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「やぁ、出てきてもらって悪いね」
「……一応聞くけど、ここでやる気?」
「一緒に食べない?」
まさか、という仕草をしてガンナーのサーヴァント、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは大きい紙袋に大量に詰まったドーナッツを一つ私服のキャスターに差し出す。キャスターは怪訝に思いながらも、受け取るだけ受け取った。口にはしない。毒が無い事はすぐに分かるが、キャスターは口にしなかった。
「どういうつもりかしら?」
「んー……ちょっとね。マスターたちに過去を見られちゃってさ、少し落ち込んでるのボク。ヤケ食いに付き合ってよ」
「筋違いねポチ。これ一個だけよ?」
少し鼻を鳴らし、キャスターはドーナッツを千切って食べるように、小口分を摘まんだ。
記憶を協定関係にある者達全員に見られ、起きれば羽交い絞めにされ傷も見られ、ヴァッシュは少しだけ一人になりたくなり外に出た。いつものドーナッツ屋で大量に買いヤケ食いしようと思ったが、やはり一人では少し寂しく思い、柳桐寺を訪ね、アサシンの佐々木小次郎にキャスターへの言伝を頼んでドーナッツ屋に向かった。
普通はそれだけでキャスターが来るわけは無いのだが、呼び出し人がお人好し代表のガンナーだったことと、街中での待ち合わせと、ガンナー一人で待っているという伝言だった為に、戦闘があるわけもないと思い、人前に出れる私服でキャスターは現れた。
キャスターがドーナッツを食べるのを見ると、ガンナーは一呼吸して話しだした。
「……君は自分のマスターが大事だろ?」
「当然ね。誰でもそうじゃないかしら? 自分のマスターが死んだら自分も危ないんだから、大事に決まってるわ」
「でも君達の場合、もう少し特別に見える……どうかな、多分戦わなくても良いと思うんだ僕達」
キャスターは正直驚いた。もちろん表面には出さない。ガンナーの口振りからすると、自分のマスターである葛木 宗一郎という人物が露見している様な言葉である。確かに教師として学園には休まず通勤しているが、魔術師でもない為に柳桐寺に身を寄せているとは言え、マスターとして怪しまれる事は無いと思っていたからだ。少なくとも隣に座るガンナーというサーヴァントには。その反面マスターとサーヴァント以上の関係と見られた事に嬉しさすら覚えていた。しかし、そのガンナーの提案を聞くまでもなく―――。
「―――無理ね。私の見立てが間違ってなければ、あなたはあの可愛らしいセイバーと同じタイプのサーヴァント。あなたは騎士道なんて持ちだして来ないでしょうけど、似てるわ。そして私は、あなた達が許せない行為をして生きながらえている悪いサーヴァント。どちらかが消えなきゃ解決しないわよ?」
ほらね? そう言わんばかりに肩を竦めてキャスターはもう一口分千切る。
「それも考えてきたんだ。それが魔力供給の話なら、取り敢えずはマスターと関係をもてばいい」
「はぁ?」
ヴァッシュはキャスターにマスターとの性行為を勧めた。契約している者同士の性行為はマスターとサーヴァントの関係も更に深いものとなるだけではない。通常のメリットとしては魔力も供給される。それが出来ればキャスターがわざわざ他人の命を奪う必要もない。その言葉にキャスターは少し考え、真っ赤になって千切った方のドーナッツを落としてしまう。
「な、なナなななんて事を言うのよ!?」
しかし、葛木 宗一郎という人物は普通の一般人では無い。かと言って魔術師というわけでもない。この場合、気休め程度のほんの僅かしか魔力供給が出来ない。まずは気持ちの面から繋ぎとめる意味でガンナーは提案する。
