瞬間には気絶しているのだから情けなさすぎる。

 

 死に物狂いではあったが、スズは一発も受けずにアイズの攻撃を耐えていたのだからもっと自分も頑張らないといけないとベルは張り切るが、張り切ったそばからまた意識を刈り取られるのだった。

 

 

§

 

 

「今日もボロボロですが大丈夫ですか、ベル様」

「なんだか二日目でもう慣れちゃうくらい気絶させられた気がするけど、その分しっかり学べることは学んでるから大丈夫だよ」

「リリはベル様が変な性癖に目覚めないかとても心配です。ですが、例えベル様がドMになったとしてもリリは見放したりはしないので安心してください」

 リリがにこやかな笑顔でそんなことを言ってきた。

 

 特訓内容を言葉で伝えると自分でも毎日楽しみにしているのが不思議なくらい一方的に叩かれているだけなので否定する材料が見当たらない。

 でも恋い焦がれるアイズ・ヴァレンシュタインに毎日会えて特訓だけではなく膝枕までしてもらえる。

 さらにオプションコースで可愛いエルフの膝枕コースもついているのだから男だったら誰だってこのくらい耐えられるに決まっている。

 

 耐えられなかったら、幸せに感じられなかったら男じゃない。

 痛い思いをするだけなのは嫌だけど、『好きな人』『憧れた強さ』『可愛いエルフ』『膝枕』のすべてがそこにはある。

 迷宮都市(オラリオ)には全てがあると言っていた祖父はやはり正しかったとベルは今でも祖父の洗脳教育が強く根付いていた。

 

「……残念ながらベル様は既に手遅れかもしれませんね。スズ様はどこか体調不良などはありませんか?」

「大丈夫だよ、りっちゃん。アイズさんと少しだけ特訓して確かめてみたけど、もうすっかり体調は元通りだよ」

「さすがの『剣姫』もスズ様をサンドバックにはしなかったようですね。リリの中で『剣姫』のイメージが無慈悲の『剣鬼(けんき)』になっていたので少し安心しました」

 実際はベルよりも激しい攻撃を受け流しながら耐えていたのだが、それを言うとリリに心配を掛けてしまうのでベルは何も言えなかった。

 スズもそう思ったのか「たはは」とはにかむように笑っていた。

 

 流石に鋭いリリはその反応だけで『言いづらいことがあった』と感じ取ったようで、正直に話して下さいと言わんばかりの鋭い目つきでじろりとベルを威圧してくる。

 

「え、えっと、スズはすごいからその、攻撃は受けなかったんだけど……その分僕よりずっと激しい攻撃を受けてた……かな」

「スズ様。睡眠時間削ってまで受ける特訓内容ではありません! ドMになるのはベル様お一人で十分です!」

「でも、りっちゃん。お母様が唐突に思いつく特訓内容よりは効率的だし負担も少ないと思うよ? それに私は特訓場所で仮眠をとりながら見学してるだけだから大丈夫だよ。アイズさんの動き参考になるし、アイズさんにも当たるような【広域魔法】をすーちゃんと一緒に組んでるだけだから」

「『あの里』の長を基準に考えないでください。後、第一級冒険者に当たる【広域魔法】ってどんな範囲なんですか。お願いしますからダンジョンを壊して生き埋めになるような事態や、仲間を巻き込むような馬鹿げた範囲にしないでくださいよ?」

 

 さすがに『レスクヴァの里』やスズの【創作魔法】についてのことなのでリリは周りの目を気にして小声でスズに注意をしてくれた。

 しっかり気遣いをしてくれるリリは本当に優しくて良い子だと思う。

 それに加えて真面目な話をしている中不謹慎だとは思うのだが、【変身魔法】で特徴を犬人(シアンスロープ)にしているもののリリは顔を隠す必要はもうないので、感情の強弱に合わせてぴこぴこと動く犬耳がとても可愛らしく感じてしまった。

 

「ベル様、リリが真面目な話をしているのに何でそんな嬉しそうなんですか!」

「あ、ごめん。リリはやっぱり良い子で可愛いなってつい思っちゃって」

 ベルのその言葉にリリは顔を上気させるが、すぐに「もういいです! お二人が好調なのでしたら今日は10階層に行きますよっ! いいですね!?」と怒ったように叫んでぷいとバベルの方へ歩いて行く。耳や尻尾を動かしているのは無意識なのか、ぶんぶんと勢いよくローブに隠れた尻尾が嬉しそうに揺れている。

