ルイズがチ◯コを召喚しました   作:ななななな

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暗闇の開始線
第七話


 障害らしい障害と言えば、やけにトイレが近い、ぐらいなものだった。

 

 

 

 それにしてもまぁ慣れたものだ。まだ碌に時間も経っていないが、今朝「ヴァリエールの素」暴発事件まで体験したルイズ。もはやナニを触ることに抵抗はなかった。手は擦り切れるほど洗ったが。

 問題らしい問題はそれぐらいだった。シュブルーズの授業のあとは、突発的な戦闘態勢に入ることもなかった。あんなものが何度もあって堪るか。

 ……周囲から感じる視線。定期的に聞こえる、ひそひそ話やささやきを通り越しての、あからさまな侮蔑の言葉。

 それらは、ルイズの心にひとつの影も落さなかった。彼女の背筋は何かに支えられようにぴんと伸びていて、その足跡には自信が刻まれている。

 顰め面ばかりだった整った顔には微笑みが乗っており、長い桃色の髪は陽光と共に気品を反射させていた。ショーツの中にはなんとチンコまである。完全に余計な情報だよ殺すぞ。

 そんなありあまる覇気を纏った少女の様子に、周囲はただ戸惑うばかりで、それがまたルイズの心をよくしていた。ミス、ミスタ、貴方達は、どんな気分?

 

 

 私はとても、気分がいいわ。

 

 

 緩やかに時間だけが過ぎて、昼食時。

 ルイズはまたもいつも以上の食欲を発揮し、好き嫌いなく、出された全てを平らげた。

 腹は満たされ、身体は絶好調。思考は冴え渡っていて、精神に揺動はない。

 例えば、食堂から去ろうとした時――転がっていた特徴的な香水の壜をみつけた際には、無視することなく、持ち主だろう同級生の少女にさっと渡すぐらい、ルイズは心に余裕があった。

 その後はなにやら一騒ぎあったようだが、ルイズの知ったことではないし、興味も、また何の影響も無かった。

 

 

「ミス・ヴァリエール」

 

 用を足し終えたルイズに、見覚えがある中年教師が話し掛けてきた。

 頭髪の薄さが特徴であるその教師は、昨日の使い魔召喚儀式の監督官でもあったコルベールだ。

 

「どうかしましたか、ミスタ」

「オールド・オスマンがお呼びだ。君の……使い魔について」

「学院長が?」

 

 学院長か、何の用だろうか。もしかしたら、チンコくっつく摩訶不思議現象の全貌なり前例なりを把握したのだろうか。

 いやいや、昨日の今日でそれはありえない。要因なりなんなりが直ぐに分かるくらいチンコの召喚がしょっちょう行われているのなら、もうルイズには世界を呪うしか行動の余地がなくなる。

 最終的にルイズは「チンコくっつき被害者の会」を設立し、とりあえず始祖のお膝元であるロマリアは滅ぶ。無論、そんなことはない。

 恐らく、突発的な身体変性への対策便宜……早い話がチンコがあるんで風呂とか色々な問題について話そうということだろう、ルイズはそう当たりをつけた、

 分かりました、すぐ行きます。言葉もそこそこに、ルイズはその足を学院長室へと向けようとして――

 

「すまなかった、ミス・ヴァリエール」

 

 聞こえた言葉に、歩みを止めた。どう聞いても謝罪にしか捉えられないその弁を出したのは目の前のミスタ・コルベールであり、ここには彼の他に自分しかいない。

 

「ど、どうしたんですか、先生」慌ててルイズが問えば、コルベールは温和な顔の眉尻を下げ、申し訳がなさそうに首を横に振った。

「……オールド・オスマンから聞いたよ。君が、使い魔の成功に召喚していた、と」

「あ……」とルイズは呟きを零す。

 

 本来ならば私が一番に気付くべきだった、と、すまないことをした、と伏し目がちに言うコルベールに、ルイズもまた申し訳ない気になった。

 召喚したてのあの呆然時ならばまだともかく、昨日今日と、儀式の引率だった先生にも一言あって然るべきだったのだ。

 言えない領域の件ではなく、言える領域、つまり対外的な「言い訳」を、あの時、自分を慰め、もう一度の機会を設けると約束してくれたこの先生に、報告すべきだったのだ。

 ルイズが何と言えばいいか戸惑っていれば、コルベールは口々に、身体に問題は無いか、私も専門外ではあるが、出来うる限り力になろう、とルイズを気遣い、励ます言葉を送っている。

