Fate/love&peace   作:フリスタ

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今回は感想欄も参考にした加筆修正が大幅なものとなり、11000文字を超えてしまってます。分けようかとも思いましたが、前回の終わり方も考えると、この1本で過去編は終わらせとくべきと考えてのこと。
なので、割と長めの暇な時にどうぞ。


ヴァッシュ過去編。漫画版とアニメ版両方参考に使ってます。



09 ヴァッシュ・ザ・スタンピード

 

 

―――あなたはどんな英雄(ニンゲン)だったの?

            ヴァッシュ・ザ・スタンピード―――

 

 

 イリヤスフィールのその質問にヴァッシュは身を縮めた。

 

「た、楽しい話なんかじゃないよ……」

 

 一筋の汗がガンナーの頬を伝う。

 

「……ぁ、あーっ! もうこんな時間だ早く寝ないと! 明日の限定50個のスペシャルドーナッツを買いのがしちゃうよ! あ、お風呂先に貰うよ。じゃ!」

 

 そそくさとヴァッシュは行ってしまう。話を振ったイリヤスフィールはお茶を飲んで別段気にしない様子だ。

 

「イリヤスフィール、自分で話を振っておいて止めなくて良かったのですか?」

 

 セイバーの疑問にイリヤは余裕の笑みを浮かべて片眼を開く。

 

「別に言ってくれるとは思ってなかったわ。今まで一緒にいたここの誰にも言ってないんでしょ? なら言う筈はないと思ってたわ。でもね、聞く方法は彼の本心からじゃなくてもあるの」

 

 それは非人道的な話だった。衛宮士郎と間桐桜を除いたここにいる者はそれに気付く。『魔術』を行使すれば記憶を見るのは可能だ。勿論、対象が抵抗しなければの話なので、彼が眠りについてからという事になる。

 

「でも……起きるでしょ普通……」

 

「あら、失敗してないと思うけど? ガンナーのマスター。ガンナーの対魔力はどの程度なのかしら?」

 

「……ほぼ人間のソレです。攻撃などの魔術は回避できるそうなので問題ないほどですが……寝ている時などは無抵抗に等しいでしょうね。何か仕掛けていたのですか?」

 

 そう、イリヤスフィールは眠りの術式を与えていた。――遅延式の催眠魔術。それは数十分から数時間かけて対象を眠りへと誘う。ガンナーであるサーヴァントは今日は深く眠りに堕ちることだろう。

 

「あとは凛。あなたが宝石を人数分 提供してくれるだけで良いわ」

 

「あぁ……そういう事……良いわ。私も興味があるしね。それぐらいの出費で済むなら安いものと割り切るわ」

 

「……なんだか分からないけど、とりあえず今日の話はここまでにしとこう」

 

 士郎はそう言って立ち上がると洗い物を済ませ、「あれ?」と疑問に思う。それを桜が「どうしました?」と聞けば「ん~……いや、何でもない」と、とりあえず気にしない事にした。

 

「士郎君、ガンナーがお風呂と言っていたのですが、見当たらないので私が先に頂きます」

 

「あぁ、分かった」

 

 バゼットとそんな何気ない会話を交わすと、厳密に言うなれば『敵』と言える者同士で暮らしているのかと、これまでの聖杯戦争の事を思い出しつつ、何となく落ち着きたい気持から道場に足を運んだ。

 

 

 

 

 

 ―――道場に向かっていた士郎は先程の疑問が思い返される。食器棚からグラスが一つ無くなっていたのだ。ゴミとして出されてもいなかったため、誰かが割った形跡はなかった。少し考えては見たが、遠坂辺りが衛宮邸の自室と割り当てた部屋に持って行ったのかもしれないと結論付けることで疑問は消えた。

 道場に着くと別の疑問が浮かんだ。―――何か音がした。少しばかり怪しさを感じながら耳を澄ますと、何かを素早く振っているかの様な衣擦れの音と風切りの音が聞こえてくる。ネズミなどがいる事は無いだろうと思いつつ戸を開く。

