ルイズがチ◯コを召喚しました   作:ななななな

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第十三話

 

 

 隙のない無欠の青空だった。

 

 

 冷たさを含む風が、ルイズの頬を撫でる。けれど不快に感じない。下を見れば、広大な地に豆粒の様な人や馬の動きがあった。

 進みを遮るものは何もなく、自由で、自在で、なんとなく全能感さえ感じてしまいそうだ。タバサの使い魔、風竜シルフィードの上で、ルイズは人知れず心を震わせていた。

 ルイズは魔法が使えない。飛行魔法であるフライを使えない。今ある感動に近い魂の衝動は、それゆえだろうか。

 今まで、空を翔るフネに乗ったりだとか、そう言った経験はあるにはあるが、しかし、こうして青の世界を走る情景は、改めてルイズに何かしらの感情を与えた。

 

 

 待ち合わせ場所に現れた、なぜだか妙に余所余所しい風体だったタバサとキュルケ。

 二人の微妙な距離感にルイズは首を傾げたが、シルフィードに乗ってこうしているうちに、そんなものは頭から吹き飛んでいた。非現実的な速度と、爽快感。

 ルイズは竜の鱗をさらりと撫でた。硬く、ざらついていて、それでいて暖かく、しなやかで確かな生命が感じられる。

 未だ幼態であるとのことだが、それでも竜は竜だ。馬よりも数段早いし、ルイズは人一倍、空を飛ぶことの利点を知っている。

 キュルケの顔が視界に映った。どう、すごいでしょ、と自分のことのように得意顔だった。ルイズはその下の褐色の膨らみを見て、こくりと頷いた。

 ついで、タバサを見る。なんと彼女は決して緩くないこの風の元で、分厚い本を読んでいた。手で押さえ切れない頁がばだばたと小刻みに揺れている。タバサはそれを意に介していない。

 

 ルイズは呆れると同時に感心した。ここまで己を貫くなんて。そしてまた、嫉妬の闇が燻るのも感じた。

 自分が焦がれ、また感動したこの空よりも、本の世界の方がタバサには大事ということだ。

 価値観は人それぞれだとはルイズも理解出来るが、それでも、心から放たれる靄は消えない。

 

 

 竜の翼がはためいてる。

 流れるように、世界の揺らぎを泳ぐように、美しく、雄大に。

 これがタバサの使い魔。間違いなく、学年一番のアタリだ。本人の才覚に劣らない、立派なメイジの証。

 周りはそう思っているし、ルイズでさえもそう思っている。珍しさだったら、珍品程度なら自身も負けてはいないが。チンコだけにね。うるさい死ね。

 しかしそんな評価でさえも、タバサは揺るがなかった。興味を示すそぶりすらない。鼻にかけないと言えば聞こえはいいのだが。

 

 羨ましい。妬み、嫉みの感情。心の中で何かが荒ぶるのが分かった。決して明るくない負の感情だ。

 それらは醜いと、ルイズは自分でも思う。タバサ本人は、もしくは嫉妬される側は何の非もないのに、己は一方的に暗い意を抱いている。

 いけないことなのだろう、そう思っていた。そういった正当性のない負の感情は、あまりにも情けなく、あまりにも弱弱しく、誇りも何もない、正しく負け犬の遠吠えだ、そう、思っていた。今までは。

 きん、と左手のルーンが瞬くように輝いた。   

 

 

 例えばの話。ルイズは考える。

 

 

 何かの手違いかあるいは奇跡的な巡り合わせにより、自分も竜を召喚することが出来たとする。いや、竜でなくても、とにかく強大な何かを召喚したとする。

 絶大で圧倒的な能力を持つそのものを従えることにより、ルイズは自信を取り戻し、これこそが真の己だと、真のメイジだと、真の貴族だと、鼻高々になっていただろう。その時は。

 

 ――その傲慢は、幻想は、夢は、果たして何時まで続くのだろうか。

 

 ルイズは答えを出していた。魔法を使うまで。そして当たり前のように失敗するまで。そこまでだ。

 魔法が失敗して、いつもの爆発が起こるとき、伸びた鼻はぽっきりと折れ、希望という名の花はしおれてしまうだろう。勝手に希望を抱き、勝手に絶望する。これほど無様なことはあるまい。

 結局、そこに行き着くのだ。得体の知れない解析不明の爆発は、乖離出来ない領域で己にへばりついている。それがどうしようもなく、ルイズには分かっていた。分かってしまっていた。

