例えばこんな青春ラブコメ   作:ひょっとこ_

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折本かおりでござい。


折本かおり篇
One day


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに。ついに、だ。

 買うことが叶った。手の中のずっしりとした、たしかな感触。

 

「夢の一眼レフ……!」

 

 そう、私の手の中には今、デジタル一眼レフカメラが握られている。

 黒いボディにシルバーのアクセントの入ったそれは、私の夢の現物だ。

 

「くふっ、くふふっ」

 

 抑えきれない笑みが、漏れる。

 手も塞がってるから、そのままにやけっぱなしだ。

 すれ違う人すれ違う人がそんな私のことを見て、怪訝な顔をするけれど、やっぱり気にしていられない。

 嬉しい。意外と重い。知ってた。父さんのを持ったことがあったもの。早く、この子でなにかを撮りたいな。なにを撮ろうかな。

 脳裏に走るのは、喜色に溢れんばかりの考えばかりで。

 けれど、小走りにまで達していた私の歩調は不意に途切れた。

 自分の頬が紅潮していくのがわかった。

 ああ、なんで私――――、

 

「あいつを撮ってみたい、だなんて……」

 

 そんなこと、思っちゃったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分のスマホに、覚えのない番号が登録されていたとして、不意にその番号から連絡がきたとしたら。

 さて、一介の男子高校生を自称するこの身がとるべき行動とは、なんなのだろうか。

 日曜日の昼下がりに、俺は、わりと背筋がゾッとする要求をされていた。だって、ほら、アレじゃん。ちょっと普通じゃないかもしれない人の番号が勝手に登録されてたんだよ? 焦るって。

 

「…………」

 

 ケータイが着信を告げる直前まで目を通していた文庫本を膝の上に置き、とりあえず、バイブレーションしっぱなしの我らが多機能付き目覚まし時計を眺めてみる。

 30秒が経ち、そして40秒でバイブレーションは止まり、見知らぬ番号からの着信は途絶えた。

 というか、と顎に手をあてる。

 俺は先ほど連絡先に登録されている見覚えのない番号といった。

 つまり、連絡先のリストにはその番号の持ち主の名前も一緒になって登録されているわけで。

 

「かおちゃん、って誰だよ……?」

 

 変なサイトに電話番号を登録した覚えなどない身としては、俺の個人情報が流出するルートの予想は果てしなく簡単だ。

 だが、問題はそこではない。勝手に登録されていた、という点に尽きる。

 つまり下手人は俺の与り知らぬところで、勝手に俺のスマホをさわり、自分の番号を登録したのだ。

 え、やだ、ちょっと怖いんですけど。

 

「え、やだ、ちょっと怖いんですけど」

 

 思わず口に出ちゃう怖さ。

 なんてことをやっていたら、またも、スマホが着信を告げた。

 画面に表示される番号は変わらず、下手人もまた、かおちゃんなる謎の人物だ。

 

「うへぇ」

 

 ほんと、誰だよ。

 なす術もなく、またもバイブレーションをしっぱなしのスマホを眺めるままに今回の着信も途絶える。

 しかし、かおちゃんのしつこさもさるもので、その次の着信は二回目のそれが終わった直後に告げられた。

 

「……くそ、出ればいーんだろ、出れば」

 

 一周回ってやけくそになった俺は、震える端末を手にとり、耳にあてた。

 大丈夫だ。相手は俺の目を盗んで勝手に番号を登録する猛者だ。もしなにかあるとすれば、俺はとっくにやられている。はずだ。だから、ひとまずこの電話はとっても大丈夫だ。うん、そのはずだ。

 

「……もしもし」

 

『あ、やっとでた! もう! 3回目だよ!』

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、女の声。

 どこか聞き覚えのあるそれは。

 

「ん、折本、か……?」

 

『そ! ちょっと久しぶりかな。比企谷、元気してた?』

 

 折本かおり。

 中学の同級生にして、現在は近くの海浜高校に通う女の子であり、そして、俺の黒歴史の一端を担う女の子でもある。

 

「お、おう。そうか、かおちゃんか……」

 

 折本かおりから文字ってかおちゃん、ね。

 得心を覚えて、一人頷く。

 

『なっ……』

 

 すると、電話先で折本はどうも絶句していた。

 再起動に5秒ほどかかって、改めて折本が口にした言葉は、

 

『……かおちゃんっていうな』

 

 そんな、か細い抗議だった。

 やめろ。こっちも言葉に詰まっちゃうだろ。

 というか、思い出したぞ。たしか、この前顔を合わせたときに折本が番号を交換しようなどと言い出すものだから、俺はおちおちスマホを彼女に渡してしまったのだ。かおちゃんなどというのはそのときの単なるおふざけだったのだろう。

 

「いや、すまん。つい」

 

『まさか、ずっとかおちゃんのままなの?』

 

「……まあ、そうだな。いちいち編集するのが面倒でな」

 

『もう、ばか……』

 

 番号を交換したこと自体を忘れてたなどとぶっちゃけるのは完全に蛇足だろう。

 

「それで、なんか用か?」

 

 世間話をする気も毛頭ないので、単刀直入に尋ねる。

 すると、折本は気を取り直したのか、わざとらしい咳払いをひとつして、口を開いた。

 

『比企谷! 君に休日出勤を命じます!』

 

 おお、神よ。

 あなたは死んでしまわれたのですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――とりあえず、あそこの公園ね!

