それまで音楽にほとんど興味がなかった子だったのですが、当時は『H.T.』がどうしても欲しくて買ったCDだったのですが、聞いてみてリミックス版だと知って少し悲しくなりつつと、今ではいい思い出です。
今では『H.T. トライガン』で検索すればYOUTUBEとかで出てくるし、映画版もイイ感じのですわ。イイ時代になったなぁおい。
今聞いてもかっけー曲だぜぃ!
遠坂凛は隣にいる何も知らない8人目のマスターと共に言峰教会に来ていた。ガンナーのマスターが言うには、言峰綺礼はランサーのマスターだと言う事だが―――。
「どうしたんだよ、遠坂?」
「……何でもないわ」
遠坂凛はいつも通りにしようと考えた。手札のアーチャーはセイバーに斬り伏せられ実体化させる事が出来ない状態だ。隣にいる衛宮士郎は何も知らない素人以下。そして、後ろに控えるセイバーも元々は凛が喉から手が出るほどに欲したサーヴァントで、クラスからすれば最優なれど、魔術師として基本がない『強化』しか使えない様な素人以下をマスターにしてしまったが為に性能が引き出せないのは明白だ。その点も凛が苛立つ要因と言えるだろう。
もし、事前情報としてあった通り言峰がマスターだとしたら、ここでバッドエンドになる可能性が高い。しかし、事前情報を信じてもいけないし、疑ってもいけない情報だと言える。ならば、その情報には一切触れずに隣の素人にもそんな情報は開示せず言峰綺礼は言峰綺礼だと思い込むことにした。それ以上でもそれ以下であってもいけない。それが揺らいだらここでマスター2名が死亡敗退することになるとも思い込むことにした。
教会ではいつも通りの言峰綺礼がいた。見える肌に令呪は見えないが、顔以外には片手の平と甲ぐらいしか見えないため、「マスターではない」と判断するのも早計だった。
衛宮士郎と言峰綺礼の会話は終わる。遠坂凛は、今突くべきでは無い点を除いて、とりあえずの疑問を晴らすことにした。単純なサーヴァントシステムの事だ。
「綺礼。ガンナーって呼ばれるサーヴァントに心当たりは? その名の通り拳銃を使うんだけど、8人のマスターとサーヴァントがいるなんて聞いてないわ」
「ふむ、私も今回の例は初めてだ。聞いたことが無い。それに銃を使うサーヴァント……忌々しい」
何か銃使いで嫌な思い出でもあるのだろうか? まぁ、魔術師なら拳銃などは忌み嫌うかと、凛は気にしなかった。
「もう脱落したマスターはいるの?」
「今のところいないな。そのガンナーと呼ばれるサーヴァントを含めて8体が残っている。既に交戦した者もいるようだが、やはり様子見が基本だからな。……確かにガンナーはイレギュラーではあるが、これによって質の良い聖杯になる事を願うだけだな。とりあえず、喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」
◆ ◆ ◆
初めての戦闘から数日が経過していた。他のサーヴァントにも出会わず、戦わずにいる者がいる。
サーヴァントのクラスで表すとイレギュラーな存在。ガンナーである彼の名前はヴァッシュ・ザ・スタンピード。彼のマスターであるバゼットは基本的に夜型だ。ヴァッシュはどちらでも行けるのだが、マスターがこうだと午前中、午後はほとんど動けない。……のだが。
ヴァッシュは真面目な顔をして誰に言うでもなく呟いた。
「いけない……ドーナッツ分が足りない。今行こう! すぐ行こう!」
彼はバゼットの持ち物から財布を拝借しアジトにしている洋館から一人出歩き始めた。お昼の3時を過ぎたところだった。彼は新都の方に向けて歩き始めた。
【ドーナッツ専門店:ミス・ドーナッツ】
若い女性店員さんは一人の男を接客している。本来、この店では客が商品を選び、カウンター越しに店員に注文し、持ち帰る。または食べていく。そう、これが本来のあり方だ。