 逃れられない運命線。逃れられない失敗魔法。認めたくは無かったが、それでも分かる。

 ヒトを召喚しようがヒトの一部を召喚しようが何を召喚しようが、己の本質は、そう――

 

 ゼロ、なのだ。

 

 だからどうした。

 

 

 ルイズは風のあおりを受けて、腕を組みながら笑った。己を貶めんとする運命を嘲笑うように、好戦的に。

 天下を冠する美少女である己についた場違いなぶら下り棒も。

 どばどばミミズちゃんから出るしろいどばどばも。

 蠢く闇色の心も。

 失望の過去も。無情の今も。あり得る絶望の未来でさえも。

 

 その何もかもが、歩みを止めるのにはぬる過ぎる。

 

 前に進むという覚悟。これさえもっていれば、他の感情や衝動は何の妨げにもならない。どころか、後押しする原動力さえなりうる。 

 羨ましい、羨ましい。タバサの才能と、周囲の意思を頓着しない我の強さが。キュルケの才能と、魅力的な人格が。

 消えることはないのだろう、この先、己の劣等感と羨望心は、意地汚く、泥の様に纏わり続けるのであろう。それに気付くのに、いや、認めるのに、豪く時間が掛かってしまった。

 ルイズは瞳を閉じなかった。わざわざ確認したり、もしくは甘える必要も無かった。今日こそが、始まりの日なのだ。 

 

 何かを羨ましく思う気持ちに終わりはない。しかし、羨ましく思うだけの日々は、終わったのだ。終わらすのだ。

 ルイズの視界に映るトリステインの上天は、ただひたすらに澄み切っている。

 

 

 

 王都に着き、シルフィードを置いて、三人は大通りにいた。

 沢山の人々が所狭しと行き来している様子を見ながら、キュルケが「さて、どうしようかしら」と言った。小柄なタバサが見上げる様にキュルケに視線をやった。キュルケは顔を背けた。

 

「いや、なんであんた達そんなにぎくしゃくしてんのよ」呆れがちにルイズが言った。思えば、空の上でも二人は会話を交わしていない。本を読んでいたタバサはともかく、キュルケの性格を考えれば、一言二言でも掛けてしかるものなのだが。

 

「べ、別になにもないわ」

「……なにも」

「そう、分かったわ」

 

 確実に何かあった。

 ルイズはぴんと来た。キュルケの声は犯罪者を匿っている聖職者の様に憐れに震えている。タバサは全くの平静だが、それは平静を装っているだけだと感づいた。

 けれど、無視した。虎の尾を踏みに行く必要は無い。ルイズは二人の一歩前に出て、それから振り向いた。

 

「私、服を見に行きたいのだけれど、二人はどうするの? 別行動?」案じるようなルイズの目線。それを受けて、キュルケが唸るように言う。

「なによ、せっかくなんだし、三人で行きましょうよ」キュルケはルイズの意を察していた。なにかあったのならば、二人で話し合え、と彼女は言っているのだ。

 

 キュルケは異様なまでの罰の悪さを覚えた。気を使わせてしまった。何もかも自分に罪があるのに。タバサにも、そしてチンコ、もとい、ルイズにも。

 それとは別に、驚きの感情も宿った。この子は、こんなに気遣いが出来る子だったのか。今までの彼女とは思えない。

 ルイズに何があったのだろうか。そりゃもうチンコよ。ガチガチなアレよ。そういえばアレのアレは『一般的なアレ』より硬度があったわね。どこ産かしら? キュルケは爆撃の如き情報量で頭がおかしくなりそうだった。あるいは既に。

 不意に、何もかもが馬鹿馬鹿しくなった。どうして私が休日のお出かけに沈んだ気持ちでいなければならないのだ。

 キュルケは力を抜いて肩を竦めた。笑った。忘れよう! そうしよう! 私は何も悪くない! 

 責任の棚上げどころの騒ぎではない。劣勢状態のチェス盤をひっくり返すようなものだった。

 

「タバサも、それでいいでしょう?」無意味に満足気な笑顔を青の少女へと向ける。タバサは無表情でこくり頷いた。

 

「あっそ」ルイズは興味が無いそぶりで、前方へと向き直った。

 

 ルイズが先導する形で、三人が道を歩む。向かう先はルイズがたまに行く服飾店だ。そこそこ小奇麗で、扱っているものも悪くなければ、品揃えもいい。

 

「もしかして、先の舞踏会用のドレスを見繕いに?」キュルケがルイズに言った。「もう注文でもしてあるの?」

 