 

 

 なんてふうに強引に約束をとりつけた私は、その足で約束の場所まで駆けてきた。

 暑くも、寒くもなく、けれど弾む気持ちそのままに来てしまったから、少し息が上がって、頬は紅潮し、汗ばむ額に前髪が少しひっついてる。

 おかしなの。私、もう高校生なのに。もっと小さい女の子みたいになってる。

 

「それもこれも、比企谷のせいだよ。ふふっ」

 

 ひとつ、そう呟いて、笑みを浮かべる。

 辺りを見回しても比企谷の姿が見えなかったので、これ幸いとお手洗いに入る。

 息を整えて、汗を拭って。それから、ちょっとばかりのお洒落。

 そうやって自分を整えて、外に出る。

 

「まっだかなぁ」

 

 声色にまで弾んだ気持ちが溢れている。

 デレッデレか、私。

 だって、しょうがないのだ。比企谷と会えるというだけで、ニコニコしてしまうのだ。

 中学の頃は、そうじゃなかったのに。

 最近になって再会したときも、そうじゃなかった。

 それからちょくちょく顔を見るようになっても、そうじゃなかった。

 ほんとに、今になってなんでこうなったのか、自分でもよくわからない。

 でも、そういう気持ちが自分の中にあるってことを、私は否定するのが嫌だ。そうやって、今までも生きてきたから。

 自分の中の思いに、嘘を吐きたくない。そんなのは、もう嫌なのだ。

 少しだけ真剣に考え事をしていると、遠目に見える公園の入り口に人影が立ったのがわかった。

 

「比企谷」

 

 笑みが、戻る。

 手を振ると、彼もこちらに気づいたのか、そのまま歩み寄ってくる。

 

「おう」

 

 それが挨拶のつもりなのだろうか。

 声だけを発して、そのままこちらを見つめてくる彼に、私はとびっきりの笑顔を向けてやった。

 

「比企谷」

 

「なんだ」

 

「来てくれてありがとね」

 

「……ん」

 

「それと」

 

「なんだ」

 

「なんか、目、すごいことになってるよ」

 

「……ほっといてくれ」

 

 いつもと変わらない比企谷。

 いつもとちょっと違う私。

 今日、今から起こるかもしれないなにかに、私はさらに心を弾ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今日はまた、いったいなんの用なんだ」

 

 ろくすっぽ説明のないままに呼び出されて、渋々約束の場所までやってきた俺に、なぜだかこれまでにないくらい上機嫌の折本かおりは、嬉々として話を振り続けた。

 陽気な日曜の午後。近くの自販機で買った冷たい飲み物を片手に、公園のベンチに同い年の女の子と二人並んで座って、お話。

 よくわからないの一言に尽きるこのシチュエーション。まったくもってこの俺に似つかわしくない。

 

「――――でね!」

 

「そだな」

 

 右から左の折本の話に適当に相槌を打ちながら、とめどない思考を巡らせる。

 俺はいったい、なんでまたこんなところにいるんだろう。

 折本に呼ばれたから。これが原因。

 けれど、普段の俺ならば、それこそなにか適当に理由をつけて行かないだろう。

 だのに、俺はこうして折本と並んで座っている。

 この俺がほいほいと外に出てしまっている。それも、愛妹小町のためでも、大天使トツカエルのためでもなく、また自分のためでもなく。

 折本に呼ばれたから。それだけで、今、こうしているのだ。

 なんでだろうなぁ……。

 

「……あれ」

 

 ぼうっと考えを巡らせていると、ある一点に意識が留まった。

 折本の手元。会ったときから、そういえばなにか持ってるな、程度の認識だったそこには、一眼レフカメラがあった。

 彼女が持っている、ということは、彼女の持ち物なのだろう。

 けれどまた、なんで一眼レフなのだろうか。ちょっとした写真を撮るなら、それこそケータイとかコンパクトなデジカメなどが最適だろう。

 気になって、目が離せなくなる。

 

「――――あ、やっと気づいた?」

 

 ふと、BGMのように意識の片隅でしか流れていなかった折本の声が、意識の真ん中に割り込んできた。

 

「あ、ああ。そのカメラって……」

 

「そ。私のだよ。今日、買ったばかりなんだ」

 

 弾む語調に、ポーズばかりだが、構えられるカメラ。

 喜色満面といった様子でそうしている折本に、俺はなにか、すとんと納得を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




めっちゃ間隔あいちゃいましたねぇ。。

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