忙しくて感想返しできてませぬ、すまぬ、すまぬ……。
53:主従として、師弟として。
その日の夜、僕とフェイト、アリサは屋敷の庭で食後の運動を行っていた。
ルールは一撃でも有効打が入れば負けのルール。
僕の持つ身長と同じか若干長いくらいの木の杖と、フェイトのバルディッシュと同じ長さの木の杖が、最近冷え始めた夜の空気を鋭く裂いてぶつかり合う。
「――――ッシ!」
雷光のような振り下ろしと切り上げ――からの、踏み込みつつ石突きを跳ね上げて僕の鳩尾を狙う一閃。
それを棒の中間付近で受け、その勢いに逆らわず自ら後ろに跳んで衝撃を逃がす。
距離を空けた僕をフェイトは間髪入れずに追撃、離れた間合いを詰めるために更に一歩大きく踏み込んで全身を伸ばし、片手で最速最短の動作で突きを放つ。
「――――ん!」
恐らくは必勝を狙った一撃に、僕は防御ではなく迎撃を選択する。
フェイトが突き込んできた木杖に僕の木杖を沿わせた瞬間、手首だけで木杖をくるりと一閃――――フェイトの手から巻き上げられた木杖が宙に舞った。
「あ――――」
僕たちの一騎打ちを観戦していたアリサが思わずと言った感じに声を漏らし、視線が上空に行ったが……まだだ。
フェイトは手から離れた杖を一顧だにもしていない、恐らくこの展開は折り込み済み。
現に迎撃に動いた僕の僕の杖の間合いの内側に入り込み、勢いそのままに徒手での接近戦に持ち込んでくる。
真っ直ぐ僕を射抜くように見つめるフェイトの視線。
それを真っ向から見返しながら、間合いを殺された僕自身も杖を放棄し手ぶらになり、低い姿勢から上半身を狙って打ち込まれた右ストレート。
「か――――はっ」
僕はその右手を掴むと勢いを殺さないようフェイトを背負い投げの要領で地面に叩きつけた。
受け身を取るも衝撃は殺しきれず、苦悶の息がフェイトからこぼれ、動きが止まる。
「……ん、ここまで」
ゆっくり長く息を吐き、しゃがむと大の字で芝生に倒れ込んでいるフェイトを抱き起こす。
「…………今日こそは行けたと思ったのに」
「んむ、今日は良い出来だった。最後の格闘戦の狙いが単調、もう少し搦め手と技の構成の見直し」
出会った頃のフェイトなら、杖が手から弾き飛ばされた段階で一瞬の隙が生まれて負けてただろう。
十分に進歩してる。
「うん。……後で技のアドバイス貰っても良い?」
「もちろん。お風呂の後にでも部屋に来て」
「わかった」
……さて。
「アリサ、お待たせ」
「いやー、毎回思うけど私には二人の動きはできないわね」
「それは――」
「――まぁそうだよねぇ」
フェイトと二人、目を合わせて頷いた。
「私やジークの体術は、昔からの積み重ねだからね」
「ん、身体強化の魔法で速度や反射神経は埋められるけど、技とか駆け引きは付け焼き刃じゃどうにもならない。現にアリサに教えた重量増加の魔法だって、近づかれた場合の最終手段、打ち合った相手の防御を重さで強引に抜くための物だったけど――――」
そして僕はアリサの背後を一瞥し、一つため息を吐く。
「――――それだけの物量が有れば大抵の相手は封殺できる」
「あ、やっぱり?」
アリサの背後に浮かぶのは、訓練用に水を入れた500ミリペットボトル。
――――ただし、その数なんと約40000本。
その本数のペットボトルが、まるで海中の魚群の渦に夜の夜空を蠢いている。
単純に考えてアリサの背後で動いているボトルの総重量は約2トン、これが実戦だと飛ばす物がより凶悪な装備に切り替わり、さらには重量操作で重さも倍アップ。
本数だけなら僕の師匠の倍近い。
……なんというか、アリサの素の才能と魔法が組み合わさることで、割と真面目に凶悪な組み合わせになった。
「アリサってスゴいよね、これ私みたいにデバイスに演算して貰ってる訳じゃないんでしょ?」
「まーね。でもそんなに大変って訳でも無いわよ?」
アリサの説明によれば
1:全てのボトル相互の距離を一定に保つ魔法を掛ける。
2:全ボトルを4部隊に分割、更にそれを4で割っていって最小約150本程度、計250前後の隊にして運用。
3:リアルタイムで指揮するのは100部隊ぐらいが限度、慣れればもっと行けそうとは本人の弁。
との事らしいのだけど、まぁ有り体に言って普通ではない。