「僕は人が死ぬのが苦手だ……過去を見られたと聞いて僕も少し思い出しちゃってさ……やっぱり戦いたくないんだ。君が関係の無い人たちの命を奪っているのも辛い。この聖杯戦争ってヤツももう少しでどうにか出来そうなんだ。そうすれば、キミも戦う事も人を襲う事もなくキミのマスターと一緒に居られる」
赤面したキャスターを余所にヴァッシュは冷静にドーナッツを口に運ぶ。信じられない事を言うサーヴァントにキャスターは嘘をついている様には見えなかった。騙している様にも見えない。常に騙す側だった自分がそう思うのだからそれは間違いないのだろう。
「……本当にサーヴァントらしくないイレギュラーね。……条件があるわ。でもそれでも戦うしかない場合もある。どうかしら?」
「条件って?」
「私にもあなたの過去を見せなさい。それで判断するわ」
「酷いな……結構つらいんだぜ?」
「戦うのだってつらいわよ。選択肢があるだけ良いんじゃないかしら?」
―――――後日。セイバー・シロウ&アーチャー・凛を傍に置き、監視下の下キャスターはヴァッシュの記憶の宝石を飲み込んだ。キャスターは意識を手放し眠りに落ちる。この間に討ち取れば。と考えるのが普通のサーヴァント・マスターというモノだ。しかし、最たる異常者がそれを阻む。キャスターも絶対的と言っても良いほどにこの異常者を信じた。この異常者は疑われる事があっても疑う事を知らない異常者だと。嘘は吐けないモノだと信じた。
「ホントに、あんたは何を考えてるのよ……」
「私も凛に全面的に同意です。ガンナーこれは戦争なんですよ? いい加減にして貰いたい」
ドーナッツがないとセイバーの調子は頗る良い。サーヴァントとして頗る良い。最優のサーヴァントに恥じる事のない風格と威厳を感じさせる。
「でもさ、戦争だからって戦わなきゃいけないなんて悲しいだろ? 誰だって痛いのヤじゃん?」
苦笑を浮かべながら自分の首を撫でるように手を置きヴァッシュはそう言い放つ。過去を知ってしまった以上、それ以上深く突っ込む事はその場にいる誰にも出来なかった。
ガラッ
「ガンナーここにいましたか……ってキャスターじゃないですか!? 気配も無く戦っていたというのですか!?」
「あ~、違うんだバゼット。ガンナーが連れてきてさ……」
「ガンナーの過去を知りたいんだって……。もう、聖杯戦争ってなんなのよ……」
「場合によっては、キャスターもこの戦いから退いてくれるそうです」
「……」
シロウは少し慣れてきたのか、いや、自分と同じような考えに元々共感している節はある。周りの凛などがジト目で見てくるので苦笑いになってしまっている。
凛は家名を背負ってきたし、父親が前回の聖杯戦争で敗退した事もあり、ガンナーに対し常に困惑を抱いている。もちろん、ガンナーのやり方に賛同してしまう点も少いながらもある。言峰のこともある。この戦いで最も悩んでいるのは彼女かもしれない。
セイバーはマスターであるシロウの言葉に従うだけだ。口出しはする。でも強制はしない形をとっている。ちなみにたった今隠されていたドーナッツを発見し食べ始めたので口出しも出来なくなった。
アーチャーは寡黙だ。衛宮士郎を殺す目的がある。ただ、それがブレ始めるほどに目の前の男のやり方に興味がある。と言ったところだろうか。自分が出来なかった事をこの男はやってのけるのだろうかと……。―――眼の前の男の過去を見た。多数を救うのに一人も殺さない。生涯で殺したのはたった一人。自分は何人殺してきただろうか。―――アーチャーはマスターと同じく考える男ではあるが、悩むというよりは、疑問を持つというところだろう。
「ガンナー……」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ……あれ? マスター?」