 

「―――誰だ?」

 

 ガラリと音を立てながら戸を開けば真っ暗闇の道場内の音がより鮮明に聞こえたが、すぐに止んだ。明りを付ければ赤いコートではないガンナーの姿がそこにはあった。

 

「……やぁ」

 

 数十分前に風呂に行くと逃げ出したガンナーはラフな格好で汗だくになり、銃とグラスを一つ持っていた。真っ先に眼に付いたのは腕の傷。深く抉れた様なモノが痛々しく感じられる。左腕だけは義手だ。接合部分が腕の太さのネジの様にも見える。しかし、士郎は冷静に努め、グラスへと意識をずらす。

 

「―――ガンナーだったのか、グラス」

「あぁごめんよ。必要だったかな?」

 

「いや、別に良いんだけど。何してたんだ?」

「……影でちゃんと努力してるのだよぼかぁ」

 

 ガンナーは一瞬、酒などの嘘の理由を上げようとしたが、諦めるようにまぁいっかと吐露した。鍛錬をしていたと。それに対して士郎はサーヴァントでも必要なのかと聞けば、習慣みたいなものかなと、どこかハッキリしない笑顔でガンナーは答えた。

 

「……少し見てても良いか?」

「もうすぐ終わりだけど、良いよ」

 

 ガンナーはそう言うとタオルを眼隠しがわりに巻き、ベルトホルダーの拳銃を抜き、床に置いていたグラスを上に投げる。士郎は(割る気かよ!)と内心ビク付いたが、グラスは地面と挨拶する事は無かった。銃身の先に<チン>と軽く澄んだ音が響いたと思えば、最初からグラスの縁と拳銃が接着剤でくっ付いていたかのように微動だにしない。そして、腰元のホルダーからグラスのある位置まで銃が行き来する。しかし、グラスはその位置から動かない。

 へぼの魔術師の士郎でも分かる事だが、そこに魔術やトリックは何もなく、まるで大道芸化の様な光景があった。(はーー……)とつい口を広げたままに見るが、今度は更に激しく動きが加わる。グラスも同じ位置にいる事は無くなり、銃身に乗っている状態で上に投げられればガンナーの後ろへ、前へ、横へと四方八方に投げられる。

「あ、そだ」

 と短く何かを思いついたガンナーは眼隠しを取り、士郎に適当に放り投げてみてくれと言う。士郎は割れた場合は仕方ないと思いつつ放り投げると、ガンナーは危なげなく銃身でキャッチした。

 

「鍛錬でそこまで出来るのか……」

「……長くやって来たからね。でもサーヴァントシステムも関係してるだろうけど、魔力って言う補助があるのも大きいと思うよ」

 

「そっか……なぁガンナー。一つ聞きたいんだけどいいか?」

「なんだい?」

 

 汗をタオルで拭いながら笑顔で返事をするガンナーに士郎は聞いた。

 

「ガンナーの考えを聞かせてほしいんだ。お前が来てからライダーと桜も家に住むようになったし、今日はイリヤも連れ帰って来た」

 

「あ、食費はとかはマスターにお願いするよぉ。お金持ってないんだ僕」

 

 ドーナッツもバゼットの財布から出ているらしい。いつも怒られているところからして、無断で拝借しているのだろう。

 

「違う違う、別にそれは良いんだ……今のところは大丈夫だし。そうじゃなくて、聖杯はサーヴァントが倒されて残った魔力で完成されていくって聞いたんだ。ガンナーは良いとしても、聖杯に叶えて欲しい願いがあるサーヴァントは最終的には戦い合うんだろう? このままでいいのか?」

 

「士郎君、サーヴァントって眼から言わせてもらうと、今のこの家は奇妙なんだ」

 

 少しばかり真面目さが入ったかのようなガンナーに対して士郎も少しばかり体が強張る。と言ってもガンナーは笑みを浮かべたままだし、口調が強くなったわけでもない。ただ、いつもの様にふざけていると言った感じが薄れていた。