女性店員が中々注文をしない男に声をかけたのが“本来”というものを変えてしまったのか、この男が変わっていたのかと言うと、どちらもその通りと言えるかもしれない。
真っ赤なコートに金色の髪を逆立てて、オレンジ色のメガネをかけている。外国人かと思えば日本語は流暢に喋ることで、女性店員は安心し善意でカウンターから出て、横に付き、接客に入ってしまった。
「お客様~? そろそろよろしいですか~?」
「ちょ~っと待って下さいね~。コレは!? このピンクのソースがかかってるヤツ!」
「い、イチゴのチョコソースですね。粒々の―――(誰か代わって……orz)」
「じゃあ、これも3つ! コレは!?」
「ぽ、ポ○デリングですね~大人気ですよ~」
「じゃあコレは6つ! 以上で!」
「かしこまりました~ではお会計を……(あぁやっと解放される!!)」
「あ、揚げたてにしてね? 作り置きはヤダよ?」
「か、かしこまりました……(助けて~!!)」
女性店員は最後の方になると笑顔にも苦難の色が入っていた。お買い上げありがとうございました。と言うよりも、お帰り頂きありがとうございました。という最後の笑顔は、その日一番の 涙を流すほどの笑顔だったように思える。
そう、ヴァッシュはドーナッツに目が無い男だった。彼は初めて目にする色とりどりのドーナッツ選びに1時間ほどを使い、更に揚げたてを頼んでいた。
時刻は夕方の5時を回ったところだ。揚げたての大量のドーナッツの紙袋を腕に抱え、ヴァッシュは洋館に帰っている途中だった。マスターであるバゼットにも食べてもらおう。そう思っていたヴァッシュだが……。手摺に腰掛けて食べ始めた。
「せっかくの揚げたてだし~。はぐっ! ん~!! 激ウマ~!!」
「お、お前は……!!」
「ほへ? き、君は……!」
ヴァッシュの目の前にいるのは数日前に死んだはずの衛宮士郎だった。
◆ ◆ ◆
衛宮士郎は目の前の赤いコートの男に鮮烈なイメージを持っていた。昨夜、学園で見た拳銃を撃っていた男だ。金髪で真っ赤なコートの男。
そして、昨日は青い槍使いに一度殺され、なのに何故か生き延びていて、また襲ってきたランサーと言う男に また殺されそうになった時、セイバーが現れた。
そして、遠坂凛に言われた事。監督者である言峰神父に言われた事。
【聖杯戦争】未だに信じられない事は多いが、その左手に浮かぶ令呪と言う物がある以上、衛宮士郎も戦争に参加する者。他の参加者から殺される対象だと言う事だ。
目の前の男もランサーと戦っていた。つまり、衛宮士郎のサーヴァントのセイバーと同義の存在。自分がマスターではないと言う事は、敵のサーヴァント。衛宮士郎はまた命の危機に陥っていると言う事だ。
そのはずなのだが、目の前の男を見て、衛宮士郎は恐怖や畏怖は微塵も感じなかった。
何故なら……。
「生きてて良かったなぁ~! 辛かったよな、痛かったよな? あ、食べるかい? 揚げたてだよ?」
何故か敵である衛宮士郎を前に涙していたのである。マジ泣きだ。
「あ、アンタ……俺を殺したりしないのか?」
「ひなひよ?」
口にドーナッツを運びながら、目の前のサーヴァントであるはずの男はしれっと言う。もしかすると、自分以上に聖杯戦争と言う物を理解していない男なのではないだろうか? 衛宮士郎は目の前の男が心配になって来た。
「衛宮君どうした……の!? あなた、ガンナー!」
「やぁ、また会ったね。デートかい?」
「あ、遠坂、この男って――」
「違うわよ! それよりもガンナー、あなたに聞きたい事があったのよ」
衛宮士郎の言葉はスルーされ、遠坂凛はガンナーの前に詰め寄った。
「僕って一応サーヴァントらしいんだけど、無闇に近寄って良いの?」
「あら、戦う気あるの?」
「ありません」
「なら良いじゃない。来なさい」
「お、おい遠坂」
◆ ◆ ◆
マスターと離れて単独行動をしていたガンナーが連れて来られたのは衛宮邸。