少なくとも僕には無理だった。
本人曰く『リアルタイム戦略ストラテジーゲームの部隊運用と似たようなもんよ』との事らしいけど、ゲームと同じ事を現実で再現できること自体がスゴい。
それに加え、デビッドさんの会社で開発してる『クルマの自動運転研究』とかいうので扱った、イワシの魚群の行動アルゴリズムを応用した衝突回避技術云々かんぬんを応用した結果がこれらしいけど、僕にはもう良くわからない代物になっていた。
僕たちが見ている間にも、アリサの指先の動きで背後の群が『ずぞぞぞぞ』と音が聞こえてきそうな動きを見せている。
「これくらいできれば、あの魔導師を襲ってるって奴がやってきてもフェイトを守れるわね!」
「だめ」
「なんでよ!?」
アリサの反論をすげなく否定する。
「僕とフェイトの仕事はアリサのお世話とボディーガード、それはOK?」
「分かってるわよ、護衛対象が護衛と一緒に迎撃しちゃ本末転倒って言いたいんでしょ」
「そゆこと、現状の想定だと僕たち3人が揃ってる段階で襲撃が有れば、僕が
下手に護衛対象を襲撃現場に残しておくのは危険なのである。
「……どうしてもダメ?」
「ダメ」
「…………護衛対象からの護衛に対する依頼って形なら?」
「くどい」
「フェイトぉ……」
「えっと、その……」
上目遣いでアリサに見つめられたフェイトが困ったように僕をみる。
「……アリサ、フェイトを困らせない。フェイト、先に戻ってお風呂の支度しておいて」
「うん、分かった」
「………………私だって二人の力になりたいのに」
小走りで走り去るフェイトを見送る。
背を向けて拗ねるアリサを説得すべく、僕は彼女の前に回り込んだ。
これは大事なことだ、アリサの為にも、フェイトの為にも、僕のためにも。
僕はこういう説得が達者な方じゃない、だからこそ飾ることなく本心で語りかける。
「アリサ、僕たちを助けたいっていうアリサの気持ちは嬉しい」
「――――なら」
「だけどダメ。アリサの身を守る事を考えると襲撃場所を一刻も早く離れて、防御を固めてる屋敷に入って貰いたい」
アリサと正面から視線をぶつけ合い、語りかける。
「僕はデビッドさんにアリサの護衛を任されてる、それは一種の信頼。その信頼を裏切って、アリサを危険な場所に置くのはダメ」
「詭弁よ、そもそもジークは強いんだから私を守りながらだって――――」
アリサの言葉を遮るように目の前で右膝を地面につけて片膝立ち、彼女の手を取る。
「――――そう、大抵の手合いならアリサを守りながら戦ってみせる、だけど次の相手が“大抵の手合い”で有る保証はない。……だからこれは僕の我が儘、願わくばアリサには安全な後方にいて欲しい」
僕は真っ直ぐアリサを見上げる。
僕の行動に目を白黒させていてたアリサが、何かを言い
「ジークの我が儘……かぁ、なら仕方ないわね。…………良いわよ、襲撃があったら素直にフェイトと逃げる。ただしそこまで言うなら私に擦り傷一つさせないように護ってみせなさいよ?」
片目を瞑りつつ、微笑みながら僕を挑発するかのように言い放つアリサ。
「もちろん。………………我が儘を聞いてくれてありがとう、アリサ」
僕の手に収まっていたアリサの手の甲に軽く口付ける。
「……もう、それくらいじゃ誤魔化されないんだから。お風呂の後にフェイトとさっきの手合わせの反省会するんでしょ、私も参加するから……そうね――――」
「――――ホットミルクに蜂蜜少々、マシュマロ乗っけてシナモン二振り、でどう?」
「……分かってるじゃない」
「まぁね」
ウィンクを投げてくるアリサに小さく肩をすくめてみせる。
アリサの手が支えていた僕の手を一度解くと、僕と指を絡ませ合うように繋ぎ直される。
「追加でもう一つ命令」
「なに?」
「……私を逃がすのに、擦り傷一つするなとは言わないけれど、ちゃんと無事に屋敷に帰ってきなさい。屋敷は職場である以前に、貴方の家なんだからね」
「ん、善処する」
「バカ、そこは嘘でも『わかった』って言うのよ」
「んむ、わかった」
師匠と弟子であり、使用人と主人でもある僕たち二人。
何とも不思議な関係だけど、僕は今の関係が割と気に入っているのである。
次回タイトル:鮮血のエンカウンター