「違うわよ。ドレスなら何着かあるし、わざわざ新しく買う必要もないわ」

「じゃあ、なんで?」

 

 キュルケの疑問を受け、ルイズは歩調を緩めた。キュルケの隣に並び立ち、呻く様に口を開く。

 

「……スカートの下に履く、短めのズボンが欲しいのよ」

「あっ……」

 

 キュルケは察した。

 けれど、この場に居るもう一人、タバサはルイズの発言の意味が分からなかった。履物の下に履物を着ける。貴族の子女らしくない、はしたない行為だ。

 タバサは言葉にこそ出さなかったが、興味ありげに、キュルケを挟んで向こうを進むルイズへと視線をやった。キュルケが身動ぎした。ルイズは動じなかった。

 

「私はずっと考えていたんだけれど」ルイズが歌うように言う。「例えば空を飛んでいるときなんかに誰かが上を見上げてしまえば、私達はなすすべくなく、嫁入り前のはしたないところを見られしてまう。それが殿方だったらもう目も当てられないわ。そうならない為には自衛が必要なのよ。ねぇタバサ、そうは思わない?」

 

 タバサは覗き込むようにルイズを見た。鳶色の瞳が、なにやら恐ろしげに煌いている。少し逡巡した後、タバサはこくりと頷いた。

 

「一理ある」

「で、しょう?」

 

 ルイズは自信たっぷりと頷いた。この世の真理を掴んだ哲学者の様な嘯きだった。キュルケが口を開く。「でもルイズ、あなた、まほ」

 

 肘鉄がキュルケの腹部に刺さった。お前は全部分かってんだろうが。空気を読め空気を。

 

 

 

 目当ての店に着くと、本来用があるルイズそっちのけで、キュルケは賑やかしく、あれやこれやと服を見やった。

 興味がないような瞳のタバサを、まるで着せ替え人形のごとく着飾り囃し立てている。さっきまでの殊勝な態度はどこに行ってしまったのだろうか。暖かい誇りとは一体。

 

 ルイズは店主に用意させたいくつかのズボンを吟味しながら、胡乱気に彼女達を見る。

 きっと、キュルケは自身に邪魔が入らないよう、気を使うかのごとく、あのように道化に徹しているのだ。ルイズはそう思った。そう思わなければやってられなかった。キュルケはむかつくぐらい楽しそうだった。

 

 さておき。

 

 抱えるべき目的意識とは別次元の問題で、ルイズが一番にしなければならないこと。それはやはり、ナニを隠し通すことだ。

 今朝方の様な、明らかにネジぶっ飛んだ愚か者の奇行は抜きにして、常識的な範疇で、ルイズは守らなければならないのだ。チンコを。ルイズは清らかに微笑んだ。瞳に色はなかった。

 言い訳のようにルイズがタバサに語った「空を飛ぶとき云々」は、あながち全くの虚言と言うわけではない。そもそもルイズは空を飛べないが、自衛の為という点は嘘ではない。

 つまり、なんらかの原因でスカートの奥を見られたとき、一発でナニがバレない為の防御壁を持つ必要があるのだ。ぶっちゃけた話、ルイズの持つ下着では、食み出してしまうのである。チンコが。ルイズは儚げに笑った。世界の為に命を捧げる巫女の様に笑った。

 

 例えば大きめな下着、もっと言えば、男性用の下着などを履けば、危険性は狭まるし、何より着心地もいいことだろう。正直、今の状態は窮屈だ。

 

 けれど、ああ、けれどだ。

 

 この、この誇り高きヴァリエールの血統が、何が悲しくて男性用下着をいそいそと履かなければならないのだ。乙女にとって、こればかりは譲れない。

 笑い話にしろとでもいうのか。美少女の私が! 男のパンツ! 自分でも笑い転げそうになる。そして笑った奴らをぶち殺しそうになる。

 学院の制服――つまり、スカートの下にまた別の履物を着用するのは、確かに礼儀がなっていない。それはそれだ。規則や儀礼がなんだ。私が正義だ。とりあえず何もかもぶっ殺す。

 湧き出た恥じらいや強烈な空しさを打ち消すような殺伐とした思考で、ルイズは並べられたズボンを手に取る。

 

 短いズボン、というのならば、ルイズも乗馬用としていくつか所有してある。

 けれど、ルイズの持ち物は例えば無駄にぴっちりしていたり(つまりもっこりしてしまう)、丈が長かったり(スカートの裾からはズボンが見えるのは、流石に具合が悪い)など、とにかく条件を満たしていないものだけだった。