 

 ルイズは孤独だった。本人はそう認識しているし、また味方の作り方も分からなかった。家柄と見てくれだけが立派、中身が伴わない。だから周囲から弾かれる。

 それは真であり、しかし偽でもある。世界の悪意全てがルイズに牙を剥いていると判断するには、あまりにも時期尚早に思えた。

 朝のキュルケだってそうだ。彼女はルイズに「おめでとう」と言った。あれは所謂「優れた者」故の見下しの賞賛だったのかもしれない。それでも間違いなく称えの言葉だった。

 目の前の教師だって、本当の本当は、心の内には、使い魔召喚に気づかなかった己の責任をおべっかで誤魔化そうとしているのかもしれない。

 だけどルイズには、そうは思えなかった。

 向けられる悪意の判断。人生上、ルイズはそれを持ち得る道を歩み続けていて、そして今の彼女には、正常な思考を邪魔する虚栄心や嫉妬心などがすっぱりと消えていた。

 

 

「ありがとうございます」ルイズは教師の裏表ない発言に、華の様な笑顔で答えた。だって今や雌しべも雄しべもある。うるさい。

 

 コルベールは言葉に詰まった。少なくとも彼は、劣等生と揶揄される少女のこんな笑みは見たことがなかった。

 なにが、彼女を変えたのか。例の、正体不明で少女の内にあるという使い魔の所為だろうか。彼には判別がつかない。

 違う、彼は心中で呻く。変わったというよりか、これが正常なのだ。にこやかに笑う貴族の子女。なにもおかしな問題ではない。

 おかしかったのは、以前のルイズが笑わなかったのは、笑わなくさせていたのは――

 

「では、私は行きます」思考の海を渡るコルベールに、笑顔崩さず言ってから、ルイズは踵を返した。

「あ、ああ」

 

 コルベールは気の聞いた言葉ひとつ言えず、立ち去る少女の後姿を見守る。

 溜息、後、ゆるやかに首を振った。

 立ち入れない問題。己しか超えることの出来ない壁。それは、誰にでもあることだ。コルベールにも、ルイズにも。

 ルイズは、それらを全て超えてみせたのだろうか。それゆえの笑みだったのか、それとも。

 

 

 煌きを持つ少女の後姿は、不自然なほどに輝いている。

 

 

 

 

 

 

 巨大な戦力は隠し通そうとしても、分かる者には分かるものだ。ルイズは心中で賞賛の呻きを上げる。

 キュルケ程に全開している状態は、話は別だ。あれは誘引剤だ。ふらふらと虫のように近づく下半身をぱっくり持っていく罠だ。

 そうではなく、意図的にせよ無意識にせよ、力を隠蔽しているもの。例えば朝であったメイド――シエスタと言ったか――の様に、分厚い天幕の内に、潜在を秘めいている者が確かにいるのである。

 

 結論から言ってしまえば、ルイズは学院長室で、オールド・オスマンの横に控える秘書の秘所――ロングビルのロングおっぱいに目が釘付けだった。

 でかい。昨日から分かっていたことだが、やはりでかい。流石にキュルケ級とはいかないかもしれないが、いや、これは直接見たり触ったりしないと分からないわね。

 

「……ミス・ヴァリエール?」

「はい、触ってみないと分かりません」

「さ、触るのかね? その、ナニに?」

 

 ルイズははっと正気に戻った。しかしロングビルのおっぱいはでかい。戻ってない。

 調子はどうかね、と問うた筈のオスマンは、返ってきたよく分からない返答に目を白黒させている。

 隣のロングビルは昨日のナニをショーツ越しとはいえ間近で見たからか、ほんのり頬を赤く染めていた。

 ルイズは慌てて頭を振った。

 

「い、いえ、すみません、何でもありません。ええと、はい、大丈夫です」

「ふむ、そうかね」

 