 

 きっと可愛いと言われたのが嬉しかったのだろう。

 スクハと同じくわかりやすい反応についつい可愛いなとまたベルの口元が緩んでしまった。

 

 

§

 

 

「そういえば、リリはこれから【ステイタス】の更新はどうするの? ホームに戻るの少し気まずくないかな?」

 ダンジョンの階層を順調に降りながらベルはふと思ったことを口にした。

 

 リリのせいではないのだが見る人によっては【ソーマ・ファミリア】がギルドからペナルティを受ける原因の一部に見えなくもない。

 コンバージョンする為の資金を集めきるまでホームに戻るのは気まずくて気軽に【ステイタス】の更新に赴けないのではないかと心配になってきたのだ。

 

「元々リリは【ステイタス】の伸びがよくなかったので、ここ半年近くリリは更新せずにやってきました。【ソーマ・ファミリア】では課せられた資金集めのノルマを達成しなければ【ステイタス】の更新も出来ませんでしたし」

「半年も!? それじゃあリリは今までカヌゥって人にお金を奪われてノルマを達成出来なかったってこと?」

「いえ、リリはノルマを達成出来ていましたが、あまり目立ってカヌゥ達に大金を搾取されたくなかったのでわざとノルマも達成出来ない落ちこぼれを装ってました。雀の涙程度の【ステイタス】上昇よりもお金を隠れながら溜めて、いつか【ソーマ・ファミリア】から抜け出すことをリリは夢見ていたんです」

 リリは耳をしゅんと垂らしながらも「今は幸せですから気にしないでください」と気丈に笑顔を作っている。

 

 【ソーマ・ファミリア】の主神であるソーマが眷族に興味がないとは教えてもらっていたが、まさか更新すら気軽に出来ないなんて思いもしなくてベルは言葉を失ってしまう。

 

 そんなの間違っている。【ファミリア】はもっと温かいものだ。

 ベルの価値観を【ファミリア】自体に押し付けるのもいけないことだと理解しているが、興味がないならコンバージョンくらい許してあげるべきだと思った。

 

 でも、今のベルにはやはり中堅【ファミリア】の主神や団長にガツンという地位も力もなくて、結局思うだけでリリに何もしてあげられない自分が悔しい。

 ベルが悔しさに拳に力を入れていると、スズがリリの手を握り、リリがベルの手を握った。

 

「ベル様とスズ様に出会って、悪い冒険者様ばかりでないことも知って、家族の暖かさも知って、大好きな友達も出来たんです。リリはサポーターとしてお二人を支える今のリリが好きになれました。だからベル様、そんなに悲しそうな顔をしないでください。リリは今とってもとっても幸せなんです。お二人にこんなにも想っていただけているんですから」

 

 今度は耳をピンとさせて、強がりでない笑顔をリリが見せてくれた。

 リリとスズがお互いに見つめ合い「今日も頑張ろうね」と笑い合う。

 それを見てベルの握りこぶしから自然と力が抜けた。

 少し前のリリと同じで一人で背負って自分を責めていたことに気付いて思わず苦笑してしまう。

 

「それにくよくよしてるの、ベル様らしくないですよ? 考えるなとは言いませんが、考えるのはリリとスズ様のお仕事です。ベル様は思ったことを真っ直ぐやってください。優しいベル様は考えるよりも先に行動する人で、そんなベル様のことをリリとスズ様は大好きなんですから。ね、スズ様?」

 

「うん。私もりっちゃんとベルのこと大好きだよ。早く何とかしてあげたい気持ちは私も同じだけど、焦らずみんなで頑張っていこう。もしもの時はすーちゃんが何とかしてくれるって日記で言ってたし」

 

「そうだよね。今は無理せずに皆で頑張るしかないか。ごめん、ちょっと考え過ぎたよ。でも、スクハが何とかするってのは……その、ちょっと怖いかな」

 

「それはベル様と同意見ですね。物理的に【ソーマ・ファミリア】を消されては色々と問題が起こるので止めてくださいよ?」

 