 だからこうして買いに来た。だからこうして灰色の輝きの瞳で商品を見ている。ふと、一つのズボンが目に入る。大きさだけ見れば、ルイズにぴったりのように思える。丈の具合も、これならスカートを飛び出まい。

 

「ちょっと」ルイズは店主を呼びつけた。「なによこれ」ルイズの頬は引き攣っていた。

「はぁ、一応、お客様の号数に合うものを全て持ってきたのですが……」店主は中年の男性だった。ひたすら恐縮していて、真面目そうに見える。というか、真面目すぎなのだ。

「だからって」ルイズはそのズボンを見やる。純白の眩しい短い衣服。短い、というか、やりすぎだ。この真面目すぎる店主のように、短すぎるズボンだった。履けばきっと、滑らかな太ももが見放題になるだろう。

「これもう下着じゃない」

「分類上では、ズボンとして取り扱っております」店主は真剣身溢れる表情でそう言った。

「ええ……?」

 

 形の良い眉をこれ以上なく怪訝に上げて、ルイズはそのパンツのようなズボンを手に取った。

 質のいい素材を使っているのだろうか、肌触りはいい。太陽の反射のような綺麗な白色。股下の食い込み具合も半端じゃない。馬鹿か。

 

「これ誰が買うのよ……」

「はぁ、私も詳しくは知りませぬが、大層名の知れた貴族様がご愛用されていたと」

 

 トリステインどうなってんだ。ルイズは心中で唸った。こんなの、痴女しか履かないわよ。これを履いて外に出たら、つまりは下着で外に出るのと同義よ。

 忘れよう。ルイズは頭を振った。私と世界のどこかにいるらしい痴女様は何の関係もないのだから。

 視界の端に、滅茶苦茶な量のフリルをあしらった服を着た、いや、着せられたタバサが映った。はしゃぐおっぱいもだ。無視した。

 

 極めて苦々しい顔で、ルイズはまた頭を振るう。今日王都に来た本命はこの店ではない。余計な時間はとりたくないのだ。

 そうこうした後、いくつか商品を眺めていれば、真面目な者が経営しているだけはあるのだろう、確かな品揃えの甲斐もあり、ルイズは過不足なく、またスカートの下に履いても傍目には分からないズボンを見つけることが出来た。

 きちんと試着をした上で、ルイズはそれを購入し、店主に「このまま履いていく」という旨を告げた。

 店主はそのはしたないと言える行為にも口を出さなかった。はしたないズボン(パンツ)を置いているだけはある。

 

 

「ねぇ、そろそろ」出ましょう、と目的を果たしたルイズがキュルケとタバサに言おうとして、絶句した。

 

 そこには着せ替え人形と化したタバサが、例のズボン(パンツ)を試着していた。

 予想通り、もうただの下着にしか見えない。股の食い込み方がズボンのそれじゃない。タバサのほっそりとした白雪のような二足が、輝きの肌を露にしていた。

 

「凄い食い込みね」キュルケが笑いを耐えながら言った。馬鹿か。いや、馬鹿か。

「大変お似合いで」店主が言った。心底からそう思っている声だ。もしかしたら彼は真面目なのではなく、ただ狂っているだけなのかもしれない。

「これはない」最後にタバサが言った。表情は相変わらずの氷雪のごとく涼しいものだったが、声色はうんざりしているように聞こえた。では何故履いたんだ。彼女はキュルケに何か弱みを握られているのか。

 

 

「というか、あんた達何も買ってないの?」

 

 店から出て、ルイズがじとりとした瞳でキュルケを見た。あんた達、と言いながら、それはキュルケ一人に向けた棘だった。

 だって、完全な冷やかしである。店に用があったのはルイズだけだが、キュルケは人一倍、無闇にはしゃいでいた。もろに被害を食らったタバサも少し冷ややかな目を向けている。

 

「あら、買ったわよ」とそれら目線を意に返さずキュルケは言った。どういうわけか、顔に表情はなかった。懐に手を入れて、さっと何かを出す。そしてそのまま、出したものをルイズへと投げつけた。

 

 手袋だった。投げられた紺色のそれを、ルイズは両掌で持ちながら怪訝な顔で見つめる。

 

「なに……私と決闘でもしたいの?」

「ちっがうわよ! えーと、アレよ……あげるわっ、それ!」

「はぁ?」

「……あなたの左手、そのルーン、ぴかぴかぴかぴか鬱陶しいのよ。それに、キズモノになった乙女の柔肌も、見ていて気分悪いわ。それで隠しなさい。そして私に感謝しなさい」

