こういうの、どうなんですかね。。
「だーれも知らない、知られちゃいけーないー」
「先輩、その歌なんかキモいです」
「ちょ、おま、謝れ、全国の悪魔男世代に謝れ」
「え、なんですか、それ……」
隣りだって歩く中、話も途切れ、ふと頭を過ぎった歌を口ずさんだところ、この言われようである。
あの、一応俺のが年上なんだし、そこのところは……。
「知りません。今の世の中男女平等主義ですし、それに、私と先輩は彼氏彼女という対等この上ない関係ですので、どっちが上とかないです。あ、あと、先輩はこうして歩くときはでき得る限り私の手を握ることが義務となりますので、そこのところをよろしくお願いします」
「は、はぁ……」
思わず、言われたとおりに隣を歩く一色の手を握ってしまう。
やれと言われ、自分でやっておいてなんだが、なんというか、どことなく不安になってしまい、一色の顔を伺うように隣に視線を走らせる。
ふ、と目が合った。
そのままなんとなしに見つめあいながら、いくらか歩を進め、でもやはり気恥ずかしさが出てしまったのか、二人して顔を紅潮させて、俯いてしまう。
なにこれ、超初心。
「しぇ、しぇんぱい……!」
「え……?」
「……先輩、早く行きましょう」
「あ、うん」
なにこれ、超かわいい。
それで、世間では休日にあたるところの今日、特に理由もなく一色に呼び出された俺は、こうして二人で外出しているわけだが。
「で、どうする? 帰る?」
「二人の愛の巣にですか?」
「ねーよ」
「ぶー」
頬を膨らませているのを思わず指で突いてしまう。
ぽすっ、ぷひゅう、なんて。
「……はっ!?」
しまった。俺としたことが、あまりのあざとさに一瞬気をやられてしまったぜ。
一色、恐ろしい子……!
「で、真面目な話、なにするんだよ」
特になにもすることないよね? 帰ろ?
「え、っとですね……」
ふむ、珍しいこともあったもんだ。
基本的に物怖じしない性格であろう一色が言いよどむだなんて。
いや、まぁ、表面的に、話術としてこういった話し方をするのを何度か目にしたことはある。実際に使われたこともある。
けれど、こうして、真正面からこうも曝け出されると、いや、どうにもこちらも気恥ずかしくなる。
「その、今まで先輩と一緒にいるのに、なにかと口実をつけていたじゃないですか……」
「まぁ、そうだな……」
主に生徒会の手伝いだの、なんだの。一色の私的な目的につき合わされたことも何度かあるものの、なんの理由もなく、というのは、たしかになかった。
「だから、ですね。一回こうして特になんの理由もなく、二人で会ってみたかったんです……」
「お、おう。そうか……」
上目遣いにこちらを見て、はにかむ一色に、ややたじろぐ。
あれ、なんか帰りづらい雰囲気じゃないですかやだー。
「えへへ、せぇんぱいっ」
「ああ、もう。わかった、わかったから」
お願い、そんなにひっつかないで。八幡のゲージががりがり削れちゃう。そして、敢えてなんの数値を示すゲージかは明言しないのが八幡スタイル。
で、なんだかんだで一色と付き合うことになって、早数日が過ぎ去った。
二人の意識に関係性の変化を認めただけで、ここまで変わるものか、と正直自分でも思っている。
一色から俺への遠慮が、さらにその形を潜めたのだ。これは、いい意味でも、悪い意味でもある。
だって、あの子、奉仕部に入り浸る時間が増えて、そのくせ生徒会の仕事は今まで俺が手伝わされていたのが嘘のように、いつのまにか終わらせているのだ。
一周回って、むしろ感慨深いまである。
「あ、先輩」
そして、廊下ですれ違うことがあれば、これまで以上に目を輝かせてこちらに飛びついてくる。
もはや、隠す気ないよねって、八幡そう思います。
べつに、俺も周知されれば面倒だが、それはそれで一色の強化外装に勘違いを起こす変な虫も減ることだろう