 

「―――奇妙?」

 

「サーヴァント同士が眼の前に居ると、闘争本能と生存本能が混ざったような感覚で『自分は眼の前のサーヴァントを倒して残らなければ』って思うんだ。そんな思いがこの家には充満してる」

 

「じゃあ、もう協定は終わりで、この家で戦うのか……?」

 

 士郎は自然とガンナーを睨みつける様な視線になる。

 

「いやいや、そんな怖い目しないでも大丈夫だよぉ。残りはキャスターさんと、キャスターさん管理の小次郎君。僕のマスターと前に契約してたサーヴァントのランサーと、もう一人のアーチャーでしょ? 多分もう少しで聖杯戦争は終わると思うし」

 

 指を折る様にサーヴァントの人数を確認すると「僕を入れて9人もいるんだねぇ」等と言ってガンナーは笑みを強くした。

 

「どういう事だよそれ?」

 

「この話はまた今度~。いやぁさっきから眠くて眠くて、お風呂入って寝るよ」

 

 そう言うとガンナーは素早く去って行った。

 

「あ、おい! ……大丈夫って」

 

 自分の知らないところで戦いが進んでいく。別に死にたいわけじゃない。戦いたいわけでもない。ただ、誰かを助けられるなら助けたい。衛宮切嗣を見てそう思った。そうだ、正義の味方になりたいんだ。その気持ちは変わらない。

 少し前にアーチャーに言われた言葉がある。『―――理想を抱いて溺死しろ』自分の欲望ならば他人の命も自分の責任だと、しかし他人の理想で戦うなら巻き込まれる命の責任をどうするのかと。そして、衛宮士郎には『力』がない。魔術師と名乗るのもおこがましく、ただ正義の味方という理想を追う普通の男。ならば、救えるだけの力が欲しいと思った。一瞬見たアーチャーの持つ双剣は綺麗だと思った。敵意剥き出しで来るその姿に士郎も苛立つが、それでも憧れてしまう一面があった。

 一方で突然現れた嵐の様な男は衛宮士郎の理想を実践している。それが出来るほどの力も持っている。少し飄々とし過ぎており楽観的なお調子者に見えるが、先程の鍛錬を見ると、根底にある信念は凄いのではないかと士郎は思う。

 少しそんな事を考えながら立ちつくしていると、士郎は思い出す。

 

「あ、アイツ風呂って! 今は―――!」

 

『ガンナーーーー!!!』

『ごめんなさいごめんさい!!』

 

 士郎はお風呂場の方向に向けて謝罪の意を表すのだった。

 

 

 

 

 

 そして、深夜になった。

 

 パタンッ

 

「どうでしたか凛」

 

「問題ないわ。信じられないぐらいグッスリ寝てるから。念の為に軽く蹴りも入れてみたけど大丈夫みたいね。でも……」

 

 宝石を幾つか持って出てきた凛は、ヴァッシュの部屋から出てきた。

 宝石にはヴァッシュの記憶を簡易コピーした宝石がある。成功して浮かない顔なのは、寝間着から覗いていた足や手の傷が脳裏に浮かんでいるに他ならない。最速のサーヴァントを更なる速さで退け、最優のセイバーの懐に一瞬で入りドーナッツを突き出し、更にバーサーカーをも生かそうとしたサーヴァントだ。何故あのような深く抉れた傷を負うのか。それだけが彼女の疑問だった。そして、それは手に持つ小さな宝石を呑みこんでしまえば理解できることではあった。

 

 

 

「こ、これを飲むんですか?」

 

「そうよ。身体の中に入ってしまえば溶けるわ。それが情報となってアイツの過去が分かるようになってるわ。もちろん全てじゃないわ、結構飛び飛びのはずよ」

 

 宝石を飲んだ事が無い上に、宝石魔術の知識が無いに等しい桜は宝石を見つめて信じ切れずにいた。それを尻目に、魔術回路作成のために宝石を飲んだ事がある士郎は人数分のお茶を居間で用意していた。