 スクハならダンジョン1階層から【ソーマ・ファミリア】のホームに向かって直接壁抜きをしそうで怖かった。

 

「すーちゃんはそんなことしないよ。すーちゃんすごく優しいんだよ?」

「優しいのは知ってるんだけど、なんというか…ね、リリ?」

「はい。リリもスクハ様が優しいのは知っていますが……スクハ様は敵に容赦ありませんし」

 

 ゲドに問答無用で【ソル】を放ち、ショートカットだと階層を撃ち抜くスクハを知っているベルとリリは乾いた笑いしか出てこなかった。

 一体スズとの交換日記でどれだけ良い子ちゃんぶっているのだろうか。

 スズに頼めば交換日記を見せてくれそうだが、スクハが慌てて読むのを阻止してくる姿が容易に想像出来て思わず笑いが込み上げてしまい、我慢するもぷっと我慢しきれずに二人で吹き出してしまった。

 

『今失礼なことを考えなかったかしら』

「気のせいだよスクハ」

「気のせいですスクハ様」

 

『そう。ならいいのだけれど。でもそうね、他人の日記を勝手に盗み見るのは最低の行為よ。貴方達はそんな酷いことをしないと私は信じているのだけれど、もしも信頼を裏切るようならさすがの私も本気で怒らなければいけなくなるわ。私は貴女達のこと嫌いになりたくないから決してそんな真似はしないでもらえるとありがたいわ。貴女もそう思うでしょ、リリルカ』

 

 先に釘を刺されてしまった。

 リリは日記を読むフリをしてスクハをからかう程度に考えていたのだろうが、無表情のまま淡々と語るスクハの威圧感にリリはたじろいでしまいそんな些細な悪戯をする気も奪い去られてしまう。

 からかったら恥ずかしがったり慌てふためいたりと可愛い反応を返してくれるので忘れがちだが、本気で怒ったりイラついている時のスクハはものすごく怖いのだ。

 

 問答無用でゲドを燃やすくらいには怖いのだ。

 からかうのは許してくれるスクハだが完全に無表情でどこか寒気の感じる声で喋っている今のスクハは不味いと思った。

 うまく言葉で言い表せないが、本能的に危険だとアラームが鳴りやまなくなる。

 リリが首を慌てて縦に振ると威圧感は消えて、スクハが「物わかりが良い子は嫌いじゃないわ」とリリの頭を優しく撫でた。

 

 ここまでスクハが怒る日記については今後一切触れないでおこうとベルとリリは気を付けるよう心掛けるのだった。

 

 

§

 

 

 10階層での探索は絶好調だった。

 ベルが三次元戦闘や【ファイアボルト】に加えて、訓練でアイズというありえない速度に慣れてしまったせいで怪物(モンスター)の動きが遅く感じる。

 

 それに加えてアイズの攻め方や体術を見様見真似することで攻撃の幅や繋ぎが一気に増えた。何よりも相手の動きを読む能力が上がり、インプの群れの連携攻撃をものともせずに四方八方から攻めてるインプを全て一人で返り討ちに出来たのだ。

 特訓前の前のベルならスズやリリに援護してもらわなければ何発か攻撃を貰っていた筈である。

 

 確実に特訓の成果が出ていることを実践で感じることが出来てベルは嬉しくなってきた。

 

「ふあぁ……ベル様、すごい。『剣姫』のサンドバックになっていた成果がしっかり出てますよ!」

「リリ、褒めてくれるのは嬉しいんだけどサンドバック言わないでくれない!? 僕自身その自覚があるから、せっかく取り戻した自信が落下したトマトみたいに潰れちゃうんだけど!?」

「安心してください。そう言いながらも動きを止めずに怪物(モンスター)を倒し続けるベル様はとても素敵ですよ、っと!」

 

 リリはサポーターの仕事をしながらも上空から怪音波を放とうとしているバッドバッドをボウガンで射抜き、ベルもまた『ワイヤーフック』による空中戦と【ファイアボルト】でバッドバッドの群れをすぐさま一掃する。

 その間に追加でやって来たインプの群れが先に後衛から潰そうとオークを引き連れてリリを狙いに行くがリリにはスズが護衛についている。

 