いつものようにマウントを取りに来ないバゼットに疑問を覚え、ヴァッシュはバゼットを見据える。そして、バゼットはその疑問に答えるように溜息を一つしてから口を開いた。
「今一度明らかにしておきたいガンナー。聖杯で叶える願いはありませんか?」
「……僕にはないよ」
「バーサーカーは脱落しましたが、気持ちは変わりませんか?」
「……うん」
更に溜息一つ。バゼットは完全に諦めた。このサーヴァントと出会ってしまったから今まで感じてきたモノが確定され固定され排除することは叶わず、更に言うとするならば、バゼット自身もそれでいいとさえ思ってしまっている。
根源に至る。そのための願望器。
そんなモノは必要ないと。
―――――キャスターが目が覚めると夕方へと陽は傾いていた。
「ど、どうでしょう?」
ヴァッシュはキャスターにゴマすりをしながら返答を求める。
「……手伝わないわ。干渉もしない。終わりを静かに待つだけ。それでいいかしら?」
「十分です御主人様ぁ!!」
「あなたのマスターは私です!!」(ギュギュ……)
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「本当に不思議なサーヴァントね……飼っておくべきかしら」
「あ、キャスターこれ、夕飯に持ってかないか? 筑前煮なんだけど、今日は藤ねえ、あー家に一人居ないんだ」
「……ふぅ、まったく。いただくわ」
「ヴァッシュー♪」
ブワッ!!!
「ノォォォォ~~~!!」
ズシャンッ!!!
「ガンナー静かにしてください!」
「うるさいわよーそこの箒頭ー」
「ボクだけっすか!?」
イリヤダイブを辛うじて受け止めつつ、多勢に怒られるサーヴァントがいる。そして、先ほどキャスターを玄関で見送ったサーヴァントとマスターたちは、最後とも言える作戦会議を始めた。
「アサシンとキャスターはセットだから」
「これで残りは……」
「金色のアーチャーと、ランサーね」
「そのアーチャーはマスターなんていないのかしら?」
「ランサーは言峰ですよね」
凛・シロウ・バゼット。アーチャー・セイバー・ライダーの5人は話し合いを。さくらは夕飯を作り始め、ヴァッシュは邪魔をしないようにと、それに背を向けイリヤを膝に乗せ、縁側にて一緒にドーナッツを食べている。
「ねぇガンナー。あなたは作戦会議しなくて良いの?」
「んん~、良いんじゃないかな?」
「ふーん♪ ドーナッツ貰うわね♪」
「ん? うん。……何か楽しそうだね?」
「そうかしら?」
「ん~何となくね」
「イリヤちゃん、ヴァッシュさん。これから夕飯なので食べ過ぎると……」
「余裕っすよ~、なーはっはっはっはっ~♪」
「さくらのご飯なら平気よ。それにドーナツは別腹よ」
その日の深夜。ガンナーは一人、衛宮の家を後にした。誰に言うでもなく昼夜問わずに動き回る彼を縛るモノは何もなく、単独行動のスキルは彼を自由に行動させていた。
「イレギュラーのサーヴァント一人で、こんな夜更けに何用かな?」
―――――出かけた先は、言峰教会だった。
「あんたは聖杯で何を願うんだい?」
オレンジ色のレンズのメガネを掛け、ヴァッシュは右手を腰元に添える。
「何も」
「何も? じゃあ何故マスターとして暗躍している? 何故彼女の腕を斬り取った?」
「イレギュラーのサーヴァント、ガンナー。私の願いは君達が叶えてくれているんだよ」
「……?」
「殺し合い、苦しみ合い、戦い抜いたモノが歪んだ願いを聖杯に願う、聖杯が望まれた歪んだ願いを更に歪めて聞き入れる……愉しいのだよ。あぁ、私は満たされる。これ程愉しい事があるのか? しかし、ガンナー。君は最初こそ愉しませてくれたが、そこまで平和を望み叶えられてしまうと鬱陶しくもある。ここらで消えて、絶望する仲間の表情を眺めたいモノだ」