 

「ほら、アーチャー。アンタも降りてきて飲みなさいよ」

 

「……分かった」

 

 アーチャーは理解されないものを見てみたかった。理解したいわけではない。自分以外の結末に興味があった。英霊となってなお変わらぬモノを持つ存在を見てみたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――砂漠だ。砂漠が見える。

 砂漠の上を走る列車に、町の中心部に存在する巨大な電球の様なモノ。

 

 この星の人間はどうやらこの電球の力で生きているようだ。この電球が、今の現実で言うところの電気・ガス・水道などを生み出す役割をしているようだ。どうやら【プラント】というモノらしい。

 

 そして街にはガンマンと呼ばれる様な人達。賞金稼ぎ等の荒くれ。それらが集う酒場。まるで西部劇のようにも見える。当然ながら普通の生活をしている人もいる。

 

 そして、意識は深層心理へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体は傷で出来ている。

 

 血潮は砂で、心は硝子。

 

 幾たびの戦場を越えて不敗。

 

 ただ一度の敗走もなく、

 

 ただ一度の勝利もなし。

 

 彼の者は常に独り砂漠の荒野で人を信じる。

 

 そして、その生涯に意味はあり。

 

 その体は、きっと無数の(こたえ)で出来ていた。

 

 

 

 

 

 ダァンッ!

 銃声が快晴の空に響いた。

 

「ぐぉぉぉぉっ! くそったれ! この早撃ち名人のドロワーズが負けるとは……」

「その手じゃもう撃てないかもしれないけど、約束は約束だからね。僕が勝ったんだから、もうこの店には手を出さないでよ?」

 

「くそっ! こんな若造に俺の30年かけた早撃ちが負けるなんてな。俺はお前の倍以上は生きて来たんだぞ!!」

「いやぁ、それは無いよ―――」

 

 その20歳前後に見える優男は空っぽの笑みを浮かべて意味深にそう呟いた。童顔だったとしても30歳に届くかどうかというその顔。それがヴァッシュ・ザ・スタンピードだった。

 

 

 

 

 

 

 ―――最初の怪我はいつだっただろうか。そんな事も思い出せないほどに彼の傷は無数にあり、酷いとしか言えないものだった。

 彼は同族であるナイヴズと一緒に生まれた。人間の姿形をしてはいるが人間ではない彼らに両親などいない。たまたまそこにいた人間に育てられた。しかしヴァッシュは、たまたまそこにいた『レム・セイブレム』という女性から大切なことを教わった。ヴァッシュ達の母親のような姉のような存在。独自の強い信念を持っていて、命を賭けて誰かを守ろうとするその献身の姿が、後のヴァッシュの行動原理となっていた。

 

 ある日、幼い頃のヴァッシュは蜘蛛の巣に囚われた蝶を見つけた。蜘蛛はゆっくりと蝶に近づき、捕食しようとしている。彼は手を差し伸ばし蝶を助けようとする。そこに割り込むように伸びてきたのはナイヴズの手だった。その手は蜘蛛を握り潰していた。ヴァッシュは泣いた。「どっちも助けたかった」と。しかし、ナイヴズは言う。「蝶を助ければ蜘蛛はお腹を空かせて死んでしまう」と。それに対してレムは「そんなに簡単に結論を出しては駄目」と言う。最良の手段があったはずだと。

 

 

――― 誰も……人の命を奪う権利なんて無いわ ―――

 

 

 命の大切さをヴァッシュは知る。その先も人の命の大切さを知って行く。しかし、ナイヴズはそれが煩わしかった。弱肉強食。それが簡単にナイヴズという男を一言で表せる言葉なのかもしれない。優秀な者が生き残り、弱い者は死んでいく。そしてナイヴズは人という存在を多く消した。多く殺した。自分達の方が遥かに優秀だと信じて。

 

 

――― ヴァッシュ! ナイヴズを……!! ―――

 

 

 レムの最後の言葉を刻み、大人になったヴァッシュはナイヴズを探す旅に出た。

 