「シロウ、帰ったのですね、凛も……っ!? シロウ下がって!」
「せ、セイバー!? 待ってくれ!」
「ほわぁぁぁぁ~!! カワイイお嬢さん、僕と一緒にドーナッツについて語り合いませんか? アナタはドーナッツの穴が何故開いているか分かりますか? この穴は僕たちの愛で埋める穴。そう、ドーナッツの穴は僕たちの為に開いているのですよ!! そもそもドーナッツに穴があると思いますか? もし穴があいていると言うのならそれはあなたの心! 僕がその穴を―――」
ヴァッシュは目の前に現れた存在が自分と同じサーヴァントだと分かりながら口説き始めた。ドーナッツについて語っていたはずがいつの間にか“愛について”になって行く。
しかし、その何とも言えない空気を度外視すれば、驚くべきはその動きだった。セイバーのサーヴァントが臨戦態勢を取れていないとは言え、一瞬で距離を詰められ目の前にドーナッツを突き出されていたことだ。
もし、もしも仮にこれが武器であったとしたら……。
「くっ! フザけているのですか!?」
「セイバー待ってくれ! コイツは多分悪い奴じゃ……」
「セイバーちゃんって言うのか~! 食べる? 揚げたてだよ?」
「敵の施しなど……! くっ! ……しかし食べ物に恨みは……!」
「せ、セイバー?」
「……僕には恨みあるの? 初対面で? あ、このポンデリングってのが激ウマでね~」
しかし、このガンナーと言うサーヴァントの前では特に意味のない動きだったりする。
「し、シロウ!! ……凛と同じ様に休戦協定を結んでください! この敵は危険すぎる!!」
「と、言いつつ目が僕の紙袋にしか行ってないけど、誰を敵だと思ってるのかなセイバーちゃんは?」
「と、とりあえず、話を聞かせてくれないか?」
「こ、これは……! 恐ろしい、何と言う食べ物だこれは……」
セイバーはドーナッツを口に運んでは、コクコクと頷いたり、ドーナッツを睨みつけるように怪訝そうな顔を浮かべていたりしている。
「セイバーは放っておくとして……ガンナー、あなた名前はヴァッシュ・ザ・スタンピードって言ってたわよね?」
「そだよ?」
「そだよって……確か、真名って教えちゃまずいんじゃなかったのか?」
ドーナッツを食べながらヴァッシュは答える。普通なら答えてはいけない事をだ。真名はその英霊の弱点を曝すことにもなる大事なモノだ。しかし、このヴァッシュにいたって言えば、問題は無かったりもする。
「調べてみたのよ。でも、ヴァッシュ・ザ・スタンピード何て拳銃使い、どこにも出て来なかったのよ」
「そ、そんなに有名じゃ無かったからね~」
ヴァッシュは焦る様に自分を過小評価し始めた。しかし、それも覆される。
「嘘付かないことね。この前戦ったランサーのサーヴァントと互角、いえ、それ以上の実力だったんじゃないかしら? アーチャーからも後で聞いたわ、全部槍を狙って撃ってたってね。殺そうとするなら急所を狙うでしょう? なのに急所は狙わず、互角、更に最速のサーヴァントと言われるランサーを寄せ付けない敏捷さ、ちなみに知ってるだろうけどランサーのサーヴァントはね、大英雄のクー・フーリンよ? 槍使いじゃ、右に出る者はいないんじゃないかしら? それに、さっきセイバーの懐にも入ったわよね?」
「り、凛! さっきのは油断していたからで……!!」
「あ、これも美味い。また行こうっと~♪ ポイントも溜まる溜まる~♪」
「なっ!? ガンナーなんですかその獅子を模したモノは!」
ガンナーの手にあるポイントカードと景品交換用チラシにはポ○デライオンの小さいぬいぐるみが描かれていた。セイバーはそれを見つけるとガンナーに襲いかかる様にそのチラシを奪い取った。
「聞きなさいよ!! 聞いた事も無い、調べても出て来ない。ヴァッシュって名前は偽名なのかしら?」
「それ以外に名前なんて無いかな~、呼ばれ方は他にもあったけど……」
「何て呼ばれてたのよ?」