 

 キュルケは声を潜めて言った。消え入りそうな気配だった。

 言葉じりとは裏腹に、そこにいつもの不遜な態度はなく、先の表情のない顔も、なんのことはない、ただ照れていただけなのだ。

 ルイズは、まるで陸に打ち上げられた魚のように、口をパクパクと開閉させた。顔に血が集中するのが分かった。怒りや興奮などではなく、気恥ずかしさによる赤面だった。

 キュルケに言われて、ルイズは初めて、己に刻まれ、そして消しようがないルーンのことに気付いた。今になってみれば確かに、人目に触れているような気はしていた。しかしそれについて思いを馳せる余裕がなかった。

 

 ――これは、朝の件でのキュルケの罪滅ぼしなのだ、これで、手打ちにしようとしているのだ、ルイズはそう思うことにした。

 けれどルイズはここに来て、正しくキュルケの瞳を直視した。瞳だけを直視した。

 そこに媚びたり詫びたりするような色は、少なくとも見れなかった。ただ微熱の様な眼差しだけがあった。燃えるようなキュルケの赤髪が、流麗に靡いている。

 

「着けてみて」キュルケの声は、どこまでも暖かった。

「う、うん……」

 

 言われるままに、ルイズは紺色の手袋を嵌める。

 手首の少し先まで覆われたそれは、大きさもちょうど良く、十指も滑らかに動いた。

 十把一絡げの粗悪品でなく、確かな造りが感じ取られる。これなら、易々と光が漏れることもないだろう

 

「これで貸し借り、ゼロね」パン、と両手を叩きキュルケは言った。

 

 キュルケもまた、「朝へのお詫び」としての物だと主張していた。明らかにそれ以上の意が灯る瞳を瞬かせながら。

 

「似合っている」とタバサが言った。

 

 その声は決して冷たいものではなかった。平坦ではあったが、温度があった。

 ただの社交辞令だ。もしくは気まぐれだ。普通はそう思うだろうし、ルイズもそう考えたかった。けれど、何を考えているか分からないタバサではあるが、そういった必要性のない言動を取るような少女には見えなかった。

 ではなぜだろうか? 分からない。

 キュルケが笑いながらタバサを抱き寄せ、耳元で「あなたも、さっきのアレ似合っていたわよ」と囁いた。タバサは露骨に嫌な顔をした。

 

 

 じゃれ合う二人をよそに、ルイズは一人、混迷に晒されていた。

 一緒に買い物に出かけ、贈り物を貰い、身に着けた衣服を褒められる。

 なんだこれは。ルイズは激しく困惑した。あるいは、あの衝撃的な召喚時や、己の絶望と対面した時よりも、遙かに不可解な現象に思えた。

 

 

 これでは、彼女達と私が、まるで友達みたいではないか!

 

 

 馴染みのない感情が、波のようにルイズを呑み込んだ。

 それはこざっぱりとしていて、熱があり、柔らかく、芯がある感情だった。薄らぼんやりと覚えがあるそれは、だけどもう、とっくに諦めたものだった。

 居た堪れない気持ちになり、刹那に両目を瞑る。暗闇の中の幼い自分はただ虚空を見つめている。何かを探すように。忘れていた何かを求めるように。

 そのそばに居る黒犬は、爛々としている瞳を無邪気に輝かせていた。悪意には敏感な『彼』は、これらの感情には相対的に穏健で、また推奨していた。物言わぬ魂の同居人。けれど、気持ちは通じている。

 

 瞳を開いた。口を開いた。決断的で、殆ど衝動的なものだった。理論的意味合いはない。ただの本能だ。けれど、後悔や躊躇いは一粒もなかった。

 物事はもっと単純で、簡潔だった。

 

「……ありがとう、えと、タバサも」

 

 立ち消えてしまいそうなほどの、陽炎の様な言葉。ぎこちなく、ルイズの心を示すように、はっきりとしていない言葉。

 お礼そのものではなく、誰かの善意を全うに受け止めて、能動的な何かを為すことに、ルイズは慣れていなかった。

 タバサは相変わらずの無表情だった。そのまま、深く頷いた。キュルケはタバサの首に腕を巻きながら、喜色満面の笑顔を浮かべた。

 

 

「え、なぁにぃ、聞こえなぁい」

 

 

 揉み千切るぞエロおっぱい。

 

 





烈風の姫騎士激おこ

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