 

 

 

 

【第3都市ジュライ】

 

「いらっしゃい派手な服だね。芸人さんなんだろ。はいよリンゴ6個で3$$」

「アイスだ! 私が命じたのはリンゴじゃなくてアイス!! アンタは新入りなんだからちゃんと…!」

「勝手に連れて行くな! そいつには厨房を手伝って貰うんだよ! さぁ喰ったぶん働きな!」

「あっくそババア人の子分を!!」

 

 赤いコートの男は子供と戯れ、平和な日々を過ごす。

 

「あぁ、アンタの探してた人な。戻って来るの4日後だそうだよ」

「あのデカい屋敷で何やってるんだかな」

「あ? なんだよ用がすんだらもう行っちまうのか?」

「俺達の(チーム)は簡単には足抜け出来ないぜ~」

「あなたってもう何年もここに住んでいる様な感じよね。名前は?」

「ヴァッシュ?」

「変わった響きねぇ」

「ヴァッシュ……」

「ヴァッシュ…」

 

 

 赤いコートの男は探し人を見つけた。しかし……

 

「よぉヴァッシュ」

 

 血まみれの探し人と、小さい頃に別れた男がそこにいた。

 

「100年近く人間どもの中で生きてきて、お前一度も人間に対して憎しみを持った事が無かったのか?」

 

「……やめろ」

 

 

「嫌だね。大事な話だ。見た時は絶句したぜ。その身体中の(きず)、何度裏切られた? 何度傷付けられた? 何度嘘をつかれた? 何度屈辱を受けた? 人間扱いされなかったことは? 大切なものを奪われた事は? いわれなく疑われた事は? 笑われながら踏みにじられた事は? ……現実を凝視しろ。お前は矛盾だらけだ。綺麗事と痩せ我慢の生き方がお前の心を蝕んでいるんじゃないか?」

 

ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ―――!!

 

「亜阿あ唖ア啞ぁ亞あァァァーーーッ!!」

 

 

 最後に彼と出会った時の記憶は消えた。そう『第3都市ジュライ』と共に。ヴァッシュは『第3都市ジュライ』を『ロスト・ジュライ』へと変えた悪魔の使いとして賞金首となった。幸いなのか死者は出なかった。その代わり、ジュライは人の住める場所では無くなった。

 

 全てを失った人は殴り、奪い、罵り合った。だから瓦礫の高台で聳え立っていた彼を見た者は彼を犯人だと決めた。実際そうだった。操られるように制御が出来ない暴威にヴァッシュはその光を地上に放ったのだ。

 

 

 

 ひとりたすければ

 ひとりうまれたことになるのか

 

 そのいのちは

 よい いのちか

 

 レムをなくし

 独りになって

 こころの中の彼女が微笑うように

 あるく

 

 その生き方が確信になって

 ゆらいで

 喜びの涙と哀しみの涙

 

 幾千万の銃弾の中

 痕はふえて

 

 そして たどりついた場所は―――

 歪みが導く 更なる絶望

 

 わすれようとしていたこと

 封じようとしていたあやまち

 とりかえしのつかないこと

 

 助けた命はいくつだっただろうか

 救えなかった命はいくつあっただろうか

 救った命に間違いはなかっただろうか……

 

「そんな事は分からない! 分からないよ! でも……これだけは言える。僕が消してしまったあの人たちは―――優しかったんだ……」

 

 

 

 そして、ここに600億$$の賞金首、『人間台風(ヒューマノイド・タイフーン)』ことヴァッシュ・ザ・スタンピードが手配書にて世に知れ渡った。彼が歩いた後にはペンペン草の一つも残らない。街を灰に変える悪魔の使い。人の形をした化物。そう、彼は人間ではない。この星で生きる人にとって必要なプラント。その自立種だ。その能力は人間を遥かに凌ぎ、何年も何十年も何百年も生きられる存在であり、人間と比べると老化というモノが無いに等しい。いつまで経っても見た目20代の優男は人間からすれば150年以上生きてきた化物だった。