 こほん、とわざとらしい咳の後、オスマンはロングビルを見やった。

 秘書はこくりと頷き、ルイズとは視線を合わさず、静々と部屋から出て行った。まぁそもそもルイズの目線はロングビルの首から下、腹部から上に固定されているのだ。合う筈もない。

 扉が閉まる。ぎぃ、と言う蝶番の軋む音の後には、ただ黙した二人だけが残された。一人はおっぱい、一人はお尻に思いを馳せていた。

 

 我に返るのが早かったのは、より年老いた方だった。

 オスマンは机の上にあった杖を手に取り、部屋全体にサイレントを掛けた。

 

「ミス・ロングビルに何かあるのかのう?」

 

 自分もケツばかり見ていたことは棚に上げ、じっとりした瞳でロングビルを見ていた少女にそう問うオスマン。

 ルイズはまさかおっぱいに見とれていたなんて言えない。

 

「……何でもありません」

「心配しなくても、彼女は何も言わないじゃろう。ワシが保障する」

「あ……あー、ああ、はい」

「……違うのかね?」

「いえ、はい、私も、ミス・ロングビルを信じますわ。ええ、信じますとも」

「うむ」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 本題に入ろう、椅子に座る翁は厳かに言った。

 

「率直に言えば、のう、君に起きた事……召喚したものについて、何一つ分からんかった。日を跨いでまだ一日じゃ。これからも調査は約束する。しかし正直、有益な情報を集めるのは難航するじゃろう」

「はい」

 

 ルイズはそうだろうな、としか思わなかった。逆に何かしらの足掛かりが見つかったとしたらルイズはオスマンを称えに称えるだろう。

 それくらい、今起きていることは馬鹿馬鹿しく、全世界的に未知であるということをルイズは理解していた。それはもう。粘ついた種まで出る始末なのだ。

 

 オスマンはルイズの顔色や反応を覗っていたのか、暫く何かを模索するように無言で、次に口を開いたときは、より建設的な話に変わっていた。

 

 例えば、風呂の問題――しかしこれは簡単にカタが着いた。要はヴァリエールの三女がヴァリエールの長男であると疑惑を掛けられないようにするだけ、見られないようにするだけだ。

 まぁ実際は女の子の部分もちゃんとあるのだが、もし万が一見られたとしたら、普通は「実は男である」と考えるだろう。どこの頭沸いたヤツが一発でルイズにチンコが生えた! なんて見抜くことがあるのか。もう考えただけで消し去ってやりたくなる。

 さておき。

 ルイズだけの風呂の時間を作る。解決策はこれだけだ。それゆえ、入浴は遅い時間になるだろう、と老人は言う。少女は構いません、と返す。議論する余地はなかった。

 次はルイズの身体的な問題についてだった。何か困ったことは発生していないか、身体に影響はあるか。挨拶代わりに聞いた「調子はどうか」という抽象的なものではなく、より具体的な質問。

 事情を知る知らないの差はあれど、それは先ほどコルベールが問うたものと同じだった。

 

「問題ありません」

 

 ルイズもまた、同じ答えを出した。あまりにも堂々とした答えで、オスマンは疑いの言葉を出さなかった。表向きには。

 そして言ったルイズ本人の中でさえも、まるで何にも憂慮はないかのような無敵の安心感があった。

 

 影響も問題も、それなりにあった。むしろあり過ぎて困ってんのよ殺すぞ。

 

 夢精するわおっぱいに執着するわ何か精神が引っ張られているような気がするわ唐突に勃起するわ。

 今日起きたことを列挙するだけでもう頭が痛くなる。ルイズの暴れん坊さんが暴れている。そう言った話なのだが、ルイズは全てを封殺した。

 言いたくないし、言っても仕方ないからだ。オスマンに信は置いているが、それはあくまで「ある程度の便宜」を図って貰うためのモノ。愚痴を聞かせる相手には選んでいないのだ。

 