「アンタは聖職者じゃないのか?」
それは、ヴァッシュの中で明確な比較対象者が存在していた。孤児院のまねごとをやっていた男。大きな十字架を背負い、何度も不甲斐ない自分を叱咤して来た男だ。タバコを吸う、人を殺すことも多々あった。共に闘うことも、銃を突きつけ合うことだってあった。でも、それでも彼には理由があった。一言で片付けるとしたら『仕方がない』という言葉だろうか。彼も『仕方がないんや、誰かがやらなアカンねん』と口にしていた。勿論、仕方無いなんて言葉で片付けられるものではない。しかし、目の前の男はどうだろうか。その言葉すら適用出来ない。
「聖職者だとも。何人もの人間を救った。既に知っているかもしれないが、4度目の聖杯戦争はこの冬木で行われた。謎の局地災害として処理されたが、その爪痕は酷いものだった。何人もの市民が巻き添えをくらい、親と別れることになった子供も数多くいた」
「やめろ……」
ヴァッシュは既に知っている。目の前にいる男の黒さを。凛から聞いた情報だと、聖杯戦争に参加していた一人だ。凛の父親を救う事は出来なかったらしいとまでは聞いた。しかし、ヴァッシュは更に深くまで読み取っている。いや、自然と分かる事なのかもしれない。しかし、その惨忍さを知っていればの話だ。
「痛い、苦しいと呪祖のように叫びのた打ち回る子供を解放してあげたこともある。命を切り離してあげてね」
「ヤメロ!」
目の前の男は残忍な男だ。バゼットの腕を斬り落とした男だ。前回の聖杯戦争に参加していた事を考えてもまともじゃない事は理解出来た。
そんな言峰は無表情に薄らと笑みを貼り付け、片手を上げサーヴァントを呼び出す。
「ランサー」
「よぉ、また会ったな拳銃使い」
言峰の後ろから現れるように霊体を実体に戻したのはランサーだった。
「やぁ、元気だったかい?」
「けっ、食えねえ奴だぜ。じゃあ一丁やるか」
「待てよランサー、僕のサーヴァントにやらせろ」
「あぁ?」
奥のドアが開けられ、2人の男がやってくる。二人ともガンナーは知っている。間桐慎二と金髪のアーチャーである。ガンナーは少しばかり驚きの顔を浮かべる。
「君は……教会に来たのか……」
「あぁ、この前はどうも、そこの言峰って神父が再契約させてくれたんだ。こいつギルガメッシュって言って強いんだってさ」
「ふん」
アーチャーは笑みを浮かべながら鼻でも笑い飛ばす。それが誰を笑ったモノなのか気付かないのは慎二だけだった。
そして慎二が言う『ギルガメッシュ』というアーチャーが現れた時、ヴァッシュは確信の顔を浮かべ、ランサーは睨みを利かせた。
「アーチャーのサーヴァント……やっぱり」
「ほう、知っていたか……いや、セイバーかなるほど」
「俺だけじゃ信用ならねーってわけか言峰」
「最速のサーヴァントと速さで互角だったのだろう?」
「ちっ」
「駄犬は下がっているが良い。我だけで十分だ」
「てめぇ……」
ギルガメッシュのその言葉にランサーは血管が浮き出るほどに怒り狂うが、現在のマスターである言峰との契約が縛り付ける。
――――――――――そして。
(面白そうな事になってるじゃない)
教会に新たにやって来た侵入者がいた。しかし、誰もその事に気づきはしなかった。
(あなたの全力、見せて貰うわねヴァッシュ・ザ・スタンピード)
偽・
今日も衛宮さん家からメディアちゃんが受け取った筑前煮。
メディアちゃんは自分で作ったと嘘をついてしまい……!!
大好きな旦那様に手料理で美味しいと言ってもらえる日は来るのか!?
次回!!『葛木メディアです!』
大好評! 単行本第2巻は14月82日発売!!
……カラドボルグって言ってる通り、捻じれてるんで、本編に今のところ影響なし。