 

 

 ナイヴズは同胞であるヴァッシュを人間であるクズと一緒にさせることに苛立ち、ヴァッシュを無理矢理にでも自分の手元に置こうとした。魔人と呼ばれる、人間でありながら人間を超えている殺戮集団を刺客にして襲わせた。彼の目的はヴァッシュとは対極にある。―――人類(ゴミ)抹殺(そうじ)だった。ゴミが消えれば同胞だけの世界が出来上がる。ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

 後にナイヴズの居場所までの案内役だと分かる男『ニコラス・D・ウルフウッド』は牧師と名乗る。孤児院の真似ごとをする彼は何人も殺してきた。ヴァッシュの生き方にも理解できない事が山ほどあった。何故笑うのか? そして、何故その笑顔は空っぽなのか。人を不安にさせる笑顔だった。それが苦笑いとかであったならどれだけ楽だろうか。それほどヴァッシュの笑顔はウルフウッドにとって空っぽに見えた。

 

 

「ええかトンガリ。こないな時代やと人生は絶え間なく連続した問題集や。揃って複雑。選択肢は酷薄。加えて制限時間まである。一番最低なんは夢みたいな解法を待って何ひとつ選ばない事や。オロオロしてる間に全部おじゃん。一人も救えへん。……選ばなアカンねや!! 一人も殺せん奴に1人も救えるもんかい。ワシらは神さまと違うねん。万能やないだけ鬼にもならなアカン……」

 

「……ウルフウッド……でもやっぱりそれは言葉だ。今そこで人が死のうとしてる。僕にはその方が重い」

 

 時には衝突する事もあった。

 

 

「何故撃った!? ウルフウッド!! 彼に撃つ気はなかった!!」

 

「トリガーに指が掛ってもか!! いい加減にせぇ!! お人好しにも程があるわ!! ……しゃあないやろ 誰かが牙にならんと誰かが泣く事になるんや……」

 

 自分が狙われていたとしてもヴァッシュは殺した方を責める。それほどまでに真っ直ぐな男だった。その男の背中を何度も守ってきたウルフウッド。何度も知られぬところで殺してきた。そして、自分が窮地に立たされた時、彼の一途な思いを顧みた。

 

「わかってる。わかってるがな あいつは馬鹿や。いってる事は現実を見ないガキのたわ言や。大馬鹿や。そんな事わかっとる。でも ああ。でも…… でも……あいつは一度も言い訳をせえへんかった」

 

 そして―――

 

「笑えトンガリ…… おまえはやっぱり笑ってるほうがええ カラッポなんて言うて 悪かった……」

 

 ―――彼もまた逝ってしまった。

 

 

 大事なものをいくつも失ってきた。彼の身体は言うまでもなく傷だらけ。しかし、ナイヴズのいる場所に行かなければならなかった。レムの最期の言葉だけが彼を突き動かしていた。

 

 

 

 

 

 ヴァッシュの左腕は義手だ。その左腕はナイヴズによって奪われた。そして、その腕は野に捨てられたかと言うと、それは違う。ここでもう一人紹介しよう『レガート・ブルー・サマーズ』という男だ。何故この男を紹介するかと言えば、この男がヴァッシュの左腕を移植されており、ナイヴズに忠誠を誓い。そして、ヴァッシュの心を一度は粉々に砕いたからに他ならない。

 

 この男の怖い所は感覚を持たせたまま他人を操り、人間の出せる限界まで弄る事が出来ると言う点だ。例えば、これは実際やった話だが、車が一台あったとする。密閉された荷台には恐らく入れても6人が限界という広さに、数十名を操って入れて行く。車の下からは真赤な液体が流れ続け、上からはこれから入れられる者の悲鳴がこだまする。当然感覚はあるわけだから、無理矢理に押し込まれ、骨が軋み折れる。骨が内臓を突き刺し皮を破る間も痛みは続いている。そう言った事が冷静に出来る男であった。

 