「ヒューマノイドタイフーンとか、人間災害とか、トンガリ?」
「……はぁ、嘘付いてるわけじゃなさそうね……じゃあ、アンタの過去を教えなさいよ」
「……知っても、楽しい事なんて何もないよ」
呆れて溜息を吐く凛に対して、急に真面目なトーンになるヴァッシュの声に、居間は突然重苦しくなった。
「……わ、悪いサーヴァントじゃないんだろ? ならガンナーも俺達と休戦協定を結ばないか?」
「衛宮君バカ? マスターもいないのに結ぶわけないじゃ……」
「よろしくお願いします!」
「おい」
「いやー、戦争だなんてやっても何も得られないって~。マスターもきっと分かってくれるさ~、おっともうこんな時間か、マスターに怒られちゃう、じゃあ僕はこれで……」
ガシッ
いきなりセイバーに掴まれるヴァッシュの左腕、その腕にはまだドーナッツの残る紙袋が抱えられている。セイバーの目は臨戦態勢の目そのものだった。
「……え?」
「ガンナー、それは休戦協定を結んだ記念に置いて行くと良い」
「いっぱい食べてませんでした!? それに僕のマスターの分が……」
「だ、駄目だと言うのですか!?」
「……置いていきます」
「本当にサーヴァントなのかしら?」
「悪い奴じゃなくて良かったじゃないか」
「彼は信頼に置けます」
セイバーはドーナッツを片手にキラキラした目で見送っていた。
「はっしまった! ポイントカードを貰うのを忘れました!」
「うちでもミスド買うか……」
◆ ◆ ◆
「それで? 何をしていたんですか? ガンナー?」
「え、えーと敵情視察を! いやー敵の本拠地まで行って来たんですがね!? かなり多くのサーヴァントに囲まれまして!! 僕以外にワーカーとか、プーアーとか召喚されていましてね!?」
「どこのワーキングプアですか!! それに口元に食べカスが付いてます!」
「嘘!?」
「……嘘です。さぁ、どこで何をしてきたんですか? ガンナー?」
「ノ~~~~~!!!」
ヴァッシュは黒い革の手袋を嵌めて詰め寄ってくるマスターに悲痛の叫びを上げていた。
「ドーナッツ屋に行って、あの時のアーチャーのマスターの女子学生と、死んだはずの男子学生と一緒にお茶をしていたと……。あの子はマスターになっていたのね……イレギュラーかしら? イレギュラーならイレギュラー同士でガンナーを引き当てれば良いものを……。他に情報は? セイバーだったんですよね? 実力は?」
「すんごい美人」
「いえ、そうでなくて。聞いても無駄かもしれませんが、戦わなかったんですか?」
「戦いましたとも! 僕の理性と彼女の美貌! どちらが勝つかのせめぎ合い!! 僕は何とか勝利する事が出来……!!」
「戦わなかったんですね? 全く……他には? 話して何か情報は得られたんですか?」
「休戦協定を結んできました!!」
「……な、何を勝手な事をしているんですか!!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
振り下ろされる拳にヴァッシュは謝り続けた。
「でも良い子達だったよ。死なせたくないな……」
「……ふぅ、全く……私は一度死んだようなものですから、聖杯は手に入れられてラッキー程度に思いますよ。言峰綺礼も何か企んでるようですしね」
「ありがとうマスタ~♪」
「それで?」
「はい?」
「ドーナッツを食べたんですよね? 私には?」
「……マスター! こうしてはいられない! 偵察しましょう!! 街ではどんなサーヴァントが暴れているやもしれない!!」
「何か落ちましたよ? これは、ポイントカード?」
「いつの間に~!!?」
「へぇ、あと1ポイントで交換ですか……そんなに多くのドーナッツを買っておいて私には……ドーナッツ好きのサーヴァントなんて聞いたことがありません!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」