「【雷よ。吹き荒れろ。我は武器を振るう者なり。第八の唄ヴィング・ソルガ】」

 

 金色の光を身にまとい、現在敏捷がSに到達したベルよりも素早い圧倒的な速さで迫り来るインプとオークの群れに飛び込み、剣とディフェンダーで圧倒的な力でねじ伏せ、リリが新たな怪物(モンスター)が生まれ出ることを知らせると【ソル】を放ってリリに近い怪物(モンスター)から順に倒していく。

 

 スズの【ヴィング・ソルガ】の効果時間内は間違っても事故の起きようがないので、リリはサポーターとしての怪物(モンスター)の死体撤去に魔石とドロップアイテムの回収、周囲警戒と現在の状況伝達に専念する。

 効率よく魔石と【経験値(エクセリア)】を稼ぐ為に怪物(モンスター)を呼び寄せる血肉を使っているので殲滅速度に比べて魔石回収が追い付いていないが、サポーターの意地に掛けてテキパキと死体撤去だけは戦闘の邪魔にならないように間に合わせている。

 

「ベル様、スズ様! オークの影を確認しました! 最低でも数は6です! スズ様のタイムリミットは残り29秒なので気をつけてくださいっ!」

「ありがとうりっちゃん! ベル! 先手で一発大きいの行くからまだ飛び込まないでねッ!」

「合点ッ!」

 

 飛び込んだら自分も消し炭になるだろうなとベルは高く飛び上がり天井に『ワイヤーフック』を突き刺して射線上から退避する。

 それを確認したスズは剣をオークの群れに向けた。

 

「【雷よ。獲物を追い立てろ。解き放て雷。第七の唄キニイェティコ・スキリ・ソルガ】ッ!!」

 

 【ヴィング・ソルガ】の【追加解放式】により蓄積された雷で強化された【キニイェティコ・スキリ・ソルガ】はスズの体を飲み込むほど巨大な金色の閃光となってオークの群れ全てを飲み込むように曲がりオークの胴体が蒸発した。

 

「スズ様。魔石ごと蒸発させてはお金が稼げないではないですか……」

「ご、ごめんねりっちゃん。ここまで威力が上がるなんて思わなくて」

「まったくスズ様はご自分がものすごい火力をお持ちなことを少しは自覚してください。ところで【追加解放式】の精神力(マインド)消費はどうなんですか?」

 

 リリは一度魔石の回収作業を止めて大きなバックパックから飲み水とスズを冷やす用の水を取り出し、スズの体を水を掛けて熱を冷ました後に濡れタオルで汗をぬぐい水分補給をさせてあげる。

 

「えっと、【ヴィング・ソルガ】の燃費が悪いことを除けばいつも通りの消費量だけど……【追加解放式】をやるといつもより体が熱いかな……」

「そうですか。今ので血肉も吹き飛んでしまったので、今まで倒した怪物(モンスター)から魔石とドロップアイテムを回収し終えたら一度10階層入口に戻って休みましょう」

「そうだね。今日はシルさんからお弁当を貰ってるから商店街の皆にはダンジョンに籠ることは伝えてるし、そこでお昼にしよっか。楽しみだな、シルさんのお弁当」

 

 たまにだがスズは『豊饒の女主人』の手伝いにしっかりと顔を出している。

 昨日の夜はヘスティアを含めた4人で『豊饒の女主人』で夕食をすませ、いつも通りスズは給仕服を着せられていたのだが、初めて店の手伝いをしていることを知ったヘスティアは当然のごとく激怒した。

 

 給仕服を着たスズが可愛いと認めつつも可愛い眷族を無許可でただ働きさせるとは何事かと大激怒した。

 でもスズがやりたいからやっていることを知らされて「うぐぬぬぬ」と複雑そうな顔をしていたがヘスティアは『豊饒の女主人』での『給仕ごっこ』という名の客寄せを認めた。

 

 その認めてくれたお礼と今までのお詫びとして、シルが今日お手製の弁当を作ってくれると言ってきたのだ。

 

 アイズとの特訓の後そのお弁当を『豊饒の女主人』まで取りに行き、店を開く準備をしている商店街の皆に挨拶をしてからリリとの待ち合わせである中央広場(セントラルパーク)に向かって今にいたる。