 彼の使命は『ヴァッシュ・ザ・スタンピードに永遠の苦しみを与えること』だった。レガートはヴァッシュに「自分の意思で僕を殺せ」と言う。そう、レムの命を大切にする考え。それを行動原理にし、不殺を心に150年以上も生きてきたヴァッシュにとってそれは残酷以上のなにものでもなかった。「引き金を引かないと、君の大切な人が死んじゃうよ?」と、人質まで取りレガートは引き金を引かせた。レガートは歪み微笑って逝った。

 

「人を殺したんだ……もう駄目だ……レム、どうしたらいいのレム……教えて……僕はどうしたらいいの?」

 

 壊れた硝子の絵を拾い集め彷徨い続ける。

 その姿に伝説の面影はなく、尊厳も見当たらない。コレは本当に人間台風(ヒューマノイド・タイフーン)なのか。いつもの笑顔も思い出せないほどにやつれ泣き喚いた。撃つ相手の急所を外し、掠り傷でも手当まで施す優男はあの日、レガートの頭部をゼロ距離で撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

―――人間は止まらなかった。

 

 人間とは理性がある者。理性があると言う事は。理性の(たが)があり、それが外れると言う事。そして、この世界に生きる者の箍は外れやすい。それ故に人間は命を軽んじる事がある。大事な人を殺されれば奪い返す。それが当たり前だと。殺されれば殺す権利が生まれると言う結論に至る人間が多い。

 

 それ故に。

 

「俺の友人は何故死んだ! お前がジュライを!!」

「あんな惨い事をしてお前はのうのうと生きるのか!!」

「死んで償え!!」

 

 弱り切った男を車で引き摺り回し、傷めつけ、殴打し、何度も何度も繰り返す。ヴァッシュは何も言わない。ただ。今までの事は自分がやったと、自分はヴァッシュ・ザ・スタンピードだと言うだけだった。

 

 

「やめて下さい!! この人はそういう人じゃありません!!」

 

 人間は人間だ。全ての人間が悪いわけではない。そう、止める人間もいる。彼女の名前は『メリル・ストライフ』ヴァッシュの起こす災害に関わる保険の仕事で追いかけ回していた人間だ。最初は彼女も「これが伝説のガンマン?」と真面目に疑ったものだ。ドーナッツを頬張り垣根無しに笑う男。あらゆる事件は、手段はともかく死人無しで解決して行く男。そんなヴァッシュという男は初めて自分の手で人を殺してしまった。

 落ち込む彼には怒りをぶつける人間がいて、レムと同じ事を言うメリルは、怒り狂い理性を無くしかけていた人を止めた。

 

 

「誰も……人の命を奪う権利なんてありませんわ」

 

 人はやり直せると。生きていればやり直せると彼女は言う。ヴァッシュはその言葉に何かを見出し、最後の場所へと向かった。何人も死なせ何人も裏切ってきた事を重く受け止め直し、未来への切符はいつも白紙だと言う事を彼は思い出したのだ。

 

 

――― ヴァッシュ! ナイヴズを独りにしないで(・・・・・・・)!! ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きい十字架を背負ってきた紅いコートの同族にナイヴズは聞く。

 

 

「楽しかったかい? 人間として生きて―――」

 

 

 そのコートの下には、あれからどれほどの傷が増えたのか。

 

 無駄だとは分からなかったのか。

 

 僕らは人間なんてモノに使われる存在ではない。

 

 それを自然な表情で聞く。

 

 答えは分かっている。

 

 目の前の男は何度も言う事を聞かなかった。

 

 こいつをこうしてしまったのは、レム。お前の所為だ。

 

 

 

 そして、深紅のコートの男は自信を持って答える。

 

 

「―――ああ、最高だったとも」

 

 

 間違いなんかじゃない。

 

 間違いなんかじゃないんだ。

 

 

 

 二人の空気はとても穏やかだ。

 

 そして、ヴァッシュは銀色の銃を抜き、ナイヴズに向けて撃ち放った。

 