 ルイズには、それの必要がなかった。いつだって彼女には真の意味で助けてくれる味方はいない。それは慣れであり諦めであり、弱さを見せない矮小な誇りだ。

 けれど、そういったものと同時に、少女はちっぽけであるが世界の一旦を掴んでいるのだ――己から産まれた難問は、己にしか解けない。

 今回のことだってそうだ。それより前も、無論孤独な戦いだった。だって、だって、××が使えないなんて。 

 

 

 それよりさそれよりさなぁそれよりさあのお姉さんのおっぱいはでかかったよなメイドさんのええとシエスタだっけその子を超えている気もでもあの子は脱いだらすげぇよおれにはわかる直に触れた訳だしなぁなぁなぁご主人様もそう思うだろうなぁ。

 

 

 頭の片隅で何かの遠吠えが聞こえた。

 暴風の如くごうごうと鳴り響く、全貌が掴めない曖昧な爆音は、しかしルイズに不快感を与えず、それどころか心を静めていきさえする。

 ちくりと針を刺すような鈍く冷たい痛みが、ついとルイズを襲った。瞼の上にひりひりとした感覚が乗っている。

 思わず、右手で片目を抑える。視界の半分の暗闇には、幼竜程の黒犬が尻尾を振っていた。それ以外は何も見えず、ルイズは何も思わなかった。

 

「ミス・ヴァリエール、大丈夫かね」

「ええ、少し埃が目に入ったようで」

 

 嘘だった。

 

 

 

 

 何事かあったら即座に相談しに来て構わないし、また何か少しでも糸口が掴めたのなら、即時伝えよう。

 オスマンはそう言って、ルイズは二も無く頷いた。話はそれで終わった。

 ――失礼します。少女の声はどこまで落ち着いて、それがオスマンには不気味にさえ思える。あまりにも、普通過ぎる。

 重厚の扉の先に消えた少女の残像を、翁はじっと見据えていた。昨日の告白時とはうって変わった、何一つ取り乱さない様。

 別段、オスマンとてあの不幸な少女にもっと苦しめだとか、もっと悩めだとか、そんな冷酷なことは思わない。

 けれど、起こったこと、起こっていることの重大さ、理不尽さを鑑みれば、ルイズの感情の揺らぎは明らかに少なかった。少なすぎるようにオスマンは見えた。

 その正誤の判断が、オスマンには出来ない。歳を重ねた偉大なるメイジの彼でも、少女の心内は覗き込むことが適わない。

 彼女が彼女の中で、自身が持つ苦難全てに折り合いをつけられたのなら、それはそれで構わない。

 しかし――絶えず光っていた少女のルーンを思い返せば――オスマンはこう考える。あれは、少女の思考に、何らかの影響を与えているのではないか、と。

 

 原因。因果。結果。 

 皆目不明な状況下において、オスマンが出来ることは何も無い。それこそ、薄っぺらい権力で頼りない盾を張るぐらいなものだ。

   

 

「モートソグニル」

 

 溜息交じりに吐き出されたしわがれた声。それに呼応して、部屋のどこからか「ちゅう」とネズミの鳴き声が響く。

 彼の使い魔の名前を呼んだ後、オスマンはしばし目を瞑った。半身であるネズミは、ただじっと息を潜めている。

 

「ミス・ヴァリエールを、しばし見張ってくれんかね」

 

 どこか草臥れたような声色に、しかし使い魔はただ「ちゅう」と一鳴き。

 オスマンが杖を振るい、入り口の扉が僅かに開いた。小さなネズミは、隙間から素早く出て行った。

 

 短い時間の中で何度聞いたか分からない、番が軋む音。

 扉閉時の金属の短い悲鳴を聞いて、老人は嘆息する。

 

 間違いなく、変性している。身体的なものは元より、その内面が。

 オスマンはルイズをそう判断せざるを得ない。

 

 それに未知の物が関わっているのなら、オスマンにはそれを把握する義務がある。

 逆説的に言えば、それしか出来るのことがないのだ。見張り。監視。見守り。言い方は色々あるが、本質で言えばそれはただ傍観しているだけ。

 願わくば、その変質が少女にとって善性であれば――

 願わくば、悲哀に塗れた少女が道を踏み外さなければ――

 そう、思う。そう思うことしか、出来なかった。

 

 




諸君! 決闘は中止だ!

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