 当然ながらお楽しみということでまだお弁当の中身は確認していない。

 スズはよほど楽しみなのかいつものご機嫌な時に漏れる鼻歌を歌い出している。

 

 10階層入口だけは霧がなく、広いフロアなので不意打ちを受ける心配がなく休むにはうってつけの場所なのだ。

 怪物(モンスター)が出てきてもすぐさま対応できるし、怪物(モンスター)の数が少なければベルの【ファイアボルト】やスズの【ソル】で食事をしながらでも問題なく撃破出来てしまうので会話をしながら食事を楽しむ余裕はあるだろう。

 

 さらに言うと、10階層でも霧が無い入口を狩場にしている冒険者もいるので10階層を探索中の冒険者にとって入口のフロアは絶好の休憩所なのだ。

 

 

 しかし、いざ弁当箱を開けた時、ご機嫌だったスズの表情が固まった。

 

 

 中にはよくわからない物体が挟まっているサンドイッチが入っている。

 臭いを嗅いでみるとどこか生臭く焦げ臭い臭いが感じられる。

 それがお腹が満たせる数だけ一つの弁当箱に入っており、しっかりと人数分弁当箱がある。

 断じて飲食店で出してはいけない物体が一つの弁当箱に沢山詰まっていたのだ。

 

「ベル様、沢山動いているのでお腹が減っていると思いますので、リリの分もお食べください」

「いやいやいやいや、リリもサポーターとしての仕事頑張ってるからお腹減ってるでしょ? 遠慮しないで食べてよ」

 ベルとリリは少なくとも美味しくはないだろう仮名『物体X』を額に汗を浮かべながら譲り合おうとする。

 

「だ、ダメだよ。シルさんが一生懸命私達の為に作ってくれたものなんだから。気持ちがこもった料理を食べないなんてものすごく失礼なことなんだよ。それにサンドイッチは普通に作れば何を挟んでも美味しいんだし……」

 スズはそう注意して、何のためらいもなく『物体X』に一口食べて再び固まる。

 固まるがすぐに無言のまま一つを食べきった。

 そしてスクハのような無表情のままもう一つ、また一つとサンドイッチを食べていく。

 

 このままスズだけに辛い思いをさせる訳にはいかないのでベルとリリは顔を見合わせて頷き、覚悟を決めて『物体X』を食べ始めた。

 涙がにじみ出るような味だったが少なくとも毒物ではない。

 一応食べ物だ。

 すごく甘くてすごく酸っぱくて辛くて苦い謎の珍味だが食べられなくはない。

 無言のまま黙々と食事をするベル達を何事かと周りの冒険者達が心配そうに見つめる中、食事という名の罰ゲームがようやく終わってくれる。

 

「今日から少しシルさんに料理を教えてくるよ。少なくともまずはレシピ通りに料理を作ってくれるようになってもらわないと。うん、最初から変なアレンジに挑戦してるだけなんだよ。気遣いと優しさと愛情が空回りしてるだけなんだよ。シルさんは悪くないし悪気もないと思うんだ。だからシルさんを恨んだりしたらダメだよ、ね」

 

 おそらくスクハに言い聞かせているのだろう。

 スズがどこか遠い目でそう言っていた。

 これからもこんなものを食べさせ続けられたらいつか死因『物体X』になりかねないので、ぜひともスズにはシルの指導を頑張ってもらいたいところだ。

 

 ベルとリリは口の中に味が残り続ける『物体X』に涙を浮かべながら切実にそう思うのだった。

 

 

 




シルさんの『物体X』も力試しするお話でした。
ベル君なんだかんだですごく強くなっております。
新たな太腿も手に入れまさに絶好調です。

そして【ヴィング・ソルガ】の【追加解放式】を
【雷よ。解き放て】から【解き放て雷】に変更しました。

些細なことではありますが書いていて語呂が悪く感じてしまったので、三章の部分も修正しています。
【ヴィング・ソルガ】自体に【雷よ】が既についていているので【追加解放式】には起動トリガーである【雷よ】はいらないんじゃないかなと自分勝手ながらも修正してしまいました。
大きな変更はありませんが、たまに気になってしまったカ所を修正することがこれからも出てきてしまうかもしれません。
そんな私ですが、これからも話を追って下さると嬉しいです。

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