 その銃声が決戦の火蓋を撃って落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――意識は覚醒する。

 

「ぅ……ん」

 

「起きたか遠坂……ほら」

 

 士郎はティッシュ箱を差し出す。そこで初めて気付いた。自分が泣いているのだと言う事に。周りを見渡せば凛が最後に覚醒したらしい。誰も彼もが黙ったままだ。士郎の膝元で黙っているイリヤスフィールがいる。涙を拭う桜がいる。腕を組んだまま柱に寄り掛かるアーチャーがいる。湯呑を握ったまま顔を伏せているバゼットがいる。時計を見れば午前5時過ぎ。数時間の出来事だったようだ。

 

 誰も見たモノについて喋ろうとしない。語ろうとしない。少しして、口を開いたのは家主だった。

 

「人間じゃなかったんだな……あ、いや、そう言うんじゃなくて……何て言ったらいいのか分からないけどさ……」

 

「憧れたか」

 

 いつものアーチャーなら鼻を鳴らす動作も付け加えたであろう。しかし、そこには侮蔑や憐れみ等はなく敵視もなかった。そうだ。それはきっと憧れだ。人間以上に人間らしい男。理想を具現化した男だった。全てを救うヒーローだ。少なくとも衛宮士郎にはそう映って見えた。

 

 

 不意に足音と、少しして洗面所の方から水道の流れる音がした。そして、居間に顔を出したのはこの家に住む最後の一人、ガンナーだった。

 

「あれ? みんな早いね……もしかしてみんなもドーナッツの限定で並びに行くのかな? 10時開店だけど8時には並んでおきたいね~」

 

「ガンナー。申し訳ありません」

 

 マスターであるバゼットは頭を下げる。他のマスターも頭を下げる。下げないのはセイバーを除くサーヴァントであるアーチャーとライダー。そしてイリヤスフィールだけだった。

 

「ま、マスター? みんなも、どうしたの?」

 

「勝手ながらあなたの記憶を見ました」

 

 

「……そっか……あー、ね? 楽しくなかったでしょ? なはははは~……魔術っ便利だね~」

 

「どうして笑っていられるんですか……全くあなたは。怒らないのですか?」

 

 拍子抜けしたバゼットは頭を手で押さえている。

 

 

「ガンナーらしいと言えばらしいけどね……傷、見せてくれない?」

 

「い゛っ!? ぬ、脱げと仰いますか!?」

 

 

「違うわよバカ! ……ただの興味よ」

 

「私も多少は気になります」

 

「わ、私は少し怖いんですけど、見たいです……」

 

「目が怖い! ちょっ! ライダーちゃん!? セイバーちゃん!? 何故に抑えつける!? 見てないで助けてくれないか君達ぃ~!」

 

「む、無理だ」

 

「あぁ、無理だな。私は凛のサーヴァントだ。手を貸さないだけましだと思うが」

 

 士郎とアーチャーは一歩引いて後手に回っている。

 

「ノォォォォォォ~~~!!」

 

 数分後、関節技などで苦しんだヴァッシュは仕方なく上だけを脱ぎ、言われるがままにヴァッシュは左手の義手も外した。興味津々でマスター陣、サーヴァント陣はその傷だらけの傷を見る。しかし一人だけ、その輪に収まらずお茶を飲みながら遠目に眺め見る者がいた。

 

 興味がある。しかしそれは、ただ見たい。という感情からではなく、ヴァッシュの過去を見て、その結果である傷を見て、改めてガンナーと言うイレギュラーなサーヴァントを値踏みする様な眼であった。

 

 

 

 

 




宝石の使い方は独自設定。『独自設定』のタグ増やしますかね。

魔術師は記憶の改竄が出来るとどこかで見た。ならば記憶のコピーも出来るだろうというものです。抵抗もない状態であれば出来るだろう。

ヴァッシュもサンドスチームの話を見る限り、短時間で効果が切れるとはいえ、薬とかが効かないわけでもないですし。魔術は凄いんだぞ~という願望込みです。

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