と、この件は一色の思惑に一任しているのだけど。
「おう」
しかし、やはり俺は未だにこういうのに気恥ずかしく感じてしまう。最近はそれのせいで一色への態度がややぶっきらぼうになってしまって仕方がない。べつに悪気があるわけじゃないんだ、本当だよ。
にしても、やっぱり、女子ってすごいよね。男子にできないことを平然とやってのける。
「んー。……そうだ、先輩、放課後、空いてますか?」
それに、こうして変わらず接してくれる一色に申し訳ないやら、格好がつかないやらで、ますますへこむ。
「ああ、空けるよ。あとでホームルーム終わったら、メールくれ」
じゃ、とそそくさと彼女の前を去る。
「で、先輩、最近、やっぱり私のこと避けてますよね?」
放課後、俺と一色以外に誰もいない生徒会室の中。
奇しくも、デジャブを覚えるシチュエーションで、一色はやはり覚えのある問いを投げかけてきた。
「あー、やっぱバレるよな……」
べつに隠すことでもないので、素直に白状する。悪いのはこちらなのだ。
「私、先輩の彼女ですから」
得意げにそう言う一色は、その声音とは裏腹に冴えない表情で俺のすぐ傍に寄ってきた。
俺の上着の衿下をちょこんとつまんだ彼女は、打って変わって、不安げに訴えた。
「……先輩、私が彼女じゃ、やっぱりダメなんですか……?」
「…………」
やっぱり、そうだよなぁ。
いくら言葉を尽くしても、俺の行動がそれに一致していないものだから、彼女はそう、ただしく不安だったのだ。
まして、一度は擦れ違いのようなものも経験しているのだ。そうならないほうがおかしい。
うん、これは、あれだ。俺の過失で、俺が悪い。
「先輩……?」
「……ん」
謝罪の意味をこめて、眼前の彼女をひしと抱き締める。
「あ……ん、先輩……」
すりすりと頭を擦りつけてくるのを自由にさせてやって、自己嫌悪の思考に浸かる。
俺の気恥ずかしさからの愚行が、これ以上ないくらいに裏目に出た。
距離を縮めてくる一色に待ったをかけた。
あまり目を合わせてやれないでいた。
求められれば応えるものの、自分からはそうできないでいた。
なにより、彼女の名前を呼んでやれないでいた。
そのすべてが、今になって、なおのこと悔やまれる。
本当に、ダメダメか、俺は。
頬を上気させ、完全に体を預けてくる一色を一際強く抱き締める。
「せん、ぱい……?」
「あー、その、悪かった」
「…………」
「俺は、ほら、気が回らないから。これからもこういうこと、あると思うぞ?」
事実、付き合い始めて一月も経たないうちにこんなことになっている。間違っても保証なんてできやしない。
一色は、俺の胸に顔を埋めてから、力強く見上げてきた。
「大丈夫です。私が言ったら、先輩はちゃんと応えてくれますもん。だから、大丈夫です」
微笑んで、そんなことを言ってくれる彼女は、どうにも俺のツボをきちんと押さえているらしい。
今のは会心の一撃であった。俺に、自ら自身の変革を望ませるほどには、ツボだった。
これから、こいつとはそれなりどころではない時間を共にするだろう。
そうなるのなら、いや、そうなりたいから、俺はここで一歩を踏み出さなければならない。
もし、そうでなかったら、彼女に申し訳が立たないし、なにより、一緒にいることが次第に苦痛になるだろう。
彼女は俺の前でありのままを見せてくれる。俺もそうでありたいと思う。ただ純粋に、一色いろはという女の子が好きなだけの俺という、ありのままを。
「いろは」
「ふぇ……?」
「いろは」
「な、え、先、輩……? あれ、今、私の名前……」
「……べつに、いいだろ」
突然のことだったからだろう、最初は呆けていたいろはだったが、しかし、しっかりと俺の呼びかけに応えるように一つ、大きく頷いてくれた。
「はい、先輩っ」